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2009年1月

2009年1月30日 (金)

ひとりごと

「美の壷」ご覧になりましたか?谷啓直筆のがちょーん扇子がほしい…。ほしい…。試聴者プレゼントしてくれ~。

2009年1月28日 (水)

『義経千本桜』あれこれ2

●『義経千本桜』の「義経」という文字は、「義」を「ぎ」と読んで、「ぎつね」という掛詞になっていることはよく知られています(浄瑠璃の最後に、「源九郎義経の義という字を訓〔よみ〕と音〔こえ〕と出てきます)。源九郎義経と源九郎狐を重ね合わせているわけですね。やはり輪廻というものを信じる人にとっては、「自分は前世は狐だったのかもしれない」「来世は狐かもしれない」というように、生き物すべてが自分の分身であるという感覚があったのではないでしょうか。


●歌舞伎や文楽を見ておりますと、はしばしに仏教を感じます。油絵でもオペラでも西洋の芸術がキリスト教と切り離せないように、『義経千本桜』は、日本人の宗教感がストレートに出ている作品だと思うんです。日本は仏教の国だったのだなあと実感しますね。


●江戸時代の人々は、私たち現代人と違って、もっと密接に仏教と関わっていたのではないでしょうか。「すし屋」の最後のほうに出てくる「手向けの文〔ぶん〕も阿耨多羅〔あのくだら〕、三藐三菩提〔さんみゃくさんぼだい〕の門出」というような詞章を理解しないうちは、『義経千本桜』を分かったことにはならないのかもしれません。


●お客は自分の分かるところだけ楽しめばいいけれど、やっている人は全部を把握していなくてはなりませんから、大変ですね。


●結局『義経千本桜』は、「良いことをすれば良いことがあります」「悪いことをすれば悪いことが起こります」「自分が存在する原因である親を大切にすることによって、自分にもまた新しい道が開けます」って話だと思うのですが、そういうのって、とても仏教的ですよねえ。


■次は日本人の宗教という観点から『仮名手本忠臣蔵』について書いてみようと思います。

2009年1月25日 (日)

あ~れ~こ~れ~

●私はテレビはあまり見ません。歌舞伎関連の番組は見ようと思いつつ、いつも見逃してしまう…。それから新日曜美術館も見よう見ようと思いつつ、いつも見逃してしまう…。来週の新日曜美術館はミレーらしい。最近ミレーの良さがちょっと分かるようになってきたので、来週は見逃さないようにしようと思います。それと30日(金)夜10時の「美の壷」は、かな文字を取り上げるらしい。かな文字を実際に書いている映像も流れるみたいなので、絶対見るぞ~。

●ブログを更新するのが面倒くさい。三大名作について書きたいことがいろいろあるのですが、文章にするのが面倒くさい。頭で考えたことが、キーボードを打たなくてもスルスル~と文章になるパソコンを誰か開発してくれないかな…。(えっ?すでに開発中?)

2009年1月22日 (木)

お薦め

●私は《蝶々夫人》が大好きなのですが、家でCDを聞くときは、第2幕を聞くことはまずありません。「蝶々さんの登場」と「愛の二重唱」ばかり聞いています。私が1番泣けるのは第2幕の「愛の勝利」(リンカーン号の入港を知って蝶々さんが喜ぶ場面)なのですが、家で部分的に聞くには内容が重たいですし、そうそう泣いてばかりもいられませんからね…。

●オペラもいいのだけれど、気軽に聞くBGMとしてはちょっと重たいんだよねえ…と思うことがありませんか?そんなときにお薦めしたいのが、オペラをピアノで演奏したCD「AriaOpera without Words」(演奏:ジャン・イヴ・ティボーデ)です。音がキラキラしていて、とてもロマンチックなCDです。お薦め。

 

■オペラが好きな方のなかには、「イタリア語を習ってみたいけれど適当な語学教室が見当たらなくて」という方もいらっしゃるのでは?そんな方にお薦めしたいのが、野里伸一郎:著「イタリア語のしくみ」(白水社:刊)です。とても分かりやすい本です。「少し興味があるだけ」というような人にもスラスラ読めると思います。お薦めいたします。

2009年1月21日 (水)

