« 2016年4月 | トップページ | 2016年6月 »

2016年5月

2016年5月29日 (日)

週末のワタクシ

土日がお休みなんて、久しぶりじゃないかなあ。
昨日は国立西洋美術館(上野)の「カラヴァッジョ展」に、
今日は国立新美術館(六本木)の「ルノワール展」に行ってきました。

新国立劇場と国立新美術館と、新の位置が違うのはどうしてなのでしょうか?

上野の駅を降りると、国立西洋美術館を世界遺産に!とかいうダサい幟[のぼり]がはためいていて、その幟の安っぽさが上野の町をさらに安っぽく感じさせていました・・・。

カラヴァッジョ展もルノワール展も、予想していたほどは混んでいませんでした。
特にルノワール展のほうは、閉館1時間前にはガラガラになっていた・・・。
それぞれ、画家の代表作と言っていい作品が来日しているのに、どうしたんだろう・・・。
きっと、じいさんばあさんは若冲展で疲れてカラヴァッジョやルノワールまで手が(足が?)回らなかったのだろう。
そう言えば会場は圧倒的に若い人が多く、デカい声でしゃべり続ける嫌な人が全くいなかった。
日本はもうすぐ新しい時代を迎えるのかもしれない!
若い人たちはガサツじゃなくて良かった!
若い人は、きっと若冲の「動植採絵」をもっと素敵な環境で見られる日がくるんじゃないかなあ。
そうだといいですね。

こんなにまとめて名画を日本に貸し出してしまって、現地の美術館は大丈夫なのかしらん。
「行ったら展示されていなかった」では悲しすぎるじゃありませんか。

私はローマにもパリにも行ったことがあるので、見たことのある絵が多かった。
カラヴァッジョはわりと「この絵は見たことがある」「この絵は見たことがない」とはっきり覚えているのに、ルノワールは見たのか見ていないのかあまり覚えていない・・・。

ルノワール「都会のダンス」と「田舎のダンス」を並べて見られるのは贅沢なことでした。どちらが都会でどちらが田舎か、タイトルを見なくてもパッと分かる。
それは、描かれた「場所」によって分かるのではない。
描かれた女性の「服装」「表情」「しぐさ」によって表現されている。
つまり、都会か田舎かという違いは、人物の外見だけで描き分けることができるのであった。
(当たり前?)
そしてルノワールは、田舎を愛しているらしかった。

きのうは、鼓童の公演も見たのでした。
和太鼓だけでなく、西洋の打楽器が入っていて、特にドラムが導入されていたのが驚きでした。
ドラムの導入は、鼓童の芸術監督に就任した玉三郎さんの発案だそうです。たぶん、打楽器だけの演奏だと変化に乏しくなりがちなので、ショーとして変化を求めたのでしょう。
ドラムセットが3セット用意されて、生演奏。カッコよかった~。
ブルーハーツのドラマーだった梶原さんに教わったそうな。
ブルーハーツと言えば、私の初恋の人がブルーハーツのファンであった。
中学2年から高校3年まで、ずっと好きだったのです。
こんなに好きなのだから、その人が好きなブルーハーツを私も好きになっていいはずなのに、私はブルーハーツに全然興味がなくて、どうしてなのかなってずっと不思議に思っていた。
ブルーハーツを聞くと初恋を思い出す。
逆に言えば、そういう時くらいしか思い出さなくなった。
あんなに好きだったのに。

2016年5月27日 (金)

いつもの愚痴をつぶやく

仕事がとても忙しかった。
伊藤若冲展に絶対に行きたいと思っていたけれど、そんな余裕はなかった・・・。
若冲はたくさん見たことがあるから・・・と思って諦めた。

日本の絵画は、展示の回数が多いほど、展示の期間が長いほど、どんどん作品が劣化していくので、貴重な作品ほど会期が短い。
若冲の「動植採絵」は、感動のレベルとしてはウフィツィ美術館にも負けない美しさだと思うけれど、滅多に見られなくて残念です。

