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2013年5月

2013年5月30日 (木)

ブロードウェイミュージカル「HAIR」

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渋谷ヒカリエの11階、シアターオーブにて、ブロードウェイミュージカル「HAIR」を見てきました。

シアターオーブは初めて行ったのですが、ミュージカルをやるにはかなり大きな劇場ですね~。11階ということで、帰りは混雑するのかなと心配だったのですが、大きなエレベーターがあって、ストレスなしに帰れました。

座席はわりとゆったりしていました。私は発売初日に1階8列目の席を取ったのですが、ここは7列目まで段差がないんですね。それで、8列目なら見やすいかなと思ったのですが、段差と言ってもほんのわずかで、前が背の高い人だったため、とても見づらかったです~。7列目の人なんて、どうなっちゃうんだろう・・・。座席が千鳥配置になっているのですが、フラットな客席で千鳥に配置すると、かえって見づらくなるんじゃないかと思いますね。前の人の頭の隙間がなくなって。(頭だらけ)

まわりじゅう招待客みたいでした・・・。しくしく。
なぜ分かったのかと言うと、「この席って買うと12,000円もするんだって」「〇〇さんは自腹で買ったんだって、かわいそう~」などのような会話がまわりで交わされていたから。
しくしく。

私は10代のころから、この「HAIR」というミュージカルに興味を持っていました。というのも、私はユーミン・ファンなのですが、ユーミンの自叙伝にこのミュージカルのことが出てくるんですね。ところが見る機会がなく、数年前にやっとDVDで映画版を見ました。
今回は舞台ということで、楽しみにしていました。

想像はしていたのですが、映画とは全然違う内容でした。映画では歌われなかった曲もたくさん出てきましたし、映画とは別の役が歌っている歌もたくさんありました。
「コーラス・ライン」も、「レント」も、映画は舞台と全然違っていた。
おそらく、アメリカのミュージカル関係者は、
①ヒット・ミュージカルを映画化したいという欲望がある。
②映画を、舞台と異なるものにしたいという欲望がある。

①の気持ちは分かりますよね。ミュージカルって、上演されなくなってしまうことが多いし、形に残しておきたいのでしょうね。逆に、上演がずっと続いているミュージカルは、なかなか映画にならないですね(?)。
②の気持ちが、今ひとつ理解できない。まあ、映画は舞台で出来ないことが出来ますし、アプローチが違うのかもしれません。

舞台の「HAIR」を見ていて感じたのは、映画よりもストーリー性が薄いということ。映画は一応、ひとつのストーリーとしてまとまっていますが、舞台はもっと断片的。突然歌いだして、突然終わる感じ。

そうだろうなあと思っていたのですが、終わり方も全然違いました。

振付は映画のほうが断然面白いと思う。演奏も映画のほうが素敵。舞台のバンドは古い感じだった・・・。そして、今回の照明はかなり古くさい。こんな照明を見るのは何年ぶりだろう・・・。

歌は、うまい人と、そうでもない人がいた。

かなり卑猥なミュージカルなので、若い女性が見るのはどうかな~。

カーテンコールは写真撮影OKでした。舞台装置は最初から最後まで同じです。(照明で色が変化する)

このミュージカルは、日本人が日本語訳で上演したことがあるんですね。
よく上演できたなあと感心、感心。
どんな訳詞で上演したのか興味がある。

国立劇場と新国立劇場の不思議

国立劇場には「あぜくら会」という会員組織があって、むかしは葉書によるチケット申し込みの制度がありました。私はあぜくら会には入っていませんが、わりと便利な制度だったと思うんですね。歌舞伎公演なんて二十数回もあるのだから、そこそこの良席が取れるわけですし、電話をかけたりする手間が省けますでしょう。ところが、なぜかこの制度がなくなった。そして、なぜか新国立劇場の会員組織「クラブ・ジ・アトレ」では、この制度が取り入れられている。
両方ともやるか、
両方ともやらないか、
どちらかにしてほしいと思いませんか?

国立劇場と新国立劇場の会報を見比べてみていただきたいのです。
新国立劇場の会報はオールカラー、紙質もかなり上等。スタッフや出演者のインタビューもあり、終了した公演のレポートもあり、盛りだくさんの内容。
ところが国立劇場の会報は白黒、インタビューも舞台写真もなし。読むところがあまりない。読みづらい。
国立劇場は多ジャンルの公演を行っていますでしょう。例えば歌舞伎が好きであぜくら会に入会した人に対して、雅楽や能楽や文楽や日本舞踊や邦楽や落語の魅力をアピールする絶好の媒体であるはずなんです。なぜ、こんなに素っ気ない、最低限の情報しか載っていない会報を作り続けているのか、全く不思議。今どき、地方の文化会館だって、もっと素敵な会報を作っていると思います。

それから、ホームページも見比べてみていただきたい。新国立劇場のホームページは、かなりお金をかけて何度もリニューアルし、お洒落なページになっているじゃないですか。国立劇場のホームページは見づらいし、情報も少ないし。
Englishページなんて、本当に恥ずかしい内容で、いっそやらないほうがいいんじゃないかと思うほどです。特に国立能楽堂のEnglishページが恥ずかしい。(国立演芸場のEnglishページは、あの程度で充分かなと思いますが・・・)

国立劇場と新国立劇場、
両方ともやるか、
両方ともやらないか、
どちらかにしてほしい。

2013年5月28日 (火)

