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2011年5月

2011年5月31日 (火)

遅れないで

今シーズンのMETライブビューイングは計6回行ったのですが~~、
東劇のMETライブビューイングは全指定席ですが~~、
映画って、遅れてくる人が少ないですね。
ほとんどいない。

それにひきかえ、芝居に遅れてくる人の多いこと。
オペラは開演に遅れると客席に入れてもらえませんから、
遅れてくる人はいませんけれども、
歌舞伎や文楽の客はボロボロ遅れてきます。
能の客はもう少しマナーが良いのかと思っていたのですが、
もう~ボロボロボロボロ遅れてきて・・・。

いえ、仕事でどうしても遅くなった、というなら仕方ないと思います。
交通機関の乱れ、これも仕方ない。
しかし、そうでないっぽい人が遅れてくる。
また、遅れてきた人に限って、いつまでもガサガサうるさいのだった。

のちのち再び見るチャンスがくるかもしれない映画でさえ
遅れてくる人はほとんどいないのに、
2度と見られない芝居に遅れてくるとはどういうこと??

私なんか大学2年のときから毎月芝居を見ていますが、
遅れたことはほんの数回、
どうしても仕方ないときだけです。

小説を3ページ目から読み始める人はいないでしょう。
芝居ならいいわけなの?
最初に重要な伏線が張られる場合もあるのに?
見逃して、悔しくないんですか?
私は自分が悔しいから遅れないように努力します。

歌舞伎は好きなとこから見ればいいのよ~
なんて言う人もいるようですが、
周りの客のことも考えて!!
重要な場面が見えなくなったり、
著しく気が散ったりするんですよ。

好きなところから入っていいことになっている寄席だって、
入るときには気をつかうものでしょう。

日本の年寄りは、そういう点に関して全くお手本になりませんから、
若い人がちゃんとしないといけませんね。
そう思います。

2011年5月30日 (月)

METライブビューイング《イル・トロヴァトーレ》

METライブビューイングで《イル・トロヴァトーレ》を見てきました。
以下、感想を記します。(シュルレアリスム風感想)

●廻り舞台を使ってスピーディな舞台転換を行っていましたが、舞台が廻るたび次に現れるセットはどれも全て監獄のようでした。
《イル・トロヴァトーレ》は、身分が高い人と、低い人との恋愛が描かれている作品だと思いますが、今回の演出は低い人ばかり描かれていたみたい・・・。

●そんなところに寝転がっちゃ汚いよレオノーラ・・・。

●ふとした瞬間に、ホヴォロストフスキーの顔が布施明に見える時があった。

●ふとした瞬間に、アルヴァレスの顔がティラノザウルスに見える時があった。
肉食、絶対肉食系。

●Marcelo Álvarezは、vaってなっているけれどヴァとは発音せず、バが正しいと読んだことがありますが、松竹の表記はアルヴァレスなのだった。(なぜ他と同じ表記にしておかないのだろう?)

●私はホヴォロストフスキーの名前が覚えられない。いま、映画館で配られたタイムスケジュールを見ながら名前を打っている。最初ホロストフスキーと覚えたのだけれど、途中で表記が変わって、脳が覚えることを拒否してしまったようである。
METの来日公演でもホヴォロストフスキーと表記されるのだろうか。
ちなみに、東京三菱UFJなのか、三菱東京UFJなのか、どちらが正しいのかも覚えられない。途中で変わると、どうでもよくなる気がする。

●西洋にはなにか、「監獄の中の男を助けに行く女」という物語の系譜があるようだが、それでレオノーラはレオノーラという名前なのだろうか。レオノーラ?レオノーレ?レオノーレは男装の名前?レレ?レレレのレ~。
監獄の中の男を助ける女といえば、エボリ公女もそうであった。監獄のドン・カルロを助けたのは、結局だれだったのだろう?エボリ公女?ロドリーゴ?ひょっとしてエリザベッタ?まさかフィリッポ?フィリッポはその場にいながらなぜカルロを見逃すのだろう?
(答えは次回!)

●METライブビューイングでは、幕間にスターの素顔が見られるのが楽しみなのだが、「こんな素顔なら見なけりゃ良かった」と思うこともたまにあるのだった。
スターって、何でも見せる必要はないと思いませんか?
親しみやすい必要なんてないでしょう。
親しみやすいのはスターではありません。近づきがたいのがスター。
実際はカップラーメンを食べることもあるけれど、カップラーメンなどは食べそうに見えない、そういうふうに見えないのがスターなのだと松任谷由実はむかし言っていた。

●司会のレネエ・フレミング(←張り合って私も独自表記)が、何度も「この作品はストーリーが複雑で」と言っていたが、複雑というよりも、「荒唐無稽」「支離滅裂」などと言ったほうが良いのではなかろうか。(それが悪いと言っているわけではない)
歌舞伎も明治期に、内容が荒唐無稽だからというので「演劇改良運動」が起こったわけだが、歌舞伎は何も恥じることはない、世界に冠たる演劇です。

●「行かないでおくれ!」と引き止める母さんを振り切って恋人のもとへ!
数秒前まで愛をささやいていた女を捨てて命がけで母さんのもとへ!
結局、母さんのほうが大事だったのか?
おおマンリーコ、それは母さんじゃない、お前の母さんじゃないのだ。
知らないまま死んでいくマンリーコ。
知らないのは幸せなことだろうか?
全てを知っているアズチェーナ、
何にも知らないマンリーコ、
一同驚愕のうちに幕。

2011年5月27日 (金)

武蔵鐙〔むさしあぶみ〕

いま、『伊勢物語』を読んでいます。たいへん面白いです。
『伊勢物語』に限らず、日本の古典文学は、
「こんな短い文章で、本当にこれだけの内容が伝わっているの?」
と不思議に思うことが多い。

『伊勢物語』の第13段は「武蔵鐙〔むさしあぶみ〕」と言われている。
学校で習ったような、習っていないような・・・。

「鐙〔あぶみ〕」というのは、馬具〔ばぐ〕のひとつですね。
在原業平は、女性関係で失敗して京にいられなくなり、東へ向かいます。
馬に乗って東の国へ。
ずっと乗っていても疲れないように、馬にはいろいろな馬具がつけられています。
腰をかけるところが鞍〔くら〕、足を乗せるところが鐙〔あぶみ〕です。

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 中央が鞍、両脇が鐙

武蔵の国に行った業平は、京の女に手紙を送ります。
「聞ゆれば恥づかし、聞こえねば苦し」
(言うのは恥ずかしい、言わないのは苦しい)
そして表に「武蔵鐙」と書いた。

