« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »

2012年10月

2012年10月30日 (火)

能「朝長」あれこれ

能「朝長〔ともなが〕」を見てきました。
「朝長」「実盛」「頼政」の3演目は「三修羅」と呼ばれ、修羅能の代表的な曲目とされています。
前シテと後シテが全く違う人物であるのは、修羅物の中では「朝長」だけだそうです。

事前に詩章を読んでおいたのですが、
花の跡〔あと〕訪〔と〕ふ松風や、花の跡訪ふ松風や、雪にも恨みなるらん
この次第の部分の意味が分からない。

小学館『日本古典文学全集』の頭注には、
散った花に薄幸の公達朝長を暗示させているのはたしかであるが、「松風」「雪」の寓意は明らかではない。
と書かれています。
つまり、小学館でも意味が取れなかったのですね。

中央公論社『解註・謡曲全集』の脚注には、
花を散らしたあとにまだ松風はおとづれて居るが、いづれは雪までも吹き払うことであろう。散った花は朝長の死を意味し、吹き払われる雪はわが身の上の予感。
と書かれています。
脚注を読んでも、まだ意味がよく分からない・・・。(ありがち)

風というものは、
花を散らせば花の嵐、
松の葉をざわめかせれば松風、
雪を舞い上がらせれば吹雪、
置かれた状況によって名前が変わっていく。
花を散らせる風は恨めしいけれど、
雪を吹き散らす風は、べつに恨めしくない。
雪は風によって消えたりしないから。

意味が分からない。

新潮社『日本古典集成』の頭注には、
<花が散ってしまった跡を吹き訪れる松風は、雪のような落花を恨めしく思うだろうが、降りつもる雪にもまた恨みはあることだ>。「花の跡」は朝長の墓所、「松風」はシテ一行、「雪」は朝長が負傷のため雪中を青墓に引き返して命を絶つ因となったこと(『平家物語』)をふまえる。「散りにけりあはれ恨みの誰なれば花の跡訪ふ春の山風」(『新古今集』春下、寂蓮法師)。「花ノ跡訪ウ松風ハ、花ノ跡訪フ松風ハ、雪ニヤ静カナルラン」(『五音』所引《静》)の転用か。
と書かれています。

ちんぷんかんぷん・・・。

ところで、謡の中に意味の分からない言葉が混じっていた場合に、
別の演目から読解のヒントを得る、
ということがたびたび起こります。

このときは同じ公演で「花筐〔はながたみ〕」が併演されたのですが、その詩章の中に、
ひとり残りて有明の、つれなき春も杉間〔すぎま〕吹く、松の嵐もいつしかに、花の跡とてなつかしき、
(ひとり寂しい春も過ぎて行く。松風もいつのまにか、花を偲ぶものとしてなつかしい。)
という部分がありました。

つまり、
花を吹き散らした風を恨めしいと思う気持ちが、いつまで持続するか?
それは人によって違う。
あっと言う間に忘れてしまう人もいる。
風が吹くたびに思い出す人もいる。
春が過ぎたころの松風にさえも、花を散らした風のことを思い出し、風を恨めしいと思う。
冬が来たころの吹雪にさえも、花を散らした風のことを思い出し、風を恨めしいと思う。
雪が風に舞っているのを見ると、花が風に散らされたことを思い出して、恨めしいと思う。
雪は桜の花びらに似て。
私は朝長の死を忘れないだろう、いつまでも。
他の人たちはすぐに忘れても。

という意味であることが分かった。

言葉の解釈には、正解も不正解もないと思うんです。
自分が「ああ、そうだよな」と納得できればいいのでしょう。
偉い先生の解釈と違っていても、べつにいいでしょう。

三世十方〔さんぜじっぽう〕の、仏陀〔ぶっだ〕の聖衆〔しょうじゅ〕も、あはれむ心あるならば、亡魂幽霊〔ぼうこんゆうれい〕も、さこそうれしと思ふべき。
(三世十方世界の仏や菩薩も、あわれんでくださる心があるのなら、朝長の亡くなった魂も、きっとうれしいと思うであろう。)

三世というのは、過去・現在・未来。
十方というのは、四方・四隅・上下。
すなわち、全ての時間、全ての空間のことです。
あなたが今いる場所・時間も含まれます。
で、あなたは朝長をあわれむ心をお持ちですか。
朝長の死の物語を聞いて、
「かわいそうに」と思う人と、
「だから何なの?」と思う人と。
人によって違う。

松竹は「歌舞伎会」という会員組織を運営していまして、(会員数は約3万人)
私ももちろん会員なのですが、
今月号の会報で、仁左衛門さんがこんなことを仰っていました。
「芝居を好きな方に、悪い人はいらっしゃいません。描かれているのは人情、義理で成り立っている世界ですから。」

前シテ・青墓〔あおはか〕の長者の言葉に、「人の歎〔なげ〕きを身の上に」=他人の嘆きを自分の身の上のことのように思って、とあります。
何とも思わない人もいる。
自分のことのように思ってしまう人もいる。

「朝長」という作品は、観客の仏性を試しているのだと思う。
「朝長」を面白いと感じる人は、仏の心を持っている。

また詩章の中に、「感応〔かんのう〕肝〔きも〕に銘〔めい〕ずる折〔おり〕から」ともあります。
感じ、応じる。
「だから何なの?」という人は、何も感じない。
仏は、感じてくださる。
感じるから向き合う。
感じない人とは向き合えない。
向き合って、自分も感じ、応じる。
仏と1つになる。
仏が自分となり、
自分が仏となる。
それが「感応」の意味であり、ある種の「法悦〔ほうえつ〕」を表していると思う。

(なんてことを書くと、本当にふくきちさんって変な人なのね、などと言われてしまうのだ、きっと)

ところで、「朝長」の見どころとして、「観音懺法〔かんのんせんぽう〕」が挙げられます。
これはすごいです。
釈迦如来、阿弥陀如来、観世音菩薩、これは別々の存在ですけれども、本来1つだと言うんですね。
阿弥陀如来というのは、西方極楽浄土に住んでいて、私たちからは見えない存在なんです。
如来は私たちには見えない。
しかし1度だけ奇跡的にこの世に姿を現したことがありまして、それが仏教の開祖・釈迦如来です。
釈迦如来が消え去ったあと、次の如来がこの世に姿を現すまでの間、私たちに救いの手を差し延べてくださるのが、観世音菩薩。菩薩は如来より位が低いので私たちからも見えます。いろいろな形に姿を変えて、この世に出現するのです。

こう書きますと、何やらキリスト教の三位一体みたいだよなと思ったりして・・・。

また詩章の中に「一切〔いっさい〕の男子〔なんし〕をば、生々〔しょうじょう〕の父と思ひ、万〔よろず〕の女人〔にょにん〕を、生々の母と思へ」とありますが、
「だから何なの?」と他人事のように思っていた人にも、
やがて分かるときがやってくるのではないかと思う。
青墓の長者みたいに、赤の他人であるにもかかわらず、まるで親のように、朝長のことが分かる。
分かるようになる。
病気をして初めて病人の気持ちが分かる、
老いて初めて老人の気持ちが分かる、
いろいろ体験して分かることって、ありますからね。
人は誰しも、仏の種を持っているのでしょう。
今はまだ芽吹いていなくでも。
そう思いたい。

ともかく「朝長」の「観音懺法」はすごいですから、みなさまもぜひ1度ご覧ください。
三修羅ですし。

2012年10月23日 (火)

憧れのボルゲーゼ美術館

東京都美術館で「ボルゲーゼ美術館展」が開催されたのは2010年(平成22年)の初めごろ。そのとき、会場で流されていた現地の映像を見て、「ここに行ってみたい」と思ったのでした。やっと夢が叶いまして、9月に見ることができました。

【叶う夢と、叶わぬ夢とがある】

この美術館は、
・完全事前予約制
・2時間完全入替制
となっています。

2時間・・・あまりにも短い。

ちょっと早めに行ったのですが、予定より10分早く入れてくれて、予定より5分早く出ていけと言われた。
みんなで一斉に入場するので、「先に1階、次に2階」という人が多い。
ので、
「先に2階、次に1階」という順番で見るのが賢いかと。

完全事前予約制ですが、それなりに人は多い。
そして、うるさい。
向こうの人は、詳しい人が他の人に解説しながら見るから。
異国語だから気になりませんけどね。

私は「2時間では足りない」と思ったのですが、
2時間たたないうちに帰ってしまう人も多く、
リミット間際はガラガラになりました。
(私は17時から19時までの最終組だった)
閉館直前のガラガラ状態を私は個人的に「プレシャス・タイム」と呼んでいますが、
ああ~、私は今、1人で「プロセルピナの略奪」と見ているよ~~、
この作品を見ているのは私1人きりだよ~~、
という至福の瞬間を味わったのでした。