つぶやき

●最近ブログの更新が滞っていますが、別に書くことがなくなったわけではなく、単に書く時間がないだけです。今日は新国立劇場の《蝶々夫人》を見てきました。蝶々さん、ピンカートン、シャープレスが知らない歌手でしたし、全然期待していなかったのですが、予想外に大感動してしまいました。《蝶々夫人》《ラ・ボエーム》の終幕で泣くのは普通のことであって、私は序幕から泣くという特殊な感受性を持った珍しい人間なんである。もちろん上演が優れていればの話ですが…。今日も第1幕から泣きました。第2幕ではさらにボロボロに泣いてしまいました。ババジャニアンは、高音があまり得意ではなさそうでしたが、演技が秀でていて素晴らしかった。またオーケストラが実に素晴らしかった。ピンカートンは声がバーンと出て素晴らしかった。強力にお薦めいたします。

 

●終演後は心の友であるYさんとオペラシティ53階の叙々園で食事。雨に煙る新宿の夜景を眺めつつ…。オバマ大統領の就任の時に《蝶々夫人》を見るなんてスゴイね、日本は今でもアメリカに搾取されているんだし、これは個人の話ってだけでなく、国と国の話だよね、いやあ《蝶々夫人》は深い話ですねえ、などと話したのでした。

2009年1月17日 (土)

『義経千本桜』あれこれ

●『義経千本桜』には、明確なテーマがあると思います。南北や黙阿弥の作品を見るときは、テーマなんてことはあまり考えないのですが、三大名作あたりの浄瑠璃は複数の作者の合作ですから、書き始める前に「今回はこういう話にしましょう」という打ち合わせがあったのでしょう。その「こういう話に」っていうのが、つまり「テーマ」ってことだと思うんですけど…。長い物語なのに、よく配分されていると言うか、構築的な作品ですよね。それで、『義経千本桜』のテーマは「因果応報」だと私は思うのですね。

 

●『義経千本桜』には多くの人の悲劇が描かれていますが、それらの登場人物たちは、「自分はどうしてこんな悲しい目に遭うのか」ということの原因を知っていた、あるいは最期に気がついた、と思うんです。

 

●権太の女房の小せんは、若葉の内侍の身代わりとして連れて行かれ、処刑されてしまいますね。あれ、処刑されちゃうんですよね…。平維盛って、平家の嫡流でしょう。平家で1番偉い人なんです。物語の中では、いま平家の残党狩りが行われていて、真っ先に標的になるのが維盛一家なんですね。頼朝は実は維盛一家を助けたいのだけれど、公然と助けるわけにいかないので、身代わりが必要だったんです。それで小せんは、全然関係ない争いに巻き込まれて無駄に死んでいくようにも見えるけれど、本人は「なぜ自分が死ぬのか」ってことを、分かっていたと思う。

 

●小せんは権太の悪事をやめさせたいと思っている。捕まったら、どんな重いお咎めを受けるかも分からない悪事です。小金吾にその場で切られても文句は言えないくらいです。でも、権太の悪事が始まったのは自分が原因だと分かっている。小せんはもと売女で、権太は小せんを買うために金を盗むようになったんですね。小せんは、それが悪いことだと分かっていたけれど、一方でまた、嬉しかったのでしょう。しかし、悪事はいつか清算されなければならないということを、小せんは知っていたと思う。

 

●「すし屋」は、「関係のない市井の一般家庭を襲った突然の悲劇」みたいな解説をされることが多いようですが、いいえ、おおいに関係があります。弥左衛門は、かつて、維盛の父である重盛に命を救われたことがあるんですね。そのむかし弥左衛門は船頭をしていて、重盛が中国へ送るつもりだった三千両を船から盗み出しました。見つかって処刑されるところを、重盛の温情で助けてもらえた。弥左衛門がその経緯を語るセリフがあるのですが、歌舞伎ですとカットされる場合もあります。また、「盗んだ」ではなく「盗まれた」というセリフに変更される場合もあります(すし屋の弥左衛門というのは実在した人物ですから、創作で勝手に「金を盗んだ」なんて言われたら困ると、大むかし抗議があったとか何とか…)。

 

