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2013年8月

2013年8月30日 (金)

オペラサロン・トナカイ

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オペラサロン・トナカイ プレゼンツvol.
ニューフェイス・ガラ・コンサート~若手歌手の夕べ~
2013年8月30日(木)18時30分より
イタリアンレストラン「サン・ミケーレ」

出演
ソプラノ:森 真奈美
〔もり・まなみ〕
ソプラノ:高橋 維〔たかはし・ゆい〕
テノール:岡坂 弘毅〔おかさか・ひろき〕
バリトン:野村 光洋〔のむら・みつひろ〕
ピアノ:村田 千晶〔むらた・ちあき〕

開演前◎ディナータイム(前菜、スープ)
《第1部》
グノー『ファウスト』 ~宝石の歌 (森)
ヴェルディ『ラ・トラヴィアータ』 ~プロヴァンスの海と陸 (野村)
ドニゼッティ『愛の妙薬』 ~人知れぬ涙 (岡坂)

 
 ~受け取ってちょうだい (高橋)
 
 ~「さようなら」「何だって!」 (高橋・岡坂)
◎お祝いコーナー(誕生月、結婚記念月の方)
ヴェルディ『ラ・トラヴィアータ』 ~乾杯の歌 (全員)
休憩中◎ディナータイム(パスタ、メインディッシュ、デザート)
《第2部》
ヴェルディ『リゴレット』 ~慕わしき人の名 (森)
ドニゼッティ『ランメルモールのルチア』 ~酷く、辛い苛立ちが (野村)
ッシーニ『セヴィリアの理髪師』 ~今の歌声は (高橋
)
ロッシーニ『ラ・チェネレントラ』 ~きっと彼女を見つけ出す (岡坂)

ヴェルディ『リゴレット』 ~日曜日に教会で (森・野村)
レハール『メリー・ウィドウ』 ~メリー・ウィドウ・ワルツ (全員)※日本語訳詞

主催:OPERA SALON TONAKAI


岩本町にあった「オペラサロン・トナカイ」が閉店してしまって残念に思っていましたが、浜松町にあるイタリアンレストランで再開されました!
月に1~2回のペースみたいですね。
ニューフェイス・ガラという公演に行ってきました。

壁画や天井画のあるレストランでした。
レストラン内はフラットで(床が平坦で)、舞台は高くなっていませんでしたが、わりと見やすい感じでした。
おなじみ(?)東小野さんが司会をしていました。

岡坂弘毅さんは高い声が出るテノールで、チェネレントラのアリアがとても盛り上がってました。楽譜よりも高い音を出して、すごかったです~。高音がセールス・ポイントみたい。(それは素晴らしいセールス・ポイントだ)
「人知れぬ涙」をニッコニコ笑顔で歌ってました。ちょっと不思議な演技力を備えた人ですね~。面白いキャラクターです。(ディズニー映画に出てきそうな感じ・・・)
10月に町田でマントヴァ公爵、
11月に銀座でオリィ伯爵を歌うみたいです。

野村光洋さんを見るのは3回目でしたかね~。以前より表現力が出てきたみたいです。1年前は、まだ舞台慣れしていない感じで、見ていて心配してしまいましたが(我が子を見守る親のような心境)、だいぶ落ち着きが出てきました。きっと繊細な人なんですね。(頑張って~)
「リゴレット」の二重唱は、こういう会ではあまり上演されませんが、演技も入っていて面白かったですね。どうせなら「悪魔め、鬼め」も聞きたかった・・・。
岡坂さんとは別な意味で、不思議な演技力を持っていて、突然、目を剥いたりしてました。

ソプラノ2人も良かったです。別の曲も聞いてみたかったケド。

また行きたいですね~。仕事を早退しないと行けないので、なかなか難しいのですが・・・。

2013年8月29日 (木)

ベルカント情報

↓こんなのやるそうです。

オペラ「オリィ伯爵」ハイライト
~藤原歌劇団によるレクチャーつき銀座の午後のコンサート~

開催日2013114()
時間開場13:30 開演
14:00
会場ヤマハホール料金2,000円(全席指定)

出演
オリィ伯爵/岡坂弘毅(テノール)
アデル/清水理恵(ソプラノ)
伯爵の教育係/水野洋助(バリトン)
ランボー/和下田大典(バリトン)
イゾリエ/松浦麗(メッゾ・ソプラノ)
ラゴンド/大木かおり(メッゾ・ソプラノ)
アリス/光武小百合(ソプラノ)
ピアノ/藤原藍子
監修・レクチャー/岡山廣幸(藤原歌劇団公演監督)

おばさんは飴を食う

おばさんは飴を食う
おばさんは飴を食う
見ている舞台が
どんなに重要な瞬間を迎えようとも

弁慶が勧進帳を読み上げる時
花子がクドキを踊る時

おばさんは飴を食う

《トリスタンとイゾルデ》の前奏曲が始まる時
「誰も寝てはならぬ」が最高音にかかる時

おばさんは飴を食う

おじさんは仁丹
〔フリスク〕を食う
田舎者は小銭を数える

おばさんは飴を食う
おばさんは飴を食う
おばさんは飴を食う

2013年8月28日 (水)

映画「風立ちぬ」あれこれ

●ジブリ作品の封切りと言えば、もはや国民的イベントのような感がありますが、私は映画館で見たのが「もののけ姫」のみ、あとはテレビで「耳をすませば」を見たくらいですかね~。「となりのトトロ」も「魔女の宅急便」も「崖の上のポニョ」も見てません!しえ~~。(そのうち見るつもり)

●この、1枚描くだけでも大変そうな、
恐ろしく細かい絵はたしか、
1秒間に24コマ??
一体何人で描いているのだろう。
その大勢の人々の誰もがおそらく、
自分も宮崎駿のようになりたいと思い、
なれずにいるのだ。
宮崎駿の夢は、宮崎駿だけが叶えられる。

●詩を書くくらいなら自分ひとりでできるけれど、
大理石彫刻は大理石が手に入らなければ作れない。
建築家になりたい夢があっても、発注者がいなければ、建築のチャンスはない。
たとえ優秀であっても。
アニメ映画の監督には、どうすればなれるのだろうか。

●自分の好きなことを仕事にできている人は、どれくらいいるものなのだろう。
自分が何を好きになるか、人は自分で選べないでしょう。
好きなものは好きだし、嫌いなものは嫌い。
「それで、どうするのか」を選びながら、私たちは生きている。

