« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »

2008年9月

2008年9月28日 (日)

鼻歌の不思議

●好きなオペラ・アリアを口ずさむことって、ありますでしょう。鼻歌を歌うぶんには、歌詞を覚えていなかろうと、出ない音があろうと、べつに構わないですからね。「清らかな女神よ」を歌っていると、途中から絶対、音程が分からなくなる。もう何回も、CDが擦り切れるくらい(ウソ)聞いている曲なのに、ううむ、こんなメロディーじゃないはず…という展開になってしまう。記憶力が悪いのだろうか?

●私は楽器をやったことがありませんし、絶対音感は持っていません。「冷たい手を」の出だしの音が分からない。いつも分からない。べつに間違っていてもいいのに、ほかの曲ではそんなことないのに、「冷たい手を」の出だしの音が分からない。不思議。

「ミレイ展」Bunkamuraザ・ミュージアム

Bunkamuraザ・ミュージアム
英国ヴィクトリア朝絵画の巨匠 ジョン・エヴァレット・ミレイ展
10月26日(日)まで

●ミレイの作品は「オフィーリア」しか知らなかった。夏目漱石はロンドン留学中にこの絵を見て、『草枕』の中で「風流な土左衛門」と言ったとか…(素晴らしい表現力である)。漱石が見たのと同じ絵を、いま自分が見ているということが不思議でした。そう言えば『草枕』は読んだことがなかった、そのくらい読まなくては。いやその前に、読みかけになっている『吾輩は猫である』を読もう…。

●描かれた草花にも意味があるのだそうで、ケシは死を、薔薇は愛を意味する、なんて言うのは聞かずとも分かっていた気がする。スミレは「深い愛情や貞節の象徴」だそうです。《夢遊病の女》では、エルヴィーノがアミーナにスミレの花を贈りますね(すぐに枯れちゃうけど…)。柳は「見捨てられた愛、愛の悲しみ」だそうです。デズデーモナのアリア「柳の歌」にピッタリ。この時代の絵画も、そういうことを読み取りながら見るものなんですかね。解説パネルがないと分からないけれど。

Pic_6

●今回の展示の解説パネルは、たぶん英語の解説を日本語訳したのだと思いますが、文章が変でした。分かりづらい。

●「オフィーリア」以外では、「マリアナ」が印象的でした。布の質感など、素材の描き分けが素晴らしいと思いました。すごい技術。

Pic_1

●「聖ステパノ」という作品の右上に、「遺体を葬ろうとする信徒たち」が描かれているって、解説パネルに書いてあったのですが、どれだか分かりませんでした。心霊写真みたいな顔が2つ、見えたような見えないような…。どうでもいいけれど、額のガラスが汚すぎだと思いました。「どれが信徒たちなんですか」と学芸員に質問しようかと思いましたが、やめておきました。(いや、あれは学芸員ではないのだった。この展示の後で知ったのだ。では何と呼ぶのだらふか。監視員とか…?)

●私は貴人の肖像画には興味がないので、後半の展示は面白くありませんでした。技術的には、すごいことをしているのは分かるんですけどね。

2008年9月13日鑑賞

27日・28日の日記

2008年9月27日(土)
●山種美術館「百寿を超えて」を拝見。
●続いて太田記念美術館「ベルギーロイヤルコレクション展」を拝見。

2008年9月28日(日)
●大倉集古館「紙で語る」を拝見。

■たまっていた小銭を銀行窓口に持って行ったら10万円もあった、という話は先日の記事に書きました。もともと自分のお金であるとは言いながら、胸算用の外のお金だったので、急に懐が温まったような気分でホクホクしていたのですが、よく考えてみれば、10月の歌舞伎座に約4万円、平成中村座に6万円、11月の新橋演舞場に約3万円也の支払いをしなければならないのでした。た、足りない…。11月の演舞場は3階席で見ようと思っていたのに、売り切れだったので1等席を買ってしまいました。お値段分、感動できるのだろうか。自信がない。私が1日働いても1等席の金額には届かないのだけれど…。

■以前からたびたび反省しているのですが、どうも私はお金の使い方が芝居だけに偏っている。何事も偏りすぎは良くないのではないかと思う。それよりも、美しいカーテンや掛け布団カバーを買ったり、気の利いたスーツでも買ったほうが、今後の自分のためになるのではないかと思う。芝居は感動しなかったら後に何も残らないし…。

■「源氏物語」に関連する書籍をドカドカと購入してしまった。こんなにたくさん本当に読むのだろうか、などと思いつつも…。子どものときは買いたい本も買えなかったけれど、大人になったら買えるようになって嬉しい。でも、お金の使い方って本当に難しい。

チョ~どうでもいい話・マニア版

前からずっと思っていたのですが、9月文楽公演を見て改めて思ったこと2つ…。

●瓦燈口〔かとうぐち〕にかけられる幕、あれは何という名前の幕なのでしょうか。たいてい、紗綾形〔さやがた〕・立涌〔たてわく〕・七宝〔しっぽう〕の3つの文様が使われますけれども、色はそのときどきで変わるようです。あの幕の色は歌舞伎よりも文楽の方が綺麗だと思う。

●「廿四孝」や「千本桜」に出てくる狐のぬいぐるみ、あれも歌舞伎より文楽のほうが良くできていると思う。(これは遣い方のせいか…?)

Sayagata

↑紗綾形文様〔さやがたもんよう〕

Tatewaku

↑立涌文様〔たてわくもんよう〕

Sippou

↑七宝文様〔しっぽうもんよう〕

2008年9月26日 (金)

「源氏物語」あれこれ

●『源氏物語』千年紀ということで、9月22日に記念切手が発売されました。図案は「源氏物語絵巻」「紫式部日記絵巻」から。1シート800円。(切手ケースに納められた1200円の切手帳もあります。)
http://www.post.japanpost.jp/kitte_hagaki/stamp/tokusyu/2008/h200922_t.html

●二千円札には「源氏物語絵巻」のうちの「鈴虫」が図案に用いられています。冷泉院と源氏が向かい合って座っている部分です。なぜこの場面が選ばれたのか、とても不思議。いや、守礼門が描かれているほうがもっと不思議か…。

●2008年9月26日、私は田辺聖子版「源氏物語」を読み終わりました。正確に言えば、『新源氏物語』上中下、『霧ふかき宇治の恋』上下の計5冊です。実に面白かった。このような名作を生きているうちに読むことができて良かった、と感慨深い。

●『源氏物語』と言うと、まず全54帖という長さにひるんで手が出しにくい面がありますけれども、特に出だしは短いエピソードが並べられているので、スルスルと読めてしまいます。各エピソードがわりと独立している感じ。長さに躊躇する必要はありません。むかしの人は、第1帖の「桐壺」からではなく、第23条の「初音」から読み始めるのが普通だったそうですし、紫式部も第1帖から順番に執筆したのではないらしいですし…。

●平安貴族の華やかな生活を描写した明るい場面と、恋愛のドロドロを描いた暗い場面と、さまざまな要素が盛り込まれています。暗い部分は本当に暗いと思う。私も読み進めるのが辛くて読めない期間がありました。

●今回、千年紀ということで思い立って現代語訳を読んでみたわけですが、当然それ以前から、部分的には内容を知っていました。普通だったらネタバレというのは嫌なものですけれども、こと『源氏物語』に関しては、日本に生きている限り、読む前に部分的に内容を知ってしまうのは仕方のないことです。むしろ、いつ、どのような形でそのストーリーを知ったか、その出会い・縁にも、それぞれに風情があるものと思います。

