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2017年6月

2017年6月30日 (金)

新国立劇場の不思議

新国立劇場主催のオペラ公演の良席を、チケットぴあが、
特別販売手数料514円を上乗せして販売したり、
ぴあプレミアム会員に優先的に販売したりするのは、
一体どういう仕組みなのでしょう?
また、人気公演だけチケットぴあの貸切日を設定して、
一般料金より高くチケットを販売するというのは、
一体どういう仕組みなのでしょう?
新国の良席はチケットぴあのものなのですか。
世の中よく分からない仕組みが多くて・・・。

2017年6月29日 (木)

能『船弁慶』あれこれ2

能『船弁慶』で、前シテの静は、義経の前で別れの舞を披露します。
その始まりの部分で詠じられるのが、小野篁の次の漢詩です。

渡口の郵船は風静まって出づ
波頭の謫所は日晴れて見ゆ

隠岐に流されていた小野篁が許されて召還された時の船出の詩。篁は、京に戻ってから、かなり出世したようです。だからこの場に相応しいのですね。

ところで、その小野篁が隠岐に「流される時」に詠んだ和歌が、百人一首に採られて有名な

わたの原 八十島かけて 漕ぎ出でぬと 人には告げよ 海人の釣り舟

なのだそうです。
小野篁がなぜ隠岐に島流しにされたのか、インターネットで調べるとすぐに分かる、便利な世の中になりました。

さらにインターネットで調べると、頼朝がなぜ義経と仲違いしたのか、理由が書かれていました。

義経が頼朝の怒りを買った原因は、『吾妻鏡』によると許可なく官位を受けたことのほか、平氏追討にあたって軍監として頼朝に使わされていた梶原景時の意見を聞かず、独断専行で事を進めたこと、壇ノ浦の合戦後に義経が範頼の管轄である九州へ越権行為をして仕事を奪い、配下の東国武士達に対してもわずかな過ちでも見逃さずこれを咎め立てするばかりか、頼朝を通さず勝手に成敗し武士達の恨みを買うなど、自専の振る舞いが目立ったことによるとしている。主に西国武士を率いて平氏を滅亡させた義経の多大な戦功は、恩賞を求めて頼朝に従っている東国武士達の戦功の機会を奪う結果になり、鎌倉政権の基盤となる東国御家人達の不満を噴出させた。

特に前者の許可無く官位を受けたことは重大で、まだ官位を与えることが出来る地位にない頼朝の存在を根本から揺るがすものだった。また義経の性急な壇ノ浦での攻撃で、安徳天皇や二位尼を自害に追い込み、朝廷との取引材料と成り得た宝剣を紛失したことは頼朝の戦後構想を破壊するものであった。

そして義経の兵略と声望が法皇の信用を高め、武士達の人心を集めることは、武家政権の確立を目指す頼朝にとって脅威となるものであった。義経は壇ノ浦からの凱旋後、かつて平氏が院政の軍事的支柱として独占してきた院御厩司に補任され、平氏の捕虜である平時忠の娘(蕨姫)を娶った。かつての平氏の伝統的地位を、義経が継承しようとした、あるいは後白河院が継承させようとした動きは、頼朝が容認出来るものではなかったのである。
ウィキペディア「源義経」より


こう聞けば、なるほどとも思うのでございます。(頼朝が酷いことには変わりませんが・・・)

義経は陸奥へ逃げ延びたわけですが、都から妻子を呼び寄せていたのだそうです。
(前に「新しい妻子」と書いてしまいましたが、正妻だそうですスミマセン)

人生って、どうなるのか分からないものですね。

2017年6月27日 (火)

悲しい美術館

先日、ある美術館に行ったのです。外国人客が多くて驚きました。ほんの数年前は、そんなことはなかったのです。まあ外国人客が増えるのは日本にとっておめでたいことなのかもしれませんが、内容が古筆の展示だったのですね。字が読めないのに古筆の展示を見てどうするのでしょう?字の読めない人が、料紙の美しさだけを見るために大勢訪れるなんて、書いた人も泉下でさぞ驚いていることでしょうね。赤ん坊が泣き叫び、子供が走り回り、悲しい感じの美術館でした・・・。