この短い文章で意味が分かりますか。

「武蔵の国に来たら、別の女が出来てしまいました」
「あなたのことは好きなままだけれど、一応お知らせしておきます」
という意味だそうです。

「鐙」というのが、二股のしるし・・・。
どちらにも足をかけて。
(本当は二股どころじゃないくせに~)

そんなお知らせをわざわざ送ることにも衝撃を受ける私であるが~~、
この文面で伝わってしまうことにも驚きを禁じ得ない。
ほとんど暗号。テレパシー。

こんな手紙、読むのが鈍い人だったら伝わらないのではないかと思いますが、
伝わる確信があったのですね。
私の女はこれを理解するであろう。

女のほうでも、「ひょっとしたら」「やっぱり」って、
そういうことばかり考えていたら理解できてしまうのでしょう。

『源氏物語』には何年かごとにブームがあるけれど、
伊勢物語ブームは来ないのだろうか。今年あたり。

2011年5月26日 (木)

頼政〔よりまさ〕

今日(5月26日)、国立能楽堂で「頼政」を見てきました。蝋燭能。

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↑ 休憩時に撮影(上演中はもっと暗い)

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↑ 終演時に撮影

蝋燭だけの光ではなく、少し照明も使っていました。

先日、観世能楽堂で「頼政」の舞囃子を見たばかりだったので、
違いが面白かった。

シテ「・・・その宮軍〔みやいくさ〕の月も日も今日に当たりて候ふはいかに」
ワキ「何とその宮軍の月も日も今日に当たりたると候ふや」

頼政が自害したのは、本日5月26日なのだそうです。

文楽や歌舞伎ですと、「十種香」を11月20日に見るのも特別な感じがするものですが、あれはフィクション。「頼政」は歴史上の事実ですから、また別の高揚感がありました。

ワキというのは、観客を代表して舞台にいるのだと思いますが、とりわけ今日の公演では、自分がワキと同化するような気分になりました。
一緒に弔っている感じがしました。
「かりそめながらこれとても、他生の種の縁に今、逢う」
縁というのは、不思議なものですねえ。

以仁王は日本史で覚えたけれど、頼政のことは知りませんでした。
たしか教科書に「以仁王を奉じて」などと書いてあって、「奉じる」の意味が分からなかった。
いまもよく分からない。
首謀者として権力者を担ぎ出す、という意味でしょうか?

歴史の教科書は、単語ばかり覚えさせられて、ドラマがないからつまらない。

『平家物語』はドラマがあるので面白いのではないかと思う。
けれど、その前に『伊勢物語』が読み終わっていないのだった。

辞世のある人生に憧れる。

頼政の辞世
埋木〔うもれぎ〕の 花咲くことも なかりしに 身のなるはては あはれなりけり

出世することもなく
花が咲くこともない私の人生であったが、
花もないのに実がなって、
その最期は自分で見てもあわれなことであった(?)

「あはれなりけり」とは、どういう気持ちだろう・・・。

最期に実がなったのだろうか。

やってみて駄目だったけれど、やらないよりは良かった、
ということだろうか。

今日は過去に思いを馳せた日であった。
過去の積み重ねが今日につながって。

2011年5月23日 (月)

杜若

とにかく今月は杜若月間であった。

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↑ 本日食べた杜若の和菓子 つるやなんとか

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↑ 我が寝室の壁には杜若の絵(真ん中は蛍の写真)

そしてついに今日、観世能楽堂で念願の「杜若」を拝見してきました!
森常好さんは相変わらずいい声でした。好きなんですよね~。

なにか、すごいデコラティヴな作品だなあと思いました。
後半の杜若の精は冠と唐衣、菖蒲のかざし。太刀を佩いていた・・・。不思議な姿。
あり得ない姿。
自分の姿を沢の水面に映すような場面がありました。
ナルシズムなのだろうか・・・。

1番見たかった蛍の場面がカットされていたような気が~~。
しええええ~。
(気のせい?)

鼓の音って、お天気によっても違うのかな・・・。

舞囃子の「頼政」が素晴らしかった。でも予習していなかったので何が行われているのか全然分かりませんでした。能は予習していないと分からない。でも良かった。

開演前に観世清和さんのご挨拶があり、「能は元来、鎮魂の意味があり・・・」とお話しされていました。

季節といい、内容といい、「杜若」は、この度の義援能にまこと相応しい作品でありました。

2011年5月21日 (土)

夢で逢ひませう

いま『伊勢物語』を読んでいます。今度、能の「杜若」を見るので、その予習です。

主人公の男(在原業平)は、女性関係で失敗して京にいられなくなり、東国へ向かいます。旅の途中、駿河の国(静岡県)の宇津〔うつ〕の山というところで、京の知り合いに出会います。その知り合いは京へ戻るというので、手紙を託すことにします。もちろん女宛ての手紙です。

駿河なる 宇津の山辺の うつつにも 夢にも人に 逢はぬなりけり

いま私は駿河の宇津の山にいるけれど、現〔うつつ〕にはもちろん、夢の中でさえあなたに逢えなくなってしまった

この和歌の注釈によりますと、夢の中であなたに逢えないのは、あなたが私を忘れてしまったからではありませんか?あなたはもう私のことなど忘れてしまったのですか?という意味が込められているそうです。相手が自分のことを思っていてくれると、夢の中でその相手に逢える。そのような信仰があったらしい。

↓ 『古今和歌集』に収録された小野小町の和歌(「関寺小町」にも出てくる)

思ひつつ 寝ればや人の 見えつらん 夢と知りせば さめざらましを

ここでも「人」というのは「好きなあの人」のことですけれども、
・私があなたのことを思っていたからあなたが夢に出てきたのか、
・あなたが私のことを思っていたからあなたが夢に出てきたのか、
どちらなのでしょうかね。
前者は当たり前すぎるような気が・・・。
後者のほうが面白いかも・・・。

今年の1月3日に観世能楽堂で「翁〔おきな〕」が上演されました。翁を演じた観世清和さんのお話では、翁を勤めるときは精進潔斎〔しょうじんけっさい〕をする決まりなのだそうです。女人禁制で、奥様とも話をしない。昔は公演日の前後10日間していたそうですが、さすがに今は出来ないので、前の日1日だけ精進潔斎するとのことでした。昔は水垢離〔みずごり〕もしたそうですが、今は水垢離の心でお風呂に入る。千歳〔せんざい〕を勤める息子の三郎太さんと、一緒にお米をといだり、向かい合って食事をしたり、一緒に風呂に入ったりしたそうです。昔は翁と千歳と同じ夢を見ろって言われていたのだそうです。

昔の「翁」は、さぞかし素晴らしい舞台だったでしょうねえ・・・。

2011年5月19日 (木)

家元のお仕事

先日、観世宗家の観世清和さんの講演会に行って来ました。(明治大学オープン講座)

