1 歌舞伎・公演の感想

2017年6月 6日 (火)

つぶやき

歌舞伎座の夜の部を見てきました。
なぜ2年連続で『鎌倉三代記』なのでしょうか!?
どうせなら「十種香」をやってくれれば新鮮で良かったのに・・・。
三浦之助はどうして菅笠を手に出てくるのでしょう??
訳が分からない・・・。

猿之助さんのお蔦が良かったですね。
猿之助さんは7芝翫さんにお蔦を教わったそうですが、
7芝翫さんにはあまり似ていない感じ。
門之助さんと孝太郎さんは、たまに7芝翫さんに似ていると感じる瞬間があるかなあ・・・。

前の吉之丞さんと、今の右之助さんは、6歌右衛門丈に似ていると感じることがある。

ところで!
私は今ちょっと、清元の『保名』に凝っているのです。
私が凝ると大変なんですよ、詞章の意味を調べちゃったりするんですから。
そして、昔の映像をいろいろ引っ張り出して見てみました。

私は国立劇場の職員なので、国立劇場の公演記録映像も見てみましたよ。
・14守田勘弥
・藤間勘紫恵
・2尾上菊之丞(現・墨雪)
私は墨雪ファンですし、墨雪さんの『保名』は確かに素晴らしいのですが、素踊りで、長袴を着けていなかったので、ちょっと魅力が半減・・・。
保名はやはり長袴でないとね~~。

あとは持っていた録画を見たのです。
・7中村芝翫
・5中村富十郎
・12市川團十郎
・5坂東八十助(のちの10三津五郎)
・片岡仁左衛門
・坂東玉三郎

あと、9海老蔵(のちの11團十郎)いわゆる海老様が、映画「絵島生島」の中で少しだけ踊っている映像も久しぶりに見てみましたが、あまりにも短くて、全然分からない。もう少し長く録画してくれれば良かったのに。

仁左衛門さんの『保名』は、他の人と振付がだいぶ異なりますね。

玉三郎さんの『保名』がもう素晴らしい!!しびれた。
清元も最高。
私は志佐雄さんの声が好きだった・・・。
よくぞ映像が残った!!神に感謝を捧げませう。

そして7芝翫さんの狂乱っぷりがすごい!!
他の人と全然違う。
この人だけすごい。
踊りであり、芝居である。

昔の『演劇界』に、6菊五郎と7芝翫の両方の『保名』を見た方が、
7芝翫の『保名』は6菊五郎の『保名』をよく伝えている、と書いている。

玉三郎さんの『保名』は6藤間勘十郎による振付であり、
6勘十郎は6菊五郎の系統の『保名』なのではないかと思うのですが、
これは7芝翫さんの『保名』と全然違う。
振りではなく、踊り方のアプローチが全然違う。

一体6菊五郎は、どのように『保名』を踊っていたのだろうか?
なぜ映像が残っていないのか!?く~~。
残っている数枚の写真から想像すると、
あまり顔で演技したりしない、
玉三郎さんに近いものを感じさせるのですが・・・。

7芝翫さんの保名の狂乱は、ちょっと糒庫の淀の方を髣髴とさせる。
つまり5歌右衛門的な感じ。

7芝翫さんの踊りを継ぐ人は誰もいない。
7芝翫さんの踊りは、どこからやってきたものなのだろう?

驚いたことに、私は玉三郎さんの『保名』も7芝翫さんの『保名』も生で見ているのだった。
きっとそれで人生のラッキーを使い果たしてしまったのに違いない。

もうあれだけの『保名』は見られないだろうという予感と、
ひょっとしたら菊之助さんか右近さんがもう一度最高の『保名』を見せてくださるのではないかという期待が、
相半ばする今日この頃であります。

2016年9月19日 (月)

9月歌舞伎座・夜の部

歌舞伎座の夜の部を(また)見てきました~~。

私が一番長く時間を過ごす場所は職場(国立劇場)、
次が自宅(築45年のボロい賃貸マンション)、
そして3番目が歌舞伎座。
劇場にいるのは普通のことなので、今さら特別な感じはしないのですけれども、歌舞伎座で「吉野川」が掛かるといえば、ミラノ・スカラ座で《ノルマ》が上演されるのと同じくらい、異常に緊張感が高まってしまう私であった。(スカラ座で《ノルマ》を見たことはありませんが・・・、まだ上演されているのでしょうか?)

