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2015年7月

2015年7月29日 (水)

必見の舞台

大阪に行って来ました。
ここ数年、大阪に行くと、海外からの観光客の多さに驚きます。
一体何を見にくるのでしょうかねえ?
グリコの看板を見に来るのかな・・・?

現在、国立文楽劇場で『生写朝顔話』が上演されていますが、
勘十郎さんの萩の祐仙がもう素晴らしかった。
笑い薬を飲んで、笑いたくないのに笑ってしまう、
という演技を延々と展開するのですが、
笑いの表現の多様さがすごいです。
関西にお住いの方は、是非ご覧になってくださいね。
それほど頻繁に上演される演目ではないので、
第3部を絶対に見逃さないで!!

2015年7月21日 (火)

大沼徹リサイタル

【ポッキー史上 最も細いポッキーは、ポッキー史上 最も折れやすいポッキーだった】

そういうわけで、非常に珍しいバリトン・リサイタルに行ってきました~~。

第223回
未来からくる演奏家を聴く会
2015年7月21日(火)18時45分開演
南麻布セントレホール(全自由席)
客席数は約100席(固定席ではない)

◎出演
大沼徹(バリトン)
吉田貴至(ピアノ)

◎演奏曲目
滝廉太郎  荒城の月
山田耕筰  待ちぼうけ
山田耕筰  カロウヴァ
中田喜直  結婚
武満徹   死んだ男の残したものは
新実徳英  壁消えた
新実徳英  自転車で逃げる
〈休憩20分〉
モーツァルト『ドンジョバンニ』より カタログの歌
ヴェルディ 『椿姫』より プロヴァンスの海と陸
ヴェルディ 『オテロ』より ヤーゴの信条
トマ    『ハムレット』より 酒よ 憂さをはらせ
コルンゴルト『死の都』より ピエロの歌
★アンコール
ロッシーニ 『セビーリャの理髪師』より 私は町の何でも屋
平井康三郎 親船小舟

(終演20時30分ごろ)
※会場で使用されたピアノはむかし平井康三郎邸にあったものだそうです。

チケット代が1500円で歌いまくり!!大変お得な公演でした。
ムヒョ~
とてもいい声でしたよ。そしてすごいスタミナだ。
やはり一夜のコンサートを打てる歌手こそが真の実力者という気がする。

それにしても「カタログの歌」というものは、なぜこんなに優雅な曲に、なぜこんなに下品な歌詞が付いているのだろうか?そこが可笑しいのだろうけれども・・・。
こういうコンサートの場合、もちろん字幕は出ないけれど、客はどの程度まで内容を理解しているものだろう?例えば私は『死の都』を1度だけ見たことがあるものの、今日のアリアは何を歌っているのか全く分からず、ただ雰囲気を楽しんだわけですが、「カタログの歌」の内容を知らずに聞いた人は、きっと「なんて優雅な曲だろう」なんて思って、そっちのほうが曲が美しいかもしれない。

今日は歌の前や後にトークがあって、歌の説明などがありました。なかなか良く練られていて、楽しいトークでしたが、「暑い」連発はどうかなあ・・・。

大沼さんは、わりと愛嬌のある顔なのに、「ヤーゴの信条」を歌うと悪人っぽく見えるのがすごいと思いました。「ヤーゴの信条」は最後に笑わないやり方でした。

こういう時に、日本語で歌える日本製オペラアリアがないのが少し残念。でも日本歌曲もなかなか作品が充実しているものですね。
今日の演奏では、オペラより日本歌曲のほうが表現力が深かったように感じました。「待ちぼうけ」が秀逸。そして、日本語の発音が自然で美しかった。学校の音楽の授業で使えそうなくらいに。

後半のオペラアリアでは、「ヤーゴの信条」が特に良かったですね。「プロヴァンス」はまだ若い感じ。

アンコールは「輝けダイヤモンド」に違いない!と予想したのですが、意外や「何でも屋」でした。キャラクターとしてはフィガロは向いていると思うけれど、全曲を聞く機会がありますかねえ。

※この公演はインターネット上で生中継されたそうですが、見た方いらっしゃいます?