「家元」と「宗家」では、家元のほうが古い言葉だけれど、同じようなものです、とのことでした。

■家元の普通の1日

朝5時起床
犬の散歩、雑務
朝食
7時から1時間ほど声出し
9時30分から申し合わせ(公演のリハーサル)
昼食
午後はお弟子さんの稽古
※お弟子さんの稽古には通常、謡とか仕舞とかいくつかの種類がありますが、
 家元は能の稽古しか見ないのだそうです。
 舞台の実戦の稽古ですね。
夕食
夜は、歴代の家元が書いた書物の翻刻作業など
就寝

ハードスケジュールですね。
能楽師は当然、古筆にも精通されているのでしょうね。

ご子息・三郎太さんに稽古をつける映像も流されました。
子どものころから、能楽師って大変。

家元になるのじゃなければ、こんなに頑張らないですよね・・・。
人の上に立つのって大変ですね。

ちらしの効果

Cドライブが容量不足で、もうパソコンが動きません~。
いよいよ寿命か~~。
さようなら~。

3月下旬から、ずっと胃のあたりが痛いです~。
このあいだ病院に行ったら、「薬を飲んで様子を見てください」と言われ、
え~、これだけしか診てもらえないんですか~、
原因を探ったりしてもらえないんですか~、と言いそうになってしまった。
様子を見てくださいって・・・。
もう2か月ちかく様子を見たわけなのですが・・・。

いつも、同じことばかり書いている気がする。
↓これも、過去に書いたことがあった??

オペラを見に行くと、たくさんのちらしをもらいますが、
オペラのちらしって、大きく2つに分かれると思うんです。
1.豪華で美しいちらし
2.貧相で美しくないちらし

ある時、私が、美しくないちらしに対してブツブツ文句を言っていたところ、
「でもこれ行くんでしょ?」と友人に言われた。
「ちらしが豪華でも、行かない公演は行かないでしょう。
ちらしが貧相でも、行く公演は行くでしょう。」

そうであった。
ちらしの美しさの度合いに関係なく、
行く公演は行くし、行かない公演は行かない。

でも、(オペラじゃないけれど、)
玉三郎さんの舞踊公演のちらしなどは、
玉三郎さんの現在の地位を築く原動力になっていたと思うんですよね。
美しいちらしが、「玉三郎」のブランドイメージを作ってきた側面があるでしょう。
玉三郎さんはずっと、ちらしに力を入れてきたもの。

新国立劇場に行くと、オペラのポスターと歌舞伎のポスターが並べて貼ってあったりしますが、
歌舞伎のポスターって、すごいインパクトですよね。
歌舞伎は昭和60年頃から観客数がドカンと増えたのですが、
ちらしやポスターの効果も大きかったんじゃないでしょうか。

能楽のちらしは、今ひとつなものが多いですよねえ。
写真がボケ気味だったり、
写真なしだったり・・・。
今どき写真なしのちらしって~~。

ちらしを作るときの注意(初歩)
・薄手のアート紙を使うと、安っぽい感じになります。
・書体は主に明朝体、ゴシック体を使いましょう。
それ以外の書体をたくさん使うと読みづらくなります。
(読んでもらえなくなります。)

オペラの公演だって、ちらしのためにスチール写真くらい撮ればいいのに。

演劇のちらしにこんなに力を注ぐのは、日本だけかもしれないけれど・・・。

2011年5月17日 (火)

マリア・カラスとメトロポリタン歌劇場

私はマリア・カラス・ファンなんです。
伝記も少し読みました。

カラスはアメリカ育ちでありながら、故郷のメトロポリタン歌劇場にはあまり出演しませんでした。

カラスがメトと決裂したのには、いくつか理由があります。

・演出が古かった
(カラスはスカラ座で「自分のための新演出」に慣れていたので、使い古しのプロダクションが気に入らなかった。)
・リハーサル期間が短い
(カラスはリハーサル魔でした。最初に現れて最後に帰る女。)
・同じ演目なのに相手役の歌手がくるくる変わる
・演目に不満
(《椿姫》とか《ルチア》とか、同じ演目ばかりオファーされるのが嫌だったらしい。また、《椿姫》と《マクベス》を交互に歌えというオファーがあって、「私の声はエレベーターではありません」という有名な言葉を残しカラスは去っていった。当時、ヴィオレッタとマクベス夫人の2役を両方歌える歌手はカラスだけだったのだそうな。「歌えるのは私だけなのだから、この件に関しては意見を言う権利があります」と言っていた。その後、ヴィオレッタとマクベス夫人の2役を歌ったのは、マリア・グレギーナと、・・・他にもいるだろうか?)

やっぱりリハーサル期間が短いのがネックだったみたい。
カラスは「そんなものは芸術ではありません」と言っていた。

しかし私はメトロポリタン歌劇場が大好きなのでした~~。
何度も行きました。
ゼッフィレッリの演出が見たかった。
キャストも豪華ですし。

ところで、メトはちゃんと来日するのでしょうかねえ。
ゼッフィレッリ演出の《ラ・ボエーム》は、
見たことない人はぜひ見ておいたほうがいいと思います。
歌手は誰でもいいんです。
演出を見ておいてほしいんです。
映像で見るより何倍もすごいです。
パリの街並みが舞台に~~。
歴史上、世界が1番裕福だった時代のオペラ演出。
もう過去形、見られなくなります。
私はメトで何度も見たからNHKホールでは見ませんが~~。
絵画が立体になったような。
動く絵画というような。
最初に見た時は、本当に衝撃的でした。
すごいですよ。
本当ですよ。
何じゃコリャですよ。

現地で

私がここに引っ越してきてから7年間ほど、ずっと髪を切ってもらっていた兄さんが、もうすぐ店をやめるんだそうで、何でも東北へボランティアに行って、それから実家に帰るんだそうです。
すごいな~。

先日、観世清和さんの講演会に行ってきたのですが、予告なしで東北に行って仕舞をやってこようかと思っている、と仰ってました。お扇子1本あればどこでもできるのだし・・・ということでした。
かっこいいですね~~。

芸のある人はいいですねえ。
人の役に立つ技術を持っている人はいいです。
かっこいいですねえ。

テレビ消灯時間

マリア・カラスが取り上げられるというので、TBSの「世界のコワ~イ女たち」という番組を見たのですが、あまりの内容の酷さに驚きました。人の人生がこんなにも恣意的に捻じ曲げられてしまうものか・・・。明らかな間違いもありました。ちゃんと取材したのでしょうか。取材する能力がないのでしょうか。どれだけ適当に作ってるんですか。

オペラ歌手の生涯を紹介するのに、歌声はほんの少し。
スキャンダルばかり取り上げて、何の意味があるのでしょう。
悪趣味にもほどがあります。
プンプン!