歌舞伎の「吉野川」でこんなに感動するのは、きっと、これが最後じゃないかと思うんです。両花道ということもあって、滅多に上演されませんし・・・。もう役者が揃わない。
私が「素晴らしいから絶対に見逃さないで!」といくら力説しても、見ない人は見ないのね。
みんな自分のことで忙しいし、お金もないし・・・。

それにしても、今月の「吉野川」は、特別な経験です。(25日まで)

染五郎さん、昔はもう少し声が出ていたと思うのですが、どんどん声が細くなっていきますね・・・。荒事から姫まで、1日2部、25日間連続で演じていたら、不思議もありませんが・・・。
しかし!その代わりなのか何なのか、久我之助の所作の美しさ、あれは一体どこから伝わってきた動きなのか、今まで見たこともない、「命だにあるならば」あたりの手の動き、視線の位置、江戸時代の名優もかくやと思わせる名演でした。

今日は気のせいか玉三郎さんも特にたっぷり演じているように見受けられました。
幕切れに、能で言うところの「シオリ」のような形になるのですが、これだけの大悲劇を受けて、泣き崩れるでもなく、泣く眼がしらにそっと手を添える姿で終わる、実に日本らしい、永遠に時が止まったかのような美しさでした。
(「それでこそ貞女なれ」を「それでこそ貞女なり」と言っていた??)

大判事の台詞に「人間最後の一念によって輪廻の生を引くとかや」とありますが、本当だなあと思う。閻魔の庁を通る時に、恥ずかしくないように生きなければ・・・。

死ぬということは、襖を開けて隣の部屋へ行くようなものだ、などと申します。
死んだことがないので分かりませんが・・・。
昔の人は、死ぬことを、川を渡って向こう岸へ行くことに譬えました。
雛鳥の首が吉野川を横に流れて向こう岸へ行く時に、定高のする焼香の香りがバッと客席にまで届き、何か「人が死んだ後の世界」が視覚化されて私もそれを眺めているような、不思議な感覚に捉われました。死ぬ時の匂いってこんなかなあ、音楽ってこんなかなあ、と思ったのです。

出来るだけ多くの方に見ておいていただきたいと切望する名舞台です。
2時間休憩なしなので、感動しないと辛いですが・・・。
全く感動しない人も、結構いらっしゃるみたい。
「泣くか・寝るか」の究極の舞台。
ぜひともご覧ください。
私ももう1回見ます。

2016年8月28日 (日)

8月の歌舞伎座

8月の歌舞伎座は、七之助さんの浦里が良かったですね~~。
この話、最初のうちは何だかイヤな話だな~と思ったのですが、だんだん面白くなっていき、浦里の長台詞でジュルジュルに泣いてしまいました。周りでもすすり泣きの声があちこちで・・・。
「権三と助十」「弥次喜多」はイマイチだった・・・。昔の納涼歌舞伎はあんなに面白かったのにねえ・・・。

2015年10月19日 (月)

阿古屋

今日は、歌舞伎座の夜の部を拝見いたしました。
もう何度も見ているのに、玉三郎さんの阿古屋に新たに感動しました。
同じ作品を見ていているのでも、自分の心の状態が変わっていくと、別の作品のように感動できるものですね。まあ、年をとっただけかもしれませんが。
玉三郎さんの阿古屋の美しさ、何か宇宙的と言うか、異次元的と言うか、神秘的と言うか、この世のものでないような・・・。
それにしても、岩永のセリフは、何を言っているのかよく分からない。
ちょちょげ、ってどういう意味なのか誰か教えてほしい・・・。
(でも知ってはいけない気もする)