「私は町の何でも屋」の歌い方

ロッシーニ作曲《セビーリャの理髪師》より
フィガロのアリア
「私は町の何でも屋」の歌い方

Largo al factotum della città
Largo!
La la la la la la la la la la!
Presto a bottega che l'alba è già.
Presto!
La la la la la la la la la la!
Ah, che bel vivere,
che bel piacere
che bel piacere
per un barbiere
di qualità
di qualità!
Ah, bravo Figaro!
Bravo, bravissimo;
Bravo!
La la la la la la la la la la!
Fortunatissimo
per verità!
Bravo!
La la la la la la la la la la!
Fortunatissimo per verità
Fortunatissimo per verità
La la la la
La la la la la la la la
la la la la la la la la!
Pronto a far tutto
la notte e il giorno
sempre d'intorno
in giro sta.
Vita più nobile
per un barbiere
vita più nobile
no, non si dà.
La la la la
La la la la la la la la la
la la la la la la la la la!
Rasori e pettini,
lancette e forbici,
al mio commando
tutto qui sta.
Rasori e pettini,
lancette e forbici,
al mio commando
tutto qui sta.
V'è la risorsa
poi del mestiere
con la donnetta...
col cavaliere...
con la donnetta...
trallalallero
e col cavaliere
la la!
Ah, che bel vivere,
che bel piacere
che bel piacere
per un barbiere
di qualità
di qualità!
Tutti mi chiedono,
tutti mi vogliono,
donne, ragazzi,
Qua la parrucca
Presto la barba
Qua la sanguigna
Presto il biglietto
Tutti mi chiedono,
tutti mi vogliono,
tutti mi vogliono,
tutti mi vogliono,
Qua la parrucca
Presto la barba
Qua la sanguigna
Presto il biglietto
Figaro, Figaro
Figaro, Figaro
Figaro, Figaro
Figaro, Figaro
Figaro
Ahimè, ahimè, che furia!
Ahimè, che folla!
Uno alla volta,
per carità,
per carità,
per carità,
Uno alla volta,
uno alla volta,
uno alla volta,
per carità!
Figaro
Son qua!
Figaro
Son qua!
Figaro qua,
Figaro la
Figaro qua,
Figaro la
Figaro su,
Figaro giù
Figaro su,
Figaro giù
Pronto prontissimo
Son come il fulmine,
sono il factotum
della città
della città
della città
della città
della città!
Ah, bravo Figaro
bravo, bravissimo
Ah, bravo Figaro
bravo, bravissimo
Fortunatissimo
Fortunatissimo
Fortunatissimo
per verità!
Ah, bravo Figaro
bravo, bravissimo
Ah, bravo Figaro
bravo, bravissimo
Fortunatissimo
Fortunatissimo
Fortunatissimo
per verità!
A te fortuna
non mancherà!
Sono il factotum
della città
della città
della città


余所からコピペしてきた歌詞ですスミマセン。

このブログには、いくつかのシリーズものがありますが、1番不思議なのが「歌い方シリーズ」。
「こういうふうに歌ってくれたらいいのにな~」という私の希望を書き記すコーナーです。

このアリアは、とにかく「どう変化をつけるか」という点に注意して歌っていただきたいのです。最初から最後まで同じ声量、同じスピードではつまらない。変化が重要だと思います。出だしの部分は、「何でも屋のお通りだ、道をあけてくれ!」と周りの人々に大声でアピールしていますが、すぐ次のフレーズでは、独り言をつぶやいている。そのような、かたまりごとの特色を出していただきたい。
とりわけ①の部分では、ガラリと調子を変える必要があります。それまで軽快に進んでいたのが、急に立ち止まる感じでしょうか。そして、②の部分は優しく甘ったるい声で、③の部分は勇ましい声で、対比させながら歌いましょう。
このストーリーはスペインが舞台となっていますが、スペインらしさを感じさせる場面はそれほど多いわけではありません。スペインらしさを感じさせる数少ないフレーズの1つが④です。この部分は、スパニッシュな雰囲気で歌います。闘牛士とか、フラメンコとか、自分が持っているスペインのイメージをここで表現します。それができる箇所です。
⑤の最後のla!から次のAhまでは、ブレスを入れないでいただきたいのです。ポルタメントでつないでいって、途中でフッと声量を落とします。つまりla!は力強く歌っておいて、Ahは軽い感じで歌うということです。こういうところで観客を魅了できるはずなのです。
⑥の部分は、このアリアのクライマックスと言ってもよい部分です。何度も「フィガロ、フィガロ、フィガロ・・・」と歌うわけですが、全てを同じ調子で歌っては駄目です。大勢の人から呼びかけられているということ表現しなくてはいけない部分なのです。
例えば、
1つ目の「フィガロ」は、のび太がフィガロに呼びかけているみたいに
2つ目の「フィガロ」は、ドラえもんがフィガロに呼びかけているみたいに
3つ目の「フィガロ」は、ジャイアンがフィガロに呼びかけているみたいに
4つ目の「フィガロ」は、しずかちゃんがフィガロに呼びかけているみたいに
5つ目の「フィガロ」は、スネ夫がフィガロに呼びかけているみたいに
全ての「フィガロ」を、声を変化させて歌い、別々の人々を演じ分けなくてはいけません。
つまりこの部分は、フィガロが歌っているのだけれど、フィガロのセリフではないのです。フィガロに呼びかけている別の人物のセリフ、それも複数の人物、それを声で表現して、観客に理解させないといけません。
日本には語り物の伝統があって、義太夫節にしても、落語にしても、1人で何役も語り分けます。それくらい、できて当然ではないでしょうか?
ところが、これにチャレンジするオペラ歌手というのは本当に少数で、やろうという気配さえ感じさせない歌手が多い。狙い目なのです。
⑦は、1人で勝手に盛り上がっちゃっている部分で、ちょっと大げさに困ってみせる必要があるでしょう。落語の「湯屋番〔ゆやばん〕」を聞くと参考になると思います。
⑧の部分も、いろいろな人から呼びかけられているわけですが、ここでは「呼びかけられた方向」が重要になってきます。どっちの方向から呼びかけられたのかを強く意識して、観客にその方向を分からせなくてはなりません。
⑨の部分は、ひたすら速く歌う部分です。それほど声量は必要ありません。とにかく速さが重要で、観客が驚くくらい速く、F1みたいに駆け抜けていく。
⑩の部分を歌わない人がいますが、私はどちらでもいいと思います。ただし、⑩を歌わなかった場合、⑪の部分に観客の期待が集中するので、より派手に決めなくてはいけなくなる、という点に注意していただきたい。
最後に「ララララ・・・」を歌う場合もありますが、これも好きなようにすればいいと思います。ただし、歌う場合は、アクションも事前に考えておかないと駄目です。

2013年5月27日 (月)

謡曲講座

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ずいぶんと日にちがたってしまいましたが、5月1日に観世能楽堂にて、謡曲講座を受講してきました。
なんと、観世宗家みずから教えてくださるという夢の企画!!
参加費は激安の1,000円でした。
座席は自由席で、正面席がほどよく埋まっているくらい。中年~年配の方が多かったですかね。
「鶴亀」を1曲、みんなで習いました。

能のお稽古にもいろいろありますが、ふだんご宗家は能しか教えないのだそうです。謡や仕舞は教えない。つまりプロしか教えないということだと思います。ですから今回は非常に貴重な機会だったのです。うひょ~

【私は観世宗家に謡を習ったことがあります】←嘘ではない

清和さんのお話によれば、「能は見るものではなく、やるもの」なのだそうです。
信長も秀吉も家康も、自分でやって楽しんでいた。
やるほうが楽しいからだそうです。
世阿弥だったら「能はやるものではなく、作るもの」なんて言いそうですけどね・・・。

全然できなかったらどうしよう~と思っていたのですが、
全然できないということはなかった。
(もう1回やってみろと言われたら、絶対できないケド)
ん~、でもお手本と同じにはできないですね。
ご宗家は「簡単でしょう」なんて仰ってましたが、
同じにはできない。当たり前ですが。

自分がやると、こういうふうになるのか~というのが分かって面白かったです。

でも、全体的に音域が低くて、私には向いていなさそう・・・。
私は高音域な人間なので。
(清元とかの音域)
お手本は、あれでも高めの音域でやってくださっていたと思うんですね。

異なる音域の人々が、どうやって地謡を合わせているのだろう・・・。

※この日は写真撮影OKでした!