●弥左衛門は、今でこそ村で口も利くような立派な人物ですが、かつては盗みを働いていた、そんな自分が育てたから息子の権太がこのようになったのかと自分で知っていました。歌舞伎で弥左衛門のセリフをカットすることがあるのは、因果応報の流れが見えなくなってしまうので良くないと思います。座頭の格が知れますね。

 

●「因果応報」と言っても、それは自分のしたことの報いとは限らなくて、「親の因果が子に報い」ってこともあります。維盛は、祖父である清盛の因果によって追われる身となり、父である重盛の因果で助かることになります。むかし重盛が頼朝を助けたことがあったので、逆の立場になったいま、維盛は助けてもらえたわけです。

 

●お里にしても、弥左衛門が盗みを罰せられて死んでいたら生まれていなかったのですから、維盛一家の悲劇に巻き込まれるのも因果のうちなのでしょう。(親への孝行が肝要と言うのは、ここのところを言うのだと思う。)

 

●『義経千本桜』の登場人物の中には、自分の因果しか見えていない人と、全体の因果が見えている人とがいます。全体が見えている人、それが義経です。義経は他にもいろいろな作品に登場しますが、常に「全体が見えている人」という描かれ方をしています。つまり、他人の悲しみを自分のことのように捉えられる人なのです。文楽の大夫や、歌舞伎の座頭などという立場の人には、『義経千本桜』における義経のような視点が求められると思います。

 

●「六道〔ろくどう・りくどう〕」という言葉をご存じでしょうか。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AD%E9%81%93


生き物の住む世界は6つに分かれていて、すなわち

・天道〔てんどう〕

・人間道〔にんげんどう〕

・修羅道〔しゅらどう〕

・畜生道〔ちくしょうどう〕

・餓鬼道〔がきどう〕

・地獄道〔じごくどう〕

という6つの階層があります。大物浦の知盛のセリフにも出てきます。むかしの人はみんな知っていたのでしょうけれど、私も現代人ですから詳しいことは知りません。が、6つのうち苦しみがないのは天道だけで、あとの5つは苦しみの世界です。いろいろな種類の苦しみを体験して、魂を磨いていく修行の場なのですね。作品の構成上、知盛は修羅道、権太は人間道、狐忠信は畜生道というふうに配分されていると思います。

 

●六道という考え方では、生きている間に良い行いをすると来世で1つ上の階層に行き、悪い行いをすると来世で1つ下の階層に行く、とされていました(たぶん)。狐忠信の「前世で誰を罪せしぞ」というセリフは、ここの因果を言っています。自分は前世は人間だったと思っているわけです。姿かたちは変わっても、魂は同じ。狐忠信の演技は、狐言葉であるとか、狐らしい仕草など、普通と違う演技が求められますが、魂は同じなのです。

 

●トスカのアリア「歌に生き、恋に生き」でもそうですが、人というものは悲しい目に遭うと、「私はなぜこのような目に遭うのだろう」と考えるものです。嬉しいときは考えませんが…。それで考えて「こんな悲しい目に遭うほどの悪いことはしていないはず」ってことになると、「前世で何か悪いことをしたのだろう」と諦めます。「前世」というのは諦めであり、「来世」というのは希望です。輪廻というのは、いまの生を苦しんでいる人の諦めであり、希望であると思う。歌舞伎にはよく出てくる考え方です。

 

●「川連法眼館」の解説は、たいてい「争ってばかりいる人間の愚かさと、親を慕う狐の純粋さの対比が見どころ」などと書かれていますが、いいえ、ち・が・い・ま・す。いえ別に、芝居は数学ではありませんし、どれが正しいとか間違っているということはありませんが、それでも「感動できる解釈」「感動できない解釈」「面白い解釈」「つまらない解釈」があるでしょう。歌舞伎は古典ですから、これはこういう意味です、これはこういう作品です、と注釈が常につきますし、何度も同じことを言われると、ふううん、そういう意味なのか…と思い込んでしまいがちですが、自分で考えないと駄目だと思うんです。

 

●オペラでは、演出家や歌手のことを「interpreter=解釈する人」と表記することがありますでしょう。演じ手の解釈がつまらなかったら、客も感動できませんよね。

 