先日、ある能の公演を見に行ったのです。前半のクライマックスにさしかかり、有名な「ただ頼め」の有り難い尊詠の部分、静の体を借りて観音様がこの世に示現するかと思われたその時、うしろの席の婆さんが急にビニール袋をガサガサさせ始めたのでした。もう少しで中入りなのに、なぜ今なのか?観音様も怯えて飛び去って行くくらい私は怒りに震えた。
さらに数週間前、『道成寺』を拝見しておりましたところ、いよいよ乱拍子が始まるという瞬間に隣の席の婆さんが飴の包みをガサガサ破り始めて、私は直接注意してしまいました。飴くらいで目くじら立てなくても・・・と自分でも思ったのですが、なぜ今なのか?と思うと注意せずにいられません。
あとで友人にその話をしたところ、婆さんには「どこが山場なのか」が分からないのではないかという説が立てられ、私は納得した。
字の読めない人が古筆を眺めるように能を見ているんだと思うのです。

オペラで「作」と言えば、それは作曲者のことでしょう。
バレエで「作」と言えば、それは振付家のことでしょう。
日本の伝統芸能では、「作」と言えば作詞者や台本作家のことでしょう。
つまり日本の芸能は言葉が一番重要でしょう。
音楽は言葉の壁がないから誰にでも通じて最も優れている、というようなことを言う人がいますが、私はそうは思いません。私は言葉の芸術が好きだ。美しい言葉は最高に美しい。(音楽がついていればもっと美しいかもしれませんが・・・)

見所は飲食禁止だと明示されているのに、飲み食いする人が本当に多いですね。飴なら食べていい、ペットボトルでなら飲んでいいと思っているのかもしれませんが、それは勘違いだと思いますよ。
こんな少しの時間も飲まずにいられないとは、一体どうしたことでしょう?休憩時間だけでは、なぜ駄目なのか?人間が食べる量は決まっているけれど、飲む量は決まっていないので、毎日テレビのCMで飲め、飲め、飲め、飲めと洗脳されてしまっているんでしょうか?四六時中、飲まずにいられないなんて、おかしいと思わないのでしょうか?咳が出始めたら飲んでも許されると思っているのかもしれませんが、それも勘違いだと思いますよ。飲食する場所じゃないんです。

先日、ある能の会に行きましたら、最後の太鼓を打ち終わった途端に大勢の客が席を立って帰り始めて、びっくりしてしまいました。まだ演者が舞台に残っているのに・・・。
たとえばオペラでは、終わった途端に席を立つのは、「私はこの公演が気に入らなかった」という意思表示であるとされています。
その芸能ごとに、客に求められる作法、行儀というものがあるでしょう。
私は小言幸兵衛のようにずっと文句を言い続けますよ・・・。

2017年6月25日 (日)

能『船弁慶』あれこれ

先日、観世善正さんの『船弁慶』を見て来たのです。誠に素晴らしい上演でした。
私が能の『船弁慶』を見るのは、たしか3度目くらいだったのではないかと思います。
能を見る前には、必ず詞章を確認するようにしているのですが、今回読んでいて、この作品はなぜ『船弁慶』という題が付いているのだろうかと不思議に思ったのです。不思議な題名ですよね。普通は考えつかないような・・・。
前シテの静と後シテの知盛は、半分しか登場せず、かつ登場していない場面には関係がないのですから、主役ではあっても主題にはなりえない。作品全体を通して出てくるのは子方の義経とワキの弁慶ですから、弁慶が主題の鍵を握っているのでしょうけれども、『船弁慶』の主題とは一体何なのだろう?

主題のことはひとまず置いておきまして・・・。

静が義経と別れたのは実際には吉野の山中ですので、『船弁慶』で描かれる大物での別れは作り話なのですが、それにしても良く出来ているなあと思いました。
白拍子が舞を所望された時には、現在の状況に相応しい舞を披露しなくてはいけないわけですけれども、小野篁が配所から召し返された時の漢詩、そして陶朱公の故事、こういうものが当意即妙にパッと出てくるというのは、本当に憧れですね。
源義経ほどの人物の女であれば、これだけのことが出来なければならない、という理想がこの作品に結実したのでしょうね。
静の舞は「伝え聞く」と始まりますが、陶朱公のことなんて、普通の人は知らないでしょう。伝わってくる人と、伝わってこない人がいるんですよね。歌舞伎の客には言っても分からないので「都名所」に差し替えられてしまうのでしょう。まあ私は「都名所」も好きですけれども・・・。
しかし陶朱公の故事は『義経千本桜』の主題にも関わってきますので、歌舞伎の客も知っていたほうが断然楽しめますね。
私は「陶朱公」も「都名所」も両方楽しめて良かった!

