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2008年6月

2008年6月29日 (日)

29日のワタクシ

2008年6月29日(日)

●新宿の損保ジャパン東郷青児美術館に「没後50年 モーリス・ド・ヴラマンク展」を見に行きました。今日が最終日。私が行ったのはちょうど昼どきだったためか、わりと空いていましたが、帰りのころにはエレベーター前に入場待ちの行列ができていました。(と言っても、それほどの混雑ではありませんが…。)

●この美術館に行くのは初めてでしたが、あまり好きな美術館ではない感じ。内装が素っ気ないし、何かうるさい雰囲気。売店のレジの電子音が展示室内まで響いていました。

●この企画展のための「ジュニア版ブックレット」という解説書が300円で販売されていたので買ってみました。安いし、よくまとまっている。しかし、そういうものを売るくらいなので、会場内は子どもがたくさん来ていて、うるさくって。海外の美術館でも子どもはたくさん見かけるけれど、みんな大人しくしてるのに。って言うか、今日いたのは幼稚園児とか、小学校低学年の子ばかりで、美術館で絵を見るのにはちょっと早いんじゃないの?と思いました。中学生とか高校生はいなさそうでした。変なの…。

●ヴラマンク展は充実していました。画風がかなり変化した画家であるらしく、ゴッホっぽかったり、セザンヌっぽかったり、自分の画風を確立するまで紆余曲折があったみたい。やっぱり画家は、「自分の画風」を持っていないと駄目なのだろうか。それでは、時代がくだるにつれて、「これは既にやった」ってものばかりになって、描けなくなっちゃうんじゃないの~?なんて思うけれど。(それで現代美術は変なのばっかりなのかねえ?)

●花瓶の花や静物の絵もたくさんありましたが、私としては雪の風景や海の絵が印象に残りました。初期の作品「室内」「製紙場、ナンテール」も良かった。

●常設展では、ゴッホのあの有名な「ひまわり」が展示されていました。デカい!しかし、絵がガラスケースの奥のほうに展示されていて、絵までの距離が遠くて臨場感に乏しく、せっかくの名画なのに、つまらない。照明も暗めでした。

●東郷青児美術館っていう名前をつけているわりに、東郷青児の絵は5枚だけしか出ていませんでした。私にはよく分からない絵でしたけれど。

■休日になると、あれもやろう、これもやろうと思うのだけれど、結局できずに終わってしまう。今日はたくさん寝てしまいました。何時間でも眠れる自分が不思議。

2008年6月28日 (土)

28日のワタクシ

2008年6月28日(土)

・午前中に届くよう指定しておいた宅配便が11時55分に届いたので、午前中は家から出られず…。早く届いたら出かけようと思っていたのに!

・東京文化会館で二期会の《ナクソス島のアリアドネ》を拝見。この演目を生で見るのは初めてでした。私は作品の素晴らしさに心酔したのですが、会場で出会った友人は不満たらたら…。会場はちょっと空席が目立ちました。

・外苑前の靴屋で友人が靴を選んでいる間、友人のiPodでグルベローヴァの「偉大なる王女様」を聞く。通りを走る車の喧騒の中、風に吹かれながら聞く歌声は、まるで神の国から届くかのようでした。

・新宿の「とんかつ三太」で海老フライをいただく。友人と2時間くらい喋ってたかな。

・公演の感想は、そのうち書く…かもしれません。

2008年6月26日 (木)

「新薄雪物語」あれこれ

●「新薄雪物語」の「三人笑い」には、秋月大膳を呪詛する意味が込められている…と以前何かで読んだように思うのですが、それが何の本だったのか、思い出せない。過去の筋書を3冊チェックしてみたら、平成4年11月の野口達二氏の随想に「あの笑いには、悪への呪詛の響きも残る。」と書かれている以外は、全く触れられていない。2ちゃん○るで話題になっていたところによると、渡辺保氏の「歌舞伎手帖」に、2延若の芸談として出ているらしいのですが、私はその本は読んだことがないので、別の本だろうと思う。何の本だったのだろう?

●三島由紀夫は、何の情報が、どの本のどのページに載っていたのか、正確に記憶していたらしい。私もそれと同じ才能がほしい…。

●今月の「新薄雪物語」を見ていたら、「三人笑い」って、儀式として行われているように見えたんですね。それは3人じゃないと駄目なんです。「私には分からなかった」と嘆いている梅の方を儀式に加えてやる、兵衛の、妻に対する愛情のようなものを感じました。そして、伊賀守の笑いには、やるべきことをやり終わって安心した解放感の笑いというよりも、その笑いによって何かを変えてやるというような、能動的なものを感じました。それで私は、この3人の笑いで、何かが変わるのかもしれないなぁと思ったのでした。

●最後にひょろっと松ヶ枝が登場して、ちょっと不思議な感じがしますけれども、儀式を陰で見届ける人が必要だったんじゃないかな…と思いました。観客以外に、舞台上の登場人物の中に、儀式を見ている人が必要だったんじゃないか、松ヶ枝もそういう役割を担っていた、輪の中に入れてもらっていたんじゃないかなって。

●でも、それは浄瑠璃の詩章だけ読んでいても分からないですね。私の気のせいだったのかも?

ここ数日のワタクシ

■6月24日(火)

エレナ・モシュクのリサイタルを聞きに東京芸術劇場へ。あんまり感動できませんでした。

■6月25日(水)

この日は、平井香織さんのリサイタルに行くつもりだったのですが、ちょっと残業があったのと、体調も優れなかったので、やめにしました。

■6月26日(木)

このブログを読んでいる方から「いつも楽しそうだね~」なんて言われるのですが、ここ2か月ほど、もともと低空飛行な私の人生の中でも最も暗い日々を過ごしておりました。体調もくずれがち。そこで今日は、イタリア語講座をズル休みして、新宿・末廣亭へ落語を聞きに行くことにしました。小三治さんの「花色木綿」を聞くことができました。

●このブログも、だんだん「ただの日記」と化していますけれども、まあ、適当に続けるつもりです。書いておかないと自分が忘れてしまうので。

2008年6月23日 (月)

Siete voi?

詳しい方に教えていただいたのですが、イタリア語の2人称単数は、Luiが1番敬意が込められていて、次がVoi、1番親しい感じがTuなのだそうです。現在はVoiを2人称単数で使うことはなくなったので、イタリア語講座では習わなかったわけですね。《チェネレントラ》でも、アンジェリーナとラミーロが再会する重要な場面で「Siete voi?あなただったのですね?」って言ってます。ほかにも頻繁に出てくるみたい。なぜ今まで気づかなかったのだろう?

