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2013年4月

2013年4月28日 (日)

行きたまえ

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ヴェルディ作曲《オテッロ》第2幕冒頭で、イヤーゴがカッシオに向かって、Vanne(行きなさい)と言う。デズデーモナに会いに行って、とりなしを頼んで来なさいとアドヴァイスするわけです。このVanneは2回出てくるのですが、同じ日本語で翻訳しないと駄目だと思う。

1回目は「行きたまえ」、2回目は「行け」、そういう翻訳は駄目だと思うんです。
同じ言葉を言っていながら、込められた感情がガラリと変化している、という演劇的な面白さが消えてしまうからです。

1回目も2回目も「行きたまえ」、が良い翻訳なのではないかと私は思います。
(1回目と2回目を同じ調子で歌うイヤーゴは大根です。いないと思いますが)

自由という名の彫刻

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日本では「自由の女神」と言っていますが、英語ではStatue of Libertyと言う。正式名称はLiberty Enlightening the World(世界を照らす自由)だそうな。つまり、あれは「神」ではない!!「自由」という形のない概念を、あえて形にしてみたら、こんなふうになるのではないかな・・・という想像が、Statue of Libertyなのだった。「自由の彫刻」。

3月に、ニューヨークに行ってきたんです。ホイットニー美術館に行こうとしたら、休みだったもので、予定を変更してユダヤ美術館に入ってみました。ユダヤ美術。想像がつかない。燭台とか、経典の巻物とかが展示されていましたね。美術館というよりも、博物館という感じでした。ユダヤ教は、偶像崇拝を固く禁じているため、絵画や彫刻が作られなかったらしい。ただし、シャガールなどの例外もあります。シャガールは、旧約聖書を題材に多くの絵画を制作しました(ユダヤ教では『旧約聖書』とは言わないけれど)。ニューヨークのユダヤ美術館には、シャガールの絵画が1点、展示されていました。ん~~、リトグラフだったかな~。
それから、映像作品が上映されていました。映像作品は、偶像崇拝に当たらないのかな・・・。

イスラム教も、絵画や彫刻は駄目らしい。(イスラムで見るべき美は建築)

イタリアに行くと、有名な絵画が山のようにありますが、ほとんどがキリスト教美術ですね。あとは神話か肖像画。

フランスとかオランダは、キリスト教の影響がゆるいので、絵画の題材が自由ですよね。そしてもちろん、日本ほど自由な国はないのではないかと思う。もう何でもありですよ。日本の美は自由!!でも海外の人は知らないのでしょうね・・・。

オテッロの死に時

人はいつ死ぬか分からない。
オテッロは、第1幕で愛の二重唱を歌った直後に死んでいたら、最高に幸せな人生だっただろうと思うんです。自分でそう言ってるくらいですし・・・。
(それにしても、エロい二重唱だ。日本製オペラも、こういう二重唱を作ればいいのに)

「これがヴェネツィアの獅子か」なんて、イアーゴに踏みつけられるあたりで死んでいたら、もう最悪の不幸。

そう思うと、デズデーモナは浮気していなかったと知ってから死ぬオテッロは、まんざら最悪の不幸というわけではないカモ?

中村芝翫が語った”おやじさん”(6菊五郎)
おやじは若くして菊五郎という大名跡を継いで苦労した。親を亡くした私のことをよく察してくれました。「急くな、三十になっても四十になっても急くんじゃない」「自分のことは自分がいちばんよくわかる。人に何を言われようと気にするな」「最後に笑わなければ駄目だ、最後にみすぼらしくなるぐらいみっともないことはない」と助言してくれました。山あり谷ありの役者人生で、おやじの言葉が、どんなに私の大きな支えになったかしれません。
『演劇界』2012年1月号

(演劇界って西暦なのね・・・)

芝翫さんの人生は見事だった。

死ぬ時に笑えるか、それは大きな問題だ。
痛いのとか苦しいのは勘弁してほしい。

2013年4月27日 (土)

忠信利平

私は大学生のころ歌舞伎研究会というサークルに所属していました。
実演校だったので、歌舞伎を演じたことがありますよ。もちろんヘタだったけれど。
衣裳、鬘をつけて演じたのは「伊勢音頭」の貢、「熊谷陣屋」の熊谷の2役。
その他に、結局上演しなかったけれど稽古だけしたのは「野崎村」の久作。
それから、
新歓(新人歓迎)のイベントで、「娘道成寺」の所化の傘の踊りと、「白浪五人男」の名乗りを出した。
私は忠信利平でした。

私はあがり症なので人前で何かをするのはイヤだったのですが、
貢や熊谷は半年くらい稽古していましたし、本番ではべつに緊張もしませんでした。
が、新歓は準備に時間をかけないからか、すごく緊張しましたねえ。
傘を持つ手は震え、足は震え、アンタそんなに緊張しなくてもと自分でも思いました。

それで~~、
せりふを覚えたはいいけれど、意味が分からない。
5人の名乗りのうちで、忠信が1番分かりませんね。
本を調べても書いてないでしょう。
調べる本と言っても、そんなに何冊もあるわけじゃない。
(書いてある本も、どこかにあったのでしょうか)
そういう解説がほしいと、私はずっと思っていたのです。
そして、人に聞かなくても自分で分かるような年になった。

年取ったねえ・・・。

「碁打ちと言って寺々や豪家へ入り込み盗んだる」

お寺とか、金持ちの家は、ガードが固いエリアと、ゆるいエリアがあると思うんです。
例えば浜松屋だったら、店先は簡単にあがり込めるけれど、奥へ行くのは難しい。そして、金のある蔵は当然、奥の厳戒エリアにあるわけです。大きな盗みをしたければ、奥へ行く手段を考えなければならない。

「文七元結」で、文七がお屋敷に金を忘れてきますね。碁に夢中になって忘れてきた。お屋敷の人に誘われて。
お屋敷の人と文七とは身分が違いますし、普通だったらビジネス上の接点しかないはずですが、碁は別なんですね。碁は、出来る人は出来るし、出来ない人は出来ない。出来る人は、出来る人同士で結びついていく。身分も超えて。

碁が出来るというと、家の中にあがり込めたんですね。
碁が出来る→それなりに頭がいいのだろう→悪いこともしないだろう
という油断も生じる。
そうして奥へ踏み込んだのですかねえ。

「琴棋書画は君子の嗜み」などと申しますが、君子でなくとも碁は出来る、のでした・・・。
【忠信利平はずる賢い系】

2013年4月25日 (木)

よもやま~

遠藤周作の『沈黙』が海外で映画化されるらしいと聞いたのは、ずいぶん前のことのような気がしますが、結局できあがったのでしょうか。話題にならないですね~。

人づてに聞いたのですが、アムステルダム国立美術館がついに再開場したらしいですよ。
知ってますか、アムステルダム国立美術館。フェルメールの代表作「牛乳を注ぐ女」、レンブラントの代表作「夜警」を所蔵していることで有名な、オランダの美術館です。