●大学受験で浪人したとき、予備校の授業が面白かったため、
大学入学後の授業のつまらなさに落胆した。
私は1971年生まれで、浪人時は受験者数が最多だったこともあり、
予備校は活気があった時代だったのだろう。
大学の英語の授業は本当にやる気のない感じだった。
しかしある時、自分の好きな日本の詩を1篇、英訳してこいという宿題が出た。
いろいろな種類がある翻訳という作業の中で、なぜ最も高度な技術が要求される「詩の翻訳」を宿題にするのか、理解に苦しむところであった。普段、つまらない授業しかしていないのに・・・。
私は荒井由実の「ひこうき雲」を訳すことにした。
この詞は、基本的に過去を回想する内容でありながら、過去形と現在形が入り交じる、不思議な詞だった。
「かけてゆく」を何と訳すか、悩んだ記憶がある。
(そして、何と訳したのか忘れた)
宿題は提出したが、添削はなかった。

●「風立ちぬ」は、現実と夢が交互に入り交じる、ちょっとシュールな映画だった。私は幼いころ空想癖が強く、周りのものが見えなくなることがあったのを思い出した。
(今はありません)

2013年8月27日 (火)

風立ちぬ

「風立ちぬ」を見てきました~。

その頃の日本人って、みんな帽子をかぶっていたんですよね~。
そして、人に会うときは帽子を取ってお辞儀をする。

歌舞伎を見に来る爺さんは帽子をかぶっている人も多いけれど、
なぜ室内に入るときに帽子を取ることができないのか・・・。
この間、「客席内では帽子をお取りください」と係員に注意された爺さんが、
「分かってます」と逆切れしてました。
開演前までに取ればいいと思っているようでした・・・。
劇場で「帽子をお取りください」なんて場内アナウンスが入るのは日本だけでしょう。
恥ずかしいです~~。

登場人物の言葉づかいが丁寧で・・・、
日本のエリートなんですね。
日本のエリートは、多くが戦争で死んでしまったと思いますが・・・。
(たぶん)

私はユーミンファンなのですが、中でも1番好きな歌は「ひこうき雲」。
再び脚光をあびて嬉しい。

2013年8月25日 (日)

一之輔レレレ

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2013年8月23日(金)19時開演
春風亭一之輔 独演会Vol.
『一之輔のすすめ、レレレレレレレ。』
なかのZERO 小ホール

一、猫と金魚 小太郎
一、かぼちゃや 一之輔
一、短命 一之輔
 
中入り
一、パントマイム 山本光洋
一、鰻の幇間 一之輔

私はわりと、はまりやすい性格、なんですかねえ。
歌舞伎は平成4年から、ずっと見てますよ。
オペラは平成9年から、ずっと見てます。
平成20年ころから美術館もよく行きますし、
ここ数年は毎月、能楽の公演にも行きます。

落語は平成7年にどっぷりはまり、2年間くらい集中的に聞きましたが、その後はほとんど行かなくなってしまいましたねえ。
有名なネタは一通り聞いたんじゃないかな。(そうでもないか?)

でも一之輔さんなら、もう一度聞いてもいいかな~と思いますよ。
「ライスカレーは匙で食う」なんて久しぶりに聞いて、やっぱり落語はいいなあと思いました。
「短命」が最高でした~。やり方によって、こんなに面白くなるものなんですね~。でも「鰻の幇間」はあまり盛り上がってなかったケド・・・。

終演後にサインしてもらっちゃいました~。
カッコいい~。

 

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2013年8月24日 (土)

江戸東京博物館「江戸の園芸」

江戸東京博物館で開催中の「花開く 江戸の園芸」展を見てきました。
江戸博は建物が本当に美しくなくてゲンナリなのですが、展示の企画は優れているので、たまに行くのです。今回は切り口が新鮮で、なかなか面白い展示でした。
キャプションに何か所か誤字があったようですが・・・。ルビがずれていたりとか・・・。

初めて知ったのですが、新吉原の名物だった桜は、花が散ったら抜いてしまっていたのだそうです。そして次の春は、また新しく植えていたそうです。衝撃の事実・・・。
なぜ、そんな面倒くさいことをしていたのだろう。
ユーミンの歌に「薄日の射す枯木立が桜並木であるのを誰もが忘れていても何も言わずやがて花は咲き誇り」というのがあったと思いますが・・・。桜も、花が咲いていない時期は誰も気にとめないし、吉原ではスペース的に邪魔だった、ということでありましょうか。
そう言えば、新しい歌舞伎座の前には、なぜ街路樹が植わっているのだろう・・・。写真を撮るとき邪魔じゃないですか?花が咲くわけでもなし・・・。
そういうわけで、「助六」とか「鞘当」とか「籠釣瓶」の桜は、花が咲いているときだけそこに植わっている、刹那の美なのですね。
「関の扉」の小町桜の精が、遊女姿で登場するのも、関係があるのかもしれません。(「植え替えた桜」つながりで)

「暫」の菊人形も展示されていました!
ちゃんと、白菊の花で三升が表わされていました。
造花でしたが・・・。(季節的に仕方ない)

江戸時代は黄色い朝顔があったのだそうです。今はないんだそうです。黄色い朝顔、ないんですね・・・。(ないと思うと、かえって見たくなったりして)

朝顔や菊の変種(?)がすごいたくさんあって驚きました。これは本当に朝顔なんだろうか、みたいな。写真ではなく絵ですから、本当でない可能性も、なくはない。でも、それを想像で描いていたら、逆にすごいなとも思った。
架空の花の絵コンテストとか、あったら面白いかも。
人間に、全く新しい花が思いつくだろうか。

2013年8月22日 (木)

能「遊行柳」あれこれ

「遊行柳」を理解するためには、一遍上人のことを知らなければならないでしょう。
このブログも何だか同じことばかり繰り返し書いているようですが、改めてご説明します。
こちらを先にお読みください「南無阿弥陀仏【後編】」

仏教には目標があると思います。「成仏する」すなわち「仏に成る」ことが最終目標です。「仏に成る」とはどういうことかと言いますと、「もう苦しまなくてよくなった」という状態になることだと思います。苦しみのない世界、ごく楽な世界へ生まれ変わることが「成仏」です。
成仏のための道筋は1つではなく、いくつかの方法があります。それが宗旨の違いとなって表れるわけです。

一遍上人の築かれた時宗は、浄土門
〔じょうどもん〕の宗派です。
浄土門には主な宗派が3つあり、成立順に並べると、
①浄土宗
〔じょうどしゅう〕・・・祖師は法然〔ほうねん〕
②浄土真宗〔じょうどしんしゅう〕・・・祖師は親鸞〔しんらん〕
③時宗〔じしゅう〕・・・祖師は一遍〔いっぺん〕
となります。
3つの共通点は、「南無阿弥陀仏と称えれば極楽へ行けます」という点です。仏に成るための修行や戒律を不要のものにしてしまった。
では①と②と③の違いは、どこにあるのか。

『南無阿弥陀仏』柳宗悦:著より
だが願文にもいう、「至心に信楽
〔しんぎょう〕して、我国に生れんと欲して、乃至十念せん」と。念仏には心を尽して仏の本願を信ずる心が伴わねばならぬ。「十念」は「行」であるが、「信楽」は「信」である。信行相応じ相助けねば、全き往生の業とはならぬ。
 
