2017年3月18日 (土)

新国立劇場《ルチア》

◆ネタバレあり◆
新国立劇場の《ルチア》を見てきました。(公演2日目)
初日に友人から「すごかった」というメールをもらっていたんです。
友人からプルミエの感想メールが届くなんて、なかなかオツなものではありませんか。
それが、歌唱がすごかったのではなく、演出がすごかったって言うんですね。
だから事前に評判や感想を読んだりしないほうがいいって。
すごい演出って、どういうことだろう?
「美しい」ということだろうか?
「奇抜で意外性がある」ということだろうか?
「お金がかかっている」ということだろうか?
これまでに私がオペラの演出で「すごい」と思ったのなんて、フランコ・ゼッフィレッリ演出の舞台くらいじゃないだろうか?ゼッフィレッリの舞台は本当にすごいと思いましたよ。心の底から熱狂しました。
あとは、少し落ちますが、ロンドンで見た《ラ・チェネレントラ》に感心したことがあるなあ。身分の高低と、それを途中で入れ替えたりする人物描写が秀逸で、さすが演劇の国だと思いました。
それから、パリで見た《ルチア》は、演劇的なんだけど抽象的な感じで、こんなやり方があるのか・・・と新鮮でした。
新国の「トーキョー・リング」は、大掛かりですごいと思いましたけど・・・。
そう新国の《リゴレット》と《ナブッコ》は、舞台装置にすごいお金をかけていて、しかしそれが全く効果的でなく、お金をかければ良いものができるというものでもないのだなあという当たり前のことを再認識しました。それも「すごい」といえば「すごい」演出だったかもしれません。

さて今回の《ルチア》。幕が開くと、波が打ち寄せる岸壁。この波の表現が「すごい」のだろうか。それとも空の雲の映像が「すごい」のだろうか?
わりと普通っぽく進行していき、私としては特別に「すごい」と思うようなことが起こらぬまま、狂乱の場へ突入。
登場したルチアが槍みたいなのを手に持っており、その先にアルトゥーロ(本作中、最も気の毒な、殺された花婿)の生首が刺さっている。
ゼッフィレッリ演出の《トゥーランドット》でも、竿の先に生首が刺さっているのが出てきますね。西洋風のさらし首でしょうか?でも人の首を切るのはずいぶん力がいると思うけれど、ルチアにできるのかなあ?
このさらし首が例の「すごい演出」なのか?まあ確かに刺激的ではあります。(アルトゥーロを歌った歌手の顔に似せて作ってあったようです・・・)
舞台を刺激的にするために、脱いだり、血みどろにしたりするのが、西洋人は本当に好きですよね。
と思っていたところが!
婚礼を祝っていた広間の後ろの壁が上にひらけて、その奥から第1幕の「泉」の舞台装置が押し出されてきたのです。
こっ、これは!!!!!
ひょっとすると、狂ったルチアが見ている幻を全て舞台上に視覚化してみせようという新演出か!?
これかっ、これが「すごい演出」なのか!!
すると、あの泉の中から血まみれ女の幽霊が貞子のように這い出してくるのか?
薔薇の花が振り撒かれるのか?
今回の公演で話題になっている「グラス・ハーモニカ」は、雲形のゴンドラに乗って登場してルチアの頭上で演奏されるのか?
松明の炎が舞台上で火柱をあげてルチアの周囲で輪を描くのか?
司祭が出てくるのか?
エドガルドも出てくるのか?
エドガルドの最後のアリア「我が先祖の墓よ」の場面に死んだルチアが登場する演出はこれまでにも見たことがあるけれど、ルチアの狂乱の場にエドガルドが出てくるのはまだ見たことがない。
一体どんなふうに絡むのだろうか?
2人の演技はどうなるのだろうか?
と一瞬で妄想を膨らませたのですが、
それは実行されなかった・・・。
いつになったら「すごい演出」が出てくるのだろう?
ついに最後の場面になってしまった。
崖。
そして崖の向こうは海。
あの波が最後に津波となって、こちら側に押し寄せてくるとか・・・?
おや?アリアを歌うエドガルドの足元に、四角く切り穴が開いている。
あの穴から、ルチアの幽霊が出てくるのだろうか?
むかし、勘三郎さんが「四の切」の狐忠信を演じた時、スッポンが下がっていて、下がっていたらあそこから出てくるって分かっちゃうじゃん、分かっちゃったら面白くないじゃん、と思ったら、予想外にまるで弾丸ロケットのようにスッポーン!と狐忠信が宙に飛び出して来たことがあって、最高に興奮した。
一体ルチアは、あの切り穴からどのように登場するのだろうか?
きっと背中から羽根が生えていて、宙乗りで天上へ向かって飛んで行って、それをエドガルドが宙乗りで追いかけていくに違いない。
・・・と思ったら、実際はその穴はルチアの死体を埋めるための墓穴であった。
なぜルチアの墓穴が事前に掘ってあるのか!?
まるで死ぬのが分かっていたようではありませんか??
エドガルドは、ルチアの遺体を抱きあげたままアリアを歌い続け、すごく元気そうで、全然死なない感じだけど、どうするんだろう・・・と思ったら、アリアを歌い終わったエドガルドが舞台奥の崖っぷちのほうに向かって走っていく。
こっ、これは!!!!!
まさかルチアの遺体を抱いたまま海へ飛び込むのか?!
サンタンジェロ城の屋上からトスカが身を翻すみたいに海へジャンプか?!
これが例の「すごい演出」なのか?!
1階席ではなく4階席を選ぶべきだったか?!
と思ったら、崖っぷちで立ち止まったままで幕が下りてしまった・・・。
?????

