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2015年6月

2015年6月30日 (火)

『鎌倉三代記』あれこれ2

わたくし最近ちょっと、『鎌倉三代記』に凝ってるんですよね~。
この作品は、有名なわりに、あまり上演されません。
『近江源氏先陣館』の続編であるということは、昔から知っていました。でも、あまり実感がありませんでした。「盛綱陣屋」には時姫も三浦之助も高綱も出てきませんし、「絹川村」には盛綱も和田兵衛も出てこないので、繋がりがよく分からない。それぞれ独立した作品と捉えていました。
ほとんど上演されませんが、「絹川村」の前に「入墨の段」という場面があり、北条時政と篝火が登場します。この「入墨の段」によって、「盛綱陣屋」と「絹川村」が1つに繋がるんだと思うんですね。(今度の9月には「入墨の段」は上演されませんが)
「入墨の段」を見ますと、小四郎の死が計略であったことが、北条時政にバレていると分かります。
私は前回の公演で「入墨の段」を見て、小四郎の死は無駄だった、可哀想に、と思いました。ところが、床本を読み直しておりましたら、小四郎の死は無駄ではなかったことが分かりました。

『近江源氏先陣館』「盛綱陣屋の段」
①高綱の首が届くが、贋首の可能性があるので、高綱の兄の盛綱が実検することになる。
②高綱の子である小四郎が、その首を見て腹を切るので、その首は高綱に違いないと誰もが思う。
③ところが盛綱が首を見たら贋首であった。
④小四郎の健気な死を無駄にしないため、盛綱はこの首が高綱のものに間違いないと嘘をつく。

『鎌倉三代記』「入墨の段」
⑤「盛綱陣屋」の①に登場した首が贋首であることはすでに北条時政にバレていた。
⑥百姓に姿を変えた高綱が捕えられてくる。
⑦影武者の可能性があるので、時政が疑う。
⑧本人が「私は百姓の藤三郎であって高綱ではない」と主張する。
⑨捕えられていた篝火が、「それは私の夫の高綱殿です」と言う。
⑩百姓藤三郎の女房おくるが出てきて「これは私の夫の藤三郎です」と言う。
⑪時政は、この男は百姓の藤三郎であって高綱ではないと確信する。
⑫紛らわしいので、その男の額に入墨を入れる。
⑬この男が実は高綱で、贋者のしるしの入墨が入ったため敵を気にせず自由に動き回れるようになる。
⑭自由に動き回れるようになったので、さらに策をめぐらす。


⑨の篝火と、⑩のおくると、どちらかが嘘をついていることになる。時政は、⑨篝火が嘘をついていると思った。しかし実際は逆で、⑩おくるが嘘をついていたのでした。なぜ時政が勘違いしたのかと言うと、「篝火は②の小四郎と同じことをしている」と思い込んだからなんですね。つまり②があったからこそ⑪が起こったのであり、小四郎は犬死にではなかったわけなんです。ただし、高綱の計略としては、②の時点ではまだ⑨は計画されていなかったのではないかと思います。
しかし『近江源氏先陣館』が書かれた段階で『鎌倉三代記』はすでに構想されていたでしょう。

①で届いた首は、百姓藤三郎の首だったのでした。
⑨の篝火が高綱の計略を知っていたのかは不明。

高綱の有名なせりふ「地獄の上の一足飛び」も、「入墨の段」を知らないと、あまり面白くないですね。

「盛綱陣屋」と「絹川村」が、こんなふうに繋がっていたということに、私はショックを受けました。「盛綱陣屋」も、初めて見た時は、すごい計略があったものだと思いましたが、計略がまだまだ続いていたことがショックでした。
軍師の策略の物語なので、観客に瞬時に分かるようでは面白くないのかもしれません。
軍師って、すごいんですね。そんなことを考えつくなんて・・・。

『鎌倉三代記』あれこれ

私は、「絹川村」のことを、全く分かっていなかった。
三浦之助は、幼い頃に坂本城へ奉公に出て、ずっと母には会っていなかったのだそうです。
絹川村の母の実家に来たのは、幼い時以来なのですね。
1度、時姫が三浦之助の出陣を見送って、その後で深手を負って戻って来たのかと思っていました。
時姫は、この家では三浦之助に会ったことがなかったのでした。
では、なぜ時姫はこの家にいるのか?
三浦之助の病気の母を介抱するためなんですね。三浦之助に会いたいからではない。
「私は三浦之助様が好き」というだけだったら、絹川村にいる必要はないでしょう。
自分は嫁だから、絹川村にいるのでしょうね。