ところで、静に陶朱公の故事が伝わってくるまでには、あいだに何人の人がいたことだろう・・・。
あいだに人が挟まることによって、情報がねじ曲がってしまうということが結構あるものですよね。
義経は、静への別れ話を、なぜ自分で直接伝えずに、弁慶にさせるのだろう。
「ともかくも弁慶計ひ候へ」って、すごいセリフだなあと思う。
私も全部「計らい候え」って言って生きていけたら良かった・・・。

それにしても頼朝はひどい、平家追討の功労者である義経をこんなふうに扱うなんて。
世の中の仕組みというものは、どうなっているのだろう・・・。

「君よりの御諚には、今日は波風荒う候ふほどに、御逗留と仰せ出されて候」
弁慶「何と御逗留と候ふや」
「さん候」
弁慶「これはそれがし推量申して候。静に
名残を御惜しみあって御逗留と存じ候」

ここに出てくる「名残」を別の言葉に置き換えると、「静との最後のセックス」ということでしょう。もっと言えば、「義経にとって人生で最後かもしれないセックス」となるでしょう。武将というものは、いろいろな方法を使って、自分の女を戦場へ連れて行こうとするものです。しかし戦局が極まってくると、ある時点で「ここから先へはさすがに女を伴うことはできない」という状況がやってくる。その「ある時点」と、「そこから先」を描いたのが能の『船弁慶』である、と言えるでしょう。そこまでは女のいる世界、そこから先は男だけの世界であり、「本当の修羅」なのでしょう。
よく、「人生最後の食事には何を食べたいですか」という質問がありますけれども、「これが最後」と知っていて食べると、味わいが違うだろうと思います。味は同じだけれど、味わいが違うんですね。私もやはり前の歌舞伎座の千穐楽の『助六』は特別なものを感じましたし、住太夫師匠の引退公演の千秋楽や、嶋太夫師匠の引退公演の千秋楽は、他の公演とは全く違うものでした。何度も見たことがあっても。
「一期一会」という言葉がございます。2度目のことを最初のことのように感じるのは難しいけれど、今回のことを「これが最後」と思うことはできるのではないでしょうか。つまり本当に最後かもしれないわけですから。全ての事柄を「これが最後」と思いながら生きたなら、毎日を特別な日にできるでしょうけれども、もう少し、もう少しと思いながら気づかずに生きてしまうのが人間というものなのかもしれません。

ここでたいへん素晴らしい和歌を一首ご紹介いたします。
なれなれて 見しはなごりの 春ぞとも などしら川の 花の下かげ
飛鳥井雅経(新古1456

人生最後のセックスくらい主人にさせてやればいいのにと思いますが、それをさせないのが弁慶という人なのですね。私が思いますには、それは弁慶の嫉妬ではないでしょうか。でもきっと恋愛感情の嫉妬ではないですね。別の種類の嫉妬です。同行の家臣たちはもっと早い段階でそれ(女との別れ)を済ませているわけですし、弁慶自身は西塔の武蔵坊に入った遠い昔に、そのような世界とはとっくに決別しているのです。すなわち義経の未練に対する嫉妬なのではないかと思う。その感情にはまだ名前が付いていないので、誰か頭の良い人が命名してあげるとよいでしょう。
弁慶の嫉妬が船を出させるので、それでこの作品の題名が『船弁慶』なのではないかと私は思ったのでした。

※実際には、陸奥まで逃げ延びた義経には、都から呼び寄せた妻子がいたそうな・・・。人生は奥が深い。

2017年6月24日 (土)

つぶやき

●麻央さんのご冥福をお祈り申し上げます。
立派でした。

●10月に二期会が上演する《蝶々夫人》、大村博美さんの蝶々さんが楽しみですね。値段も破格に安いですし、初めて見る人にもいいんじゃないですかね~~。

●今日、歌舞伎座の昼の部を見てきたのですが、吉右衛門さんの弁慶が予想をはるかに上回る素晴らしさで圧倒されました。きっと後の世の人々は、生の二代目を見られなかったと地団駄踏んで口惜しがり、何度も見た私に嫉妬することでしょう。