その絵どいつんだ?
おらんだ。

ん~~、ドイツにはあまり絵画はないと思う。
有名なドイツ画家はデューラーくらいで、代表作はウサギの絵。
それから、ドイツにはお笑い芸人はいないらしいっすよ。
また、ドイツには服飾文化ってないと思う。あんまり。
料理って言うとソーセージ。
ドイツが世界に誇れるのは、音楽と文学ですね。
それから日本はドイツから法律と医療を学んでいるはずですね。

話が~~、だいぶ逸れましたが~~、
アムステルダム国立美術館は、老朽化のために建て替え工事を行っていたのですが、完成が何年も遅れて、もう永久に開場しないんじゃないかと思っていたんですよ。
設計をコンペにかけて、設計案が確定したあとになって、待ったがかかったんです。
以前の美術館は、自転車が構内の道路を通過できるようになっていて、絶好のサイクリング・コースだったのだそうです。新しい設計案は、自転車が通れなくなるので、サイクリング協会から待ったがかかったのだそうです。
【なぜサイクリング協会に待ったをかける権利があるのか?】
さらに~、
所蔵品の収蔵スペースと、職員の事務スペースの拡張も目的だったのですが、事務棟のモダンなデザインが美術館の伝統的なデザインと合わない、と政府の要人から文句がついて。

オランダは自由の国だから・・・。

ゴッホの絵もたくさんあるし、いつかはオランダに行ってみたいと思っております。

ロシアのボリショイ劇場も、再開場まで延期つづきだった。
歌舞伎座は、ちゃんと計画どおりの期間でできあがって、さすが日本だねえと思いました。

今月の歌舞伎座、もう本当に素晴らしくて、他の国のどんな舞台にも負けない面白さ、美しさ、2万円なんて全然おしくないですねえ。

2013年4月24日 (水)

能「隅田川」あれこれ

能の「隅田川」は、子方、すなわち梅若丸を演じる子どもを舞台に出す場合と、出さない場合があるそうですが、私が先日見た「萬歳楽座」の公演では、子方が出ていました。
この梅若が、髪の毛ボーボーだったのです。
1年前に死んだときは、普通の髪だったはずですよね。
そして、狂女が頭の中でずっと思い描いていた我が子は、普通の髪だったはずですよね。
この髪の毛ボーボーの梅若は、死んだあとに1年分の髪が伸びた幽霊なのでしょうか?
狂った母が見た幻、というわけではなくて。
梅若の声を聞いたのは母だけではないようですし、
死んだ梅若が、本当に会いに来ていたんですかねえ・・・。本当に。

2013年4月23日 (火)

「野崎村」あれこれ

私は大学生のとき歌舞伎研究会というサークルに入っていました。略してカブケン。
大学の歌舞研というものは、大きく2種類あって、自分たちで歌舞伎を演じてしまう実演校と、研究だけしている研究校とに分かれます。
会員の人数が年によって違うので、サークルも栄枯盛衰があって、今どうなっているのか知りませんが、私が大学生だったころは、

●実演校=慶應大学、学習院大学、日本大学芸術学部、日本女子大学
●研究校=早稲田大学、立教大学

私がいた法政大学は、やる気のある人がいるとやり、いないとやらなくなり、・・・という感じでした。先輩にあたる中村京蔵さんは、法政歌舞研で四谷怪談をなすったそうで、伝説となっています。

明治大学も、やったりやらなかったり、だったような。

やる、と言っても様々なやり方があり、
浴衣とか自前の着物とかでやる「浴衣芝居」、
大道具・小道具・衣裳・鬘を揃えて演じる「本芝居」、
などがあった。

早稲田大学は、創立時に顧問を務めた河竹繁俊さんが「学生の本分は研究にあり」と言ったとか何とかで、実演はしない決まりになっていた。でも余興とかでやってたと思うケド。

法政大学の顧問は廣末保先生だったのだから、昔は豪華だった・・・。

日本女子大は、女性だけで「熊谷陣屋」を出したことがあって、ようやるわと感心した。

私が初めて「寺子屋」を見たのは、松竹の歌舞伎ではなく、日芸の本芝居だった。
学生芝居で上演できる演目は限られていて、
・舞台転換がない
・子役が出ない
これが鉄則なのですが、禁を破って(?)、日芸は「寺子屋」を出したのでした。
学生芝居なんて、たいていみんなヘタで、ただ芝居への愛情とか、熱意とか、そういうものを見に行くものですけれども、日芸は信じられないくらい上手くて、今でもはっきり思えている。
寺入りからやって、「天秤棒が」なんていう場面は無類に面白かったし、松王が咳き込むところなんて、玄人はだしであった。
(私は今でも、寺子屋は絶対に寺入りからやるべきだと固く信じている)

それで~、
私が入部した年に、「野崎村」をやろうということになり~~、
私は見たこともないのに久作の役をもらったのでした・・・。
※結局、上演しなかった。「伊勢音頭」に変更されたのだった。

もう、知らない言葉がいっぱい出てきて意味が分からなかった。

久松のせりふに、「船、車にも積まれぬご恩」というのがあります。
子どものときに親が死んで、もう少しで船か車に積まれて、売り飛ばされるところだったのね・・・とずっと思っていたのですが、

七車〔ななくるま〕 積むとも尽きじ 思ふにも 言ふにもあまる わが恋草は 『狭衣物語』より
(車七台でも積みきれないほど溢れている私の恋心、といった意味)

という和歌を見つけまして、(能「百万」に出てきた)
あっ、
「船、車にも積まれぬご恩」というのは、
船や車でも運べないくらいたくさんの恩、の意味だったのねと、
これはつい最近分かったのでございます。

20年かかって、やっと分かったひと言のせりふ。(お恥ずかしい)

2013年4月22日 (月)

つれづれ~

私はむかしから文楽が好きなのですが、そのわりにあまり見てませんね~。

学生のころはチケットが高くて買えなかった。
1等席は歌舞伎のほうがだいぶ高いけれど、安い区分の席は文楽のほうがだいぶ高い。

大人になってからは、チケットが取れないので、あまり見ていない。
土日はすぐ売れてしまう。
いつでもいい、どの席でもいい、というなら取れるでしょうけれど、
そういうわけにもいかないのです。

しかし、
『妹背山婦女庭訓』や『本朝廿四孝』なんていう狂言は、文楽で通しで見たことがあるからこそ、歌舞伎で一場面だけ見ても楽しめるんだと思う。
私が大学2年のとき初めて見た文楽は『廿四孝』の通し、次に見たのは『妹背山』の通しでした。日本には、こんなにすごい物語があるのかと興奮したものでした。強い衝撃を受けました。
文楽は現在、大夫の人数不足のため、時代物の通し上演が難しくなってきていて、若い人は見たことがないんですよね~~。上演しないもの。
去年の秋に大阪で久々に『忠臣蔵』が上演されましたが、「呂勢さん何回出てきはるんやろか」というような状態でしたよ・・・。
今後、歌舞伎の公演にも少なからず影響が出てくると思いますけどね。文楽で知識をおぎなって見ていたわけでしょう。私はそうでした。

今月、歌舞伎座のこけら落としを見ていて、本当に素晴らしい公演だと思ったのですが、吉右衛門さんも仁左衛門さんも玉三郎さんも、はたして名前を継ぐ人が出てくるのかどうか、羽左衛門だって宗十郎だって出てこないみたいだし、この先どうするのだろうと心配で心配で。
切なくなってしまいます。

2013年4月21日 (日)

黒人とオペラ

黒人という言葉はつかっても大丈夫ですよね?