●私はと言えば、やはり歌舞伎を通じて知ったエピソードが多いですね。福助さんの「夕顔」、玉三郎さんの「葵の上」、海老蔵さんの「源氏物語」、勘三郎さんの「末摘花」、仁左・玉・勘の「浮舟」。しかし、どれもが原作から変容しています。小説そのままでは舞台になりませんからね。特に「末摘花」「浮舟」はかなり激しく変容していました。それもまた面白いのですが…。

●今年は千年紀だから歌舞伎でも何か上演するだろうと思っていたのですが、結局南座の顔見世だけなのでしょうか。値段を考えるととても行けそうにありませんが…。

■ここから下はネタバレ含む

●大学生のころ、まわりでは「宇治十帖」のことを「ウジジュー」と呼んでいたような気が…。「宇治十帖」と言うと、源氏亡きあとの地味な世界、あまり面白くないらしい、なんていうイメージがあったのですが、とんでもないことでした。「手習」「夢の浮橋」こそ全編のクライマックスなのではないかと私は思った。明石の件りなど泣いた場面は他にもありましたが、出家する浮舟の描写には、ただただ溢れ出る涙を禁じえませんでした。僧都が浮舟に聞かせる授戒の言葉や、浮舟の詠む歌が、1つ1つ私の胸にまで応え、しきりに涙がこぼれました。

●「手習」の源氏絵がほしい…。複製でいいので、額に入れて部屋に飾りたい。

メトロポリタン歌劇場の予定

http://www.metmaniac.com/future.html

●ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場の先々の演目を紹介しているこのサイト。2009-2010シーズンに《アルミーダ》が入っているのですが、これってロッシーニの《アルミーダ》なのでしょうかねえ。ぜひ1度見てみたい演目なのですが、なかなか上演されないんです。世界的に。

●メトの《トスカ》もニュー・プロダクションになってしまうんですねえ。ゼッフィレッリの演出は素晴らしかった。

●さらに次のシーズンには、フローレス出演の《オリー伯爵》が予定されているようです。もうメトはいいや、と思っていたのですが、予定を見ていると行きたくなってしまいます。ライブ・ビューイングで我慢するかな。

「源氏物語の1000年」質問と回答

●前回の記事に書きましたが、おととい横浜美術館に行った際に、係の人に質問をしてみました。人に質問をするというのも、なかなか難しいものです。相手がサービス業だから分からないことは何でも質問していい、というわけではないでしょうし…。

●私が質問したのは、「解説パネルにある『伝・紫式部』の『伝』とは、どういう意味ですか?」ということでした。もちろん、「紫式部の作だと伝えられている」という意味だろうとは思ったのですが、
・日本文学史上、最も重要である『源氏物語』の直筆原稿が1枚も現存していないのに、『古今和歌集』を引いただけの紫式部の直筆文字が残っているのは、奇異なことに思われた。
・紫式部が書いた文字であるなら、今回の多くの展示の中でも、もっと特別な扱いを受けて良さそうなのに、他の作品に紛れて何でもないように展示されていた。
・しかも、その作品は「個人蔵」だった。
・ついこのあいだ見学した江戸東京博物館の「書の名宝展」では、王羲之
〔おうぎし〕の「蘭亭序」〔らんていじょ〕が展示されていたが、それは王羲之の直筆文字ではなく、別の人が臨書した作品だった。なのに解説パネルでは、ただ「王羲之」とだけ書かれていて、不思議に思った。
という経緯があり、「伝」という表記にも、私の知らない意味合いがあるのかもしれないと疑問に思ったのです。

●前回の記事に書いたとおり、「後日電話で問い合わせてください」とのことだったので、電話をかけてみました。結局私の質問は伝わっていなかったのですが、今回の企画を担当された方が丁寧に答えてくださいました。「伝」というのは、やはり「紫式部の書いた文字だと類推される」という意味なのだそうです。文字の特徴などから類推されたものだそうです。なぜ紫式部と類推されるのか、もっと詳しく知りたかったのですが、電話でしつこく質問するのも憚られ、やめておきました。

●質問ついでに訊いてみたのですが、展示室内に座っている係の人は、学芸員ではないのだそうです。ガラスケースに手を触れている人がいないか、他の見学者に迷惑をかけている人はいないかをチェックしている方だとのことでした。他の美術館ではどうか分かりませんが、まあ考えてみましても、わざわざ資格のある人を配置するほどのものではないかな、と私も思います。ただ、そういうポジションにいるからには、一般の人よりは美術に詳しいとか、展示されている作品については熟知しているとか、ちょっと期待していたのです。しかし今回の件で、そうとも限らないということがわかりました。(むろん人によるでしょうけれど…。)

●それから、もう1つ質問してみました。図録には、全ての展示作品の写真が掲載されているわけではないそうです。私はいままで、「図録に載っているのに展示されていない(入れ替えのため)」ということはあっても「展示されているのに図録に載っていない」ということはないと思っていたので、ちょっとショックでした。しかし、展示数が多い今回のような場合には、仕方のないことなのかもしれません。図録No.40「源氏物語図」のうち、「手習」が掲載されていないのは、私にとって非常に残念なことでした。しかし幸いにも、別の本に写真が掲載されているのを見つけました。『別冊太陽 王朝の雅 源氏物語の世界』240ページの右下です。確かにこの絵、幻じゃなくて良かった(笑)。

2008年9月24日 (水)

「源氏物語の1000年」横浜美術館

横浜美術館
・特別展「源氏物語の1000年-あこがれの王朝ロマン-」
・横浜美術館コレクション展 第2期
2008年11月3日まで

●ああ~、遠い~。遠い~。いえ、横浜美術館が都心から遠いと言っているのではありません。むしろ少し離れているほうが、混雑が激しくなくて好ましいくらいです。そうではなく、ガラスケースから絵までの距離が遠い、遠すぎます。絵の美しさを来場者に見せたいという意欲が感じられない。繊細な日本画のことですから、照明が暗めなのは我慢しますが、絵までの距離が遠いのは我慢できない~。

●しかし今回私は予感が働き、ちゃんと双眼鏡を持って行ったので、絵の細やかな部分まで堪能することができました。ぜひ双眼鏡をご持参になると良いでしょう。と言うよりも、双眼鏡がないと楽しめません。すごく細かいんです。気が遠くなるくらい細かくて美しい。普通の双眼鏡では駄目です。焦点距離が合いません。ちなみに私が使っているのはペンタックスPapilio6.5×21です。

●平日の午後に見ましたが(9月24日)、全然混んでいませんでした。特に夕方は空いていました。うるさい見学者もあまりいませんでした。閉館まで4時間近く、休憩なしでずっと見てしまいました。

●私は今回の展示に合わせて『源氏物語』の現代語訳を読みました。いえ正確に言うと、あと数十ページで読み終わるところ…。読むのが遅いので間に合わなかったのですね。田辺聖子訳です。瀬戸内寂聴さんの訳だと10冊かかるところ、田辺聖子さんだと5冊で読めてしまう。しかも、原作では描かれていない愛の描写も加筆されているのでロマンチックで読みやすい。とても面白いです。この千年紀に『源氏物語』を読むことができるのは、幸せなことと思っています。

●私は文学部日本文学科を卒業しているくらいで古文は好きだったのですが、『枕草子』は読んだのに『源氏物語』は読みませんでした。高校の授業で扱われた『源氏物語』は、
・冒頭(桐壺)
・葵の上の死
・須磨
だったのではないかと記憶しています。それも、1帖まるごとではなく短い抜粋。もっと面白い場面が他にたくさんありそうなものなのに…。授業では扱えないのかな…。扱えないか…。

