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2016年12月

2016年12月 4日 (日)

いつか忠臣蔵

忠臣蔵の季節ですねえ。
国立劇場開場50周年記念公演として、
歌舞伎は10~12月と3か月ぶっ通しで忠臣蔵、
文楽は12月に1日11時間ぶっ通しで忠臣蔵。

私も仕事を通じて、すごく忠臣蔵に詳しい人になっちゃたりするのだろうかと思っていたのですが、ただ雑事に追われるのみで、床本を校正する時間さえもなく、いろいろと自分で不本意な出来ですね。

◆ ◆ ◆

「城明け渡し」と言うくらいだから、伯州の城を明け渡したのかと思い込んでいたのですが、上屋敷を渡しただけだったらしい・・・。何で屋敷のことを城とかって言うのだらうか・・・。

「松切り」っていうのは、どうして松の枝なんだろうか。松は徳川(松平)の象徴だから、何か特別な含みでもあるのだろうか。または、何の枝でもよかったのだろうか・・・。

勘平が死ぬ前に「このことは、かるには知らせないで」みたいなことを言うわけですが、原作には「このことを知らせると遊女の勤めがおろそかになるだろうから」というような台詞があって、何だかすごくショックだった。勘平さん・・・。

加古川本蔵は、なぜ月代を剃っていないのだろう?月代を剃るのは、別に義務ではなかったのだろうか・・・。現代で言えば、ヒゲを生やしている程度の感覚だろうか・・・?

「あの曲は鶴の巣ごもり」って、聞いて分かるくらい、尺八は身近な楽器だったのだろうか・・・。まあ尺八で有名な曲といえば「鶴の巣ごもり」か「鹿の遠音」くらいしか知らないけれど、はたして聞き分けられるかなあ。戸無瀬は自宅で本蔵の尺八を聞いていただろうか?
虚無僧、虚無僧、実物は見たことがない気がする。托鉢僧は今もたまに見かけるけれど。

落ち散った兜が47あったというのですが、それはやっぱり四十七士に生まれ変わったわけなんですかねえ。しかし、そうだとすると、時間をさかのぼって生まれ変わらなければならず、
過去に生まれ変わるのと、未来に生まれ変わるのと、どっちがいいかなあ、
などと考える師走。
どちらであろうと私は絶対に生まれ変わりたくないけれど・・・。
「もう生まれ変わりたくない」で生まれ変わらずに済むならば。

あるいは47人が憑依したのだろうか?

そういう忠臣蔵の不思議なところが、突然、理解できる時がやってくるのではないか、という気がしている。

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