3月、新国立劇場で黒人ソプラノがアイーダ役を歌いました。素晴らしい歌唱でしたねえ。あれだけ声の出るアイーダはなかなかいないと思います。

中国人、韓国人のオペラ歌手は欧米でもかなり活躍しているようですね。アジア人のオペラ界進出は目覚ましいものがあります。(日本人は昔のほうが活躍していた気がしますが・・・)

黒人のオペラ歌手は、どうでしょうね。
アイーダを黒人が歌ったという話は聞きますが、オテッロを黒人が歌ったという話は聞いたことがない。

ニューヨークの街には黒人が大勢いますが、メトロポリタン歌劇場の客席では、ほとんど見かけませんでした。

黒人がロドルフォやヴィオレッタを歌う姿は、ちょっと想像できない。(でもアイーダを歌ったラトニア・ムーアは、蝶々さんやミミも持ち役にしているそうな)

日本人は何でも演じますよね~~。
オペラじゃないけれど、このあいだ杉村春子がブランチを演じる『欲望という名の電車』の映像を見た!すごかった・・・。
日本人は何でも。

俊寛と鵺

いま、国立能楽堂の展示室で、三井記念美術館所蔵の能楽関連作品が展示されています。
(入場無料、休室日あり、展示替えあり)

三井の至宝「俊寛」と「鵺〔ぬえ〕」が並んで展示されているんですよ~~。
三井記念美術館でもよく展示されている茶碗ではありますが、2つ並んで展示されているのを見るのは珍しい。すごい迫力です。
この2つの茶碗は、銘〔めい〕というものが持つ力をまざまざと感じさせてくれる名器だと思う。
「俊寛」は、説明を聞けば誰でも「なるほど」と思う銘ですし、「鵺」は、何だか分からないけれど納得させられてしまう銘。そしてどちらも、銘をつける才能、風流心、洒落心、美意識、文化度というものに痛く感心いたします。お茶って、こういうものなんだなあと思う。
こういうものを、能を見る前後に鑑賞できるのは、本当に素晴らしいことですね。

何かに名前をつけるというのは、特権的なことですよね。誰でもできるわけではない。子どもに名前をつけるのは親でしょうし、会社に名前をつけるのは経営者でしょうし、ある程度は年齢を重ねた、責任のあるポジションの人がその権利を持っている。

ところで、
何かに名前をつける才能というものが、急激に衰えてきているように私は感じるのです。
感じませんか?

私の勤務先は「独立行政法人日本芸術文化振興会」と言う。こんなに長い名前は誰も覚えてくれない。私だって働いていなかったら覚えないし、私の親も覚えていないでしょう。しかも似たような組織がたくさんあって、ちょっと検索するだけでも、
日本芸術振興協会
有限会社日本文化振興会
JCA日本文化振興会
公益財団法人日本伝統文化振興財団
公益財団法人日本文化藝術財団
公益財団法人日本舞台芸術振興会
もう訳が分からない。
東京ディズニーランドを経営するオリエンタルランドみたいに、裏に徹するならどんな名前だろうと構わないのですが・・・。

「NTJメンバー」という名前も衝撃的だった。
「タイムテーブル」とか「Aプロ・Bプロ」などという感覚も私には理解しがたい。
(話がどんどんマニアックに)

美しい名前をつける力を持っていた時代の名器「俊寛」と「鵺」。この機会にぜひご鑑賞ください。

2013年4月19日 (金)

コンヴィチュニー演出の《マクベス》

ブログに書きたいことが、次々に浮かんでは消えていく、今日この頃でございます。
パソコンが動かない。

さて~、
先日、オペラ演出家ペーター・コンヴィチュニーの講演会に行ってきたのでした。
5月に上演される二期会の《マクベス》を演出するため、来日中なのです。
ライプツィヒ歌劇場で演出した《マクベス》の再演なのですが、コンヴィチュニーは再演のときにも自分で演出するようにしているのだそうです。
(ちなみに、新国立劇場は再演の際には演出家は来ない。再演演出家と呼ばれる別の人が、演出家のプランに沿って演出をつけることになっている)

コンヴィチュニーによれば、再演で演出が大幅に変わることはないそうですが、別の歌手やスタッフと稽古を進めるうちに、細部に変化が生じると言っていました。

コンヴィチュニーの考えでは、《マクベス》の主役はマクベス、マクベス夫人、魔女の3者で、魔女とは、魔女狩りで殺された人たちの霊であるそうな。
従来の《マクベス》では魔女が登場しないはずの場面にも魔女が登場し、大活躍するとのことです。
二期会のちらしを見ますと、ライプツィヒ歌劇場で上演された際の舞台写真が載っていますが、鉤鼻をつけた人たちが魔女なんでしょうね。
どんな活躍をするのでしょう。予想がつかない、魔女のやることは。
(魔女なら何をやってもOK)

2013年4月17日 (水)

笑うオペラ、泣くオペラ

今回は、笑うオペラ、泣くオペラの話。
と言っても、観客がオペラを見て笑うとか泣くとかの話ではありません。
登場人物の話。

ヴェルディ作曲の《オテッロ》で、「無慈悲な神の命ずるままに」という歌が出てきます。「イアーゴの信条」とも呼ばれます。
それほど頻繁に聞く歌ではありませんが、昔はたいてい、歌の最後にイアーゴが高笑いをしていたと思うのです。ところが、最近はたいてい、声をあげて笑わなくなった。
スカラ座で収録された映像では、レオ・ヌッチは口元に薄っすらと笑みを浮かべるだけで、声を出して笑っていなかった。
3月にメトロポリタン歌劇場へ行ったときは、トーマス・ハンプソンがイアーゴ役でしたが、ニヤリともしない。
この歌は、オペラ歌手がコンサートで歌う場合には、最後に笑わないと終われないでしょう。笑わないと、終わったという感じがしない。
そう考えると、オペラ全曲で笑い声をあげた場合、芝居の流れが途切れる恐れがあるのかもしれません。
私は、「この歌手はどんなふうに笑うのかな~」と期待して聞いているので、笑い声がないと肩すかしを食ったようにガッカリしてしまう。ちょっとガッカリです。

レオ・ヌッチがイアーゴを歌ったスカラ座の映像は、指揮がリッカルド・ムーティだったので、その影響もあるのかもしれない。ムーティは原典主義で有名です。楽譜に書いていないことは、歌手にさせない、許さない。もちろん楽譜に書かれていない高音を付加することも不可。だから私は逆にムーティが苦手です。(3点変ホ音のないヴィオレッタなんて・・・)