日本は経済大国となって、海外の名画の展示も多いけれど、借り物なので展示期間が短い。

自国の名画も、海外の名画も、日本で見る美術展は人だらけ。
せっかくの名画が、うじゃうじゃの人波とセットで記憶されるのは、寂しいものですね。
余裕がないと言うか、潤いがないと言うか・・・。
美術館も綺麗じゃないし・・・。

国立西洋美術館の建物が世界遺産に登録されるとか?
何がいいんでしょうね、あの建物。
美しい建物は、それだけで人を集める力を持っているんですよ。
西美の建物を見るために人が集まりますか?
使われていない階段がたくさんあるでしょう。
失敗作にしか見えないんですけど・・・。

金閣寺やサグラダファミリアは、その美しさだけで人が押し寄せてくるのに・・・。

国立劇場の寂しい脇道に「汚水蓋」がいくつもあって、やりきれない。そういう表示を放置している感覚が分からない。

忙しいと、愚痴っぽくなって、いけませんね。

絵画にも流行り廃りがあり、数年前まで大混雑だった「源氏物語絵巻」の展示が、今年はすいていたそうな。
若冲だって、20年前は誰も話題にしなかった。
周りの人々と関係なく、超然として美しいものを楽しみたいものだなあ。

2016年5月24日 (火)

覚えられない

マリア・カラスを主人公とした『マスタークラス』という芝居があって、黒柳徹子主演の公演をむかし見たことがあります。マリア・カラスがニューヨークのジュリアード音楽院で声楽マスタークラスの講師を勤めたという事実を芝居に仕立てたもの。
マスタークラスの模様を描いているので稽古ピアニストが登場するのですが、この人が赤いチョッキを着ていて、マリア・カラスに褒められるんですね。舞台人というものは、観客の記憶に残らなければならないので、何か目立つポイントを持っているのは良いことであるとか何とか・・・。
実際、舞台を見終えて、何の記憶も残らぬままの役者というのも存在するものです。

子供の頃は、人の名前を忘れるなんてことがあるとは思わずにいた。
隣のクラスの人の名前だって覚えていたし、忘れるなんて考えられなかった。
私が就職したての頃、私の上司が私の名前を「やないちゃん」と言い間違えることがよくあり(私の名前は柳川)、こんなに毎日顔を合わせているのに、どうして名前を間違えるのだろうかと不思議に思ったものです。
しかし今、私も44歳、人の名前が全く覚えられない。
過去に覚えていたはずの名前も忘れてしまう。

(あ)名前も顔も思い出せない
(い)顔は思い出せるが名前は思い出せない
(う)顔も名前も覚えている

職場の人の入れ替わりが激しく、アルバイトや高齢者採用や任期付き採用や請負業者や、あまりの目まぐるしさに、もう脳が飽和してしまったらしい。
だいたい私の(う)の領域は、市村橘太郎とか、イルデブランド・ダルカンジェロとか、竹本小住太夫とか、アリーナ・コジョカルといった名前で占領されてしまったのだろう。
それでも、ハーフの後輩の名前は絶対に忘れないので、ハーフというのはすごいインパクトなのだなあと思う。
自分で「ゴリって呼んでください」と言って回っている後輩も忘れない。なぜなら彼はゴリだからだ。

普通に会話をしながら「えーっと、この子なんて名前だっけ」と考えていることも多い。
人は何かひとつ絶対的な特徴を持っていたほうが良いと思う。
つまり赤いチョッキに相当するものを。
(そして、私が忘れてしまっても、怒ったり悲しんだりしないでください・・・)

2016年5月21日 (土)

