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2015年4月

2015年4月28日 (火)

あれとこれ

●最近、少しだけワーグナーに凝ってるんです。
歌なしの管弦楽で「ワルキューレの騎行」を聞き比べたりして。
フランツ・ウェルザー=メスト指揮のCD「ワーグナー:管弦楽曲集、ヴェーゼンドンク5つの詩」が、最近のお気に入り。ここに入っている「ワルキューレの騎行」が超絶かっこいいのです。(管弦楽は歌と違ってやはり録音が新しいほうが良いと思う)
私はイタオペ野郎なので、ワーグナーをそれほど好きではないのですが、歌のないワーグナーは結構好きかも。ああ、いい音楽だなあと思います。管弦楽が。
ワーグナーは、歌が入ると気持ちが萎える感じがしますよ、ええ。「ホヨトーホ」とか、人間よりも下等な生き物たちの営みを眺めているように思えてですね。何やっているのか分からないんですよね。(ワルキューレの奇行)
ワーグナーは、どうして交響曲を出さなかったのだろう?
勝手にいいとこだけ繋げて「ワーグナー組曲」とか作っちゃえばいいのに。(ひょっとして、すでに存在する?)

●林康子主演《アンナ・ボレーナ》の映像がYouTubeに落ちていた・・・。(最後のアリアの一部分)
林康子asアンナ・ボレーナ
この強烈な声、表情、身振り、口の開き方、化粧、さすがスカラ座で何度も主役を歌っただけのことはありますね。これぞ林康子。ガンガン鳴らすオケに対して、この声の大きさ。どうでしょう。口から火を吹いているようです。

2015年4月27日 (月)

アンナ・ボレーナ

今日は、日本ロッシーニ協会の例会に行ってきました~。
今回のお題は「《アンナ・ボレーナ》の解析」。ロッシーニ協会ですが、テーマはドニゼッティ(笑)。
ドニゼッティという人は、初期の作品がロッシーニのスタイルにそっくりで、そこから独自色を強く打ち出して作曲家としての地位を確立したのが《アンナ・ボレーナ》なのですね~~。

1829年 ロッシーニ《ギヨーム・テル》初演
 ※ロッシーニ最後のオペラ作品にしてロマン派オペラの嚆矢。
1830年 ベッリーニ《カプレーティ家とモンテッキ家》初演
同年    ドニゼッティ《アンナ・ボレーナ》初演
1831年 ベッリーニ《夢遊病の女》初演
同年    ベッリーニ《ノルマ》初演
1832年 ドニゼッティ《愛の妙薬》初演
1833年 ドニゼッティ《ルクレツィア・ボルジア》初演
1834年 ドニゼッティ《マリア・ストゥアルダ》作曲
1835年 ベッリーニ《清教徒》初演
同年    ドニゼッティ《ランメルモールのルチア》初演

《ギヨーム・テル》から《アンナ・ボレーナ》まで、数年の隔たりがあるものと思い込んでいましたが、翌年のことだったんですね・・・。オペラ激動の時代。この時代のオペラファンは、エキサイティングな人生だったでしょうねえ。
この巨大な才能は、どこへ消えてしまったのだろう。(別ジャンルへ?)

《アンナ・ボレーナ》は、1880年代から長らく上演が途絶えていたマイナー作品だったのを、マリア・カラスが上演・録音して人気曲となったわけですが、蘇演したのはカラスではない。

《アンナ・ボレーナ》蘇演
1947年12月30日 バルセロナ・リセウ大劇場
1852年 7月27日 ロンドン・コヴェント・ガーデン
1956年10月20日 ベルガモ・ドニゼッティ劇場
1957年 4月14日 ミラノ・スカラ座 マリア・カラス

指揮者のジャナンドレア・ガヴァッツェーニが、1956年ベルガモの上演を見て、スカラ座でマリア・カラスにこの作品を歌わせたいと思い、ルキーノ・ヴィスコンティ演出での上演にこぎつけたそうですが、6か月でよく準備が出来たものだと感心します。そんなに急に上演できるものなのでしょうかねえ?スカラ座の予定なんて、数年前から決まっていそうですけど・・・。