マリア・カラスのことが知りたいなら、
CDやDVD、本に接したほうが何倍も知識を得られます。

テレビ消灯時間

2011年5月15日 (日)

二期会WEEK「ダークヒルズ青春白書」

二期会WEEK IN サントリーホール2011
ダークヒルズ青春白書~Seasons of Love~
2011年5月15日(日)19時開演 サントリーホール(ブルーローズ)

二期会の若手6名(ソプラノ2、メゾソプラノ1、テノール1、バリトン2)による公演だったのですが、台本・構成・演出が素晴らしかった!それぞれの歌い たい歌を歌って、見せ場を作りつつ、全体で1つのストーリーになっている。歌の使い方、つなげ方が上手いと思いました。ストーリーは《コジ・ファン・ トゥッテ》の逆で、女のほうが男を試すという内容。女2人が急な海外出張で半年ほど帰って来ないと嘘をつく。登場人物はビバリーヒルズ青春白書から取って きていて、ブランドンとかドナとか言ってました(笑)。

「ダークヒルズ」って、何なのだろう・・・。「アークヒルズ」なら分かるけど~~。
そう言えば「ビバリーヒルズ青春白書」って、ちゃんと見たことないなあ。チラッと見たことはあるけれど。

私は《コジ・ファン・トゥッテ》があまり好きじゃないんですけど・・・。喜劇と言われても、どこで笑えばいいんですか?みたいな。いえ、嫌いというわけではありませんが~~。
今回の「ダークヒルズ青春白書」は、設定は《コジ・ファン・トゥッテ》と同じようなストーリーなのですが、私にもちゃんと喜劇と思える、笑える内容になっ てました。楽しかった。けっこう斬新な公演だったんじゃないかな。1回だけしか上演しないのはもったいない!よくある「読み替え演出」などより、よほど面 白いと思いました。演技も良かったし、終わり方も洒落ていました。衣裳や照明も良かった。こういう公演、是非またやってほしいですね。

■演奏曲目
R.シュトラウス《ナクソス島のアリアドネ》より 「偉大なる王女さま」
バーンスタイン《ウエスト・サイド・ストーリー》より 「アイ・フィール・プリティ」
ヴェルディ《リゴレット》より 「さようなら、私にはあなただけが希望と命」
ロッシーニ《セヴィリアの理髪師》より 「私は町の何でも屋」
プッチーニ《ラ・ボエーム》より 「ミミ、君はもう戻ってこない」
E.ジョン《ライオン・キング》より 「ハクナ・マタタ」
J.シュトラウス《こうもり》より 「さぁ来たまえ、踊りに行こう」
ドニゼッティ《リータ》より 「この清潔で愛らしい宿よ」
グノー《ロミオとジュリエット》より 「どうしたい、白いきじ鳩よ」
モーツァルト《ドン・ジョヴァンニ》より 「窓辺においで」
ヴェルディ《椿姫》より 「乾杯の歌」
-休憩20分-
ロウ《マイ・フェア・レディ》より 「踊り明かそう」
プッチーニ《ラ・ボエーム》より 「おお、麗しい乙女よ」
モーツァルト《魔笛》より 「愛を感じる男の人達には」
バーンスタイン《ウエスト・サイド・ストーリー》より 「トゥナイト・アンサンブル」
ジョルダーノ《フェドーラ》より 「愛さずにはいられないこの思い」
レイ《ラ・マンチャの男》より 「見果てぬ夢」
レハール《メリー・ウィドゥ》より 「唇は語らずとも」
モーツァルト《フィガロの結婚》より 「フィガロ、静かに」
ラーソン《レント》より 「シーズンズ・オブ・ラブ」

■出演
鷲尾麻衣(わしお・まい)ソプラノ ケリー役
三宅理恵(みやけ・りえ)ソプラノ アンドレア役
澤村翔子(さわむら・しょうこ)メゾソプラノ ドナ役
北川辰彦(きたがわ・たつひこ)バリトン ディラン役
桝貴志(ます・たかし)バリトン ブランドン役
高田正人(たかだ・まさと)テノール デビッド役
穴見めぐみ(あなみ・めぐみ)ピアノ
※プログラム掲載順

しかし、これだけいろんな曲を字幕なしで上演して、理解できる客もすごいですね~。
私は《ライオン・キング》《リータ》は見たことがないです。《フェドーラ》も見たことはないけれど、このアリアだけ知ってます。
1曲目が「偉大なる王女さま」って、すごいな・・・。曲の途中でセリフを言ったり、今回のストーリーに当てはめて演技してました。
《フィガロの結婚》の、スザンナの変装がバレる場面を、最後に持ってきたのは上手いと思いました。《フィガロの結婚》より感動した(笑)。

2011年5月10日 (火)

能「杜若」作品解釈

能「杜若〔かきつばた〕」を楽しむためには、「本地垂迹〔ほんぢすいじゃく〕」という言葉を知っている必要があると思います。

「本地垂迹」「神仏習合〔しんぶつしゅうごう〕」「廃仏毀釈〔はいぶつきしゃく〕」・・・大学受験で日本史を選択した人は、漢字で書けないと受かりませんね。私も受験生のころは漢字で書けたはずなのですが。

意味も分からぬまま覚えさせられた単語たち。ずっと後になって、フッと意味が分かることがあるものです。
誠に僭越ながら、ここで分かりやすく解説させていただきます。

(記述が間違っていても怒らないで!)

神道は、日本に昔からある宗教。仏教は、外国から新しく入ってきた宗教。
キリスト教は一神教なので異教徒を激しく弾圧しましたが、仏教は苦しみから逃れる方法を説いた哲学なので、必ずしも他宗教と対立しないのです。事実、日本でもよく知られている毘沙門天や弁財天、帝釈天などは、インドの古来の神を仏教に取り入れたものです。仏教は他の宗教との親和性が高い。

そのむかし、皇族は仏教に深く帰依していました。日本仏教界の頂点とも言われた天台座主〔てんだいざす〕のポジションは、皇族出身者から出ることが多かったそうです。
(現代の皇族は出家することはありません。)

仏教を深く信仰していた聖武天皇は、ある時、神道と仏教の接点を感得したそうです。
●太陽の神・天照大神と、太陽の仏・大日如来〔だいにちにょらい〕とは、同じ存在である。
ここから、日本の神道と仏教は1つに融合していきます。

嬉しいこと、楽しいことしか起こらない世界があったとしたら、そこは「天国」と呼ばれるでしょう。悲しいこと、苦しいことしか起こらない世界があったとしたら、そこは「地獄」と呼ばれるでしょう。嬉しいことと悲しいことの両方が起こる世界、それが私たちの住む「この世」というものでございます。
光と陰、美と醜、善と悪、出会いと別れ、喜びと悲しみ、プラスとマイナスの両方が混ざっている世界なのです。

