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2015年2月

2015年2月21日 (土)

あれこれ

●初物を食べると寿命が75日延びる、などと申しますが、新三が鰹を食べてから死ぬまで何日だったのだらうか?

●久しぶりに映画を見ました。「みんなのアムステルダム国立美術館へ」と「ナショナル・ギャラリー英国の至宝」の2本。どちらも面白かった。
東京オリンピック開催後に、国立劇場も大規模な改修を行う予定なのですが、とても映画にはならないですねえ・・・。

アムステルダム国立美術館の館長が、改修のゴタゴタに嫌気がさして退職してしまうのですが、こう言っていた。
「幸福な時は短い、あとは待合室」
味わい深い言葉だと思った。オランダのことわざだらうか?


平日の歌舞伎座へ

18日の水曜日に、仕事を休んで歌舞伎座へ行ってきたのです。通常は土・日・祝日に行くのですが、平日のほうが良い席が取れるかな~と思って。

「関の扉」の詞章に「なりひら」という人名が織り込まれているのが聞こえました。
今回は小町の出の時に、上手で実際に箏が演奏されていましたねえ。(演奏されないことが多いと思いますが・・・)
それから、雪や花が降っていました。(降らさないことが多いと思いますが・・・)
「雪かと見れば花の吹雪か」なんて言葉もありますが、本当に雪なのか花なのか分からなくて、綺麗でした。
最後の二段に上がるところで、福助さんの時の墨染は、他の人が演じる時と右手の形が違っていた。福助さんだけ、その形をする。なぜなのだろう?
私は今回、一階前方下手に座っていて、すごく良い席だったのですが、幕切れに菊之助さんの顔が見えませんでした。右手の袖に隠れて。しえ~。
福助さんの時は、どうだったかなあ。

「関の扉」は本当に大好きな演目です。

「組打」の場面を、通称「檀特山〔だんどくせん〕」と言う。
それは昔から知っていた。
知識としては知っていたけれど、ちょっと理解できなかった。
悉達太子を見送った従者の、何が悲しいのだろう。
我が子を自ら殺した熊谷の悲しみと、どこが重なるのだろう。
悲しみの大きさが違いすぎると思っていた。
しかし、吉右衛門さん演じる熊谷の目が、遠く流されゆく小次郎の亡骸を見送る時に、私は突然分かった。小次郎は仏になったのだと。悉達太子と同じく仏になった。
そして熊谷は仏になれずに取り残された。
仏に取り残された者の悲しみが、車匿童子の悲しみと繋がるのだということが分かった。

普段は絶対にそんなことはしないのだけれど、この日は仕事があったので「神田祭」と「筆幸」を見ずに劇場を出た。
私は芝居を見るために仕事をしているのに、仕事のために芝居が見られないとは、一体どうしたことだろうか・・・。

ところで葵太夫さんのホームページは本当に消えてしまうのだろうか。そのうち読もうと思っていたのに。OCNは本当にひどい・・・。

初買

『三人吉三廓初買』という芝居がありますが、私は長いこと「初買」というのは「生まれて初めて女郎を買うこと」だと思っておりました。落語の「明烏」のようなイメージ。ところがこれは違うのだそうで、新年1月2日に女郎を買うのが「初買」なのだそうな。つまり「生まれて初めて」ではなく「今年初めて」。「初買」の「初」は「初夢」の「初」と同じ!?(福袋みたいだな!)
「大川端の場」の最後に「三人一座で出かけようか」という台詞がありますが、三人揃ってどこへ出かけるのかと言うと、何と吉原へ出かけるのだそうです。ええ~~。(イメージが狂う)

『三人吉三廓初買』をノーカットで上演してくれる劇団が現れないかなあ。


↓こんなことを書いている本もありました。(書名はメモし忘れました。今度調べます)
「初買」は「正月買」ともいい、年中の紋日で最も大きい、正月を大晦日から十五日までなど長期間遊女を買うこと。遊女が置屋や出入りの揚屋の奉公人に送る祝儀も客が負担するなど、相当の金銭が入り用で、遊客の誇りだった。

2015年2月15日 (日)