楽譜に書かれていない笑い声、泣き声。

楽譜に書かれていなくても、台本に書かれている場合がありますよ。

《オテッロ》の第3幕で、オテッロが隠れてカッシオの話を盗み聞きしている場面があります。イアーゴがビアンカの名前を出したとき、カッシオは声を出して笑わなければ駄目だと思うんです。直後にオテッロが「笑っていやがる」というセリフを言うからです。オテッロはカッシオの笑い顔に反応したのではなく、笑い声に反応したのだと思います。
いえ、「笑い顔が見えた」ということにしても間違いではないけれど、オペラであれば、声で演技したほうが良いと思うんです。落語もそうですが、まず声の演技が第一だと私は思うんです。
ところがムーティ指揮のスカラ座の映像では、カッシオは声を出して笑わない。
間違いでした

《椿姫》の昔の録音を聞くと、「花から花へ」を歌い出す前に、ヴィオレッタが笑い声を立てていることがある。自嘲の笑い声ですね。
この笑い声は数十年前にほぼ消えて、最近はまず聞かれない。
マリア・カラスはたくさんの録音を残していますが、途中からこの笑い声をやめた。
いま笑ったら、だいぶ奇妙な印象を受けると思う。ちょっと下品な感じ?
(いまやったら、かえって新鮮かも)

プッチーニ作曲《ラ・ボエーム》では、最後にロドルフォが「ミミー!」と叫ぶ。そして声をあげて泣くのだ。
「アッハッハッハ」・・・文字にするとまるで笑い声のようですが、他に書きようがありません。本当にそう泣く。
ところが、最近の《ラ・ボエーム》では、ロドルフォが声を出して泣かないケースも多い。
しーん。・・・・・・・

ペーター・コンヴィチュニー演出の《ラ・ボエーム》でも、ロドルフォは声をあげて泣いていなかった。
講演会でのコンヴィチュニーは、この泣き声については何も説明していませんでしたが、ボエームは甘すぎると言っていました。みんなそう感じるはずだって。それを取り除きたいって。

みんな行ってしまった?
寝たふりをしていたの
だって2人になりたかったから
言いたいことがたくさん
いいえ、ひとつかしら
海のように大きい大切なこと
海のように深く広く
あなたは私の愛
私の命の全てよ
ああミミ、僕の綺麗なミミ
私、まだ綺麗かしら
朝日のように綺麗だよ
違うでしょう
こう言いたいのでしょう
夕日のように綺麗だよ・・・
みんな私をミミと呼ぶの
みんな私をミミと呼ぶの
なぜか知らないけれど
ツバメが巣に戻ってきたよ
(まだまだ続く)

たしかに甘い。アンジェリーナのモンブランよりも甘い。
しかし、私はその甘さが好きなのだった。
大声あげて泣いてほしい。
日本人テノールには、ちょっと難しいかな~。気恥ずかしくて。
でもイタリア人には、そういうためらいはないと思う。
ラテン人だもの。
それがイタリア・オペラでしょう。

2013年4月15日 (月)

デズデーモナの指輪

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わたくし3月にメトロポリタン歌劇場に参りまして、ヴェルディの《オテッロ》を拝見したのです。
《オテッロ》は、これまでにも数回、見たことがあります。
しかし、正直に申し上げて、それほど好きな作品ではなかった。
日本語字幕がなくても楽しめるように、旅行前に少し予習をしました。

いざメトの舞台を見て、驚いたことがあります。
「柳の歌」の最中にデズデーモナが指輪を外す歌詞がありますが、外した指輪をエミーリアにあげていたのです。つまり、《ドン・カルロ》でエリザベッタが、フランスへ強制送還される侍女に指輪をあげるみたいに、自分の形見として渡していました。
私は、この部分の歌詞を、ただ「指輪をしまっておいて」と言っているだけだと思っていたのです。勝手にあれは結婚指輪なのだと思い込んでいました。結婚指輪なら、あげるはずはありません。

あの指輪は、
結婚指輪なのでしょうか。
結婚指輪ではないのでしょうか。

結婚指輪でなかったと仮定すれば、
・形見としてあげる→自分の死を予感している
という裏の意味が生ずるでしょう。

では、結婚指輪であったとしたら、どうでしょうか。

結婚指輪を、外すことがありますか?
それはどういうときですか。
私は結婚指輪をしたことがないので、よく分かりませんが・・・。

デズデーモナは、このアリアの冒頭で、結婚した日のことを思い出しています。
結婚のときには、いろいろな儀式をするものです。
指輪を交換したり、
証書にサインをしたり、
神に誓いを立てたり。

指輪を外したら、それは、もう愛していない印ですか。
ハンカチを失くしたら、それは、もう愛していない印ですか。

forse perchè discendo
nella valle degli anni,
俺が年を取っているからか
forse perchè ho sul viso
quest'atro tenebror. . .
こんなにも色が黒いからか
forse perchè gl'inganni d'arguto
amor non tendo
愛の駆け引きに慣れていないからか


年を取ると、もう愛されていないと思うのですか。
色が黒いと、もう愛されていないと思うのですか。
駆け引きに慣れていないと、もう愛されていないと思うのですか。

どうすれば、まだ愛していると伝わるのでしょうか。

それは、神への誓い以外にない。キリスト教徒(カトリック)にとって。
デズデーモナは、結婚の日のお互いの誓いがあれば、他に何もいらなかったのでしょう。
でもオテッロは違った。
彼はムーア人であった。
「ムーア人」を辞書で引くと、「北アフリカのイスラム教徒」と出てくる。
しかしオテッロはもうイスラム教徒ではなく、キリスト教徒のはずです。
けれど、完全には、なりきれていなかったのではないでしょうか。
だからデズデーモナの誓いよりも、ハンカチの嘘のほうを信じてしまう。
そして大理石のような空とか復讐の神とか、よく分からないものに対して誓いを立てるのであった。

ノルマは、キリスト教徒ではなくドルイド教徒なので、Divaディーヴァに祈りを捧げる。
アイーダはエチオピア人なので、Numiヌーミに慈悲を乞う。(複数形、神々)

デズデーモナは聖母マリアに祈り、
エリザベッタはカルロ5世に願う。
(それは神Dioへの取り次ぎ役)

■『ルネサンスとは何であったのか』(塩野七生:著)より
陸上の兵力はフィレンツェと同じく傭兵〔ようへい〕に頼ったヴェネツィアですが、自国の市場を守るには欠かせない海軍は、全員が自国民で固めています。元首〔ドージェ〕に選出されるのにも、海軍の総司令官の経験が他の何よりも重要視された。このヴェネツィア海軍では、シェークスピア作の『オセロ』の主人公のような、ムーア人の海将などありえないのですよ。