2013年5月26日 (日)

「石切梶原」あれこれ

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数年前、大倉集古館〔おおくらしゅうこかん〕という美術館で、刀の展示がありました。私は解説付きの日に見に行って、1時間くらいですか、刀を見るポイントを教えていただきました。ま、聞いてはいたのですが、全然分からないんですね。話が専門的すぎて、完全には理解できない。本当にマニアックな世界で、聞いていたときはフムフムと一所懸命聞いていたのですが、もう忘れてしまいました。非常に奥が深い。

ところで「石切梶原」の話ですが、
やってみる前に、その刀が切れるか切れないか、分かってしまうというのは、相当すごいことだと思いませんか?分かる人と、分からない人がいるんですよねえ。そして刀は、分かる人の許へ行ってしまうのですね。(ほとんどの人は分からない人)

株なんかでも、どの銘柄が上がるとか下がるとか、事前に分かってしまう人がいるんでしょうね。

巫女さんなんて、本当に物事が予知できてしまう人が昔はいたのかも・・・。

梶原には、頼朝の格までも見えてしまったのですね・・・。

わたくしなぞも、配役を見ると、事前に芝居の出来が予知できることがあるぞよ。

この芝居は義太夫狂言なのに、どうして文楽では上演されないのでしょうか?
「一条大蔵譚」も文楽では上演されない。
文楽でやったら、意外とつまらないのかも?
播磨屋がやるから面白いのですかねえ。

最近、「大庭はだいみょう」と言う人がいますが、やはり「大庭はでえみょう」じゃなくっちゃ萌えません。

2013年5月25日 (土)

象牙美術宝庫

母が70歳になったので、古稀のお祝いに伊豆旅行に行ってきました。父・母・兄・私の4人旅。

これが『菅原伝授手習鑑』であれば、兄弟の嫁も参加するところですが、当家には嫁も孫もおりまっせん。ので4人旅。

母が古稀で、私が現在41歳。

菅原の3兄弟は、いったい何歳なのか、それがいつも不思議。松王丸には9歳くらいの息子がいるわけですから、二十代後半くらいなんですかねえ?
父親が何歳のときの三つ子なんだろう?父と子の年齢が離れすぎな感じ。
ま、70過ぎても子どもができる場合もあり・・・。

さて~~、
兄の運転で伊豆を走っていたところ、
前から行きたいと思っていた美術館が近いことが判明!
頼み込んで行ってきました。

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中国の象牙彫刻作品を展示している美術館「象牙美術宝庫」。

象牙美術宝庫

象牙美術宝庫の紹介映像

この美術館はとにかくすごいです。世界屈指の美術館だと思う。もうビックリ。
車でないとちょっと行きづらい場所だと思いますが・・・。
(建物や立地は美しくないけれど展示作品が驚愕の美)
最初に係のお兄さんが作品の解説をしてくれて、あとは自由見学。
象牙彫刻以外にも、翡翠の彫刻や、象嵌細工などもありました。
時間があれば、もっとじっくり見たかった・・・。

ぜひ1度、行ってみてください。強く強くおすすめします。

2013年5月22日 (水)

オペラ彩《マクベス》配役

きっとどこよりも早い、オペラ彩〔さい〕の配役情報!!
今年9月に埼玉県和光市のサンアゼリア大ホールで上演される《マクベス》。

指揮・ヴィート=クレメンテ
演出・直井研二

22日(日)
マクベス・須藤慎吾
マクベス夫人・小林厚子
マクダフ・田代誠
バンコー・佐藤泰弘
マルコム・布施雅也
侍女・石川紀子
医者・矢田部一弘

23日(月・祝)
マクベス・三塚至
マクベス夫人・出口正子
マクダフ・秋谷直之
バンコー・大澤健
マルコム・石塚幹信
侍女・河野めぐみ
医者・森田学

この配役は楽しみですね!

2013年5月21日 (火)

オペラの路線

 

先月、コンヴィチュニーの講演会に行って来たのです。コンヴィチュニーは、フェルゼンシュタインに教えを受けたそうです。そして、直接は教わっていないけれど、ブレヒトを知っているスタッフを通じて間接的にブレヒトの影響を受けていると言っていました。また、スタニスラフスキーも取り入れている。
彼は奇抜な演出が多いので、「先人の影響を受けている」という話が出たのは意外でした。伝統的なドイツの演出家なんですね。そのことを誇りに思っている様子でした。

コンヴィチュニーは、オペラを愛しているのだそうです。そのオペラが、いま絶滅の危機にさらされている。ドイツでは20ものオペラハウスが閉館となった。
愛するオペラが生き延びる道は2つある、
①綺麗な衣装、美しい舞台装置を使ったエンターテイメント路線
②作品の持つ意味を解き明かすメッセージ路線
自分はこれまで約80のプロダクションを手がけてきたが、エンターテイメントは1つもない、と言い放っていました。①の路線を軽蔑しているようでした。

ところで、①の路線の代表と言えばゼッフィレッリ。ゼッフィレッリは、オペラ発祥の地であるフィレンツェ生まれで、ミラノ貴族の末裔ヴィスコンティに師事している。イタリアの伝統的な演出家ですね。そして、②の路線を嫌悪している。(そういうインタヴュー記事を読んだことがある)

お互いに軽蔑しあっているのが、不思議な感じでした。

①も②も両方とも楽しむことが出来るのが、私たち日本人なのですね・・・。

私が思いますには、オペラが生き延びる道はもう1つあって、
③マリア・カラス、ルチアーノ・パヴァロッティ級の歌手が出演するスター歌手路線

①は、世界的な経済力低下により消滅しようとしている。
③が消えそうなのはなぜなのか、それは誰にも分からない。

 

彫刻の話

しつこいようですが、わたくし3月にニューヨークに行って来たのです。(ニューヨークの話はまだ続きます)
そしてメトロポリタン美術館に行ったのですが、ロダンの彫刻がたくさん展示されていました。ロダンの彫刻って、そこらじゅうで見ますよね・・・。私は、ブロンズ像の良さが今ひとつ分からない。失敗したら何度でも作り直せるんですよね?好きなだけ複製できるんですよね?
やり直しのきかない大理石彫刻や、木彫、牙彫の魅力には遠く及ばないと思う。
しかし、やり直しのきかない彫刻は、制作に時間がかかり、必然的に作品数が少ない。それで、複製可能なブロンズ像を見る機会が多くなるのかなあと思う。

メトロポリタン美術館では、ロダンのブロンズ像に混じって、ロダンの大理石彫刻も展示されていました。

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大理石彫刻となると、途端に魅力が倍増した気になるから不思議。
オルフェオとエウリディーチェを題材にした彫刻。
なかなか良いではありませんか。