●義経は、狐忠信の中に「純粋さ」を見ているのではなく、「過去の罪」を見ているのだと思う。いまの悲しみを引き起こした「過去の罪」を。

 

●でも、「悪いと思っていても、やってしまう」ってこともあるでしょう。それを「業〔ごう〕」と言います。生き物を殺して食べる、それも業です。義経のセリフに「名を譲ったる源九郎は前世の業、われも業」とありますが、義経は、悲しみを引き起こす業というものにつまされて涙するわけです。演じている人は本当に泣いてください。

 

●初音の鼓は、禁裏の宝物であり、また長い戦いの末に義経が手にした唯一の形見であり、本来ならば畜生にくれてやるなどということは考えられません(妾に預けるのさえ、ちょっと憚られると思うんですけど…)。そんな大事な品をあげてしまうっていうのは、結局義経は、鼓をあげて狐忠信に希望を与えることによって、自分も希望を見たかったんだろうと思う。桜が毎年咲いては散っていくのと同じように、もう1度、自分が生き直すために。

2009年1月11日 (日)

1月歌舞伎座 昼の部

歌舞伎座さよなら公演

壽初春大歌舞伎

2009年1月4日(日) 夜の部

 

「祝初春寿式三番叟」

●歌舞伎の「三番叟」は公演のたびに少しずつ形を変えて上演することが多いようですが、今回は千歳が2人ということと、後見がお辞儀をした(「操り三番叟」でもないのに)ことが珍しかった点でしょうか?

●松緑さん、菊之助さんは、同じ千歳という役ながら、2人でかなり異なる化粧をしていましたね。(この役に限らず、お2人とも、いつも・かなり個性的な化粧ですけど…。)

●関係ありませんが、『源氏物語』の「紅葉賀」の帖で、光源氏と頭中将が「青海波」を舞いますね。清涼殿での試楽と、朱雀院での行幸当日と2度舞います。行幸当日の舞では、源氏の冠には菊、頭中将の冠には紅葉が挿してあるので、源氏絵を見るとき2人を見分けられるのですが、試楽の舞では2人とも紅葉を挿していて私には全く区別がつかない。しかし、試楽の絵にも何か見分けるための印が入っているに違いない、源氏と頭中将が同じはずはない、だって源氏は特別だもの…とこれまで思っていたのですが、ひょっとすると、試楽の2人は区別がつかないものなのかもしれない、全く区別がつかないほどに2人の舞が拮抗している、それこそが「最上の青海波」ってことなのかもしれない。そして、行幸当日だけ源氏の挿頭を菊に変えた紫式部の機知というのは、スゴイものだなあ…と自分で勝手に感動してしまいました(笑)。違っているかも知れませんが。

●「三番叟」の詩章に出てくる「とうとうたらりたらりら」というのはチベット語の呪文、らしいです。

●冒頭部分の小鼓の音が素晴らしくて、まるで清らかな水がこんこんと湧き出るような、とでも形容したくなる妙音でした。

 

「俊寛」

●上手の小鼓の音が最高に美しかった。(位置によって音も変わるのでしょうか。)

●自殺の仕方にもいろいろあると思いますが、走って行って岩に頭をぶつけて死ぬ、というのはスゴイ勇気だなあ…と「俊寛」を見るたび千鳥に感心する私。

 

「十六夜清心」

●豪華配役でした。

 

「鷺娘」

●どうして玉三郎さんの引き抜きは、いつも、あんなに完璧なのでしょうかねえ。

2009年1月 9日 (金)

あ・れ・こ・れ

●変体かなの「に(尓)」と「き(支)」と「ま(末)」の区別がつかない~。なにか見分けるコツはないのでしょうか?