時姫のせりふに、
「この刀を賜りしは、三浦様と縁切る印に母様を殺して帰れとある難題は、刃の色に顕われて」
とあります。
一体どこから、そのような時政のメッセージが読み取れるのでしょうか?
たとえばこの刀が、門外不出の家の重宝だったなら、「この刀と一緒に戻って来い」というメッセージにはなるでしょう。
門外不出の重宝が、ナントカの茶入れとかカントカの一軸とか、他にもいろいろあったとしたら、あえて刀を届けた別の意味があるでしょう。
長い物語の中の、絶対に上演されない部分に、高綱の複数の影武者だの時政の影武者だの贋の三浦之助だのが出てきて、騙し合いをしています。身内にも容赦なし。
時姫は、一体どちらの側につくのか?
その気持ちは本物なのか?
本当の気持ちであることを、どうやって伝えるのか?
父時政からも、夫三浦之助からも、疑われている。
疑いを晴らしたいならば、三浦之助の母を斬れト。
ただ戻って来ただけでは駄目なんだト。
そういう父のメッセージが、刃の色に顕われて。

そのような、疑いばかりの戦いの中に咲いた、珍しい形の愛だったんでしょうね。

2015年6月25日 (木)

糸賀修平コンサート

月曜フレッシュコンサート
テノール糸賀修平 歌曲とアリアの夕べ
ミュージックレストラン アルテリーベ東京

2015年6月22日(月)
開場:18時
食事:18時30分~
開演:19時

糸賀 修平(テノール)
比留間 千里(ピアノ)

-食事時間-
■第一部■
1,
Das Land des LächelnsF.Lehar
"Dein ist mein ganzes Herz"
レハール作曲《微笑みの国》より "君はわが心のすべて"
2,"Io voglio amarti!" Tosti
トスティ作曲 "私はあなたを愛したい!"
3,"Addio" Tosti
トスティ作曲 "さようなら"
4,"L'alba separa dalla luce l'ombra"
トスティ作曲 "暁は光から"
5,"Ich trage meine MInne" Op.32 No1, R.Strauss
シュトラウス作曲 "私は愛を持ち歩く"
6,"Zueignung" Op.10,No1,R.Strauss
シュトラウス作曲 "献呈"
7,
Der RosenkavalierR.Strauss
"Dirigori armato il seno"
シュトラウス作曲《バラの騎士》より "愛について堅くよろわれた"(テノール歌手のアリア)
-食事時間-
■第2部■
1,
I PuritaniDonizetti
"A te,o cara"
ドニゼッティ作曲《清教徒》より "いとしいあなたよ"
2,
FaustGounod
"Salut! demure chaste et pure"
グノー作曲《ファウスト》より "この清らかな住まい"
3,
Le roi d'YsE.Lalo
"Vainement,ma bienaimée"
ラロ作曲《イスの王様》より "いとしい人よ虚しくも"
4,"Sole e amore" Puccini
プッチーニ作曲 "太陽と愛"
5,"Musica proibita" Gastardon
ガスタルドン作曲 "禁じられた音楽"
6,"La Danza" Rossini
ロッシーニ作曲 "踊り"
■アンコール■←曲目は私の記憶による
1,
カタリ・カタリ(つれない心)
2,
川の流れのように
3,
ロッシーニ作曲 "踊り"
4,
オー・ソレ・ミオ


糸賀さんは、新国立劇場オペラ研修所の修了生で、研修生の頃からいい声だなあと思っていました。大好きな《清教徒》と《ファウスト》のアリアが聞けるというので、コンサートに行ってきました。

アルテリーベ東京は初めて行ったのですが、50~60席くらいの、この種の会場としてはわりと小ぶりなレストラン。今回は飲み物がお代わり自由、料理もビュッフェスタイルでいろいろ選べるし、お得な感じでした。(日によって企画が違うみたいですが)
糸賀さんのお客さんの他に、お店の常連さんもいたようです。満席でした。
私はお酒はほとんど飲まないのですが、ビール好きなおじさんたちには本当にお得な企画ですね。
料理はドイツ料理とイタリア料理の混合。わりと美味しかった。甘いものはナシ。アルテリーベというくらいだからドイツ系のレストランなのですが、ドイツには甘いものは存在しないのか?!(甘党のわたくし)

