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2014年7月

2014年7月31日 (木)

私はオフィーリア

あやしい不定期連載
~詩の時間~

「私はオフィーリア」

ある日、突然
私の脳裏に
「入水オフィーリア」という言葉が浮かび
そのまま離れなくなった
入水オフィーリア
入水オフィーリア
オペラ好きなあなたの脳裏にも、きっと
永遠に
永遠に

2014年7月29日 (火)

24ゼッキーニ

《コジ・ファン・トゥッテ》の中に、「24ゼッキーニだけ払ってくださいよ」というセリフが出てきます。
ドン・アルフォンソと、
フェルランドとグリエルモは、
100ゼッキーニ賭けている。
勝負は1日、次の朝まで。
まだ朝じゃないけれど、勝敗は分かったも同然だから、金を払えと2人は言う。

グリエルモ「半分払ってください」
フェルランド「24ゼッキーニだけでも払ってくださいよ」

こののち賭けは継続され、結局2人は敗北するわけですが、この「24ゼッキーニ」とは何のことだろう?
100賭けていて、50払え、というのは分かる。
次が25ではなく24なのは何故なのか?

芝居を見ていると、そのような疑問点がいろいろ出てきて、すぐに理解できる場合と、ずっと理解できない場合があります。

今回、イタリア旅行に行くにあたって、『いきなり使える旅行会話 イタリア語』NOVA編という本を持っていきました。この本はなかなか優れもので、飛行機で通路側の席を取る時とか、スカラ座で終了した過去の公演の配役表をもらう時などに、偉大な力を発揮したのでした。
この本の中のコラムに、次のような記事が出ていました。

突然出てくる「4」の意味

日本の2、3と同じ「ちょっと」
日本語では「少ない」「わずかな」ということを表現するのに、「2、3」という数字を使うことがあります。それと同じような感覚で、イタリアで使われるのが「4(quattro)」です。ほかにも「4つの目(quatr’occhi)」が「ふたり」を意味することから、イタリア語にはquattroを用いた表現がたくさんあります。このことを知らないと、突然会話のなかに「4」が出てきても、意味がわからずにとまどうことになります。

24ゼッキーニの意味が、ちょっと分かったような気がいたしました。言葉の解釈には、どれが正解で、どれが不正解ということはないと思いますが、自分で納得できないと、ずっと気になってしまいますからね。

2014年7月27日 (日)

イタリア語

はあ~、仕事がたまっている・・・。
新作文楽が・・・。
通常の倍、働かなくては・・・。
イタリア旅行の記事は、ぼちぼち書いていきますので、期待せずにお待ちください。

最近見た舞台の感想としては、門之助さんの磯之丞と、猿弥さんの修行者智蓮坊が、最高に素敵な出来栄えでしたね~~。

ところで、イタリアに関する本を読んでいたら、こんなことが書いてありました。

イタリア人は、歴史、文化、考え方を異にする多様な人びとの寄せ集まりである。まずはローマ人、ミラノ人、シシリア人、フィレンツェ人がいて、イタリア人であることは二の次なのだ。
・・・
一八六一年にようやく統一を成し遂げたのだから、なるほど根深い地元意識もうなずける。統一以前のイタリア半島は多くの独立した国家に分かれていた。
・・・
言葉の違いははなはだしく、南部で制作された映画、『ラムール・モレスト』は、吹き替えられて北部で上映された。
・・・
第二次世界大戦が終わるまで、イタリア語はごくわずかな人間が話していたにすぎなかった。そもそもイタリア語は書くための言語であり、それを用いるのは行政官や官僚、それにひと握りの学者、そして支配階級の人間に限られていた。
全国どこへいってもイタリア語が通じるようになったのは、テレビの影響が大きい。現在では、国内ならどこにいてもほとんどイタリア語で用が足りるし、若者が話す言葉もイタリア語だ。
・・・
そうはいっても、イタリア人は、生まれ故郷にとどまるかぎり、地元の方言や言葉を話し、これはよそ者にはほとんど通じない。EU議会の調査によれば、EU域内の二八の少数言語社会のうち、一三はイタリアにあるという。
・・・
ほとんどの地方には、構造も語彙もイタリア語とはまったく異なる方言がある。イタリア人の六〇パーセントが使っているのは方言だし、一四パーセントはイタリア語以外の言葉を話している。
『イタリア人のまっかなホント』マーティン・ソリー:著、小林宏明:訳、199912月初版発行より