●今回の展示で、まだ私が読んでいない部分の絵が出てきてしまったのですが、先に絵で知るっていうのも、なかなか乙なものです。ああ、浮舟が、このような姿で出てくるなんて…、この髪の形の寂しさ…と切なく見入ってしまいました。私は「手習」を絵で先に知った。

●意外と「個人蔵」と表記された展示品が多く、こんなすごいものを個人で持っているなんて!とビックリ。私もほしい~。どうして私は持っていないのだろう。どうしてその人は持っているのだろう。

●会期が長いこととて、展示の入れ替えが激しいようです。国宝の「紫式部日記絵巻」がもう展示されていないことは知っていたのですが、他にもいっぱい展示替えがあるみたい。今回は図録を購入したのですが、「こんなの展示されてなかったじゃんか~」という作品が目白押し。ちぇっ。

●この図録の出来がイマイチで、展示されていたのに写真が掲載されていない作品もあるみたいでした。それも、私がすごく気に入った「手習」の源氏絵。くやしい。屏風絵の写真は小さすぎて全然分からないし…。部分的に拡大して掲載してくれればいいのに…。お、拡大してある、と思ったら印刷が信じられないくらい荒かったり…。

●ミュージアム・グッズも、気に入った作品の絵はがきが売っていなくて、図録以外は何も購入しませんでした。

●源氏絵を見て、「あ、これは××の場面だ」と分かるためには、かなりの源氏通にならないといけないみたいですね。青海波を舞う、どっちが源氏でどっちが頭中将?とか、細かい事柄も分かる人には分かるのでしょう。しかし、屏風絵を何種類も見ていきますと、ああ、この場面はこういうふうに書くのが定番なのか…って少しずつ分かってきますね。西洋人が宗教画を見るのと同じような感覚なのかもしれない、と思いました。美しさだけではなく、知識、教養とセットになった絵画という意味で。

●『源氏物語』を読むとき、源氏絵をそばに置いて読むといいかも。次は瀬戸内寂聴訳を読んでみようと思っているのですが、何か源氏絵の本も買ってこようと思います。

●解説パネルで「伝・紫式部」と書かれた和歌が展示されていました。これが紫式部の書いた文字…?なんて美しいのだろう…。しかし、『源氏物語』は紫式部自筆の原本は残っていないはず。紫式部の書いた文字が残っているなんて、何だか不思議な気分。そもそも「伝」ってどういう意味なのだろう。そう言えば、このあいだ江戸博で見た「蘭亭序」も、王羲之の直筆ではないのにクレジットは王羲之だったし、この紫式部の文字も、実は紫式部直筆ではないのでは…?書の世界って、よく分からない。私の知らないルールがあるのでは?

●あそこにいる…。この展示室にも学芸員がいる…。以前から、学芸員に質問していいものなのかどうかと思っていたんです。学芸員ではなく、ただのアルバイトかもしれませんし…。海外では「この絵はどこに展示されていますか?」なんて質問したこともありますが、日本の学芸員には質問したことがありませんでした。そこで、思い切って展示室にいた学芸員に訊いてみました。「伝・紫式部の伝って、どういう意味ですか?」

●すると、「いま担当の者に訊いてみます」と無線機で連絡を取り、すぐに担当の人が駆けつけて(本当に走って)きてくれました。もう1度同じ質問を繰り返すと、「調べておきますから、お帰りの際に総合案内にお立ち寄りください」ということになりました。

●帰りに総合案内で同じ質問を繰り返すと、「今日は分かる者がいないので、後日お電話でお問い合わせください」と言われました…。そんなに難しい質問だったのか…。ぜんざい公社か…。

●コレクション展では、シュルレアリスムの作品が見られて面白かったです。マグリットの《王様の美術館》。ダリの彫刻も素晴らしかった。

●今回私が特に感動したのは、
・源氏物語図屏風(図録No.36 
※絵の中に文字も書かれている。文字も大変美しい。
・源氏物語図(図録
No.40)伝・土佐光元 ※「手習」もあったと記憶していますが、図録には載っていません。記憶違い…?
・源氏物語早蕨・手習図屏風(図録No.44 
※可哀想な浮舟。10月8日まで展示。
・源氏物語図屏風(図録No.47)伝・土佐光吉 
最高に素晴らしい。10月8日まで展示。
・源氏物語図貝桶 合
(図録No.107
・野々宮蒔絵硯箱(図録No.110 
信じられないほど細かくて美しい。蓋の下部の中央に秋の虫。虫の音までも刻まれて。双眼鏡必携。10月1日まで展示。
です。もう1度くらいは見に行きたいと思います。

2008年9月23日 (火)

23日の日記

2008年9月23日(火・祝)

●「旭鮨 新百合ヶ丘別館」で昼食。お刺身、土瓶蒸し、お鮨などをいただく。

●14時から昭和音楽大学オペラ公演「夢遊病の娘」プレ講座-マエストロが語る「夢遊病の娘」&ハイライト・コンサート-を拝見。新百合ヶ丘の昭和音楽大学ユリホール。

●池袋の「タカセ」にてポーク生姜焼きを食す。

●19時からアトリエ・デュ・シャン主催のグノー《ロメオとジュリエット》を拝見。ピアノ伴奏ハイライト上演。大泉学園ゆめりあホール。

2008年9月22日 (月)

22日の日記

2008年9月22日(月)

●ぐるっとパスの存在を知ってから、すっかり美術館づいているのですが、今日は月曜日でほとんどの美術館が休館。それでは平日の休暇にしかできないことを…というわけで銀行へGO!たまっていた小銭を入金しました。うーむ、この重さは3万円くらいだろうか、3万円以上だったらその分は寄付でもするかな…と思っていたら、何と10万円余りの小銭がたまっていたのだった!ぬおおお。スミマセン、7万円は寄付できません、前言撤回…。

●3年ほど前、銀行の窓口で勧められるままに契約した外貨年金(?)を解約してきました。ドル建てだったので、怖くて怖くて。まだ手続きが終わっていないのですが、幸い元本は戻ってくるみたい。あの時ユーロを選択していれば…と思わなくもありませんが、もういいです。お金は働いて手に入れましょう。仕事ができる幸せ、ああ有り難い有り難い。

●歌舞伎座の夜の部を拝見(2回目)。前回見たときは小四郎がイマイチで、いくら子役が頑張っているとは言いながら、播磨屋が命がけで勤めている舞台なのに…と残念でした。ところが今日は「同じ役者なのか?」と思うほど小四郎が良くなっていて、こんなに素晴らしい「盛綱陣屋」はこれで見納めかと、しみじみ有り難く思いました。

●今月は歌舞伎座と演舞場で清元の舞踊がかかっていますが、ひょっとしてすごい有望なのでは?と思われる若い語り手が2人もいて、とても嬉しく思いました。いまの歌舞伎界で、有望な清元ほど嬉しい存在が他にあるでしょうか?たぶん今回初めて見た顔ではないのに、何だか目立っていたんです。嬉しい。

2008年9月21日 (日)

海老蔵の岩藤の眉に思う

●演舞場の「加賀見山」で、海老蔵さん演じる岩藤に眉があったので驚きました。私は3階席から見ていたのですが、双眼鏡でよく見てみると、一応青っぽく描いていて、剃り跡という心かとは思いましたが、剃り跡というよりも「紺色の毛の不思議な眉が生えている」といった風情でした…。

●江戸時代、既婚の女性は眉を剃って、お歯黒をしていました。遊女は、鉄漿〔かね=お歯黒のこと〕は付けて、眉は剃りませんでした。お軽の「道行→六段目→七段目」の変化を見ると分かりますね。まあ、例外もあったりしたようですが…(今でも、結婚してても結婚指輪をしてない人とか、結婚してなくても薬指に指輪してる人とか、いますからね)。もちろん未婚と既婚では髪型も服装も変わります。

●しかしNHKの大河ドラマでは、髪型や服装は時代考証に基づいていても、眉なしとお歯黒は無視している。視聴者の嗜好を反映させたものらしいですけど…。

●篠田正浩監督の映画「心中天網島」では、岩下志麻さんが眉なしの女房役を演じていますが、すごく綺麗ですけどねえ。(白黒映画だからかな…?)