2015年7月20日 (月)

文楽の思い出

国立劇場9月文楽公演のちらしを眺めておりますと、恋のために兄を裏切る橘姫、恋のために父を裏切る時姫、この似た趣向の2つの演目を同じ興行で上演するのはいかがなものか、と思わなくもない。そして、『鎌倉三代記』を上演するのならば、ぜひとも「入墨の段」も上演してほしかった、この段を上演しないと高綱の物語のスケールが格段に小さくなると思う。

ト、客は公演内容にいろいろ不満を言うものですが、興行側には興行側の事情があり、なおかつその事情はお客様にはお話しできませんので、言っても仕方のないことでございます。

むかし国立劇場の文楽公演では、昼の部が『近江源氏先陣館』で、夜の部に『鎌倉三代記』を上演したことがあります。その時の上演をぜひ見てみたかった。その時の観客は果報者です。
(むかしは二度と戻ってこない・・・)

文楽、歌舞伎、オペラなどを見ておりますと、「その公演をぜひ私も見てみたかった」と思うことがよくありますけれども、振り返ってみれば、私だって結構すごい舞台を拝見しているものだと我が事ながら感心します。

私が初めて文楽を見たのは、大学2年の時、平成4年9月の『本朝廿四孝』(通し)でした。
「八寒地獄〔はっかんじごく〕」という場面で、雪の中で凍える我が子を救うために、母が家の戸を叩き壊す。戸だか柱?だかを狂ったように壊していく母を見て、私はボロボロ泣いていた。床は住大夫さん・燕三さん、お種は簑助さんでした。
この時は、物語の長さ・複雑さ・スケールの大きさ、舞台転換のダイナミックさにも驚嘆した。雪の竹藪の奥から勘助母の家がゴゴゴゴと前に出てくるのに痺れた。

2回目に文楽を見たのは、平成6年5月の『妹背山婦女庭訓』(通し)でした。
「山の段」で、若い恋人同士が川を挟んで会話する。
心ばかりが



あい、
と、両床で1文字ずつ交互に語るあたりから涙が止まらなくなり(まだ話の序盤)、そのあとずっと泣きっぱなし。客席で嗚咽しそうになって、私はどうすればよいのだろうというくらい身をよじって泣いた。記録によるとこの段は116分だったそうで、私は1時間半くらいずっと客席で泣いていた。こんなに悲しくてこんなに美しい話があるのかと思った。体中の水分が全て涙になって流れるのではないかと思った。客がこんなに泣いたなら、舞台の端で一旦途切れた吉野川も客の涙が川になって再び流れ出すだろうと思った。
1日見終わったあと、私はもう放心状態だった。
その時の配役が超豪華で、もう二度と実現しない。
「山の段」の上演には、優れた大夫が4人必要で、さらに通し上演では「芝六住家」「金殿」と最低でも6人必要で、もう絶対に無理。(いや無理でないという方がいたら、私は会ってお話ししたい)

嶋大夫さんが人間国宝に認定されたそうで、私は雛鳥を聞いた最初の時から師匠の大ファンなので、誠に嬉しい。
私は国立劇場の職員であるために、文楽の舞台はあまり見られなかったのですが、それでも嶋大夫師匠の「十種香」「阿古屋」「酒屋」「封印切」「帯屋」「重の井」「九段目」「七段目のおかる」「中将姫」「壺坂」「金殿」「宿屋(朝顔話)」「先代萩御殿(前半)」「寺子屋」「橋本」「岡崎」などが聞けました事は、この身に余る幸運でした。「御殿をまるごと聞きたい」「定高を聞きたい」「鎌三を」などと、欲は尽きないものですが、人生それくらいでいいのかもしれない。

嶋大夫さんの会見

2015年7月15日 (水)

予想

本当に強行採決されてしまうのでしょうか。
安倍さんは本当に酷い人ですね。
集団的自衛権を行使することが本当に必要だと思うなら、
憲法改正の手続きを取るべきでしょう。
それで憲法が改正されなければ、結果を甘受すべき。
日本が民主主義の国である以上は。

自民党の政治があまりにも酷いというので、
民主党が政権を取ったことがあった。
そうしたら、民主党の政治が更に酷かった。
民主党が一番力を入れたのは「事業仕分け」だった。
事業仕分けとは、要するに公共事業の縮小、緊縮財政の方策であろう。

江戸時代には、幕府による享保の改革、寛政の改革、天保の改革という三大改革が行われたが、いずれの改革も主な柱は倹約であった。賢き政権は倹約を訴えるものであると思う。
しかし愚かな国民は倹約を嫌う。