ガヴァッツェーニは、スカラ座での上演にあたって、作品に大幅なカットを施しました。カラスの録音とともに、この改訂が広まり、慣習となった。

ドニゼッティの書いた楽譜どおりのノーカット版が上演されたのが2006年10月のベルガモ・ドニゼッティ劇場で、主演はディミトラ・テオドッシュウ。これが日本にも来日したプロダクションだそうな。

その後、2011年4月のウィーン国立歌劇場でもクリティカルエディションが上演されたそうで、主演はアンナ・ネトレプコ。今日の例会では、このネトレプコの映像が少しだけ紹介されました。
「私の生まれた城へ連れて行って」の最後に変な高音が付いていたり、聞き慣れぬ箇所にトリルがあったり、ちょっと違和感がありました。これだったらカラスの歌った慣習版のほうがよほど素敵な感じ・・・。

ベルガモのドニゼッティ歌劇場は、今年に入って?オケ・合唱を含む従業員が全て解雇され、今後の運営が決まっていないそうです。去年はローマ歌劇場でもオケが解雇されたことがニュースになりましたが、イタリアは本当に経済的にヤバい感じですね・・・。

今年は名古屋で《アンナ・ボレーナ》のハイライト上演があるらしいです。

2015年4月20日 (月)

反対

これはぜひとも書いておいたほうがいいと思って書くのですが、
この度の安全保障関連法案と原発再稼働には絶対に反対です。

自衛隊員は海外まで行くんですかね?
どうして?
行きたい人がどれだけいるんですか?
何か褒美を与えるんですか。
名誉とか?金とか?

福島の処理も出来ていないのに原発再稼働とか、どんだけずうずうしいのかと。

どうすれば止められるのだろうか。

お食事付き

我らがプリモ・村上敏明さんが銀座の「音楽ビヤプラザ ライオン」で5月31日(日)にコンサートをするそうです。予定曲目がすごくて、こんなにたくさん歌って大丈夫なの?というくらい盛りだくさん!これは行かねば!!と思ったのですが、会場がライオンだけにお食事付きの公演で、ゆえに1人だと行きづらい。そして、村上敏明オペラ・コンサートに一緒に行ってくれる人を探すのは非常に難しい・・・。

新国のオペラ研修所修了生で私が特に注目しているテノール・糸賀修平さん(声が美しい)が6月22日(月)に新橋の「ミュージックレストランAlte Liebe」でコンサートをするそうです。予定曲目がグノー《ファウスト》より「この清らかな住まい」、ベッリーニ『清教徒』より「愛しい乙女よ、あなたに愛を」と、私の大好きなアリアが告知されています。これは行かねば!!と思ったのですが、会場がミュージックレストランだけにお食事付きの公演で、ゆえに1人だと行きづらい。そして、糸賀修平コンサートに一緒に行ってくれる人を探すのは非常に難しい・・・。

しょぼ~~~ん。

2015年4月18日 (土)

演劇研修所

新国立劇場の演劇研修所は、2005年に始まって、修了生が現在102名いるそうです。
毎年15名ずつ入ってきて、3年間で研修修了。

研修修了後に出演した舞台が、新国立劇場のホームページで紹介されています。
舞台に出演した修了生の人数を月ごとにまとめてみました。
(テレビ・ラジオ出演、朗読公演への出演を除く)

2014年
1月・・・2人(修了生82名中)
2月・・・2人(修了生82名中)
3月・・・3人(修了生82名中)
4月・・・25人(修了生93名中)
5月・・・1人(修了生93名中)
6月・・・1人(修了生93名中)
7月・・・10人(修了生93名中)
8月・・・2人(修了生93名中)
9月・・・18人(修了生93名中)
10月・・・7人(修了生93名中)
11月・・・5人(修了生93名中)
12月・・・5人(修了生93名中)
2015年
1月・・・12人(修了生93名中)
2月・・・10人(修了生93名中)
3月・・・9人(修了生93名中)

演劇の舞台に出演するのは、なかなか難しいことのようですね。
ホームページに公表されたものが全てではないのかもしれませんが・・・。

オペラ研修は公表しないのでしょうか?
(私はそちらのほうが知りたい)

2015年4月11日 (土)

つれづれ

『極付幡随長兵衛』で、「公平法問諍」という劇中劇がありますね。あの劇中劇は、もし中断されなかったとしたら、どんな展開になったのだろう。「公平法問諍」は、もともとあったお芝居なのか、それとも『極付幡随長兵衛』のために書き下ろされた場面なのか、どちらなのだろう。