(中略)
だが行と信といずれが易行
〔いぎょう〕の道としての浄土門にとって先となり本となるであろうか。この点で師法然と弟子であった証空や親鸞とは、考えを異にして来たのである。師はその『選択集』に明〔あきら〕かに「往生の業、念仏を先となす」と記したが、親鸞上人は往生の業は、信心を本と為〔な〕すと考えたのである。この別が現れるに至って前者を起行派〔きぎょうは〕といい、後者を安心派〔あんじんは〕と名づけ、その正否が長く論題となって来たのである。
 
(中略)
ともかく当時第十八願の解釈は二つに分れ、法然上人はこれを「念仏往生の願」と見なし、親鸞上人は改めて「至心信楽
〔しんぎょう〕の願」と呼ぶに至った。一方は念仏の「行」を、他方は信楽の「信」を重く見るのである。
 
柳宗悦
〔やなぎ・むねよし〕の著書『南無阿弥陀仏』は、浄土門の理解に最適の書だと思いますが、現代の若者に読みこなせるかどうかは不明・・・。

「南無阿弥陀仏」と口に出して称える行動が大事なのか、
「南無阿弥陀仏と称えれば成仏できる」と信じる心が大事なのか、
議論が分かれた。
法然は行動が大事と言い、
親鸞は心が大事と言った。

『南無阿弥陀仏』柳宗悦:著より
 
一遍上人は、多くの人々に仏縁を求めて、六字の名号を記した小さな札を、会う人毎
〔ごと〕に手渡していった。遊行〔ゆぎょう〕するにつれて彼が行った賦算〔ぶさん〕である。たまたま紀州遍歴の砌〔みぎり〕、一人の律僧に行きあった。「信を起こして名号を称えてこの札を受け給え」と手をさし出した。僧が答えて「一念の信心もないこととて、これを受けたら妄語を犯すことになるから」とて、肯〔がえ〕んじてくれぬ。上人は繰り返して「仏教を信じる心をお持ちでないだろうか、どうして受取って下さらぬのか」。僧、「経文の教えを疑ってはいなくとも、信心の起らないのは、私の力の及ばないところである」と。その折大勢の人々が集って来たので、もしこの僧が札を受けてくれないなら、他の人々も躊躇〔ためら〕うであろうことを恐れ、「信心がなくとも受けられよ」と札を渡した。人々も皆これに倣〔なら〕ってそれを受けた。しかしこのことがあって、思案にくれたのは上人であった。僧の答えにも理由があろう。今後どうしたら不信の者に、勧進を正しく続けることが出来るか。彼は悩みつつ熊野本宮〔くまのほんぐう〕の証誠殿に祈願をこめ、その冥慮〔めいりょ〕を仰いだ。その夜のこと、権現の幻が現れ、「夢想の告」を受けたのである。「我れこの時より自力の意楽〔いぎょう〕をば捨て果てたり」といわしめるほどの感動であった。『一遍聖絵〔ひじりえ〕』巻三に記されたその御告〔おつげ〕にいう、
「融通念仏すすむる聖
〔ひじり〕、いかに念仏をば悪しく勧めらるるぞ。御房〔ごぼう〕の勧めによりて一切の衆生、始めて往生すべきにあらず。阿弥陀仏の十劫正覚〔じっこうしょうがく〕に、一切の衆生の往生は南無阿弥陀仏と決定するところ也〔なり〕。信不信をえらばず、浄不浄をきらはず、その札をくばるべし」云々。
実にこの神託に預って後、彼は始めて他力本願の深慮を領解
〔りょうげ〕するに至ったといわれる。
吾々が往生出来るのでもなく、また吾々が他人を往生せしめ得るのでもない。衆生の往生はすでに十劫の昔、阿弥陀仏が正覚を取られたその刹那
〔せつな〕に決定されているのである。信と不信と、浄と不浄とそんな差別に、往生が左右されるものではない。人間が往生するのであったら、信も必要となろう。浄もなくてはなるまい。だが往生は南無阿弥陀仏の当体にあるのであって、人間の力に在るのではない。その故に人間の善悪の如き、浄濁の如き、智鈍の如き、信疑の如き、何の差別が、弥陀の本願を妨げるであろう。
 
(中略)
「信不信をも選ばず」とは、浄土思想に現れた最後の驚くべき表詮
〔ひょうせん〕ではないか。
 
(中略)
法然上人は教える。口に名号を称えよ。汝
〔なんじ〕の往生は契〔ちか〕われていると。
親鸞上人はいう。本願を信ぜよ。その時往生は決定されるのであると。
一遍上人は更に説く。既に南無阿弥陀仏に往生が成就されているのである。人の如何
〔いかん〕に左右されるのではないと。
人の往生を云々する限り、まだ自力を去ったとはいえまい。往生は南無阿弥陀仏おのれなりの力なのである。何ぞわが罪、わが愚、わが不信に六字が犯されよう。何ぞわが浄、わが知、わが信に六字が守られよう。名号はそれ自らの名号であって、信と不信とにも左右されない。罪と不罪とにも動揺されない。念仏宗はいつか時宗に達すべき歴史を孕
〔はら〕んでいたのである。
 
一遍に至って、信仰でありながら、信じることさえも不要になった。何と不思議な宗教でありましょうか。

『南無阿弥陀仏』柳宗悦:著より
終りに時宗が、宗義の秘奥
〔ひおう〕を示す頌として、日夜忘れざるもの二つを挙げて、この長文を結びたい。
 
 十一不二頌
 
十劫正覚衆生界 十劫(の昔)正覚し給へるは衆生界の(ため)なり
 
一念往生弥陀国 一念を(もつて)往生す、弥陀の国に
 
十一不二証無生 十劫と一念と二ならずして無生を証
〔さと〕
 
国界平等坐大会 弥陀国と衆生界と平等にして坐ながら大会
遠い十劫の昔、弥陀が正覚を得て仏となられたことと、衆生が往生を得ることとは一つなのである(第一句)。それ故、衆生が南無阿弥陀仏とただ一念称えるところに、往生はかなえられて、既に弥陀の国たる浄土の人たるのである(第二句)。それ故十劫の昔の弥陀の正覚と、この一念の称名とは不二で、ここに不生不滅の生命を証
〔さと〕ることが出来る(第三句)。その時こそ一切の場所は弥陀国も衆生界も平等となって、誰も大蓮華法会〔だいれんげほうえ〕の座に列するのである(第四句)。
 