つぶやき

携帯電話が壊れたので、この機会にドコモから別のところへ乗り換えようと思ったのですが、面倒くささに負けてまたドコモにしてまいますた。
電話帳はワヤになってしまったので、電話番号もメールアドレスも全て消え去りました。
遠くへ引っ越して行った友達にメールもできなくなりました。今頃どうしてるのかな。元気にしているかなあ。
携帯で撮っていた写真もパー。
イタリアで撮った美しい写真も、
コンサートの帰りに撮影したアンコールの張り出しも、
行った落語会のネタの張り出しも、
全てパー。
予期せぬ断捨離・・・。

機種変更をしたら、使い方が分からなくなり、ちょっと電話をかけるのも一苦労ですよ。もう疲れちゃった。
私も早くお迎えが来ないかなあ。
おじさんはもう生きていることに疲れちゃったよ。

このあいだ文楽を見に行ったら、周りの席のじいさんばあさんの、あまりの行儀の悪さにうんざりでした。じいさんばあさんは、なぜあんなに行儀が悪いのだろう。

国立劇場は歌舞伎鑑賞教室をもう50年近く続けているのですが、1日2回公演で二十日間以上の上演ですから、演劇としては最大規模の興行でしょうねえ。
昔は、学生の団体が大騒ぎして、芝居の上演中ずっとうるさかったのだそうです。解説を勤める俳優さんが、あまりの酷さに学生に向かって激怒するくらい。
その世代が今、じいさんばあさんとなり、相変わらず行儀が悪いままなのですね・・・。
若い人たちは大人しくなったものですねえ・・・。

つれづれ

このブログも細々と10年くらい続いております。
最初はOCNの「ブログ人〔ぶろぐじん〕」というのを使っていました。
ところがOCNがブログから撤退、ココログへ引っ越したのでした。
ブログ人が終了してみると、私はなぜ高額なOCNと契約していたのだろうか?という疑念がわいてきて、NTTと縁を切ることに決めました。
(NTTは働かずして儲けすぎ、早く天罰が下ればいいのに)

エキサイト光+BBエキサイトなるものに乗り換えることにして、手続きしたのですが、切り替わり予定日の5月20日を過ぎても何も変わらない。何をどうすればよいのか分からない。やはり安いところはサービスもお安いのだろうか・・・。

時期を同じくして携帯電話(ガラケー)が壊れてしまった。もう5年くらい使っているので、仕方がないのだけれど。ドコモだったので、これも別なところに乗り換えようと思案中。

音信不通生活・・・。

文楽のプログラムにカラーの写真を入れるのが夢だったんです。
と、
急にこのような話題になったときに、「プログラム」という言葉が「筋書」「番付」「パンフレット」を表していることが分かる人は何人くらいいるのだろう?
なぜ国立劇場は筋書のことをプログラムって言うのだろう?
それは私には決定権がないので、どうでもいいのですが、
文楽のプログラムにカラー写真を入れる権力を私は入手したのであった。
予算要求とか予定価格の作成方法の変更とか、面倒くさいことをしたのでした。
いざカラーページを入れてみると、「文楽の舞台写真はモノクロのほうが綺麗なのに」という声が存外多い。
「多い」って言ったって数人なのだけれど、「カラーページになって良かったですね」と声をかけてくる人は1人もいないので、それは「不満の声のほうが多かった」ということなのでした。
「落語の高座写真はモノクロに限る」という声も聞いたことがあるし、
「能・狂言の舞台写真はやはり白黒が良い」という話も聞いたことがある。
写真・・・真実を写すという意味から言えば、モノクロは真実ではないのであり、現実から離れたファンタジーの世界である。
古来、日本には水墨画というものがあり、わざと白黒で表現して、現実世界と異なるものを脳内で楽しむ、という文化があるのかもしれない。
そのように考えると、落語という芸も、写実的なようでいながら、男の噺家がおかみさんの役を演じたりなんかして、実際は写実ではなく、聞き手が脳の中で長屋の風景を加えたり、「聞き手が加えていく」ということがないと楽しめない芸であると言える。舞台セットや衣裳がないからこそ成り立つ芸。そのあたりが、モノクロ写真との親和を感じさせるのかもしれない。