●私は大学生のころ歌舞伎研究会というサークルに所属していました。うちの大学は実演校だったのですが、女形の役をやりたい人は多かったのに、眉なしの役は人気がありませんでした。「伊勢音頭」をやったときは、万野に青い眉を描いてました。つまり剃り跡ってことですが…。6歌右衛門も、万野をやったとき剃り跡を青く描いてましたね。ぼかして、いかにも剃り跡という描き方でしたけど。

●時代物のお役では、そのような剃り跡を描くのは珍しい。珍しいと言うか、私は初めて見た気がする。あんなにくっきり。観客の嗜好を加味した化粧なのでしょうか。(福助さんの篝火は、ほんの少し剃り跡が描かれてますけど…。)

●海老蔵さんのセリフのアクセントがおかしい、ということは以前にも書きました。今月の義賢、岩藤、与右衛門でも、耳慣れぬアクセントがバシバシ出てきます。現代語調なのじゃないかと思う。しかし、平成9年10月に歌舞伎座で「加賀見山」が出たとき、海老蔵さん(当時は新之助)は求女をなさっていますから、セリフのアクセントが入っていない、なんてことはないと思うんです。与右衛門も、南座の初役のときは、別に違和感を感じませんでした。意図的にやってるんだと思うんですね。現代の観客に分かりやすいように。

●しかし、「心」という単語ひとつ取っても、亀治郎さんと海老蔵さんとでアクセントが違う。海老蔵さんは他の共演者とアクセントが違う。海老蔵さん1人だけ、異国から登場したみたいな不思議なキャラクターになっているような気がしました。

●岩藤の眉にしても、現代を基準にすると、全部同じになっていくような気がする。どの役でも同じ化粧に。オペラでは最近、時代設定を現代に置き換えた演出が流行っていますが、現代を基準にすると、みんな似た雰囲気になっていくような気がする。私は、そういうのはつまらないと思うのだけれど、分かりやすくて人気は集まるのでしょうかねえ?

21日の日記

2008年9月21日(日)

●午後から有楽町の出光美術館へ。「近代日本の巨匠たち―上村松園・東山魁夷・佐伯祐三・板谷波山・富本憲吉・平櫛田中― 併設:仙■名品選(←■は涯の作りの部分)」というテーマで、まとまりのない感じでした。スッスッと意外に短時間で見終えてしまいました。話し声がうるさいおばさんがいたので注意しておきました。

●パリの街並みばかり描いていたものと思っていた佐伯祐三〔さえき・ゆうぞう〕の、日本の風景画が展示されていました。「踏切」という絵。画風は間違いなく佐伯祐三なのに、ちゃんと日本の雰囲気が画面から溢れており、感じ入りました。どこか懐かしい…。

●小杉放菴〔こすぎ・ほうあん〕の「山中秋意」、板谷波山〔いたや・はざん〕の「紫金磁珍果文花瓶」が良かったです。

●出光美術館では、今年2回目の「ぐるっとパス」を購入しました。すぐ元が取れると思う。都内在住なら「ぐるっとパス」は絶対おすすめです。

●続いて新橋演舞場の夜の部を拝見。夕食は銀座三越の升本で買った「きのこづくし弁当」を幕間にいただきました。銀座で歌舞伎を見るときは、升本か辨松かどちらかのお弁当が多い私なのでした。

2008年9月20日 (土)

20日のワタクシ

2008年9月20日(土)

●歌舞伎座・昼の部を拝見(2回目)。

●銀座東武ホテルの「銀座むらき」で夕食。ここは値段が手頃なわりにおいしいので好きな店。リニューアルして、ちょっと明るい感じになっていた。子持ち鮎塩焼き、土瓶蒸しなど、秋の味覚を食す。

●またまたラデュレへ。モンブランをいただいたが、すんごく甘かった。おいしいけど。

2008年9月19日 (金)

文楽とオペラ

●8月の歌舞伎座で、オペラが原作の歌舞伎を上演して話題になりましたが、文楽でもオペラが原作の作品を上演したことがありますね。「お蝶夫人」と「椿姫」です。「お蝶夫人」では、文楽の人形が初めて(?)キスをしたことが話題になったらしい…。私は記録映像で見たことがありますが、「ある晴れた日に」に相当する場面はありませんでした。「椿姫」は見たことはありませんが、ヴァイオリンが使われたんじゃなかったかな…。

●文楽のタイトルは「蝶々夫人」ではなく「お蝶夫人」なんですね。まあ、芸者の名前に「蝶々」ってのも変ですからねえ(?)。

●文楽は、どんな新しいことをやっても「こんなものは文楽ではない」と言われる心配がありませんね。それだけ確固たるスタイルを持っていると言うか、そのぶん新作のハードルが高いとも言えますけど…。

19日のワタクシ

2008年9月19日(金)

●私は今日から夏休み。ウチの会社は一斉に休まず、重ならないように取ることになっています。学生のころは1か月以上も夏休みがあったのに、社会人の夏休みの短いことよ…。いえ、休みが取れるだけありがたいのですけれども。(本当に、仕事ができるということは、ありがたいことでございます。)

●それで今日は、国立劇場の文楽公演を昼夜通しで見てきました。第1部のチケットは早々に取ってあったのですが、第2部を迷っているうちに、結局同じ日に見ることになってしまいました。今月は通し狂言じゃないのですし、別の日にしたかったのですが…。昼夜通しで見る文楽ほど、観客に体力を強いる芸能はありません。11時に開演して21時に終演、劇場に10時間!歌舞伎も長いけれど、文楽ほどは疲れませんね。もう疲労困憊。ケツが痛い~。ケツが割れそうなほど痛い~。(え?すでに割れている?)

●長い休憩が25分。今月は昼夜入れ替え時間も余裕があるのだから、30分休憩にしてくれればいいのに…。5分違えば、ずいぶん楽なのに。開演してからも遅れた客がバラバラと入場してきて、ザワザワ落ち着きません。演者もやりにくくないのでしょうかねえ。休憩は25分という決まりでもあるのか…?