 六十万人頌
 
六字名号一遍法 六字の名号は一遍の法
 
十界依正一遍体 十界の依正
〔えしょう〕は一遍の体
 
万行離念一遍証 万行、念を離るるは一遍の証
 
人中上々妙好華 人中の上々の妙好華
〔みょうこうげ〕
上人が遊行して賦算〔ぶさん〕せられた時、くばられた札には「南無阿弥陀仏 決定往生/六十万人」と記されていた。この「六十万人」の文字は右の四行の頌の頭文字からとられたのだといわれる。この頌は中に「一遍」の文字が繰返されていることでも注意されねばなるまい。一は一如で、遍は遍満、一即多の不二の教えを暗示するともいえよう。これは「独一なる名号、法界に周遍す」という句から得たものだともいう。いずれにしても「一にしてしかも遍」の義を示したものであって、仏法の理念はこれ以上にまたこれ以下にはあるまい。それ故一遍の法は六字の名号そのものであり、六字が仏法だというのである(第一句)。「十界の依正」は、今の人々には通ぜぬ述語。十界は迷いも悟りも合せた一切の境界の意にとってよい。依正は吾々の持つ心身や、それを囲む一切の物界を意味するのである。そういう世界が直ちに仏体に即するというのである(第二句)。それ故、よろずの行為が、もし二元の念慮を離れると、直ちに不二即ち一遍の証〔さと〕りに転ずるのである(第三句)。そういう人をこそ、清浄の白蓮華にも比すべき妙好人と讃〔たた〕えたい(第四句)。
この「六十万人頌」は「ひじりの頌」と尊ばれ、昔の人は宗義の秘要としてこんな解釈を施すことすら慎んだのである。そうする方が本当かも知れぬが、煩悩
〔ぼんのう〕の吾ら、それが何を意味するかを、分るだけのことは分りたいのである。だが説明はほんの糸口だけを吾々に与えるに過ぎぬことをも共に分からねばなるまい。
私は南無阿弥陀仏について、既に長広舌を重ねたが、一遍上人がただ「名号」だけを残されたその趣旨を、ゆめ忘れてはなるまい。
 
いまどきの若者には、読んでも意味が分からないかもしれないですね。
「六十万人頌」の中には、一遍という言葉が繰り返し登場します。これは一遍上人の名前が入れ込んであるわけではないでしょう。頌のほうが先、一遍という人名のほうが後だと思います。「一遍」という言葉には意味があります。
それは「不二
〔ふに〕」という言葉で表されると思います。「二つでない」「結局のところ、同じことである」という意味です。
阿弥陀仏は阿弥陀仏というユニークな存在、唯一の存在ですが、それを拝む私たちもやがて成仏して阿弥陀仏に成る。拝まれる側と、拝む側は、イコールである。結局、同じである。
「遍」は「あまねく」と読み、全ての存在、人間、動物、植物、つまり草木国土を表す。
「一」イコール「遍」、
「一(拝まれる側)」・・・唯一の存在である阿弥陀仏と、
「遍(拝む側)」・・・それを拝む無数の私たちは、
イコールである。
という意味でしょう。

法然や親鸞に関する書物は現在も多数、出版されていますが、一遍に関する本は少ない。浄土宗や浄土真宗に比べて、時宗の勢力が弱いからだと思います。
一遍上人は、寺で人が来るのを待っていたのではなく(寺には信じる人が来る)
、自ら赴いて1人でも多くの人に札を配ろうと遊行していたので、在世当時は圧倒的な数の信徒がいたのですが、形に残るものがなかったのですね。寺とか書物とかが後の時代に残らなかった。遊行上人だったので。南無阿弥陀仏を皆様にお知らせしたいだけの人だったので。
【寺では柳と出会えない】

2013年8月21日 (水)

あれこれ

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●9月の歌舞伎座が完売だそうで、おめでたいことでございます。
かなり豪華なちらしが出来ているわけですが、
夜の部の「陰陽師」の役名にはルビが振ってあるのに、昼の部の「新薄雪物語」はルビが振られていない。なぜなのでしょう?
園部兵衛とか、左衛門とか、知らない人は読めないと思うんです。
それはルビを振るのは大変なのかもしれませんが、歌舞伎の将来のために、ぜひルビを振っておいたほうがいいと思うんですけどね。

●野田地図の次回公演が、美輪明宏さんの生涯を題材とした「MIWA」って新作だそうですが、これの東京公演が54回もあって、一方、大阪公演がたったの5回。野田地図という特性のせいもあると思いますが、この差の激しさに驚く。
大阪は演劇も美術も音楽も寂しい状況ですね・・・。

2013年8月20日 (火)

人の顔

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ブリジット・バルドー(BB)
クラウディア・カルディナーレ(CC)
マリリン・モンロー(MM)

マリリン・モンローは早くに亡くなってしまいましたが~、
ブリジット・バルドーとクラウディア・カルディナーレが年を取った写真を見たときは、かなり衝撃的でした。
(みなさまも検索して、若いときの写真と年を取った写真と見比べてみてくださいまし)

真夜中に時計を全て止めてしまう気持ちも分からぬでもない。

キアヌ・リーヴス
ジュード・ロウ

この二人の激変ぶりにも驚きを禁じ得ない。
(写真を検索してみてください)

人はなぜ年を取るのだろう・・・。

ウチの上司が「私ってブラピ病なの」とのたまう。
なんでも、ブラッド・ピットは人の顔が覚えられない病気だそうで、
私が調べたところ病名は「相貌失認
〔そうぼうしつにん〕」と言うのですが、
顔だけでなく病気の名前も覚えられないので、ブラピ病と相成った。
まあ、それでなくとも職業柄、ブラッド・ピットは多くの人に会うのでしょうしねえ・・・。
私などは、仕事を通じて人と知り合う機会は少ない。

そ・れ・で、
この相貌失認の病状として、
テレビドラマや映画を見ていても、誰が何をやっているのか分からないのだそうです。
顔が識別できないから。
そう言えば私も子どものころ、洋画を見ていて、誰が誰だか分からないときがありました。
んん~、大人になってからも、ときどきあるかな~~。

舞台を見ていて、登場人物が識別できないことがありますよね。たまに。
この間の
二期会の《マクベス》では、マクダフとバンコーの区別がつかなかった・・・。

歌舞伎の早替わりでも、同じ俳優だと気づかないお客さんが結構いるらしいですね。

誰がメルセデスで、
誰がフラスキータで、
誰がレメンダートで、
誰がダンカイロなのか、
私は1度も識別できたことがない。
(それはブラピ病ではない)

このあいだヴェルディの《椿姫》を見たら、フローラの夜会で、すごいインパクトの強いお爺さん歌手が登場して、こんな役あったっけ?と思ったら、あとの場面で医師グランヴィルであることが判明・・・。
グランヴィルがフローラの夜会に参加していたことを、初めて認識した。

オチなしでスマソ。
(一同驚愕のうちに幕)

2013年8月19日 (月)