■咲くまでは 気づかぬ花の 命かな  福吉

22日のワタクシ

2008年6月22日(日)

●先週コクーン歌舞伎を見に行ったとき、渋谷の街で松岡美術館のポスターを見かけ、「フランス近代絵画展 モネ、ルノワールからピカソ」をやっていると知りました。フランス近代絵画は大好きなので、行ってきました。目黒駅から徒歩15分。どしゃ降りの雨の中、裾もしとどに濡らしつつ、さんざん道に迷ってやっと辿り着く。このまま雨の中に消えてしまえたならいいのに、などと思いながらも人生は続いていくのであった。立地が不便なだけあって、とてもすいていました。しかし、静かにできない子どもとか、バッグにつけた鈴をチリチリ鳴らし続けるおばさんとか、大きな声で話す中年カップルとかがいて、疲れました。ほとんどの絵はガラスケースの奥にかけられていて、近寄って見られないのが残念。モネの「サン・タドレスの断崖」や、ピサロ「カルーゼル橋の午後」、ヴラマンク「海」、シャガール「青い鳥」が特に心に残りました。また、フランス近代絵画展のほかに、併設の企画展「唐三彩展〔とうさんさい・てん〕」、常設展の「古代オリエント美術」「ガンダーラ・インド彫刻」が非常に充実していて、新鮮な驚きがありました。ふだん私があまり接する機会のないジャンル。ガンダーラ・インド彫刻が特に面白かった。仏陀像の顔だちが、日本のものと違う感じ。何と言うか、日本のは柔和で穏やかなイメージなのですが、インド彫刻はもっと精悍で若々しい感じ。鼻筋が通っていて、こっちのほうが本当っぽいかも?なんて思いました。古代オリエント美術も、展示室内の時間がねじれているみたいな不思議さがあり、見入ってしまいました。ホールのガラス越しに見える庭も、雨に濡れる濃い緑が美しく、あじさいの花も慎ましく咲いていました。でも、つがいの鶴のオブジェが置いてあったのは、ちょっとどうかと思いました…。

●松岡美術館へ行く途中、目黒通り沿いの美容院の前に、黄金色の見事な百合が咲いていて、目をひかれました。本当に見事でした。

●続いて渋谷の戸栗美術館へ。オーチャードホールのすぐ近くにある、やきものの美術館です。「初期伊万里展-素朴と創意の日本磁器-」を拝見(6月22日で終了)。見ていると、どれも欲しくなってしまう。瓢型皿っていうのが特に素晴らしかった。解説パネルに「用の美」と書いてあったのですが、むかしは生活の中で実際に使われていた美の品々ですよね。それが時を経て1か所に集められ、ただ見るだけのものになっているっていうのが、何か不思議な感じ。ああ、こんなものを使って生活していたら、もっと素敵な人間になれるのかな…なんて思いました。でも貧乏人はそういうわけにいきませんから、せいぜい美術館に足を運びます。それにしても、私財で美術館を建ててしまうなんて、いいな~。こちらの美術館もホールのガラス越しに見える庭が綺麗でしたが、初の日本製大砲だかが置いてあって、ちょっと違和感がありました。時間がなかったので、あまりじっくり見られませんでした。

●オーチャードホールの3階席で《シンデレラ(チェネレントラ)》を拝見。

●前から行ってみたかった渋谷のブラッスリーVIRONで食事。5人でいろいろ取り分けて、クスクス、カスレなどをいただく。デザートは塩キャラメルのアイスクリーム。

●もうすぐ終わってしまうけれど、いま東郷青児美術館でヴラマンク展をやっているので、週末に行こうかなと思っています。ヴラマンクは、途中で画風がずいぶん変化したようで、全ての絵が好きというわけではないのですが、心ひかれます。それから戸栗美術館で次の展示「古伊万里展」。松岡美術館も、秋から企画展「古伊万里展」があるそうなので、また行きたいと思います。伊万里にはまってしまいそう…。

●公演の感想は、時間と気力があったら書きます。

2008年6月21日 (土)

6月歌舞伎座 昼の部

六月大歌舞伎

2008年6月18日(水)昼の部 歌舞伎座

「新薄雪物語」

●私はこれまでに、「新薄雪物語」を2回見たことがあります。6歌右衛門が梅の方を演じたときは、私は貧乏学生だったので、残念ながら見ておりません。芝翫さんのときと、玉三郎さんのときに見ました。あまり面白いと思いませんでした。まず「調伏のやすり目を入れた罪」というところからして「そんなことが罪になる時代があったのか…」と遠い世界の話のように思えて、入り込めませんでした。「罪になるってことは、本当に効き目があると信じてたのか…」って、不思議に思いました。それから「刃の絵の下に心という字」の艶書にしても、どう読むと「23日に館に忍んで来てほしい」になるのか、さっぱり分からない。3日じゃなくて23日なのは、なぜなのだろう?さらに、その艶書が「調伏のやすり目を入れる合図」として罪の証拠になるって、もう訳が分からない。

●ところが今回の公演を見たら、「合腹」の場面でボロボロ泣いてしまいました。まあ、それだけ私が年を取ったってことですかね。

●何でも、自分が分からないからといって、存在しないと思ってはいけませんよね。「調伏のやすり目」にしても、聞くと「何じゃそりゃ」と思いますけれども、「調伏したい気持ち」と「それを表す形」が確かに存在している(物語中では団九郎の作り事ですが)。気持ちを表す形というものは、無数にありますけれども、1人の人間が理解できるものは、ほんの一握りです。そして、それは人によっても違います。

●たとえば、イタリア語がさっぱり分からないとします。イタリア語を読めない人にとっては、ないのも同然なのだけれど、かと言って、その言葉が発せられた気持ちまでなくなるわけではありません。分かる人には分かって、何かを変えていく力を持っている。

●ちょっと話が分かりづらいかもしれませんが、たとえば「熊谷陣屋」の制札のことを考えてみましょう。「一字も読めぬわ」などと言う村人がいる一方で、熊谷直実は「これは息子を身替りにしろということだな」って分かってしまう。「一枝を折らば一指を切るべし」なんて、こんな暗号みたいな言葉が通じてしまう。それは、熊谷に「分かる準備ができている」ってことでしょう。義経と熊谷の関係が、それを分からせるわけです。

●6菊五郎がよく弟子に言っていたそうです。「言って分かる奴は言わなくても分かる、分からない奴は言っても分からない」って。禅問答みたいですね。

●それで、「新薄雪物語」は、「分かる人には分かる、分からない人には分からない」という話であることが、今回見ていて分かったのでした。

●言葉って、本当に通じているのだろうか。いま私が書いているこの文章の意味、通じてますか?

●「いえ、そんなつもりで言ったんじゃないんですけど…」ということは、よくあることです。しかし、逆に「確かに届いた」と思う瞬間も、人生の中にはあるものです。別に、言葉でなくてもいいのですが。

●今回の公演を拝見していて、「竹を割って合わせたような」という父親同士の思い、その心の通じ合うさまに、自分でもおかしいくらい泣いてしまいました。

●「三人笑い」には、秋月大膳を呪詛する意味が込められている…と以前何かで読んで、私は今回の公演をその頭で見ていました。それを何で読んだのか、どなたが書いたのか、ちょっと思い出せないのですが…。筋書にも触れられていないので、それは私の勘違いだったのかも?しかし私はそのつもりで三人笑いを見ていて、ああ、この笑いで本当に秋月大膳を呪詛できるのかもしれないな…と思ったのでした。

●「妻平の立ち廻りって、どこが面白いんだろうか?」とか、「あの棒読みのセリフは何?」とか、退屈な場面も結構あったのですが、それでも、こんなに素晴らしい「新薄雪物語」はおそらく絶後であると思われますので、ぜひご覧になると良いでしょう。芝翫さん、幸四郎さん、吉右衛門さんと役者が揃い、葵太夫さんの床にも久しぶりに大感動いたしました。

「俄獅子」

●華やかな一幕でした。

2008年6月20日 (金)

レクチャーとアリアを楽しむ夕べ

レクチャーとアリアを楽しむ夕べ

シンデレラ(チェネレントラ)

イタリア文化会館 ウンベルト アニェッリホール

2008年6月16日(月)18時30分

■プログラム

挨拶 ウンベルト・ドナーティイタリア文化会館館長

ウンブリア州とスポレート歌劇場の紹介

お話 水谷彰良日本ロッシーニ協会副会長

レクチャーとアリア アレッシオ・ピッツェック演出家・舞台美術家

 □歌手

 アンジェリーナ:フランチェスカ・デ・ジョルジ

 ドン・ラミーロ:フランチェスコ・サントーリ

 ダンディーニ:オマール・モンタナーリ

 □演奏曲目

 アンジェリーナ「むかしむかし王子様が」

 アンジェリーナとドン・ラミーロ出会いの二重唱

 ダンディーニ「四月の蜜蜂のように」

 ドン・ラミーロ「ああ、誓って見つけよう」

 アンジェリーナ「悲しみと涙のうちに生まれ」(1節目のみ)