●私の両親が第1部を見に来ていてビックリ。席もすぐ近くでした。申し合わせたわけでもないのに…。盲亀の浮木、優曇華の花。あんまり交渉のない親子なんです。息子がこんなブログをつけているのを知ったら、何と思うのだろう…。

●第1部が襲名披露で、しかも切場語りは3人とも第1部にご出演ですし、こりゃ第2部の集客は大丈夫なのかな…と思っていたら、満席でした。すごい人気ですね。

●10月の地方公演は橋本で見ようと思っていたのですが、アッと気づいたら昼の部は売り切れ。ガックシ。すごい人気ですね~。

200809191316_2

2008年9月16日 (火)

使用上のご注意

●海外旅行に行くと運勢が変わるって、どういうことですかと聞かれたので、分かりやすくご説明します。

●寝ている間は、楽しいことも起こらない代わりに、悲しいことも起こりませんね。死んでいるのと同じ。夢も悲しみも欲望も離れて、楽に過ごすことができます。悟りの境地とも言えるのではないかと思います。海外旅行に行くなどというのは、それと逆のことで、今までにしたことのないような、大きな活動をすることになるわけです。喜びも悲しみも、ドカーンとデカいものが襲ってきます(旅先とは限らず)。人生において、楽しいことだけ起こるなんてことがあるでしょうか?出会いがあれば別れがありますし、出来ていたことは出来なくなりますし、喜びと悲しみはセットになっているのです。抱き合わせ商品です。一緒じゃないと売ってくれないのです。ですから、家を買うとか、結婚するとか、子どもを産むとか、人生のターニングポイントでは、特に気をつける必要があります。いいことだけ起こると思っていると、足元をすくわれます。しかし、抱き合わせ商品だと思っていれば、ホレおいでなすった、とやり過ごすこともできるのです。

●私は寝るのが好きで、自分でも驚くほど長時間寝てしまうのですが、かと言って、ずっと寝て生きていくわけにもいきません。

●お出かけなさい、まだ見たことのない異国の地まで。私は強くお勧めします。

2008年9月15日 (月)

小鼓の妙音

●この間、たまたま…たまたまというのも変ですが、とある舞踊公演で、素晴らしい小鼓の演奏を聞く機会がありました。曲想がどうこうと言う前に、小鼓の音そのものの美しさにウットリ桃源郷、この音をずっと聞いていたい…と思うような妙音でした。プログラムに曲別に書かれていなかったので、どなたなのか分かりませんが、呂浩社中のどなたかだと思うのですが…。

●最近私は、ハッキリ小鼓の良し悪しが分かるようになった。「良し悪し」というよりも、単に「好き嫌い」というだけなのかもしれませんが、ちょっと前までは好き嫌いさえなかったので、ずいぶん変わったものです。音に丸みがあって、「ポン」と打ったときに本当にカタカナで書いたみたいに「ポン」という音がする。そういうのが私の好み。(お分かりいただけます?)

●小鼓って、奏者によって音が全然違います。また、同じ奏者でも、日によって音が変わるみたいです。面白い楽器ですね。

14・15日のワタクシ

2008年9月14日(日)

●新橋演舞場の昼の部を拝見。演舞場は相変わらず劇場のサービスが低レベルな印象。3階の照明室の扉がずっと半開きになっていてキモかった。雪駄を履いてリュックを背負った裏方がロビーを歩いていて、何なのこの劇場?って感じでした。でも3階のロビーは前より少し綺麗になっていました。雰囲気が暗いと思うけれど…。公演の感想はそのうち書く…かもしれません。

2008年9月15日(月・祝)

●頻繁に近くまで行くのに、これまで全く興味のなかった上野動物園(子どものころに1度入ったっけ…?)。ぐるっとパスの中にあったので、入ってみました。予想外に楽しくて、動物の美しさに見とれてしまいました。ライオン、コンドル、フクロウ、ミミズク、ワシ、タカなど。凛と威厳があって、その存在感に圧倒されました。今回は30分くらいしか時間がなくて残念でした。また行こうと思います。

●東京文化会館で二期会の《エフゲニー・オネーギン》を拝見。以前にも書きましたが、東京文化会館の建物は、外観も内装も本当に美しくない。上野は晴れても曇っても昼でも夜でも人がいてもいなくても何故か雰囲気が暗い気がする。東京文化会館の外観があまりにも美しくないことに責任の一端があるような気がする。公演の感想はそのうち書く…かもしれません。

2008年9月14日 (日)

海外旅行ノススメ

■小学生のころ、「科学と学習」とか「小学○年生」などの学習雑誌を買ってもらっていました。それらの本のいずれかに、「石油資源はあと20年ほどで枯渇する」という旨の記事が載っていたことがありました。しかし、それからとうに20年を過ぎているのに、なくなる気配がない。一体どうしたことか…と思って、今は何でもインターネットで調べる時代なので、検索してみました。すると要するに以前より採掘技術が発達したので、昔だったら掘り出せなかった石油が採油できるようになり、少なくともあと40年はもつ、ということらしい。40年…。

■小学生のころ、人類はその20年の間に次のエネルギーを見つけ出せるのだろうか…と思ったものでしたが、石油に代わるような便利なエネルギーは未だ見出せないでいます。

■最近、驚くほど石油価格が高騰しました。飛行機代のことを考えると、海外旅行もちょっと躊躇してしまいます。しかし考えてみれば、日本人がこんなに簡単に海外へ旅行するようになったのは、ここ20年くらいのことでしょう。1971年まで1ドル=360円、よほどのお金持ちでないと海外旅行は無理でした。私は小学生のころ、自分が海外旅行をするなんて考えたこともなかった。周りでも、そんな話は聞きませんでした。(スネ夫くらいか。)

■最近は、何でもない食品が突然手に入らなくなることがありますね。牛肉が食べられない時期もありましたし、納豆がスーパーから消えた時期もありましたし、現在はバターが入手困難です。また、そのうちタコが食べられなくなるとか、マグロが食べられなくなるというドキュメンタリー番組を見たこともあります。今まで食べていたものが食べられなくなるなんて、あまり想像できませんが、何と言っても日本は食糧自給率が40パーセント程度ですから、先々どうなるのか何も分かりません。

■しかし人類の歴史上、現在の日本人が1番贅沢な食事をしているのではないでしょうか。海のもの山のもの遠方のもの、昨夜は中華、今夜は和食、明晩はイタリアン。庶民なのに。

■「みんなの歌」に「アイスクリームの歌」というのがあって、「おとぎ話の王子でも昔はとても食べられない、アイスクリーム、アイスクリーム♪」って歌でしたが、昔は冷凍庫がなかったのでアイスクリームはなかったのです。

■時代とともに状況は変わり、たとえば将来マグロが食べられない時がきたとしても、あるものだけで生きのびていくのでしょう。けれども、今食べられるものならば何でも1度は食べておきたいものだ、と思う。

■私が初めて海外旅行に行ったのは、大学4年の卒業旅行でした。当時、私は海外旅行に全く魅力を感じていなかった。だって国内でもまだ行ったことのない場所がたくさんあって、日本三景さえ見ていないし、なんで大枚はたいて海外まで?と思っていました。しかし、一緒に行こうと誘ってくれる人があり、かつ、海外旅行に行くなら金は出してやると親が言う。誘ってくれた友人は海外旅行の経験が豊富で、強力な社交性を備えた人なので、旅先での心配は全くないし、また、親が私のために金を出すというのも非常に珍しいことでした。それで行くことにした。行って驚きました。今まで経験したことのない新情報が1度にドカドカと大量に入ってきて、非常に衝撃的だった。写真で見たことがあっても、それは違うのです。写真や映像で満足してはいけません。全然違う。

■海外旅行って、ずっと今のままのスタイルで続いていくのだろうか。それとも、今よりもっと便利になるのだろうか。突然、海外旅行ができなくなってしまう、なんてことはないのだろうか。中国人が日本人並みに誰も彼も海外旅行をするようになったら、どんな時代になるのだろう。そもそも日本の経済って、「今のまま」を維持できるのだろうか。