2015年10月 7日 (水)

梅玉さん

私が初めて歌舞伎を見たのは平成4年4月の歌舞伎座、梅玉襲名披露『伊勢音頭恋寝刃』の幕見でした。
今月の国立劇場は、その時以来の梅玉さんの「伊勢音頭」。
襲名の時にまわりに出ていた強烈な個性を持った俳優たちは今回ごっそりと別の配役に変わり、そうして梅玉さんは昔と全然変わらない。
永遠に若い。
時間は流れているのか。
時間は止まっているのか。
不思議な感覚にとらわれました。

そのほか~~、
何だか分かりませんが、下座音楽がとても充実していたように感じました。
それから~~、
由次郎さんの岩次と、幸雀さんの千野が、出てきただけで面白かったです。
最高のはまり具合。
役にはまるって、すごいことですね。

2015年8月23日 (日)

吉野山

研の會を見てきました~。
「道行初音旅」素晴らしかった!
全編清元で、万歳のくだりも上演されました。

むかし、先代の猿之助さんが『義経千本桜』の3役を1人で勤めたとき、1日だけ「通しの日」というのがあって、私も見に行きました。その日の客は全員、昼夜通しで見る人ばかりだったんです。ロビーに氷柱が置いてあったりして。10時間以上、歌舞伎座の中にいた?
静御前は私の大好きな芝翫さんで、「吉野山」は猿之助さんと2人で踊りまくり。「あれ?こんな場面あったっけ?」「なぜ山の中にはまぐりが出てくるの?」と意味不明でしたが、最高だったなあ。(万歳のくだりを踊るのは澤瀉屋くらいですかねえ・・・?)

その後、私は詞章の読解能力が少しばかりアップしまして、
清元「吉野山」の意味が分かりましたので、
むかし載せた記事を再録しておきます。
 ↓

『義経千本桜』四段目の「道行初音旅〔みちゆきはつねのたび〕」 は、時期の設定が立春になっています。お正月の頃です。本当は桜の咲く季節ではなく、まだやっと梅が咲き始めた寒い頃。作者は、立春というところに詩情を 感じて作詞したのですが、のちに桜の季節へと変更されてしまいました。それは、仕方のないことだと思います。昔から「吉野龍田の花紅葉」などと申しまして、吉野と言えば桜、龍田と言えば紅葉と決まっているものなのです。まして外題が「千本桜」ですから、桜満開の舞台美術になるのも仕方ありません。舞台 (視覚)は桜の季節、詞章(聴覚)はお正月の頃。そのギャップを修正するために、詞章に改変が加えられています。今回は、歌舞伎の清元の詞章を見てみま す。「なぜ、吉野の山中に蛤が登場するのか?」「なぜ、静御前と狐忠信は、お雛様ごっこをするのか?」分かりやすく解説したいと思います。