糸賀さんは本当にいい声で、昔より格段に表現力が出てきたので、注目のテノールだと思います。曲の合間にトークが挟まっていたのですが、陽気な若者という感じでした。(たぶん乗せられやすいタイプ)
歌っているのが嬉しそうなので、周りも楽しい感じになっていきます。客席はとても盛り上がっていました。

ポルタメントが綺麗にできる人ですね。(あまり使わないようですけど・・・)

《イスの王様》のアリアのピアニッシモがたいへん良かった。もっといろんな箇所に織り交ぜて使えばいいのにと思いました。(なんて書くと偉そうですが・・・)

鳥を目で追いかけたり、家を眺める様子が浮かんで来たり、視線の先にあるものが見えるような演技力もありました。

フランス・オペラが特に良かったです。

30分×2ステージということだったので、短めなのかなと思っていましたが、終演は9時前くらいで、たっぷり楽しみました。

今度の《ダナエの愛》が二期会デビューだそうですから、そちらも期待したいと思います。

2015年6月23日 (火)

そうだったのか!

●最近、ミュージカル《RENT》の過去記事にアクセスが増えている。(と言っても、たいしたアクセス数ではないけれど)
9~10月に東京で再演されるんですね。
それで久しぶりに「ラ・ヴィ・ボエーム」を聞いていたら、おお、この場面って「最後の晩餐」になぞらえてあるんだ、と思った。あのテーブルの配置、人の座り方。映像で確認してみたら、やっぱり13人が横に並んでいたのでした。去年、ミラノに行ったとき、ダ・ヴィンチの「最後の晩餐」の実物をじっくり見てきたので、頭の中でパッと絵が重なったんですね。
キリスト教徒だったら、すぐに分かったんでしょうけれども。(きっと、どの役が誰に相当して、なんていうことも)

●チャイコフスキー作曲のオペラに《スペードの女王》というのがありますけれども、それが単に「スペードのクイーン」という意味だということを、つい最近知った。
何かこう、不吉な魔法の力を持ったおばさまの話、呪文、呪い、そのようなことなのかと思っていた。ホホホホホ、私が実はスペードの女王なのよ!みたいな。
ちなみにこのオペラは、映像で1度だけ見たことがある。(たしか)

●グノー作曲のオペラ《ロメオとジュリエット》の中に「ああ、太陽よ昇れ!」というロメオのアリアがありますが、これは何となく「早く朝になれ!」という意味だと思っていた。
シェイクスピアの原作に「太陽」という台詞が出てきて、ジュリエットを太陽に見立てているのだということを、つい最近知った。つまり「ジュリエットよ、バルコニーに出てきておくれ!」を別の言い方で言っていたのだ。
いやいや、原作はかなり前に読んだことがあるのであった。ただ、このアリアと結びついていなかっただけだった。
そんなことって、あるのね。
ちなみにこのオペラは、映像で1度だけ見たことがあるのと、あとはハイライト上演(ピアノ伴奏)を何回か見ている。また「ああ、太陽よ昇れ!」は、たまに生で聞くことがある。

●9月の文楽公演で『鎌倉三代記』が上演されるので、すじがきを書いているところなのですが、「入墨の段」が上演されない『鎌倉三代記』のすじがきを書くのは実に至難の業でござる。
私は前回上演された時に見て、何だ、結局のところ小四郎は無駄死にだったのか、可哀想に、と思ったのですが、改めて床本を確認していたら、小四郎の死は無駄ではなかった、すなわち、小四郎の死が策略であることが時政にバレるところまで高綱の計略の範疇であった、ということが分かった。そして、そうであるからには、『鎌倉三代記』は近松半二の作品に間違いないだろう。

●年をとると、いろいろな発見があるものですね・・・。

2015年6月22日 (月)

あれこれ

「わが恋は 人とる沼の 花あやめ」  鏡花

私は、マリア・グレギーナのトスカを生で見てすごく感動したのですが、いまスカラ座のライヴ録音で聞いてみると、全然感動しない。グレギーナの声は、録音だと感動が伝わらないタイプだと思う。