統一が比較的遅かった、ということは知っていましたが、通じないほどに言語が異なっていた、というのは知りませんでした。
一部の例外を除いて、オペラに方言が入らなかったのは、なぜなのだろう?そもそもイタリア語は書くための言語であり??オペラの登場人物たちは、書き言葉で会話しているわけですか??ヴェリズモであっても??

2014年7月22日 (火)

A班の人、B班の人

まさか自分が《コジ・ファン・トゥッテ》について語るようになるとは思いませんでした。スカラ座に行かなければ、一生、生で見ることもなかったと思うんです。これまでに映像は何種類か見たことがありますけれども、全然面白いと感じなかったので。

予習していて驚いたのは、騙す側の人だと思っていたデスピーナが、幕切れに「騙された」と憤っていたこと。デスピーナも騙されていたのですね。
しかし、それならばなぜデスピーナが結婚の公証人に扮していたのか、理解しがたい。デスピーナは、嘘の結婚を挙げさせたかったのではないわけでしょう。本物の公証人を呼んで来ればいいのでは?

そもそも、2組の偽結婚式は、必要ないと思いませんか?
ドン・アルフォンソが「女は皆こうしたもの」と言い、フェルランドとグリエルモがそれに唱和した時点で、賭けの勝敗は決定したはずです。そこで正体をばらせばいいのに、わざわざ要らぬ結婚式をしている。

ドン・アルフォンソのセリフで、「今夜中に2組の結婚式がなされることを望む」とありますが、その結婚式は、
①本来のカップル
(ドラベッラ&フェルランド、フィオルディリージ&グリエルモ)
②心変わりのあとのカップル
(フィオルディリージ&フェルランド、ドラベッラ&グリエルモ)
どちらの結婚式をドン・アルフォンソは望んでいたのでしょうか?
私は①だと思っていたのですが・・・。
むむ~

ところで、
オペラで描かれる愛にも様々な形があるものですが、仮に大きく3つに分類してみましょう。

A班・・・1人の相手と永遠の愛を、という人々
B班・・・複数の相手と刹那の愛を、という人々
C班・・・AにもBにも属さぬ不思議な人々

AとBは相容れぬ対立概念であり、A班に属する人はずっとA班の人、B班に属する人はずっとB班の人、ということが多い。
ところが稀に、人生の途中で心変わりを起こす人がいて、その最古のケースがB班からA班に移ったマグダラのマリアです。マグダラのマリアは、オペラの登場人物ではなく、新約聖書の登場人物であり、イエス・キリストに出会って考えを改めます。マリア・カラスは、マグダラのマリアを主人公とした新作オペラを熱望していたそうですが、当時すでにイタリア・オペラ界にはそのような力が残っておらず、実現しませんでした。(マスネのオラトリオが存在するようですが・・・)
同じくB班からA班に移っていった人物に、《ラ・トラヴィアータ》のヴィオレッタがいます。しかし、その心変わりを表現したアリア「そは彼の人か~花から花へ」が、形式上、A班からB班への移行を歌っているのが面白いところです。
逆にA班からB班に心変わりした人物が、《コジ・ファン・トゥッテ》のフィオルディリージ、ドラベッラ、《オリー伯爵》のアデールです。フェルランドとグリエルモが同様の心変わりをしたのかどうかは、明らかではありません。
ドン・アルフォンソとデスピーナは、始めから終いまでB班に属する人物であり、A班の人々をB班に引きずり込もうとします。
なぜ~
私が思いますには、《ドン・ジョヴァンニ》に登場するツェルリーナはもともとB班に属する人物であって、ドン・ジョヴァンニからの誘惑による心変わりは、大した心変わりではありません。
A班に属する蝶々さんと、B班に属するピンカートンが、なぜか出会い、愛し合ってしまった悲劇が《蝶々夫人》です。
カルメンは明らかにB班の人物ですが、ドン・ホセがA班なのかは疑わしい。
C班というのは、多分にファンタジックな要素を持つ不思議なカテゴリーで、トゥーランドットはC班からA班へ、マンリーコはA班からC班へと心変わりし、観客の陶酔を誘う。心変わりがドラマになる。