この美術館は、ベルニーニ作の彫刻が目玉作品となっている。

「アポロンとダフネ」と、「プロセルピナの略奪」は、たいていの解説本に載っています。
しかし、ベルニーニの作品は、それだけではありません。

まず、東京都美術館にも展示された「シピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿の胸像」、この館の主の姿を写した彫刻ですね。
都美の展示を見たとき、
「ボルゲーゼ枢機卿の顔がどんなであろうと、知らないよねえ?」
「1番つまんない彫刻を持ってきたんだね」
「そりゃあアポロンとダフネに船旅はさせられないんじゃないの」
などという会話があちこちで交わされたことと思います。
が!!
現地に赴いてみれば、
「シピオーネ・ボルゲーゼ枢機卿の胸像」は、
同じ物が2体置いてあった・・・。
つまり、ベルニーニは、
全く同じ彫刻をもう1体つくる能力があったわけなんです。
全く同じ彫刻。
なかなか作れないと思うんですよね。
人間の顔って、左右対称じゃないでしょう。
その鼻筋の微妙な曲がり方、
唇の形、
もう驚異的に同じなんです。
(ちょっと瞳孔の彫り方が違えてありましたけど)
2つの彫刻のあいだを行ったり来たり行ったり来たりしてしまいました。

それから、「ダヴィデ像」。
ダヴィデ像と言えば、ミケランジェロのものが有名ですが、
ミケランジェロのダヴィデ像って、
ダヴィデ像だと言われなければ、ダヴィデだと分からないじゃないですか。
ダヴィデって知ってます?
13歳のときに、ゴリアテという巨人に立ち向かい、
投石でやっつけたヒーローですね。
ミケランジェロのダヴィデ像は、どっちが巨人なんだか、
ダヴィデがこんなにデカかったら、ゴリアテはどんだけデカいんだ、
右手に石を持っているの分かりました?
何をしているのか、
何をしようとしているのか、
見ていて全然分かりませんよ、
【おすましダヴィデ君】
し・か・し、
ベルニーニ作のダヴィデは、
まさに石を投げる瞬間の緊迫感みなぎる表情、
狙いを定めた目つき、
そして今にも動き出しそうな体勢、
死ぬ、
ゴリアテは死ぬ、
この小さな少年の勇気によって。

そしてさらに、「エネアとアンキーゼ」。
これは、「プロセルピナの略奪」「アポロンとダフネ」に勝るとも劣らぬ傑作だと思いますが、日本ではあまり紹介される機会がないようです。
ローマ建国の伝説に基づいたテーマらしいのですが、
青年が爺さんを肩に担いで歩いている、
その青年の足元には小さな男の子が付き添っている、
というものです。
老人、青年、子どもが縦に並んで彫られている。
その3世代の男の彫り分けをご覧ください。
まず、胸やお腹の張り、
膝小僧のあたり、
そして裏にまわって背中や腰の具合、
彫刻というものの表現力の可能性、
ここまで出来るものなのかという驚き、
時間をかけてじっくり見ていただきたいのです。

もちろん、「プロセルピナの略奪」は本当に素晴らしかった。
事前に写真で見ていた例の指のめりこみ具合、
生で見るとまた格別です。

彫刻はいろんな角度から楽しめるので、
事前に写真で見た印象よりも、
何倍も素晴らしい。

それから、作品単体の素晴らしさだけでなく、
彫刻の置かれた環境の美しさ、
部屋全体の美しさも特筆したい。
日本の美術館は「作品が見られればそれでOK」という殺風景な空間が多いですけれども、誠に残念なことです。
何もお金をかけろと言うのでなく、
シンプルでも質素でもいいのですが、
もっと部屋の雰囲気を美しく整えることって可能だと思うんですよね。
そういう才能って、出て来ないものですかねえ。

絵画では、
ティツィアーノの「聖愛と俗愛」「キューピッドに目隠しするヴィーナス」、
カラヴァッジョの「病める少年バッカス」が特に心に残りました。

建物の外観は、期待していたほど美しくなかった。
なので写真は撮りませんでした。
館内は撮影禁止です。
(撮影禁止にするならば、もっとちゃんとした公式写真を販売してほしい・・・)

2012年10月22日 (月)

カーテンコールの作法

「何のために、この人はこんなことを書いているのだろう?」というようなことを、ひたすら書き続ける「ふくきち舞台日記」。

出演者のための、カーテンコールにおける注意点を申し上げます。

1.共演者の衣裳の裾〔すそ〕を踏まない。
(これは誰でも注意する)

2.悲劇の場合、最初のカーテンコールでいきなりニコニコしない。
(カーテンコールに出てきた瞬間は、何か疲れたような、元気のない顔をしておき、徐々に、少しずつ笑顔になっていくのが良いでしょう)

3.帽子をかぶっている役の場合、帽子を取ってお辞儀をする。【男性】
(日本人は、帽子をかぶるときのマナーを知らないので、意識的に注意しないと駄目です)

4.引っ込む順番を、端役同士で譲り合わない。
(あらかじめ決めておくべし)

とにかく、カーテンコールはショーの一部なのですから、事前に全て計算しておくことが大事だと思います。思いつき、行き当たりばったりは駄目です。素人っぽく見えるからです。端役同士で順番を譲り合うのは絶対におやめください。

一方、観客のマナーとしては、
「最初のカーテンコールが終わるまでは席を立たない」。
カーテンコール中に席を立つのは「私はこの公演が気に入らなかった」という意思表示だと言います。
多少、気に入らない点があったとしても、あなたが紳士淑女であるならば、席を立たないものです。

ヴェネツィアの旅

ヴェネツィアを訪れるのならば、

『ヴェネツィア物語』塩野七生・宮下規久朗:著、新潮社とんぼの本

この本を事前に読んでおくことをおすすめします。
読むのと読まないのとで、ずいぶん違った旅になると思います。

それから、ぜひ覚えておくと良い事柄として、

Agnolo di Cosimo detto Il Bronzino

絵画の紹介パネルに、このような表記がある場合、
dettoの意味が分からないと困ります。
私は困りました。
あとで判明したところによると、
detto=called、known as
という意味で、
「ブロンズィーノと言われているアーニョロ・ディ・コジモ」となります。
アーニョロ・ディ・コジモが本名なんですね。

それから、
Bottega del Bernini
と書かれていた場合、
Workshop of Bernini
という意味で、
「ベルニーニ工房作」となります。
つまりベルニーニが親方をしていた工房で作られたのであって、
ベルニーニ本人の作じゃないのでしょう。
ちなみに《セビリアの理髪師》の歌詞で、フィガロの店のことをbottegaと言っている。

Aiuto del Pinturicchio
と書かれていたら、
Helper of Pinturicchio
だそうです。

フィレンツェやローマの紹介パネルは英語と併記になっているのですが、
なぜかヴェネツィアはイタリア語のみだった、ような・・・。

オペラの旅

Photo

これはですね~、オペラを見ることだけが目的で海外旅行をした最初のときの写真です。
もう十数年前ですね。
(あのとき私は若かった・・・。白人よりも白い不思議な東洋人)

周りに「サッカーを見るために海外へ」という人はいましたが、「オペラを見るために海外へ」という人はあまり聞いたことがなくて(当時は)、自分でも「まさか!」という感じでしたけど・・・。

ニューヨークのメトロポリタン歌劇場。
パヴァロッティのメト・デビュー30周年記念ガラ。
(愛の妙薬2幕+ラ・ボエーム3幕+アイーダ終幕)
ゼッフィレッリ新演出《椿姫》プレミエ。
ゼッフィレッリ演出《ラ・ボエーム》。
ゼッフィレッリ演出《トスカ》。
1人で海外旅行なんて、かなり恐かったのですが、これだけ揃ったらもう仕方ない。

日本人もたくさん来ていましたね。

出かける前、
タキシードじゃなきゃ駄目なんじゃない?と友人から言われ、
タキシードを買ってしまった。
(このときしか着ていない)

伊勢丹には、高いタキシードと安いタキシードが販売されており、
「何が違うんですか?」と尋ねたところ、
「この部分が正絹かどうか、素材の違いが大きいですね」と言われ、
高いほうを選んだわたくし。
(いま思えば、安いほうで良かった)

オチなしでスマソ。

2012年10月21日 (日)

初めての能

能に興味がないわけではないけれど、どれを見たらいいのかよく分からない・・・という場合。
とにかく「道成寺」を見る!とか、「安宅」を見る!とか、曲目を決めてしまえばいいでしょう。
あとは、行ってみたい能楽堂を絞ってみるとか。

そういう時に役に立つのが、下記のサイトです。

柳の下

能の上演予定がたくさん出ています。
ここから物色するのが良いでしょう。

たびたび申し上げていますが、能は事前に詞章を読んでおくことが重要だと思います。

そこで、詩章の入手方法ですが、
近所の図書館に行き、

小学館「日本古典文学全集」謡曲集(1)(2)