徳若〔とくわか〕に御万歳〔ごまんざい〕とは 君〔きみ〕も栄〔さか〕えてましんます 愛嬌〔あいきょう〕ありける柳腰〔やなぎごし〕 よい中村〔なかむら〕の櫓幕〔やぐらまく〕 櫓太鼓〔やぐらだいこ〕の にぎにぎと 商〔あきな〕い神〔がみ〕の若恵比寿〔わかえびす〕 繁昌〔はんじょう〕ましますその御徳〔おんとく〕に 御田〔おんた〕の稲〔いね〕には穂〔ほ〕に穂をさかえ 宝御船〔たからみふね〕へ万石船〔まんごくぶね〕 色〔いろ〕の実入〔みい〕りに今年綿〔ことしわた〕 誠〔まこと〕に目出度〔めでと〕う候〔そうら〕いける
やしょめ やしょめ 京
〔きょう〕の町〔まち〕の やしょめ 売〔う〕ったるものは何々〔なになに〕 蛤々〔はまぐりはまぐり〕 蛤 蛤々 蛤〔はまぐり〕〔み〕さいなと 売ったるものは何々 蛤〔はまぐり〕〔はや〕き貝合〔かいあ〕わせ
弥生
〔やよい〕は雛〔ひな〕の妹背仲〔いもせなか〕 女雛〔めびな〕男雛〔おびな〕と並〔なら〕べておいて 眺〔なが〕めに飽〔あ〕かぬ三日月〔みかづき〕の 宵〔よい〕に寝〔ね〕よとは後朝〔きぬぎぬ〕に せかれまいとの恋〔こい〕の欲〔よく〕 桜〔さくら〕は酒〔ささ〕が過〔す〕ぎたやら 桃〔もも〕にひぞりて後ろ向き 羨ましうはないかいな

