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2017年3月14日 (火)

助六の紫【再掲】

今月は歌舞伎座で「助六」が上演されていますので、関連した過去記事を再掲しておきます。自分で書いておいてアレですけど、この記事は面白いと思うんです。



紫色を、「ゆかり」「ゆかりの色」と表現することがあります。『助六由縁江戸桜』という外題〔げだい=タイトル〕にも入っていますね。なぜ紫のことを「ゆかり」と言うのか、その原因となったのが、次の和歌です。

■紫のひともとゆえに武蔵野の草はみながらあはれとぞ見る(詠み人しらず)

紫を「ゆかり」と言うのは、この歌のためであるとされています。しかし、歌の中に「ゆかり」という言葉は含まれていませんし、何が「ゆかり」なのか、いろいろ調べてみたのですが、分かりやすく説明してくれる文章は存在しないんじゃないかと思うんです。存在しないものは自分で作るしかない!ということで、僭越ながら私が分かりやすく解説させていただきます。

 

この歌は『古今和歌集』に収録されているのですが、その当時の武蔵野(現在の東京あたり)はたいへん辺鄙〔へんぴ〕な田舎でした。和歌を詠むのは京〔みやこ〕に住む上流階級の人々であって、田舎の人はふつう和歌なんて詠まないんです。この歌の作者も、もともとは京に住む人だったのだろうと思います。ところが、京に住む上流階級の人々には「除目〔じもく〕」と言われる人事異動があって、急に地方の役職に任命されることがあったんですね。地方に赴任することは、必ずしも左遷とは限らなくて、地方のほうが財源が潤っていたりして、田舎で財力をたくわえて京に戻ってくるというようなケースもありましたが、武蔵野がそのような土地であったかは知りません。ともかく信じられないくらいの田舎で、今で言えば海外赴任で開発途上国に行くような、心細い感覚であったろうと思います。赴任した男だか、随行した女だか分かりませんが、この歌の作者がいざ武蔵野にたどりついてみますと、気候も違うし、だだっ広い武蔵野の野原には、見たこともない・名前も知らない草がたくさん生えている。仕事とは言いながら、何だって私はこのような場所に来ることになってしまったのだろう…なんて、自分の身をつくづくはかないもののように思っておりますと、野原の中に1本(1種類)、知っている草が生えているのです。その草は「紫草〔むらさき〕」と言って、歌の作者は見たことのない草だったのですが、存在は知っていたのです。この草の根は「紫根〔しこん〕」という、紫の染料でして、まだ京にいたころ、紫根で紫に染めた布は身近に使っていたからです。紫草の花って、紫色ではなくて、白い花なんですね。根っこは紫の染料なのだけれど、なぜか花は白。どんな花なのか見てみたい…、でも誰も見たことがないんです。京には生えていない、武蔵野の草だからです。その、誰も見たことのない花をいま自分が見ていると思うと、こんなに辺鄙な田舎の風景であっても、ちょっと素敵に感じられました。そういう内容の歌だと思います。武蔵野に住むようになった作者にとって、紫だけが京との接点だった、接点すなわち「ゆかり」ということです。

この歌は、武蔵野に住んでいる人に向けて詠んだ歌ではないでしょう。いつも紫草を見ている人には、この歌の意味は分からないのです。この歌は、京に住む知り合いに向けて詠んだ歌、「よりによって武蔵野に赴任だなんて、あの人いまごろどうしてるのかしら?」なんて思っているだろう知人に送った歌だと思います。

「あはれとぞ見る」の「あはれ」は、「しみじみと趣き深い」などと現代語訳されます。プラスの評価の言葉なのだけれど、どこか淋しい、陰りのある言葉です。切ない美しさとでも言うのでしょうか。しかし、2代目團十郎が助六を演じていたころ、江戸はもう、そのような場所ではなくなった。政治の中心地となり、活気に満ちていた。道を整備したり、橋を架けたり、家を建てたり、新しい仕事がいっぱいあった。よし、江戸に出て新しい生活を始めるぜ!という人々が集まって、とてもエキサイティングな、憧れの場所となった。

その土地にしか生えない植物で染めた色なら、その色はその土地の色、イメージカラーであり、やがて「江戸紫」と呼ばれるようになった紫根染めの紫は、江戸を象徴する色となった。

「紫のひともとゆえに」の歌は、『古今和歌集』に収録された千首あまりの歌の中でも、取り分けよく知られた歌でした。『源氏物語』の主要人物である、紫の上の名前の由来となった和歌だからです。知識人は全員この歌を知っていて、武蔵野と言えば紫、紫くらいしか思い浮かばない場所、という強いイメージを持っていた。その紫も、時代とともに意味を変えていく。紫はもう淋しい色ではなく、活気のある江戸を象徴する格好いい色となった。今日も助六は、江戸の色の鉢巻をして、花道へおどり出て行くのだった。

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