アルマヴィーヴァ伯爵の配役

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名古屋二期会に電話をかけて確かめました~。
愛知県芸術劇場で上演される《セヴィリアの理髪師》の配役は、もう発表しているそうです。
ホームページにも出ていますと言っていましたが、出てないと思うんですけど・・・。
11月30日(土)の伯爵が中井亮一さん、12月1日(日)は大川信之さんだそうです。
大川さんの声は、旧岩崎邸でのコンサートで聞いたことがありますが、どちらかと言えば力強い系統の声だったような気が・・・。アルマヴィーヴァ伯爵も歌うんですねえ。中井さんが大アリアを歌うということは、大川さんも大アリアを歌うということですよね・・・。うーん、聞いてみたいけれど、12月1日はお能を見に行く予定なんですよね~。

2013年8月18日 (日)

歌舞伎座 第一部の感想

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今月の「野崎村」、
久松を見送ったあと、お光が「ととさん」と言って泣き出すまでの間が長い・・・、さすが成駒屋。私の耳に突然「思い切っても凡夫心」という空耳が響き、天から弘誓の船が降りてくるのが見えた(ウソ)。
私は福助ファンなのですが、お染は見たことがない。ずっと演じていない。ご自分でも好きな役だと言っていたと思うのですが・・・。
一般的に、お染よりお光のほうが良い役だと言われている、それは分かりますけれども、お染も見たいんですね。お染は良い役ですよ。福助さんはお染のほうがニンという気がする。
大根を刻むときの左手って、ああいうものなのでしょうか?左手の指先を伸ばしたままの千切りなんて、指を切りそうで怖くて・・・。普通は指先を丸めますよね・・・?

七之助さんの「鏡獅子」、
前シテが素晴らしかったです!!ビックリ。あんなに素晴らしい弥生は、なかなか見られないと思う。「恨みかこつもナ」あたりなんて、もう最高でした。でも二枚扇は失敗していた・・・。落としてはいなかったけれど、失敗していた。どういうことなの?
扇は落としても良い、そんなことよりも大きく踊るべし、なんて聞いたことがありますが、絶対に失敗できない箇所もありますよねえ。「紅葉狩」の「薬水」とか、「鏡獅子」の「廿日草」とか。
「鏡獅子」の二枚扇なんて、出来て当然じゃないですか?ローズ・アダージョを失敗するエトワールがいますか?山村若さんの扇さばき、見たことあります?
若様の華麗な扇さばき
前半に見たとき、勘九郎さんが「鏡獅子」の最後で右足をついてしまったのと、三津五郎さんが「棒しばり」で扇を落としたのが大ショックでした。

2013年8月17日 (土)

竹三郎の会

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◇旅の記録◇

2013年8月10日(土)
●新幹線で京都へ
●京都タワー
●東寺
・金堂、講堂拝観
●羅城門跡
●東福寺
・方丈八相庭園拝観
・通天橋、開山堂拝観
●「坂東竹三郎の会」国立文楽劇場(16時30分開演)
一、「夏姿女團七」
二、「東海道四谷怪談」
●京都泊

8月11日(日)
●相国寺
・相国寺承天閣美術館「伊藤若冲の名品展」「世界ヒバクシャ展」
伊藤若冲「鹿苑寺(金閣寺)大書院旧障壁画」「釈迦如来像・文殊菩薩像・普賢菩薩像 三幅対」「中鶏左右梅図 三幅対」
辺文進「百鳥図」
・藤原定家、足利義政、伊藤若冲の墓
●仁和寺
・御所拝観
●新幹線で東京へ

母親に電話をかけ続けてもらってチケットが取れた「竹三郎の会」。念願叶って見ることができました。
数年前に「よくお会いしますね」と声を掛けられて、それから劇場で会うたびに立ち話をする友人(名前は知らない)に久しぶりに会った。歌舞伎座閉場式以来だったかも。その間、お互いに芝居は見ていたはずなんだけれど、なぜか会わなかった。
快楽亭ブラック師も久しぶりに見た。前の歌舞伎座でよく見かけたけれど、最近は見ていなかった。お太りなすっていた。
宮辻政夫さんや児玉竜一さんも見かけた。
とにかく、会場内は、歌舞伎好き人間大集合という雰囲気だった。
ユーミンの歌に「生まれた川を目指して魚が帰るように」「静かな台風の目に蝶々が運ばれるように」というのがあったと思うけれど、歌舞伎好きが国立文楽劇場に集結したのであった。

仁左衛門さんの伊右衛門が絶対に見たかった。もう素晴らしかった。連理引きと言うんですか、幽霊に引っ張られるやつ、仁左衛門さんは最高ですね。本当に幽霊っているんじゃないかと怖くなる。嘘っぽくないんです。本当みたいなの。
それと、お梅と新枕に及ぶあたりの色っぽさ、妙に生々しくて衝撃的でした。
隠亡堀もかっこよかったですね~。
薪車さんの直助権兵衛も良かったです~。
竹三郎さんのお岩様は、他の人のお岩様とずいぶん違っていましたね。髪梳きのあたりが。

「女團七」は、「夏祭浪花鑑」の殺しを女形がやるという点が面白かった。話の展開は同じなのだけれど、女形である点が違う。殺しながら次々にポーズを決めていくわけですが、その技術、現代演劇にはない誇張の技術が面白かった。どういうんだろう、殺しながらポーズを決める不思議さって。
「女鳴神」「女定九郎」「女河内山」も見てみたい・・・。猿之助さんがいつかやってくださるのでしょうか。
おはつの片岡千壽さんが良かった。

終演時に幕前にて竹三郎さんの挨拶あり。

「竹三郎の会」の前後は、猛暑の中を京都見物。大阪はあまり見たいものがないので・・・。

2013年8月16日 (金)

私の職歴

●平成7年4月1日 日本芸術文化振興会に就職 国立劇場事業部劇場第二課(2年間)
 
「国立劇場事業部」となっていますが、実際は国立演芸場の仕事。窓口でのチケット販売、モギリ、客席案内、その他。バイトのような仕事だな・・・と思っていました。(現在この仕事は業者に委託されております)
2年間いましたが、最初の年に落語にはまり、ひと月に7回くらい落語会に行っていました。

●平成9年4月1日 新国立劇場運営財団に出向 総務部総務課経理係(2年間)
 
出納の仕事。配属されたのが、ちょうど新国の開場の年でした。10月の開場直後からドカンと忙しくなり、毎日夜11時半くらいまで働いていました。土日もなるべく出勤。仕事がたまる一方で・・・。
新国の全ての収入と支出を私がエクセルで記録していたのでした。暗い日々だった。
2年間いましたが、最初の年にオペラにはまり、現在に至る。
2年目にはもう1人でニューヨークまでオペラを見に行っていた。「はまり方がすごい」と言われた。

●平成11年4月1日 日本芸術文化振興会に復帰 
総務部総務課普及渉外係(2年間)
 