『天網島時雨炬燵』予習2

先日このブログで、『天網島時雨炬燵』の登場人物を3人ばかりご紹介しましたが、ほかの登場人物にも触れておきます。

◎江戸屋太兵衛〔えどやたへえ〕
この男は、遊女の小春に惚れており、請け出して女房にしたいと思っています。しかし小春は治兵衛のことが好きで、太兵衛のことは嫌いなのでした。
紙屋治兵衛は紙を売り、
粉屋孫右衛門は粉を売り、
江戸屋太兵衛は江戸をう・・・うう??
ん~~、何を売っているのかは不明ですが、商売人であることは間違いないでせう。
自分で「大金持ち」と言っているくらいですから、お金には困っていないようですが、治兵衛を騙して金を取ろうとしています。(悪い奴)
ところで江戸屋太兵衛は、最初に登場する時に「身すがら太兵衛」と語られます。
小春は治兵衛のことが好きである。しかし治兵衛には女房子供がある。しかもその女房は治兵衛のいとこなので、親類関係が煩わしい。それに対して太兵衛は、女房も子供もない。フリーである、身すがら、すなわち身ひとつである。だから治兵衛を諦めて私と一緒になりなさい。「身すがら太兵衛」は、そのような小春へのアピールが込められている呼び名なのですね。
おさんからの手紙によって、治兵衛と別れることにした小春は、太兵衛に請け出されてから自殺しようと決心する。
なぜそのようなプロセスを踏むのか?職場で自殺すると、雇用主や同僚に迷惑がかかるからでしょうかねえ。逆に言えば、太兵衛には迷惑がかかってもよかった、それくらい嫌いだった、ということでしょうか。
江戸屋太兵衛は、ほかに「江戸太〔えどた〕さん」「太ア〔たあ〕」とも語られます。
小春が書いた手紙に「本当は治兵衛さんではなく太兵衛さんが好き」と書かれていて、騙されて有頂天になるのが聞きどころ。

◎伝界〔でんかい〕
江戸屋太兵衛とグルになって、治兵衛から金を取ろうとする坊主です。自分で「乞食坊主」「宿なしのちょんがれ坊主」と名乗っています。
坊主というものは、自分で物を作ったり売ったりするわけではなく、お布施をもらって生活しているわけでしょう。中には怪しい坊主もいます。伝界は坊主と名乗っているものの、ちょんがれ節を歌って、街を行く人々からお金をもらって生活する、実態はストリートパフォーマーのようなものです。
ちょんがれ節というのは、事件や噂や言葉遊びに節を付けて歌う芸で、現代の週刊誌のような役割を果たしていたのではないでしょうか。歌舞伎の「浮かれ坊主」「喜撰」には「ちょぼくれ」が出てきますが、発祥は上方で「ちょんがれ」、江戸に下って「ちょぼくれ」になったらしいです。三味線の旋律が同じですね。
この伝界は劇中で、治兵衛をネタにしたちょんがれ節を披露します。原作にはない、改作の聞きどころです。

「紙屋内の段」の冒頭では、この2人が大活躍します。語りのテクニックが非常に高度で、すごいんです。

2015年2月10日 (火)

狂乱しちゃいます

引っ越ししてもう1年になろうかというのに、段ボールがちっとも片付かない。もう永遠に片付かないのか。そのまま次の引っ越しか。

引っ越しが先か。
地震が先か。
オリンピックが先か。
戦争が先か。

マリア・カラスのCDはいろいろ持っています。
1954年スカラ座の《ルチア》も持っていたと思う。
あまりに音質が悪くてガッカリしたような記憶がある。
ちょっといま出てこないんですけど。

インターネットで聞けますよ。
思っていたより音が綺麗?
いや綺麗ではないけれども、わりと聞ける感じ・・・。
これぞスカラ座。熱狂のラ・スカラ。
「狂っているのはルチアなのか観客なのか」と言われた公演です。
聞いてみてね。
(途中で音が飛びますが・・・)

スカラ座のルチア

2015年2月 3日 (火)

「天網島時雨炬燵」予習

仕事が終わらずに指の隙間から流れ落ちていく・・・。
締切のある仕事が次々と押し寄せてくる・・・。
でも今日は職場の暖房が切れてあまりに寒かったので、9時前に帰って来ちゃいました。

