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2016年7月 3日 (日)

舞台芸術のスタイルについて

今年の秋に国立劇場は開場50周年を迎えます。
国立劇場を造りたいという話は明治初期の岩倉具視使節団の頃からあったそうですが、度重なる戦争などのために実現せず。もともと、それほど切迫感がなかったのかもしれない。「民間で出来ることは民間で」と言いますし。
国立劇場の開場が昭和41年という時期になったのは、やはり歌舞伎と文楽がどうにも危機的な状況になったので、重い腰をあげたという感じでしょうか?松竹が文楽を手放したのが昭和38年。

文楽にとって、国立劇場が出来て一番変わったことは、「興行が安定した」ということではないでしょうか。その直前は、かなり無茶な興行をしていましたよ。
短期間に演目を全とっかえしたり、主要な役を交互出演にしたり、三和会なんて学校の体育館で「先代萩」を1日5回上演したこともあったそうです。つまり、やればやるほど少しは収入があるわけですから、同じ出演料でたくさん演じていたわけです。出演者の負担は大きかったでしょう。国立劇場が出来て、そういう無茶はなくなりました。

「雅楽」「声明」「太鼓」などは、舞台で上演するようなものではなかったのを、国立劇場が舞台に乗せるようになって、興行として成立するようになった。(って先輩職員は言ってますけど本当かしらん)

もともとは舞台用ではなかった芸能を、舞台の上で上演するにあたって、「照明をどうするか」「美術をどうするか」「音響をどうするか」「構成をどうするか」という「上演スタイルの決定」がなされたと思うのですが、その決定された時のスタイルのまま50年がすぎ、どうも今の時代にフィットしていないのではないか、ということを感じたりしませんか?

たとえば「雅楽」ですが、宇治の平等院や奈良の東大寺や平泉の毛越寺に参りますと、「ここで雅楽が演奏されていたら、どんなにか素敵だろう!」と、いきなり勝手に脳内雅楽の演奏が始まるのですが、国立劇場の雅楽公演には、そういうワクワクする視覚要素が足りないと思うのです。「娘道成寺」の書割みたいな中で雅楽が上演されたら、綺麗だと思うんですよね~。

そして、国立劇場とは関係ないのですが、一番そういうことを感じるのが能楽の舞台です。
もともとは野外の能楽堂で上演するものだったのを、室内に押し込めたわけですが、天候に左右されなくなって便利になった反面、何かこう薄暗い中にぼんやり黄色っぽい照明が当てられている、いつでも蝋燭能みたいな、まるで夜の芸能みたいになった。
夜の能は、たまに見るのはいいと思うのですが、能楽の基本となるのはやはり昼の光だと思うのです。そういう照明に、しようと思えばいくらでも出来る時代になったのに、なぜしないのか不思議。朝っぽい爽やかな照明から夕方の怪しい照明まで、晴天の照明から曇天・雨天の照明まで、いくらでも工夫できるのに。
いつも同じ薄暗い照明。いつも同じでないと駄目なのでしょうか?

1回決めた時のスタイルのまま、ずっと続いてしまうのですね・・・。「決めた時」というのが、その芸能にとっては、ある短い特殊な時代だったとしても・・・。

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