これを借りればOKです。
頭注も現代語訳も載っています。これを読めば十分です。
掲載された曲目数が少なめなのが玉に瑕ですが、
最初に見るのは有名な作品が良いと思います。
(小学館の「日本古典文学全集」を置いていない図書館は存在しないでしょう)

ちなみに、私が個人的におすすめする作品は「江口〔えぐち〕」です。
いいですよ、「江口」。
フフフ。
「杜若〔かきつばた〕」「融〔とおる〕」「鸚鵡小町〔おうむこまち〕」「松風〔まつかぜ〕」「鵺〔ぬえ〕」なども、ファースト・チョイスとしておすすめできます。

歌舞伎と同じで、1度だけでなく、何度か見たほうがいいと思いますけど・・・。

2012年10月20日 (土)

J’s projectオペラ公演《ラ・ボエーム》

G.プッチーニ作曲《ラ・ボエーム》
(字幕付き原語上演)
2012年10月18日(木)18時開演
みらい座いけぶくろ

指揮:河原 忠之
演出・美術・衣裳:原 純

ミミ :青木 エマ
ロドルフォ:高田 正人
マルチェッロ: 党 主税
ショナール:保坂 慎吾
コッリーネ:斉木 健詞
ムゼッタ:佐藤 亜希子

事前の情報があまりなかったので、どんな公演なんだろうと思っていましたが、合唱も入って、かなり本格的な公演でした。オケは弦楽四重奏+ピアノ+打楽器で、音のヴォリュームは小さいけれども、小人数のわりにはすごい表現力でした。
舞台美術や衣裳もかなり凝ってました。

演出がとても印象に残るボエームでした。
第2幕のクリスマス・イヴのパリ、
物を売っている人たちが貧乏人であることがハッキリと分かる演出でした。
ゼッフィレッリなんかの演出だと、みんな金持ちそうに見えるじゃないですか(笑)
街の中で物を売っている人は、貧乏なのですよね・・・。
9月にイタリア旅行に行ったのですが、観光地で物を売っている人たちは、
買う人たちと生活の階層が違います。
とにかく今回の公演は、貧乏人がちゃんと貧乏だった。
そういう印象でした。

私もボエームは生でも映像でもいろいろ見ておりますけれども、
本当に、
よく新しいことを思いつくものだと感心しますね。
ロドルフォがランプを吹き消すとき、ミミの目の前で吹き消してました。
わざと消しているのが、はっきりミミに伝わるように消していた。
それから、
ミミのほうからロドルフォの手を握っていましたね~。
ロドルフォが、ミミの手を握ろうかと思って、
やっぱりやめようかとためらって、
そこをミミのほうから手を握ってましたね~。
あっ、そんな演出もアリなんですね?
と思ってビックリしちゃいますよ。
絶対に予想できないふうに舞台が展開するので、
ちょっとシュールでショッキングな感じでした。
第4幕のムゼッタは何と妊娠していた!!
うーん、それは誰の子なの。
マルチェッロはそのことを知っていたの?
自分だけで育てるつもりだったの?
あ~~、妊娠していたのがミミじゃなかったのが幸い。

第3幕では、冒頭の場面で、
「ミミとケンカして部屋を出て行くロドルフォ」という無言劇がありました。

第4幕で、ミミとロドルフォが2人きりになる場面がありますね。
この場面では、ベッドに座ったロドルフォの後ろから、ミミが抱きつく展開でした。
この場面よかったですね。

ミミが死ぬ場面は、
普通の演出では手をダラリと下げて「いま死んだんだな」って分かるわけですが、
今回はベッドに座ったまま死んでました。
なんだか「あしたのジョー」みたいだった。
燃え尽きたミミ、みたいな。
そのあと、死んだままベッドから崩れ落ちるのでした。バターンって。

コッリーネって、なんだか知らないけれど、老けたイメージがあったんです。
生で見たギャウロフの印象が強かったせいかも・・・。
今回の斉木さんは、とても若いコッリーネでしたね。
それは見た目だけでなく、声も若い感じでした。
同じ音程で歌っていても、こんなに違うものなんだなと思いました。

ショナールは、楽器を演奏していました。
(いえ音は出していませんが・・・)
音楽家というわりに、楽器を持っているショナールって、あまり見たことがないですね・・・。

全体的に若々しいボエームで、
とても手間をかけているプロダクションで、
感動しました。
第4幕ではズルズルに泣いてしまいました。
ま、私はたいていのボエームで泣くけれど。

能「道成寺」あれこれ

神遊〔かみあそび〕の公演「徹底解剖!~秘伝~道成寺」に行ってきました。
神遊は、やっぱりチラシが綺麗だから目立ちますよね。
ちゃんとしたスチール写真を使っていますし。
能のチラシは、綺麗なのが少ないんです。
綺麗なチラシと、綺麗でないチラシは、天と地ほどの差がありますよね~。
(「綺麗なチラシなら客が入るのか?」というのは永遠の謎ですケド・・・)
能は1回しか公演しないから、あまり宣伝に力を注いでいないと思う。

チラシでは「徹底解剖!」と謳っていましたが~~、
観世善正さんの解説では~~、
秘すれば花、
鐘の中のことは詳〔つまび〕らかにしてはならない、
とか何とかで、
あまり突っ込んだ話はできないのだそうで・・・。

それでも、お話の中で印象的だったのは、
「能舞台自体を鐘楼に見立てています」
という話が、ひとつ発見でした。
私はこれまで、能舞台の中に鐘楼を思い描いて「道成寺」を見ていたので・・・。

ワキの語りの部分(昔こんなことがあって~)は、
流派によってずいぶんと異なるそうですが、
今回は下懸り宝生流の詩章が配布されました。
活字になるのは初めてだって・・・。
本当は秘密なんだからって。
それを読みますと、いわゆる安珍清姫伝説と違っているなと私が思いますのは、
女に迫られた僧が、あっさりと逃げている点ですね。
私がこれまで見聞きしている安珍清姫伝説では、
清姫に迫られた安珍は、「今は駄目だけど、帰りに結婚してあげるね!」と嘘をつく。
この嘘は大きい。
騙されたと知って清姫は蛇になるわけだ。
能の「道成寺」の場合は、僧は女を騙していない。
これは、かなり大きな違いだな~と思いますね。
完全に、女のほうの思い込みであって、
相手の気持ちは関係ないのね。

秘伝トークは喜正さんがメインで喋っていましたが、
お話がうまいですね。
話がうまい人って、決まってるんですよね。
だから同じ人ばっかり話すことになるんですよね・・・。

喜正さんは、地の声が高いですね。
声の高い人と、低い人と、地謡でどのように合わせているのか、
いつも不思議なんですけど。

トークの中で、2~3度「命がけ」という言葉が登場して、
やっぱり「道成寺」って特別な曲なんだなあと思いました。

歌舞伎が好きな人は、能の「道成寺」くらい見ておいたほうがいいと思います。
いろいろ発見がありますよ。
私はですね、これから「能楽ブーム」がやって来るのではないかと思っていますよ。
歌舞伎の好きな人が、能にも流れてくるんじゃないかと思う。
今まではあまり流れてこなかったでしょう。
これからは流れてくると思う。
いつ、どこで「道成寺」が上演されるか、
調べれば分かるし、自分でチケットも取れるでしょう。
取りゃあいいんですよ、自分で。
それでもって、事前に詩章を読んでおく。
能はいいですよ~~。
極限までデコラティヴな言葉の大伽藍。
いや、文学部出身の人なんか絶対にハマりますよ、あなた。

2012年10月18日 (木)

歌舞伎座の紋は鳳凰

歌舞伎座の紋は鳳凰ですけれども、どうして鳳凰なのかな~と、前から思っていました。

●宇治・平等院鳳凰堂

120617_104658

↑ 鳳凰が翼を広げたところ

●歌舞伎座

Photo

↑ 鳳凰が翼をたたんだところ

・・・という理由ではないかと思う今日この頃。

2012年10月17日 (水)

ローマの泉

9月のイタリア旅行から約1か月が過ぎ、だんだんと記憶も薄れて参りました・・・。

ローマでは、トレヴィの泉に行きました。
大学の卒業旅行でローマに行ったとき、トレヴィの泉は1度見ていますので、今回はいいかなとも思いましたが、やはり再びローマに来られるように、コインを投げに行ってきました。
(フィレンツェでは、イノシシ像の鼻をなでると、再びフィレンツェに来られることになっている。日本でも何か考えればいいのにね)