私の理解によれば、
カトリックでは、A班を奨励し、B班には天罰が下ると言う。
A班の人々は、B班の人々から誘惑されやすく、かるがゆえにカトリックは結婚の秘蹟なるものを開発した。教会の祭壇の前で神父の立ち合いのもと1度だけ永遠の愛を誓い、B班への移行を完全ブロックする。
結婚は本来そのようなものではない、ということを、《コジ・ファン・トゥッテ》の偽結婚式は表現したかったのかもしれない。もっといい加減で、もっと気軽な結婚式。
フェルランドは、ドラベッラの心変わりをなじって「あんなに誓ったのに」と言う。その「誓い」は複数形giuramentiで表わされていますが、カトリックの誓いは、おそらく複数形ではないでしょう。つまり、彼らはA班に属する人物でありながら、永遠の誓い方をご存じない。

永遠を望むのか?
永遠を望まないのか?
はたして、どちらが理想なのか?
自分がA班なのかB班なのか、この機会に検証してみませう。

2014年7月21日 (月)

2回ともコリン・リー

先日から書いているとおり、スカラ座にフローレスを見に行ったら、休演していたわけなんです。
もともとBキャストだったテノール、コリン・リーが代演しました。スカラ座の公式サイトによれば、気管支炎のためフローレスは初日の1回だけ出演して、残りの日程は全てコリン・リーが出演。

フアン・ディエゴ・フローレス 7月4日(1回)
コリン・リー 7月7・10・12・15・17・19・21日(7回)

《オリー伯爵》は、テノールがタイトルロールという、数少ないプリモ・ウォーモ・オペラであり、よって当然テノールの負担が大きい。2人で交互に歌う予定だったものが、コリン・リー1人で歌うことになり、しかも中1日のケースが多く、無事に歌えたのか気にかかる。
私が見た7月7日と12日は絶好調で歌っていましたが、他の日はどうだったのだろう。
それよりも更に気にかかるのが、フローレスの現状です。初日の出来はどうだったのか。調子が悪そうだったのか、それとも良かったのか。彼のこれまでのオリーと比べて、どうだったのか。休演は本当に気管支炎によるものなのか(フローレス休演の公式発表を真に受けるほどウブではないので)。まだオリーは歌えるのか、もう歌えないのか。
それから、天下のスカラ座が、コリン・リーしか頼るテノールがいなかったというのも不可思議で、これでコリン・リーまで休演したら一体どうなっていたのか、代役探しの事情も知りたいところです。(私のように、ダブルキャストだからと思って2回見た人は、2回ともコリン・リー。)

アレーナ・ディ・ヴェローナの公演を見に行ったら、3公演見たうちの2公演が、雨で中断され、そのまま終了となりました。
ヴェローナの雨の話は、私の周りでもよく聞くんですよね。
一体、どれくらいの頻度で雨天中止となっているのだろう。
私の見たヴェローナは、昼間すごく天気が良くて、これは大丈夫だなと思ったのに、夕方から急に大雨が降り出し、夜は小雨が降ったり止んだり。むしろ、朝から曇っていた日は夜まで雨が降らず、最後まで上演されました。
日本の夕立みたいな感じで、昼の高温で湿気が上空へ昇り、夜になって気温が下がると、上空の湿気が雨になって振ってくるようでした。
つまり、かなりの頻度で夜に雨が降るのではないかと思われたのです。
実際のところ、どうなのでしょうか?結果が表になっていたりしないのでしょうか。