■最近、若い人が海外旅行をしなくなってきている、というニュースを何かで読んだ。

■お出かけなさい、

お出かけなさい、

まだ見たことのない異国の地まで。

今です、今。

オペラがお好きなら、もちろん見たいオペラをメインに。

オペラに興味がないなら、まずローマ、ヴェネツィアをお薦めします。

あるいはパリ。美術館は当然、少し電車に乗ってヴェルサイユ宮殿も。

こんなにすごいのか、

自分は知らないことばかりだった、

まだ生きてみよう、

きっと、そうお思いになることでしょう。

■ただし、海外では日本にはない危険にも遭遇します。私の知り合いでも、引ったくりに遭った人、遭いそうになった人が実際いますし、私自身も「お前のせいで俺の眼鏡が割れたから弁償しろ」と言われたことがあります。また私の少ない経験から言っても、海外旅行の前後は運勢が大きく変化することがあると思います。本当にそう思うのです。当たり前ですが、そういうことに対して私は責任を取れません。

■しかし、ぜひお出かけなさい。まだ見たことのない異国の地まで。私は強くお勧めします。

2008年9月13日 (土)

13日のワタクシ

2008年9月13日(土)

●六本木のサントリー美術館で、「小袖-江戸のオートクチュール」を拝見。パッパッと見るつもりだったのに、2時間くらいかかってしまった。

●続いて千葉は新検見川の「はなみがわ風の丘ホール」で《ランメルモールのルチア》を拝見。自由席ですが、キャパ90人ほどの小ホールなので、どこに座っても舞台に近いんですけども、どうせなら…というんで1列目中央に座ってしまう私。素晴らしい公演でした。1列目ですごく激しく泣いてしまいました。ああ恥ずかしい…。美しい舞台だった。感想はそのうち書きます。

●続いて渋谷Bunkamuraザ・ミュージアムで「ミレイ展」を拝見。これまた2時間くらいかかってしまい、閉館時間が近づき、最後のほうは急ぎ足になってしまいました。

●充実した1日でしたが、とても疲れて、家に帰ってバタンキューでした(←死語)。

2008年9月12日 (金)

八重垣姫さん、大丈夫!?

Kanban

文楽の不思議

●9月文楽の第二部、ちょっと迷っていたのですが、結局チケットを買いました。文楽を1日で昼夜見るのって、疲れるんですけどね~。それで、公演を見る前にプログラムを入手したのですが、襲名だというのに新・清十郎のインタビュー記事さえ載っていなくて、あまりの素っ気なさにビックリ。ちょっと商売っ気がなさすぎなのでは…。

●文楽の技芸員って、住大夫さんや勘十郎さん、咲甫大夫さんなど、メディアによく登場する方は「ああ、こういう方なのか…」と知っていますが、それはごく一部の人で、ほとんど舞台に出ている姿しか知らない方が多いじゃないですか?知らなければ親しみもわかないんじゃないかと思うんです。国立文楽劇場のプログラムには、シリーズで技芸員のインタビューも載っていますけど…。

●「廿四孝」を上演するときは、筋書に御神渡り〔おみわたり〕の写真くらい載せてくれればいいのに…。たいていの人は、御神渡りなんて知らないし、見たこともないわけでしょう。絶対に解説が必要な項目のはずなのに、なぜ触れていないのでしょうね。

http://www.city.suwa.nagano.jp/scm/dat/special/omiwatari/

↑このサイトは充実している。

7日のワタクシ

●先週の日曜日(7日)は、歌舞伎座の昼の部/夜の部を続けて拝見しました。ただし「竜馬がゆく」は見ませんでした。下旬にもう1回行くので、今回はパスすることに。昼夜続けて見ると、お尻も痛くなりますし…。大人ですね…。吉右衛門さんが大役を3役も勤められていて、充実した内容でした。また、歌六さんが本当に素晴らしかった。感想はそのうち書く…かもしれません。

●そして終演後は、歌舞伎座帰りの定番となりつつある銀座三越・ラデュレへGO!ラデュレには3つの部屋があり、それぞれに名前がつけられていることを知りました。(女給さんに聞きました。)

・マリ・アントワネット(もちろん王妃の名前)松屋寄りの部屋
・アントルーランentrelars(組合せ飾り、透かし彫りの腰板)真ん中の部屋
・オペールopale(宝石のオパール)交差点寄りの部屋

壁紙や調度品も異なり、3つの雰囲気を楽しめます。そう言えばアントルーランにはまだ座ったことないなぁ…。

●どんどんブログの更新が遅れていきますが、まあのんびり行きましょう。

2008年9月11日 (木)

「亀治郎の会」感想つけたし!

●「亀治郎の会」の「娘道成寺」では、通常はカットされる「桜々と謡われて」の件りも踊っていました(雀右衛門さん、富十郎さんはカットせずに踊りますが、大抵はカットされます)。で、今回見ていて気づいたのですが、そこをカットする場合の「つれないは只移り気な」の部分の振付は、カットしない場合の「勤めさえ只浮々と」の振付が使われているんですね…。詩章は異なるのに、同じ振付が…。私は踊りは全然知りませんが、あの振りは八文字を踏んでいる振りですよね?「勤めさえ只浮々と」の振りとしては分かるけれど、「つれないは只移り気な」の振りとしては不思議な感じ…。

●今回は道行の後に、道成寺の山門の書割が出てきました。私は和歌山の道成寺に2回行ったことがありますが、おお、そう言えばこんな感じだったなあ…と懐かしく書割を見ていました。でも歌舞伎の舞台美術って不思議なんですけど、朱塗りじゃない建物がなぜ朱塗りに描かれるのだろう…。清水寺とか南禅寺山門とか。ひょっとして昔は赤かったのかしら…。

●このブログ、やっぱり話題がマニアックすぎるかも…。

「残照」小野竹喬

●これまで私が1番多く見た絵画は、ピカソではないかと思う。もともと多作な画家だけに、もう「これでもか!」というほど見ました。代表作とも言われる「ゲルニカ」も見ました。でも私は、ピカソの絵はそれほど好きなわけではありません。1番いいなと思ったのは、ニューヨークのグッゲンハイム美術館の企画展「スペイン絵画-エル・グレコからピカソまで」(2006年)で展示されていた「泣く女」です。とにかくものすごい迫力、女を泣かせると怖いなぁ…と、しみじみ思ったものでした。

●逆に、なかなか見る機会のない画家もあります。私はターナーが好きなのですが、滅多に見ません。去年ロンドンに行ったときも、あまり見られませんでした。テート・ギャラリーに行けばもっと見られたと思うのですが、ナショナル・ギャラリーにはほんの数点しか展示されていませんでした。思い返せば、玉三郎さんがターナーをお好きだと平成4年に知って、以来ずっと注意していたつもりなのですが、本当に見るチャンスが少ない画家です。

●日本画ですと小野竹喬〔おの・ちっきょう〕の絵がなかなか見られない。私は竹喬の絵が好きで、初期の南画っぽいのはそれほど好きではないのですが、昭和17年頃からの、味わい深い色づかいが大好き。こんなのが1枚、家にあったなら、どんなに素敵だろうかと思うんです。でも不思議と見る機会が少ないですね。たぶん、岡山県の竹喬美術館を中心に、西日本の美術館が多くを所蔵しているのではないでしょうか。1999年に、今はなき東武美術館で小野竹喬展があったのですが、その時の図録は印刷もわりと綺麗で、ときどき眺めています。素晴らしい展示でした。どこかで、またやらないかなぁ…。

