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2014年3月

2014年3月26日 (水)

タップリ!

 

歌舞伎座の3月大歌舞伎が終了してしまいました。最高の舞台でした。夜の部は初日と千穐楽の2回見たのですが、ずいぶんと印象が違いましたね。「加賀鳶」は道玄とお兼のセリフがよりネットリと味わい深くなっていました。「勧進帳」では、問答のテンポがかなり遅くなっているように感じました。「振袖始」は、稲田姫の持ち場が増えていたようです。
(確かめる術もありませんが)

「勧進帳」は、1番多く見ている演目だと思いますけれども、今回ほど感動したことはありません。「私はもうこれ以上感動できない」というほど限界まで感動しました。もっと何度も見たかったのですが、初日と千穐楽を良い席で拝見できたことは実に幸運なことでした。やはり特別な日ですからね。

 
ところで、千穐楽の「勧進帳」の六法で、客席から「待ってました」「タップリ」という掛け声がかかったのです。読み上げ、問答、見得、延年の舞など多くの見せ場がある「勧進帳」において、なぜ最後の最後の六法に「待ってました」なのか理解に苦しみますが、それはまあいいとしましょう。その人は本当に待っていたのでしょうから。許せないのは「タップリ」のほうです。私は「タップリ」という掛け声が嫌いなのです。憎んでいると言ってもいいくらいです。
私の考えでは、「タップリ」という掛け声は、歌舞伎のためではなく、寄席〔よせ〕のためにある言葉だと思います。寄席は、何人かの出演者が代わるがわる舞台に出て、引っ込んでいきます。出演者ごとに持ち時間が決まっているわけですが、多少、長くなったり短くなったりする。まだ話の途中なのにブツッと切って舞台を降りることも多い。「ちょうど時間となりました」「おあとがよろしいようで」などと言って途中でやめてしまう。そこで、出演者が登場した時に「タップリ」と声を掛け、「私はお前さんをタップリ聞きたいんですよ」とアピールしておく。浪曲などの場合は、ああ良い声だねえ、ずっと聞いていたいよ、まだ舞台を降りないでおくれよ、「タップリ!」と、こうなるわけです。(それで実際に出演時間が延びるかどうか分かりませんが)
歌舞伎は、そういう仕組みではないので、「タップリ」という掛け声は意味が分からない。日本の宝である中村吉右衛門が、持てる力の全てを出し切って演じている弁慶に対して、これ以上何をタップリやれと言うのか??怒りを感じます。
ついでに、「待ってました」という掛け声は、「紅葉狩」で更科姫が踊り始める時とか、「船弁慶」で静が舞い始める時とか、「茨木」で真柴が舞い始める時とかに掛けるものだと思っております。(みんな本当に待っているので)
掛け声というものは、「みんなの気持ちを代弁する」ものではないでしょうかねえ。

私は大学生の頃、歌舞伎研究会というサークルに入っていたのですが、部室のロッカーに「タップリ!」という貼り紙がありました。「タップリ」という掛け声は、ギャグなのでした。嘲笑の対象だった。

「タップリ」の掛け声も消えるくらい、播磨屋の弁慶は素晴らしかったですけどね。

2014年3月22日 (土)

雪月花 三番能(神遊)

140316_162606

神遊の「雪月花 三番能」を見てきました。
雪「鉢木」
花「杜若」素囃子
月「融」白式、舞働之伝

雪月花の花と言えば桜と相場が決まっていますが、上演されたのはなぜか「杜若」。
プログラムには「神遊らしいもの、ことに囃子事に関わることなどを選曲の骨子に据え」「桜ではありませんが、花ということで『杜若』を素囃子で」と書かれていました。
よく分からない・・・。
せっかく雪月花というテーマを決めたなら、桜の曲にすればいいのに、と見る前は思っていました。

「杜若」を見るときは、双眼鏡を持っていくと決めている私。初冠に挿された花を確認するためです。今回は梅の花が挿されていました。
「素囃子」「恋之舞」の小書のときは梅花、「沢辺之舞」のときは藤の花をつけるのだそうです。杜若を挿している演出も見たことがあると思います。
しかし梅花を挿すのって、変だと思いませんか。だって舞台は杜若が咲いている季節でしょう。杜若と梅は同じ時期には咲きません。(藤は同じ時期ですが)
この梅はどこから来たのか、どうして梅の花なのか、それは「上演時期が梅の季節だから」という以外、考えられない。
観世能楽堂の庭は梅が満開でした。
まるで今日のためにある小書みたいじゃないですか。
梅の花が、舞台上の季節と、外界の季節をつないでいるかのようでした。

私はこれまでにも「杜若」を数回見ていますが、「飛ぶ蛍の」というくだりを見たのは今回が初めてでした。カットされることが多いのですね。しかし、このくだりは、ぜひとも上演すべきだと私は思います。業平が「菩薩の化現」であるというのは、業平の詠んだとされる和歌「知るや君 我に馴れぬる世の人の 暗きに行かぬ 便りありとは」に基づいていると思う。「私と付き合った女はみんな天国へ行くのですよ」という意味でしょう。「飛ぶ蛍の」をカットすると、この和歌もカットされてしまい、業平の人物像がぼやけてしまう。

喜正さんの「杜若」は実に素晴らしく、これまでの私の観能体験の中でも屈指の感動でした。心の底から陶酔しました。(「鉢木」と「融」は、あまり感動しなかったのですが、私の体調のせいかもしれない)
公演が終わって観世能楽堂を出ると、空に満月が浮かんでいて、洒落た公演であったなあと思いました。
狂言「悪太郎」も良かったです。(雪月花に酒?)

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