そこへ行くと、エディタ・グルベローヴァの声は、録音でも十分に魅力が伝わると思う。もちろん、緊張感とか、絹糸のように細いピアニッシモなどは生には敵わないだろうけれど。

グルベローヴァの「偉大なる王女様」は本当にすごい、人間業とは思えない。生で聞いてみたかった。でも録音でもかなり生の感動に近いのではないだろうか。

生と録音と、両方聞いたことがある歌手の場合は、そのように判断ができるわけだけれど、録音しか聞いたことがない場合、よく分からない。

私は歌右衛門の舞台を数回しか見ていないけれど、たとえ数回でも生で見たことがあるというのは貴重だと思う。生では見ていない録画とか写真とも地続きになっているような気がするから。

最近、ペテル・ドヴォルスキーの録音を聞いている。これまでだって聞いたことがあるはずだけれど、「こんなにいい声だったんだ?」と認識を新たにしているところ。いい声ですねえ。

ドヴォルスキーの声を生で聞いたら、どんなだっただろう?

私が「いい声だなあ」と思うテノールは、
フリッツ・ヴンダーリッヒ
シャンドール・コンヤ
ペテル・ドヴォルスキー
あたりでしょうか。(生で聞いたことはありません)

2015年6月18日 (木)

嘘はついていない

昨日、クリントン元大統領のスピーチのことを書きましたが、ちょっとネットで関連事項を検索していたら、私の知らなかった話が出てきました。

まとめると、こんなことらしい・・・。(おそらく)
  ↓

①クリントン大統領は別のセクハラ事件で訴えられており、その裁判の宣誓証言の中で、くだんのホワイトハウス実習生との性的関係を明確に否定していた。

②クリントン大統領は、その実習生に連絡を取り、2人の関係を秘密にしておいてほしいと頼んだ。

③実習生は、「大統領から秘密にしておいてくれと頼まれた、どうしよう」と友人に電話で話した。←!

④その友人は、通話を録音しており、証拠として裁判所に提出した。←!?

⑤大統領は否定している。実習生は肯定している。どちらかが嘘をついていることになる。世間の関心が非常に高まる。

⑥実習生は、「大統領の精液がついた青いドレス」を証拠として提出した。←!!

⑦クリントン大統領の血液のDNA鑑定が行われ、ドレスの精液と一致した。

⑧クリントン大統領は、「その実習生とはオーラルセックスはしたがセックスはしていない」と言い始めた。←??

⑨実習生も、「大統領とはオーラルセックスはしたがセックスはしていない」と認めた。←??

⑩クリントン大統領の偽証は無罪評決が下った。←???



①、②くらいまでは分かると思うんですけれども、③あたりからだんだん日本人の理解を超えはじめ、⑧で完全に理解不能になるのでは?

重要なのは、「偽証」という考えです。はじめは「セクハラ」が問題だったのですが、途中から「偽証」が問題になったのです。裁判の冒頭では、聖書の上に手を置き、神に対して「私は真実を述べる」と誓います。偽証をすると、「神に対して嘘をついた男」、イタリア語で言えばスペルジューロ spergiuro になるのでしょう。日本の首相は平気で嘘をつきますが、大統領がスペルジューロになったら、アメリカは転覆してしまいます。その落としどころが⑧~⑩です。それで落着したということは、アメリカ国民も、大統領が偽証罪に服することを望んでいなかったのですね。

つまり②において、クリントン大統領は、実習生に対して「お前もスペルジューラspergiura になってくれ」と頼んだト。実習生はスペルジューラになりたくなかったので、どうしたらいいか分からず、友人に電話をかけたト。その友人も、自分がスペルジューラになるのは絶対にイヤだったので、録音を提出したト。アメリカ国民は、大統領がスペルジューロになるのは絶対にイヤだったので、無理矢理に無罪にしたト。
そういうことではないかと推測いたします。

ん~~、オペラになるかな~~?