ショムニ的な、他の部署でやらない仕事をやる、みたいな感じでした・・・。

●平成13年4月1日 国立文楽劇場事業課宣伝編集係(3年間)
 
公演のプログラム編集が主な仕事でした。(番付ですね)
文楽カレンダーの制作もしました。
就職して、これまで、仕事が楽しかったのはこの3年間のみ。プログラムにインタビュー記事を載せるというので、会いたい人に会えたのが嬉しかった。
勘十郎襲名が一番印象に残っている。米朝師匠と勘十郎さんが料亭で対談したとき、私が写真を撮ったので。
とにかくプログラムに写真をたくさん載せたかった。それから、ルビを多く振りたかった。
床本の校正は、いくら時間があっても足りなかった。送り仮名とか、歴史的仮名づかいのことを考えると、際限がない。
文楽の床本は、翻刻の法則が数十年前の状態でフリーズしていて、納得がいかない。「ゐ」や「ゑ」などの文字は、全くつかう必要がないと思う。しかし、私の個人的な見解で勝手に変えるわけにいかないので、そのままにしておいた。
帰宅してもずっと深夜まで仕事をしていた。休日は、演目ゆかりの地の写真を撮りに行っているか、芝居を見ているか、寝ているかだった。
3年間いましたが、3年目にようやく誰にも文句を言われず自分の好きなようにプログラムを編集できる立場になり、いろいろ試してしまいました。

●平成16年4月1日 国立劇場調査養成部文化デジタルライブラリー課情報システム係(2年間)
 
配役や、どの場面を上演したのかなど、国立劇場の上演記録をインターネット上に公開する仕事。それから、文化デジタルライブラリーのコンテンツ制作。国立劇場の事業としては新しいジャンルだったので大変だった。暗い日々だった。

●平成18年4月1日 経理部契約課契約係(4年間)
 
入札などの手続き。報告書の作成。
暗い日々だった。

●平成22年4月1日 総務企画部経理課決算係(1年間)
 
決算の仕事。検査、監査の対応など。
独立行政法人の決算は複雑で私には理解できなかった。暗い日々だった。
同じ係に能マニアがいた影響もあって、能楽を見始める。

●平成23年4月1日 国立能楽堂部事業推進課事業推進係(3年目)←いまココ
国立能楽堂の総務&経理の仕事。

玉石

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能楽堂に行きますと、能舞台の周りに白い玉石が敷いてありますでしょう。お白洲〔しらす〕と呼ばれています。あれは、むかし野外で能が上演されていたころ、日光を反射してフットライトの役目を果たしていたのだそうです。

先日、京都のさる寺(猿寺ではない)を歩いておりましたところ、白い玉砂利が敷き詰めてありました。それがまあ、何と眩しいことでせう。これがフットライトの役目をしていたのなら、能舞台は一体どんなふうに美しく見えたのだらうかと、妄想を働かせてしまいました。

現在、野外の能と言いますと、たいてい夜間の薪能が多く、昼間の能は少ないようですね。
黒川能は、昔ながらの上演スタイルなのでしょうか?(でも遠いでござる)

江戸時代そのままの形式の能楽公演を、どこかでやりませんかねえ?

2013年8月15日 (木)

つぶやき

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先週末に大阪・京都に行ったのですが、電車内の冷房があまり効いていない感じでした。東京の電車はガンガン冷房を効かせていて、節電も何もあったものじゃない。
冷房の設定温度は28度にしましょう、などとよく言われるけれど、東京の電車は絶対にもっと低い温度ですよね。
電車があんなに涼しいなら、それが標準なのかと思って、自宅の冷房もガンガン効かせる人が続出ではないでしょうか。

エアコンを効かせたら、部屋の中は涼しくなるけれど、室外機から熱い空気が外へ排出されて、東京の気温はますます上昇するんじゃないかと思うのですが・・・。

中央総武線は、中央線よりもさらに車内温度が低い。寒いくらいです。あの温度は誰が決めているのだろう。同じJRでも温度が違うなんて不思議。

大阪は本当の電力不足なんですかね。
でも東京はまだまだ余裕がありそう。
原発が動いていないのに、どこから電力が供給されているのだろう・・・。
電気が足りないから原発を作ったのかと思っていた。

お、汚染水が漏れている・・・。
漏れまくっている・・・。
もうどうしようもない。
1日300トン???
魚はもう食べられないの?
震災直後の恐怖は薄れたけれど、実のところ何も好転していない。
人間が制御できないものを、本当に再稼働させてしまうのだろうか。
未来の日本人は、どうやって生きていくのだろう・・・。
子孫にツケをまわすなんて・・・。

2013年8月14日 (水)

それなり

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三谷文楽「其礼成心中」を見てきました~。去年はチケットが取れなかったので見ませんでした。今年は取れたので見ました。文楽の人形って、すごい表現力があるものなんだなあと改めて思いました。川の中の場面が面白かったですね。

入口で配られたチラシの束がすごく分厚かった。東京の演劇公演って、本当に多いですね。その中に9月文楽公演のチラシは当然入っていましたが、国立劇場の歌舞伎公演のチラシは入っていない。国立劇場の歌舞伎公演のチラシって、一体どこで配っているのだろう。あまり見かけないんですよね。よそで見かけない。

国立劇場の9月の文楽公演は、第一部が売り切れみたいですね。住大夫師匠の沼津は、じゅるじゅるに泣けますもんね。これが見られる若者は大ラッキーですね。(第二部の場面は私も見たことがないので分かりません)

2013年8月13日 (火)

最強の墓

先日、京都の相国寺に行ってきました。
境内にある美術館で、伊藤若冲展をやっていたので。

ここのお寺には、若冲のお墓もありました。

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↑左より、藤原定家の墓、足利義政の墓、伊藤若冲の墓

この墓の並びはすごい、すごすぎる・・・。

若冲って、生きている間、命ある限り、美しい絵をひたすら描き続けられたわけじゃないですか。
美しい絵を描く人は、ずっと美しい絵を描く。
下手な人は、ずっと下手。
和歌も同じ。
もちろん本人の努力もあるでしょうけれど、努力だけじゃないですよね。
そんなのはずるいので、私にもその才能のかけらだけでもいいから授けてくださいと、おねだりしてきました。

人が死んだあと、魂がこの世に残る場合があるでしょう。
塩谷判官とか、お岩様とか、強い恨みを持っていると、成仏できずに魂が残るでしょう。
塩谷判官の魂は、お岩様みたいには舞台上に現れないけれど、見えない形で存在しているんじゃないかな。

むかし「岸壁の母」という歌がありました。
若い人はもう知らないでしょうが、私は子どものころラジオなどで聞きました。
戦争に行ったまま戻らない息子が、ひょっとして帰ってくるのではないかと、今日も岸壁まで迎えに来てしまった母。
この母は、死んだあとにも岸壁に現れると思う。
(「岸壁の母」は、どうして能にならなかったのだろうか)
息子が帰ってくるまで、岸壁に来てしまう。
塩谷判官やお岩様は、恨みが晴れるまで、とどまってしまう。
そういう執着がない人は、逝ってしまう。
定家や若冲の魂は、逝ってしまったんじゃないかな~。
でも、才能は、持っていけないんじゃないかな~。
その才能をですね、少し私にも分けてくださいと、おねだりしてきました。
(ずうずうしい?)