ところが仏様は、経験と智慧によって苦しみの世界を逃れ、楽しいだけの世界に行ってしまいました。たとえば阿弥陀如来は、はるか西の彼方「西方極楽浄土〔さいほうごくらくじょうど〕」という世界に住んでいます。また薬師如来は、はるか東の彼方「東方浄瑠璃世界〔とうほうじょうるりせかい〕」という世界に住んでいます。仏様は1人ではなく、複数の仏様が存在するのですが、それぞれ自分の世界を持っています。私たちが住んでいる世界とは違う、苦しみのない美しい世界に住んでいるのです。私たちからは見えない存在なのです。住んでいる世界が違うからです。しかし、全ての仏様は慈悲の心を持っているがゆえに、「あなたも、こういうふうに考えたら、苦しまなくてすみますよ」「こうすれば極楽へ行けますよ」というメッセージを送ってくださるのです。自分の住む美しい世界へ、人々を導くメッセージ。

・形となって目に見えるメッセージが「垂迹」
・メッセージを送ってくれる、目に見えない存在が「本地」「本地仏〔ほんぢぶつ〕

目に見えるメッセージには、様々な形態があります。
日光で徳川家康のことを「東照大権現」と言いますが、「権現」とは「仮に姿を現す」ということ。本来なら目に見えないはずの仏が、民衆を救うために、仮にこの世に姿を現した、ということだと思います。
他の神様も同じ。山の神でも海の神でも良いのですが、私たちにはどうにもならない強大な力を持ち、「このように生きなさい」とか「そのように生きていては駄目です」などと気づかせてくれる存在。神は仏と違って、私たちのそばにいるわけですね。神は目に見えるのです。

江戸時代までは、寺院と神社はセットになっていたものです。神社は、それぞれ本地としての寺院とセットになっていた。たとえば、興福寺と春日大社はセットになっていました。明治の御世となった時に、天皇をトップとして国を再編成する必要があったので、再び分離させたのでした。

嬉しやさらば舞わんとて、あれにまします宮人の烏帽子をしばし仮に着て、すでに拍子を進めけり。
「道成寺」より

烏帽子は神社のものでしょう。寺のものではないでしょう。なぜ寺にたまたま烏帽子があったのかというと、寺と神社がセットになっていた時代だからでしょう。

それで能の「杜若」ですけれども、本地が「歌舞の菩薩」で、垂迹が「在原業平」なのだそうです。つまり極楽で歌ったり踊ったりしている天人が、民衆を救うために、仮に人間の姿となって降りて来たのが在原業平なのだそうです。業平が詠んだ和歌は、説法に相当するそうです。極楽へ行くための方法を説いたものなのです。詩章にそう書いてあります。また『鴉鷺合戦物語』などの古い書物にも、業平は菩薩の仮現だと書かれているそうです。

実際、業平は特別な人だったと思います。普通の人間には、あのような奇跡的な和歌がいくつも詠めるわけがない。天上から使わされたと言われても、納得がいきます。
(私が思うに、マリア・カラスなども天上から使わされたに違いありません。)

業平は、女性関係で失敗して東下りをするわけですが、旅先で女のことを思い出します。思い出す女は1人だけじゃないんです。『伊勢物語』にはたくさんの恋愛が描かれています。相手の女は1人じゃないのです。
たくさんの女が、業平という絶世の美男子に愛されたことを喜び、そして愛されなくなったことを悲しみ、待ち焦がれ、なかには病気になってしまう女もいました。大きな喜びと、大きな悲しみを味わいました。でもあなた、悲しみで終わりにする必要はないのではありませんか。私たちは、喜びと悲しみの両方を体験するものだけれど、悲しみで終わりにする必要はないのではありませんか。女たちの心は蛍となって天上へ昇っていきます。詩章にそのように書いてあります。

「草木国土悉皆成仏〔そうもくこくど・しっかいじょうぶつ〕」、形あるものはいつか滅びるものだけれど、皆、悉〔ことごと〕く、自分の命を肯定して去っていく。そう言って、杜若の精が舞う。主人公は杜若の精。詩章には、美しい和歌がいくつも折り込まれている。こんなシュールな演劇は、ちょっとないと思います。日本はすごい国ですねえ。

2011年5月 9日 (月)

帚木〔ははきぎ〕

『義経千本桜』の「河連法眼館の場」では、通常、竹本が前後に分けられます。

後の語り出しが「園原〔そのはら〕や帚木〔ははきぎ〕ならで有りと見し人の身の上いぶかしく」

これは『新古今和歌集』に収録された「園原や ふせ屋におふる 帚木の ありとはみえて あはぬ君かな」から取っているそうです。

「帚木〔ははきぎ〕」という単語は、『源氏物語』で広く知られています。『源氏物語』の第2帖の名前が「帚木」です。

「ははき」とは「ほうき」のこと。ほうきを逆さにしたような形の木なのだそうです。遠くから見ると「あそこにあるぞ」と分かるけれど、近寄ると分からなくなってしまう、伝説上の木です。むかし、信濃と美濃との国境にある「園原」という地に生えていた、と言われています。

忠信の正体が分からない・・・という、あやしい雰囲気を表していると思います。

職場にて。
共有フォルダの、ここに入れたはずのファイルが見当たらない!!という奇妙な現象を、
わたくしは「帚木」と呼んでいる。
言っても誰にも通じないので、口にはしないようにしている。

2011年5月 8日 (日)

マリー・アントワネットの肖像

三菱一号館美術館で開催されていた「ヴィジェ・ルブラン展」を見てきました。
マリー・アントワネットの肖像画を描いたことで有名な画家です。
ヴェルサイユ宮殿にも、ルブランの描いた王妃の肖像画が飾られていたと記憶しております。(片手に薔薇を持っているやつ)

「ヴィジェ・ルブラン展」のちらしの裏に、こんな情報が。
その卓越した技量や作品の多さにも拘らず、回顧展はかつて一度だけアメリカで開催されたのみで、我が国はおろか、祖国のフランスでさえ実現されたことがありません。

だって~~、フランス人にとってマリー・アントワネットって、憧れるような対象じゃないでしょう。ギロチンにかけられた罪人でしょう。むしろ軽蔑の対象じゃないですか?