Aの部分は万歳の描写になっています。万歳は、歌舞伎を見ているとたまに登場しますが、現実の生活の中では見る機会がなくなってしまいました。戦後しばらくは、町なかで見ることもあったそうです。
万歳は、お正月のストリートパフォーマンスです。たいていは男性が2人1組となり、1人は扇を持って舞いながら歌う(太夫〔たゆう〕)、もう1人は鼓を打ちながら囃〔はや〕す(才蔵〔さいぞう〕)、という大道芸でした。裃〔かみしも〕をつけて、烏帽子〔えぼし〕をかぶるのが定型スタイル。
これは、農家が冬の間は仕事がないので、都会に出稼ぎに出ていたのだと思います。東京には名古屋のほうから万歳がやって来て(三河万歳〔みかわまんざい〕)、京都には奈良のほうから万歳がやって来る(大和万歳〔やまとまんざい〕)ものだったそうです。
静御前は京都から奈良へ向かって歩いていますが、奈良から京都へ向かって歩いて来る万歳とすれ違います。
奈良から来た万歳なら、奈良に隠れている義経のことを何か知っているかもしれない・・・というわけで、静御前は彼らのことが気にかかったのです。しかし話しかけることはできません。自分も追われる身だからです。
万歳は鼓を持っているものなので、それを見て「自分も鼓を持っているんだった」と思い、静御前は今年初めて、鼓を打ってみることにします(今年初めて=初音)。
ここまでは初演時のオリジナルの詞章にあるものです。この万歳を起点として、補綴〔ほてつ〕がスタートします。
まず、静御前と狐忠信とで万歳を踊ります。万歳はおめでたい言葉を次々と並べ立てるものですが、定番の表現と、アドリブの部分とがあっただろうと思います。 その町のことを褒めたり、特定の見物客のことをほめたり、臨機応変にアドリブを差し挟んだだろうと思うのです。詞章の中に「中村の櫓幕」という言葉が出てきますが、これは初演時の劇場が中村座だったので、中村座の繁栄を折り込んだものです。万歳のアドリブに相当する部分でしょうね。お目出度い言葉なら、何でも挿入できてしまうのです。逆に「徳若に御万歳」とか「誠に目出度う候いける」などは定番の表現で、万歳には必ず歌い込まれた言葉でしょう。
Bの部分は、地歌〔じうた〕の「万歳」から転用したものです。「やしょめ」というのは「八瀬女」と書きますが、八瀬〔やせ〕という町から来る行商人〔ぎょうしょうにん〕のことです。現代では貨物列車や長距離トラックで商品を輸送しますが、昔は人が歩いて売りに来たのです。「籠釣瓶」の次郎左衛門も行商人、「お江戸みやげ」のお辻・おゆうも行商人。商品の運搬と販売をする人ですね。
魚介類は痛みが早いので海辺の人しか食べられませんが、冬の間だけは野外が冷蔵庫みたいなものですから、内陸の人にも届けられます。
南の山のほうから来た万歳と、北の海のほうから来た八瀬女が、正月の京都ですれ違う・・・という風情を描いたものが、地歌の「万歳」であると私は理解しています。
物を売る人は、「私は何々を売っています(売ったるものは何々)、見ていってください(見さいな)」と声に出してアピールしながら歩きます。地歌の「万歳」の歌詞では、蛤のほかに鯛〔たい〕、鰤〔ぶり〕、あわび、さざえを八瀬女が売り歩いています。なぜか蛤だけ何度も連呼するのですが、それは、蛤が女性のナニの象徴だからだと思います。女性が蛤を売り歩く声(蛤・見さいな)に詩情を感じたのでしょう(何の詩情だか?)。吉村雄輝〔よしむら・ゆうき〕と いう昔の舞の名人の「万歳」を映像で見たことがありますが、蛤のくだりで一瞬お股を押さえる振付が入っていました。お馬鹿さんには分からない日本のエロチシズムですね。あけすけにしないのです。秘すれば花、説明してしまったらダサいのだと思う。でも私は優しいので皆さんに教えてあげます。よそで話しちゃ駄目ですよ。
その蛤ですが、貞節の象徴とも言われることがあります。←
「貝合わせ」をご存じでしょうか。「鰯売恋曳網〔いわしうりこいのひきあみ〕」 に出てきますね。貝合わせに使われる貝は必ず蛤と決まっています。カルタのようなものでしょうか、貝殻の内側に絵や文字が描かれていて、つがいを早く多く見つけるゲームですね。しかし、現代のカルタより遥かに難しいゲームだっただろうと思うのです。現代のカルタは、読み札が「犬も歩けば棒にあたる」だったら、取り札に「い」と答えが明記されているでしょう。貝合わせは、答えが明記されていないんです。
貝合わせは1点もののオーダーメイドなので、何の絵を描いてもいいのです。「源氏物語」でも「伊勢物語」でも「三十六歌仙」でも、好きなものを注文すればいい。例えば「源氏物語」の貝合わせを作ったとしたら、「この絵は空蝉だな」とか、「賢木」とか、「真木柱」とか、分からないと遊べないわけです。馬鹿には遊べないゲームです。馬鹿には正解が分からない。しかし、たとえ何の絵だか分からなかったとしても、重ね合わせると正解か不正解かが判明します。蛤は、オリジナルの組み合わせでしか重ならないからです。蛤は、全部同じように見えても、大きさ・形・模様が微妙に違っていて、本来のつがいでしか合わさらないそうです。ここから蛤は「貞節」や「夫婦和合」の象徴となりました。江戸時代には、貝合わせ道具が、大名家の婚礼調度品の筆頭とされていたそうです。「うちの娘には、この貝合わせで遊べるだけの教養を身につけさせました」という「教養の象徴」であり、1点もののオーダーメイドでいくらでも豪華に作れる「財力の象徴」であり、そして「貞節の象徴」なのでした。
蛤は「貞節の象徴」「夫婦和合の象徴」なので、お雛様に供える風習があります。現代でも、3月3日に蛤を食べる家があると思います。泉鏡花の「日本橋」という新派の芝居は、お雛様に供えてあった蛤を川へ放しに日本橋へやって来て、恋に落ちてしまう2人・・・というストーリーです。
ここからCの雛祭りへ展開します。Cの部分も、おそらく書き下ろしの歌詞ではなく、すでに存在していた他の歌から転用したものではないかと思います。
雛祭りには、桃の花を飾ったり、桜の花を飾ったりします。だいたい同じ時期に咲くものですからね。「妹背山婦女庭訓」では、雛祭りに桜を飾っています。しかし「桃の節句」と言うくらいで、どうしたって桃のほうが注目を集めてしまい、桜がすねちゃった(ひぞりて)・・・と、ここでやっと桜が登場しました。吉野山が桜満開でOKになったのです。
万歳→やしょめ→蛤→雛祭り→桜
これで、立春が桜の季節に移行しました。時間をたどっていったのではありません。縁をたどっていったのです。縁語です。言葉の技巧です。縁語づたいに立春が桜になる。主従2人の心理描写や状況描写ではないのです。言わば2人は詩を踊っている、現実世界には存在しない種類の美を踊っているわけです。人間が作り出した、地上における最上の部類の美です。
宵に寝よとは後朝に せかれまいとの恋の欲・・・もっと長く二人で抱き合っていたいから、まだ夜になったばかりだけれど、早く寝てしまいましょう
そのような歌詞を踊っていても、2人は恋人同士ではありません。2人はただ、立春が桜に変わるプロセスを踊っている。
和歌の技巧は「新古今和歌集」で頂点に達しましたが、それで終わりではなかった。能や歌舞伎の舞台に引き継がれて、立体的に発展していったのだと思います。文字や音で楽しんでいた和歌の世界が、視覚美を伴って舞台上で展開するようになった。
こんな舞台芸術が存在するのは日本だけでしょう。外国人にはいくら説明しても理解できません。でも日本人には分かると思います。日本人だけが、「吉野山」の美を100%享受できる。静御前と狐忠信が、桜満開の吉野山で女雛男雛と並んでみせる、その究極の美しさを存分に堪能していただきたいと思います。