私は、国が巨額の借金を背負っている状況を強く憂いていたので、緊縮財政には賛成だった。しかし、国の金を、何にどれだけ使うのか、という再配分の方法については、そのことに詳しい人が決めるべきである、決めてほしい、と思っていた。
しかるに、民主党は「詳しい人たち」ではなかった。「なぜその事業が必要なのか、やっているあなた方が私に説明してください」というスタンス。
しかし、説明しろと言われても、それは半日やそこらで説明できることなのだろうか。
たとえば文化行政にメスを入れるとして、文楽って何ですかとか、2回しか見たことがないんです、という人に文楽に関する政策を決めていただきたくない。
そして、文楽のことを少しは知っている、文楽だけでなく歌舞伎や能楽やオーケストラ、オペラ、バレエの現状も少しは知っている、現代演劇も知っている、美術館の現状も知っている、文化財保護の現状も少しは知っています、という状態になるまでには、どんなに勤勉な人であっても、何年かの時間が必要でしょう。
今まで何してたんですか?私は普通の人のことを尊敬したりしませんが?
そこに大震災も重なり、民主党は退席となった。
そもそも国民というものは緊縮を好まない。
民主党は退席となった。

それで仕方なく酷い自民党の再登板とはなったわけだが、
もう自民党に代わる第二政党は存在しないということが国民に知れわたり、
そのため自民党は度重なる増長を示す。

人の上に立つ者が法を守らなかったら、
この国はどうなってしまうのだろうか?

安倍政権はジャブジャブと公共事業を展開して、国債を減らそうという気配が全くない。そして国民からはわりと人気。
私の予想では、日本はすごいインフレになると思います。
物価が跳ね上がるでしょう。
例えば200円で買ったいた牛乳が2000円になるとか、
1800円で見ていた映画が18000円になるとか、
18000円で見ていた歌舞伎が180000円になるとか。
そうすると、国債の額面自体は変化しないので、
相対的に国債の値打ちが下がるト。
言っている意味が分かりますか?
国の借金も個人の預金も両方とも一気にチャラ。
ギリシャは外国から金を借りているので、そのような措置は取れないけれど、日本の国債は主に日本人が買っているので、紙幣大量発行のインフレによって債務と債権を同時にチャラに。
そして大幅な円安になると思います。
たぶんオリンピックの後に、突然。
その前に政権交代か大震災がなければ、ですけど。
(予想は外れてくれるだろうか?)

2015年7月13日 (月)

つれづれ

●昨年2月に引っ越してから、部屋が片付かない。まだ部屋が段ボールに占拠されている。収納するスペースがないのだから、どうしようもない。私はもう駄目です。駄目。

●京橋のギャラリーに、柿沼直文さんの絵を見に行ってきた。買おうと思えば買える値段だったけれど、私が素敵な絵だなと思うものは、すでに売約済みだった。数年前、彼の絵を1枚見て、ずっと気にかかっていた。絵の中にドラマがあるような気がした。久しぶりに見たら、かなり画風が変化していて、アンリ・ル・シダネルのような感じになっていた。そちらのほうが人気が出るだろうし、それはそれで良い絵だったけれど・・・。
美術の先生をしながら、絵を描いているそうな。

●先日、13代目仁左衛門の本をインターネットで購入したら、本人の署名入りだった。これは、どう見ても直筆である。
ウヒョ~しかも、団子の絵まで描き添えてある。なぜ団子の絵なのかと言えば、本のタイトルが『嵯峨談語』なので、駄洒落である。(13代目は嵯峨に住んでいた)
先日、6代目歌右衛門の描かれた木版画をインターネットで購入したら、6代目歌右衛門の署名入りだった。これは、どう見ても本人の直筆である。
ウヒョ~ちゃんと「中村歌右衛門丈純金泥自筆サイン・押印入」と書かれている。
持ち主が亡くなると流出するのでしょうか。
私の持っているものは、どうなるのかな・・・。

2015年7月12日 (日)

ギリシャ

夏ですねえ。
私のまわりでも、夏休みに海外へ行くという話題がチラホラ出ています。
行きたい国って、人によって全然違うんですね。
「私ならば、そんな国は絶対に選ばないのに」などと思うこともありますが、
人って、本当にそれぞれ違うものなんですねえ。

