2019年4月21日 (日)

アメリカという国

小学館の雑誌『和楽』に、玉三郎さんの随想が掲載されています。気が付いたら買って読んでいるのですが、たまにしか発売されない雑誌なので、買い忘れてしまうこともありますね。
玉三郎さんは、アメリカ文化に強い影響を受けていらっしゃるみたいです。私の印象では、今の六十代の方々は、アメリカからの影響を非常に強く受けているようです。

私は昭和46年の生まれですが、アメリカ文化の影響はあまり受けていないと思うんですね。もちろん間接的には多大な影響があっただろうと思いますが、直接的には何もないです。本も、映像も、音楽も、笑いも、踊りも、何も。
(ちなみに両親は戦中の生まれ)

私が持っているアメリカのイメージは、まず「日本に原爆を落とした国」でした。
それから「隣にいる人が拳銃を持っているかもしれない国」「犯罪率が高い国」。
あまり関心がなくて、どちらかと言えば悪いイメージしかない感じ。
アメリカへの憧れがない。


私が幼少の頃に影響を受けた文化と言いますと、「8時だヨ!全員集合(ドリフ)」「世界名作劇場(ハイジ、フランダースの犬、母をたずねて三千里、ラスカル」「ウルトラマン」「ゴレンジャー」「ドラえもん」「タイムボカン」「ザ・ベストテン」などです。特に「ウルトラマン」と「ドラえもん」には強い影響を受けました。(ディズニーの影響は全くない)

これまでアメリカには5回ほど旅行に行ったことがあります。それはアメリカを見に行ったわけではなく、「アメリカが輸入したヨーロッパの文化」を見に行ったのです。パヴァロッティの生声とか、ゼッフィレッリのオペラ演出とか、モネとか、フェルメールとか。
(ミュージカルもいくつか見ましたが、旅の動機ではない)

ニューヨークは工事中
いつ行っても工事中

マンハッタンは、街のそこらぢゅうで、足場みたいなのが組んであって、工事中なのかな?と思う。でも工事しているわけではなくて、仮設のアーケードみたい。綺麗じゃないです。
(見たい建築はない)

そして、やはり怖い。
(これまで私が行った中で一番怖かった街はバルセロナかな)

世代が違うと、文化的な背景が全く違うのだなあと思った次第です。

2019年4月18日 (木)

豪奢な建造物

三好和義さんの写真集を何冊か持っているのですが、その中に、インドのマハラジャを撮影した『印度眩光』という本があります。「マハー」は「偉大な」、「ラージャ」は「王」のことだそうです。その宮殿のまあ何と贅沢なこと。六本木にかつて存在した伝説のディスコ「マハラジャ」は、バブルの象徴のように言われることもありますが、もちろん私は行ったことはありませんが、写真や映像で見た記憶では、贅沢と言えるような空間ではなかった。インドのマハラジャの宮殿のような、信じられないほど豪奢な建造物というのは、日本には存在しないと思うのです。

インドの宮殿がなぜそれほど豪華なのかというと、侵略者と戦って勝利した戦士の住まいが飾り立てられていったのだそうです。

世界には「信じられないほど豪奢な建造物」がいくつか存在しますが、それらが建った経緯は、「戦争(勝利)」か「宗教」かのどちらかが原因だと思うのです。
そして、日本には「信じられないほど豪奢な建造物」は存在しない。
(悪いことではない、とは思いますが)

2019年4月15日 (月)

ベルベットなイースター

能の謡は丁寧な解説本が出ていますが、歌舞伎や文楽はそのような解説が少なくて、意味の分からない部分がたくさんあるものです。
年を取って、分からなかったところが分かるようになる、という嬉しい体験もありましたが、「誰か教えてくれたらいいのに」とか、「いっそ作者に直接質問できたら良かったのに」なんて思う時もあります。

しかし、たとえ作者と同時代に生きていたとしても、質問するチャンスはなさそうな気がするし、そのような好機があったとしても、作者は教えてくれないんじゃないかなという気もする。

私は現在47歳ですが、高校1年の時からユーミンの歌をよく聞くのです。ずっと「ベルベット・イースター」の意味が分からなかった。せっかく同時代に生きているのだし、ユーミンに直接質問できたらいいのにと思うのですが、ユーミンと話す機会って、ないじゃないですか。(才覚があったら自分でチャンスを作り出せるものなのでしょうか?)

ユーミンは『ルージュの伝言』という本を出したことがあって、そこにこう書かれています。

七九年の七月に『OLIVE』が出て、十二月に『悲しいほどお天気』。これ、いいタイトルでしょう。好きなの、自分でも『OLIVE』はジャケットが気に入ってて『悲しいほどお天気』はタイトルが気に入ってるの。どういう意味ですかって、つくったころはよく聞かれたんだけど、答えられないよね。どういう意味ですかって聞くような記者って、記者やってらんないんじゃないかって思うよ。それぐらいいちいち聞くんだよね。(p.177)
『ルージュの伝言』松任谷由実:著

この本はたしか高校生の頃に読んで、歌の意味というのは自分で考えなくてはいけないのだなと思いました。「悲しいほどお天気って、どういう意味ですか」なんて聞く人は馬鹿じゃないかって私も思ったからです。

自分の考えと、作者が詞を書いた時の想いとが違っていても仕方ないではありませんか。だって別の人間だもの。

「ベルベット・イースター」は、ただ待っているだけでは永遠に意味が分からないと思う。もっと能動的にならないと。

「ベルベット」というのは、布の種類を表す言葉ですよね。そこから「なめらかな」という意味で使われることもあります。
この歌の中でベルベットが使われる可能性としては、カーテンや毛布が考えられます。カーテンは主人公の部屋を包むものだし、毛布だとすれば主人公自身を包むもの。いずれにしても、こういうことではないでしょうか。イエス・キリストは死んだ3日後に石棺(せきかん、せっかん、石のひつぎのこと)の中から復活したけれど、この主人公はベルベットの中から復活したわけです。と言っても、もちろんこの主人公が死んでいたわけではありません。まるで死んでいるみたいだなってずっと思っていたのです。けれどある時、自分が生きている意義みたいなものが自分で分かったわけ。つまり「セカンド・バースデイ」ということですね。

毎年1回やってくる復活祭とは別の、自分だけの復活祭を、自分で名付けたのでしょう。

イエス・キリストには「復活」の前に「受難」の苦しみがあり、この主人公にもきっと苦しみがあっただろうと思うのですが、ユーミンにとってその苦しみは「過ぎ去ったもの」であり、描きたいのは「ラー、ラララ」と歌いながら出かけて行く朝の景色なのであり、だから「その景色への行き方」は、聞いている人が自分自身で考えないと永遠に分からない。

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