2月の文楽公演で「天網島時雨炬燵〔てんのあみじましぐれのこたつ〕」が上演されます。近松門左衛門:作「心中天網島〔しんじゅうてんのあみじま〕」の改作なのですが、久しぶりの上演なんですね。マニアックな演目なんです。予習していないと、訳が分からないかもしれません。長い話の一部分の上演で、しかも始まりの場面ではなく、終わりの部分だけなんです。しえ~。

◎主な登場人物
・治兵衛〔じへえ〕(紙屋の主人)
・おさん(治兵衛の女房)
・小春〔こはる〕(遊女)

治兵衛とおさんは夫婦で、2人の幼い子供がいる。しかし治兵衛はここ3年くらい遊女の小春に入れあげている。
  ↓
頻繁に会いに行くので、たいへん金に困っている。
  ↓
なかなか会えなくなったので、愛し合う治兵衛と小春は一緒に死ぬ約束をした。
  ↓
ただならぬ夫の様子を心配したおさんは、密かに小春に手紙を送り、治兵衛のためを思うなら別れてほしいとお願いする。
  ↓
小春は了解し、治兵衛には内緒のまま、別の男と一緒になったあとで1人きりで死ぬことを決心する。
  ↓
何も知らない治兵衛は、小春の急な心変わりに激怒し、小春を刺し殺そうとするが失敗する。
  ↓
治兵衛は家の炬燵で泣きながらフテ寝する。※「時雨の炬燵」というタイトルはここから来ている。炬燵の布団が治兵衛の涙で濡れるのを時雨に見立てている。時雨〔しぐれ〕とは、初冬の頃、突然降って来る通り雨のこと。
  ↓
治兵衛の涙を見たおさんは、「あんまりひどい、そんなに小春さんに未練があるの?私とはもう2年もしていないのに、どうなってるの?」と文句を言う。※このあたりが最大の見どころか
  ↓
「これは未練の涙ではなく、悔し涙なのだ」と治兵衛は言い訳する。
  ↓
小春が別の男と一緒になることを、治兵衛から知らされたおさん。小春は死ぬつもりに違いないとおさんは確信する。
  ↓
小春を助けるためには、小春を遊女の仕事から抜け出させて治兵衛が引き取る必要があり(身請け)、それにはまとまった金を用意しなければならない。
  ↓
おさんは、小春を助けるために、自分や子供の衣類を全て質に入れる準備を始める。そして「私はあなたの妹だと思ってくれればいい」と夫に言う。
  ↓
そこへおさんの父親が登場し、こんな男には娘を任せられないと告げ、おさんを連れて去っていく。
  ↓
まだまだ続く

まあ、事前にこれくらい知っていれば大丈夫ですかねえ~~~。

「心中天網島」は近松の最高傑作と言われることもある名作なのですが、昔は改作が上演されることが普通だったそうです。
なぜ改作が上演されたのかと言えば、
・幕府から心中物の上演禁止令が出たので、そのままでは上演できなかった。
・自分勝手な夫のために身を引く女房の行動があまりにエキセントリックなので、治兵衛の放蕩の原因を「女房の父親のせい」ということにした。
ということみたいです。

原作尊重の気運が高まって上演頻度が低くなっているのですが、それ以上に、語りがあまりに難しくて、今後は上演が難しいかもしれないですねえ。
私は国立劇場の職員なので、過去の記録映像を見てみたのですが、超絶技巧の語り芸に驚嘆しました・・・。

2015年2月 2日 (月)

「黒塚」あれこれ

今回は歌舞伎舞踊の「黒塚」の話です。

この作品が能の「黒塚」から取ってきたものだということは皆さんご存じかと思いますが、そこで「能も見てみよう」と思う方は意外と少ないのではないでしょうか。
でも、歌舞伎の「黒塚」を100%楽しむために、能の「黒塚」もぜひ一度ご覧になると良いでしょう。
能には5つの流儀があり、
観世流は「安達原〔あだちがはら〕」、
他の4流は「黒塚」という曲名で上演します。
能は季節感を大切にしますので、これからのシーズンはあまり上演されませんが~~。
※能を見る前には、必ず詞章をチェックしておくことを強くおすすめいたします。