※傭兵=雇われ兵士

■『ゼッフィレッリ自伝』(フランコ・ゼッフィレッリ:著、木村博江:訳)より
「オテロ」と、その基となったシェイクスピア「オセロ」には奇妙に変則的なところがある。シェイクスピアは、よくそうしたようにイタリアのダ・ポルトの原作から題材を得たのだが、訳者がイタリア語で単に色の黒い人を示す“モーロ”という言葉をムーアと誤訳したらしい。しかしシェイクスピアとその以後の世代はオセロをアフリカ人とするほうを選んだ。私たち(注;ゼッフィレッリとスカラ座のスタッフ)はオテロをイヤーゴの毒によってもろくも本性を露呈する、西欧文化でうわべを飾った黒い野蛮人として捉えるのではなく、真に教養のあるルネッサンス人で、その善意ゆえに自分に向けられた悪の力に対して盲目だったと解釈した。

イタリアの民話から変化した《オテッロ》、しかしその変化は、起こるべくして起こったことのように私には思われる。


2013年4月14日 (日)

お客様に申し上げます

わたくし、3月にニューヨークのメトロポリタン歌劇場に行ってきたのでございます。
メトは、場内アナウンスというものが行われていない。
「開演5分前です」
「携帯電話の電源をお切りください」
「ただいまより30分間の休憩です」
そのようなアナウンスは一切ない。
開演を知らせるブザーもない。

歌舞伎座の休憩時間はアナウンスだらけですね~~。
花道に荷物を置かないでください、
2・3階最前列の手すりに物を置かないでください、
開演中のお喋りはご遠慮ください、
客席内ではお帽子をお取りください、
前傾姿勢でのご観劇はご遠慮ください、
席を立たれるときはお手荷物をお持ちください、
イヤホンガイドのお貸し出し、
緞帳のご紹介、
筋書販売中、
休憩時間が、もう言葉で埋め尽くされている。
(他にもまだ何か言っていたような・・・)

「最前列の手すりに物を置くな」なんて、
注意しないと分からないほどのお馬鹿さんが来てるの?
まあ来ているのでしょう。
歌舞伎座が新しくなったら、はじめから物が置けない形状の手すりになるのではないか(そしてアナウンスはなくなるのではないか)と期待していたのですが、そうはならず、やはりアナウンスが入り続けるのであった。

注意しないと駄目な人が本当に多いのだろうとは思います。

今日、歌舞伎座に行ったところ、
・座席の下の絨毯に
・ちらしを敷いて
・靴を脱いで
・足をちらしの上に置いている
・田舎者がいて
・ゲンナリだった

みっともない人は確かに多い。

開演ブザーの音って、どうしてあんな音なんでしょう。
あの音って、綺麗ですか?
何かが故障したときとか、
異常事態のときに出そうな音じゃないですか?

係員に「トイレの表示が小さくて分かりづらいわね」と話しかけている婆さんがいた。
すみません、トイレの表示は大きくしないでください。
美しくないですからね。
パリ・オペラ座ガルニエ宮にはトイレの表示はありませんよ。

係員の方は、大勢からいろいろ言われて大変でしょうねえ・・・。
私も、ちょっと書いてみたかったんです。

しかし新しい歌舞伎座で1番不思議なのは、
櫓の下のグレーの布です。
まだ工事中なのかと思ってしまう。

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2013年4月12日 (金)

白浪五人男

白浪五人男の名せりふは暗記している人も多いと思いますが、
実は聞き取れていない人も多いのではないかと思います。
私は弁天、忠信利平、赤星のせりふは言えると思いますけれども、
駄右衛門、南郷のせりふは覚えていません。私のニンじゃないので。

↓このサイトは良くまとまっている
白浪五人男の名せりふ

ちょっと内容を解説させていただきます。
(記述が間違っていても怒らないで!呆れないで!)

●日本駄右衛門
「十四のときから親にはなれ、身の生業も白浪の」
数え年で14歳のときに、おそらく、親に死なれてしまったのですね。親がいないと、仕事がないんですね。
教わらないと仕事はできません。教わらないと支払伺だって起てられないし、原議書だって書けないし、予定価格調書だって作れないもの。教わらないと草履の出し方も分からないし、立って茶を出したりもしてしまう。
これがまだ赤ん坊だとか、5~6歳だったなら、別に面倒を見てくれる先があったのかもしれませんが、ちょっと中途半端な年齢だったのでしょうね。
「盗みはすれど非道はせず」
この言葉は一時期、広く人口に膾炙したのだそうですが、すごいせりふですねえ。
A・盗みはすれど
B・非道はせず
AとBは完全に矛盾しています。
しかし、その矛盾を成立させてしまうような説明が次に続く。
つまり駄右衛門は、盗んだ金を私欲のために独占せず、貧しい人たちに分け与えていたわけなんです。若い頃の自分と同じような立場の人を救っていた。それで「義賊」と呼ばれていた。「義」と「賊」も相反する文字ですが・・・。
有名になってしまって、指名手配されるのですが、
高札・・・「熊谷陣屋」の制札みたいに看板を出す
配布・・・「引窓」の人相書きみたいに手配書を配る、回覧する
しかし高札も配布も無視されてしまいます。たとえ駄右衛門の居場所を知っていても、誰も通報しなかった。貧しい人の味方だったから。
駄右衛門は今40歳で、人間の寿命は当時は50歳と言われていて、日本は60余州。

●弁天小僧菊之助
弁天は弁財天(弁才天)とも言いますが、女の神様ですね。七福神の紅一点です。「弁天(女)」と「小僧(男)」という、これも二律背反な組み合わせ。
弁天様と言えば江ノ島が有名ですが、竹生島も有名です。平経正〔たいらのつねまさ〕が竹生島で琵琶を弾いたら白蛇(弁天のお使い)が現れたとかで、弁天小僧の衣裳にも琵琶と白蛇が描かれています。(たぶん)
弁天小僧は江ノ島育ちなので、名所がいろいろ盛り込まれています。
「岩本院の稚児あがり」
お稚児さんは、たいてい派手な格好をさせられるものなんです。振り袖を着ているのは普通のことです。「弁慶上使」の弁慶も、お稚児さん時代に振り袖を着ていました。弁慶と振り袖というのも意外な取り合わせですが・・・。
しかし、髷を島田に結うのは普通じゃないと思います。「ちょっと、この子きれいだから試しに島田に結ってみましょうよ」などと遊ばれて、道を外れて行ったのではないでしょうか。それとも、自分から進んで結い始めたのでしょうか。(まあ結ってくれる人がいないと結えませんが・・・)
「女に化けて美人局」
浜松屋の店先でも「それから若衆の美人局」というせりふがあります。「美人局」は現代でもたまに聞きますね。お笑い芸人の××××が美人局にあったとか、野球選手の××××が美人局にあったとか。「美人局」って知ってますよね?初対面の女といい仲になり、一夜を共にしたところ、「俺の女に手を出しやがって」と恐いお兄さんがいきなり登場、お詫びとして金を巻き上げられる・・・という、男女グルの詐欺です。「若衆の美人局」と言うのですから、それのホモ・セクシャル版なのでしょう。女と思ったら男で、しかも金まで巻き上げられて・・・。うえーん。もちろん南郷とグルになってやっていたのでしょう。「俺の男に手を出しやがって」?
勘三郎さんは途中から国立劇場に出演しなくなりました。理由は複数あると思いますが、大きな1つは、↓
国立劇場から、鑑賞教室に出てほしいという依頼があったのだそうです。で、勘三郎(当時は勘九郎)さんが「だったら弁天小僧をやりたい」と応えたのだそうです。しかし、鑑賞教室で弁天小僧は上演できませんと断られたのだそうです。→激怒
(これは勘三郎さんが公のメディアで言っていたことで秘密でも何でもない)
初めて歌舞伎を見る学生に弁天小僧を見せたいという気持ちも分かりますが、鑑賞教室では上演できないという事情も理解できます。だって「女に化けて美人局」だもの。
※しかしその後、「弁天小僧」は国立劇場の鑑賞教室でも上演されました。(祝)
美人局ができるのも、弁天小僧が若くて美しいうちだけ。年をとったらもうできないのです。袋小路。鳥居の数も気になるお年頃。今だけの切ない悪の華を愛でてあげてください。