しかし私は昭和46年の生まれで、生まれた時からテレビも雑誌もカラーだった総天然色世代であるし、モノクロ写真を綺麗と思うこともたまにあるけれど、やはり写真はカラーがよろしゅうございます。



2016年5月17日 (火)

カメラ未来形

カメラマンの能力、というものにもいろいろな種類がありまして、
シャッターチャンスを逃さないとか、
ピントが合うとか、
露出が合うとか、
それは一部分にすぎないのでございます。

「その場に立ち会う」、これがなかなか難しい。
例えば文楽のカメラマンであれば、
東京在住のカメラマンが大阪公演を撮影に行くとき、
旅費・交通費は自腹なわけなんです。
大阪在住のカメラマンが東京公演を撮影する場合も同じ。
それだけのお金を費やしても、元は取れないんですよね・・・。

あとは、「過去に撮影した写真のデータ(またはポジ等)が、パッと取り出せるか」という整理能力も問われます。(出てこないと使えないんで)

編集者と喧嘩すると、写真は掲載されなくなります・・・。

機材はどんどん進化しているので、機材にどれだけ投資できるか、という点も問われてくるでしょう。
演劇界の写真も、どんどん変化していますもんねえ。

カメラって、4年に1度のオリンピックに合わせて大幅なモデルチェンジがあるそうなんです。
何でも聞くところによれば、もうすぐ(?)、動画の1コマ1コマが写真に耐える解像度にまで進化して、動画の中から好きな瞬間をあとから選ぶ方式に写真が変化する・・・らしい。
シャッターチャンスを逃さなくなる代わりに、選ぶのがえらい大変になりそう・・・。
(カメラマンが選ぶのか、編集者が選ぶのか、出演者が選ぶのか・・・???)

2016年5月16日 (月)

よもやま

先月、清介師匠のインタビューを担当させていただいたのです。
大阪弁で1時間半のマシンガントーク。
私は関東育ちで、大坂弁で原稿を書くことはできませんでしたが・・・。

インタビューの中で四柱推命の話が出てきましたけれども、清介師匠の占い好きは私のような下っ端職員も聞き及んでおりまして、占いによって清介師匠のお弟子さんの名前は「2文字目が4画」と決まっているのだとか・・・。

清介師匠にゲラをご確認いただいた時に、「駄目」とか「寂しい」とか、何気なく入っているマイナスの言葉を、同じ内容を表すプラスの言葉に全て置き換えていらしたのが印象的でした。
そういう工夫が幸運を呼び込むのかもしれませんね。
私には真似できませんが・・・。
(私の心の中には綺麗な花だけが咲くわけではありませんから)

インタビューページに掲載した床の舞台写真は、奇跡の1枚で、あんなに素晴らしい三味線の写真は滅多にお目にかかれません。
文楽のカメラマンは、どうしたって人形を中心に撮影するので、床の写真は少ないのです。今回のインタビュー用にカメラマンにお願いして特別に撮っていただいたのです。
本当は去年の12月にインタビュー記事を掲載しようと思っていたのが、清介師匠は鑑賞教室のほうに出演されたので延期になり、2月に載せようと思ったら嶋太夫師匠の引退記事が入って延期になり、やっと今月掲載できた。その間も写真撮影は続けていたので、あの写真が撮れたト。あの写真、最高でしょう?すごくないですか?高貴な有徳の僧みたいに、後光が射しているもの。どうしちゃったんだろう・・・。