ビュッフェ ホワイエにてウンブリア州の食材を使ったビュッフェ

●無料招待のレクチャーなのに、食事とワイン付き!でした。ホワイエのビュッフェは大混雑でしたけど…。

●眼目のアリアの演奏(もちろんピアノ伴奏)は、「悲しみと涙のうちに生まれ」が1節目だけだったのが残念ですが、ラミーロのアリアも聞けたし、満足満足。今回の公演の特色であるらしいコンメディア・デッラルテの演者も登場し、虫を打ち落として千切って食べるっていう無言劇をしていました。

●公演前にレクチャーがあるというのは、いいものですね。

日本ロッシーニ協会 例会

日本ロッシーニ協会 例会

映像鑑賞《エルミオーネ》

虎ノ門・オカモト屋ビル4階会議室

2008年6月15日(日)13時30分

講師:千代田晶弘

●今年の夏、ペーザロのロッシーニ・オペラ・フェスティバルで上演される《エルミオーネ》の予習会でした(私はペーザロには行きませんが…)。映像素材は1988年にマドリッドで上演されたもの。主な配役は、

エルミオーネ:モンセラ・カバリエ

アンドロマカ:マルガリータ・ツィンマーマン

ピッロ:クリス・メリット

オレステ:ダルマシオ・ゴンザレス

指揮:アルベルト・ゼッダ

演出:フーゴ・デ・アナ

とにかく、「予習でこんなすごい映像を見ちゃっていいの?」というくらいの名演でした。特にメリットが素晴らしかった。彼の全盛期の映像らしいです。

●ロッシーニの作品は、台本が納得しづらいものも多いのですが、ラシーヌの悲劇を原作としているだけあって《エルミオーネ》は、なかなか良さそうな感じでした(日本語字幕のない映像だったので、何とも言えませんが…)。ラシーヌの原作『アンドロマック』では、登場人物それぞれに見せ場が用意されていますけれども、ロッシーニの《エルミオーネ》は、エルミオーネとピッロにフォーカスしているようですね。

●ラシーヌの『アンドロマック』は以前読んだことがありますが、とても面白い戯曲でした。ロッシーニ《エルミオーネ》の台本は、ほとんどラシーヌに準拠しているらしい(?)ので、ぜひお読みになると良いでしょう。

●《エルミオーネ》は、片思いの連鎖の物語です。

オレステはエルミオーネが好き

  ↓

エルミオーネはピッロが好き

  ↓

ピッロはアンドロマカが好き

  ↓

アンドロマカはエットレ(故人)が好き

そして、アンドロマカにはアスティアナッテという幼い息子がいるのでした(亡きエットレの忘れ形見)。で、エルミオーネとピッロは婚約しているのでした。みんな、叶わぬ恋に苦しむのでした。それでもってエルミオーネは、「本当に私のことを好きなら、ピッロを殺してきて!」とか、「何で殺したのよ!あの時は気が動転していただけよ!それくらい分かりなさいよ!」とかってオレステに言うのでした。

●オレステはアガメムノンの息子なのですが、この世代まで来るともうギリシャ神話とは言わないのかな…。よく分からない。一応、ギリシャ神話くらいは一通り知っておくべきかな~とはいつも思うのですが。

●これは前にも書きましたが、好きな人が自分に好きになってくれないことを、マイナスの感情に転化させてはいけません。それでは本末転倒と言うものです。仕方のないことなのです。むしろ、そのほうが普通、と思っていてもいいくらいです。これだけ大勢の人がいて、私を好きになって当然、と思う理由がありません。「誰を好きになるのか」という感情は、自分の理性で決められるものではありませんが、しかし「それで、どうするのか」という行動は、自分で決められます。人間たるもの、常に誇りを持って、見苦しくないようにしなくてはいけません。

●ギリシャ神話やギリシャ悲劇なんかは、人間のマイナスの感情を倍増させて表現したりなんかしていて、あけすけなんですけれども、まあ芝居の中では何をしようと勝手ですし、激しくないと劇にならないですからね。そういう極端なものを見る楽しみというのも、あるのではないでしょうか。普通のことは舞台にのせても仕方ありません。

●先日、日本語字幕つきの《エルミオーネ》のビデオを借りることができたので、今度見てみるつもり。面白い詩章だと良いのだけれど。

2008年6月18日 (水)

本日のワタクシ

2008年6月18日(水)

・今日は1日仕事を休んで、勝手に芸術の日。

・まず歌舞伎座の昼の部を拝見。「合腹」で嗚咽しそうなほどボロ泣きしました。いやあ、すごいものを見た。

・国立西洋美術館で「コロー 光と追憶の変奏曲」を拝見。音声ガイドってあまり借りたことがないのですが、ナレーターが何と吉右衛門さんだったので借りようかと思ったのですが、たまたま財布に金がなかったので諦めることに…。かなりすいていました。私はコローの絵は好きというほどではない。少しくすんだ色づかいと、葉っぱの描き方に特徴がありますね。あと、斜めに伸びる木が好きらしい。コローの絵のあいだに数点だけ展示されていた他の画家(モネ、ルノワール、シスレー、マティス)のほうに、むしろ見入ってしまいました。だんだんマティスが好きになっていく私。

・スポレート歌劇場《シンデレラ》を拝見。第1幕は全然盛り上がらなくて、私はこれを計3回も見るのか…と暗澹たる気分になってしまいました。しかし第2幕でシラグーザが「ああ、誓って見つけよう」を歌ったら最高に盛り上がって、しかもアンコールまであって、「行って良かった!」と思いました。

・上野の大戸屋で晩飯。生まれて初めての大戸屋。そういう店があることを知らなかった。馬鹿にされてしまいました。また食べすぎた~。

公演の感想は時間と気力があったら書きます。

2008年6月15日 (日)

《ルクレツィア・ボルジア》二期会Week

二期会Week in サントリーホール2008

愉しみの刻・第六夜

かくも深きルクレツィア・ボルジアの愉しみ

主催:財団法人東京二期会

サントリーホール・ブルーローズ

2008年6月14日(土)18時

ルクレツィア・ボルジア:高橋知子

マッフィオ・オルシーニ:手嶋眞佐子

ジェンナーロ:山田精一

ドン・アルフォンソ:大塚博章

グベッタ:石鍋多加史

ピアノ:服部容子

●私はイタオペ野郎なので、実は二期会の公演ってあんまり行かないんです。だからこの公演も初めて聞く歌手ばかりだったのですが、期待以上に楽しめました。特にテノールの山田さんが素晴らしかった。ロドルフォをやったときに行っておけば良かった!