2014年10月 6日 (月)

国立劇場『双蝶々曲輪日記』

私は国立劇場の職員なので、手前味噌のようですけれども、今月の歌舞伎公演『双蝶々曲輪日記』は大変充実した内容です。通し狂言だからこその面白さがあり、国立らしい公演だと思います。華やかで楽しい場面もあり、しみじみと泣かせる場面もあり。
大学生のころは、「引窓」を見ても全然感動しなかったのですが、年を取るにつれて身につまされるようになりました。大人が楽しめる芝居ですよね。
今月、幸四郎さん・染五郎さん親子が良いのは当然としまして、特に東蔵さん、東太夫さんが素晴らしいと思いました。もうジュルジュルに泣いてしまいました。

ところで、
「引窓」の中で、母お幸が「畜生の皮かむり」という言葉を口にします。
これは、自分で自分を責めている、自責の言葉ですね。
「畜生が人間の皮をかむっている」という意味でしょう。
(「人間が畜生の皮をかむっている」という意味ではない)
私は、見た目は人間だけれども、中身は猫と同じだった、猫が皮をかむって人間の姿をしているようなものだった、愚かだった、それではいけないのだった、人間なのだから人間の振る舞いをしなければいけなかったのに、ということですよね。
たぶん。

2014年9月 7日 (日)