私は、いつかギリシャに行ってみたいという希望がありますが、優先順位はそれほど高くない。それより先に、オランダ(アムステルダム)、南仏(シャガールとマティスを訪ねて)、スペイン(エル・エスコリアル修道院)、トルコ(イスラム建築)、ロシア(エルミターシュ美術館)、台湾(故宮博物院)に行ってみたい。もちろんイタリアは常に私の憧れの国。

ギリシャについては、いくつか疑問な点がある。
「ギリシャ」のことを「ギリシア」と書くケースが多くあるけれども、ギリシャのことをギリシアと発音する人に出会ったことがない。なぜギリシャのことをギリシアと書く人がいるのか、私は昔から疑問に思っている。

そして、このたびのギリシャのデフォルト(債務不履行)問題である。
ギリシャは他国から多額の借金をしており、どうにも首が回らない状況である。
それにもかかわらず、債権国(貸し主)のドイツよりも年金受給開始年齢が早い。
ドイツが納得しないのも当然でしょう。
ユーロ圏内には、ギリシャより財政が逼迫している国もある。
なのにギリシャ国民は、緊縮策を受け入れないのであった。
この場合の「緊縮」というのは、「公共事業の緊縮」であろう。
際限なく借金し、際限なく使う。それは自分の金ではない。だから使う。国の借金は自分の借金であるという自覚がない。

ト、ここで、我が日本のことが思い起こされる。
国の借金が際限なく増加している。
消費税が5%から8%に増税され、国債残高は減少に転じるかと思いのほか、ますます増え続けているのである。
その借金は誰が返すのだろうか?
そもそも国債なんて誰が買うのだろうか?
日本の国債は過去に一度、紙屑同然になったことがあり、あまり買う人はいないと仄聞している。
日本の国債は日本の銀行が買っているそうな。
私たちが銀行に預けた金を元手に、銀行が国債を買う。
つまり国債は間接的に私たちが買っているような状況。
私が銀行に預けた金が国債に変換されているとは、甚だ心配かつ不本意な現状である。
要するに私の銀行預金は国によって先に使われてしまったのだ。

新国立競技場のゴタゴタを見るにつけ、国の金の使い方には不安を拭いきれない。
いっそオリンピックはギリシャに返還してはどうだろうか。

2015年7月 7日 (火)

つれづれ

●きのう~~、新宿バルト9で、英国ロイヤル・オペラのライブビューイング《ウィリアム・テル》を見てきました~。ロッシーニ最後のオペラ作品。(序曲のみ有名)
イギリス人でさえフランス語で《ギヨーム・テル》と言うてるのに、なぜ日本人が英語で《ウィリアム・テル》言うてんのか、全く理解に苦しむ。しかも配役表の他の役名はフランス語読みだ。おお・・・。
(ちなみに、「ギョーム」ではなく「ギヨーム」だから、そのへんよろしくね)

最近、《イーゴリ公》の「ダッタン人の踊り」を「ポロヴェツ人の踊り」と呼ぶ動きがあるそうなが、みんな使ってくれるのかね?覚えられないよね★

バルト9は地響きのような雑音が続いて、オペラの上映には適さないようでした。隣のオッサンはバケツのような入れ物でポップコーン食べてはったし・・・。
一体ポップコーンという食べ物は映画館に適したものか、私は昔から疑問に思っておる。

オペラはセクシャル&バイオレンスな演出で、上半身はだかになって血を塗りたくったり、軍人が女性を性的に虐待したり、見ていて陰惨な感じでした。戦争の話だから仕方がないけれど。新国の《リゴレット》《ナブッコ》に似てたような気が~~。
泥、血、蛍光灯。気分がすぐれなくなる。

指揮のパッパーノは、ちょっと大野和士さんに似ていた。顔ではなく、身振りや、表情や、喋り方が。

●先日、六本木のサントリー美術館に行ったついでに、近くのフジフイルムスクエアに立ち寄りました。数年前から、よく行きます。ここで展示される写真は、富士フイルムの銀写真プリントというのが使われているようですが、これがまあ信じられないくらい綺麗で、写真ってこんなに綺麗なものだったんだなあと思います。同じ写真が写真集として販売されていたりするのですが、見比べると全然違う。富士フイルムの銀写真プリントは美しい。
展示している写真、売ってくれないかな~~。(値段にもよるけれど)

●小学館の雑誌「和楽」は、昔からたまに購入していますが、このあいだ久しぶりに買ったら、写真が全然美しくなくなっていてガッカリでした。紙が変わったのでしょうかねえ。あの紙は、何という銘柄だったのだろう。マットでありながら、インク面がキラキラと輝く、グロス系のあの紙は?