去年、小平市にある平櫛田中彫刻美術館に行ったのですが、彫刻家を志す若者が何人か見学に来ていました。(おばちゃんが話しかけていたので、彫刻家だと分かったのです)
何か、僧侶のような静謐な佇まいで、修行をする人というのは違うものだなあと思いました。

彫刻を手掛けている芸術家というのは、昔も今も大勢いると思うのですが、発表の機会がとても少ないような気がする。少なすぎる。千葉市美術館などは彫刻の展示にも力を入れていますが、東京国立博物館や国立近代美術館は、全然力を入れていない。やる気が感じられない。どうも納得がいきません。

2013年5月20日 (月)

日本ヴェルディ協会講演会

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富士通のパソコンは使いづらい・・・。

古い話で恐縮ですが、先月、日本ヴェルディ協会の講演会に行ってきました。
(すでに記憶も薄らいで・・・)

【日時】2013年4月15日(月)午後5時30分~7時
【場所】イタリア文化会館アニェッリホール
【講師】フェニーチェ歌劇場芸術監督 フォルトゥナート・オルトンビーナ氏(日本語通訳付)
【内容】ヴェルディとフェニーチェ劇場との関わりや今回上演の《オテッロ》について

講演の内容は~~、
ヴェルディは、フェニーチェ歌劇場とスカラ座のために多くの作品を作曲したのですが、
フェニーチェ歌劇場初演の作品はフェニーチェ歌劇場以外では初演できなかったし、
スカラ座初演の作品はスカラ座以外では初演できなかっただろう。
その経緯、理由などについてお話を聞きました。

《オテッロ》はスカラ座初演ですが、作曲当時、イタリアは国家統一の最中で、ヴェネツィアだけ統一に5年ほど遅れ、そのゴタゴタで?フェニーチェ歌劇場が閉場していたのだそうです。だからフェニーチェ歌劇場での初演はあり得ないことだったそうな。
スカラ座初演のあと、2番目に《オテッロ》を上演したのがフェニーチェ歌劇場で、その際にヴェルディが改訂を加えた。現在上演されるのは、ほとんどが改訂版だそうです。

やはりヴェルディ作品の初演劇場であるというのは、非常に名誉なことのようでした。
そりゃそうですよね。
作曲家が、楽譜に書かれていないことも、あれこれ直接指示を出したのでしょうし、口伝としてずっと継承されているのでしょうね。
歌舞伎では、初演劇場の名誉っていうのは、・・・もう劇場が残ってないですからね~~。
歌舞伎の小屋というのは、はかないものですね。

オペラの録音を聞くのなら、初演劇場のものを1度は聞いたほうがいいですね。

初演のとき、この役を歌った歌手は誰それで・・・、という話が何回も出てきました。
歌舞伎でも、そういうことを話題にしますけども、同じ感覚なのでしょうかね~。

フェニーチェ歌劇場では、《リゴレット》《椿姫》が初演されましたが、これはもう絶対にフェニーチェ歌劇場でしか上演できない作品だったそうです。
他では検閲を通らないから。
当時、ミラノもヴェネツィアもオーストリアの検閲を受けていたそうですが、同じ検閲を受けていても、ヴェネツィアは違ったんだそうです。ヴェネツィアは自由の国だった、と言っていました。
そして、何が自由であったかという説明は、なかった・・・。なぜ~

私の個人的な考察では、検閲には3つの種類があり、
①政治的検閲
②宗教的検閲
③軍事的検閲
これらが時代と場所によって、行われたり、行われなかったりする。
そして②は、その性質上、あまり表に出てこない。
ヴェネツィアは、②の検閲から自由だったのだと思う。
ミラノは、自由でなかった。

イタリアには、オペラ検閲の歴史について研究している人も絶対にいると思うけれども、その報告書自体が検閲にかかっていないとも限らない。

2013年5月18日 (土)

METライブビューイング《ジュリアス・シーザー》

METライブビューイングの《ジュリアス・シーザー》を見てきました。

このオペラは、
ドイツ生まれの作曲家ヘンデルが、
イギリスに移住し、
イギリスで作曲し、
イギリスで初演された。
しかし正式なタイトルはイタリア語で《ジューリオ・チェーザレ》と言う。
なぜなら当時、オペラと言えばイタリアのものであったから。
(モーツァルトもイタリア語でオペラを書いてますね)
ところが今回のMETライブビューイングでは、
原題の《ジューリオ・チェーザレ》でもなく、
まして彼が実際に名乗り、呼ばれていたラテン語の《ユリウス・カエサル》でもなく、
英語の《ジュリアス・シーザー》なのでありました。

ジューリオ・チェーザレ←オペラ・マニアしか知らない。
ユリウス・カエサル←知っている人と、知らない人がいる。
ジュリアス・シーザー←誰でも知っている。

そうして商業的なことを考えますと、《ジュリアス・シーザー》になるのですね。

日本は、西洋の文化を、アメリカ経由で輸入しているのだなあということを実感する今日この頃。

司会のフレミングと、主役のダニエルズは、やはりDessayのことをデセイって言ってましたね。幕間のインタビューで。
フランス人のDessayをフランス語で言うとドゥセとなるのですが、西洋の文化はアメリカ経由でやってくる日本の法則に従い、日本ではデセイで定着した。
ま、それは別に悪いことではない、かもしれない。

そのデセイですが、クレオパトラ役で、踊りまくってました~。
歌いながらこんなに踊れるものなのかとビックリ。
(インタビューで本人は「ブロードウェイ並み」と言っていました)
でも、このプロダクションは今回が初演ではないそうなので、
別のソプラノが同じように踊りながら歌ったのでしょうかねえ。
すごい時代になったものです。

表題役のダニエルズは、最初ちょっと調子がイマイチのようでしたが、
だんだん良くなっていきました。

もう~~とにかく繰り返しが多くて、
ダカーポ・アリアって言うんですか、
A-B-A’
というようにAの旋律を2回歌っているのだと思いますが、
(2回目に歌うときは装飾音をつけて)
メロディーはそうなのか知りませんが、
歌詞は同じことを8回くらい繰り返していて、おお神よ、
なぜ別のことを歌わないのか、まことに不思議なことでありました。

しかし、デセイが歌ったアリアで、

私を憐れんでくださらなければ、
天よ、
私は死んでしまいます

という歌は、何度同じ歌詞が繰り返されても、
そうだよなあと感じ入ったことでありました。

とにかくデセイの踊りまくりがすごいです!!