120920_122503

P9190857

↑ 夜の照明も美しい。泉の前は大変な賑わい。

それから、今回のローマ訪問は、ベルニーニの彫刻を見ることが最大の目的でしたので、ナヴォーナ広場の「四大河の噴水」も外せません。

P9190900

P9190901

P9210909

↑ 夜のナヴォーナ広場は、かなり暗めの照明でした。それはそれで雰囲気がありますけれども、彫刻をくっきりと見たいのであれば、昼間に見に行ったほうが良いでしょう。
ベルニーニの彫刻がたいへん素晴らしい。

120920_170951

↑ 同じくナヴォーナ広場にあるベルニーニ作の噴水。

P9190899

↑ これもナヴォーナ広場内にある噴水ですが、こちらはベルニーニ作ではないそうです。(蛸が巻き付いているほう)


上野で、噴水のリニューアル工事をしていましたでしょう。私は、どんな素敵な噴水が新しく出来上がるのかとワクワクドキドキしながら待っていたのですが、出来上がってみれば、前よりさらに寂しい感じの、残念な小池が出現したのでした・・・。
ナヴォーナ広場くらいの美しい池が、作れないものなのでしょうかねえ。

トーハクの前庭の池も、全然美しいと思えない。トーハクの前庭は、本当に何とかならないものでしょうかねえ・・・。

日本の噴水で言いますと、埼玉県立近代美術館のそばにある「踊る噴水」は好きですね。定刻になると、音楽に合わせて水が踊るんです。結構複雑な動きで。ウィリアム・テル序曲など楽しかった。

2012年10月16日 (火)

教会で聞くオペラ!その2

イタリア旅行記

9月17日、21時15分開演、自由席。今回のイタリア旅行中、教会で聞くオペラ・アリア・コンサートの2回目。1回目とは別の、聖モナカ教会というフィレンツェの小さな教会でした。フレスコの天井画がありました。終演は22時45分くらいでしたかね。20ユーロ、およそ2000円。係員は入口に1人のみ。この日は譜めくりの人がいたのですが、前日の、別の教会のコンサートでピアノを弾いていたお兄さんだったような・・・?
客は70人くらい入ってましたかねえ。私が入場したときはガラガラだったのですが、開演間際には、かなり埋まっていました。舞台上(祭壇上?)にも脇に椅子が並べてあって、羅漢席となっていました。
ピアノの側面にスタンウェイとかベーゼンドルファーとかヤマハとかの社名が入っていない、真っ黒なピアノを使っていました。そういうピアノもあるのですね。知らなかった。

出演:
シルヴィア・ディ・ファルコ(ソプラノ)
ヴァレンティーナ・メッサ(ピアノ)

演奏曲目:
1.ドニゼッティ作曲《ドン・パスクワーレ》より「騎士はあの眼差しに」
2.ロッシーニ作曲《セビリアの理髪師》より「今の歌声は」
3.ブラームス作曲op.118 n23(ピアノ・ソロ)
4.プッチーニ作曲《蝶々夫人》より「ある晴れた日に」
5.シューベルト作曲op.33(ピアノ・ソロ)
6.プッチーニ作曲《ラ・ボエーム》より「私が街を歩くと」
-休憩-
7.プッチーニ作曲《トスカ》より「歌に行き、恋に行き」
8.プッチーニ作曲《ジャンニ・スキッキ》より「私のお父さん」
9.ショパン作曲op.52 n4(ピアノ・ソロ)
10
.ヴェルディ作曲《椿姫》より「そはかの人か~花から花へ」


歌っている時間よりピアノ・ソロのほうが長かったような気がする・・・(笑)。あまり喉の強いソプラノではなかったのかも。前日に見た別のソプラノに比べると、歌はしっかりしていましたが、それでも優秀というほどではありませんでした。並。ただし、このソプラノはすごい美人だったのです。歩き方も、美人の歩き方だった。何か武器があるというのは、良いことでございますね。

《椿姫》のアリアでは、高いEフラットの音を出していました。出ない人かと思ったら、ギリギリ出してました。出るものですねえ。

途中で休憩時間がありましたが、私はずっと座っていました。すると、1列うしろの席から、小声で「ジャップ、ジャップ、ジャップ・・・」と言い続けるおばさんの声が聞こえてきました。聞き間違いかとも思ったのですが、確かにそう言っていました。聞いていて気持ちが悪くなってきてしまいました。言葉の力って、すごいものですね。こんなのは昔の話で、もう存在しないと思っていたのですが、いるものなんですねえ。どんな人なんだろうかと私が一瞬振り向いたら、話が通じていると思って調子づいたのか、そのおばさんは連れの爺さんに向かって「ジャップに関するナゾナゾ」を出し始め、私の感触では、おそらくイタリア人のおばさんが私に分かるようにわざわざ英語で喋っているふうだったのですが、もうこんな気持ち悪いおばさんには耐えられない、と思ったところで休憩が終わってソプラノが登場したのでした。

それで、日本人オペラ歌手がイタリアの歌劇場に出演するのなんかは相当難しいんだろうなあ・・・と改めて思ったのでした。人種とか、または宗教上の理由で特定の歌劇場に出られないことって、絶対にあるだろうと思いました。

あるいは、単なる聞き違いだったのだろうか・・・?

P9180850

↑ コンサートが行われた聖モナカ教会の内部

P9180849_2

↑ 聖モナカ教会の天井画


2012年10月14日 (日)

教会で聞くオペラ!

私の場合、これまで海外旅行と言えばオペラが主眼の旅だったのですが、今回のイタリア旅行では、フェニーチェ歌劇場の1公演しかオペラの予定がありませんでした。
ですからフィレンツェでは、夜の予定が何もなかったのです。9月のフィレンツェはオペラの上演がない。
ところが、ホテルのフロント前のチラシ立てに、オペラ歌手によるコンサートのチラシが置いてあることに気づきました。教会で、オペラ歌手や、ピアノ、フルートなどのコンサートが頻繁に上演されているようなのです。

それで、9月16日、ポンテ・ヴェッキオから程近い聖ステファノ教会へ、オペラ・アリア・コンサートを聞きに行ってきました。
入口はガラスの扉で、わりと新しい教会のようでした。自由席で12ユーロ。日本円で1200円くらいですね。スタッフは入口に爺さん1人+おばさん1人。夜9時開演。客は60人くらいでしたかねえ。終演は10時15分。
出演はソプラノ1人+バス1人+ピアニスト。(譜めくりはいない)

チラシに書かれていた演奏曲目
・プッチーニ作曲《つばめ》より「ドレッタの美しい夢」
・同    《ラ・ボエーム》より「私が街を歩くと」
・同    《蝶々夫人》より「ある晴れた日に」
・ヴェルディ作曲《椿姫》より「第3幕の前奏曲」(ピアノ・ソロ)
・同    《椿姫》より「さようなら、過ぎ去った日の思い出よ」
・プッチーニ作曲《トスカ》より「歌に生き、恋に生き」
・ベッリーニ作曲《夢遊病の彼女》より「懐かしい景色よ」
 (↑ロドルフォ伯爵のアリア)
・プッチーニ作曲《マノン・レスコー》より「間奏曲」(ピアノ・ソロ)
・プッチーニ作曲《ボエーム》より「外套の歌」
・ヴェルディ作曲《エルナーニ》より「不幸な男!」
 (↑シルヴァのアリア)
・ロッシーニ作曲《アルジェのイタリア女》より「イタリアの女たちは」
・同    《セビリアの理髪師》より「陰口はそよ風のように」

実際に演奏された曲目
1.ベッリーニ作曲《夢遊病の彼女》より「懐かしい景色よ」
 (↑ロドルフォ伯爵のアリア)
2.プッチーニ作曲《ラ・ボエーム》より「私が街を歩くと」
3.プッチーニ作曲《ラ・ボエーム》より「外套の歌」
4.同    《トゥーランドット》より「氷のような姫君の心も」
5.プッチーニ作曲《マノン・レスコー》より「間奏曲」(ピアノ・ソロ)
6.ロッシーニ作曲《アルジェのイタリア女》より「イタリアの女たちは」
7.ヴェルディ作曲《運命の力》より「神よ平和を与えたまえ」
8.モーツァルト作曲《ドン・ジョヴァンニ》より「カタログの歌」
9.プッチーニ作曲《トスカ》より「歌に生き、恋に生き」
10
.ヴェルディ作曲《椿姫》より「第3幕の前奏曲」(ピアノ・ソロ)
11
.同    《椿姫》より「さようなら、過ぎ去った日の思い出よ」
12
.ヴェルディ作曲《エルナーニ》より「不幸な男!」
 (↑シルヴァのアリア)
13
.プッチーニ作曲《蝶々夫人》より「ある晴れた日に」
-アンコール-
14
.モーツァルト作曲《ドン・ジョヴァンニ》より「お手をどうぞ」
15
.同    《フィガロの結婚》より「もう飛ぶまいぞ、この蝶々」
16
.プッチーニ作曲《ジャンニ・スキッキ》より「私のお父さん」