国立劇場の文楽公演プログラムに出演者インタビューが載るのはたぶん今回で最後になると思うので、あんな写真が掲載できて本当に幸運でした。

清介さんの直接の師匠ではないので記事には書きませんでしたが、弥七師匠のお話が面白かったですね。弥七さんは、8代目の綱太夫師匠の相三味線だったのですが、先に綱太夫さんが亡くなり、そのあと気を病んで入水なすった人です。亡くなる前しばらくは、出番前に楽屋でずっと「弾けまへん~、弾けまへん~」ってブツブツ言っていて、今の寛治師匠が肩衣を着けていつでも代われる状態にしてあったそうです。(実際に代わったこともあったらしい)
しかし、いったん床に出たらすごい名演で、終わって床が廻った時、「背中から火が出ているように見えた」と清介師匠は仰っていました。

あとは「太夫の息」の話が面白かった。
太夫というものは、「音〔おん〕」と「息〔いき〕」と「間〔ま〕」が使えなければならない、という話を住太夫師匠から伺ったことがあるのですが、清介師匠の仰る「息」は、住太夫師匠の「息」とは違うようでした。
住太夫師匠の「息」は、声を客席の後ろまで届かせるための手段、というようなお話だったと思うのですが、清介師匠の「息」は、語りのテンションと言いますか、感情の激しさを表現するための手段、という意味のようでした。
太夫は語っているうちに息が下がってきてしまう、息は上げていかなければいけない、と仰って、息が上がっている語りと、下がっている語りを実演してくださったのですが、それはどうやってもインタビュー記事に盛り込むことができず、せっかく面白い話だったのに、申し訳ないことでした。
音楽を構成する要素には、
・音の高い・低い
・音の大きい・小さい
・音の長い・短い
という3つがあると思うのですが、
それ以外にも、いろいろな要素を盛り込むことが可能なのだなあと、
清介師匠のお話を伺いながら考えたところでありました。

インタビューのあとは、ご一緒に法善寺まで歩いていき、写真撮影。
贅沢な時間でした。

2016年5月12日 (木)

私はもう雑談しかしない

今年の秋、藤沢市民オペラがロッシーニの名作《セミラーミデ》を上演する予定です。
(10月30日、演奏会形式、カットあり、解説付き)
指揮は園田隆一郎さん。
園田さんは、藤沢市民オペラの芸術監督に就任し、任期中に《蝶々夫人》《トスカ》という人気作品と、《セミラーミデ》というレア作品を上演するのだそうな。
※《蝶々夫人》はすでに終了

ロッシーニ作曲《セミラーミデ》は、世界的に見てもあまり上演されない作品で、映像や録音も少ない。
でも私は好きな作品です。
どんなキャスティングになるのか期待していたのですが、タイトルロールのセミラーミデは安藤赴美子さんとのこと。
安藤さんって、ロッシーニを歌ったことがあったっけ・・・?
そういう声質ではなかったような気が・・・?
と思ったのですが、この配役は園田さんのご希望だそうで、
なんでも園田さんご本人のお話では、
セミラーミデのアリア「麗しい光が」はソプラノがよく歌う、
オーディションなどでこの曲を選ぶソプラノが多い、
なので指揮者は聞く機会が多い、
声の細いソプラノが得意としがちな曲であるト。
しかし園田さんの尊敬する指揮者アルベルト・ゼッダは、セミラーミデは太い声のソプラノが歌う役だという理想を持っていて、この曲を聞くたびに「あなたの声はセミラーミデ向きではない」と指摘しているのを側で見ていたト。
自分もセミラーミデは太い声のソプラノによって歌われるべきだと思うので、響きの豊かな安藤さんを選んだト。
でも、どういうふうになるのかまだ分からないト。(安藤さんに賭けたのだそうです)

細い声のソプラノが歌うセミラーミデの代表は、エディタ・グルベローヴァでしょうかねえ。私はグルベローヴァの全曲CDを持っています。私はグルベローヴァが大好きでして、握手してもらったこともありますよ。グルベローヴァの「麗しい光が」はすごいんです。もう人間技とは思えない。一体どうなってるの~~って感じです。しかし、正統派じゃないみたいなんですよね~。ほかでも批判的な意見を聞いたことがあります。でも私は変わった人間なので、世間的な評価なんて全然気にしませんけどね・・・。
太い声、重い声の「麗しい光が」というと、誰の録音があるのだろう?
バルトリ?カラス??どちらも好きな歌手ですが、「麗しい光が」はピンと来ないですね~。
グルベローヴァは東京で「麗しい光が」を歌ったことがあり、それを生で聞いた人々が心底羨ましい。う・ら・や・ま・し・い。

今度の藤沢市民オペラで、《セミラーミデ》が真の魅力を発揮するのでしょうか?