相国寺では、毎年6月17日に観音懺法〔かんのんせんぽう〕をするのだそうです。能「朝長〔ともなが〕」にも出てくる観音懺法。いつか生で聞いてみたいと思っているのですが・・・。
ちなみに明治の廃仏毀釈以前、相国寺は、伊藤若冲の『動植綵絵』+『釈迦三尊図』全33幅を掛けて一般公開で観音懺法会をしていたのだそうです。うう~ん、ぜひ参拝したかった。そんなすごいものを見たら、即身成仏疑いなし。

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2013年8月12日 (月)

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「野崎村」
お光は、久松とお染が2人ともに死ぬ覚悟であることを見抜いている。久作は見抜いていない。それは、お光が恋をしているから分かるのでしょう。自分も叶わぬ恋をしているから分かるのでしょう。舞台を見ている観客も、同じだと思う。

つれづれ

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●クーラーを発明した人は天才ですねえ・・・。
おお、迂闊にも名前を存じ上げていなかった。
どのような方でしょう。
ノーベル賞は受賞されたのかしらん?

●《セヴィリアの理髪師》にスーパーテノール中井亮一さんが出演する日を聞こうと思って名古屋二期会に電話したら夏休み中の留守電対応・・・。ガクッ。
配役を発表してから休んでくれればいいのに。
週明けまで待っていられないので11月30日(土)のチケットを取ってしまいました。きっと30日だと思う。違っていたら私は泣く(イオ・ピアンゴ)。


2013年8月 7日 (水)

ビッグニュース!!

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中井亮一さんが11月に名古屋で《セビリャの理髪師》全曲上演に出演されるそうです!!
原語上演+カット無し+大アリア有りの完全版!
キタ━━━━━ヽ(∀゚ )(゚∀゚)( ゚∀)ノ━━━━━ !!!
(日にちが分からないのですが、行けない日だったら私は泣く)

中井さんは今、世界でも屈指のロッシーニ・テノールだと思うんですよね~。こんなに歌える人は、なかなかいません。日本でたくさんロッシーニを歌ってほしいですね。

2013年8月 6日 (火)

ちょっと宣伝

◇◆お知らせ◆◇
国立能楽堂
 
「楽しもう! 能の世界~狂言に挑戦~」

狂言体験と舞台鑑賞のセット企画

①平成25年10月10日(木)午後6時30分~午後8時30分
 
国立能楽堂 研修能舞台
 
『狂言体験』(狂言謡や小舞を習います)
 
講師:山本則重・山本則秀(大蔵流)
 
※足袋が必要

②平成25年10月18日(金)午後6時30分開演
 
国立能楽堂 本舞台
 
定例公演『舞台鑑賞』
 
狂言「樋の酒」能「右近」
 
※席は脇正面

料金(①と②のセットで)
 
3,100円
 
告知です~~。私が勤める国立能楽堂の主催で狂言のワークショップが行われます~。舞台鑑賞とセットです。①と②のセット。と申しましても、②の脇正面席はもともと3,100円なので、①のワークショップは実質無料という、たいへんお得な企画です。集客のための企画なんです~。
公演の集客のための企画なので、舞台鑑賞のお席は選べまっせん。脇正面の、たぶん後ろのほう・・・。
でもワークショップでは、山本則重さん、山本則秀さんから直接教えてもらえるんですよ~。募集人数は20名程度ですから、気軽な感じで参加できますよ~。ちなみに山本則秀さんはとても二枚目です~。んん~、狂言師は二枚目って言わないのかな~~。要するにイケメンですね、イケメン。
参加するためには、はがきで応募するのですが、詳細は国立能楽堂のホームページでチェックしてみてくださいね!ちょっと分かりづらいホームページなので、情報にたどりつけるか心配ですが・・・。(私にメールで申し込んだりしないでくださいネ)
手前味噌のようですが、本当にお得な企画だと思うんですよね~~。
※応募多数の場合は抽選です。(でもたぶん大丈夫!)

 

2013年8月 5日 (月)

能「小督」あれこれ

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「小督」を見るので予習しようと思い、詞章を入手して驚きました。
シテが小督ではなかった・・・。
そんなことって、あるのでしょうか。
「小督」のシテが、小督じゃない。
たとえば「葵上」という能に葵上が登場しない、なんてことは、何も不思議に感じませんし、能を見始める前の遠い昔からとっくに知っていたようにさえ思えるのです。しかし、「小督」のシテが源仲国だなんて、予想外にもほどがあります。

なぜシテが小督ではなく仲国なのか?

私は現在の職場に異動してきて3年目なのですが、勤務先が変わると、昼食をどうしたものか迷うものです。近くをいろいろ試して、味と種類と値段を勘案し、結局いつも同じお弁当屋さんを利用するようになりました。毎日そこのお弁当。店のおじさんとも冗談を言い合うくらいの常連です。
先月、店のおじさんから「身内に不幸があったので1週間ほど休みます」と言われ、「お大事に」などと返したのですが、1週間が10日になっても、20日になっても店が閉まったままなのです。
最初のうちは、まあ予定が変わったのだろうと思い、親戚の遺産でも転がり込んだのかなと想像し、やがて「これは夜逃げしたに違いない」と確信するに至りました。
最近、お客さんも減っていましたし・・・。
そこの店は、味はなかなか良いのですが、掃除が行き届いていないようで、すたれていくのも何だか分かる気がしました。
「夜逃げとは、こうするものなのか」と目が開きました。用意周到。
店賃なんて、絶対に踏み倒していったと思うんですよね。
大家が探そうとしても、彼らは見つからないと思うんです。
いろいろ通信手段が発達した現代でも、本気で姿をくらましたら、もう見つからないと思う。

だから仲国が小督を見つけたのは、奇跡的な大手柄だったのだろう、というのが1つ。

それと、小督の局が姿をくらましたのは、身の危険を感じたからですよね。

小督の局―櫻町中納言重範の女
〔むすめ〕。容色美にして琴をよくした。高倉天皇の寵幸を受け、中宮の寵が衰へた。中宮徳子は清盛の女。小督の局は宮中に入る前に冷泉少将隆房の愛人であった。それ故に隆房も憂鬱になった。隆房は清盛の女婿でもあった。清盛は小督の局を憎んで殺さうとした。小督の局は宮中を脱出して嵯峨野の奥に身を隠した。
 