2015年6月17日 (水)

not appropriate

以前、私がまだ少し英語習得熱を持っていた頃、クリントン大統領のスピーチを教材としていたことがあった。自分の年齢の半分もいかない実習生と不倫をし、発覚し、謝罪した時のテレビ演説であった。昔の学生はby the people, for the peopleで英語を勉強したが、私はthat was not appropriateで勉強した。時代は変わったものである。
1998
817日の大統領テレビ演説は、アメリカ国民の3分の2が視聴したという。
その3日後にクリントン大統領は突然、ミサイル80発の発射に許可を与えた。
ミサイルは、スーダンの首都ハツルームと、アフガニスタンの丘陵地帯に向けて発射された。ハツルーム攻撃は、化学兵器工場を破壊するため。アフガニスタン攻撃は、テロ組織アルカイダの司令官オサマ・ビン・ラディンを標的として。
その後、ハツルームで標的となった工場はただの製薬工場だったことが判明している。また、ビン・ラディンは事前に着弾地点を逃れ、のち2001911日に例のテロを実行した。
クリントン大統領の突然の軍事行動は、セックススキャンダルから世間の目をそらせるためだったのではないかとの憶測を呼んだ。

日本はせっかく平和を手に入れたのに、なぜ自らそれを手放さなければならないのか。
アメリカに協力して他国から恨みを買う必要など何もないのでは?

2015年6月 8日 (月)

あれこれ

今日は、太田記念美術館と、世田谷美術館に行ってきました。

 

太田記念美術館の企画展は「江戸の悪」というテーマで、必然的に芝居絵が多く、歌舞伎好きとしては興味深い展示でした。

 

『釜淵双級巴』を題材にした浮世絵があり、釜ゆでの五右衛門が描かれていたのですが、釜の中には五右衛門だけでなく倅の五郎市も一緒に入れられたのだそうです(芝居で)。「ふたつどもえ」というのは、五右衛門と五郎市の親子の首が釜の中で2つ並んでいる様子を言ったものだったのですね。

 

でも、親子で釜ゆでの場面は、上演されませんね。

 

処刑と言えば、八百屋お七でも白子屋お熊でも、すごい見物が集まったらしいですけど、人が処刑されるところをそんなに見てみたいものですかねえ?
ヨーロッパでも、公開処刑があると、民衆が興奮して見物していたそうですが、あとで夢見が悪くなりそう。最もスペクタキュラーな見世物だったのでしょうか。ええ~?
親子で釜ゆでの場面、どうでしょう。

 

そう言えば、権八小紫なんて久しく見ていないなあ。(もう上演できないのかも)

 

袴垂保輔がつづらを背負っている絵がありました。五右衛門じゃなくてもつづらを背負うのか・・・、つづらというのは大泥棒の印なのね。泥棒と言えば、唐草模様の風呂敷を持っているイメージでしたが、大泥棒はつづらで!

 

幡随院長兵衛の絵もありました。解説パネルによりますと~~、長兵衛は、もと唐津藩の浪人で、江戸に出て喧嘩で人を殺め、池之端幡随院の住職の助命嘆願によって救われたのだそうな。幡随院って何のことなのかな~とずっと思っていたのですが、命の恩人のことだったんですかねえ。

 

世田谷美術館では、「速水御舟とその周辺」の後期展示を見てきました。こんなに美しいのに人が少なくて、まるで天国のよう。天国の部屋です。私の一番好きな画家は速水御舟なのです。

2015年6月 7日 (日)

雨のアレーナ

私は去年の7月、イタリア北部の町ヴェローナに行ってきたのです。
前から1度、アレーナ・ディ・ヴェローナの野外オペラを見てみたいと思っていたのですが、ちょうどミラノのスカラ座で見たい公演があったので、ついでにヴェローナまで足を延ばしました。(ミラノ・ヴェローナ間は電車で1時間半くらい)

最寄り駅からは徒歩で。ホテルはアレーナのすぐ近くでした。
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町の入口に門が

ヴェローナは小さな町なので、観光は1日ですんでしまいます。
一番有名な観光スポットは、ジュリエッタの生家。シェイクスピアの「ロミオとジュリエット」で知られるジュリエット。イタリア語だとジュリエッタ。

ジュリエッタの像は、右の胸だけ金色に光っている。みんなが触るから。何のご利益があるのか知りませんが、私も触ってきました。
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お前の鞘は私の胸

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ロメオが愛を囁いたバルコニー

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でも菊五郎劇団の若手でも登れない思う

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今は美術館となっているお城や、美しい教会もありました。
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↓そしてこれがアレーナ・ディ・ヴェローナ
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ヴェローナでは3つのオペラを見たのですが、そのうちの2つが雨のため途中で中止となってしまいました。