2015年7月 6日 (月)

藤原歌劇団《ランスへの旅》

藤原歌劇団《ランスへの旅》の2日目と3日目を見てきました。
・ゲネプロ(Aキャスト)
・2日目(Bキャスト)
・3日目(Aキャスト)
と3回見たのですが、3日目の公演が1番感動しました。私はちょっと人と異なる特殊な感受性を持っているものですから、聞きながらズンドコズンドコ興奮してきてしまい、血圧が急上昇し、客席で死ぬのではないかと思ったほどです。
佐藤美枝子さんが光り輝いていて、まさに女神のようでした。ああいうのを本当にディーヴァと呼ぶのだと思う。あとは光岡暁恵さん、小山陽二郎さんが良かったですね。
Bキャストでは、向野由美子さん、中井亮一さんが良かった。

それと特筆すべきはAキャストの山本康寛さんと伊藤貴之さんですね。この2役には配役の変更があったわけですが、歌の実力でこの役を勝ち取っただけあって、素晴らしい歌唱でした。テノールとバスという、朱鷺よりも珍しい貴重な声種に、新しいスターが登場したことをお祝いしたいと思います。(伊藤さんは演技力もたいへん優れていました)

ゼッダ指揮の東フィルの演奏は、どちらかと言えば重い音色で、かなり遅いテンポでしたが、それがAキャストにはプラスに、Bキャストにはマイナスに働いていたように思いました。

Bキャストのドン・プロフォンド役の安東玄人さんは、各国の歌い分けを頑張っていました。ロシア人の時に、コサックダンス(偽)の振付をしていたのが大ウケでした。

↓これがコサックダンスだッ
コサックダンスその1
コサックダンスその2

↓全然関係ないけれど、これがヨーデルだッ
ヨーデルキング

YouTube
は、こういうのが見られるからすごい。
ずいぶん古い映像だけれど、今でも出来る人がいるのでしょうか?
ぜひ生で見てみたいぜ!

国立劇場では年に数回「民俗芸能公演」というのがあって、約50年前に開場した頃は頻繁に民謡を取り上げていたのですが、最近は神楽と太鼓が多くて、民謡はほとんど上演されない。歌える人がいなくなっちゃったんじゃないかと職場で話しておりました。お祭りみたいに毎年やるものでないと、消えていっちゃうんじゃないですかねえ。

私は今年の5月にも《ランスへの旅》を見たのですが、その時にドン・プロフォンドを歌った金子亮平さんは、フランス人の時に鼻母音を入れ込んでいて大ウケでした。(つまり私はそういうシャレが大好きなのだった)

話がだいぶ逸れましたが、今回の《ランスへの旅》を十分に楽しみました。大興奮でした。前回の藤原の《ランスへの旅》から、もう10年くらい経っているんですね。同じ配役もあり、変化した配役もあり、時の過ぎるのは早いものですねえ。

2015年7月 2日 (木)

『鎌倉三代記』あれこれ3

『鎌倉三代記』の時姫は三姫の1つと言われますが、それは歌舞伎の話であり、文楽ではあまり三姫とは言わないみたいですね。文楽のガイド本のたぐいを見ると、たいてい「歌舞伎では三姫の1つとされ」というように、「歌舞伎では」という一言が入っています。文楽の場合は、全ての役を1人で語るわけですし、時姫だけが主役というわけでもありませんし、1つの役だけをあえてクローズアップする理由がないのかもしれません。

『鎌倉三代記』に対する私のイメージは、これまで主に歌舞伎によって形作られていたと思うのですが、歌舞伎の『鎌倉三代記』は省略が多くて、ちゃんとストーリーを把握できていなかった。歌舞伎はかなり時姫をクローズアップしている。

●東京における文楽の『鎌倉三代記』上演年月
・昭和42年6-7月
・昭和58年5月
・平成8年5月
・平成20年5月
(全て国立劇場)

す、少ない・・・。あまりに少ない・・・。
1度見逃すと、次に上演される時に生きているかどうかも分からないでござる。

時姫のせりふに、
「討死〔うちじに〕の門出〔かどで〕には忍びの緒〔お〕を切ると聞く、ことさら兜〔かぶと〕に名香〔めいこう〕の薫〔かお〕るは兼ねてのお物語、思い切った最期のお覚悟」
とあります。