私は、日本の教会で宗教曲を聞いた経験はありますが、教会でオペラ・アリアを聞くのは初めてでした。
違うんです。
教会で聞くと、ほかの場所で聞くのと違うんです。オペラ・アリア。
「カタログの歌」が、実にいやらしい。ありえないくらい、いやらしい。
私はこれまで「カタログの歌」を面白いと思ったことがなかったのですが、教会の中で聞いたら、「教会でこんな歌を歌っちゃっていいのだろうか」「あんなことまで言っちゃって」と刺激的で、初めて面白いと思ったのでした。
ソプラノとバスのコンサートだから、二重唱はやらないよなと思っていたら、アンコールで「お手をどうぞ」。もう、頭がおかしいんじゃないかと思いましたね。教会で歌う歌ではない。チラシの予定曲目には載せられなかったんだと思う。きっと意図的に曲目を変更してます。

しかし分からない。イタリア人は、教会の外でオペラを聞くときにも、私が教会の中で感じたのと同じような感じ方で、オペラを聞いているのかもしれない。だって彼らはキリスト教徒だから、いつでも教会の中にいるみたいな気持ちで、オペラを聞いているのかもしれない。それは分からない。

ほかの曲でも、「神よ平和を与えたまえ」なんて、「Maledizione!(呪われるがいい)」という単語が教会の中に何度も響きわたるのは、本当に怖かった。恐かったんです・・・。
それから「歌に生き、恋に生き」。「神様は何もしてくれない」という内容ですからねえ。しかも、十字架のイエス像が、すぐそこに見えていたりするんですよ。
(トスカが「Signore(主よ)」と叫ぶとき、トスカの頭の中は、偉大なる父が見えているのか、神の子イエスが見えているのか、鳩が飛んでいるのか?)

オペラって、背徳的な歌ばっかりだなと思ったことでした。

歌手は全然うまくなかった。彼らが大舞台に立つことはないでしょう。またソプラノは太っていた。

しかし、うまくない歌唱であっても、フィレンツェで聞く「私のお父さん」は格別でした。ご当地ソングだから。フィレンツェの教会で聞く「私のお父さん」は、ほかで聞くのとは全然違うのでした。すごい。

いつもとは、ひと味違うオペラ・アリアを楽しんだ夜でした。

P9170777

↑ コンサートが上演された聖ステファノ教会。

P9170774

P9170775

↑ コンサートのポスター

掛詞〔かけことば〕

121013_102658

いま府中市美術館で、ポール・デルヴォー展が開催されているのですが、このキャッチコピーが「夢に、デルヴォー。」
美術展のキャッチコピーとしては、サルバドール・ダリ展の「私はダリでしょう?」以来の大ヒットではないでしょうか。
(注:ダリの名前はSalvadorだけれどサルヴァドールとは書かないのですね。スペイン人だから)
デルヴォーの絵の性格というものを、こんなに短い言葉の中に凝縮していて、かつインパクトがある。素晴らしいコピーです。

【すまんが、ランプを持って私の夢に出てくるのは、やめてくれたまえ。】

最近は、凝ったキャッチコピーを広告に入れることが減っている気がする。

先日、ローマのフィウミチーノ空港でイタリア旅行のお土産を買ったところ、手提げ袋に「GOOD BUY ROMA」と書かれていました。

GOOD BYE ROMA・・・ローマよ、さらば
      ↓
GOOD BUY ROMA・・・お帰りにローマの空港で素敵なお土産たくさん買って行ってね!

という洒落になっているのでした。

詩を書くときの技術、修辞というものは、言語によってずいぶん異なるでしょうけれども、外国語にも掛詞ってあるんでしょうかねえ?あまり聞きませんね。オペラには全然出てこないような気がしますが・・・。

モンテヴェルディ作曲《ポッペアの戴冠》には、「ローマよ、さらば」というアリアがあるそうですが、私は《ポッペアの戴冠》を見たことがない・・・。今度、映像を見てみよう。

2012年10月13日 (土)

フェニーチェ歌劇場

9月のイタリア旅行で、憧れの劇場の1つ、フェニーチェ歌劇場に行って来ました。
私がヴェネツィアを訪れるのは2度目でしたが、1度目の大学卒業旅行の時は、フェニーチェ歌劇場の存在さえ知りませんでした。その後、1996年の火事で全焼してしまいましたが、フェニーチェ(不死鳥)の名のとおり再建されたのでした。
一説によると、再建の費用が9000万ユーロ。およそ90億円ですか。新国立劇場の建設費は800億円だったそうですが・・・。

では、私が撮影したボケボケ写真をご覧ください。

P9150665

↑ 外観は、特別に美しいというほどでもない。フェニーチェのマークが掲げられている。
劇場前のスペースも狭い。

P9150688

↑ ロビーのシャンデリア。

P9150689

↑ これもロビーに設置されている。特別に美しいというほどでもない。

P9150668

↑ マリア・カラスの肖像画が飾られていました(油絵なのでテカっている)。カラスはフェニーチェ歌劇場でヴィオレッタを歌ったことがありますね~。

P9150669

↑ 客席内の天井。キター!!

P9150672

↑ ぬおおー、キラキラだ~~。

P9150670

↑ 舞台上部にイタリア語の字幕あり。他国語の字幕はなし。イタリア人がイタリア語の字幕を見るわけです。文楽みたいな感じかな・・・。観光客が気軽に見るというわけにはいかないかも知れません。言葉が分からないものは見ないですよね。(私はオペラ愛好家なので普通の人とは違うの)

P9150677

↑ 舞台上部、中央に1つ、時計が付いているのでした。海外のオペラ・ハウスでも、時計が付いているところがあるんですね。

P9150694

↑ う、美しい~~。

P9150679

P9150692

↑ 何じゃこりゃ~。目が、目がくらむぜ~~。(ここに座ってみたい・・・)

P9150695

↑ 壁にもいっぱい絵が描かれてます。

P9150697

↑ 壁に近寄って見ると、あまり精密な絵ではないようですが・・・。(近寄らないから、いいのです)

P9150691

↑ 平土間(プラテア)の客席。固定されていますから動きません。

P9150671_2

↑ 平土間は傾斜がゆるいので、座高の低い方は、ちょっと見づらいかも・・・。
(私は座高がとても高いので大丈夫でした!)

P9150682

↑ この、足を組んでいるおじさんが、1番カジュアルな部類の服装だったかも。Tシャツ姿の若者もいましたが・・・。(私はスーツを着て行きました)

P9150693

↑ オケピットの内部。

P9150696_2

↑ オケピの壁にも装飾がありました。(全てが美しく飾られている)

P9150687_2

↑ ロビーのソファーにも装飾がほどこされているのでした。つまり既製品ではないのです。この劇場のロビーのために作られたソファーなのでしょう。おそらく。

P9150683

↑ 劇場内に、こんな別室もありました。

P9150686

↑ 日本だと、こういう部屋の椅子は、パイプ椅子とかの安っぽい椅子になっちゃいますよね。

P9150690

↑ 客席内は豪華で美しいのですが、外観とロビーはそれほどでもありませんでした。ロビーの絨毯なんか、わりと傷んでいましたね。(国立能楽堂の絨毯は、もっと激しく傷んでいますが・・・)

Pa080910

↑ 座席表です。本当にボケボケで見えないと思いますが、平土間(プラテア)にはJ列、K列は存在しません。イタリア語にはJ、Kの文字はないのです。あったとしたら、それは外来語です。ですから、平土間は全16列ですが、最後列はR列となります。とても小さな劇場です。(私はN列中央で《リゴレット》を拝見いたしました)

この劇場は、音響が独特な感じで、歌手の声が突出して大きく聞こえてきました。マイクでも使っているのではないかと思うほど、ソリストの声が特別に響くのです。ものすごい大迫力でした。
そして、オペラの上演中、客席が暗くなっているときでも、自分が美しい客席に座っている、美に包まれている幸福な高揚感に満たされるのでした。

どうして日本にはこのようなタイプの歌劇場が存在しないのでしょうかねえ。


2012年10月 9日 (火)

男のプライドを賭けたオペラ・ガラ

100220_225440


代官山フェスティバル2012
ルナノバPresents 「猿楽祭 オペラで喜怒哀楽!」
怒・ジェンタラビアータ
~男のプライドを賭けたオペラ・ガラ~
10月7日(日)18時30分開演
代官山ヒルサイドプラザホール(全席自由)

出演:
高柳 圭 (テノール)
園山 正孝 (テノール)
野村 光洋 (バリトン)
佐藤 望 (バリトン)
狩野 賢一 (バス)
中山 博之 (ピアノ)

プログラム:
W.A.
モーツァルト作曲《コジ・ファン・トゥッテ》より
1.僕のドラベルラにそんなことはできないさ!