歌手はエンリーコを歌ったアルトゥール・ルチンスキーが良かったですね。(でも名前は覚えられなさそう)

政右衛門はなぜ我が子を殺すのか【再掲】

現在、国立劇場で歌舞伎の「岡崎」が上演されています。
国立劇場ならではの企画と言えるでしょう。
平成26年12月に、44年ぶりに国立劇場で復活上演され、それが歌舞伎における「岡崎」上演史の最後になるのではないかと思っていたのですが、ここでもう一度見ることが叶いました。
長く上演されなかった理由として、「子供を殺すのが残酷だから」という点があると思われますが、我が子を殺す芝居は他にもございます。むしろ「殺す理由がよく分からないから」という理由だったのではないかという気もするのです。
政右衛門が我が子を殺す理由について考えた過去の記事を再掲しておきます。前回上演された時に書いたものです。

【問題】政右衛門はなぜ我が子を殺したのか、理由を推察して述べよ。
という問題が出たら、何と答えますか。

歌舞伎を見ていて、「意味が分からなくても楽しめる」という舞台は確かにありますが、だからと言って「分からないままで良い」とは思わなくて、「分かりたい」と思う欲望が私にはあります。それは、他の人の解釈と違っていていいと思うんです。ただ、自分で納得したい。後になって考えが変わってもいい。

今月、44年ぶりに歌舞伎で「岡崎」が上演され、話題になりました。私が「岡崎」に接したのは、昨年9月の文楽公演が初めてでした。歌舞伎ほどではありませんが、本家の文楽でも「岡崎」の上演は珍しい。その時は予習をせず、「敵討ちのために我が子を殺す」という粗筋だけしか知らずに、いきなり舞台を見てしまったのでした。大夫は私の大好きな嶋大夫師匠で、素晴らしい語りでした。しかし、意味の分からない部分がたくさんありました。1度しか見なかったのも悪かった。
そして今月の歌舞伎では少し予習をしてから「岡崎」を3回拝見しました。12月4日(公演2日目)、20日、26日(千穐楽)でした。
4日は吉右衛門さんが元気なさそうに見え、あまり感動しませんでした。ところが20日に拝見した時は、まるで別の芝居のように舞台が白熱し、手に汗握る名演だったのです。国立劇場で働いていることを誇りに思える最高の舞台でした。そして26日は、「岡崎」が上演されるのも歌舞伎の歴史上これが最後かなあと感慨にふけりながら見ておりました。