描かれた豪華な服、帽子。それらは庶民の血と汗と涙の上に成り立っていたのでしょう。美しい宮殿や調度品も全て。

そして、そのことを貴族は認識していなかった。
「パンがなければ、お菓子を食べればいいじゃないの」

日本の支配階級は、もっと慈悲の心を持っていました。
日本には革命は起こりませんでした。

イギリスも革命はなかったのですか。

一万円札の肖像画が、『学問ノススメ』を著した福沢諭吉であるのは意義深い。

ワイルドによるサロメの人物像は、子供のような女性、フランスのデカダンス文学がいうところの「慈悲の心のない美しい貴婦人」を具現化したものといえる。
音楽之友社:編「スタンダード・オペラ鑑賞ブック3 ドイツ・オペラ上」より

R.シュトラウス作曲の《サロメ》では、突然、ナラボートが自殺する。なぜ自殺するのか理由は不明。

ナラボートの自殺は、ナラボートを描くためにあるのではなく、サロメを描くためにあるのだと思う。ただサロメの無慈悲さを描写するもの。自分のことを好きだった人が死んでも、何とも思わないの。主役の性格を描くためだけに登場する不思議な脇役って、いるんですよね・・・。

↑いつにも増して~
まとまりが~~
なさすぎ~~~

2011年5月 6日 (金)

歌としての和歌

和歌は、その名のとおり歌なので、節が付いていたはず。
しかし、あまり聞く機会はない。
目で読むのが中心になってしまった。
(目で読むとき、頭の中で節は付いていない。)

もともと歌だったものを、文字だけで楽しんでいるなんて、
ちょっと変な気がする。

たまに耳で聞くとすれば、
百人一首の読み上げテープか、
お正月の歌会始めのニュース。
どちらも、あまりパッとしない・・・。
美しいと思えない。
本当に、あんな読み方だったのだろうか。

いまも和歌の伝統を守っている家があるはずですが、
(二条家とか)
和歌の歌い方は伝承されているのでしょうか。
歌会始めの読み上げ方は、千年前と同じものなのでしょうか?

ちなみに、雅楽は千年前からほとんど変わっていないらしいですけど・・・。

日本くらい伝統をちゃんと継承している国って、珍しいと思う。
よその国は、どんどん変えちゃうもの。

能の詩章の中で、和歌が出てくることがあります。
それは歌(ウタ)ではなく謡(ウタイ)ですが~~。
これが実にいいんですよねえ。
和歌を歌うのって、きっとこんなふうだったんじゃないかな~、
もし、こんなふうに歌われていたのだったら、
さぞかし素敵だっただろうな~と思います。

梅若玄祥さん、森常好さんなんて、本当にいい声なんです。
詩章の中に和歌が出てくると、嬉しくなってしまいます。
耳で聞く和歌の愉楽。いままで知らなかった。

今月は、観世宗家の「杜若」を見る予定なのですが、
まさに和歌が主題の演目なので、楽しみです。
いま詩章を読んでいますが、実に美しい詩章です。
舞台では、どのように演じられるのでしょう。

かきつばた

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きのう5月5日は、根津美術館の庭園でかきつばたを見てきました。
尾形光琳の国宝「燕子花図屏風」も展示されていました。

端午の節句には菖蒲がつきもの。

根津美術館の燕子花は満開でした。

去年も5月4日に根津美術館に行ったのですが、ちょうど満開でした。
満開の時期をコントロールしているのでしょうか?

アヤメとカキツバタの見分けが難しい・・・。
土に咲くのがアヤメで、水に咲くのがカキツバタ?
アヤメ、カキツバタ、ショウブ、よく分からない。

根津美術館は、開場記念の喧騒も過ぎて、落ち着きが出てきました。
作品の解説も以前よりだいぶ充実していました。
『伊勢物語』の写本が展示されていて、ちょうど八橋のページが開かれていました。
じっくり読んできました。

藤も綺麗に咲いていました。

110505_140332

続いて新橋演舞場の歌舞伎公演・夜の部へ。

前にも何度か書きましたが、「ふくきち」という名前は、
中村福助の「ふく」と、中村吉右衛門の「きち」を勝手に取ってきたもの。
ファンなんです。
何だか縁起が良さそうですし・・・。
お2人の組み合わせでは、「関の扉」なども最高でしたが、
今月上演中の「籠釣瓶花街酔醒」は、やはり格別に素晴らしい。
見染め、縁切り、殺し、見せ場の連続。見逃せません。
みなさまも是非ご覧くださいね。

かきつばたな1日でした。

パンダパン

↓日光の駅前のパン屋さんで買ったチョコレートパンダ110504_175523

 

上野のパン屋さんも、これくらいのパンダパンを作ってほしいですね~~。
上に烙印を押してあるくらいじゃあねえ。

2011年5月 4日 (水)

八ツ橋

このブログ、結構、間違ったことも書いているような気がしますけれど・・・。
(ただの思いつきなので・・・。)

遊女は、本名とは違う名前を使っていることが多いでしょう。「忠臣蔵」のおかるは本名で出ていますが、普通は別の名前を用意します。「源氏名〔げんじな〕」と言いますね。『源氏物語』の帖〔じょう〕の名前から取ってくるケースが多かったからです。「助六」の揚巻がまさにそうですよね。

『源氏物語』の第47帖が「総角〔あげまき〕

『源氏物語』は54帖しかありませんから、当然、別のところから名前を取ってくるケースも多い。時代や地域によって、源氏名の付け方にも特色があったのではないでしょうか。
「籠釣瓶花街酔醒」の八ツ橋という名前は、『伊勢物語〔いせものがたり〕』から取ってきたものだと思います。『伊勢物語』は最古の歌物語で、後世の文学にも多大な影響を与えています。

私は、『枕草子』は高校生のときに原文と現代語訳を比べながら読みました。『源氏物語』は数年前に現代語訳(かなり省略されていましたが)を読みました。しかし『伊勢物語』は読んだことがなく、断片的な知識しかありません。
『伊勢物語』を読んでいない人が琳派の絵など見ても、理解できないのではないかと思います。
つい先日、『伊勢物語』を読もうと思って有楽町の三省堂に行き、「日本の古典文学のコーナーはどこですか?」と訊いたら、「ここにはございませんが」と言われてしまいました。町の小さな本屋ならともかく、有楽町の三省堂に古典のコーナーがないとは・・・。

『源氏物語』の主人公・光源氏は架空の人物ですが、『伊勢物語』の主人公・在原業平〔ありわらのなりひら〕は実在の人物です。ただし、『伊勢物語』では業平の実名を出すのを憚〔はばか〕って、「むかし、おとこありけり(むかし、こんな男がいました)」と、ぼかして書いています。結構きわどいことも書いてありますから、人物を特定しなかった。でもみんな業平のことだと知っていたのですね。
在原業平は皇族の出身で(天皇の孫)、華やかな宮廷生活を送っていたのですが、女性関係で失敗して、都にいられなくなります。今も昔も女性関係で失敗する人は絶えませんね・・・。それで、供の者を従えて東の国へ向かいます。「東下〔あずまくだ〕り」と言います。旅の途中、三河〔みかわ〕の国の「八橋〔やつはし〕」と呼ばれる場所で、美しい杜若〔かきつばた〕がたくさん咲いていました。供の者が、「か・き・つ・ば・た」の5文字を句頭に折り込んで旅の和歌を詠むよう業平にリクエストしました。
そこで業平が詠んだのが