太十の光秀

何度も書いていますが、私は大学生のころに歌舞伎研究会というサークルに入っていました。大学2年の春に、クラスメイトに誘われて、ふらふらと部室へ行ってみたのでした。それで、じゃあ歌舞伎を実際に見に行きましょうということになって、先輩と確か4人で梅玉襲名の「伊勢音頭」を幕見しました。「しました」と言うより「させてもらった」んですね。先輩のおごりだった。私はとても貧乏な学生だったから、そうでもないと見なかったかもしれない。銀座の街の美しさも含めて、すごい衝撃的な体験でしたねえ。その日の歌右衛門のことを、まだはっきり覚えている。「僕は今日、歌右衛門を見た」と親に報告したくらいで。銀座4丁目の交差点は、昔のほうが圧倒的に綺麗でした。今はあまり綺麗だと感じない。三愛が広告塔みたいになってしまったから。昔は虹色だったんだもの。(でも今それを見たらどう感じるかなあ?)
ウチ(法政)は実演校だったから、学祭のときに実演しましたよ。「伊勢音頭」と「熊谷陣屋」でした。歌舞伎座の大道具さんに舞台を組んでいただいて、衣裳も鬘も付けて。(演技以外は本格的だった・・・)
「熊谷陣屋」のときは、床が泉太夫さんと松也さんでした。日本女子大は女義さんでやってましたね。女義さんのほうが、稽古に何度も来ていただけるそうです。竹本の方は歌舞伎の舞台で忙しいので、公演数日前の稽古が1回、公演当日の舞台稽古が1回、計2回だけの稽古だったと思います。「呼ばわる声々」のところは孝夫さんと同じにしてくださいとかって注文つけちゃったりして・・・(何様なんだか?)。鳴り物は傳左衛門さんでした。確かまだ高校生で、そんなに偉い人だとは全く知りませんでした。
半年くらいずっと同じ演目を稽古して、ビデオ先生に教わるんですけれども、あんまり上手くならないんですね。「あんたはずっと同じだった」とかって言われましたよ。
しかし、実際に舞台でやってみないと分からないことってあるでしょう。公演当日、本番前に舞台稽古をしたわけなんです。全然駄目だったんです。芝居が止まっちゃうくらい駄目。制札を取りに行く途中に行灯が置いてあったりとか、着替えが間に合わなかったりとか。どうすんだろうこれ、と思ったんですけれども、本番になったら直ってました。プロってすごいと、その時につくづく思いました。たくさんのプロの方に関わっていただいたんですけれでも、やっぱり「応援してやろう」「成功させてやろう」という気持ちをすごく持っていていただいたんだろうと思います。
1日に2回も熊谷を演じて私はもう精根尽き果てた。
演目を決めるときは、「舞台転換がない」「子役が出ない」というのが大前提ですね。「太十」「封印切」「賀の祝」「野崎村」あたりが候補に挙がっていました。「封印切」くらいの舞台転換は、何とかなるんです。日芸は、子役の出る演目もやってましたけど。人気があるのは、やっぱり綺麗な衣裳ですよ。私は長袴をはいてみたくて熊谷をやったのです。なぜ大学生が、16歳の子供がいる役をやらねばならぬのか?それは長袴をはいてみたいから。しかも鎧も着られるし、何度も着替えられてお得である。
「一念弥陀仏即滅無量罪」とか、意味の分からない言葉を自分が口にすることに罪悪感があった。
落語で、勘平をやりたがる人々というのがありますが、学生歌舞伎で五・六段目が出ることはあまりないと思う。役が納まらないので。
「太十」は、かなり強い候補でしたが、婆さんをやりたがる人がいないのと、私が光秀を演じられないので、流れました。「出来ない」と言ったら熊谷だって貢だって出来ないんですけれども、それとは別の次元で、「太十」の光秀は絶対に無理だと思いました。素人芝居では定番演目のようですけれど、実際にやるのは難易度が高すぎると思う。
私が初めて歌舞伎を見たのは平成4年4月ですが、その月に上演されていた吉右衛門さんの光秀は見ていません。20年以上、ずっと見たいと思っていたのです。でも上演されない。大蔵卿とか俊寛とか又平とか河内山とかはもう何度も何度も何度も見ているのに、光秀は上演されない。何でなんだろう。それがやっと、今月今宵、吉右衛門さんの光秀が生で見られた感激、それをどうお伝えすればいいのだろう。もう本当に素晴らしかった。客席で大興奮してしまいました。興奮しすぎて死にそう。魁春さん、歌六さん、東蔵さん、染五郎さんも素晴らしかった。これ、これぞまさしく大歌舞伎。皐月が竹槍で刺されるのって、光秀がこののち竹槍で刺されるのの先取りなんですね。今日見ていて初めて気がついた。親と子に斜めに挟まれた光秀の大落とし、因果が渦巻く様が目に見えるようでした。
マリア・カラスのノルマは見られませんでしたが、吉右衛門の光秀は生きて見ることが叶い、もう感無量です。今夜はひとり祝杯を上げます。

2014年5月 3日 (土)