●忠信利平
「抜け参りからぐれ出して」
江戸時代の人々は、現代の私たちが想像するよりもずっと信心深かっただろうと思います。神社仏閣へお参りに行くためなら、長期間、仕事を休んでもOKだったのだそうです。(抜け参り)
遠くへお参りに行くためには資金も必要ですが、みんなでカンパしてくれたそうですよ。柄杓〔ひしゃく〕を差し出すと「私は巡礼のためにお金が必要なんです」という合図で、見知らぬ人がお金を入れてくれて、「私のぶんまでお祈りしてきてね」って応援してくれたんだそうです。「楼門五三桐」で「巡礼にご報謝」と言って柄杓を差し出すのが、それです。「御浜御殿綱豊卿」にも出てきます。
何もしないで金をもらえるのですから、お参りする気がないのに金だけもらう忠信利平のような不心得者が出てきても不思議はない(?)。
だんだんエスカレートして大盗賊となり、ついに追われる身となっても、彼は捕まらない自信があった。
あれだけ有名になっても、途中からぷっつり消息不明の源義経のように。
(忠信は義経の家臣で、『義経千本桜』では義経と同じ名前を賜っている)
ところで「忠信利平」という名前は、「下の名前+下の名前」で、ちょっと変。
「孝夫哲明」みたいな感じ?
戸籍から外れた人々なので、好きな名前を自分で名乗っているのでしょうか。

●赤星十三郎
「以前は武家の中小姓」
1人だけ身分が高かったのですね。ちょっと弁天とキャラがかぶりかねないポジションなのですが、うまく描き分けられています。
衣裳の左肩あたりに星、裾に鶏が描かれていますが、鶏が鳴きだす夜明け間際にひときわ明るく輝く星、赤星を衣裳で表しています。
「今牛若と名も高く」
牛若丸は美男子の代名詞で、その現代版が「今牛若〔いまうしわか〕」。ちなみに美女の場合は「今小町〔いまこまち〕」などと言う。「今、牛若と名も高く」ではない。「今牛若」で1単語です。牛若丸は五条橋で弁慶と切り合いをしました。花水橋で切り合いをした赤星は「今牛若」と評判になったのでした。
(私は雀右衛門さんの赤星が好き)

●南郷力丸
弁天や忠信利平が「ずる賢い系」の悪人であるのに対し、もっと骨太の悪人が南郷力丸。盗みのやり方が大胆です。「念仏嫌いの」というせりふは、いさぎよい。説明の要らぬ男。

2013年4月11日 (木)

タンホイザーの演出

コンヴィチュニーでググると、フランツ・コンヴィチュニーが真っ先にヒットするんですね・・・。

さて、
ご子息のペーター・コンヴィチュニーの講演会に行ってきたわけなのですが、
そこで《タンホイザー》の話が出たのです。
今まで上演されてきたような演出では駄目なのだそうな。
最後にローマ教皇の杖に芽が出ますでしょう。
出ないはずの芽。
つまり、ローマ教皇は嘘を言っていたことになる。
それでは非社会的なので、
従来のように演出されるのは間違いである、と。
そう言っていました。
(私の理解が正しければ)
へえ~~、
ドイツ人がローマン・カトリックの肩を持ったりするのか~~、
とちょっと驚きました。

で、コンヴィチュニーならどう演出するのか、
という話や映像はなかった(笑)
残念~~~~。

この講演会は、コンヴィチュニーがドイツ語で話し、
同時通訳によって日本語で聴講しました。
通訳は2人いて、交替しながら務めていました。
(通訳は別室にいて、聴講者は受信機を1台ずつ借りました)
このうちの1人はもう驚異的に美しい通訳で、
ドイツ語を聞きながら日本語で話すという超人技が
こんなに完璧にできるものなのかと驚きました。

それから、
同時通訳が、
ヴェーヌスベルクのことを「セックス・バー」と説明していて、
そんなすごいバーがあるものなのかと驚きました。

※このブログがときどきとても下品になるのは、私のせいではなく、取り上げた作品のせいです。

ガッカリ

兵庫県立芸術文化センターで7月に上演される《セビリャの理髪師》、
アルマヴィーヴァ伯爵の最後の大アリアは歌わないそうです。
(テノールの中井亮一さんのブログに書いてあった)
ガッカリ・・・。
歌わないのかもしれないな~とは思っていましたが、
絶対に歌わないと判明してみると、やはりショックですね・・・。
ちらしに書いておいてくれればいいのに。
なぜ歌えるのに歌わないのだろう。
(中井さんが大アリアを見事に歌うのを聞いたことがある)

全曲を歌うとスタミナ面で難しいのでしょうか。
確かに伯爵は歌っている時間がとても長いですけれども。
1番おいしいアリアなのに~~。
長いと言うなら、別のところをカットじゃ駄目?

どういう事情なのか、理由を知りたい~。
やっとオケ+合唱つきで聞けるかと思ったのに。

2013年4月 9日 (火)

ペーター・コンヴィチュニー講演会

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ドイツ文化センターで行われたペーター・コンヴィチュニーの講演会に行ってきました。
5月の頭に二期会の《マクベス》を演出するので来日中なのでした。

今度の《マクベス》の話も出ていましたが、それは一部分で、講演テーマはオペラ演出全般に及びました。
コンヴィチュニー演出の《ヴォツェック》《青ひげ公の城》《ラ・ボエーム》の映像も部分的に拝見しました。

《ラ・ボエーム》の第4幕後半を見たのですが、場面設定が野外になっていました。
雪が積もっていて。

《ラ・ボエーム》の設定が野外だった場合、第1幕でミミが鍵を落とす場面はどのように処理するのだろう・・・。
ホームレスなら部屋の鍵を持っていないわけでしょう。
これはコンヴィチュニーに質問するしかない!と思ったのですが、
質問コーナーは「頭のいい質問をお願いします」というご本人の要望だったので、
馬鹿っぽい質問はできませんでした・・・。

気になって今夜は眠れない。

場面が野外に設定された《ラ・ボエーム》は日本で見たことがあります。
たしか、首都オペラが神奈川県民ホールで上演した。
登場人物たちは、高速道路の下で生活していたのでした。
しかし、ミミが鍵を落とす場面は覚えていない・・・。
はかない記憶・・・。

