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2017年1月

2017年1月20日 (金)

客席数

先日、国立文楽劇場の初春文楽公演を昼夜見てきたのです。
勘十郎さんの八重垣姫が素晴らしかったので、関西方面の皆さまは是非ご覧ください。

ところで国立文楽劇場の客席は傾斜がほとんどなくて舞台が見づらいですね~。
花道がある劇場って、客席にあまり勾配をつけられないんですよね。
(花道が埋もれて見えなくなってしまうから)
つまり国立文楽劇場は、文楽劇場という名前だけれど、歌舞伎も上演するために花道を付けられるようにして、客席数を多めにしたのですよね。
文楽はもっと狭いほうがいい、歌舞伎はもっと広いほうがいい、あいだを取ったのがあの客席数(753席)。
20年前に松竹座が出来て、国立文楽劇場では歌舞伎を上演しなくなった(夏の勉強会以外は)。
けれど今後は、関西で歌舞伎を上演するのは難しくなっていって、また国立文楽劇場で歌舞伎を上演することになるのではないか・・・と私は予想している。

藤原歌劇団や二期会の公演が、東京文化会館から、客席数が少なめの日生劇場へと移ってきているようです。オペラ人口がだんだん減ってきているんですね。
座付でない公演は、小さいところ、安いところへどんどん移動しているみたい。

新国立劇場が出来る時、客席数を何席にするかで、すごく揉めたんですよね。
2500席くらい欲しいと主張していた人々が負けて、1800席くらいになったわけですが、少なめにしておいて良かったですね。
2500席もあったら、スカスカな客席になっちゃいますもんね。

大劇場を埋められる公演が、どんどん少なくなってきているようですね。
時代は変わっていきますねえ。

2017年1月17日 (火)

芝居の心

12月文楽公演のプログラムで、寛治師匠のインタビューを掲載しましたが、私はそのインタビューの場に同席させていただいておりました。(インタビューの聞き手は、今は別の部署に異動してしまったY氏でありました)
インタビューの中で「雪の手」の話が出てきました。
この話は以前、別の媒体で読んだことがあります。
寛治師匠は、よくこの話をされるのだそうです。
でも私は、今回初めてこの話の意味が分かった。
つまり、「音を雪にする」のではなく、「雪を音にする」という、考え方の根本的な転換があったのだろうと思う。
それは「演奏者の心」というよりも、「作曲者の心」に近いのではないかと私は思った。
演奏する音はもう決まっているのに。

私は年に数時間しかテレビを見ないのですが、去年、先代雀右衛門さんのドキュメンタリー番組を拝見したのです。雀右衛門さんは、「芝居は心である」と説いておられました。「形ではなく心である」と。
ある場面で、指を指すしぐさがあったとして、心の持ちようによって、指しているのが月であるのか花であるのか、観客に分からせることができるかもしれない、というようなことを仰っていました。私は、そんなことが可能なのかねえ・・・と思ったのですが、去年9月の歌舞伎座で『元禄花見踊』を見た時、「花と月とはどれが都の眺めやら」の部分で、玉三郎さんはちゃんと花と月を指し分けていました。たとえ歌詞が聞き取れなかったとしても、どちらが花で、どちらが月か、私は分かっただろうと思う。

芝居は形ではなく心である、という話はよく聞くのですが、せりふの意味が分からなければ心の込めようがない。
意味が分からないところ、いっぱいあるんですよね・・・。
歴代の日本人の中でも、最も頭のいい人々が作った作品たちですからね。
文楽では、「分からない部分は分からないまま語れ」という口伝が存在すると聞いたことがあるのですが、本当かな。
先日、歌舞伎座で『将軍江戸を去る』を見ていたら、幕が閉じたあとで後ろの席のおばさんたちが、「せりふが全然聞き取れなかった」「次の幕は早変わりとかあるから楽しめるわよ」と話していた。開演前、携帯の主電源の切り方について話し合っていたおばさんたちだった。
徳川慶喜の心情を想像することは、なかなか容易いことではない。
(なるほど慶喜は気の毒な人であったかも知れぬが、会津藩の人々のほうがもっと気の毒であった・・・)
徳川慶喜だの、井伊直弼だの、大石内蔵助だの、その心を理解するのは、かなり難しいことのように思える。
でも、芝居の、意味の分からないところというのは、いつか分かる時がくるのではないかと私は思っている。
分かりたいと思っている限りは。

小住太夫さんは、その役のかしらが源太か若男かによって、語り方を変えるのだそうです。そんなことが可能なのだろうか?と思うのですが、語り分けたいと思っている限り、語り分けられる時がくるのではないかという気もする。
聞くほうが聞き分けられるか、また別な話ではあるけれども・・・。

むかし、『京鹿子娘道成寺』や『二人椀久』なんて、歌詞の意味が全然分からなかった。分からなくても楽しんでいた。
いま、だいだい意味が分かりますよ。フフフ。
年の功ですね。

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