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2016年11月 6日 (日)

ノルマの指輪

ブログのログインパスワードも忘れてしまうほどご無沙汰しておりました。
みなさんお元気ですか。

 

長く生きておりますと、いままで分からなかったことが突然分かるようになることがあり、なんだ、そんなことだったのか、と思ったりするものです。それが正解かどうか知らないけれど、何でも自分で納得できればいいのでしょう。

 

マリア・カラスはオペラの世界で最も成功した歌手の1人ですが、その人生を辿ると、「ローマ事件」なる出来事が出てきます。
1958年1月2日ローマ歌劇場で、風邪気味の不調をおして《ノルマ》に出演したマリア・カラスは、有名なアリア「清らかな女神よ」の直後に「それが100万リラの声か?ミラノへ帰れ!」という野次を受けて第一幕の途中で降板。イタリア大統領が臨席する特別な公演だったこともあって大スキャンダルとなり、以後イタリア中の歌劇場から締め出しをくらう。カラス本人は「喉の不調による降板」と主張したが、「野次られたのが気に食わなくて気まぐれで降りた」と悪口を言われ続けた。

 

これがもし日本だったら、マリア・カラスのほうではなく、野次った人のほうがずっと非難され続けただろうと思うんです。だってその野次のせいで世紀のプリマのノルマを聞く千載一遇の機会を逃してしまったんですよ。
マリア・カラスは歌い方がユニークだったので、アンチ・カラス派なる人々が少なからずいたそうですが、カラスのノルマを聞きに行ってカラスに野次る感覚というのが、私にはよく理解できなかった。
しかし今日、《ノルマ》の舞台を見ていたら、このオペラの歌詞はまるでローマに喧嘩を売っているような内容だなと感じ、キリスト教の総本山であるローマの客の中には、この異教徒の物語を見て不快に思う人も当然、一定数いるであろうと思ったのであった。
ローマで《ノルマ》を上演するのは、他で上演するのと状況が違う。
ローマ事件で野次った人の気持ちが理解できる日が自分にやって来ようとは思わなかった・・・。

 

マリア・カラスが最も愛するオペラ《ノルマ》。最大の当たり役であり、その魅力を存分に引き出すがゆえに選ばれた演目。キリスト教によらぬ愛の成就の物語という点で、ギリシャ悲劇の復活を目指したオペラの初期理念を最も体現している作品とも言えよう。
ローマ人であるために、マリア・カラスのノルマを楽しめなかったのだとしたら、何とお気の毒なことであろう。

 

マリア・カラスの舞台写真集を持っているのですが、ノルマ役で左手の薬指に指輪をしている写真が残っている。
巫女が左手の薬指に指輪をしているというのは、どういうことであろうか?
オペラ歌手は、リサイタルの時には、どのような内容のアリアを歌う場合であっても、既婚者は指輪をして出てくる・・・ことが多い。
しかし舞台ではどうだろう。
未婚の役で指輪をすることは、あまりないだろう。
(マルセロ・アルバレスやジュゼッペ・フィリアノーティは、アルフレードで指輪をしていましたが・・・)
しかし、今日《ノルマ》を見ていて分かったんです。
ドルイド教徒にとっては、左手薬指の指輪には何の意味もないだろうと。
けれど、ノルマにとっては特別な意味があったのだろうと。
しかしその意味を仲間のドルイド教徒は理解できないし、
そのことを知っていてノルマは巫女でありながら指輪を楽しんでいたのかなと。
ポッリオーネが誓いの言葉と一緒にくれた指輪を。

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