歌舞伎界で何かが起これば、インターネット上の情報で(ある程度は)事情が分かるものですが、オペラ界の事情は、英語やイタリア語が分からないと情報が入手できないのですねえ・・・。

アレーナ・ディ・ヴェローナの場内アナウンスは、イタリア語、ドイツ語、英語で行われていました。ドイツ人が多かったですね。雨が止むのを待っている間、サッカーの結果で盛り上がっていました。ドイツには海がないですし、夏になるとドイツ人はイタリアまでバカンスに来るんですね?ガルダ湖畔の保養地シルミオーネも、ドイツ人が多かったようです。(ドイツに著名な画家が少なく、逆にイタリアに美しい絵が溢れているのも、土地そのものの美しさによるのかなあと思いました。)
アレーナ・ディ・ヴェローナの客席は、いろんな国の人がいましたが、客同士が英語でコミュニケーションしていましたね。私にもガンガン英語で話しかけてきて、どうしようかと思いました。英語は話せて当然という扱いでしたねえ。まあ私も英語は長年にわたり勉強したはずなのですが・・・。

英語は不規則変化や活用が少ないので、便利な言語ですよね。私ももう少し勉強しなくてはと、海外旅行に行くたびに思うのでした。

2014年7月20日 (日)

舞台でオシッコしてしまいました

今回、変なタイトルで恐縮です。

さて、舞台上で、ナニが行われることがありますね。(ナニがナニかは大人なら分かりますね?)
ジョン・ノイマイヤー振付のバレエ《椿姫》、そして能《千手》では、舞台上で行われる。客の目の前で。

客からは見えないところでナニが行われる演目もあり、歌舞伎では「桜姫東文章」、オペラでは《コジ・ファン・トゥッテ》などが該当します。
ちなみにスカラ座で見た《コジ・ファン・トゥッテ》では、フィオルディリージ&フェルランド、ドラベッラ&グリエルモ、どちらの組も二重唱のあとに明らかにナニをしておりました。

《オテッロ》《ばらの騎士》《蝶々夫人》では、直前・直後にナニが行われています。

ドイツの歌劇場では、やたらと歌手が裸になるようです。そういう映像もいくつか出ています。客の興味をそらさぬために脱ぐ。そしてナニをいたす。

舞台ではあらゆることが起こりますが、それでも「舞台上でオシッコをする」というのは、これまで見たことがなかったような気がする。

私も長く芝居を見ているので、舞台上で失禁してしまった俳優を2人、目撃したことがあります。1人は子役で、1人は老俳優でありました。まあ長い人生の間には、そうしたこともあるのでしょう。が、今回は失禁の話ではありません。

スカラ座で見た《オリー伯爵》では、アデール(ソプラノ)がオシッコをしていました。オシッコの演技。舞台設定を現代に移し替えた「現代演出」だったのですが、怪しい尼さんから迫られて、個室に一旦逃げ込み、オシッコをしてホッと一息・・・ということだったようです。スカートをおろして便器に腰かけてハア~~、という演技。
客席から野次というか、言葉にならぬ冷やかしの声が上がっていました。

何というか、ストーリー上あまり必然性がない感じですし、客の興味を引くためにわざとエキセントリックなことをやる、というのは下品な印象を受けます。

それで、私はスカラ座で《オリー伯爵》を2回見たのですが、2回目に見たときには、そのオシッコの演技がなくなっていたのです!
落ち着くために精神安定剤(?)を飲む、という別の演技に変わっていた。
どこからどのような圧力がかかったのか、宗教上の圧力なのか、パトロンからの苦情なのか、検閲というほどのものではないでしょうけれども、ロラン・ペリーの演出を変更してしまうなんて、さすがスカラ座だと思ったのでした。
(変更後の演技は、ロラン・ペリーが考えたのだろうか?)