2017年6月20日 (火)

声楽のレッスン

100歳まで現役で舞台に出ていた清元志寿太夫〔きよもとしずたゆう〕さんが、93歳くらいの頃、テレビで言っていたんです。(最近YouYubeで見たのですが)
「声ってね、出すようにすりゃあ出る」
「あたしはあんまりお稽古しませんけどね」
「お稽古すると、のど悪くなる」
「みんな消えちゃいますもん、覚えようとするより、取ろうとするより、消えちまうから駄目」
「お稽古って、つまり聞くってのは、それを取らなきゃいけないわけでしょ」

ここで志寿太夫さんが「取る」と言っているのは、「師匠の芸を聞いて覚える」ということでしょう。
清元は楽譜を見て歌うわけではありません。
まず複雑な節を聞いて覚えないといけない。
「自分で声を出す」のと、「取る」のとは、別のことなのでしょう。
自分で曲が思い描けないといけないんですね。

マリア・カラスは、こんなことを言っています。
「私たち歌手は常々、器楽奏者のように演奏できることを目指して努力していかなくてはならないのですが、人間の声そのものは楽器とは違い、疲労しやすいものです。ですから、声をなるべく疲労から護るという意味で、しばしば頭の中だけで練習をしなければなりません。たとえば、これらの3連符のフレーズは、自分の部屋でひとり静かに椅子に腰掛けながら練習に取り組むには、うってつけの材料です。頭の中で何回も何回も繰り返してさらうのです。その場合、もちろん音符をひとつひとつ考えながらするのですが、声はハミング以上のものを出してはいけません。そうしていれば、いずれこれらの音が記憶に刻まれ、どのようにこのフレーズを歌っていけばよいのかが、声を無闇に使わずに、おのずからわかってくるようになるでしょう」
「偉大な伝統を受け継いでいる偉大な舞台は、大いに尊ばれなくてはなりません。そのためにも、私たちは何もかもよく知っていなければなりません。たとえば、私たち歌手というものは、自分の声の元手に手をつけるのではなく、ただその利息分だけを使っていかなくてはならない、というようなことも含まれます。しかし、もし私たちが芸術に対して正しい態度で仕えさえするならば、必要なものはすべて自動的に向こうの方からやって来てくれるものです。そうして、あなたは偉大になり、それこそ富と名声を手にすることができるようになるでしょう。ただし、実際にやるべきことは初めも、途中も、そして終わったあとでさえも、決して容易なものではないということを忘れてはいけません」

『マリア・カラス オペラの歌い方』ジョン・アードイン:著、西原匡紀:訳

2017年6月16日 (金)

密やかな停電

あれは2か月ほど前の出来事でございました。
休日、歌舞伎座の昼の部を見ることになっていたのです。
朝起きて、シャワーを浴びて、さて髪を乾かそうと思ってドライヤーのスイッチを入れたら、動かないのです。
あれ?コンセント入れ忘れてた?と思って確認したら、ちゃんと入れてある。
あーあ、ついに壊れてしまった、もう20年近く使ってるから仕方ないな・・・、
と思ったらトイレの電気も点かない。むむーん?
何と!全ての電気が点かない!!でもブレーカーは落ちていない!!
停電か!!
停電なんて、東日本大震災の時しか経験がないぞ!!
この建物は築45年くらいだから、ひょっとして、どこか配線が切れたのだろうか・・・?
それとも、この付近一帯の停電なのだろうか・・・?
私はガラケー派なのでスマートに調べることも出来ず、
もう出かけなくては歌舞伎座に間に合わないので、
そのままにして家を出てしまった。
何かすごく面倒くさい事態にならなければいいけれど・・・と強い不安を感じつつ。
(冷蔵庫の中が腐るとか、修理に数日かかるとか)
近所のコンビニは開いていたし、電車は普通に動いていた。

歌舞伎座から帰ってきて電気を点けてみたら、点いた。
そして東京電力のホームページをチェックしてみたら、停電情報が出ていないんですよ。
何だったのだろう?
翌日、管理会社に電話して訊いてみたら、付近が1時間くらい停電していたと言う。原因は不明。
その後も、東電からは何のお知らせもなかった。
これが平日で、私が出勤している間の停電だったら、私は停電があったことにも気づかぬまま、知らぬうちに冷蔵庫が何時間も止まっている、なんていうことも今後あり得るわけでしょうか?