●全く知らない演目ではないのですが、やっぱり字幕なしで見るのは、しんどいものがありました。一応、合間に解説が入ったものの、1回の話が長すぎて、いま何を歌っているのか分かりづらかった。毒を飲む演技などもなくて完全な演奏会形式でしたし…。レア演目が上演されるのは本当に嬉しいのですが、レア演目こそ字幕がほしい…。

コクーン歌舞伎「夏祭浪花鑑」

渋谷・コクーン歌舞伎

「夏祭浪花鑑」

演出・美術:串田和美

シアターコクーン

2008年6月14日(土)12時 昼の部

●コクーン歌舞伎は、まず照明がいいですよね~。季節、時間、場所柄をよく表現していて、大好きです。衣裳、舞台転換なども優れていると思います。それから、幕開きで団七の喧嘩シーンを見せたり、初めて見る観客にもちゃんとストーリーが分かる点が素晴らしい。コクーン歌舞伎、私は第1回から毎回見ています。非常にエキサイティングな公演だと思います。

●しかし今回、「また夏祭なの?」と思ったのも事実。記者会見では勘三郎さんが「今回が一番良くなっているという自信があります」と言っていたようですが、お辰が勘太郎さんになったぶん、確実にグレードダウンしてる感じ…。既存の演出がコクーン歌舞伎でどう変わるか?ってことを楽しみにしている観客としては、もっと別の演目を見てみたかった。(もちろん「長町裏」は何度見ても面白いのですが…。)

●勘太郎さんのお辰は、声が出ていなくてお気の毒でした。総体的に音域が低く、かつセリフの決めどころの高音域が出ないので、盛り上がりません。声以外の魅力も特に感じませんでしたし…。ダムのように汗をかいていて、団七ならまだいいけれど、汗かきのお辰なんて…。

●他は役者が揃っていて、良い公演でした。特に笹野さんのセリフ回しが以前に比べてとてもパワーアップしていて、「長町裏」は最高に盛り上がりました。

●過去には大阪から本物のだんじり囃子を呼んできたこともありましたが、今回は上手と下手に大太鼓。迫力ありました。

●この作品、義太夫狂言なんですけど、あまり竹本が入らないんですよね。ときどき思い出したように竹本が入るのが、かえって不思議な感じがしました…。

●「お鯛茶屋の場」が、毛氈を敷いただけなのが、変な感じでした。屋内の雰囲気じゃなかった。あと、床屋ののれんがチープな感じでした。

●余談。むかし、6歌右衛門のインタビュー映像で「演じたことのない役」が話題になり、夏祭のお辰と吃又のお徳が挙げられました。インタヴュアーの山川静夫さんが本領を発揮して、なぜ演じなかったのか、しつこくしつこく質問したのですが、歌右衛門は語らない。どんな役者さんにも、好きな役と嫌いな役があるでしょうけれども、嫌いな役については語っちゃ駄目だと思うんです。それは、その役を勤める他の役者への敬意であり、歌舞伎への愛情じゃないでしょうか。

6月歌舞伎鑑賞教室 国立劇場

社会人のための歌舞伎鑑賞教室

国立劇場大劇場

2008年6月13日(金)19時

「解説 歌舞伎のみかた」

●作品を見る前に知っておくべき予備知識を、きちんと紹介しているのが良いと思います。私は「神霊矢口渡」は何度か見ていますが、今回初めて知ったことがいくつかありました。無料配布プログラムの「これまでのあらすじ」も分かりやすい。通常の公演でも、これくらいの解説はあったほうがいいのでは、と思うくらいです。

「神霊矢口渡」

●橘三郎さんの六蔵が素晴らしかった。役柄を過不足なく十全に表現していて秀逸と思いました。

●竹本の愛太夫さんは、義太夫らしい声で良かったと思います。邦楽は、義太夫でも清元でも何でも、まず「それらしい声」というのが尊いと思うんです。

●孝太郎さんのお舟は、声量があるのが素晴らしい。熱演したくても声が出なければできませんからね。これだけ声が出る女形って、あまりいません。本当に貴重な存在です。でも、体の動きには魅力を感じませんでした。これで踊りが良かったらファンになっちゃうところなのですが…。

●この作品を見るといつも、頓兵衛の喉に刺さる矢が意味不明で、「わけ分からん」って感じだったのですが、今回は新田義興の霊が登場したので良かったですね。ただ、そのぶんお舟や頓兵衛への注意が拡散されてしまう気がしましたけれど。でも鑑賞教室なら、良いんじゃないでしょうか。

2008年6月14日 (土)

本日のワタクシ

2008年6月14日(土)

・コクーン歌舞伎「夏祭浪花鑑〔なつまつりなにわかがみ〕」を拝見。すごく良い席でした。ふだん贔屓の俳優さんからチケットを取っていると、その方が出演しているときは良いのですが、出ていないときに困ってしまう(←当たり前)。ところが私は大学生のころ歌舞伎研究会というサークルに所属していたので、そのときのツテで今回のチケットを取っていただいたのでした。「持つべきものはコネでござる!」

・コクーンから近い松美術館へ。「大正の鬼才・河野通勢展」を拝見。河野通勢〔こうの・みちせい〕については全く知らなかったのですが、前から1度行ってみたい美術館だったので、コクーンのついでに寄ってみました。常設展はなくて企画展のみの、小ぶりな美術館。なかなか素敵な建物でした。入館料も一般300円とお安く、また混んでいない。河野通勢は、日本の風景を油絵で描いた作品や、キリスト教絵画にもどこか日本テイストが感じられ、ユニークな感じ。自画像が特に印象的でした。また、「竹林之七妍〔ちくりんのしちけん〕」という油絵はすさまじいインパクトでした。コクーン歌舞伎の前後にぜひ見てみてくださいね(少し歩きますが)。

・サントリーホール・ブルーローズで「二期会Week かくも深きルクレツィア・ボルジアの愉しみ」を拝聴。

・新宿の串揚げ屋さんで「もう食べられません」というところまで串揚げを食す。

例によって、公演の感想は時間と気力があったら書きます。もう人生に疲れました。

2008年6月13日 (金)

イタリア語・初級編

●私はオペラ好きになって10年ほど経つのですが、「トンバ」「サングエ」「ソンニョ」「インフェリーチェ」「トロッポ」…など、知っているイタリア語の単語がだんだんと増えてきて、日本語字幕と関係ないところで感動することもあります。

●先日、《椿姫》を見ていたら、新たな発見がありました。第2幕第1場で、ジェルモンがヴィオレッタに「あなたは若く美しい。でも時がたてば…」と話しかけるところは、もとの歌詞がBella voi siete e giovineとなっており、本当は「あなたは」ではなく「あなた方は」なんですね。「あなた方」って、誰のことを指しているのだろう?娼婦のこと?若い女性のこと?それとも、英語のyouのように、漠然と一般人のことを指しているのでしょうか。

●ジェルモンという人は、最初、自分が正しいことをしていると思っていますね。つまり、どんなに好きであっても、その気持ちはいつか醒めてしまうものであり、一時の恋心よりも、家柄であるとか、釣り合いのとれた立場、そういうもののほうが長い目で見れば結局は重要である、と思っている。自分も若いときには一途に恋をしたこともあっただろうけれども、年をとって、何が1番重要かということを知っている。若い人は分かっていない。そのように思っている。「voi sieteあなた方は」と話しかけるジェルモンは、ヴィオレッタの話をしているのではなく、真理の話をしているのですね。

●イタリア語も、ちょっと勉強すると、オペラを見る楽しみがグンと増すように思います。人称代名詞を知っているだけでも、ずいぶんと違うのではないでしょうかね。

2008年6月12日 (木)

《椿姫》新国立劇場

ヴェルディ《椿姫》

2008年6月11日(水)19時 新国立劇場オペラ劇場

指揮:上岡 敏之

演出:ルーカ・ロンコーニ

ヴィオレッタ:エレーナ・モシュク

アルフレード:ロベルト・サッカ

ジェルモン:ラード・アタネッリ

フローラ:林 美智子

ドゥフォール男爵:小林 由樹

医師グランヴィル:鹿野 由之

アンニーナ:岩森 美里

合唱指揮:三澤 洋史

合唱:新国立劇場合唱団

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

●指揮の上岡さんは、前評判が高かったようなので期待していたのですが、鼻息指揮者(鼻息の音で合図をする、雑音が気にならない指揮者)だったのでガッカリでした。とても癖のある演奏で、耳慣れない間の取り方をしていました。でもメリハリが強かったので、音楽的には盛り上がっていましたけれど。