菊之助「鏡獅子」

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歌舞伎座の夜の部を見てきたのですが、菊之助さんの「鏡獅子」が素晴らしかったです!音羽屋の名に恥じぬ最高の「鏡獅子」でした。このあいだの染五郎さんも良かったけれど、菊之助さんの「鏡獅子」は、他の誰とも似ていなかった。ゆったりと踊っていながら間延びせず、おっとりと優雅で、上品な「鏡獅子」でした。袱紗をさばくところも、他の人はパパッとすばやくさばくけれど、菊之助さんはゆったりと綺麗。
「五月雨」のところで雨が降ってきたのが見えて、すごいと思った。「花には憂さをも打ち忘れ」のくだりなど、まるで絵が動いているよう。
胡蝶も良かったです。

2014年3月26日 (水)

タップリ!

 

歌舞伎座の3月大歌舞伎が終了してしまいました。最高の舞台でした。夜の部は初日と千穐楽の2回見たのですが、ずいぶんと印象が違いましたね。「加賀鳶」は道玄とお兼のセリフがよりネットリと味わい深くなっていました。「勧進帳」では、問答のテンポがかなり遅くなっているように感じました。「振袖始」は、稲田姫の持ち場が増えていたようです。
(確かめる術もありませんが)

「勧進帳」は、1番多く見ている演目だと思いますけれども、今回ほど感動したことはありません。「私はもうこれ以上感動できない」というほど限界まで感動しました。もっと何度も見たかったのですが、初日と千穐楽を良い席で拝見できたことは実に幸運なことでした。やはり特別な日ですからね。

 
ところで、千穐楽の「勧進帳」の六法で、客席から「待ってました」「タップリ」という掛け声がかかったのです。読み上げ、問答、見得、延年の舞など多くの見せ場がある「勧進帳」において、なぜ最後の最後の六法に「待ってました」なのか理解に苦しみますが、それはまあいいとしましょう。その人は本当に待っていたのでしょうから。許せないのは「タップリ」のほうです。私は「タップリ」という掛け声が嫌いなのです。憎んでいると言ってもいいくらいです。
私の考えでは、「タップリ」という掛け声は、歌舞伎のためではなく、寄席〔よせ〕のためにある言葉だと思います。寄席は、何人かの出演者が代わるがわる舞台に出て、引っ込んでいきます。出演者ごとに持ち時間が決まっているわけですが、多少、長くなったり短くなったりする。まだ話の途中なのにブツッと切って舞台を降りることも多い。「ちょうど時間となりました」「おあとがよろしいようで」などと言って途中でやめてしまう。そこで、出演者が登場した時に「タップリ」と声を掛け、「私はお前さんをタップリ聞きたいんですよ」とアピールしておく。浪曲などの場合は、ああ良い声だねえ、ずっと聞いていたいよ、まだ舞台を降りないでおくれよ、「タップリ!」と、こうなるわけです。(それで実際に出演時間が延びるかどうか分かりませんが)
歌舞伎は、そういう仕組みではないので、「タップリ」という掛け声は意味が分からない。日本の宝である中村吉右衛門が、持てる力の全てを出し切って演じている弁慶に対して、これ以上何をタップリやれと言うのか??怒りを感じます。
ついでに、「待ってました」という掛け声は、「紅葉狩」で更科姫が踊り始める時とか、「船弁慶」で静が舞い始める時とか、「茨木」で真柴が舞い始める時とかに掛けるものだと思っております。(みんな本当に待っているので)
掛け声というものは、「みんなの気持ちを代弁する」ものではないでしょうかねえ。

私は大学生の頃、歌舞伎研究会というサークルに入っていたのですが、部室のロッカーに「タップリ!」という貼り紙がありました。「タップリ」という掛け声は、ギャグなのでした。嘲笑の対象だった。

「タップリ」の掛け声も消えるくらい、播磨屋の弁慶は素晴らしかったですけどね。

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