45年間生きてきて、「電気の使い過ぎでブレーカーが落ちた」という原因以外の停電は、東日本大震災の時だけだった。
それは幸せな時代だったのかもしれない。
思えば東日本大震災はもう6年も前のこと。
優秀な若者は、東電には就職しないだろう。
6年間、優秀な新人が入ってこなかったら、一体どうなってしまうのだろう?
優秀でない人には、何もできない。
何も。

原発事故のその後は、どうなっただろう?
最近あまり話題にもならないけれど。

2017年6月12日 (月)

能「八島」

私は国立劇場の職員で、現在は公演プログラムの編集を担当しているのですが、定年退職したOBがプログラムをくれってよく部屋にやってくるんですよね。
あの人は役員まで務めて、世代的にも退職金や年金をガッポリ満額もらっている金持ちであるはずなのに、どうしてプログラムを買わずにもらいにくるのかね?と私が言いますと、金持ちというのは得てしてケチなものですよと若い者が言う。
在職期間中に人々の尊敬を集めていたために「この人にはプログラムくらい行っても当然」と思えるのなら全然いいのだけれど、つい先日、4月に採用されたばかりの新人さんに対して名乗りもせずにプログラムをくれって言っていて、この人は一体何なの?と私は思ったのです。謎のクレクレじいさんですか。
年を取ったらクレクレ星人ではなくアゲルアゲル星の住人になりたいものですね、と私は若い人に話しました。あげるのは別に物でなくてもいいでしょう、「面白い話」でも「ためになる話」でも。
「年をとったら自分もああいうふうになりたいなあ」と思えるような素敵な年寄りって、本当に少ないものですね。

久しぶりに能の「八島」を見たのです。
観世流だったのに、どうして「屋島」ではなく「八島」だったのだろう・・・。
それはよいとして、アイが「与市語」じゃなかったんですよね。
「与市語」のほうが絶対に面白いのに、どうして「与市語」にしないのか、私はとても不思議に思うのです。
まあでも、同じ出来事を別の人が語るとこういうふうに違うのか、という点が興味深かった。
そして、アイの語りがいつもどういうふうであるのか知りませんが、今回の語りの中で、「義経はこの場所で死んだのではないけれども、義経の人生にとってここでの戦さが特に重要だったので、きっと彼はここに現れたのだろう」というような印象的な話が出てきたのです。
幽霊って、死んだ場所でなくても出てくるんだなあ、死んだらもう肉体に制約を受けないから、どこにでも出てこられるのだなあ、義経の人生において一番重要な出来事は「弓流し」だっただろうか?弓流し?戦さにおいて弓を流したことは「勝ち」でもなければ「負け」でもない、それは「義経にとって最も重要な人生の局面」というよりは、「人々が義経の人生を眺めた時に一番重要だと思ったポイント」ということではないだろうか?
つまり、人生において何が最も重要か?私は命よりも金よりも名を重視する、ということでしょう。「名を惜しむ」というのは、周りの人々に自分がどのように受け止められるかを気にする、ということでしょう。
生まれついての性質や、抗えぬ定めなど、どうにもならないこともたくさんあるけれど、自分で制御できることもたくさんあるわけでしょう。そして、それこそがその人そのものと言えるでしょう。
自分のイメージを美しくこの世に残したい、他のことはどうでもいい、ということではないですか。
義経はそれに成功したから、この能が3つしかない「勝修羅」に分類されているのでしょう。
最近の政治家は、自らの名を惜しまぬ人が多いようで・・・。

2017年6月11日 (日)

日本の彫刻

海外の美術館に行きますと、彫刻の展示が大きな空間を占めていることが多い。
日本の美術館は、彫刻といえば仏像くらいでしょうか。あまり展示されていない気がしますね。
(企画展はほぼ全て絵画、美術イコール絵画といった趣き)