このあいだ、東京国立博物館で、「インドの仏」展と「みちのくの仏像」展を1日で見てきました。仏教の発祥の地から、さいはての地まで。仏様の顔の激変ぶりが印象的でした。

仏教はインドで生まれましたが、インドでは割と早い段階でほぼ消滅し、ヒンドゥー教が主流となっています。「ほぼ消滅」というのがどの程度なのか、よく分からないのですが・・・。東博の「インドの仏」展では、お釈迦様が悟りを開いた菩提樹が現存しているって紹介されていた・・・。その他、仏教関係の遺跡がいろいろ残っているらしい。行ってみたい・・・。でもインドは治安とか衛生に不安があるから行かないと思うケド。

東博の展示で知ったわけではありませんが、中国では、仏教は国を滅ぼすということで弾圧されて、ほぼ消滅したらしい。「ほぼ消滅」というのがどの程度なのか、よく分からないのですが・・・。「全員が出家したら国が立ち行かぬ」というわけで、まるで「公平法問諍」みたいです。

東京国立博物館の総合文化展は、珍しく混んでいました。来場者の半数以上が外国人でした。桜の季節だったからでしょうか。東博の展示ケースは、蛍光灯がチラついていて恥ずかしい。全体的に恥ずかしい博物館です。これが日本かと思われたら敵わん。
きっと職員は評価や監査の書類を作ることで忙しいのに違いない。

2015年4月 7日 (火)

「くまがい」と「くまがえ」

このブログはどんどんマニアックになっていき、そしてアクセス数が減っていくのであった。

『一谷嫩軍記』で、「熊谷」のことを「くまがい」と読む場合と「くまがえ」と読む場合がありますでしょう。演者によって異なりますわね。
ここは是非とも「くまがえ」と読むべきなのではないかと私は思うのです。

「熊谷桜の段」の詞章に、
八重九重も及びなき、(中略)熊谷桜と言うぞかし
とあって、
・や
・ここの
・くまが
という流れになっている。つまり脚韻を踏んでいる。
「くまがい」ではなく「くまがえ」でないと、ここの文意が通らない。

くまがえ桜>やえ桜、ここのえ桜

歌舞伎の雑談

「野崎村」は文楽でも歌舞伎でもポピュラーな演目ですが、セリフの意味が分からない部分も多いですよね。
「そこで久作」というのは一体何なのだろうかと思っていたのですが、「灸をすえ」「作りをする」・・・「灸」と「作」で久作であるト、そういう駄洒落だったんですね。「作りをする」というのは、「田畑を耕す」「耕作をする」「農作業をする」という意味だと思います。
(「そこでえん魔くん」とは関係ないのであった)

先日、平成中村座を見に行ったのです。勘三郎さんがいなくて、どうなるんだろうと心配でしたが、「魚屋宗五郎」「金殿」「幡隨長兵衛」が期待を上回る面白さでした。特に勘九郎さんの宗五郎が良かった。
それから、七之助さんのお三輪の凝着の相がすごいパワーでした。「これが中村屋スピリットか!」というような、火の玉のような熱演でした。汗とも涙とも涎とも分からない体液がボトボト滴り落ちていた。
前にも書きましたが、「凝着の相」って、辞書を引いても出てこない言葉だと思う。出典がない。作者・近松半二が、この作品のためだけに作り出した感情なのじゃないだろうか。この世に存在しない感情を舞台上に出現させるのは並大抵のパワーではない。七之助さんはすごかった。

平成中村座の筋書の最後に、「妹背山」のあらすじ漫画が載っているのですが、「道行恋苧環」のストーリーがちょっと違っているんじゃないかな~~。んん~?
ところで求女(藤原淡海)という人は、はじめから計算ずくでお三輪に凝着の相を引き起こさせたのだろうか。2人の女を手玉に取って。『鎌倉三代記』の三浦之助なんかも、計算ずくで女の心をコントロールしている感じがするではありませんか。(よっ、色男)