マンゴージュース

最近ちょっと、マンゴージュースに凝ってるんですよね~。
去年の9月にイタリアに行ったのですが、アリタリア航空の機内で出たマンゴージュースが美味しくて、はまってしまいました。
いえね、これまでにもマンゴージュースは何度も飲んだことがありましたよ。マンゴープリンとかもいろいろ食べました。全然違ったんです。こんな果物があったの?と衝撃を受けました。そりゃあ世界には私の食べたことがない食べ物もまだまだあるでしょうけれども、果物でそんなものがあるなんて、思いもしませんでした。

それで、いろいろな店でいろいろなマンゴージュースを購入してみるわけなのですが、なかなか「これだ!」というものがない・・・。
ものによって味が全然違うんですよね~。
りんごジュースはどれでもりんごジュースだし、オレンジジュースはどれでもオレンジジュースじゃないですか。美味しさの度合いは違うにしても、ぶどうジュースはどれでもぶどうジュースでしょう。マンゴーは味が違いすぎる。
まだ、それほど試してみたわけじゃないんですけどね。

3月にニューヨークに行ったのですが、ニューヨークのスーパーは、100%のジュースって、あまり売っていないみたいでした。りんごジュースはありましたが、あとは何か薄まった感じの飲物ばかり・・・。
帰りのJ.F.ケネディ空港で、マンゴージュース発見!純粋なマンゴージュースではなく、いろいろブレンドされてましたが・・・。約5ドル。高すぎじゃない?と思いましたが、ドルがあまっていたので買ってみました。
うう、うまい~。うまい~。
こんな美味しいものを今まで隠していたなんてズルイ。
値段が高いのは仕方ない。そもそもマンゴーという果物自体が高額なものですし・・・。きっと安いマンゴージュースは駄目なのだ。

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吉右衛門さんは芝居に出ている間はマンゴージュースばかり飲んでいるらしい・・・。
そう言えば、ユーミンも一時期マンゴーマンゴーと言っていたような・・・。
きっとお金持ちの果物なのね。

ちょうど今、マンゴーの季節みたいで、さらに探究してみようと思っています。

2013年5月13日 (月)

見たいシリーズ

年を取りますと、だんだんと執着心が薄れてまいりまして、何が何でも見たい公演というのも少なくなります。
取れないんだったら、まあいいか、
良い席がないんなら、もういいか、
と諦めモード。
しかし!
何が何でも絶対に見たい公演、それが今度の竹三郎の会です。
どうやったらチケットが取れるのだろう・・・。
私はつねづね「持つべきものはコネでござる」をモットーにチケットGETに励んでいるのですが、竹三郎の会ばかりは、もう到底取れないような気がする。

あと生きているうちに見たいのは、
③須藤慎吾さんのイアーゴ。
アリアだけ見たことがありますが、最高に素晴らしかった。全幕を見たい。
②嶋大夫さんの定高。
むかし師匠に直接申し上げたところ、「雛鳥がいませんから」と言われました・・・。
①吉右衛門さんと福助さんの「吉野川」。
私が1番好きな演目は「吉野川」なので。

美術では、
・シャガールのステンドグラス
・小茂田青樹展
・アムステルダム国立美術館、ゴッホ美術館、クレラーミュラー美術館

建築では、
・アルハンブラ宮殿

それらを見たら、もう成仏すると思う・・・。
(って執着多すぎ?)

表記

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これは、中村橋の駅を降りたところにある標識の写真です。
「美術館」という表記は、駄目だと思うんです。
駄目な表記だと思うのです。
何美術館だか分からない。
実際のところ、この近辺に美術館は1つしかないのかもしれませんが、
1つなのか2つなのか3つなのか私は知りませんし、
だいいち不親切だと思いませんか?
こういう標識は、知っている人のためにあるのではなく、知らない人のためにあるのでしょう。

「国立劇場大劇場」のことを、「国立大劇場」とちらしに書く人がたまにいるのですが、それも駄目だと思うんです。
仲間同士で話しているぶんには何でも良いのですが、公式なお知らせには「国立劇場大劇場」と書かないと駄目です。長いな、と思っても。

「国立能楽堂」も、知り合いと話しているときには「能楽堂」でいいですけれども、公式な場面では「国立能楽堂」と書かないと駄目です。能楽堂は他にもたくさんあるからです。演芸場も同じです。

駄目表記を見るたびにガッカリしてしまう私でした・・・。

2013年5月12日 (日)

日本の彫刻

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パソコンを富士通に変えてから、写真の向きが自由にコントロールできなくなったわけですが・・・。

これは、私がイタリアで撮影した写真です。
彫刻の展示方法が洒落ているなと思って撮影したのです。
写真だと、ちょっと逆光になっていて見づらいと思いますが、
素敵な空間だと思いませんか?

それに比べて、
東京国立博物館の近代彫刻の展示スペースは、
どうしてあんなに美しくないのでしょう。
作品の見やすさ、
照明の美しさ、
空間の美しさ、
どのポイントも最悪レベルだと思うんです。
外国からの観光客に、「これが日本か」と思われたら本当に恥ずかしい。
作品は最高のものを所蔵しているはずなのに。
そもそも展示数が少なすぎだと思います。

ミュージカル「スパイダーマン」

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何か、もう遠い昔のことのように思われますが、わたくし3月にニューヨークに行ってきたのです。
そして、ミュージカル「スパイダーマン」を見ました!!
このミュージカルは、ブロードウェイ史上、最高の製作費を投入して作った作品だそうで、何といっても題材があの「スパイダーマン」ですから、気合が入っているんですね。

私はスパイダーマンの映画も見たことがないし、漫画も知らないし、何の予備知識もないままミュージカルを見てしまいました。(日本では漫画のスパイダーマンってあまり読まれていないですよね?)

事前に何も知らなくても、楽しめる作りになっていました。歌や踊りは少な目で、とにかくアクションと舞台美術で見せるスタイルでした。始めのうちは、それほど豪華だとは思えなかったのですが、最後の戦闘シーンがものすごくゴージャスで、目を見張るセットが登場しました。
舞台の上のほうから折りたたまれた高層ビルが降りてきて、客の目の前であれよあれよと高層ビルに変身!その高層ビルが縦ではなく横向きに立っていて、舞台の手前がビルの屋上、舞台の奥が道路になっていました。観客は高層ビルを上から見下ろしているような状態。分かりますか。

ビルの下の道路には、小さな車が走っている。笑

そこでワイヤーアクションが展開されるのですが、すごいスピードでした。歌舞伎の宙乗りのようなゆったりしたものではなく、ヒュンヒュン飛び回っていました。舞台から2階席前方へ、また舞台へ、今度は3階席へ、といった具合。スパイダーマンと、悪役の緑色の男と、2人同時に飛び回ってましたねえ。
プレビューのときには事故が起きて、俳優が大怪我をしたそうですが・・・。

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スパイダーマン役は何人もの吹き替えを使っていて、カーテンコールのときに数えたら、全部で10人の俳優がスパイダーマンをやってましたね。忍者みたい。入れ替わり立ち替わりスパイダーマンが登場してましたから。
カーテンコールのときにはマスクを外していましたが、いろんな人種がスパイダーマンをやっていました。が、本役はもちろん白人の好青年ですよ。

それで~~、
能の「土蜘蛛」で使用される糸が、スパイダーマンでも使われていました。
大事な場面で何度も!!
(もちろん、能や歌舞伎のほうが綺麗ですけど)
また、差し金や黒衣も使ってましたね。

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このミュージカルの衣装は日本人デザイナーの石岡瑛子さんが手がけたのですが、テレビで紹介していた「8本の足がある女の悪役」が、私が見た公演では登場しなくて、残念でした。
生足+赤いハイヒール×8本足
という素敵なキャラクターだったのですが・・・。
どこかから文句がついたのでしょうか?