7月8日《アイーダ》 雨のため第2幕までで中止

7月9日《トゥーランドット》 雨のため第2幕の終盤で中止

7月10日《カルメン》 無事に全幕上演


昼間はすごく晴れていたのに、夕方から急に雨になり、夜になって一時的に天候回復。→予定時間どおり開演したものの、途中で小雨が降り出し、中断。→再開を待つ。→再開されぬまま、夜中の12時近くに終了のアナウンス。

日本の夕立のような感じで、昼間の気温上昇により地上の湿気が上空に昇り、夕方の気温低下で急な雨、という印象でした。

ヴェローナでオペラを見たという人の話を聞くと、たいてい雨で中止という経験談が出てくるので、かなりの確率で雨が降るのかもしれません。
でも、私の隣の席に座ったおばさまは「私は10年ここに通っているけれど、こんな経験は初めてだわ」と英語で言っていたので(私の聞き違いでなければ)、よく分からない。
野外オペラに適した時期だから開催しているのは間違いないのでしょうけれど。

行ったら客席がガラガラで驚きました。
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どこも不景気なのね・・・と思ったのですが、開演前から雨の心配がなかった《カルメン》は、ほぼ満席!
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これは、あれですね。夕方に雨が降ると、もう諦めて来ない客がたくさんいるわけなんですね。たしかに椅子は濡れているし、中断するかもしれないと思いながら見ているのも心配ですし。
でも、持っているチケットはどうするのだろう。諦めるのでしょうか?払い戻しはしてくれないと思うけれど、団体客などは別扱いなのでしょうかねえ?

《アイーダ》は、第2幕終了後の休憩中に雨が降り出し、再開されぬまま中止となったのですが、《トゥーランドット》は第2幕の上演中に突然音楽がストップしました。
「いいえ姫、私は愛に燃えるあなたが欲しいのです!」とカラフが歌ったところで演奏中止。(ちなみにカラフは低いほうのアルデンテ・ダモールで歌っていた高くあげろやゴルア)
私は前から5列目くらいの中央席という極上のポジションで見ていたのですが、演奏をストップさせる合図が全然分からなくて、あまりの唐突さに驚きました。大勢の演奏者が一斉に音楽を中断。まさか止まると思っていなかったので、一瞬、何が起こったのか分かりませんでした。あれよあれよとオーケストラ団員が引っ込んでいきます。あと少しで第2幕が終了するのだから、やってくれればいいのに!降っているかどうかもハッキリ分からない程度の小雨なのに!!
楽器は濡らすと駄目になってしまうので、ほんの少しの雨でも中断するらしい。
トゥーランドットとカラフは、客席にお辞儀をして去って行ったのですが、「演奏が中断されて悔しい」という素振りは少しも見せず、妙に嬉しそうでニコニコだった・・・。

せめて「誰も寝てはならぬ」くらい、アカペラで歌ってくれたら良かったのに。

いっそ大雨だったら私も諦めがつくのだけれど、《アイーダ》の時も《トゥーランドット》の時も、小雨が降ったり止んだりのような天気。ジリジリと再開を待ち続けます。
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《アイーダ》は、舞台から遠いスタンド席で。
《トゥーランドット》と《カルメン》は前から5列目くらいの最上の席で拝見。
客層が全然違いました。

スタンド席は、普段はオペラを見なさそうな観光客が多い。
ワインボトルを持ち込んで、お酒を飲みながら見ている人もいました。客席がずっと落ち着かない感じで、野球観戦みたいなノリ。私の隣の陽気なおじさんは、上演中も隣の奥さん(?)と話をしたり、指揮の真似をしたり、子供っぽい感じでしたね。
私は神経が細い人間なので、本来ならばそのような雑然とした雰囲気は好まないのですが、何と言いますか、ギリシャ悲劇を観劇するギリシャの市民ってこんな感じだったのかなあと思って、逆に興奮してしまいました。オペラって、ギリシャ悲劇の復元という側面がありますでしょう。スタンド席の雑然とした雰囲気が、古代へと繋がっている感じ。フフフ。

