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2017年3月11日 (土)

歌舞伎名ぜりふかるた

何度も書いていますが、私は現在、国立劇場で編集の仕事をしております。国立劇場の主催公演のプログラムを編集しているのですが、そのほかに「国立劇場グッズ」も作成することになっています。
むかしは職員がグッズを作ることは少なかった。ほとんどなかった。数年に1回くらい、絵はがきや一筆箋を作る程度。
ところが!
10年くらい前ですか、国立科学博物館がグッズ販売ですごい収入を叩き出したのだそうで、国立劇場もグッズで収入を上げるという話が俄かに持ち上がったト。10年くらい前。
ええっ、うちって非営利団体じゃなかったの?
グッズはすでに売店で作っているのだし、別に劇場が作らなくても・・・とは思ったのですが、自己財源が増えればそのぶん芝居で好きなことができるのでしょうし、まあ決められたお仕事ですから、とにかく私も何かグッズを作ることにしたト。
いろいろと制約がありまして、まず食べ物は駄目なんです。それから、特定の出演者の舞台写真とか紋とか文様は使えないでしょう。
そこで私は文楽絵はがき(人形遣いは写っていない)を作ることにして、舞台写真の選定から出演者の承諾(人形遣いが写っていなくても承諾は必要)、印刷会社とのやり取りなどの作業を経て、5枚セットの文楽絵はがきを2種類作成しました。
これは、なかなか美しい絵はがきが出来上がったのでは?うーん、1公演で売り切れちゃったらどうしよう~~、ムハハハハハ、などと皮算用していたのですが、これがもう全然売れなくって逆にビックリ。在庫の山、大赤字!
ええ~、こんなに美しいのに、どうして~~、どうして~~。
5枚セットで税込み700円という価格設定が強気すぎたのだろうか・・・。
でもそのくらいの値段じゃないと収入が出ないじゃないの。
これが売れないなら、もう何も思い浮かばない!!
そうして私はグッズ作りからすっかり離れていたのですが、今年度は国立劇場開場50周年で、何か特別なグッズを作らなければいけないとか・・・。おお・・・。
うちの係の働き頭の
さんが、ぬいぐるみやクリアファイルやマグネットや、1人でいろいろなグッズを企画してくれたのですが、その50周年記念グッズの目玉が「歌舞伎名ぜりふかるた」でありました。
それって作るの大変すぎじゃない?とは思ったのですが、まあ50周年だし、面白い企画なので、私もいろいろ協力しましたよ。

まず前提として、絵札には国立劇場所蔵の錦絵を使うことにしました。本当は舞台写真を使ったほうが売れるのでしょうが、それは無理なので。
※ニューヨークのメトロポリタン歌劇場では、オペラ歌手の写真(ひょっとしてイラスト?)を使ったトランプを売っているようです。ドミンゴとかグレギーナとかアラーニャとか。どうやって人選したのだろう。後で揉めたりしないのだろうか?「どうして私が入っていないんですか」「どうして私がクイーンじゃないのかしら」とか。まあ民間なら出来るのかもしれません。でもオペラは、衣裳・鬘・メイクだけでは何の役なのか分かりませんね・・・。

錦絵を使うとなると、明治以降に書かれた作品は錦絵が存在しないわけで、いくら名ぜりふでも長谷川伸や真山青果のせりふは入りません。

なるべくいろいろな演目から入れたい、という前提で名ぜりふ選びがスタート。
しりとりと同じで、ラ行の名ぜりふがないんですよね~。
ラ行には本当に苦労しました。
「流人は一致」というのは私が提案したのです。
ところが、私は「流人は一致」にしたかったのですが、「流人は一致、我々も帰るまじ」のほうが分かりやすいという意見が出て、そうなってしまった。
わたくし、自分に決定権がない仕事からはどんどん手を引かせていただこうと思っているのです。ええ。

意外なところで、「す」で始まる名ぜりふが見つからない。
ありそうなのに、どうしても見つからない。
す、す、す、
・すらざぁ言って聞かせやしょう
・すがねぇ恋の情けが仇
・すかも正月十五日
・すんぞ火の用心が悪うごんしょう
・すすすんちゅうの虫とはおのれが事よな

「し」ならいろいろあったのに・・・。

うちの係だけでなく、国立劇場のご意見番
先生にも考えていただき、「す」の名ぜりふは『鬼一法眼三略巻』から「スワと言わば晴の草履」と決まりました。
ところが!
かるたを考えるだけでも大変なのに、せりふの解説書も作ることになり、私は「大変だからおよしよ」と言ったのですが、説明がないと何だか分からないというので、これもうちの係の働き頭
さんが考えたのです。1つの名ぜりふにつき303文字以内で説明。
ところが!
「スワと言わば晴の草履」のせりふがどうしても説明できないと働き頭の
さんが言うので、私が考えることになりました。(一応、係長なので・・・)
実際のところ、「スワと言わば晴の草履」を303文字以内で説明するのって、かなり難しいんですよねえ。物語の人物関係がちょっと複雑でもありますし・・・。

