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2014年2月

2014年2月 4日 (火)

つれづれ

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小林カツ代さんが亡くなったわけですが、息子のケンタロウが大事故で寝たきりなのを知らないままだったとのこと。
知らないままなのは、幸せなことだろうか。
その幸せは幻だろうか。本物だろうか。
そのケンタロウもケンタロウだろうか。

オリー伯爵は、アデール(♀)だと思ってイゾリエ(♂)の手を握る。
オリー伯爵とアデールの間に立って、オリー伯爵の邪魔をしているイゾリエは、アデールにささやく。
【彼の喜びは、貴女とは関係がありません】

この世のことは全て冗談★

今日、とある能の公演のチケットを取ろうと電話したら、
「調整してこちらからご連絡します」と言われた。
調整・・・。
ご連絡・・・?
つまり、先着順じゃないのね。
能の公演って、1回しか上演しないから、香盤割りが大変なのです。
Aさんはこの席で、BさんはAさんよりも良席じゃないと駄目で、CさんとDさんは近くの席で、などと、結婚披露宴の席次を決めるみたいな作業を毎回しているのでしょう。
そこまでできない、という場合は自由席になってしまう。
自由席なら文句が出ないから。
(でも自由席は客の負担が大きい)
私にはどんな席がくるのだろう?


ん~~、
引っ越し先が決まったのですが、
いま住んでいるところよりもだいぶ条件が悪くなり、
もうガッカリ・グッタリです。
すぐそばに道路があり、車の音がうるさくて、
こんなのに耐えられるのだろうかと思ってしまう。
しかし、気を付けて見てみると、
道路沿いのマンションやアパートはたくさん存在するようで、
みんなこんなのに耐えているのか~、
都会というものは切ないものですね。
風呂のお湯が自動で止まらないのもショック・・・。
お湯を張っている間に寝てしまったらどうなるの??
下駄箱がなくって、しかも置くスペースもない。
狭い。
脱衣所がない。
洗面所がない。
棚がない。
押し入れがない。
カレンダーを掛けるフックがない。
現状より良くなるのは、ウォシュレットが付いていることくらい?
引っ越しが憂鬱~~。
もともと暗い私がさらに暗くなりそう。

さて、
書きたいことはいろいろ思い浮かぶのですが、
ブログにかまけて引っ越しの準備が進まないので、
このブログはお休みいたします。
書いたからどうということもなく、
書かなかったからどうということもなし。

ごきげんよう。

2014年2月 2日 (日)

《オリー伯爵》あれこれ

 

あまり知られていない演目ということで、藤原歌劇団がこの演目を上演するのは、かなりの冒険であったらしい。でもシラグーザを呼んで2班のキャスティングで見られたのは幸せなことでした。

しかし、公演タイトルを《オリィ伯爵》としていながら字幕では「オリイ伯爵」と表記したり、印刷物によってアデルだったりアデールだったり、藤原は一体どうなっているんだろうかと思ってしまう。
「オリィ伯爵」なんて書かれると、「バャリース」みたいな昭和の香りと言いますか、不自然な雰囲気が漂うのでした。どういうセンスなんだろう?

前回の記事でも書きましたが、私はこれまで、この作品を面白いと思ったことがなかった。《ランスへの旅》から多くのナンバーが転用されていますけれども、《ランスへの旅》のほうが音楽も台本も数段・優れているし、好きだし、ソリストの揃え方もゴージャスだし、《オリー伯爵》は《ランスへの旅》が上演できない場合の代用品のように思っていました。
今回の上演で、初めて良さが分かりました。全く異なる魅力を持っているということが。

 
アデールは従来「伯爵夫人」と紹介されることが多く、それが誤解を招いていたと思うんです。プログラムにも書かれていますが、アデールは独身で、La Comtessaというのは「伯爵の位をもつ令嬢」「女伯爵」という意味だそうです。「伯爵の奥さん」ではありません。
そして、原作のヴォードヴィルでは、未亡人と明言されているそうです。(オペラでは言及されていない)

アデールは「恋愛しないという誓いを立てた」「自分からその誓いを破るなんてありえない」と言っていました。
なぜ恋愛しない誓いを立てたのか、明確な説明はなされていませんが、考えられる理由としては、

㋐男たちが遠い戦場で必死になって戦っていることを考慮して、女も自ら恋愛を禁じた
㋑自分の夫は死んでしまったが、結婚した時に誓った永遠の愛をかたくなに守り続けている

台本の前後を読めば㋐であるように思えます。私はずっと㋐だと思っていました。
しかし、インチキ行者(オリー伯爵)から「誓いを守る必要はない」と言われて、アデール自身も納得しているわけでしょう。それはおかしいことだと思う。だって男たちが戦場で戦っている状況は少しも変わっていないわけですし、どうしてアデールが誓いを捨てることに納得するのか、見ていて分からない。自分で勝手に誓って、自分で勝手に破って、マッチポンプな感じ。
でも㋑の誓いであったなら、当人の心次第であって、どちらでもおかしくない。誓いを守り続ける人がいてもおかしくないし、誓いを捨てる人がいてもおかしくない。聖書に正解が書かれているわけでなし、夫が死んだ後、どちらを選ぶのか、自分次第でしょう。だからインチキ行者に「もう神様も恋愛していいって望んでいますよ」と言われて、あっ、そうなのねと急に心変わりすることはあり得るし、その心境の変化が、コメディーのシチュエーションとして最強の設定だと思った。

佐藤美枝子さんの歌を聞きながら、同時進行で㋑だったんだなあということが理解できて、すごいアリアだなあと思って興奮しました。永遠の誓いを投げ捨てる瞬間にあの音楽が付いているのって。

私の推測ですと、㋑では検閲を通らないので㋐でカムフラージュしているのではないかと思う。教会はそれを許さないけれども、インチキ行者はそれを許す。
どうでしょう?

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