2017年6月25日 (日)

能『船弁慶』あれこれ

先日、観世善正さんの『船弁慶』を見て来たのです。誠に素晴らしい上演でした。
私が能の『船弁慶』を見るのは、たしか3度目くらいだったのではないかと思います。
能を見る前には、必ず詞章を確認するようにしているのですが、今回読んでいて、この作品はなぜ『船弁慶』という題が付いているのだろうかと不思議に思ったのです。不思議な題名ですよね。普通は考えつかないような・・・。
前シテの静と後シテの知盛は、半分しか登場せず、かつ登場していない場面には関係がないのですから、主役ではあっても主題にはなりえない。作品全体を通して出てくるのは子方の義経とワキの弁慶ですから、弁慶が主題の鍵を握っているのでしょうけれども、『船弁慶』の主題とは一体何なのだろう?

主題のことはひとまず置いておきまして・・・。

静が義経と別れたのは実際には吉野の山中ですので、『船弁慶』で描かれる大物での別れは作り話なのですが、それにしても良く出来ているなあと思いました。
白拍子が舞を所望された時には、現在の状況に相応しい舞を披露しなくてはいけないわけですけれども、小野篁が配所から召し返された時の漢詩、そして陶朱公の故事、こういうものが当意即妙にパッと出てくるというのは、本当に憧れですね。
源義経ほどの人物の女であれば、これだけのことが出来なければならない、という理想がこの作品に結実したのでしょうね。
静の舞は「伝え聞く」と始まりますが、陶朱公のことなんて、普通の人は知らないでしょう。伝わってくる人と、伝わってこない人がいるんですよね。歌舞伎の客には言っても分からないので「都名所」に差し替えられてしまうのでしょう。まあ私は「都名所」も好きですけれども・・・。
しかし陶朱公の故事は『義経千本桜』の主題にも関わってきますので、歌舞伎の客も知っていたほうが断然楽しめますね。
私は「陶朱公」も「都名所」も両方楽しめて良かった!

ところで、静に陶朱公の故事が伝わってくるまでには、あいだに何人の人がいたことだろう・・・。
あいだに人が挟まることによって、情報がねじ曲がってしまうということが結構あるものですよね。
義経は、静への別れ話を、なぜ自分で直接伝えずに、弁慶にさせるのだろう。
「ともかくも弁慶計ひ候へ」って、すごいセリフだなあと思う。
私も全部「計らい候え」って言って生きていけたら良かった・・・。

それにしても頼朝はひどい、平家追討の功労者である義経をこんなふうに扱うなんて。
世の中の仕組みというものは、どうなっているのだろう・・・。

「君よりの御諚には、今日は波風荒う候ふほどに、御逗留と仰せ出されて候」
弁慶「何と御逗留と候ふや」
「さん候」
弁慶「これはそれがし推量申して候。静に
名残を御惜しみあって御逗留と存じ候」

ここに出てくる「名残」を別の言葉に置き換えると、「静との最後のセックス」ということでしょう。もっと言えば、「義経にとって人生で最後かもしれないセックス」となるでしょう。武将というものは、いろいろな方法を使って、自分の女を戦場へ連れて行こうとするものです。しかし戦局が極まってくると、ある時点で「ここから先へはさすがに女を伴うことはできない」という状況がやってくる。その「ある時点」と、「そこから先」を描いたのが能の『船弁慶』である、と言えるでしょう。そこまでは女のいる世界、そこから先は男だけの世界であり、「本当の修羅」なのでしょう。
よく、「人生最後の食事には何を食べたいですか」という質問がありますけれども、「これが最後」と知っていて食べると、味わいが違うだろうと思います。味は同じだけれど、味わいが違うんですね。私もやはり前の歌舞伎座の千穐楽の『助六』は特別なものを感じましたし、住太夫師匠の引退公演の千秋楽や、嶋太夫師匠の引退公演の千秋楽は、他の公演とは全く違うものでした。何度も見たことがあっても。
「一期一会」という言葉がございます。2度目のことを最初のことのように感じるのは難しいけれど、今回のことを「これが最後」と思うことはできるのではないでしょうか。つまり本当に最後かもしれないわけですから。全ての事柄を「これが最後」と思いながら生きたなら、毎日を特別な日にできるでしょうけれども、もう少し、もう少しと思いながら気づかずに生きてしまうのが人間というものなのかもしれません。