●歌手とオケがズレるんですよね~。ソリストも合唱も。私が細かすぎるのでしょうか。ライヴだから仕方ないのかな…。

●《椿姫》の合唱は、世界中どこの歌劇場でも同じ箇所でズレるのだそうです。すなわち、「ああ、そはかの人か」の直前、夜会がはねる部分ですね。いろいろなライヴ録音を聞き比べると、なるほどズレている録音も確かにあります。そんなに難しいのかと不思議なのですが…。今回の新国の合唱もズレていました。(後ずさりしながら歌う姿も奇妙でしたが。)

●最近の新国の合唱は何だか評判がいいみたいですけれど、第2幕第2場のジプシー占い&闘牛士の場面は、何かの罰ゲームかと思った…。(振付のせいばかりなのか…?)

●バレエシーンを合唱だけで済ますと、どうしても動きに限界がありますし、ちゃんとダンサーに出てきてほしいんですよね~。この演出、お金をかける配分がおかしいと思うんですけど…。(音を立ててグラグラ揺れながら横に動くセット、要らない~。)

●ヴィオレッタ役のモシュクは、演技力がイマイチでした。第1幕の冒頭で「用意はできた?皆さん、どうぞお席へ」と歌うとき、話しかける対象が変化していることを表現できていなかった気がします。一事が万事そういう感じ。でもピアニッシモが綺麗に伸びるので、歌唱力には満足しました。

●アルフレード役のサッカは、なかなか情熱的な歌いぶりで良かったです。(でも第2幕第1場のアリアのカバレッタは、最後の音を上げないなら歌わなくていいのに~。)

●フローラ役が林美智子さんだということに気づいたのは、終演後に配役表を見たときでした…。

●アンニーナの演技がとても古いスタイルに感じられたので、年配の歌手なんだろうなと思っていたら、意外にも若い人であるらしい。

●第2幕第1場に、次のような場面があります。

ジェルモン「ここで将来のことをお考えください、二人の子どもの」

ヴィオレッタ「二人の子どもの!」

ジェルモン「そうです」

ジェルモンが「due figli 二人の子ども」と言うとき、この言葉には、これから事情を説明する切り口としての、特別な意味合いがあると思います。ヴィオレッタがまだ知らない事柄を、それと知りつつ、唐突に提示してしまう。聞いているヴィオレッタは、予想もしていなかった言葉が出てきて、その言葉が何を意味することになるのか、把握できていない。つまり、due figliという同じ単語を口にしていながら、言葉に込められた感情が2人で異なっている。言葉の意味が異なるのではなく、その言葉を発する前提が異なっている。そういうことを表現できるのが、演劇というものではないでしょうか。アタネッリとモシュクは、全く表現できていませんでした。

●一字一句覚えているわけではないのですが、字幕に「彼女が《貞節を誓うわ》と言った」とかって出ていました。あ、ありえない…。「貞節を誓うわ」なんていうセリフ、絶対にありえない。

●「乾杯の歌」の前のアルフレードのセリフVi fia grato?は、「あなたがお望みなら」と訳さないと駄目だと思う。それ以外に訳している字幕は私は受けつけない。

●何だかマイナスの感想ばかり書き連ねてしまいましたが、では感動しなかったのかというとそんなことはなくて、第2幕のコンチェルタートでは、もうボロ泣きしてしまいました。ひと言ひと言が身にしみてねえ。こんなに泣くなんて、ちょっと、自分でもおかしいのではないかと思いました。ですから私の感想は参考にしないでください。

2008年6月10日 (火)

「鹿鳴館」6月新派公演

新派120年

六月新派公演

新橋演舞場

2008年6月8日(日)夜の部

八重子十種の内「鹿鳴館」

作:三島 由紀夫

演出:戌井 市郎

影山 朝子:水谷 八重子

清原 永之輔:西郷 輝彦

大徳寺 季子:英 太郎

草乃:波乃 久里子

影山 悠敏:市川 團十郎

●昼の部から続けて夜の部を拝見いたしますと、どうしてこうも予定外に孕んだり孕ませたりしてしまうのだろうかと不思議な感じ。子どもの将来など考えないのでしょうか。まあ、因果というか、業というか、思案の外なのでしょうかね。それだけ昔は、好きな人と結婚できなかったってことかな。

●「鹿鳴館」と言うからには、当然ゴージャスな舞踏会シーンを期待していたのですが、見てあまりのショボさにビックリ。昔はあんなのが豪華の埒内だったのでしょうか。あの舞台美術は、時代考証に基づいているのでしょうか、それとも新派の予算と美意識によるものなのでしょうか。シャンデリアから万国旗と赤白提灯が放射状にぶらさがっている…。実際の鹿鳴館もあんなだったのでしょうか。

●意外と動きが少なくて、ずっとセリフを言っている感じ。ところどころ、面白いセリフもありましたが、眠い場面も多かった…。

●終演時のカーテンコールで、出演者の挨拶がありました。この日の豪華ゲストは近藤正臣さん。登場人物の1人として劇中に出てくるものだと思っていたのに、カーテンコールに出てきただけでした。スーツ姿で、一見するとロス疑惑の三浦和義氏に似ていた…。近藤さんは、川上音二郎の役を3回演じたことがあるそうです。

2008年6月 9日 (月)

泉鏡花

●「婦系図」の素晴らしさに、改めてしみじみ感動している私。本当に良くできた作品です。お蔦と小芳が「私たちは因果だねえ」と言う、その2人の関係の複雑さ。こんな設定を考えつく鏡花の天才に驚きを禁じえない。たぶん、1度見ただけでは、この作品の素晴らしさは把握しきれないと思う。そう、演劇は、お客が何度も見ることを当然の前提としてよい芸術なのだった。

●7月歌舞伎座の「高野聖」が楽しみです。私は学生のころ「泉鏡花の代表作は『高野聖』」と覚えさせられた記憶がありますが、まだ読んでいません。見てから読むか、読んでから見るか。それが問題である。見て読んで見る、…がベストかもしれない。

2008年6月 8日 (日)

バルトリ様

11月に東京オペラシティで開催されるチェチーリア・バルトリの来日コンサート、当初は管弦楽つきで「禁じられたオペラ」の予定でしたが、ピアノ伴奏リサイタルに変更になったそうです。詳細は未定とのこと。「マリア・マリブランに捧ぐ」だといいんだけどな~。

劇場のサービス

●このあいだ新国立劇場にバレエ公演を見に行ったら、NHKの収録が入っていたのですが、撮影スタッフが全員スーツ姿だったんですね。他の劇場では、そんなことしないで、作業着とか着てますでしょう。それは、撮影スタッフが自主的にスーツを着ているわけではなくて、新国側がNHKに要求したんだと思うんですね(想像ですけど)。「お客の目に入るものを美しく」という考えが徹底していて、素晴らしいと思いました。

●きょう新橋演舞場に行ったら、3階のロビーを、照明だか音響だかのスタッフが何人も歩いてるんですね。雪駄履きで作業着で。それは、トイレに行くのなんかは仕方のないことですからいいんですけれども、ケータイの画面を見てる人とかいるんですよね…。前から思っていたのですが、新橋演舞場のサービスはかなりレベルが低いです。場内アナウンスも、担当者によって全然雰囲気が違っていて、訓練されていない感じ。

●新橋演舞場は、花道用のモニターが2、3階西側の客席に付けてあるわけですが、花道を使っていない時でも常時ついていて、客席が暗転していても薄白い光を放っていて、すっかり興ざめです。

●国立劇場のロビーは、売店の納品の台車が通りますよね~。何回も見たことあるんです。1度、ヤクルトのおばさんがカートを押しているのを見たときは本当に驚きました。

●それで、歌舞伎座は伝統芸能系の劇場としてはわりと高いサービスを提供していると思っていたのですが、ここのところガタガタとレベルが下がっているように思うんです。私の気のせい?