●昔は濁点がなかったので、『桂川連理柵』の「帯屋の段」でも「どふぞどふぞ」を「とぶぞとぶぞ」と読み間違えてしまう滑稽な場面が出てきますけれども、「いくつかある選択肢の中から適切な1つを読み手が選び取る」という高度なことを、普通に行っていたんですよね…。

●『ひらかな盛衰記』は、書くときは『ひらかな盛衰記』と表記されますが、読むときは『ひらがな盛衰記』と読むらしいですよ。

●パソコンで「パ」と「バ」の区別がつかないのも、仕方のないことなのか…。いや、線の角度で区別がつくような気もしてきたなり。

 

■今年の中村福助カレンダーは凝っていて、形が普通のカレンダーと違うのですが、これは一体どう使えばいいものなのか!?と考えあぐねておりました。

■それで結局、職場のデスクマットの下に入れることにしました!ちょっと(と言うか、すごく)勇気が要りましたが…。購入した皆さんは、どのように使用しているのでしょう。使い方が難しいカレンダーですよね。

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▼教育テレビの「クラシックアーカイブ」ご覧になりましたか?6歌右衛門の「隅田川」、信じられないくらい素晴らしいですね。17勘三郎との「隅田川」の映像は見たことがあるのですが(全然感動しなかった)、2延若との映像は初めて見ました。すごい、もう言葉もありません。また、清元が驚異的な名演です。なぜ抜粋の放送なのでしょうか。ぜひ全編放送していただきたいですね。

2009年1月 7日 (水)

あれこれ

●今度、新国で蝶々夫人を歌うソプラノはパパジャニアンだと思っていたらババジャニアンだった。なぜパソコンの文字はの区別がつかないのだろうか。日進月歩の分野のくせに、なぜずっとそのままなのか!?

 

▼2月21・22日に、多摩市民館で「愛の妙薬」の日本語上演があるそうです。最近のオペラは原語上演が当たり前のようになっていますが、つい10年くらい前までは日本語上演が普通に行われていたと思います。でも、決まった音符の数にあとから日本語を当てはめるのは大変難しいことですし、字幕が普及したので激減しました。(ミュージカルは日本語上演のほうが普通ですね。)

▼しかし私は、「優れた訳詞であれば日本語上演でも楽しめる」という経験をしたことがあります。数年前のびわ湖ホール主催の《ミニヨン》は日本語上演でしたが、とても良かったんです。今度の《愛の妙薬》は、その《ミニヨン》のときと同じ宮本益光さんの訳詞ということなので、期待してチケットを取ってみました。すごく楽しみ。

 

■年末に帰省した際に、母親に「浅き夢見し」「浅き夢見じ」どちらが正しいのか尋ねてみました。「『浅き夢見し』だと思ってたけど…」って、あまり自信がないようでした。学校で習ったそうですが、「い・ろ・は・に・ほ・へ・と」というように単純に音として覚えただけで、歌の意味など、あまり考えたことがないようでした(いろは歌って、濁点なしで覚えるんですよね…)。

■よくよく考えてみますと、「浅き夢見し」「浅き夢見じ」どちらなのか判然としないところが、歌の面白さであるのかもしれません。小野小町の「花の色は」の歌が「眺めせしまに」と「長雨せしまに」の両方に取れるのと同じように。

■いまどきの若い人は、いろは歌を全部言えるのでしょうか?本の歌を知らないのでは、「寺子屋」の「いろは送り」も面白くないのではないかな。大人の芸能ですね。しかし、それにしても「らむ憂ゐ目」「やまけ越え」の意味が分からない。

2009年1月 4日 (日)

年末年始の日記

↓セザンヌの花の絵にリンク!

http://www.artchive.com/artchive/C/cezanne/bluevase.jpg.html


2008年

12月31日(水)

●実家に帰省。紅白を見たり見なかったり。紅白から、ゆく年くる年へ切り替わる瞬間が好き。


2009年

1月1日(木)

●実家でおせち料理を食べました。喪中なので、なます(紅白だから)と昆布(よろこぶってことで)は出ませんでしたが…。

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●実家の近くのお寺に初詣で。そのまま帰京。

●私の今年の目標は「たくさん本を読む」です。


1月2日(金)

●「歌舞伎座さよなら公演 古式顔寄せ手打式」に行ってきました。葛西聖司さんが司会をしていました。葛西さんのお話では、歌舞伎会には約3万人の会員がいて、今回招待された300人は60倍の難関をくぐって当選したのだとか。私は3階11列20番でした。大学生のころ、私はいつも3階B席で見ていて、11列20・21・22・23番を狙って予約したものでした。3階B席の中では1番見やすいと思うんです。懐かしかった。1・2階席は松竹関係の方々だそうです(私が見た感じでは、会社の重役タイプの紳士たちという雰囲気)。3階の東側・西側と幕見席は入れていませんでした。