●国立劇場のロビーには日本画が多数展示されています。東山魁夷、上村松篁、山口蓬春、小倉遊亀、伊東深水、鏑木清方など、錚々たる顔ぶれですが、必ずしもその画家の代表作が飾られているわけではなく、「この人だったら、他にもっといい絵があるのでは?」なんて思ってしまうことも…。しかし小野竹喬の「残照」は傑作も傑作、もう本当に素晴らしい。私は竹喬の絵の中で1番好きかもしれない。東京でこんなに美しい竹喬が見られる幸せ。竹喬の「残照」と、堅山南風〔かたやま・なんぷう〕の「鯉」、この2作は国立劇場の絵画の中でも最高に素晴らしいと思う。次に国立劇場(大劇場)に行かれたら、ぜひご覧ください。

2008年9月 9日 (火)

本日の金言

●職場の同僚から聞いた素晴らしい言葉、忘れぬうちにメモ、メモ…。

・「使う」

・「使わない」

・「使うかも」

※「使うかも」は捨てましょう。(←ここが金言)

●私もですね、歌舞伎やオペラのちらし、整理するか捨てるか、どちらかにしようといつも思っているのですが、どちらもできない、できなんです…。どぼぢてなの…。

METライブビューイング

http://www.shochiku.co.jp/met/index.html#next

↑来シーズンのMETライブビューイングの予定

《ランメルモールのルチア》《夢遊病の娘》《ラ・チェネレントラ》には行きたいな~。

http://www.bunkatsushin.com/modules/bulletin/article.php?storyid=23037

↑グラインドボーン音楽祭とロイヤル・オペラ・ハウスも

こっちは演目がそそられない…。

第六回 亀治郎の会

第六回 亀治郎の会

2008年8月23日(土)13時 国立劇場大劇場

「俊寛」

●見慣れた播磨屋型とは異なる演出でした。澤瀉屋型をメインに、いろいろな型が取り入れられていたようです。大きな違いとしては、

・幕開きに俊寛が庵ごと迫り上がってきた

・冒頭部に俊寛の長い独り言があった

・康頼と成経が別々に登場した(康頼は上手〔かみて〕、成経は花道から)

・船が下手〔しもて〕から出てきた

・瀬尾と丹左衛門が一緒に出てきた

・岩の色が茶色っぽかった

など。その他、「肴いたそう」と言って持つのが松の枝ではなくてヤツデの葉っぱ(?)だったり、「あなたはいくつ気づきましたか?」と試されているような、間違い探しをしているような感覚に…。

●いつもと違うのも面白いのですが、結局のところは「播磨屋型は洗練されているなあ」と再認識するような結果になっていたような…。

●迫りを使うと、現実の世界から遠くなる感じがして、「床下」だの「五三桐」だの大時代な作品には似つかわしいけれど、「俊寛」には合わないように思いました。また、康頼と成経が、申し合わせたわけでもないのに「別々に」「けれど同時に」登場すると、これも現実から遠くなって、何もリアルなら良いというわけではないものの、やはり「俊寛」には合わないように思えました。

●俊寛の長い述懐は、歌舞伎ではカットすべきだと思いました。現代の観客は、そんなに悠長ではないと思う。

●船が下手から登場したので、立ち位置はどうなるのだろう…と思ったら、瀬尾と俊寛の位置関係はいつもと同じようでした。瀬尾が、船から下りるなり、スタスタと上手に歩いていって、下手に向かって「丹波の少将、平判官康頼やおはする」…、あのうスイマセンそっちは海なんですけど…。

●別に私が改めて申し上げるようなことではありませんが、日本の舞台芸術って、偉い人は上手に行くようになってるんですね。身分の高い人は上手、低い人は下手。なぜかと言うと、能では橋懸り、歌舞伎では花道が下手側にあるから、ってことになると思うのですが…。つまり主な登場人物は花道から登場しますでしょう。下手が出入口になるでしょう。出入口から遠いところが上座になります。偉い人は上座に座る、これは現代でも分かる感覚ですね。歌舞伎では、屋外の設定であっても、偉い人は上手に立ちます。ある場面に誰と誰と誰が出演する…ってことになったら、役の身分、年齢、性別などによって、おのずから立ち位置は決まってきてしまうんです。役者は自分の居どころを考えてるようじゃ駄目だって言いますね。

●落語で、右を向いたり左を向いたり、登場人物が変わるたびに首を振りますね。「上下〔かみしも〕を切る」などと言いますが、あれも身分の高い人は上手、低い人は下手にいる設定でやっています。お客はあまり気にしていないかもしれませんが、間違えると古典になりません。

http://www.rakugo.or.jp/kouza-kamishimo.html

●團十郎さんがパリ・オペラ座で「勧進帳」を上演したときのドキュメンタリー番組で、弁慶と富樫の立ち位置をめぐって、團十郎さんと海老蔵さんが衝突していました。團十郎さんは、富樫が上手、弁慶は下手でないと絶対に駄目、これは譲れないと言うのだけれど、海老蔵さんは、今回だけ逆にしようと言う。パリ・オペラ座の舞台の都合だったのですが、「どこまで変えていいのか」という境界線が親子で違う、興味深いやりとりでした。

●歌舞伎には、芝居を作る上での約束ごとがあります。それを「定式〔じょうしき〕」と言います。竹本は上手、黒御簾〔くろみす〕音楽は下手。黒御簾は以前は「下座〔げざ〕音楽」あるいは単に「下座」と言っていましたが、それでは見下してるみたいだということで、黒御簾と呼ばれるようになりました。

●関係ないけれど、ついでに…。歌舞伎は下手から上手に向かって幕を開けます。文楽は逆です。これは、むかし歌舞伎と人形浄瑠璃は対抗意識があったから逆にしたんだ…という説を聞いたことがありますが、違うと思うんです。幕を閉じるとき、歌舞伎は花道に客の視線を集めたい。文楽は床に視線を集めたい。観客の視線は幕が閉まる方向に集まるから、逆に閉めることになった、ってことだと思うんです。

●ついでに…。文楽で、屋台の出入口が上手に設けられていることがあり、これを「逆勝手〔ぎゃくかって〕」と言います(「忠臣蔵」の九段目など)。いつもと違うことをするのであれば、何か特別な理由が必要だと思いますが、九段目が逆勝手である理由をご存じの方、私にご教示ください。一生尊敬申し上げます。

●話はもとに戻って「俊寛」ですけれども、人物の立ち位置を考えると、船は上手から出てくるほうが断然良いと思いました。出船の際も、下手に船があると、芝居が下手に偏ってしまいますし…。

●やはり私は性格が悪いのか、良くなかった点ばかり並べてしまいましたが、今回の演出で非常に優れていた(と私が思った)点もありました。千鳥が船に乗り込むとき、いつもですと、千鳥はいつ船に乗る決心をしたのか、あんなに抵抗していたのに、どう心境が変化して船に乗る気になったのか、その心の動きが描かれていないので、とても不自然な感じがしていました。ところが今回は、成経と康頼が船から降りてきていて、千鳥を伴って船に乗るという段取りだったので、納得のいく展開となっていました。

●亀治郎さんの俊寛は、「ニンじゃないのに、よう頑張ってはるわ」って感じでした。

「京鹿子娘道成寺」

●私は亀治郎さんの踊りが好きです。最初にいいなと思ったのは、2004年に博多座で拝見した「弥生の花浅草祭」の通人かな。最高でした。最近では国立能楽堂で見た「羽衣」が信じられないほど素晴らしかったですし、今回の「娘道成寺」にはとても期待していたのですが、ご本人が「私の最も苦手な演目のひとつ」と言うだけあって、あまり感動しませんでした。かどかどの決まりの美しさや、一つの形から次の形へ移る移り方など、さすがに踊り巧者だなあと感じる面もありましたが、芝居っ気が薄いと言うのか、鞠唄で鞠が見えない、クドキで男が見えない、山尽くしで山が見えない、見えてこない…。