ここでたいへん素晴らしい和歌を一首ご紹介いたします。
なれなれて 見しはなごりの 春ぞとも などしら川の 花の下かげ
飛鳥井雅経(新古1456

人生最後のセックスくらい主人にさせてやればいいのにと思いますが、それをさせないのが弁慶という人なのですね。私が思いますには、それは弁慶の嫉妬ではないでしょうか。でもきっと恋愛感情の嫉妬ではないですね。別の種類の嫉妬です。同行の家臣たちはもっと早い段階でそれ(女との別れ)を済ませているわけですし、弁慶自身は西塔の武蔵坊に入った遠い昔に、そのような世界とはとっくに決別しているのです。すなわち義経の未練に対する嫉妬なのではないかと思う。その感情にはまだ名前が付いていないので、誰か頭の良い人が命名してあげるとよいでしょう。
弁慶の嫉妬が船を出させるので、それでこの作品の題名が『船弁慶』なのではないかと私は思ったのでした。

※実際には、陸奥まで逃げ延びた義経には新しい妻子がいたそうな・・・。人生は奥が深い。

2017年6月24日 (土)

つぶやき

●麻央さんのご冥福をお祈り申し上げます。
立派でした。

●10月に二期会が上演する《蝶々夫人》、大村博美さんの蝶々さんが楽しみですね。値段も破格に安いですし、初めて見る人にもいいんじゃないですかね~~。

●今日、歌舞伎座の昼の部を見てきたのですが、吉右衛門さんの弁慶が予想をはるかに上回る素晴らしさで圧倒されました。きっと後の世の人々は、生の二代目を見られなかったと地団駄踏んで口惜しがり、何度も見た私に嫉妬することでしょう。

2017年6月20日 (火)

声楽のレッスン

100歳まで現役で舞台に出ていた清元志寿太夫〔きよもとしずたゆう〕さんが、93歳くらいの頃、テレビで言っていたんです。(最近YouYubeで見たのですが)
「声ってね、出すようにすりゃあ出る」
「あたしはあんまりお稽古しませんけどね」
「お稽古すると、のど悪くなる」
「みんな消えちゃいますもん、覚えようとするより、取ろうとするより、消えちまうから駄目」
「お稽古って、つまり聞くってのは、それを取らなきゃいけないわけでしょ」

ここで志寿太夫さんが「取る」と言っているのは、「師匠の芸を聞いて覚える」ということでしょう。
清元は楽譜を見て歌うわけではありません。
まず複雑な節を聞いて覚えないといけない。
「自分で声を出す」のと、「取る」のとは、別のことなのでしょう。
自分で曲が思い描けないといけないんですね。

マリア・カラスは、こんなことを言っています。
「私たち歌手は常々、器楽奏者のように演奏できることを目指して努力していかなくてはならないのですが、人間の声そのものは楽器とは違い、疲労しやすいものです。ですから、声をなるべく疲労から護るという意味で、しばしば頭の中だけで練習をしなければなりません。たとえば、これらの3連符のフレーズは、自分の部屋でひとり静かに椅子に腰掛けながら練習に取り組むには、うってつけの材料です。頭の中で何回も何回も繰り返してさらうのです。その場合、もちろん音符をひとつひとつ考えながらするのですが、声はハミング以上のものを出してはいけません。そうしていれば、いずれこれらの音が記憶に刻まれ、どのようにこのフレーズを歌っていけばよいのかが、声を無闇に使わずに、おのずからわかってくるようになるでしょう」
「偉大な伝統を受け継いでいる偉大な舞台は、大いに尊ばれなくてはなりません。そのためにも、私たちは何もかもよく知っていなければなりません。たとえば、私たち歌手というものは、自分の声の元手に手をつけるのではなく、ただその利息分だけを使っていかなくてはならない、というようなことも含まれます。しかし、もし私たちが芸術に対して正しい態度で仕えさえするならば、必要なものはすべて自動的に向こうの方からやって来てくれるものです。そうして、あなたは偉大になり、それこそ富と名声を手にすることができるようになるでしょう。ただし、実際にやるべきことは初めも、途中も、そして終わったあとでさえも、決して容易なものではないということを忘れてはいけません」

『マリア・カラス オペラの歌い方』ジョン・アードイン:著、西原匡紀:訳

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