●ちなみに、あぜくら会の会員は1万4~5千人だったかと思います。歌舞伎会の半分くらいですね。まあ、あぜくら会にはポイントもないですしね。

●手打式は、幕が開いた時の光景がまさに壮観そのもの。又五郎さん、猿之助さん、澤村藤十郎さんと、久しぶりに見るお顔もあり、双眼鏡に食い入ってしまいました。テレビ録画ではかなり省略されていましたが、実際は20数分でしたでしょうか。芝翫さんの挨拶も、もっと長いものでした。芝翫さんは、長い挨拶文の中で、目立たせるべき言葉を強調して読んでいましたが(そこが役者)、1番立てていた言葉は「世界の歌舞伎座」という言葉でした。

●休憩のあと、35分の記録映像「歌舞伎座を彩った名優たち」が上映されました(この日の夜NHKで放送されたものとは全く別の映像)。こんな映像が残ってたのか…という歌舞伎ファン垂涎の激レア映像も混じっていたような。もっと長く見せてくれればいいのにと思いました。昔の名優の迫力はすごいですね~。7幸四郎と3人のご子息の声の良さが特に印象的でした。あれ?7三津五郎の「喜撰」の映像なんて残ってるんでしたっけ?私の幻?

●歌舞伎のレア映像と言えば、むかし早稲田の演劇博物館で5歌右衛門展をしたときに大隈講堂で講演会があり(芝翫さんがゲスト)、たしか5福助の「娘道成寺」やら、15羽左衛門の何だかの引っ込みなど、驚くべき映像(無声)が流されたのでした。芝翫さん所有の映像だったのかな?千駄ヶ谷御殿などのプライベート映像も流された記憶があります。私などは、映像が古すぎて「あれは誰?」という状態だったのですが、司会の児玉竜一さんはまるで親戚のおじさんたちでも紹介するかのように「ああ、これは××さんですね」と素顔の役者を識別なすっていました。昔の名優のブロマイドなんかでも、たくさん見ていると誰だか識別できるようになるらしいですけど…。ひいては錦絵でも、顔の特徴から役者名が分かるようになったりするらしいですけど…。このアーモンド形の目は誰それ、とか…。国貞は国貞、国周は国周、全部同じ顔に見えますけど…。そう言えば松竹の歌舞伎カレンダーって、どうして国周は入らないのでしょうか。選者がお嫌いなのでしょうか。

●そして式の最後に、芝翫さん、藤十郎さん、富十郎さんの「老松」。荘重。

●終演後、歩いて日本橋三越へ。今年は父の古希なので、お祝いの品を注文しました。ついでに6階の美術画廊を見て廻りましたが、普段と違う品揃えで面白かったです。お寺の住職さんらの書が並んでいて、こんな掛け軸があったらいいんだけどな~と思いつつ眺めておりました。住大夫さん、藤十郎さん、富十郎さんの色紙も出ていました。それから「人間国宝『今』展」というのも開催されていて、ほう、人間国宝の作品がこんな値段で買えるのか…と、値札と作品を見比べちゃったりして。


1月3日(土)

●友人を招いて、すき焼きを食べました。今の部屋に引っ越して5年になりますが、これまで1度も友人を招いたことなどなかった。散らかしてるし、何だか恥ずかしいし…。しかし、おととしから昨年にかけて何軒か友人の家に招かれる機会が重なり、みんな綺麗にしてるんだな~と感心して、よし、私も人を招けるように頑張ろうと思ったのでした。食器も座布団も1人分しかないし、準備はバタバタだったのですが、やはり人が来るとなると気合いが入ります。もう落ちないものだと思いこんでいたトイレの汚れも、専用の紙ヤスリで一生懸命こすったら落ちてスッキリ!招福と言うのか、人を招くと家の中が活気づく感じです。

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1月4日(日)

●歌舞伎座の昼の部を拝見しました。

2009年1月 1日 (木)

謹賀新年

明けましておめでとうございます。
(私は喪中なのですが…。)

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