2013年5月11日 (土)

1日12時間

練馬区立美術館で開催中の「牧野邦夫-写実の精髄-展」に行ってきました。
全然知らない画家だったのですが、たいへん面白い展示でした。
『平家物語』を油絵で描いたり、『天守物語』を油絵で描いたりしていました。
日本人が描く油絵の、
題材の取り方として、非常に面白かった。

自画像が多い。
自己愛の強い人だったのだろうか・・・。
私が画家だったら、自分の顔は描かないねえ。

レンブラントに私淑していたそうですが、
レンブラントには似ていなくて、
岸田劉生や、藤田嗣治に似ている印象がありました。

学生の頃、先生から「1日12時間以上描き続けなければ、歴史に残る画家にはなれない」と言われ、それをずっと守ったのだそうです。

1日12時間やれば、たいていのことは出来るようになる・・・かもしれない。

全てを知っている女

こんばんは、浄瑠璃素人男爵・ふくきちです。

「盛綱陣屋」の篝火は、何も知らされていない。
父と息子は事前に示し合わせてから行動しているのに、
母だけ爪はじきにされている。
知っていたら、あんなにオロオロしなくて良かったのに・・・。

それは「熊谷陣屋」の相模も同じ。

なぜ知らせてもらえなかったのか?
①そんな暇はなかった
②知らせたら反対するに決まっている

そう思うと、「寺子屋」の千代は、
事前に教えてもらえて良かった?

「忠臣蔵」のおかるは、何も知らされていなかった。
知らないほうが良かったのか?
知ったほうが良かったのか?

「お医者様には優しい嘘が許されるのですね」
(歌劇《椿姫》で、肺病のため死にそうなヴィオレッタが言うせりふ)

優しい嘘なら許されるだろうか?

ちなみに、私の場合だったら、悲しい情報は要りまっせん。
【私に悲しいことを知らせないでください】

そのような歌舞伎の世界の中で、
全てを知っている女も登場する。
まず、「先代萩」の政岡。
彼女は、千松が死んだ理由を知っていて、周りの人々は知らない。
それから、「合邦」の玉手御前。
全ては彼女が仕組んだ出来事ですね。
やはり政岡や玉手などは立女形の役、頂点の役であると思います。

そして、立女形の役ではないけれど、
「絵本太功記」の皐月。
彼女も全てを知っている女だと思う。

風呂という場所は、何も武器を持てなくて、無防備になってしまう。
・だから久吉は風呂に入らないということを、皐月は知っていた
・だから光秀は風呂場を狙うということを、皐月は知っていた
そうして自分が風呂場に先回りしていた。
久吉のいない、無人の風呂場に自分が行って、光秀に斬られるつもりだった。
「間違ってそうなってしまった」のではなく、
皐月が仕組んでいたわけですよね。
そのためには、光秀が忍んで来ていることを、皐月が知っていなければなりません。
文楽では、事前に2人が目を合わせる場面があります。
歌舞伎は、そういう場面が、ないのですね。

きっと、光秀役者が、派手に登場したいために、
地味な場面をカットしちゃったんですね。
歌舞伎って、そういうことをしますよね・・・。

むかしは、ここぞという時に、最高の配役で「絵本太功記」を上演したものでした。
老若男女、全ての役柄が揃っている芝居だと言われます。
最近は、滅多に上演されなくなりました・・・。

2013年5月10日 (金)

能「屋島」あれこれ

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観世流では「屋島」、
他流では「八島」と表記するそうな。

このブログをお読みいただいてる人は歌舞伎を好きな方が多いと思いますが、
お能もご覧になったほうがいいと思うんですよ。
歌舞伎を見る楽しみも広がっていきますし。

どの作品から見たらいいのか分からない、という場合は、
「安宅」や「道成寺」など、歌舞伎と関連の深い作品を選んでみてはいかがでしょう。
もちろん「屋島」もおすすめ作品です。
七段目の由良之助が謡う「敵〔かたき〕と見えしは群れいる鴎〔かもめ〕」というフレーズも、「屋島」に出てきます。

この作品は、有名な屋島の戦いを取り上げたものです。
ちょっと解説させていただきます。
(記述が間違っていても怒らないで!)

平家一門は三種の神器を持って都落ちして、追討の勅令が下ります。
逃げる平家、追う源氏。
わりと長いあいだ戦っていたので、有名な合戦はいくつもあるのですが、
その中でも屋島の戦いはひときわ目立つ戦いでした。

そもそも平家というものは、瀬戸内海の海運を制覇して成り上がった人たちなので、海軍が発達していたんですね。(瀬戸内海には海賊なんかもいたんです)
一方の源氏は、基本的に陸軍であったわけなんです。
屋島の戦いでは、
平家は海、
源氏は陸、
つまり両軍の特色が最も現れた戦いだったのですね。

海と陸に分かれていた都合上、
実際のところ勝敗にはあまり大きな影響はなかったのですが、
その代わり、個人の戦いにスポットが当たったのだそうです。
源平の合戦はよく絵巻や屏風絵の題材になったのですが、
屋島の戦いは最も人気のある場面でした。絵になる場面なんですね。

◎屋島の戦いに出てくる有名なエピソード

【継信最期】つぎのぶさいご
このエピソードの主役・佐藤継信〔つぎのぶ〕というのは、「四の切」に出てくる佐藤忠信のお兄さん。義経に向かって放たれた矢の前に割って入って、義経の身代わりとなって死んだ人です。『義経千本桜』の「吉野山」の踊りの中で、このエピソードが登場します。

【扇の的】おうぎのまと
平家軍の中から一艘の小舟が出てきて、竿の先につけた扇を、矢で射ち落してみなさいと手招きする。源氏軍の中から選ばれたのは弓矢の名手・那須与一〔なすのよいち〕。波打ち際から、馬に乗った与一が矢を放つと、見事に命中!
このエピソードは古文の授業で習いましたね。
歌舞伎では「素襖落〔すおうおとし〕」で出てきます。
矢を射ち落してみなさいとジェスチャーで知らせた平家の女官・玉蟲〔たまむし〕を主役にした「平家蟹〔へいけがに〕」という歌舞伎もありますが・・・。(福助さんの玉蟲が最高だった)