2.女の貞節は
3.僕は妙なるセレナータを
(フェランド:高柳/グリエルモ:佐藤/アルフォンソ:狩野)

J.
ロッシーニ作曲《セヴィリアの理髪師》より
4.私は町の何でも屋 (フィガロ:野村)
5.あの不思議にして万能の (コンテ:園山/フィガロ:野村)
6.中傷はそよ風のように (バジリオ:狩野)
7.もう逆らうのをやめろ!(コンテ:園山)

G.
ビゼー作曲《カルメン》より
8.花の歌 (ホセ:高柳)
9.闘牛士の歌 (エスカミーリョ:佐藤)
10
.決闘の二重唱 (ホセ:高柳/エスカミーリョ:佐藤)

-休憩-

J.
シュトラウス2世作曲《こうもり》より
11
.シャンパンの歌 (高柳/園山/野村/佐藤/狩野)
12
.舞踏会に行こう (アイゼンシュタイン:園山/ファルケ:佐藤)

G.
ヴェルディ作曲《シモン・ボッカネグラ》より
13
.皆が俺の名を口にしている (シモン:野村/フィエスコ:狩野)

P.マスカーニ作曲《カヴァレリア・ルスティカーナ》より
14.間奏曲 (中山)

G.
プッチーニ作曲《ラ・ボエーム》より
15
.ああミミ、君はもう戻ってこない (ロドルフォ:高柳/マルチェッロ:野村)

G.
ヴェルディ作曲《ドン・カルロ》より
16
.一人寂しく眠ろう (フィリッポ2世:狩野)
17
.われらの胸に友情を (カルロ:高柳/ロドリーゴ:佐藤)

アンコール

18
You Raise Me Up (高柳/園山/野村/佐藤/狩野)
 
F.
レハール《メリー・ウィドウ》より
19
.女・女・女のマーチ (高柳/園山/野村/佐藤/狩野)



楽しい公演でした。私は常々、このような公演がもっと増えればいいのにと思っているんです。入場料3000円で2時間たっぷり。うひょ~。素晴らしいアリアながら、なかなか聞く機会のない「一人寂しく眠ろう」や「もう逆らうのをやめろ!」まで聞けて満足満足。
客席は約20×8列くらいで、満席でした。(ちゃんと儲けは出ているのでしょうか?)
スタッフは受付に3人、舞台転換に1人でしたかね~。(舞台転換と言ってもテーブルと椅子だけですが)
客層は若い女性が多かったですかね。歌手の固定ファンでしょうか。
ピアノの中山さんが進行役で、脱力系ギャグを連発していました。
字幕なし(予算の都合だと言っていた)、原語上演、ただしオペレッタは日本語上演。
歌手は男ばかり5人でしたが、いろんな声質に分かれていて、個性豊かな感じでした。(みんな二期会、しかし二期会の主催公演ではない)

バリトンの佐藤さんは高音から低音までムラなく声が伸びて素晴らしかった。テノールの高柳さんも華があって、すでに人気を獲得しているようです。ちょっとホストみたいだったケド・・・。この2人で歌った「われらの胸に友情を」はもう素晴らしくて、同じ旋律を歌っていたのが途中で別々の旋律に分かれる瞬間は何かこうフワーッと世界が切り替わるような不思議な感覚にとらわれました。

会場が狭いので声がビンビン飛んできましたが、大きな会場で歌ったらどうなるかというのは、よく分からないんですよね。実際に聞いてみないと分からない。それが分かるようになったらすごいなと思うんですけどね。

それで、よく思うのですが、若い日本人オペラ歌手というものは、デカい声を出すためには力を注ぐけれど、ピアニッシモを出すための努力をしないですよね。デカい声じゃないと聞こえないと教育されるんだと思うんですね。
【大きな声を開発するのと同じだけの努力を小さな声の開発にも注ぐべき】
↑(偉そうでスマソ)

《こうもり》の日本語訳が、「さかずきを挙げよう、挙げよう、挙げよう、シャンパンをともに讃えましょう」となっていました。まあ定番の訳なのだと思いますが、シャンパンを飲むのに「さかずき」ってどうなのよ?などと思ってしまう私ではあった。

アンコールの「女・女・女のマーチ」は、振付が決まっていて、みんな踊りながら歌っていました。こういう振付が、伝統として、ずっと伝えられているんですね~。客席は手拍子が起こったりして大ウケでした。オペレッタは、演技法がオペラよりもキッカリ決まっている気がする・・・。

予想していたよりもかなりハイレベルな公演で、存分に楽しみました。猿楽祭というのが何だったのか、最後まで分かりませんでしたが~~。またやってほしい!素晴らしい内容でした。やっぱり歌いたい歌を歌いまくる公演は楽しい。

2012年10月 7日 (日)

能「定家」あれこれ

能「定家〔ていか〕」の中で、時雨〔しぐれ〕の亭〔ちん〕の名前の由来となった和歌が紹介されています。
はっきりとは分からないけれど、時雨の亭はおそらく、この歌から名づけられたのだろう・・・ということになっている。

偽〔いつわ〕りの無〔な〕き世〔よ〕なりけり神無月〔かみなづき〕 誰〔た〕がまことより時雨〔しぐ〕れ初〔そ〕めけん 藤原定家 

この歌の意味が、何度読んでも分からない。

新潮日本古典集成の頭注には、
「偽りの多いこの世だと思っていたがそうではなかった。時雨が神無月という時を違えず降り初めたのは、一体誰の至誠が神に通じたのか」
と現代語訳されています。

現代語訳を読んでも意味が分からない・・・。

ところが、観世の定期能で同日に上演された「鷺」「融」の詩章を読んでいたら、この歌の意味が分かった。
(「定家」の詩章だけ何百回読んでも、意味は分からないと思う)

「融」の中に、次の和歌が出てきます。
君〔きみ〕まさで煙〔けむり〕絶〔た〕えにし塩竈〔しおがま〕のうら淋〔さび〕しくも見〔み〕え渡〔わた〕るかな 紀貫之

和歌で「君」と言えば、普通は天皇のことを指しますが、この和歌では源融〔みなもとのとおる〕のことを言っています。
源融が亡くなったので、塩を焼く煙もあがらなくなり、ただ淋しい浦の痕跡ばかりが広がっている。
維持できる人がいなかったのですね。
融が作らせた塩竈の浦を維持するのには、大変な財力が必要ですよね。
川の水を引いてきたのではなく、海の水を人の力で運ばせていた。毎日。
海水でないと意味がなかったから。
塩を焼く煙があがるところを見たかったから。
浦に煙があがる様をこそ面白いと思っていたから。
川の水では駄目なのでした。
融は生涯、浦を維持したけれど、ほかの人には維持できなかった。

この融のパワー。
美のパワー。
六条の、何もない土地を、美しい景色に変えてしまうパワー。
それは融だけのもの。
他の人は持っていなかった。

私が勤めている職場は人事異動が多く、3年に1度くらいのペースで他の部署へ行きますかねえ。
Aさんのやっていた仕事が、Bさんに変わったらなくなってしまった、ということがございます。
Aさんだから出来ていたのですね・・・。

また、
Cさんのデスクの上は書類の山、よほど仕事が大変なんだなあと思ったら、次に来たDさんのデスクは綺麗、やっている仕事はCさんと同じなのに、ということがございます。
Cさんのデスクは、次の異動先においても書類の山、Cさんはどの部署で働いてもデスクが書類の山、Cさんはデスクを書類の山にする人。
Dさんが来ると書類がファイリングされていき、部屋が片付いていく。
Cさんが来ると部屋が汚れていく。

周りのものを美しく変えていく人。
周りのものを汚く変えていく人。

また、「変えられる範囲」は、人によって異なります。
役員が言えば変わるけれど、私が言っても変わらない。
我が社のホームページは本当に駄目ですね、
ここをこうすればいいのに、
ここはこうしなければいいのに、
と口を酸っぱくして私が周りにアピールしても全然変わらない。

上の人は変えられる。
下の人は変えられない。

ところで、「鷺」の中に、次のような詩章が出てきます。

「君〔きみ〕賢王〔けんのう〕にてましますより、吹く風〔かぜ〕枝〔えだ〕を鳴らさず、民〔たみ〕戸〔と〕ざしをせず」
(天皇の治世が優れているので、天候も良く、盗人の心配もなく)

トップの方には、それほどまでの影響力があるそうなんです。
「寒暑〔かんしょ〕時を違へざれば」とも書かれている。
政治がちゃんとしていると、暑さ寒さも時期がずれたりしない。

政治のトップの影響力は、自然現象や、鳥類畜類にまで及ぶ。
と当時の人は考えていた。

そこで冒頭の和歌ですけれども、

時雨というものは、
・季節は秋(季節は決まっている)
・急に降ったり止んだりする(時間は決まっていない、予測できない)
と定義されるかと思います。

(和歌の世界では、紅葉は時雨によって赤く染まったり、散ったりする)

季節を違えず10月に時雨が降ってきた。
トップの行いが良かったのだろう。
ところでトップとは誰のことだろう。
10月は神のいない月であるのに。

と、いうような意味ではないかと思いました。

2012年10月 6日 (土)

《ジャンニ・スキッキ》あれこれ

《ジャンニ・スキッキ》と言いますと、ラウレッタのアリア「私のお父さん」は頻繁に聞きますが、その他の部分は、あまり聞く機会がありません。わざわざ映像で見ようという感じでもありませんし・・・。

《ジャンニ・スキッキ》の舞台となっているフィレンツェに行ったので、写真を撮ってきました。

「ポルタ・ロッサに行きたいの、指輪を買いに」

P9180847

↑ ポルタ・ロッサ通りの表示(ポンテ・ヴェッキオのすぐ近く)

ポルタ・ロッサ通りを歩いてみましたが、宝飾店街ではありませんでした。
アリアの中で言っているのは、この小道のことではなく、この地区全体のことなのかもしれません(?)。
ポルタ・ロッサ、赤い門??