これまでは漠然と、自分の素性を隠すために我が子を殺したのだと思っていました。お谷が邪魔だったのと同じように、我が子の存在が邪魔だった。
しかし考えてみますと、実際には、殺したことで逆に正体を見破られている。すなわち、作劇上、正体を隠すために殺したのではないことになる。
妻のお谷がこの場にいると、言葉にはしなくても、お谷の表情や態度から政右衛門の正体がバレてしまうかもしれない。(幸兵衛は、厚さ約9センチの俎板の裏側をも見通す眼力を持った男)
けれど息子の巳之助はまだ赤ん坊であり、巳之助の表情や態度から政右衛門の正体がバレることは絶対にない。その理由では殺す必要がない。

ところで、政右衛門が我が子を殺す理由は、2か所のせりふで説明されています。

政右衛門のせりふ(A)
この倅〔せがれ〕を留め置き、敵の矛先〔ほこさき〕を挫〔くじ〕こうと思し召す先生のご思案。お年の加減か、こりゃちと撚〔より〕が戻りましたな。武士と武士との晴れ業に人質取って勝負する卑怯者と、後々まで人の嘲〔あざけ〕り笑い草。少分ながら股五郎殿のお力になるこの庄太郎、人質を便りには仕らぬ。目指す相手、政右衛門とやらいう奴。その片割れのこの小倅、血祭に刺し殺したが頼まれた拙者が金打〔きんちょう〕

幸兵衛のせりふ(B)
匿〔かくま〕う幸兵衛、狙うは我が弟子。悪人に与〔くみ〕してくれと頼むに引かれず、現在我が子をひと思いに殺したは、剣術無双の政右衛門、手ほどきのこの師匠への言い訳。さりとては過分〔かぶん〕なぞや

政右衛門は幸兵衛に対して嘘をついているわけですから、(A)のせりふは嘘である可能性が高い。
一方(B)のせりふは、もうお互いに隠し事もなく、全てをさらけ出している状態ですから、確実な情報と言えるでしょう。しかしこの(B)のせりふが、よく分からない。分かるのは、殺したのが「師匠への言い訳」であり、幸兵衛はその行為に感謝している、ということばかり。
仮に「師匠を騙していることが申し訳ないので、お詫びの印に我が子を殺した」とすると、「なぜ、そんな行為を幸兵衛が感謝するのか」が分からないではありませんか。(そんなことをされても、嬉しくないでしょう)

ここで、もう1度(A)のせりふを見てみます。

政右衛門のせりふ(A)
①この倅を留め置き、敵の矛先を挫こうと思し召す先生のご思案。お年の加減か、こりゃちと撚が戻りましたな。武士と武士との晴れ業に人質取って勝負する卑怯者と、後々まで人の嘲り笑い草。
②少分ながら股五郎殿のお力になるこの庄太郎、人質を便りには仕らぬ。目指す相手、政右衛門とやらいう奴。その片割れのこの小倅、血祭に刺し殺したが頼まれた拙者が金打

(A)のせりふは2つに分けることができ、①は本当、②は嘘なのではないでしょうか。本当と嘘が混ざっている。
つまり幸兵衛が巳之助を人質にした場合、「股五郎を殺すと巳之助の命はないぞ」と政右衛門を脅すことになる。それは政右衛門だけにこっそり伝えることは不可能なので、多くの人の知るところとなる。幸兵衛は卑怯者であると人々の笑い草になる。政右衛門としては、我が子が人質に取られたからといって敵討ちをやめるつもりはない。結局、幸兵衛は巳之助を殺すはめになる。人質作戦は効果がない上に、汚名だけを残す。そのことを現時点で知っているのは政右衛門のみ。どのみち助からない命であれば、自ら巳之助を殺し、育ての親を卑怯者にさせぬほうが良い。→我が子を殺す
ということなのではないかと、12月20日に「岡崎」を拝見しながら、吉右衛門さんの(A)のせりふを聞きながら、私は思ったのでした。