すわといわば晴れの草履
虎蔵が皆鶴姫より先に戻ってきたのを咎め、鬼一が智恵内に杖で折檻させるくだりになる。「菊畑」の鬼一では唯一のしどころだ。ここの鬼一は、虎蔵を牛若とは前から知っているが、智恵内が鬼三太であるかどうかはまだはっきりしていないので、それを確かめてみようというのが肚である。従って、視線はあくまで智恵内のほうに注がれている。ただし、「すわといわば晴れの草履引っつかまんと思う性根はなく・・・」の台詞は牛若丸への暗示なのだから、そのつもりで利かせなければならない。ところが、こうした台詞や視線の意味は、「奥庭」が出てこそはっきり判明するのであって、通常の「菊畑」だけでは
観客にわかる筈がないのだから、せっかくの鬼一役者の演技も空虚になってしまうのだ。前にも述べたように本文の「奥庭」のくだりを読むと、鬼一の物語によって、智恵内に折檻を命じた理由が説明されてある。また、漢の張良〔ちょうりょう〕が黄石公〔こうせきこう〕の沓〔くつ〕を取ったのを認められて兵法を伝えられた故事にたとえ、牛若丸も虎の巻を伝授されるために草履取になったといって、鬼一はその奇縁を喜んでいる。つまり、「菊畑」で鬼一が「晴れの草履・・・」というのは、草履取を怠るようではなかなか虎の巻が手に入らないぞという教訓を含めているのである。

これは昭和39年11月の、たしか『演劇界』に載っていた記事です。(むかしの作品解説は読み応えがありました・・・)

すなわち、虎の巻を手に入れる極意が、このせりふに込められているのでありました。

草履取りというのは、低い身分ながら、貴人に接する機会の多い、特別なポジションだったのでしょう。取り分け、成り上がりを目論む人にとっては。
日本においては、草履取りから頂点に上り詰めた豊臣秀吉という実例がありましたから、特別な意味合いがあったのかもしれません。
中国では、張良という例があり、歌舞伎ではあまり出てきませんが、能では『張良』という「そのものズバリ」の作品が存在します。張良という人物が老人から兵法の極意を授かる物語ですが、いろいろ考えさせられる作品ですよ。

情報というものは、集めている人のところに集まってくるものでしょう。集めていない人には集まってきません。そして、収集には年月がかかるものです。
つまり情報はたいてい年寄りに蓄積されている。
そして兵法というものは、敵に知られてしまっては兵法にならないのですから、他の人には教えてあげないものなのです。
それを何とか得るための極意が「スワと言わば晴の草履」の名ぜりふに込められているわけですね。

「スワと言わば」の「スワ」は、いつ起こるかわからない、だから「いつも」そこにいなくてはいけない。たとえばカメラマンだったら、シャッターチャンスにその場に居合わさなくてはいけないのと同じように。
思えば勘平さんは、色にふけったから腹を切るのではなく、大事の場所に居合わさなかったから腹を切るのですね。
「侍」という文字が、「侍る(身分の高い人のそばに付き従っている)」であるのも、そういうことなのかなあと思うのです。

「い・色にふけったばっかりに」で始まり、「す・スワと言わば晴の草履」で終わる「歌舞伎名ぜりふかるた」。なかなか綺麗にまとまったのではないかと思います。
「む・昔を言やァ、ねぇ旦那(切られお富)」のような、「そんなせりふ、あったっけ?」という名ぜりふも混じっていますが、「昔、旦那と何があったのだろう・・・?」などと考えますと、実に味わい深いせりふであります。

先日、この「歌舞伎名ぜりふかるた」を使用して、かるた取り大会が開かれました。(あぜくら会員限定企画)
若手歌舞伎俳優の中村萬太郎さんが実際に札を読んでくださるという超ゴージャスな企画!
せりふを言い終わる前に札を取ってしまうケースが多く、せりふがかき消されがちでしたけど・・・。
萬太郎さんは、「舞台で言ったことがあるせりふは1つもない」「1つでも多く舞台で言えるように頑張ります」と仰っていました。
また山川静夫さんが、声色を披露したり、助六の長ぜりふを言ってくださったりして、会場も大いに盛り上がりました。

読んで楽しい、
取って楽しい、
国立劇場監修「歌舞伎名ぜりふかるた」。
国立劇場の売店で、どうぞお買い求めください。(税込み2000円)

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コメント

かるた会に参加しました!!
はじめは緊張していましたが、皆さま歌舞伎が好きなかたばかりで、とても楽しかったです。

かるたの台詞を選ぶのは、楽しそうですが大変ですね。

取り札の浮世絵も綺麗で、欲しいなあと皆さんおっしゃっていました。
もっと宣伝したほうがよいと思いますー
歌舞伎ファンには必須、通なセリフを知ろう!!みたいな形で、いかがでしょう?

お忙しいと思いますが、ブログ更新楽しみにしています。


コメントありがとうございます。
かるた大会に出席した方々が、札を取るのがすごく早くて驚きました。
お蔭さまで、かるたは予想よりたくさん売れています!

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