「婦系図」6月新派公演

新派120年

六月新派公演

新橋演舞場

2008年6月8日(日)昼の部

「婦系図〔おんなけいず〕

作:泉 鏡花

演出:大場 正昭

補綴:齋藤 雅文

お蔦:波乃 久里子

小芳:水谷 八重子

妙子:紅 貴代

酒井 俊蔵:安井 昌二

早瀬 主税:片岡 仁左衛門

●「婦系図」、大好きなんですよね~。新派と言えば「婦系図」、「婦系図」と言えば新派。1つ考えつくだけでもすごいと思える名セリフが数珠つなぎで出てきて、いったい鏡花の頭の中はどうなっていたのかと不思議です。見ていて、もうボロボロ泣きっぱなしでした。この演目をまだ見たことのない方は、今月ぜひご覧になると良いと思います。

●「この役を演じるのが○○○さんだったらねぇ…」「本当はもっと良い役のはずなんだけれどねぇ…」「あの役を演じる役者さんがもう少し上手かったらねぇ…」なんて思ってしまいましたが、これが現在の新派のベストメンバーなのですから仕方ありません。客席のまばらな拍手が新派の行く末を暗示するようで寂しかった。でも仁左衛門さんの主税、八重子さんの小芳は本当に素晴らしかったと思います。

●酒井がなぜ無理やり2人を別れさせたかというと、自分の人生経験と照らし合わせて、芸者と結ばれることは早瀬のためにならない、と思ったのでしょう。それをそばで聞いている小芳の気持ち。もうボロ泣きしました。小芳は本当に良い役で、年を重ねただけあって、複雑な関係の中に置かれている、深みのある女です。1度見ただけでは分かりにくいかもしれませんが。

●あれだけかたくなだった酒井が、最後に急に考えを変えて2人の仲を許す。オペラの《椿姫》でも、ジョルジョ・ジェルモンがいつの間にか2人を許しています。いつ?なぜ?と不思議に思うけれども、もしそれを説明する場面があったらあったで「長い~」「要らない~」などと思うに違いありません。なくていいんです。描いてもつまらないからです。「何が本当の幸せなのか」よく考えてみたら分かった、というだけだと思います。「好きな者同士で添わせてやるのが1番幸せ」…当時は、そんな当たり前のことが分からなかった人もいたのです。

●「静岡って、箱根より遠いんですか」というお蔦のセリフを可愛く言うのは最高に難しい。

●障子紙の落とし方がちょっとわざとらしくないですか…?「ハイ、落とします」って感じだったので唖然としました。

●仁左衛門さんは、昼は演舞場で主税、夜は歌舞伎座で身替座禅で大活躍ですね。歌舞伎好きな方、仁左衛門さんの主税は絶対に見ておくべきです。

2008年6月 7日 (土)

6月歌舞伎座 夜の部

六月大歌舞伎

2008年6月7日(土)夜の部 歌舞伎座

「すし屋」

●私は奈良の鮎料理屋「弥助」に行ったことがあります。奈良県吉野郡下市村にあるんです。その時は季節が違うということで、残念ながら「なれずし」は食べられなかったのですが、とても風情のある素敵な店でした。

●「木の実」「小金吾討死」をカットして「すし屋」だけ上演するなんて、興行側はよっぽど観客の想像力を信頼しているんですね。あるいは予習に期待しているのでしょうか。文楽公演だったら「すし屋」だけ上演するなんてあり得ないと思う。小金吾の首を突然見せられて、この演目を初めて見た人はどう思うのでしょう。私が初めて見た時は、ちゃんと通しで見ることができて、幸運でした。最初に見たのが今回のような「すし屋」だけの上演だったら、あとで悔しく思ったことでしょう。

●そう思うと、通し上演の時にその役をGETできる役者こそ真の役者、という気がいたします。

●1階東側ロビーに置かれている無料配布誌「歌舞伎座掌本」に、「すし屋」の概要が載っていましたので、事前に読んでおくと良いでしょう。

●「呼び捨てのお稽古」や、「ビビビビビー」「器用な子じゃの」「お月さんも寝やしゃんした」など、滑稽味のある部分は、原作にはない歌舞伎の入れ事ですね。前半で笑わせておいて後半の悲劇を引き立てる、非常に優れた入れ事だと思います。歌舞伎は、原作にないセリフでもどんどん取り入れていきますが、文楽は原作を変更することが少ない。やはり文楽は音楽劇なので、変更しづらい側面があるのではないかと思います。音楽とセットだと変えられません。(カットすることはあるけれど。)

●弥助の花道の出は、下座に「汐汲」が使われているんですね…。今回初めて気づきました。何て馬鹿馬鹿しい、素敵な下座なのでしょう。もう最高。

●前半の弥助とお里は、もっと馬鹿馬鹿しく演じないと駄目だと思いました。弥助がヨロヨロと重そうに持っていた空き桶をお里が軽々と持ってしまう…という場面にしても、まあ馬鹿馬鹿しい場面なのだけれど、内輪に演じるならやる意味がないのでは?と思う。

●「今夜から」夫婦だということを、お里が説明していなかったような気が…。

●吉之丞さんを見ていると、6歌右衛門に似ているなぁといつも思います。やはり同じ劇団で修行してきたからですかねぇ。「不孝者め」に込めた親心など、絶品だと思いました。

●身をやつしていて、物語の途中で元に戻る役など、劇中で身分が変化する役というのも様々ありますが、役者の描写力が特に問われますね。オペラ歌手はたいてい、そういう難しい演技はできないんです。歌舞伎役者はできなくては困ります。それは、「嬉しい」とか「悲しい」とかいう普遍的な心理描写ではなく、「それらしく見せる」という知識であり、訓練であると思います。染五郎さんの弥助はイマイチでした。

●「弥左衛門が祠堂金を盗んだ」のではなく「盗まれた」というセリフになっていました。弥左衛門の長セリフは、演じる人によってずいぶん違うみたいですね。「盗まれた」のなら、因果も何もないような気がするんですけど…。でも今回の歌六さんのセリフはわりと分かりやすかったかな。

●今回に限らず「すし屋」を見ているといつも思うのですが、梶原一行が花道から登場する直前、舞台にシラーっとした隙間風が吹くんですよね~。弥左衛門が尻からげしたり鉢巻きしたりしながら、ずっと捨てゼリフを言っていて、間が空いている感じがする。

●「おたのもうしますぜ」のあと、「おとっつあん」って言わないまま刺されていました。言ったほうがいいのか、言わないほうがいいのか…。

●歌舞伎の宝である清太夫さんがお元気で出演していて嬉しく思いました。

●笛は母親が吹いていました。「木の実」を上演しないなら誰が吹いても関係ありませんね。「血を吐きました」のセリフは床に取らせていました。

●吉右衛門さんの権太は、改心の時期を明確にセリフで言っていたので、新鮮でした。それが効果的なのかどうか、よく分かりませんでしたが…。

●歌六さんの弥左衛門は、とても良かったのですが、「聞こえぬぞよ権太郎」のセリフは、もっと本気で怒ってくれなきゃイヤです。

●芝雀さんは、首のかしげ方など、本当に雀右衛門さんソックリ。襟に白粉が付くところまでソックリ。でも、前半はもっと蓮っ葉に演じないと、入れ事を挿入する意味がないと思う。「ビビビビビー」は、客席がどよめくくらいじゃないと、やる意味がないと思う。後半は良かったと思います。