前のほうの席は、着飾っている人が多かったですね。観光客、特にドイツからの客が多いようでしたけど。

雨で中断されると、あっさり諦めて帰っていく人がとても多かった。
私は1%でも再開の可能性があれば絶対に帰らないけれど、それほどオペラに執着がない人が多いようでした。イベントとして楽しんでいるのですね。
雨で中断された場合、満席の客が再開を待って熱気に満ちている様子をイメージしていたので、ゾロゾロ帰っていく人々を眺めているのは寂しい感じでした。

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人々がみんな立ち去っても私ここにいるわ 「ノーサイド」

《アイーダ》の時に私の隣に座っていたおじさんは、大声で「雨に唄えば」I'm singing in the rainを唄い、踊り、周りの客から拍手をもらいながら去って行った。
そのおじさんは、おそらくドイツ人でしたが、英語で周りの人々に話しかけ、私にも話しかけてきました。スタンド席では両隣から英語で話しかけられ、英語は話せるに決まっているだろうというスタンス。
でも前方席では話しかけてくる人はいなかった。

アレーナ・ディ・ヴェローナと言えば、開演前にみんなでキャンドルを灯すのが名物だったのですが、ちょうど私が行った日から、やらなくなりました。
きっと、ライターを持っている人が激減して、火を灯せなくなったのではないでしょうか。

行く前のアレーナ・ディ・ヴェローナのイメージは、夏だけの寄せ集めの出演者で、上演のレベルはそれほど高くないと思っていました。ところが、実際は非常に質の高い上演で、たいへん満足しました。

歌手の声は、スタンド席までガンガン届きます。スピーカーで拡声していたのかもしれませんが、全く不自然なところがなく、優れた音響です。
ただし、オーケストラの音は、前に飛んでこなくて、ちょっと弱々しいものでした。前から5列目でさえも弱々しく感じました。
ソリストは世界の一流の歌手が呼ばれています。

私はフランコ・ゼッフィレッリのファンです。ニューヨークのメトロポリタン歌劇場からゼッフィレッリの演出作品が次々と消えていく中、今やヴェローナがゼッフィレッリ演出の聖地。ヴェローナは観客の数が多いので、演出にお金をかけられるのですね。
私はメトでもゼッフィレッリの《トゥーランドット》と《カルメン》を見たことがありますが、ヴェローナはまた少し違った演出でした。
ヴェローナの《トゥーランドット》は、セットが金色でキンキラキンです。メトの《トゥーランドット》は、ゴージャスな中にも、もう少し渋みのある色づかいでした。トゥーランドットの衣裳も、メトのは淡い水色ですが、ヴェローナは青が濃くなっていました。ヴェローナは会場が広いぶん、全体的に味付けが濃くなっているように思いました。ダンサーの踊りも、振付が派手めになっていたようです。
メトの舞台は縦長で、ヴェローナは横長なので、ヴェローナでは舞台の脇のほうが寂しくならないように工夫していたみたいですね。

《トゥーランドット》に関して言えば、同じゼッフィレッリ演出であっても、メトのほうが圧倒的に私の好みです。照明や背景幕はメトが断然優れている。
しかし《カルメン》は、メトよりヴェローナのほうが興奮しました。ヴェローナの《カルメン》はすごい。
舞台美術はやはりメトのほうが優れていると思うのですが、ヴェローナはダンサーの人数が多くて、大迫力なんです。芝居の本筋と関係なくずっと踊ってる人が舞台の脇のほうにいたりして。
第4幕のエスカミーリョ登場のシーンでは、馬が何頭も出てきて、メトでも馬は出てくるんですけれども、ヴェローナの馬は音楽に合わせて踊るんです!!
白い馬が1頭、下手〔しもて〕で踊る踊る!!どうなってるの?私は踊る馬を初めて見た。
ヴェローナはとにかく舞台が広いから大勢で踊るとすごい。合唱の声の迫力もすごい。《カルメン》第4幕が大盛り上がりで鼻血が出そうなくらい興奮しました。雨で中断した2演目の残念さを忘れさせるほどに。

アレーナ・ディ・ヴェローナは、雨が心配ですが、ぜひまた行きたいですね。



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開演前の銅鑼

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雨のために閉まっていくトゥーランドットの宮殿

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閉まらないで・・・

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月が美しい

2015年6月 3日 (水)