【錣引き】しころびき
平家軍の中から、わざわざ陸にやってきて戦った英雄もいました。平家の悪七兵衛景清〔あくしちびょうえかげきよ〕です。
これに立ち向かうは源氏の三保谷四郎〔みおのやのしろう〕。
景清は薙刀〔なぎなた〕、三保谷は刀。
その時、刀が折れてしまって、三保谷は退却しようとしたのですが、景清は逃がすまいと三保谷の錣〔しころ〕を掴みました。そうしたら錣がちぎれてしまった、というエピソード。
錣というのは兜〔かぶと〕の一部で、首を守る後ろの垂れの部分です。武具などというものは、武士が一番お金をかけて頑丈に作ってあるものなので、錣がちぎれるなんて考えられないことなんです。それが壊れたというので、どちらもすごい力だと評判になったのでした。
これまた「吉野山」に出てきます。
「吉野山」
※忠信(実は狐)が、
薙刀の景清と、太刀の三保谷の両者を、
ひとりで演じ分ける難しい踊り。
薙刀と太刀の描き分けが鑑賞ポイント。

【弓流し】ゆみながし
源氏の大将・義経は、派手な色の鎧を身に着けて颯爽と屋島の戦いに登場します。
しかし、自分の弓を海に流してしまいました。
危険を承知で平家方の船の近くまで進み、弓を取り返してきた、というのが弓流しのエピソードです。
なぜ危険を冒してまで弓を取りに行ったかというと、その弓が小さかったからなのだそうです。
義経は小柄だったので、弓も小さかった。それが平家の手に渡ったら恥、というので命がけで弓を取りにいった。
このエピソードは、歌舞伎には出てこないのではないでしょうか。
しかし、能「屋島」では、弓流しに主眼が置かれています。
「屋島」が、義経の修羅道の苦しみを描いていながら「勝修羅〔かちしゅら〕」に分類されるのも、この弓流しをメインに据えているからだと思うのです。
・命がけで弓を取りに行って、無事に取ってきた
・それは自分の命ではなく名を惜しんだからこそ
・そうして義経は実際に後世に名を残した
「勝修羅」で何の不思議もない。

能「屋島」では、この4つのエピソードが全て揃う!!
なんと素晴らしい!!!
ただし、それは「那須の語(大蔵流)」または「奈須与一語(和泉流)」の小書きが付いているときだけ・・・。
その小書きがないときは、扇の的が出てこなくて、錣引きが2回登場!なぜ~

「屋島」を見るなら、小書きが付いているときに限ります・・・。

徒然

パソコンを新しくして、サクサク動いてくれるのはいいけれど、
・以前のパソコンで出来ていたことが
・出来なくなって
・怒り心頭
結構お高かったのに・・・。

なぜスタートボタンがないんだ富士通さん・・・。
なぜシャットダウンするのに5回もクリックしなけりゃならないんだ富士通さん・・・。

ブログに掲載する写真が縦長の方向でしかアップできなくなった。

そう言えば、我が社のパソコンも、更新するたびに不便になっていく・・・。
えっ?あれ出来なくなちゃったの?みたいな。

15年前と比べて良くなったのは、回線が速くなったことくらいだろうか?

天使のお告げ

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夢の中にイタリアの天使が現れ、
「デズデーモナが指輪を外すのは、
髪をほどくのと同じ程度の意味しかありませんよ」
と言って去って行った。

2013年5月 6日 (月)

あれこれ

アフリカの人って、どうして育てられないのに産んでしまうのだろう・・・。

今日こそパソコンを入れ替えるぞ!!!

明治座に行ってきました~。
終演が早い~。
歌舞伎の上演時間はどんどん短くなっていきますね。
開演5分前のブザーがものすごい音量で、
空襲警報でも発令されたのかと訝ってしまいました。
きっと田舎からの高齢のお客さん向けですね!

「実盛物語」
文楽ですと、綿繰車〔わたくりぐるま〕、綿から種やゴミをとる道具ですよね、幕開きに婆さんがこの綿繰車を使っていて、あとの場面で太郎吉が馬の代わりにする。
歌舞伎は、幕開きに婆さんが糸繰車?を使っていて、綿繰車は後ろに置いてある。
意味が分からない、洒落になっていない。どうして~~。

「玄冶店」
通常は「源氏店〔げんじだな〕」という外題で上演されることが多いけれど、この度はご当地・明治座での上演とあって「玄冶店〔げんやだな〕」。せりふでも「げんやだな」と言っていました。
幕切れは「おらぁ生涯、お前を離さないよ」とか何とかいうせりふで、すっかり定番となりました。
もう「あにさんであったか、あにさん、あにさん・・・」という終わり方は見られないのでしょうか。私は好きでしたけどねえ。

2013年5月 4日 (土)

二期会《マクベス》

二期会の《マクベス》を見てきました~。

マクベス役の今井俊輔さんが素晴らしかったですね。
見せ場の「慈悲も、尊敬も、愛も」で、最後の音をガーッと盛り上げて行くところなんて、最高ですね。
中1日でマクベスをあれだけ歌えるなんてスゴイ。
次は何を歌うのだろう。

終演後に楽屋口に行って、サインをもらってしまおうかな~と思ったのですが、賛辞を捧げる人々に取り囲まれていたので帰りました。

コンヴィチュニーの演出は、わりとコメディタッチでした。
音楽以外の効果音?が多すぎな感じ・・・。

ヴェルディ作曲の《マクベス》は、シェイクスピアの戯曲と比べると、脇役の描き込みがとても少なくて、例えばマルコムはなぜ逃げるのか、マクダフの妻子はなぜ殺されるのか、オペラだけでは分からないと思いますが、コンヴィチュニーの演出ではそのあたりの事情も視覚化されていました。

血の付いた手を赤い手袋で表現するのは上手いと思いましたね。赤い手袋をはずした下からまた赤い手袋が出てくるのなんて上手い。

信じられないくらい早いフライング拍手があってビックリでした・・・。
すごい音で鼻をすすっているお馬鹿さんもいました・・・。
(客席で鼻をすする人を私は心の中で「与太郎」と名づけている)

男性の主要キャストが髭を生やしていて、マクダフとバンコーの区別が付かなかった・・・。同じような衣裳だったし・・・。すごい早い早替わりだなと思っていた・・・。

シェイクスピアの原作戯曲を読むと、こういう場面はオペラになって、こういう場面はオペラにならないんだなあ・・・という点が面白い。
戯曲にある魔女のせりふ「綺麗は汚い、汚いは綺麗」がオペラに入っていない?
なぜなのだろう。

合唱の歌唱がたいへん充実していました。

2013年5月 3日 (金)

野良猫は神の使い

千葉市美術館に行ったときのことです。
この美術館は、ウチからはとても遠いのですが、企画が素晴らしいので、たまに行くのです。

さて美しいものを見る前に腹ごしらえを・・・と思い、
あまり金をかけたくないな・・・とも思い、
ファストフードも何だかなあ・・・と思った。
そこで、スーパーでお惣菜を買って、近くの公園で食べることにした。

公園のベンチでお昼を食べていると、野良猫が寄ってきた。
もの欲しそうな顔をしている。
たぶん、よくこの公園で、人間から弁当のおかずをもらって食べているのだろう。
今日は休日で人気もなく、まだ食べ物にありつけなかったのか。
お腹すいたか?