(中央公論社『解註・謡曲全集』より)
 
居場所を知られたということは、再び命の危険にさらされるということでしょう。小督は拒んでも良かったはずです。でも断らなかった。

能「楊貴妃」の恋は過去の恋。能「小督」の恋には続きがある。それは命をかけた恋。
仲国の舞は、命がけの恋を寿ぐ祝福の舞であろうかと思う。

『源氏物語』の惟光
〔これみつ〕、それからオペラ《ドン・ジョヴァンニ》のレポレッロもそうですが、主人の恋の取り持ちが、家来の仕事のうちなんですね。現代の感覚ですと、公私混同も甚だしいと思えますけれども。
しかしレポレッロなどと違って、惟光も仲国も、全く嫌がっていない。それどころか、名誉に思っている。
私が思いますには、天皇に「私」なんてなかったのではないでしょうか。全てが「公」。
歌舞伎の「御浜御殿綱豊卿」で、綱豊が言いますでしょう。「大名というものは厠
〔かわや〕に入るさえ作法があって」「大欠伸さえならぬもの」「孫子の代まで大名稼業などさせるものではおりないわ」。
地位が上がると、「私」が減っていって、「公」が増えていく。
公の恋。
そうであれば、仲国が喜びの舞を舞うのも、分かるような気がしてくるのです。
つまり、自分の喜びでもあるわけです。

2013年8月 4日 (日)

日曜日のわたくし

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観世の定期能と、ベッリーニ作曲のオペラ《異国の女》を見てきました。
松濤にある観世能楽堂の終演予定が4時30分。千駄ヶ谷にある津田ホールの開演が5時。その間およそ30分。
定期能の最後の演目は諦めて、早めに津田ホールに行くつもりだったのですが、30分あれば移動できるのではないかという気がしてきて、しかもせっかくの蝋燭能で1列目でもあったし、最後の演目も見ることにしました。
そうしたら実際の終演時間は4時40分だった・・・。がちょ~ん。
観世能楽堂からJR渋谷駅まで猛ダッシュ。踵が盆の窪にくっつくくらい走って走って汗だくになって電車に飛び乗ったら、時間調整のため少々停車しますなどとアナウンスが入って、もうガックリ。絶対に間に合わない・・・。
ロイ・リキテンスタインの絵画「溺れる女」が頭の中に現れ、
もう、どうともなれ、という気分に。
ところが、なぜか奇跡的に津田ホールに間に合い、最初から《異国の女》を見ることができました。
私の日頃の行いが良いからでしょうか・・・。
きっと、いつも決められた仕事をきっちりやっているから神様が憐れみをかけてくださったのですね。
《異国の女》は、タイトルだけ知っていた謎の演目。
次から次へと驚愕のストーリーが展開され、瞠目のフィナーレ。
なかなか素敵なオペラでした。
ちょっと(だいぶ?)、タイトルから想像していたのとは異なるストーリーだったケド・・・。
バリトンの坂本さんが特に良かったですね。
南條さんは大病されたそうで少し痩せていらっしゃいましたが、
ベッリーニ10作品完演の偉業達成までますますお元気でご活躍くださいますように。
(今回で3作品目でした)

観世の蝋燭能は、正面5本、脇5本、橋掛リ2本の蝋燭であったかと。
そして点火はチャッカマンでした。

国立劇場のホームページは駄目2

国立劇場のホームページって、どうしてあんなに駄目なんでしょうね?

たとえば歌舞伎公演の演目や配役が、いつの間にか知らないうちに掲載されていたりするでしょう。深い階層で、ひっそりと。普通だったらトピックスのところで「10月歌舞伎公演の演目が決定しました!」などのように、告知すると思うんですよね。演目決定や配役決定をトピックスにしなかったら、他に何をトピックスにするんだろうと思うくらい重要な事柄のはずなんです。国立文楽劇場や国立演芸場はやっているではないですか。国立劇場はしない。どうしてなのでしょうか?
そう、深い階層で密かに重要なことが発表されていたりするんですよねえ。公開講座とか、ワークショップとか、密かに発表されてますよ。なぜか知りませんが。
それから、上演時間表がPDFファイルを開かないと出てこない。上演時間を調べるくらいのことで、なぜわざわざ別のアプリケーションを起動させないといけないのか、まったく理解不能です。
配役表もPDFでしょう。しかも文楽技芸員のブログなどのほうが配役発表が早かったりするじゃないですか。もう本当に恥ずかしくて・・・。
公演の情報もすごく探しづらいですよねえ。「公演を調べる」というボタンをクリックしますでしょう。ほしい公演情報を得るまでに、何か所クリックしなければならないことか・・・。
貸し劇場の公演予定も、掲載のタイミングが遅すぎて使えない。

2013年8月 2日 (金)

二期会《ホフマン物語》

二期会の《ホフマン物語》を見てきました~~。

指揮:ミシェル・プラッソン
演出:粟國 淳

合唱:二期会合唱団
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団

【配役】
 
ホフマン:樋口達哉
 
ミューズ/ニクラウス:小林由佳
 
リンドルフ/コッペリウス/ダペルトゥット/ミラクル博士:大沼徹
 
オランピア:佐藤優子
 
ジュリエッタ:菊池美奈
 
アントニア:高橋絵理
 
スパランツァーニ:羽山晃生
 
クレスペル:大塚博章
 
アントニアの母の声:小林紗季子
 
シュレーミル/ヘルマン:佐藤望
 
アンドレ/フランツ:田中健晴
 
ルーテル:倉本晋児
 
ナタナエル:山本耕平
 
コシュニーユ/ピティキナッチョ:新津耕平

いや~、素晴らしい公演でした。何が良かったって、歌手が良かったですね。みなさん良かったのですが、特にアントニア役の高橋絵里さんと、ホフマン役の樋口達哉さんが素晴らしい歌唱でした~。
4役歌った大沼徹さんは、最後の幕が1番良かったんじゃないかな~。なので第4幕はとても盛り上がりました!(どうでもいいけれど4つの役は名前が覚えられない)
このオペラは、見るたびに版が異なっていて、何だか煙に巻かれたような、よく分からないストーリーなのですが、今回はちゃんと納得のいく終わり方をしていましたよ。洒落ているな~と思いました。

歌うと死んでしまう特殊な病気・・・。
それは、一体どんな病気なの?
そうと知っていても、歌わずにいられないの?

 
結局、人生で
 
何より大切なのは
 
このことですものね。
 
幸福と愛、深く心に響く愛は、
 
名声のほか残さない
 
馬鹿なキャリアより大事です。
 
-マリア・カラス

しかし、カラスは歌しか残さなかったようですが・・・。
選べるとしたら、はて、どちらを選びますかねえ。

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