【回答】武術の師匠であり育ての親でもある幸兵衛を、卑怯者とさせぬため。

ついでながら、「ちと撚が戻りましたな」と「まだお手の内は狂いませぬな」は対になっているせりふであり、どちらも本心から出た言葉であると思います。

さて、あなたなら何と回答なさるのでしょうか・・・。

2017年3月16日 (木)

歌は世につれ

わたくし最近ちょっと、『おくのほそ道』に心ひかれているのです。
私もちょうど、松尾芭蕉がその旅をしたのと同じ年齢となり、今年はできるだけ東北の旅をしたいと思っています。

芭蕉は、「陸奥の入口」とも言われる「白河の関」を越える時に、次のような句を詠んだそうな。

風流
〔ふうりゅう〕の 初〔はじめ〕や おくの田植〔たうえ〕うた
(聞こえてくる田植え歌が、陸奥の風流の初めであるなあ)

「田植え歌」と言えば、歌舞伎好きな私はすぐに『京鹿子娘道成寺』の「早乙女、早乙女、田植え歌」を思い起こします。昔は田んぼのある所ならどこでも田植え歌が聞かれたものなのかもしれません。でも陸奥の田植え歌は、それまで芭蕉が住んでいた土地の田植え歌とは、ちょっと違うものだったのでしょう。そこに風流を感じたのでしょうか。
しかし、どの地域の田植え歌であっても、苗を1本1本水田に植えていく作業に合わせて歌うものですから、リズムは田植え固有のリズムだったのではないでしょうか。田植え歌には田植え歌の、茶摘み歌には茶摘み歌の固有のリズムがあるのではありませんか。
田植えなんて、できることなら、誰もやりたくないでしょう。面倒くさい仕事ですから。でも、手では面倒くさい仕事をこなしながら、頭では別の楽しいことを考える能力が人間には許されています。それが牛追い歌になったり、糸繰り歌になったりするのでしょう。莨を刻む時の歌もあったでしょうか?その仕事が室内か屋外か、1人の仕事か集団の仕事か、仕事の性質によって歌も変わってくるでしょう。

子供の頃、私は神奈川県南足柄市という田舎で育ちました。家が田んぼに囲まれていて、自然が豊かな土地でした。周りじゅう田んぼだらけだったのですが、田植え歌は一度も聞いたことがない。田植えはすでに「田植え機に乗ったおじさんが1人で行うもの」だったからです。田植えは別のものになった。仕事が消えると歌も消えてしまうのです。仕事歌は仕事と番いになっている。

国立劇場は昨年が開場50周年だったのですが、初期の民俗芸能公演では、民謡の公演がたびたび行われていたんですね。今は全く行われておりません。民謡そのものがなくなったわけではありませんが、民謡人口は激減しました。私が子供の頃は、NHKのど自慢でも、民謡を歌う人が高い確率で出ていたような気がするんですけれども。(すごい歌唱力で)
国立劇場主催の現在の民俗芸能公演は、「お祭りの時に演じられる芸能」が多いですね。(現在の民俗芸能公演で「歌」って言うと、神楽歌くらいでしょうか・・・?)

コサックダンスの映像
↑このコサックダンスの映像は本当にすごいと思うのですが、かなり古い映像であり、現在も同じ踊りが見られるのか心もとない。
この踊りは、農業だか林業だか分からないけれど、ふだん肉体労働をしている人々から生まれ出たものではないでしょうか?何もないところから突然出てきたものではない。肉体労働が消えると、踊りも消えてしまいますよね・・・。

日本の伝統芸能は、これまでよく続いてきたものですねえ・・・。

«助六の紫【再掲】

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