●こちらも、普段見慣れたものと異なる演出でした。しかし、衣裳にしても、髪の挿し物にしても、私の好みじゃないのでした。別に、いいんですけどね…。

■話題のプログラム、私も一応買いました。あとで出演者が分からなくなる~と思って。力作ですし、この内容で1800円なら安いと思います。でも「Portrait of the Artist」の写真は、何だか喧嘩をふっかけられそうな顔の写真。もう全然美しくない。なぜ、わざわざ美しくない写真を撮ってプログラムに載せるのか…?たくさんある中に1枚そういう写真も入っていた、っていうなら分かるんですけど…。不思議な人。そう、亀治郎さんは不思議な人です。

2008年9月 6日 (土)

「いきもの集合!」山種美術館

2008年9月6日(土)

■山種美術館

「いきもの集合!-描かれた動物たち-」9月7日まで

http://www.yamatane-museum.or.jp/

●山種美術館に行くのは2度目でしたが、どの絵も素晴らしくて、どうしてもっと前から行くようにしなかったのだろうと後悔しています。展示の仕方も好もしい。他の美術館も少しは見習ってほしいくらいです。

●特に速水御舟〔はやみ・ぎょしゅう〕、山口華楊〔やまぐち・かよう〕、上村松篁〔うえむら・しょうこう〕の圧倒的な美しさに痺れました。もう、御舟命!って感じです。しかも、こんなに美しいのに、混んでいない。美しいものには人が集まってくるけれど、美しさだけが人を集めるのではなく、有名であるとか、歴史的であるとか、珍しいとか、それ以外の要素も大きいのだなあと、当たり前のことを改めて思いました。都心の美術館の企画展が激しく混むのは、いまに始まったことではないかもしれないけれど、あんなに異常に混む美術館と、このように空いている美術館と。美しさという点では、決して劣りはしないのに…。「美しいのに混んでいない美術館」、何て素敵なのでしょう。もう最高。

●見る絵見る絵が素晴らしくて、12枚も絵はがきを買ってしまいました。

●なかでも山口華楊の「木精〔こだま〕」は、ひんやりとした絵の中の温度・湿度・光と影が絵の外側にまで流れ出てくるかのような、神秘的な作品でした。

Kayou_2

●華楊の「木精」もミミズクの周りが光っていますが、松篁の「白孔雀」も、孔雀がぼんやりと光っている感じ。オーラが描かれているみたい。「オーラが見える」って、よく言いますけれども、本当に見えるときがありますよね。まわりがフワーっと光って見えるとき、ありません?

Kujyaku

●私は田舎育ちなので、小茂田青樹〔おもだ・せいじゅ〕の「無花果」が床しく思われました。こんな絵がほしい…。

Ichijiku

●竹内栖鳳〔たけうち・せいほう〕の「風かおる」は、目に見えぬ風までが描きこまれているような、爽やかな作品。

Kaoru_2

●解説パネルに栖鳳の言葉が書かれていて、気になったのでメモしてきました。→「日本画は省筆〔しょうひつ〕を尚〔たっと〕ぶが、充分に写生をして置かずに描くと、どうしても筆数が多くなる。写生さへ充分にしてあれば、(中略)不要な無駄を棄てることができる。」

●とにかく御舟が素晴らしい。「秋茄子」「天仙果」「翠苔緑芝」。言葉もありません。

Gyoshu01_2

↑「翠苔緑芝」

●山種美術館は来年移転するそうですが、本当に、うまいこといってほしいですね。

書道博物館

2008年9月6日(土)

■書道博物館

・常設展

・中村不折コレクション「良寛、亀田鵬斎、小林一茶、そして不折。」10月5日まで

http://www.taitocity.net/taito/shodou/index.html

●このような博物館があることを知らなかったのですが、「ぐるっとパス」の中に入っていたので興味を持ち、行ってきました。ちょうど先週、江戸博の「書の名宝展」を見たこともあり、書にひたってみようかな、と。

●鶯谷のラブホテル街にひっそりと建つ小ぢんまりした博物館。博物館と美術館の違いって何なのか未だに分からない…。見学者はとても少ないのだけれど、館内は人の話し声で騒がしい感じでした(たまたま、そうだっただけかも)。あまり私の好きな空間ではない。

●書の展示って、複製と本物が一緒に展示してあるのが、よく分からない。いま江戸博で展示されている「蘭亭序〔らんていじょ〕」にしても、別の人が臨書したものなのに、「王羲之〔おうぎし〕」ってクレジットされていますでしょう。ここの書道博物館では、「ただの印刷物?」みたいな、あんまり有難みのないものまでガラスケースに納められていました。

●しかし、当然ながら本物は1点しかないわけですし、はるか中国の名作を、何らかの形で見てみたいと思ったのでしょうねえ。また、書というものは、複製であっても結構あじわえるものなのかもしれませんね。

●この博物館は、中村不折〔なかむら・ふせつ〕が設立したのだそうです。私は不折を知らなかったのですが、新宿中村屋や神州一味噌のロゴを書いた人だそうです。書家としてよりも画家として活躍したらしい。夏目漱石の『吾輩は猫である』の挿絵で有名だとのこと。『吾輩は猫である』の挿絵って見たことがないけれど、挿絵入りの本もまだ手に入るのかな…。『吾輩は猫である』は、途中まで読んだのですが、友人が結末を口走り、読む気が萎えてしまって、まだ最後まで読んでいないのでした。「だって誰にでも分かりそうなオチじゃない?」だって。ムキー!ネタバレ許すまじ!

●それで、漱石が不折の絵画を絶賛した七言律詩っていうのが展示されていました。漱石って、書も素晴らしかったんですね~。七言律詩という異国の形式で見事な詩が書けて、書も素晴らしい。漱石の素養の高さに、いたく感じ入りました。七言律詩なんて、書いてみようという一点の発想さえ起こったことのない私。

●たくさんの書を拝見していて、字の形の美しさは分かるのですが、その内容については、なかなか把握できない。これらを書いた人は、どれだけ頭の良い人だったのだろう、私はあと100年生きてもこのような人にはならないわ、と思ったことでした。そう、書というものは、かなり頭の良い人の楽しみだと思います。でも憧れますね。

2008年9月 4日 (木)

モネ「印象-日の出」

インターネット上にあった「印象-日の出」の画像を拾ってみました。

Impression1

Impression2

Impression3

Impression4

Impression5

Impression6

Impression7

Impression8

Impression9

Impression10

Impression11

あれこれ

●↓この毎日jpの赤坂歌舞伎の記事は一体…。

http://mainichi.jp/enta/geinou/graph/200809/03_3/index.html

「勘太郎さん(26)、七之助さん(25)が大劇場で初めて『兄弟共演』する。」「七之助さんは『1カ月間東京でやるのが初めてなので、一所懸命にやりたい』と意気込みを語った。」だって…。それにしても、この写真は上演前に見せてしまっていいのだろうか…。(私は行かないからいいけれど…。)

●な何と、咲大夫さんが9月文楽公演を休演なさるそうです。夜の部のチケットはまだ買っていないのだけれど、どうしよう…。けっこう売れているらしいです。

●ブログに書きたいことはいろいろあるのですが、書くのが面倒くさい~。たくさん寝てしまう。1日10時間くらい寝てしまう。寝ている間は何も考えなくてすみますし…。

« 2008年8月 | トップページ | 2008年10月 »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