●全体的にセリフが江戸風な感じでした。

●後見さんや大道具さんが、どうも手際悪く見えるんですよね~。私の気のせいですかね。

「身替座禅」

●「身替座禅」というと富十郎さんや勘三郎さんを真っ先に思い浮かべますが、今日の仁左衛門さんも劣らず素晴らしかった。もう本当に素晴らしかった。段四郎さんの玉の井も良かった。

●狂言舞踊に特有の「ウフハハハ」っていう笑い方、上手い人と下手な人がいますが、仁左衛門さんが1番上手いと私は思うのです。

●巳之助さんも隼人さんも、気の毒なくらい声が出ていませんでした。最近の若い役者さんは、おしなべて声が出ないような気がするのですが、私の気のせいでしょうか。

●私はむかし、小田急線に片道1時間30分ほど乗って通学していたのですが、新宿から離れるにつれて、だんだん乗客の話し声がデカくなっていくんです。本当です。特に海老名、厚木を過ぎたあたりが転換点でした。もう~うるさくって、田舎暮らしはイヤだなって、その時は思っていました。

「生きている小平次」

●私は初めて見る演目だったのですが、とても面白かったです(予習は要りません)。照明、音響も良かった。最初の幕の書割も、時間の移ろいとともに色を変えていき、美しかった。演出が良かったと思います。

「三人形」

●傾城の衣裳が綺麗でした。芝雀さん、もっと踊る機会が増えるといいんですけど…。芝雀さんは「娘道成寺」を踊ったことありましたっけ?

2008年6月 4日 (水)

《椿姫》神奈川県民ホール

第15回神奈川国際芸術フェスティバル

ヴェルディ《椿姫》藤原歌劇団

主催:神奈川県民ホール

2008年6月1日(日)15時 神奈川県民ホール大ホール

指揮:大勝 秀也

演出:ペッペ・デ・トマージ

ヴィオレッタ:出口 正子

アルフレード:ドミニク・モラレス

ジェルモン:牧野 正人

フローラ:関 真理子

ガストン:所谷 直生

ドゥフォール:三浦 克次

グランヴィル:若林 勉

アンニーナ:家田 紀子

バレエ:スターダンサーズ・バレエ団

合唱:藤原歌劇団合唱部

管弦楽:神奈川フィルハーモニー管弦楽団

●私が1番多く生で見ている演目は《椿姫》だと思います。毎年数回見ています。好きな作品ですから、いいのですけれども、メジャーな演目ばかり上演されるのも寂しい気がします。

●これまでで私が最も感動した《椿姫》は、

・アンドレア・ロスト主演(1998年 藤原歌劇団公演@新国立劇場)

・インヴァ・ムーラ主演(2002年 新国立劇場)

・出口正子主演(1999年 藤原歌劇団公演@オーチャードホール)

です。

好きな演目ですから、どのような公演であってもわりと楽しめるのですが、上記3つの公演は本当に深く感動しまして、強く印象に残っています。出口さんは、特に第3幕が素晴らしかった。

●今回の出口さんも、ピアニッシモが美しく、感動しました。第1幕のアリアでは、カヴァティーナの2節目はカット、3点変ホ音は出していました。第3幕のアリアも2節目はカットしていました。

●指揮の大勝さんは、森麻季さんのCD「愛しい友よ」で指揮をされていた方で、それが好きなタイプの演奏だったので、期待していました。しかし今回の公演は全く私の好みではありませんでした。

●アルフレード役のモラレスは、声量がありませんでしたが(特に高音)、さわやかな好青年で良かったです。アルフレードは容姿が大事ですよね~。あまり他の要素で埋め合わせができない役なので。第2幕のアリアは、カバレッタまで歌っていました(繰り返しはカット)。最後は高い音を弱~く出していました。

●第2幕第1場のアルフレードのアリアのカバレッタと、ジョルジョ・ジェルモンのアリアのカバレッタは、歌詞の内容に全く共感できず、上演されるとポカーンとしてしまいます。特に、同じ詩章&メロディーを2回繰り返して歌われたりすると、何それ?という感じです。しかし最近は、優れたテノールなら、カバレッタまで聞くのもいいかな~と思うこともあります。(最後は高音で決めてくださいね。)

●ジョルジョ・ジェルモン役の牧野さんは、オーケストラとズレまくりでした。また、出口さんとモラレスが「声量はそれほどでもないけれど弱音を生かして表情豊かに歌うタイプ」であるのに対して、牧野さんは「フォルテで押すタイプ」で、ひとり歌の様式が噛み合っていないようにも思えました。

●アンニーナとグランヴィルの演技が良かったですね。フローラとガストンの演技が良くなかったですね。

●あまり質の高い上演ではなかったように思うのですが、それでも2幕3幕では泣いてしまいました。私は幼いころから漫画を読んで泣いているような子だったのですが、最近はもう涙腺がゆるくなって、泣いてばかりいるような感じです。

●第3幕でヴィオレッタが「このようなお祭り騒ぎの中でも、苦しんでいる人たちがいるということを、神様はご存じなのかしら」と言うと、もう私は泣いてしまう。

●私もヴィオレッタを見習って、小額ですがユニセフに寄付してきました。私は自分のことばかりで手一杯で、何もできないのですが、困っている人の手に届きますように。

2008年6月 3日 (火)

5月新橋演舞場 夜の部2

五月大歌舞伎

2008年5月25日(日)夜の部 新橋演舞場

通し狂言「東海道四谷怪談」

●伊右衛門って、物語の中のある時点まで、お岩様のことがとっても好きだったんだと思うんですよね。かつて御用金を盗んだってことですけれども、それも、全部ではないかもしれないけれど、お岩様と結婚するための結納金に使ったわけです。で、お岩様の父親を殺したのも、悪事が露見しないようにという意味もあるけれども、お岩様を取り返したいから、という側面も確かに感じられる。セリフでも「飽かぬ夫婦」とかって言ってますし。ところが、ある時点で、フッと好きな気持ちが消えちゃうんですね。芝居の中で、伊右衛門役の俳優が、明確にその変化を描写することはないのだけれど、気が変わってしまう。彼は、心の奥では、すでに、今の状況がイヤになっていたんだと思う。仕事がなくて貧乏で、真夏で暑くて、赤ん坊がずっと泣いていて、女房が病気。耐えがたい。若いのにずっとしていなくて欲求不満でもあったかも知れない。そこにパッと別の明るい人生が提示されたら、牛を馬に乗り換えてという気になっても、仕方がない…かも知れない。

●一方、お岩様が伊右衛門のことをどう思っていたのかというと、これがよく分からない。だいたい父親が嫁ぎ先から取り返してきても、その理由までは聞かされていないらしい。「心中天網島」のおさんであったら、父親と喧嘩でもしそうなところだけれど、お岩様はただ父親に従っているように思われる。ある意味では古風な武家の娘で、あまり主張がないのですね。