歌舞伎の「黒塚」を見る際にも、事前に長唄の歌詞を読んでおくと良いと思うんですね。
日本舞踊の詞章を確認する時に、最も役に立つ本は、
日本舞踊社『日本舞踊全集』
これに間違いありません。
字句解釈、解説が付いている詳しい本です。
ただし、大形本で、なおかつ8巻に分かれておりますので、普通の図書館には置いていないかもしれません。1冊27000円と高価なので買うのもキビシイ・・・。
国立劇場の図書室には置いてありますので、必要な箇所をコピーすれば良いでせう。

歌詞を調べておくと、「杖に乃の字の影法師」なんていう部分も楽しめるようになります。杖をついた婆さんの影が「乃」の字に見える、という内容で、これは文字で読まないと分からないでしょう。

「黒塚」の歌詞の中で和歌が引用されているのですが、これは歌詞の中で最も美味しい部分だと思うのです。作詞者は、和歌の引用に心を砕くものなんです。

胡沙〔こさ〕吹かば 曇〔くも〕りもぞする 陸奥〔みちのく〕の 蝦夷〔えぞ〕にな見せそ 秋の夜〔よ〕の月

この和歌について、『日本舞踊全集』の解説では、以下のように説明しています。
“胡沙吹かば 曇りもぞする 陸奥の 蝦夷にな見せそ 秋の夜の月”というのは「夫木集」から借りたもの。胡沙は当て字であり、元来はアイヌ語という。胡沙吹かばの意味は、胡沙は息(いき)であり吹かばは吹きかけるであるから、“息を吹きかける”だという。秋の夜の月は美しく輝いているから、息を吹きかけたら、くもるであろうということらしい。ところで古い解釈では、支那の塞外(さいがい)の地は胡風の沙塵(さじん)が吹き立つので、塞外の地を蝦夷の地と仮にきめて、胡沙が吹いたら、曇りもするであろうから、陸奥よりも遠い蝦夷では見ることができぬであろう、秋の夜の月だといっている。これは間違いだという説があるから、後考を待つこととしたい。なお塞外は万里の長城の外をいう。その地を胡国といってえびすの国、夷狄(いてき)の国といい野蛮国として扱っていた。そして、その国に吹く風を、胡風であるとした。しぜん、美の象徴である月は、その風に吹かれれば、曇るということである。

なんだかよく分からない・・・。

胡沙とは黄砂のことだと書かれている本もございます。
月を曇らせるミステリアスな風、「胡沙」。

この意味不明な和歌ですが、わたくしの考えでは、「蝦夷」は「えぞ」ではなく「えみし」と読むのではないかと思うのです。すなわち、
・「え見じ」=見ない、見るまい、見なかろう(打ち消しの意志)
との掛詞なのではないかと思います。
※掛詞を作るとき、濁点のあるなしは違っていても良いのです。

「見ない」と言っている人には見せてあげない、「見るまい」と言っている人には見えなくて当然、という意味ではないでしょうか。
そう考えると、自分には絶対に悟りの境地など訪れないと固く信じていた岩手の心の中と、和歌が重なってくるように思うのです。これまで美しい月を見ることのなかった心。それは心の持ち方次第なのでしょう。

ただ、読んですぐに「これは掛詞だな」と分かる「えみし」よりも、ひとひねり加えた「えぞ」の読みのほうが、神秘的な雰囲気を感じさせるようにも思えます。鬼女らしさと言うのでしょうか。
はてさて、鬼女の考えることを推量するのは難しいものです・・・。

《蝶々夫人》書き忘れ

昨日の書き忘れ!
・ピンカートンは金髪だった?(スプレー??)
・ゴロー、ボンゾ、ヤマドリ、ケイトは登場しなかったので、それに絡む場面はカットされた。
・蝶々さん登場の場面はカットされた。(坂を登ってきて家に着くまで)
・傘、扇子は使われなかった。
・「リスのように素早く着替えるなあ」とかいう部分は、白無垢の打掛を脱ぐだけで、着替えはしなかった。(って言うかこれまで着替えるのを見たことがない、それは無理)
・ハミングコーラスに該当する部分はピアノで演奏された。その間、蝶々さんとスズキは向こうを向いて正座していた。
・蝶々さんの自害は、屏風の向こう側で行われ、そのあとに仰向けの上半身が見えた。

蝶々さんが自害する短剣に刻まれていたのは、
「誇りを持って生きられぬ者は誇りを持って死ぬ」なのか、
「誇りを持って生きられぬ者は誇りを持って死ね」なのか、
どちらなのだろう?
「誇りを持って生きられぬ者は誇りを持って死ぬべし」かな?