2016年5月10日 (火)

興味深い話?

イタリアオペラを得意とする指揮者・園田隆一郎さんのお話を聞いてきたわけなのですが~。
園田さんは、アルベルト・ゼッダを尊敬しているそうですが、いつも機嫌の良いゼッダに激怒された経験があるそうです。それは、「4時間の予定だった稽古を、順調だったので3時間で切り上げた時」だったそうです。「お前のキャリアはここで終了、もう2度と一緒に仕事しない」と言われたそうな・・・。

「日本人オペラ歌手は、なぜあんなに歌が下手で、あんなに演技が下手なのか」という話題になった時、
「イタリア人歌手にも下手な人はいるが、日本人の観客はそれを見る機会がない」と園田さんは仰っていました。下手な人は日本に呼ばれませんからね・・・。(なるほど!)
私も、イタリアの小さな教会で歌うオペラ歌手がすごく下手だったのを見たことがございます。
下手な人がたくさんいてこそ、一握りの上手い人がいる。どんな芸能でも、裾野が大事なのですね・・・。

2016年5月 8日 (日)

雑談(どうでもいい話)

「他国の軍隊を国内に駐屯せしめて其の力に依って独立を維持するというが如きは真の独立国の姿ではない」岸信介
ごもっともでござる。

先週、道楽亭に行ってきたのです。昔はバーだったのが、店で落語をやるようになり、やがて落語だけやるようになった、らしい。初めて行ったら、新宿二丁目に店があって、伊勢丹からこんなに近い場所にこんな世界があったなんて・・・と軽い衝撃を受けました。
だいたいこの辺り~というところに店が見つからない。探しても見つからない。黄緑色の着物を着たお兄さんが歩いていたので、あっ、出演者かな、と思って道楽亭の場所を訊いたら、出演者ではなかった。が場所は教えてくれた・・・。(誰?)
入口が小さすぎて見落としていたのだった。
笑福亭たま・旭堂南湖の二人会。いま関西で乗っている2人・・・らしい。
オープニングトークは、神戸に新しい寄席を作る計画の話題。
かなり進んでいるらしい。
東京には寄席が4軒あるのですから、半蔵門の国立演芸場をやめて、関西に国立の演芸場を建てればいいのに、と私は昔から思っているのですが・・・。
1度始めてしまった事業は、なかなかやめられないのですよね。
遣唐使を廃止した菅原道真は本当にすごい人だった。
ん~、文化庁が京都へ移転して、文化施設の東京偏重も是正されるのだろうか?
寄席を維持するのは大変なんですよね~。