●今で言うDV、ドメスティックバイオレンス、つまり家庭内暴力が描かれていて、非常に今日的な作品ですよね。「こんな酷いことをされてもまだ一緒にいるのは、彼が父親の敵を取ってくれるって言うから…」というようなお岩様のセリフがありますが、どんなに酷いことをされても、「敵を討ってくれる」という一点で、自分への愛情を信じちゃったのでしょうね。「敵を討つ意志を持っている」って、すごい負担、覚悟でしょう。それがあるって言っているのだから、他のことは仕方がない、って感じだったのではないでしょうか。(伊右衛門も、そこにつけ込んでるんですよね…。)

●DVって聞くと、「イヤなら何で別れないの?」と思いますけれども、どこかで相手の愛情を信じちゃってて別れられない、っていうことなんでしょうね。いびつだけれど完結しているって言うか…。

●お岩様は宅悦から、伊右衛門の心変わりの原因を聞かされますが、「原因は伊藤家だったのか」と知っても、なお、お岩様は「うらめしいは伊右衛門殿」と言っている。「今をも知れぬこの岩が、死ねばまさしくあの娘と、祝言するはこれ眼前。うらめしい伊右衛門殿、伊藤一家の者ども、なに安穏に置くべきか。」ってことで、原因を作ったのは伊藤家なんだけれども、そっちへの恨みは「つけたし」で、うらめしいのは伊右衛門なんです。このセリフには、唯一、お岩様の伊右衛門に対する感情、スタンスが感じ取れる。「お岩様は伊右衛門のことをどう思っていたのか」「好きだったのか、そうでもなかったのか」という感情を盛り込み得るセリフだと思う。

●今は「暑い」と言ったってクーラーがありますが、当時の「暑い」は本当に暑かったでしょうね…。蚊帳の有る無しの違いとか、現代人が共有していない生活感、でもそういうものは、日本人であれば、見ていて何となく分かるんじゃないでしょうか。

●お歯黒を口からこぼれさせるのは、口が裂けたように見せる、昔からの型なのだそうです。石橋健一郎先生のご本に、そのように書いてありました。私は今回の公演で最初に見たときは違和感があったのですが、2回目に見たら、なるほど効果的かも…と思いました。

●「隠亡堀」で、伊右衛門とその母親が両袖からスタスタ歩いてきて真ん中でばったり出会う、なんていうのは、いかにも歌舞伎らしいなぁと思うんです。世話物でリアルなんだけれども、リアリズムではない。また母親役の時蝶さんが、サラサラサラサラ、淡彩に芝居を運んでいくんだな。脇役って、あんまり描きこみ過ぎない、という点が重要な気がしました。ああいう、出てきただけで「それらしい」っていうの、素晴らしいですね。今回の公演は、女形が本当に充実していたように思います。

●この日はちゃんと「恐い四谷怪談」を見ることができ、私もとても満足しました。いろいろな配役・演出で見てみたい、魅力的な作品です。吉右衛門さん、福助さんも、また演じることがあるでしょうかね。

ご報告

「インターネットオプション」ってところをいじっていたら、再びインターネットが見られるようになりました。絶対無理だと思ったけれど自分で直せて良かった…。

2008年6月 2日 (月)

ありゃ

自宅のバソコンからインターネットに接続できなくなってしまいました。たぶん2ちゃ○ねるの壷のせいだと思うのですが・・。というわけで初めて携帯から投稿してみました。当分更新できないかも。

2008年6月 1日 (日)

《ラ・バヤデール》新国立劇場

《ラ・バヤデール》

2008年5月20日(火)19時 新国立劇場オペラ劇場

振付:マリウス・プティパ

改訂振付・演出:牧 阿佐美

作曲:レオン・ミンクス

編曲:ジョン・ランチベリー

舞台美術・衣裳:アリステア・リヴィングストン

照明:磯野 睦

舞台監督:森岡 肇

指揮:アレクセイ・バクラン

管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

ニキヤ:スヴェトラーナ・ザハロワ

ソロル:デニス・マトヴィエンコ

ガムザッティ:西川 貴子

ハイ・ブラーミン(大僧正):ゲンナーディ・イリイン

マグダヴェヤ:吉本 泰久

黄金の神像:八幡 顕光

●《ラ・バヤデール》を見るのは初めてでした(でも「影の王国」のスロープ降りは過去に見たことがある気がする…)。予備知識はちらしに書かれたあらすじのみ。いきなり見ても、分かると言えば分かるし、でも理解しきれていないようにも思う。第1幕の終了後にプログラムを買って、やっと内容を理解。言葉のない舞台のわりに、表現していることが細かい感じ…。言葉なしで、どこまで表現できるものなのだろう?プログラムのあらすじには「ハイ・ブラーミンは自分の愛を受け入れるなら解毒剤を与えるとニキヤに言うが、恋人の心変わりをはっきりと知ってしまったニキヤは絶望の中で解毒剤を拒絶し息絶える。」と書かれていますが、この文章のうち「自分の愛を受け入れるなら」という部分は、あの振付からは読み取れないと思う。しかし、言葉がないだけに、ストーリーを観客の想像力に委ねる部分もあり、その辺りがバレエを見る楽しみの1つなのかもしれません。

●第1幕では、女同士の激しいバトルにビックリ。もっと、ずっと見ていたかった(笑)。

●第2幕の前半は、私としてはイマイチでした…。

●とにかく第3幕に圧倒的に感動しました。ニキヤもソロルも影の王国も素晴らしかった~。バレエでしか表現しえぬ世界ですね。(ちょっと雷の照明が私の好みじゃなかったんですけどね。)

■オペラ劇場のホワイエのちらし立てに、小さな液晶モニターが新しく取り付けてあって、次回作《アラジン》の宣伝映像が流れていました。別にテレビでCMを流さなくても、こういうのとか、またインターネットなどで宣伝できる時代になったんですよね。新国は新しい試みを、いろいろと、よくやっているなぁ~と思います。ホームページも、あれこれ手直しして工夫している。会報誌「ジ・アトレ」も、情報誌「ステージノート」も、少しでも良いものを作ろうと常に変更を加えている。その全てがうまくいっているとは思わないのだけれど、でも、よくやっていると思う。引き比べて国立劇場のホームページは本当に見づらくて、配役さえ出ていないし、10・11月と歌舞伎公演の内容が決まっても、ひっそりと基本情報がUPされているだけ。会報誌「あぜくら」も、情報誌「日本芸術文化振興会ニュース」も、ちらしに書いてある程度の情報さえ載っていなかったりするし、まさに十年一日、今どき地方の劇場のほうが充実しているのではないかと思う。

本日のワタクシ

2008年6月1日(日)

・横浜中華街の中にある「関帝廟」に参拝しました。何でも『三国志』の関羽を神格化した「関聖帝君」を祀ったものだそうです。実在した人物を神として祀る…日本だと菅原道真みたいな感じ?商売の神様だそうです。よく分からない。

・港の見える丘公園を散歩。ちょうど薔薇が咲き終わりの頃。綺麗でした。

・「ローズガーデンえの木てい」にて昼食。強い日差しの下、なぜかテラスで食事することに…。日焼けしてしまった。

・藤原歌劇団《椿姫》神奈川県民ホール15時開演。出口正子、ドミニク・モラレス、牧野正人、指揮は大勝秀也。神奈川フィル。リハーサル不足っぽかった。でも、それなりに感動しました。

・重慶飯店(本店)にて夕食。結構おいしかった。

・悟空茶荘にてお茶。いい店だった。ついでにパンダの絵柄のマグカップを購入。パンダが笹もって踊ってるの。

・薬蜜本舗にて「紅橘」という蜂蜜を購入。

■充実した1日でした。このブログもだんだん「ただの備忘録」になってきている気がするのですが、毎度のことながら、公演の感想は時間と気力があったら書きます…。

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