『双蝶々曲輪日記』で、長五郎と長吉が、長と長で双蝶々というのは、どういう洒落なんだろうか。そう言えば『桂川連理柵』でも、長右衛門の長と長吉の長が話のポイントになっている。
「幡隨長兵衛」を見ていたら、長兵衛のセリフで、「やれ長兵衛だの幡隨院だのと言っていながら逃げ出すわけにはいかない」というようなのがあって、長兵衛というのは何か特別な名前なのかなあと思ったのです。江戸時代には珍しくない名前のように感じるけれど・・・。「長」に“long”という以外の意味があっただろうか?それとも、やはり大した意味はないのだろうか。そして「幡隨院」というのはどういう意味なのか、そちらも気になるところ。

いてうさんの三吉が、ビックリするほど良かったですね。獅童さんの山崎屋与五郎も面白かった。

2015年4月 2日 (木)

能「松風」あれこれ

先日、久しぶりに「松風」を拝見しました。
名作ですね。
見ると新しい発見があるものです。

謡に出てくる和歌は能の一番おいしい部分だと思うのですが、意味が分からないケースも多い。

●「松風」に出てくる和歌
三瀬川〔みつせがわ〕 絶えぬ涙の 憂き瀬にも 乱るる恋の 淵〔ふち〕はありけり

この和歌について、小学館の『日本古典文学全集』では、
冥途への道の三瀬川には、瀬があって涙の絶えることのないつらい折りもあり、また恋の思いに乱れることのある、深い淵もあるのだ。
と現代語に訳されています。

訳を読んでも意味が分からない・・・。

毎度言うようですが、詞章の解釈というものは、自分で自由にしてしまっていいと思うんですよね。本に書いてあることと違ってもいいでしょう。
「これが正解です」「それは間違いです」ってことはないと思う。そう思ったんなら仕方ないじゃないですか。その人にとっては、そういうふうに世界が見えているわけだから。

それで、「松風」の解説には、「三瀬川」=「三途の川」と説明されていることが多いと思いますが、私の考えでは、この和歌に出てくる「三瀬川」は、「三途の川」のことではないと思います。
和歌の世界では、「私はこんなに悲しい」ということを表現するために、「涙が川になって流れていく」という誇張を使うことがあります。「瀬」とは「水の流れ」のこと。瀬が3つ、つまり「涙の流れが3本できるくらいに私は泣いている」という、「通常の誇張のさらに3倍」の表現なのではないでしょうか。
「淵」というのは、いろいろな意味が考えられると思いますが、川が流れると土が削られて凹んでいく、その凹みがすなわち「淵」ではないでしょうか?和歌の文脈から言って、この淵には涙が流れていない。(恋が流れているのか、あるいは何も流れていないのか・・・?)
矛盾しているようだけれども、ずっと悲しいのに、悲しくない瞬間もある。それが「乱るる恋の淵」ではないでしょうか。
なぜ「悲しくない瞬間がある」のかと言えば、狂乱しているからでしょう。行平の姿が見えたのですね。幻の。

2015年4月 1日 (水)

つれづれ

あ~~仕事が忙しい。
5月文楽のプログラムはちゃんと発行できるのだろうか。
原稿を引き受けておいて出さない人うらみ・ます。

今度、謡を習いに行っちゃおうかな~。
(現実逃避)
漱石と同じ下掛宝生流とか~。

この間、舞台から落ちた役者を生まれて初めて見ました。
見ているこちらの心臓が止まるかと思った。
能面をつけて舞台から落ちたら、
その役者にはどんな世界が見えているのだろう。
(きざはしから舞台上へ戻って行った)

私もこれまでに、いろいろな舞台を見ていますよ。
上演中に火災警報器が鳴って芝居が中断された、とか。
客席で隣に座っていた爺さんが突然・意識不明になった、とか。
出演者が舞台上で失禁した、とか。
誰もセリフを発しないまま・ただ時間が過ぎていった、とか。

先日は主役の声が途中で出なくなって。
すごく期待していただけに、見ていてつらかった・・・。

忙しい仕事の合間に、こんなのどうでしょう。

布施明「誰も寝てはならぬ」

激しい移調・歌い崩し・出トチリに胸がドキドキ。
すごいオリジナリティーだ!!
誰も真似できぬ。
美空ひばりが「歌に生き恋に生き」 を歌っている映像も見たことがあるけれど、
あれは原調だったかなあ?

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