らころも つつなれにし ましあれば るばるきぬる びをしぞおもふ
(都に残してきた可愛い妻がいるので、こんなに遠くまで来てしまったのかと、改めて旅のことを実感する)

五七五七七の冒頭に「か・き・つ・ば・た」の5文字を折り込みつつ(折句〔おりく〕)、
唐衣、馴れ、褄、張る、着、と縁語〔えんご〕を散りばめている。
あまりの歌の素晴らしさに、供の者たちは感激して泣いて泣いて、手に持っていた乾飯〔かれいい〕(旅のときに持ち歩く乾燥させたご飯)がふやけるほどだったそうです。

このエピソードを題材にした「杜若〔かきつばた〕」という能があります。
「伊勢物語に曰く、三河の国八橋という所に至りぬ。ここを八橋とは、水行く河の蜘蛛手〔くもで〕なれば、橋を八つ渡せるなり」
つまり、1本の河がスーッと流れているのではなく、蜘蛛の8本の手が広がるような形で、複雑に入り組んで水が流れていて、8つの橋が架けてあったのですね。

・八岐大蛇・・・頭が8つだったら「また」は7つではないのか?
・八橋・・・河が8つだったら橋は7つではないのか?
答えられない質問はしないで。

このエピソードを取って、「籠釣瓶」の八ツ橋は、かきつばたと橋の俎板帯〔まないたおび〕をしているわけです。

「三河の国に着きしかば、ここぞ名にある八橋の、沢辺〔さわべ〕に匂〔にお〕う杜若、花〔はな〕〔むらさき〕ゆかりならば、妻〔つま〕しあるやと思いぞ出づる都人〔みやこびと〕
能「杜若」より


杜若は紫色の花でしょう。紫は、東国にいて、都の人のことを思い出す色なんですねえ。
紫はゆかりの色

2011年5月 2日 (月)

道成寺

4月2日に、初めて能の「道成寺」を見ました。国立能楽堂で上演された「浅見真州の会(古稀記念)」でした。

能の「道成寺」は、ずっと前から見たいと思っていたのですが、なかなかきっかけがなくて・・・。私は歌舞伎好きなので、能の曲目の中で「道成寺」は真っ先に見たい演目だったのですが・・・。どうすれば能の「道成寺」が見られるのか、よく分からなかったんですね。

上演中、ちょうど鐘入りの時に地震がありました。鐘が落ちる数秒前から、鐘が落ちた数秒後まで、短い間でしたが能楽堂が揺れました。まるで演出された出来事であるかのように。ただでさえ鐘入りで緊張が高まっていたところへ地震が起こったので、もうトランス状態になってしまって、一体何が起こったのだか、見所内が異常な興奮に包まれました。3人くらい席を立って出て行った客がいました。緊張に耐えられなかったのでしょう。余震の規模としては小さなものだったはずですが・・・。

この公演は、私の心の中では完全に「伝説の名舞台」という扱いなのですが、あまり話題にする人もいなくて寂しい。

そもそも能の公演は通常1回公演で、600人くらいしか見ていないわけですから、あまり話題にならないのですよね・・・。客の年齢層が高いから、ネットで話題にする人も少ないですし・・・。

このブログの記事の半分は私のうろ覚え、半分は私の思いつきで書かれているのですが。

白拍子の「白」って、「空白」の白、nullということでしょう。つまり、テンポに決まりがない、決まり事に縛られない、フリースタイルの、従来のものと違う、最先端の、ということではないでしょうか。

乱拍子は、乱れた拍子。←

能の「道成寺」は、初心者向けの演目ではないような気がしました。従来の「拍子」というものを熟知した人が、その先にあるものとして、白拍子の舞を楽しむ、というような。

シテと小鼓だけで20分くらい?舞い続ける場面があるのですが(乱拍子)、静止したポーズから、次にどのタイミングでシテが動き出すのか、見ていて予想がつかなくて、しかしそれが小鼓とピタリ合っていく様は、実に見事だった。

能の「道成寺」を見ぬままで「娘道成寺」を踊る歌舞伎俳優はまさかいないでしょうけれど・・・。ほとんどの客は能の「道成寺」を知らないのかも?もったいない・・・。

《フィガロの結婚》あれこれ3

伯爵夫人のアリア「あの楽しい日々はどこへ」
「あの楽しい日々」は時間を表す言葉。「どこへ」は場所をたずねる言葉。
「あの楽しい日々」は、場所なのだろうか。
過ぎ去った時間は、いつしか場所へと変わるだろうか。

月日は百代の過客にして・・・などと言っても、ゆとり教育世代にはきっと通じないのだ。おそろしい~~。

伯爵夫人は、なぜロジーナと呼ばれなくなったのか~?

このたびの二期会の《フィガロの結婚》、インターネットで感想を読んでみると、指揮のテンポが遅かったと書いている人が多いみたい。でも、2007年10月に新国立劇場で沼尻さんが振ったときは、もっと遅かったように記憶している。ザルツブルク音楽祭でアーノンクールが振った映像は、音符にハエがとまるのではないかと思うくらい遅かったはずだ。

「速い」「遅い」って、どういうことなのだろう?

少なくとも、振っている本人(指揮者)は、そのテンポがベストだと思ってるわけじゃない?

演劇であれば、「ここはこうしたほうが効果的」とか、「この言葉はゆっくり言うべき」なんていう議論も成り立つだろうけれど、音楽でも成立するのだろうか。音楽の評論って、何なのだろう。

「私は速いほうが好き」「私は遅いほうが好き」・・・好き嫌いなら分かるのだけれど。

「時代の好み」「傾向」について話しているのだろうか?