「もし叶わないなら、ヴェッキオ橋に行って、アルノ川へ身投げするわ」

P9160740

↑ ヴェッキオ橋

ポンテ・ヴェッキオ(ヴェッキオ橋)は、フィレンツェで1番古い橋です。

ポンテ=橋
ヴェッキオ=旧、老、古い

ですから、「ポンテ・ヴェッキオ橋」という言い方は、ちょっと変。
「ヴェッキオ橋」か、「ポンテ・ヴェッキオ」と言うのが良いのではないかと。

ポンテ・ヴェッキオには宝飾店がずらりと並んでいます。
橋の上に屋根が伝っているのが見えますが、この部分は「ヴァザーリの回廊」と言う。
ヴァザーリという人が設計した。
作らせたのはメディチ家のコジモ1世。
ヴェッキオ宮殿とピッティ宮殿をつなぐ約1kmの通路となっています。
川を渡るためにポンテ・ヴェッキオの上部を通過する。
世界中の画家の自画像ばかりが集められ、この回廊に展示されています。
一般の人は入れません。
が、特別にお金を払うと、特別に入れてくれるようです。
係の人が、1kmくっついて歩かなくてはならないわけで、それなりのお値段。
私は、ウフィツィ美術館を見ているときに、たまたま、このヴァザーリの回廊の入口が開かれるのを見た。
お金持ちの小グループが、係員に案内されて消えていった。
何事もなかったかのように扉は閉まり、再びその扉は廊下の一部と化した。

次にフィレンツェに行くとき、ヴァザーリの回廊に入るのが、わたくしの野望。

P9160731

↑ アルノ川の穏やかな流れ

P9160726

↑ アルノ川の夕日(見えている橋はポンテ・ヴェッキオではありません)

P9180841

↑ 夕闇に沈みゆくアルノ川

P9170772

↑ 夕日のポンテ・ヴェッキオ

フィレンツェは、観光ポイントがたくさんあるのですが、どこも徒歩で行くことができます。街が小さい。京都は歩いて回れないでしょう。フィレンツェは大丈夫。
建物は、屋根の色が揃っていて美しい。高さも制限されていると思う。

街の中に新しい高層マンションを建てるわけに行きませんし、昔からある建物をずっと使い続けているわけですね。

だから遺産相続は本当に大変な問題なのだろうと思いました。

「私のお父さん」

あのね、お父さん

私、彼のことが好きなの

ポルタ・ロッサへ行きたいの

指輪を買いに

そう、どうしても行きたいの

もし叶わないなら

ヴェッキオ橋に行って

アルノ川へ身投げよ

苦しくて切なくて

ああ神様、死んでしまいたい

お父さん、お願い

お父さん、お願い


P9160748

P9170778

P9170770

2012年10月 5日 (金)

イタリアの天使

イタリア旅行記

フィレンツェに行ったら、見たいところがたくさんあって、
時間が足りないくらいでしたが、
どうしても外せないのがサンタ・マリア・ノヴェッラ教会でした。
ここはマザッチョの描いたフレスコ画「三位一体」が見られるのです。
本格的な遠近法を用いた最初期の作品だそうです。

■マザッチョ
27歳で亡くなった天才画家。
夭逝したため作品数は少ない。
フィリッポ・リッピの師。
ダ・ヴィンチ、ラファエッロ、ミケランジェロなど、のちの画家たちに多大な影響を与えた。

また、
ウィキによりますと~~ウィキウィキ!
マザッチョの「三位一体」に関して
聖人とこの絵画の献納者は骸骨が横たえられた石棺の上に描かれている。骸骨の上の壁面には「過去の私は現在の貴方であり、現在の私は未来の貴方である IO FUI GIA QUEL CHE VOI SIETE E QUEL CH'IO SONO VOI ANCO SARETE」という銘が刻まれている。
ここで言う「私」とは骸骨のことであり、
要するに「あなたもいつか骸骨となる」という意味でございます。
世の空しさを知る神・・・。

さて、
このサンタ・マリア・ノヴェッラ教会の中にある売店に入りましたところ、
商品の整理をしていたイタリア人のお兄さんが、
私に話しかけてきました。日本語で。
そして、
「何か質問があったら訊いてください」と言う。
こちらから何もお願いしていないのに、
どんな質問でも答えてくれると言うのだった。
なんでも、彼は京都に住んでいたことがあるのだそうな。

話は飛びますが、
イギリスのお金持ちには、「グラン・トゥール(グランド・ツアー)」という習慣があり、
社会に出る前の数年間、フランスやイタリアで過ごすそうです。
グラン・トゥール(グランド・ツアー)

つまり、遊学ですね。
もちろん遊学はイギリス人だけのものではない。

塩野七生さんには、遊学の経験がある。プロフィールに書いてある。
その資金は一体どこから出たのか、ぜひとも知りたいところである。

なぜ私の人生にはグラン・トゥールがなかったのだろうか・・・。
(答え:金持ちではなかったから)

売店で私に話しかけてきたイタリア人のお兄さん、
彼には遊学?留学?の時期があったのでした。
つまりインテリである。
イタリアのインテリが日本語で「質問があったら訊いてください」と言っている。

千載一遇のチャンス。

私には彼が天から使わされた方のように思われた。
イタリアの天使。

訊いてみたいことはたくさんあったのだが、厳選した2つの質問をしてみた。

質問①
イタリア人は今でもラテン語を勉強していますか?

回答①
勉強している人はどこかにいるかもしれないが、普通の人は読めない。高校で少し勉強する。私は読めない。

考察①
おそらく、神学を勉強している人、すなわち聖職につく人などは、現在でもラテン語を勉強しているのでしょう。どのくらいの人数がいるのか分かりませんが・・・。
日本人にとっての漢文みたいなものか?

質問②
マザッチョの「三位一体」の周りには、油絵がたくさん展示されている。「三位一体」だけフレスコで、周りの絵と違う。なぜですか?

回答②
私にも分からない。この教会は15世紀に、ヴァザーリによる改修が行われているので、その影響かもしれない。分からない。

考察②
質問がマニアックすぎた・・・。
(しかし、マザッチョの「三位一体」だけ飾られ方が変だったのは事実)


状況が許せば、ほかにも訊きたいことが山ほどあった。

・イタリア旅行中、たくさんの「受胎告知」の絵を見たが、大天使ガブリエルが左、聖母マリアが右に描かれている。この位置関係には何か意味があるのか?

・サンタ・マリア・ノヴェッラ教会にある油絵の1枚「受胎告知」は、聖母マリアが左、大天使ガブリエルが右に描かれている。何十枚も見た「受胎告知」の中で、この1枚だけ逆だった。何か意味があるのか?

・現在でもフレスコ画を描いている人はいるのか。いるとすれば、どこに描くのか。

・イタリアの小島や国境線では、現在でも他国との領地争いが起こるのか。

・第二次世界大戦の敗戦国であるのに、なぜイタリアは現在も軍隊を持っているのか。なぜ連合軍はそれを許可したのか。

・マキアヴェッリの『君主論』は、今でも多くのイタリア人に読まれているのか。

・マキアヴェッリが『君主論』で説いた理想の君主像は、第二次世界大戦を経た現代においても理想であり続けると思うか。

・教会は今でも十分の一税を取っているのか。取っていないとすれば、どこから収入を得ているのか。

・なぜこんなに大勢の乞食が放置されているのか。イタリアの社会福祉体勢は、どのように整備されているのか。

・ミサは日曜日以外にも行われているのか?木曜日にも行われているようだったが?