2014年7月19日 (土)

スカラ座管弦楽団

長年憧れていたスカラ座に行ってきました。
私は、スカラ座のオーケストラがどのような演奏をするのか、楽しみにしておりました。

ヨーロッパの歌劇場では、作品によって、ピリオド楽器による演奏も増えてきているようです。
ピリオド楽器はご存じですよね?
釈迦に説法でしょうけれども、オーケストラの楽器というものは、時代とともに変化しています。楽器ごとに変化の歴史も異なりますが、概して、時代とともに音量が大きく、音域が広くなる傾向にある。つまり昔は貴族や金持ちが少人数で楽しんでいたけれど、客の数が増えていき、劇場も広くなっていったので、劇場の大きさに合わせて楽器も変化していった。作曲者が活躍した時代に使われていたタイプの楽器をピリオド楽器(またはオリジナル楽器)、一方で現在使用されている楽器をモダン楽器と言う。

今回スカラ座で見たのはモーツァルトとロッシーニだったので、まあピリオド楽器とは言わないまでも、軽い感じの音なのかなあと予想していたのですが、実際に聞いてみたら全くそんな気配はなく、バリバリのモダン楽器でした。重厚で、豊潤で、豪華な音色。
ピリオド楽器を使ったクルレンツィス指揮の録音《フィガロの結婚》などとは、対極にあるような演奏でした。
ピリオド楽器の演奏に対して、「これが作曲者の意図した本物の音」というような紹介のされ方をすることがありますが、スカラ座の巨大な空間でピリオド楽器を使っても仕方ないと思いました。また、いろいろなタイプの演奏を楽しめたほうが豊かで良いと思いますし、私は個人的にモダン楽器の音色のほうが好きです。

こんなことを書くと笑われそうですが・・・、
スカラ座のオケで聞くモーツァルトの《コジ・ファン・トゥッテ》は、ロッシーニっぽく聞こえた。特に第1幕の終盤。
スカラ座のオケで聞くロッシーニの《オリー伯爵》は、ヴェルディっぽく聞こえた。特に第2幕で酒を飲む場面。
これまで、そんなことを感じたことはなかったのに・・・。

オーケストラの音色というものが、歌劇場ごとに異なっていて、それは劇場の規模や音響や歴史によって規定されているということ。そして、スカラ座のオーケストラは、他のどの歌劇場とも違うユニークな音色を持っている、ということを感じた今回の旅でした。

2014年7月18日 (金)

旅はいつもそうしたもの

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ドゥオーモ、ドゥオーモ、お久しぶりです。イタリア帰りのふくきちです。

最大の目的であったフローレスが休演!
アレーナ・ディ・ヴェローナの《アイーダ》《トゥーランドット》が雨で中断!
と、期待外れな部分もありましたが、
あまり期待していなかったアレーナ・ディ・ヴェローナの《カルメン》とスカラ座の《コジ・ファン・トゥッテ》に大感動!
急な思い付きで訪れたマントヴァ、シルミオーネの美しさに仰天!
現地で開催を知った「ヴェロネーゼ展」に心酔!
と、予想外の感激もあり、
トータルとしては大満足なイタリア旅行でした。

2014年
7月6日(日)
●成田空港発→ミラノ・マルペンサ空港着
●ミラノ泊

7月7日(月)
●ドゥオーモ
内部、屋上見学
●ガッレリア
●ポルディ・ペッツォーリ美術館
フィリッポ・リッピ「ピエタ」
婚礼用レースのヴェール
●スカラ座博物館
●サンテウストルジョ教会
●サン・ロレンツォ・マッジョーレ教会
●スカラ座
20時開演・平土間O列 左9番
ロッシーニ作曲《オリー伯爵》
フアン・ディエゴ・フローレス休演によりコリン・リー代演
●ミラノ泊

7月8日(火)
●ミラノ中央駅から電車でヴェローナ・ポルタ・ヌオーヴァ駅へ
●ジュリエッタの家
ジュリエッタ像の右胸に触る
内部見学
●カステルヴェッキオ
マンテーニャ「聖家族」
カルロ・クリヴェッリ「聖母の受難」
●サン・ゼーノ・マッジョーレ教会
●ドゥオーモ
ティツィアーノ「聖母被昇天」
不明画家「聖母子」
●サンタナスターシア教会
パイプオルガンが演奏され続けていた
●アレーナ・ディ・ヴェローナ
21時開演・スタンド席(ゲート13)6列62番
ヴェルディ作曲《アイーダ》
第3幕が始まる直前に雨となり、雨が止むのを待つも、止まずに23時45分ごろ終了
●ヴェローナ泊