コンヴィチュニーへの質問コーナーでは、
「まだ手がけていなくて、今後やってみたい演目」が質問されました。
《フィガロの結婚》
《オテッロ》
《トロヴァトーレ》
《リング》全編
だそうです。
《リング》は「神々の黄昏」はやったけれど、全部やりたいそうです。
すでにやってそうな演目ばかりですけどねえ。
これまでオファーがなかったそうです。
《リング》は、4作の連続性が「ない」演出をしたいと言っていました。
《トロヴァトーレ》は、馬鹿にされることもある作品だけれど、本当は素晴らしい作品なのだということをお伝えしたい、のだそうな。

逆に私がコンヴィチュニー演出で見てみたい演目は、
《ニュルンベルクのマイスタージンガー》ですね。
最後、どのように終わるのか見てみたい。

※この話題つづく(予定)

2013年4月 8日 (月)

お詫び

昨日の記事で、東京・春・音楽祭は東京都の主催と書いてしまいましたが、違うのだそうです。
近年で1番の驚きでした・・・。
申し訳ございません。

その名前から、すっかり東京都の主催だと思い込んでおりまして、
昨日も終演後に、
なぜワーグナーばかりなのか、
どういうプロセスを経て演目が決定されるのか、
なぜ都響ではなくN響なのか、
など、グルグルと考えをめぐらせてしまいました・・・。

この不況の世の中に、そのような篤志家がいらっしゃるなんて、思いもよらぬことでした。
お詫び申し上げます。

2013年4月 7日 (日)

《ニュルンベルクのマイスタージンガー》

東京文化会館で《ニュルンベルクのマイスタージンガー》を見てきました。

東京・春・音楽祭、東京春祭、東京のオペラの森、TOKYO OPERA NOMORI、
一体どこの主催なんだよ!
って東京都の主催なわけですが・・・。(たぶん)
なぜワーグナー上演にばかり巨額の税金を投入するのやら・・・。 違いました
ちなみに「春祭」は「はるさい」と読むらしい。場内アナウンスで言っていたので。
(NOMORIの下にスペル間違いの赤線が出るんですけど・・・)

一応、事前にCDを買っておいたのですが、あまり予習できませんでした。
3月はニューヨークに行ったので、メトで見る《オテッロ》の予習で忙しかった。
仕事は残業つづきだし、歌舞伎座新開場もあったし・・・。
このCDが何と4枚組ですよ。
3枚組というのは、たまにありますが・・・。
ブックレットなんか凶器になりそうなくらい厚い。
でも日本語訳は載っていないのです。
日本語訳が載っているCDは格段に高額でしょう。
ただでさえ高いのに。
【それでは予習の意味がないのでは?】
載っているのはドイツ語、フランス語、英語。
オペラの輸入盤CDって、イタリア語、ドイツ語、フランス語、英語の4ヶ国語で掲載されているものが多いですけどねえ。
私が買ったCD(サヴァリッシュ盤)はイタリア語がなかった。スペースは空いているのに。

そういう訳で、歌詞の意味は何も分からないまま、
CDの一部分を繰り返し聞いて予習しました。
序曲はわりと、何回も聞きました。
あとは2枚目の冒頭と、4枚目。
この予習が結果的に良かったみたいで、
今日の公演はとても楽しめました。
歌詞は事前に知らないほうが面白いのではないでしょうか。
しかし、最後に「ドイツ文化万歳!」で終わるとは予想していませんでした。
驚愕の幕切れ。
あの音楽って、こんな言葉が乗るんだったのね。
輸入盤CDにイタリア語の対訳が載っていないのも、やむなしか。
(イタリアとドイツって、仲悪いんですよね?)
今回の合唱の人々(みな日本人)は、どういう気持ちで「ドイツ文化万歳!」って歌っているのでしょう。
いえ、
それぞれの国にそれぞれ大切な文化があるということは分かりますけれども・・・。

これまで私が見たワーグナーの中では、1番面白かったかもしれません。
《ニーベルングの指輪》は、歌詞の意味が分からないもの。
ちょっと待ってみなさん、
その指輪、本当に欲しいんですか。
権力が得られるのは、永遠に愛を諦めた人だけでしょう!
あなた、いつ諦めたんですか。
そこのあなた。
指輪だけ持っていても、ただの飾りにしかならないんですよ!!

《トリスタンとイゾルデ》は、わりと好き。

今日の公演は、ヴァルター(フォークト)、ベックメッサー(アドリアン・エレート)、ダフィト(ヨルグ・シュナイダー)の3人が役にすごくハマっていて、素晴らしかった。容姿も役そのものだった。こういう歌手を輩出できるドイツはすごい。これ以上の配役はなかなか望めないのでは?
(って初めて見た演目なのですが)

ハンス・ザックスのアラン・ヘルドも実に立派な歌唱でした。

アドリアン・エレートの演技が面白かったですね~。
作り笑いを急にやめる演技が、チョ~恐くて、チョ~面白かった。
おデブのヨルグ・シュナイダーに「ダヴィデ」って名前がついているのも可笑しかった。

今回は演奏会形式だったのですが、もう充分楽しめました。
あれを舞台上演にしたら、どうなるのだろう・・・。
意図のよく分からない間奏曲みたいなのがいっぱい挟まっていたようですが、
その間、舞台は何をしていればいいの???

この話は、プッチーニの《トゥーランドット》にちょっと似ているなと思いました。
勝った人に美人をあげますという話。
「そんなのって女性蔑視ですわ!!」という声があがらないのが不思議・・・。
これは結婚相手を親が決めていた時代の話ですよね。
(ひょっとして、ドイツって、まだ親が決めているのでしょうか?)
だから、終わり方も《トゥーランドット》みたいに、
「2人の愛よ永遠に!」って感じだったなら、
ヴァルターの歌も「誰も寝てはならぬ」並みに耳にする機会があるかもしれなかったのに。

美人を勝ち取る歌合戦だから、5人くらいのアリアが聞けるのかと思っていたのですが、
たった2人だけでした・・・。しょぼん・・・。
(ん?美人だとは言ってなかった??)