・日本人は戦後、多くの人が宗教に無関心となったが、イタリア人の信仰心は現在どのようになっているのか。年寄りと若者とで信仰心に違いはあるのか、ないのか。

・修道院は今でもたくさんあるのか。サン・マルコ美術館は、なぜ修道院から美術館に変更されたのか。

・イタリアは北部と南部でイタリア人同士でも差別があると聞くが、どの程度のものなのか。

などなど・・・。(←訊いてはいけない質問も混じっているような)


何でも教えてくれるイタリア人が、
もう1度、私の前に現れないだろうか。
日本語で「質問があったら訊いてください」。
なぜ、あの時は現れたのだろう?

2012年10月 3日 (水)

イル・トロ”ヴァトーレ”

「ヴ」という文字の存在を知ったのは、いつですか?
私は確か小学生のころだったと思う。
漫画の中で使われていた。
自分の知らないカタカタが存在することは大きな衝撃であった。
だってカタカナはもう全部知っていると思っていたんです。
知らない漢字はたくさんあっても、知らないカタカナは存在しないと思っていたんです。
母に質問した。
「ヴ」は学校で習ったのではない。

ウィキによりますと~~ウィキウィキ!
「ヴ」の文字は、福澤諭吉が発明したそうな。

オペラの世界ではかなり浸透しているけれど、
新聞やテレビは使ってはいけないことになっているらしく、
「ベルディ作曲」とか、
「イル・トロバトーレ」とか、
「ディーバ」とか、
何じゃそりゃ?
という感じです。
その言葉を知った時から、「ヴ」を使うのが当然になっているので。
しかし、
「ベートーベン」「バイオリン」には、
それほど違和感を感じない。
馴染みがあるので。

普段から意識しているからか、BとVはだいたい区別がつくんですよね。
記憶するように心がけている。
【福澤諭吉は偉大】

日本人はLとRの区別がつかない。
これも、たとえばRは濁点を付けて「ラ”」「リ”」「ル”」「レ”」「ロ”」にするとか、
カタカナを区別すれば、
日本人でもはっきり識別できるようになるのではないだろうか?

《ピーター・グライムズ》あれこれ

新国立劇場で《ピーター・グライムズ》を見て、冤罪を扱ったドラマなのですが、かと言って丸きりイノセントということでもなく、かなりはっきり子どもを虐待しているようでしたし、主人公のピーター・グライムズは善人ではなかった。
何か、もどかしい、どうしてあそこであんなことしちゃうんだろう?なぜこうしないんだろう?と疑問に思う場面が多かった。

しかし、それは実際の生活でもよくあることで、
なぜこの人はこうしちゃうんだろう?
なぜこの人はこうしないんだろう?
と、私などは頻繁に不満を感じる。

が、他人は自分の思うようにはならず、
自分さえも自分の思うようにはならない、
・・・のが世の常かもしれない。

歌舞伎で「浮舟」という作品があり、
『源氏物語』を題材にした比較的新しい演目ですが、
正妻から浮気を責められた匂宮が開き直って、
「神様がいけないのだよ、私をこんなふうに作った、
神様が、いけないんですよ」
とかなんとか、
我が子をあやしながら呟くのであった。

なぜ神様は美しいものだけ作らなかったのだろうか。

2012年10月 2日 (火)

新国立劇場《ピーター・グライムズ》

新国立劇場のシーズン・オープニング公演《ピーター・グライムズ》を見てきました。
尾高さんが芸術監督に決まったときから、ブリテン作曲の作品は上演されるだろうと話題になっていましたが、ついに実現したんですね。

今シーズンはバレエ、演劇もイギリス関連の演目で幕を開けるそうで、初台はイギリス一色でした。エントランスに英国旗が投影されていましたし(!)、ウェルカム・フラワーも竹でユニオン・ジャックを表していたんじゃないかな(?)。

英語の歌というと、ミュージカルのほうが馴染みがあって、オペラはあまり接する機会がありませんが、《ピーター・グライムズ》は、音の作り方が新鮮でした。現代オペラというほど取っ付きにくくもなく、かと言って古典的な作風でもない。
ひとことで言うと、オーケストラルな感じのオペラでした。(←?!)
交響曲など聞く方は、はまると思います。

あらすじから分かる通り、暗い内容だったのですが、
話が進むにつれて面白くなっていき、
最後の幕切れは、すごかったですね。
しばらく客席もシ~~ンとなって、そのあと喝采となりました。

ピーター・グライムズ役のスチュアート・スケルトンは名唱だったのですが、
カーテンコールで急にすごく興奮した様子で、
それがいかにも西洋人という振る舞いでした。
人種の違いを感じました。
激しやすい。

応援しているテノール糸賀修平さんは、カヴァーからの急な出演だったのですが、よく歌ってました。性格俳優ならぬ性格テノールみたいな路線に行くのでしょうか。

英語はほとんど聞き取れませんでした。まあ、もともと聞き取る能力がないのですが・・・。
ちょっとドイツ語の響きに似ていた。

少年が死んでしまったのは、「たまたま起こってしまった事件」というのではなく、起こるべくして起こった、と思われます。直接は手を下していないけれど・・・。
なぜ、そんなに金に執着するのか?

ブリテンは、どういう客層を想定して作曲したのだろう。
金に執着する客層なのか、
金に執着しなくても良い客層なのか?

2012年10月 1日 (月)

ミケランジェロの謎

イタリアの美術館に行きますと、古代ギリシャ・ローマの彫刻がたくさん展示されています。
それらがルネサンスのもととなったわけですが、
そのわりに、現地でさほど評価されているようには見えませんでした。
作者はもちろん不明、作品名もつけられていない古代彫刻たちが、
十把ひとからげにズラリと並べられている。
ミケランジェロの彫刻の人だかりと比べると、かなり注目度が薄い感じ。

そうした中にあって、別格の存在感を醸していたのが、古代ギリシャ彫刻「ラオコーン」でした。

↓ ご存じ「ラオコーン」

P9190858

↑ インパクト大

この「ラオコーン」、あえて言えば、バロック的な美を備えていると思うんです。

そう思って見渡すと、
古代彫刻の中にも、
・ルネサンス的な古代彫刻(均整美)
・バロック的な古代彫刻(破調美)

この2つが混ざっているように思われました。
古代ギリシャ・ローマの段階で、すでに、その2つの美が存在していたのですね。

不思議なのは、
ミケランジェロは、両方を見ているはずだということ。
両方の古代彫刻を見ているはずなのに、
自身の作品としてはルネサンス彫刻だけを残し、バロック彫刻は残さなかったということ。

それは時代の要請だろうか、
個人の好みだろうか。

芸術祭オープニング

今日10月1日は、文化庁芸術祭のオープニングの日でした。
国立劇場で雅楽公演が行われました。

公演プログラムの冒頭に、文化庁長官の挨拶文があり、
「芸術祭主催公演においては、オーケストラ、オペラ、バレエ、演劇、歌舞伎、能楽、文楽等の多彩な公演を開催します。」
と書かれています。
この1文は、毎年同じように書かれている。
長官が変わっても同じ。
なぜ、日本の伝統芸能である能楽、文楽、歌舞伎よりも、西洋の伝統芸能であるオーケストラ、オペラ、バレエのほうが先に書かれているのか、毎年納得がいきません。
どちらのほうがより優れている、などと言うつもりはありません。
どちらの良さも私は分かります。
しかし、日本の、文化庁が主催する公演であれば、当然、日本の伝統芸能が筆頭に挙がるべきだと思うのです。
なぜ、日本の文化をもっと大切にしないのでしょうか。

先日、イタリア旅行に行きまして、現地に丸7日間、
巨大な美が毎日たくさん私の中に入り込んできて、
頭が混乱するほどでした。
まったくイタリアというのはすごい国です。
帰国の翌日、国立劇場文楽公演の第2部を見に行ったのです。
「傾城阿波の鳴門」、
なんて素晴らしい芝居かと思いました。
日本の美も、少しも負けていない。
親子の情愛の美しさ悲しさ。
親が子を思う気持ち、
子が親を慕う気持ち。
もうボロボロに泣きました。
親子の愛というものは、
何気なく、普通に、目立たずに、
日々の生活に紛れている。
それが、ある状況下で劇的に溢れ出てくることがある。
そういう瞬間を、本当によく捉えていると思いました。
こういのは、他の国にはないものだと思います。
(私が知らないだけかもしれませんが・・・)
また文雀さんの遣う人形の美しさ、
ドナルド・キーンさんが「文楽の人形は人間より美しい」と仰いましたが、
まさにそのように思える至芸でした。
こんなに素晴らしい作品を、ぜひイタリア人にも見てほしいと思いました。
イタリア語の字幕つき、
それが無理ならせめて英語の字幕くらい各座席にあってもいいのにと思いました。
それくらいの設備を整えてもいいと思うのです。
文楽はそれくらい美しいので。

« 2012年9月 | トップページ | 2012年11月 »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