私は猫にコロッケを放ってやった。
猫はすばやくコロッケへ走る。
が、食べなかった・・・。
猫はコロッケを食べないのか??
うむ、食べないかもしれん。
聞いたことないし。
こいつぁ俺が悪かった。
猫はまた寄ってきて、別のものをクレクレと訴えかける。
今度はサーモンのマリネを投げてやった。
猫はすばやくサーモンへ走る。
が、食べなかった・・・。
ええっ?魚は好物だろう、お前。
においが気に入らないのか。マリネは駄目なのか?
駄目ったってお前、人間様がこうして食っているんだよ。
見てただろう。
いいから食えよ。
腹を壊しゃあしないよ。
が、猫は食べなかった。

ムキー!
せっかく放ってやったのに、自分で食えば良かったよ!!
もう何もやらん!!
ムッキッキー!!

いや、腹を立てるまい。
奴のせいではないのだ。
コロッケを食うか食わないか、
サーモンのマリネを食うか食わないか、
それを決めたのは奴ではない。
すでに決まっていることなのだった。
奴の選り好みではないのだ。

ところで、
人間はなぜ、神の意志に逆らって、好きなことをするのだろうか?
アダムとエヴァはなぜ、リンゴを食べてしまったのだろうか?
マクベスはなぜ、ダンカンを殺したのだろうか?

神は人間をコントロールしているだろうか。
していないのだろうか。

能と狂言

能楽を毎月見るようになって、2年半くらいですかねえ。
観世会の定期会員になっているので、ひと月に能3番、狂言1番は少なくとも見ているわけです。
ところが!
狂言の有名な作品を、まだ全然見ていないのです。
釣狐も、花子も、茸も、末広りも、附子も。
蚊が出てくるのも。
これも見ていない、これも見ていない、これも見ていない・・・という状態。
いえ、能のほうも、見ていない作品はまだたくさんありますが、
見た作品もけっこうあります。
狂言は、見ていない作品ばかり。
どうして~。どうして~。

狂言の会じゃないと見られない狂言って、多いんですね・・・。

2013年5月 2日 (木)

マクベス予習

レディー・マクベス=マクベス夫人
レディー・ガガ=ガガ夫人???

年寄りにしては、たくさんの血が流れたわ
誰が見たってびっくりする程の量よ

こんな恐ろしいせりふ、どうやって思いつくのだろう。

もうすぐ二期会の《マクベス》を見るので、ただいま予習中。
素材は1987年ベルリン・ドイツ・オペラのライヴ映像。
指揮は、いっちゃいそうなシノーポリ。
マクベス夫人はマーラ・ザンピエーリ。素晴らしい歌唱です。びっくり。
どこに隠れていたの。
美しい顔をそんなに歪めて、まるで鬼のようじゃないの。
魔女より、よほど恐い顔をして。

マクベス夫人の歌うメロディーは、わりと覚えられるのだけれど、
マクベスの歌うメロディーは、全然覚えられない。
全然。
どうして~。
どうして~。

いま、シェイクスピアの原作戯曲を読んでいます。
さて公演までに読み終えるでしょうか。

魔女がマクベスに向かって言う、
万歳、マクベス、グラームズの領主!
万歳、マクベス、コーダーの領主!
万歳、マクベス、やがて王となるお方!

注)
マクベスは、物語が始まる時点ですでに、グラームズの領主である。
(父親がグラームズの領主だった)
そしてマクベスは、反乱軍を鎮圧した褒美として、思いがけずコーダーの領主となる。
(前コーダー領主は、反逆罪で死刑に)

●反乱軍を鎮圧した日→勝利の日

シェイクスピアの戯曲では、ダンカンの護衛は、マクベスによって殺されています(罪をなすりつけるため)

ダンカンの2人の王子は、身の安全を図るため、別々に逃避した。

シェイクスピアは、スコットランドに伝わる年代記をもとに戯曲を書いたのだそうで、実際にあった事件なんですね。でも、その年代記にも魔女が登場するそうですから、どこまで本当なんだか~~。

シェイクスピアの戯曲では、マクベス夫人が「寝顔が父に似ていなければ、私がやったのだけれど」と言っています。ダンカンの顔が、マクベス夫人の父親の顔に似ていたので、マクベス夫人はダンカンを殺さなかった。(史実では、夫人の父は、ダンカンの父のまたいとこに当たるそうです)

ダンカンとマクベスも、近い親戚だそうです。

魔女の予言を信じるのなら、何もせずに、ただ待っていれば良かったのに・・・。
信じていたの?
信じていなかったの?

すみません

2週間くらい前ですか、このブログの記事で、オペラ歌手が声を出して笑わなくなったという話を書きました。さらに、カッシオはここで声を出して笑うべきだと思う、と書きました。
が、その場面のイタリア語の歌詞をみると、笑い顔になった、との意味であって、声を出して笑うのは間違いだとのご指摘をいただきました。がびーん。(日本語字幕を読んで早合点)

すみません。
きっと、他にもたくさん間違ったことを書いているのだろうなあと思います。

2013年5月 1日 (水)

ベルカント情報

毎年1作ずつベッリーニを上演している南條年章オペラ研究室。今年は8月4日(日)17時から津田ホールにて《異国の女》を上演するそうです。5,000円、全席自由、ピアノ伴奏・演奏会形式。

グルベローヴァが、《異国の女》でオペラ歌手を引退する予定だそうで、今後この作品にもちょっと脚光が当たるかも?

8月4日は観世能楽堂に行く日なので、私は行けないかな~~。ん~、終演時間によるかな~~。

オリンピック招致の謎

オリンピックの東京招致が盛り上がっている、のでしょうか?
望みが薄いと思うんですよねえ。
地震と原発事故のあと、オペラ歌手だって大勢キャンセルが出たではないですか。
今になってもキャンセルは続いています。
事故後の原発をコントロールできず、汚染水が漏れ続けているのですから、キャンセルも責められません。
スポーツ選手だって、日本に来たくない人は大勢いると思います。
もちろん来てくれる人もいるでしょうけれども、来ない人も絶対いると思う。それも、かなりの割合で。
招致が決まってからそのことが問題になるのは、どうでしょう。

招致運動のためのお金は、別のことに使ったほうがいいのではないでしょうか・・・。震災復興とか、防災とか。

原発の再稼動、本当にやってしまうのでしょうか?

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