2011年5月 1日 (日)

《フィガロの結婚》あれこれ2

《セビリアの理髪師》は、アルマヴィーヴァ伯爵の結婚が描かれている。
《フィガロの結婚》は、フィガロの結婚が描かれている。←
伯爵とフィガロは同世代として、《セビリアの理髪師》から《フィガロの結婚》まで、数年しか経っていないはず。

《セビリアの理髪師》では好青年だった伯爵が、たった数年で、エロおやじに・・・。
結婚を助けてくれたフィガロの結婚の邪魔を・・・。

いやいや、伯爵は最初から、あのような人間だったのだ。ケルビーノみたいな人間。

私は《セビリアの理髪師》を見るとき、《フィガロの結婚》を思い浮かべぬよう注意している。美しいものは美しいままに。

人は先が見えないから、いまを幸せに過ごせるのかねえ・・・。
(私は別に幸せではないが)

恋愛4年説とか聞いたことがありますが。どんなに激しい恋も、4年で去っていくと言う。本当でしょうか。

《フィガロの結婚》はモーツァルトらしい作品だし、《セビリアの理髪師》はロッシーニらしい作品だ。逆はありえない。

《フィガロの結婚》は貴族を批判しているのに、なぜ上演できたのか~~。
上の人々も、もう重い荷物は下ろしてしまいたかったのかも?
おおぜいの人から、あれをしろとか、これをするなとか、文句ばかり言われて。
普通になっちゃったほうが、気楽でいいんじゃないですか。
普通なんだから、あんまり期待しないでね~~みたいな。

マリア・カラス 1965年インタビューより(実質的にオペラの舞台から引退した年)
私たちは他人がそうあってほしい、というようには生きられないもの。ノーという言い方を知らなくてはならない。もちろん、後でその結果には甘んじなくてはね。
最初、私は舞台を怖がりませんでした。若い頃は、何だって自分自身でやってのけたつもりになるものです。でもそれは考え違いというもの。人の一生には必ずチャンスが与えられているのです!私は何も恐れませんでしたし、すべてに気配りしていました。
今ではまるで違ってしまいましたけどね。

マリア・カラスは1960年頃から舞台に出るのが怖くなり始めました。名声が大きくなって、名声に見合うだけの素晴らしい舞台を常に提供する義務が生じたためでしょう。
カラスの最後の舞台は日本のコンサート。日本だと知り合いがいなくて、緊張せずに舞台に出られたらしい。

『ゼッフィレッリ自伝』より
■同時に彼女(マリア・カラス)の声は気持ちの動揺を映し出した。またもや五月十四日の初日が近づくにつれて、この有名な楽器は緊張度を高めた。私(フランコ・ゼッフィレッリ)は力を抜くようにと頼み、無理なコロラトゥーラは飛ばし、ベッリーニの時代と同じ音程に全体を下げることも提案したが、彼女はかたくなに拒否した。「誰にもわかりゃしないよ」私は反論した。「わかったとしても気にする人はいない」
「そうかもしれないけれど、私にはわかるもの」彼女は腹立たしげに言った。「そして私は気にするわ」
■彼女の声は第一幕のカバレッタではずれた。反カラス派は喉を鳴らし、ブーイングを浴びせる者もいた。親カラス派は彼女を擁護した。私たちの大半はひたすら彼女が続けてくれるよう祈った。勇気をふり絞って彼女は歌い続けた。悲しいことに、声がはずれることなど大した問題ではないと悟らない愚か者がいた。私は激怒した。この馬鹿どもは、些細な傷はあっても彼女のノルマは最も偉大な解釈であり、確実に現代最高の歌唱だと理解できないのだろうか。
■(マリア・カラスは)どんな仕事も闘うか避けるしかない、おぞましい対象としてしか捉えなくなった。
■「わかるでしょ、フランコ。これがすべて私のものなのに、仕事なんかすることないわ。このドレスを着た私って、きれいじゃない? それにこの日焼けはどう? あのね、長いこと私は『椿姫』のヒロインみたいに白くなくちゃいけないって言われてたのよ。でも一生ヴィオレッタは続けられないもの」

カルロス・クライバーもだんだん舞台に出なくなった。

日本の首相はくるくる変わる。

そして誰もいなくなった。

文句ばかり言われて。

いや、初夜権に文句が出るのは当然であるが~~。

観世会定期能・5月

観世能楽堂へ、観世会定期能を見に行ってきました。

「絵馬」という演目で、天照大神、天鈿女命、手力雄命が登場しました。舞台上で、天の岩戸隠れを再現する場面があるということで、一体どんなふうに演じられるのだろうかと、楽しみにしていました。えーっと、あれが天照、あれが鈿女、あれが手力雄。かなり長い舞があって、天照はいつ岩戸に隠れるのかな~~と思っておりますと、それまで私が鈿女だと認識していた女が突然、岩戸の中へ消え去った!!それは何と、鈿女ではなく天照だったのだ~~。

しえええ~~。
わたくしとしたことが~~。

そう言えば、途中、「ご宗家の声っぽいな」と思わなくもなかった・・・。

30分休憩のとき前庭で昼食をとっていたら、2人連れのおばさんが、岩戸に入ったのは誰だったのか延々と議論していた・・・。

最初に登場する「伊勢の二柱の神」というのは、イザナギ・イザナミのことなのでしょうか?前シテがイザナギで後シテが天照大神?すごいお役ですねえ。

今月上演されたお能は「絵馬」「蝉丸」「阿漕」の3番。全体として、3つで1つの流れを形づくっているように思いました。最初に、太陽と雨の恵みに関する曲。次に盲目の蝉丸が登場して、太陽も見えないし、藁の家だから雨の音にも気づかない、という内容。最後が、天照大神に捧げる魚を取る場所、阿漕が浦の話。
観世の定期能は、毎回、何かのテーマがあるような気がしますね。
どのように演目を選んでいるのでしょうか。もう何百年も上演しているのですから、定番の組み合わせがあるのでしょうか。

「阿漕」を見ていて、そう、バレなければOKと思って悪いことをしてしまう人がいるんだよね・・・と思いました。
でも、阿漕が罪悪と感じて後悔していることは、もう多くの日本人が罪悪だと思わないのでは?
少なくとも演じている能楽師の方々は、殺生を罪悪と感じているのでしょうか。
「演じる」という行為は、「自分ではないものになる」ということですから、必ずしも能楽師がベジタリアンである必要はないと思いますが、殺生を罪悪と思っていないなら、もう「阿漕」や「善知鳥」を上演する意義は薄いだろうなあと思います。
善悪って、時代によって変わるものなのでしょうかねえ。

電車の中で通話するなって何万回アナウンスされても、携帯を使ってしまう人もいるし。歩き煙草してしまう人もいるし。別に悪いと思ってないみたいですよね。
自分も知らぬ間に、大きな罪を犯していたりして・・・。
あとになって「ああ、あれって悪いことだったんだ」と気づくこともありますか。


〔あま〕の刈〔か〕る 藻〔も〕に棲〔す〕む蟲〔むし〕の われからと 音〔ね〕をこそ泣かめ 世〔よ〕をば恨〔うら〕みじ
「われから」は、藻の中に棲む虫の名前。すべての罪はわれから出たもので世を恨むべきではない。

世の中は とてもかくても 同じこと 宮〔みや〕も藁屋〔わらや〕も はてしなければ
永久に生きることはできないから、宮に住むも藁屋に住むも同じことである。


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