三浦之助は討死を覚悟している。
坂本城は落城寸前で、もはや打つ手がない。負け戦と分かっている。
時姫が三浦之助の覚悟を知ったのは今だけれど、三浦之助が討死を覚悟したのは今ではなく、もっと前の段階です。

「忍びの緒を切る」という部分が分かりづらいと思います。
「忍びの緒」というのは、兜の紐〔ひも〕のことだそうです。
「忍びの緒を切る」というのは、兜の紐を顎〔あご〕のところで固く結び、結び目の先を切ってしまうことだそうです。

兜の結び目の先を切る

 ↓
もう二度とほどけない
 ↓
もう兜を脱ぐつもりがない
 ↓
戦場で討死する覚悟である
(と自分を討ち取る敵に対してメッセージを送っている)
 ↓
負けるのを分かっていてなお戦った、潔い、敵ながら天晴

三浦之助は、出陣する際、もう戦場で討死する覚悟だった。
ところが、予定外に戦場を離れて、絹川村の老母の家にやって来る。
三浦之助が絹川村を訪れる場面の描写に、「身に引きしむる兜の緒」と書かれている。兜を頭にかぶっていたら、兜の緒を身に引きしめることはできない、つまりこの時点ですでに兜の緒を切っている。結び目の先は出陣前にとっくに切っている、いま結び目の手前を切って兜を脱いで戦場を離れている。なぜそのような屈辱的なことをしたのか?ずっと会っていなかった母が病気で命も危ない状況だと聞いたので会いに来た、時姫がここにいるとは思わなかった、と口では言っているけれども、それは嘘で、本当は時姫に時政を討たせるために来た、時姫にYESと言わせるために。(高綱の計略による)

三浦之助は、幼い時に父を亡くし、母と別れて坂本城へ出仕。母とは、ずっと連絡を取っていなかった。
時姫とは、別の場面で出会っているけれど、かなり素っ気ない。
親の愛も、女の愛も知らなかった忠義一徹の男が、計略の過程で、図らずも初めて愛を知る。それも、普通ではありえない、かなり激しい形で。

そう考えると、三浦之助というのは、すごくいい役だなあと思えてきます。
(文楽通の方々には、今さらでしょうけれども)

ちなみに、兜に名香を焚きしめるのは、『仮名手本忠臣蔵』でも出てくる話なのでお馴染みと思いますが、
・首を討ち落された時のアイデンティティとして
・首を討ち落された後の死臭を嫌って
という意味合いがあったそうです。

私は「縁の切れ目は蘭奢〔らんじゃ〕の薫」という詞章がすごく好きなんです。頭の中に妖しく薫ってくる感じがして。

2015年7月 1日 (水)

藤原歌劇団《ランスへの旅》ゲネプロ

【あ~~フルオーケストラで「冷たい手を」を歌ってみたい】

というわけで、藤原歌劇団《ランスへの旅》のゲネプロを拝見してきました。
会場は、藤原としては珍しく日生劇場。
今シーズンの《ランスへの旅》《仮面舞踏会》《トスカ》セット券を購入した特典としてのゲネプロ見学でした。
2階席ならどこでもOKということでした。
むかし、日生劇場の1階席で《カプレーティとモンテッキ》を見たときは、あまり良い音響ではないと感じましたが、今日はとても綺麗な音でした。ん~~。

コリンナ役の佐藤美枝子さんが絶好調で素晴らしい歌唱でした!フォルヴィル伯爵夫人役の光岡暁恵さんも、これだけの歌は世界中を探しても見つからないのではないかと思うほど、最高の当たり役です。
私の知らない若い歌手も出演していて、どんなものかと期待&心配していましたが、シドニー卿役の伊藤貴之さんがとてもとても良い声で、ビックリしました。こんな逸材が隠れていたなんて~。(藤原の《ファルスタッフ》とかで聞いたことがあるはずなんですが・・・汗)
配役変更で出演することになったリーベンスコフ伯爵役の山本康寛さんは、最も心配していたのですが、立派な歌唱でしたよ。

たいへん高水準な《ランスへの旅》でした。迷っている人は、絶対に見たほうがいいと思います!!

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