蝶々さんは、芸者になるのは何ともなかったのに、乞食になるのは絶対にイヤだったんですね。乞食というものは、自分も突然に、なる可能性があるわけですけれども、ちょっと想像がつかない。いま生きていくだけでも必死なのに。

2015年2月 1日 (日)

紀尾井ホール《蝶々夫人》ハイライト

OCNのブログ人が終了したので、ココログに引っ越したわけなのですが、インターネットが脆く儚いメディアであることを再認識しましたねえ。安定性とか信頼性によって、NTT系列のOCNを選択したのですが、ブログ人が消え去ってみますと、なぜ私はOCNを選択していたのだろうかと不思議に思うくらいです。とにかくNTTとは早く縁を切るようにしたいと思います。NTTは働かずして儲けすぎです。

ココログのアクセス解析には地域別の集計が出るようになっていまして、それによりますと、当ブログの閲覧者は東京都36.3%、神奈川県27.5%、埼玉県5.1%、大阪府4.8%、千葉県3.6%、愛知県3%だそうです。
歌舞伎やオペラが見られる地域の人しか読んでいないのね。(まあ当然ですが)

ローカルな話で恐縮ですが、四谷駅を出ますと、お乞食さんが1人いるんです。昔から不思議だったんです。新宿駅とか渋谷駅とか、もっと人の多い駅にいないのに、なぜ四谷駅にいるのか。今日分かったのですが、きっと近くに教会があるからなんですね。イタリアの教会に行きますと、入口に1人、乞食がいるんです。2人はいないんです、1人。縄張りがあるのでしょうかね。中にはいないんです、外にいるんです。つまり教会に来る人は金持ちで、施しをすることに教義上なっているから、缶にお金を入れてくれるのでしょう。

昔の日本のお乞食さんは、お金をもらうために歌ったり踊ったりしていたはずですが、最近の乞食は何もしない。

今日は紀尾井ホールで《蝶々夫人》のハイライト公演を見てきました。ピアノ伴奏。舞台美術は鳥の子屏風が1隻。そして1段高くなっているところがあって、上敷が敷いてあり、蝶々さんの家として使われていました。上手に椅子2脚とテーブル。歌手は蝶々さんがハンガリー出身のアンドレア・ロスト、他は全員日本人という、作品の設定とは洋の東西が反対のキャストで、これは日本でしか見られないものなのでございます。
ロストは日本髪を結って、着物を着ていました。第1幕はお納戸色ってんですかねえ。留袖だった??第2幕は朱鷺色の小紋。

ピンカートンは村上敏明さんでした。この人は不思議な人で、ポッリオーネを演じればローマ人っぽく見えるし、ピンカートンを演じればアメリカ人っぽく見えるんです。ハイライト上演ですと、第1幕のピンカートンの負担は相当なものだと思うのですが、クラクラするほどの迫力ヴォイスでした。

シャープレスは藤山仁志さん。澄んだ明るい美声で、これから活躍なさるのでしょうかねえ。(スーツが体に合っていなかった?)

スズキが鳥木弥生さんで、蝶々さんの子供役が鳥木雅生くん。(親子?)

ピアノの浅野菜生子さんは、1人オーケストラといった感じで、本当に素晴らしい演奏でした。大満足。

《椿姫》は何十回も見たのですが、私がこれまでに一番感動したのは、アンドレア・ロストのヴィオレッタ。それが今日は蝶々さんを歌うということで、しみじみ時の流れを感じました。年を取るのも、悪いことばかりではないなあと思いましたです。いやあ泣いた泣いた。

主催:公益財団法人マダム・バタフライ インターナショナル財団
2015年2月1日(日)14時開演
紀尾井ホール

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