村上敏明コンサート

今年のテーマは“ドラマティック!!”
村上敏明 アフタヌーン・トーク・コンサート2015
“オペラ「アリア&ドゥエット」Opera Aria&Duets

2015
531日(日)
銀座7丁目・音楽ビヤプラザライオン
お食事 1200
コンサート 1300

テノール・司会:村上 敏明
ピアノ:土屋 麻美
特別出演/ソプラノ:奈良原 繭里 バリトン:青山 貴 バリトン:品田 広希

1部「アイーダ」「道化師」「トスカ」
ヴェルディ「アイーダ」より“清きアイーダ”
レオンカヴァッロ「道化師」より
 第1
 カニオのアリア“衣裳を着けろ”
 ピアノソロ“間奏曲”
 第2
 カニオのアリア“もう道化師じゃない”
プッチーニ「トスカ」第3幕より
 トスカ:奈良原 繭里 カヴァラドッシ:村上 敏明 看守:品田 広希
 “マリオ・カヴァラドッシだな?~
             星は光りぬ~
                トスカ&カヴァラドッシ2重唱”

~休憩 デザート&コーヒータイム~

2部「オテロ」「アンドレア・シェニエ」
ヴェルディ「オテロ」より
 オテロ:村上 敏明 イヤーゴ:青山 貴
 第1幕 オテロの登場“喜べ!”
 第2幕 オテロ&イヤーゴ2重唱“神に懸けて誓う!!”
 第4幕 オテロのアリア“もはや私を恐れるものはない(オテロの死)
ジョルダーノ「アンドレア・シェニエ」第4幕より
 シェニエ:村上 敏明 マッダレーナ:奈良原 繭里 ルーシェ:青山 貴
 シュミット/マテュー:品田 広希
 “悲しみの市民が~
      5月の晴れた日のように~
              貴方のそばで、僕の悩める魂も”

★アンコール
「アンドレア・シェニエ」より“亡くなった母を” 奈良原 繭里
「ドン・カルロ」より“友情の2重唱”村上 敏明&品田 広希
「オテロ」より“イヤーゴの信条”青山 貴(歌いおろし)
「トゥーランドット」より“誰も寝てはならぬ”村上 敏明
“オー・ソレ・ミーオ”全員

歌いまくりのコンサートでした。これだけ名曲を並べられるテノールは他に存在しません。(終演は4時を過ぎていた?)
お食事付きのコンサートだったので、1人で行くのがためらわれましたが、あまりの名曲揃いに直前になって予約してしまいました。部屋の後ろのほうのカウンター席でしたが、かえって他の席より広かったカモ。

お客さんの年齢層の高さにビックリ。お客のほとんどがお婆さん。152人の客のうち、私(43歳)より若い人は2~3人だった?このあと日本のオペラ界はどうなっていくのでしょうか?

歌っている間も部屋の中に雑音が漂っていて、そういうものだと思っているので別に気にもならないのですが、できればキッチリしたコンサートホールで聞きたいですね。でも、なかなか難しいようです。オペラ歌手がコンサートを開催するのは難しいんですね。ピアノがあればできそうなものなのに。

開演前から村上さんが挨拶して回ったり、自ら椅子を運んだり、忙しく立ち働いていて、歌う前にこんなに喋ったりして大丈夫なのかなと思いましたが、大丈夫でした。どれだけ強い喉なんだろう。鍛えると強くなるものなんですかねえ?お父様がオペラ好きだとかで、親子二代の夢の結実なので、他の人とは違うのかもしれません。

「トスカ」第3幕は、トスカが身を投げるところまで上演されました。トスカは上手〔かみて〕のほうへマントを翻しながらバッと去って行った。

村上さんのトークで、トスカの「スカルピア、神の御前〔みまえ〕で」という最後のせりふは、トスカの潜在的なスカルピアへの愛欲が表現されているのではないか、みたいな話が出たのですが~、
私が思いますには、神の前に出たら、○か×かの裁きを受けるわけなんですよね。
自分のしたことは○だったのか×だったのか、
強姦しようとしたスカルピアと、殺したトスカと、どちらが×をもらうのか、
一体どちらが悪かったのか、白黒はっきりさせましょう、というせりふだと思っていました。

「アンドレア・シェニエ」の第4幕は、ほとんど全部歌われました。5月の晴れた日にシェニエのアリアが生で聞けるのは贅沢なことだと思いました。

いつか村上さんの道化師やオテロ全曲が聞けますかねえ。

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