7月9日(水)
●ヴェローナ・ポルタ・ヌオーヴァ駅からバスでラツィーゼへ
●ラツィーゼから船に乗りガルダ湖を横切ってシルミオーネへ
●ロッカ・スカリジェーラ(スカラ家の城塞)
●グロッテ・ディ・カトゥッロ(ローマ時代の遺跡)
●シルミオーネから船でガルダ湖を横切ってガルダ→バルドリーノ→ラツィーゼへ
●ラツィーゼからバスでヴェローナ・ポルタ・ヌオーヴァ駅へ
●アレーナ・ディ・ヴェローナ
21時開演・ゴールド5列13番
プッチーニ作曲《トゥーランドット》
第2幕がもうすぐ終了する場面で雨のため突然中断され、雨が止むのを待つも、止まずに11時55分ごろ終了
●ヴェローナ泊

7月10日(木)
●ヴェローナ・ポルタ・ヌオーヴァ駅から電車でマントヴァ駅へ
車窓より、ひまわり畑
●サン・バルナバ教会
ピンク色の内部
●パラッツォ・テ(テ離宮)ゴンサーガ家の別荘
巨人の間
●パラッツォ・ドゥカーレ(ドゥカーレ宮殿)
結婚の間は見られず
●ドゥオーモ
●ソルデッロ広場
●サン・ロレンツォ教会
●サンタンドレア教会
●ジュリオ・ロマーノの家の前
●マントヴァ駅から電車でヴェローナ・ポルタ・ヌオーヴァ駅へ
●グラン・グアルディア宮殿
特別企画展「ヴェロネーゼ展」
●アレーナ・ディ・ヴェローナ
21時開演・ゴールド5列27番
ビゼー作曲《カルメン》
結末まで上演された
●ヴェローナ泊

7月11日(金)
●ヴェローナ・ポルタ・ヌオーヴァ駅から電車でミラノ中央駅へ
●センピオーネ公園
●カステッロ・スフォルツェスコ(スフォルツァ城)
●スフォルツァ城博物館
ミケランジェロ「ロンダニーニのピエタ」
マンテーニャ「聖母子」
ジョヴァンニ・ベッリーニ「聖母子」
フォッパ「聖セバスティアーノ」
●チェナーコロ・ヴィンチャーノ(旧修道院食堂)
レオナルド・ダ・ヴィンチ「最後の晩餐」
●サンタ・マリア・デッレ・グラッツィエ教会
●サンタンブロージョ聖堂
宝物庫
●スカラ座
20時開演・平土間E列 右10番
モーツァルト作曲《コジ・ファン・トゥッテ-女は皆こうしたもの》
●ミラノ泊

7月12日(土)
●ブレラ絵画館
・企画展「ジョヴァンニ・ベッリーニ展」
・常設展
ヴェロネーゼ「最後の晩餐」「洪水から逃れるモーゼ」
ラファエッロ「聖母の婚姻」
ティントレット「聖マルコの遺体の発見」
ベッリーニ兄弟「アレッサンドリアの聖マルコの説教」
マンテーニャ「死せるキリスト」
●アンブロジアーナ絵画館
レオナルド・ダ・ヴィンチ「楽師の肖像」
カラヴァッジョ「果物籠」
●1900年代美術館
ペッリッツァ「第4階級」
●スカラ座
20時開演・プリマガレリア(5階)1列32番
ロッシーニ作曲《オリー伯爵》
●ミラノ泊

7月13日(日)
●ミラノ・マルペンサ空港発
●機内にて映画「そして父になる」
●機内にて映画「英国王のスピーチ」日本語吹替版

7月14日(月)
●成田着

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