若竹という過去の例

笑福亭たまさんは(たまさんって何か変な呼び方ですね)、声のでかい人だった。40人くらいしか客が入らない小さな会場なのに、すごくでかい声でした。
逆に南湖さんは、物静かな語り口でした。
落語と講談という芸の性質上、逆だったら良かったのにと思わなくもない・・・。
私の記憶では、談志さんは声が小さい人だった。聞いたのがキャリアの終盤だったからかもしれませんが・・・。声が小さいのだけれど、あまりスピーカーで拡声しない人。
志ん朝さんは、声量に恵まれた人だった。
声が大きいのは、それだけでずいぶん有利だと思う。
年をとると、たいてい、だんだん声が出なくなっていくでしょう。
若い歌舞伎俳優は、声の小さい人が多いですね。
都会育ちのせいだと思うんです。
田舎の人は声の大きい人が多い。
私は田舎育ちで、毎日兄弟げんかで怒鳴ってばかりいたから、わりと声の大きなほうなのではないかと思う。自分ではよく分からないけれど。
自分の声の大きさって、自分ではよく分からないですよね。
狂言の山本則重さん・則秀さんご兄弟は、子供のころ寒稽古をしたと仰っていました。
冬の寒い時に声を出す訓練をしたのだそうです。
むかし上方落語の中で寒稽古の話を聞いたことがあるのですが、今でも本当にやっている人がいるのか~と感心しました。
茂山千作さん・千之丞さんは、兄弟で鴨川を挟んで発声練習をしていたという話も聞いたことがあります。
たまさんは、ずっとでかい声でした。私はむかしからこのブログで力説しているのですが、そしてブログで力説しても何の効力もないのですが、「ずっとでかい声」というのは、良くないと思うんです。声の芸術というのは、つまるところ、強弱、緩急の工夫にあるわけですからね。
それにしても歌舞伎俳優の声は小さくなりました。
むかしは拡声は恥とされていて、6歌右衛門は絶対に拡声を許さなかった、勝手に拡声させないために音響室に見張りの人が来ていた、などと話に聞きますが、昭和は遠くなりにけり。
田舎の人がオペラ歌手になったらすごい声量なのではないかと思うのですが、田舎の人はオペラを見る機会はなさそう・・・。

今日は日本ロッシーニ協会の例会に行ってきました。講師は指揮者の園田隆一郎さん。日本に生まれ育って、イタリアオペラの指揮者となった、珍しい方。
ご実家は普通のサラリーマンで、ご両親は特にクラシック好きというわけではなく、家にレコードもほとんどなかったト。お姉さんがピアノを習っていて、ついでに自分も習うようになったけれど、あまり続かなかったト。中・高校生の頃、吹奏楽でトロンボーンをやっていて、上級生が下級生を教えるだとか、みんなで音楽を作っていく面白さに目覚めたト。でもその段階ではオペラは見たことがなかったト。芸大に入ってからオペラをみんなで作っていく面白さに目覚めたト。
わりとトントン拍子にキャリアを駆け上っている感じですね。
日本のオペラ業界が、そういう人材を求めていた時期に、パッとはまったんですかね。
初めて指揮をしたのがイタリアの教会で演奏された《トスカ》だそうです。その時の演奏の映像を、アルベルト・ゼッダに郵送したのだそうです。(何の面識もないのに)
そうしたら「会ってみる?」という話になったのだそうです。
初めて指揮した《トスカ》の映像をちょっと見せていただいたのですが、教会で《トスカ》を上演することについて、イタリア人はどう思っているのだろう?
私が教会の主であったなら、自分の教会で《トスカ》は上演させないんじゃないかな~。
「トスカ、お前は神を忘れさせる」だもの。
だから逆に教会で上演したら面白さ倍増なのかもしれませんが・・・。
イタリアならではのお楽しみですね。
園田さんは、初めて《トスカ》を指揮した半年後には、もう藤原歌劇団の本公演で《ラ・ボエーム》を指揮している。藤原歌劇団の総監督だった岡田さんが声をかけてくれたのだそうです。何を思って声をかけたのだろう・・・。

最初のイタリア留学の時、イタリア語はひと言も喋れなかったのに可愛がられた、と言っていました。可愛がられる人と、可愛がられない人は、何が違うのでしょうかねえ・・・。

「すぐやめてしまった」と言っていたはずのピアノでかなり仕事をしているのが不思議でした。(陰の努力?)

結局「優秀な人は、上の人からの引きがあって、どんどん世に出ていくものなのだなあ」と思いました。優秀な人というのは人数が少ないし、大変だからなりたがる人も少ない。
あとはタイミングですね。

« 2016年4月 | トップページ | 2016年6月 »

2017年10月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        
無料ブログはココログ