ところで、ヴァルター、
やっちゃってますね?
嫁入り前のエファを、いただいちゃってますね?
だって、そういう歌、歌ってたもの。
違うんですか。

2013年4月 5日 (金)

オペラ公演情報

行くかどうかは未定ですが、気になっているオペラ公演の情報を。

●4月27日(土)、28日(日)
江東オペラ
ジョルダーノ作曲《アンドレア・シェニエ》
ティアラこうとう大ホール

●7月28日(日)
東京大学歌劇団
ヴェルディ作曲《イル・トロヴァトーレ》
三鷹市公会堂

●8月3日(土)、4日(日)
荒川区民オペラ
ヴェルディ作曲《シモン・ボッカネグラ》
サンパール荒川

●8月31日(土)、9月1日(日)
首都オペラ
トマ作曲《アムレット》
神奈川県民ホール

●9月14日(土)
大田区民オペラ合唱団
「3つの”2幕”物語」
ラ・ボエーム、こうもり、椿姫の第2幕から合唱の活躍する場面を上演
+林康子「清らかな女神よ」
大田区民ホール・アプリコ大ホール

●9月22日(日)、23日(月・祝)
オペラ彩
ヴェルディ作曲《マクベス》
和光市文化センターサンアゼリア大ホール

●10月5日(土)、6日(日)
昭和音楽大学
ヴェルディ作曲《オベルト サン・ボニファーチョ伯爵》
テアトロ ジーリオ ショウワ

●10月19日(土)
フレスカリア
ヴェルディ作曲《エルナーニ》
滝野川会館もみじホール

さすがヴェルディ・イヤーですな。

それから、
●来年2月8日(土)、9日(日)
東京オペラ・プロデュース
グノー作曲《ミレイユ》
新国立劇場中劇場

こちらも気になるところ・・・。

しかし1番気になるのは、
兵庫県立芸術文化センターで7月に上演される《セビリャの理髪師》。
初めて見る日本語上演。
伯爵の最後の大アリアは歌われるのか?
歌われないのか?
中井さんは歌えるんだから歌うのかな~。
歌えるのに歌わないのかな~。
両キャストともチケット取っちゃったよ~~。
日本語上演と言えば、
●7月27日(土)、28日(日)
杉並区民オペラ
ヴェルディ作曲《椿姫》 日本語訳詞上演
杉並公会堂

日本語で歌うと、どんな感じになるのか・・・。

2013年4月 4日 (木)

ニューヨークの印象

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3月に、ニューヨークへ行ってきました。
ニューヨーク旅行は5回目です。あまり新鮮味がない・・・。
前回で最後だと思っていましたが、フリットリとフルラネットが出演する《ドン・カルロ》が、どうしても見たくて。

久しぶりのニューヨークの印象は~~、

地下鉄が古くて汚い。改札口が古い。券売機が古い。
日本は綺麗で使いやすい。

人の階層が、はっきり分かれている。
オペラの客とミュージカルの客は別の人々。
多少は重なっているのかもしれませんが、
着ているものや、振る舞いが全く異なります。

金持ちは地下鉄には乗らない。
ニューヨークの地下鉄に乗っている人たちは、
日本の地下鉄に乗っている人たちに比べて、
かなり貧しそうな感じだった。

美術館の監視員は、イタリアの監視員よりも、ずっと、しっかりしていた。
イタリアの美術館の監視員は、だらしない感じだったので。とても。

美術館では、スマホで絵画の写真を撮っている人が多かった。
そして、写真を撮ると満足して、ろくろく絵も見ずに去っていく。
写真ならインターネットとかで見られるのに、なぜ生の絵を楽しまずに、
写真撮影で満足しているのか理解に苦しむ。
私も、すいている時には絵の写真を撮ったけれど、
もちろん生の絵もじっくり見てきましたよ。

旅行ガイドには、マンハッタンの危険区域が色分けされていた。
犯罪率の高い地域は赤。
外国で売られている日本の旅行ガイドも、
東京の危険区域が色分けされていたりするのだろうか?
日本は安全だとか言いますけども、
行ったら危ない区域もありますよね・・・。
(ま、行かないだろうけど)

Photo_2

↑ ニューヨーク近代美術館(MoMA)には、有名な「クリスティーナの世界」(アンドリュー・ワイエス画)が展示されていました。
ずっと気になっていたのでチェックしてきたのですが、この絵には解説パネルが付されており、クリスティーナはポリオのために足が不自由であったことが説明されていました。
そのことを知っているのと知らないのとでは、絵の見え方が全く変わってくるので、気になっていたのでした。
ついでに「体は不自由でも精神は自由」とか何とか書かれていました。この絵って、そういう絵だったのかしらん??

英語の発音が、綺麗な人と、綺麗でない人がいて、
私は貧乏旅行だったので、綺麗でない人と接する機会が多く、
ただでさえこちらに語学力がないのに、ますます聞き取れない。
しかし、そういう人は、こちらが言うことを辛抱づよく聞いてくれる。
(イギリス人だったら聞いてくれない、と思う)

ニューヨークの旅行ガイドには、
空港からマンハッタンへの行き方、
マンハッタンから空港への行き方、
この最も重要な情報が詳しく載っておらず、
毎回ドキドキしてしまう。
まあ、何とかなるんですけどね。

外国人が日本に旅行に来た場合、
成田から都心までのアクセスは本当に憂鬱だろうなあと思う。
あれで分かるんですかね?

2013年4月 2日 (火)

歌舞伎座・新開場初日

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歌舞伎座の新開場の初日を1日通しで見てきました。
この時期に休暇を取るのはどうかと思いましたが、ウチの会社はこういう時は休んでいいと思うんですよね~。
初日なんて絶対にチケットが取れないだろうと思っていたら、意外なことに取れてしまった。
歌舞伎会のボーナス会員なら初日でもみんな取れたんじゃないですか。
枚数制限がいつになく厳しかったですしね。

え~、見かけた有名人は~~、
山川静夫さん。
この方はしょっちゅう見かけるから特別感はない。
寺崎裕則さん。
日本オペレッタ界のドンですね。(?)
それから、春風亭一之輔さん。
いま落語界で1番面白いのは一之輔さんだと私は思う。
1度しか聞いたことないケド・・・。
「キャー!一之輔さん素敵よサインして~~」
「キャー!握手して~~」
「キャー!」
「キャー!」
みたいになるのかと思ったら、まわりの人々に全然気づかれていない様子で、
ずっとひとりでロビーのソファーに腰掛けていらした。
歌舞伎ファンと落語ファンは重なっていないのだろうか?
(初日の客とは重ならないかもネ)
サインもらっちゃおうかな~と思ったのですが、
それも無粋かなと、やめておきました。
サインしてもらうような手帳とかもなかったし・・・。

前の歌舞伎座では、快楽亭ブラック師をよく見かけた・・・。
サインはもらわなかったケド。

まさに第1部の幕が開く時、爺さんが遅れて入ってきて、
「すいません、すいません」などと言いながら私の前を通って私の隣の席へ、
すいませんじゃすまねえんだよムキー!ムッキッキー!
こけら落とし初日に遅れてくるなんて、あるんですか。
第2部では隣の爺さんが常磐津を唸り始めてですね、
第3部では後ろの婆さんが弁慶のセリフを言ってました。
爺さん婆さん駄目すぎ・・・。
一緒にセリフを言う人、久しぶりに見た・・・。
ボケてしまったのだろうか。

今日は全部3階席で見たのですが、
前より見やすくなってましたね。
花道の七三も私の席からは見えました。
でも前の席との間隔はとても狭いです。
前の歌舞伎座もあんなに狭かったですかねえ。
身長の高い人はきびしいかも。

客席内はわりと前と同じ雰囲気で、
ロビーの売店はずいぶん様変わりしました。

役者さんがみなさん元気で長丁場を乗り切ってくださいますように。

新しい歌舞伎座で1番印象深かったのは、これ↓

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