彫刻は、1つの作品を作るのに絵画よりも時間がかかるでしょうし、手がけている作家の人数も少ないでしょうから、展示数が少ないのは仕方のないことかもしれません。

私は2012年9月にイタリアへ旅行に行った際に、ベルニーニの彫刻をたくさん見たのです。私はもう夢中になった。特にローマのボルゲーゼ美術館に展示されている「プロセルピナの略奪」「アポロンとダフネ」「アエネアスとアンキセス」には度肝を抜かれました。「脳天をハンマーで叩かれたような」「雷を落とされたような」などという形容がぴたりと当てはまる美の衝撃だったのです。
そうミケランジェロが、自身さまざまな分野の芸術を手がけながら、その頂点を絵画ではなく彫刻と考えていたというのも分かる気がしたのです。(私が感動したのはミケランジェロの彫刻ではなくベルニーニの彫刻でしたが!)
造形芸術の頂点は彫刻・・・。
しかし、それらベルニーニの代表作は日本には絶対に来ない。移動させられないので。(移送中に壊れそうだもの)
日本では、あまり話題にならないですよねベルニーニ。
日本で彫刻といえば圧倒的にロダンです。
ロダンって彫刻なんですか?粘土細工じゃなくて?鋳造の原型は何で作ったのでしょう?
私はあまりロダンの作品に感動したことがないので分からないのですが・・・。

そのむかし、ジャポニズムなどといって、日本の美術がヨーロッパでもてはやされた時代がありました。工芸品や、複製芸術である浮世絵がその中心であり、日本美術の本丸である琳派や狩野派や等伯や雪舟や若冲のことは西洋人はあまり知らないのでしょう。それらの貴重な作品群は、日本で展示するのだって大変なのに、西洋にお貸し出しできないもの。

ロダンの場合はその逆で、複製芸術のロダンが日本の彫刻界を席捲したのじゃないかしらん?

日本の街を歩いておりますと、公園でも道端でも、ヘンテコな彫刻をよく見かけます。
全然美しくないんですけど何なんですかこれ?
というようなブロンズ像です。
ローマの街を歩いていて、角を曲がった時にパッと目に飛び込んでくる美しい彫刻、こんなに何でもないように美しいものが街中に散りばめられていていいね!って感じなのですが、そういうハッとするような美しさがないんですよね、日本のブロンズ像には。どうしてでしょうかね。むしろ「うへえ」「何じゃこりゃ」「なぜこんなものがここに?」って感じなんです。

ブロンズ像って彫刻なんですか?

2017年6月 8日 (木)

なごりのカール

関西圏以外にお住いの方は、明治のスナック菓子「カール」にそれぞれ別れを告げている頃と存じます。
私も先日カレーあじ、そして本日チーズあじの最後の一袋を食したところでございます。
まさかカールが消える日がくるなんて・・・。
安いわりにかさばって、輸送費が釣り合わなくなってしまったのでしょうか。
それほど大好きというわけではなく、長い間ほとんど食べることもなかったとは言え、いつでも食べられるものと思っておりました。疑いもせず。
盛者必滅、会者定離、
アデュー、カール。
次に会う時は神の御許で。
(なんつって大阪出張の時に夜のホテルで食べちゃったりして・・・)

職場の近くの大きめの文房具屋が、知らないうちに潰れてコンビニに入れ替わっていて驚いたのでございます。
文房具屋って、潰れるものだったのですね・・・。
日本の文房具屋の、
たくさん種類があった便箋だのファイルだのペンだの、
そういうものの種類が少しずつ減っていって、
「当店には色紙はこの1種類しかありません」、
そんな選ぶ余地のない時代がやってくるのかもしれません。

コンビニで、「この商品なかなかいいな」と思っていると、
ある日突然その商品が消えている。
そんなことはありませんか。

選ぶ余地のない時代。
同じ演目ばかりやっている時代。
縮小の時代。
これからの日本は美しく縮小してほしい、
それが私の願い。
優先順位を見誤らないで、美しく。

2017年6月 6日 (火)

つぶやき

歌舞伎座の夜の部を見てきました。
なぜ2年連続で『鎌倉三代記』なのでしょうか!?
どうせなら「十種香」をやってくれれば新鮮で良かったのに・・・。
三浦之助はどうして菅笠を手に出てくるのでしょう??
訳が分からない・・・。

猿之助さんのお蔦が良かったですね。
猿之助さんは7芝翫さんにお蔦を教わったそうですが、
7芝翫さんにはあまり似ていない感じ。
門之助さんと孝太郎さんは、たまに7芝翫さんに似ていると感じる瞬間があるかなあ・・・。

前の吉之丞さんと、今の右之助さんは、6歌右衛門丈に似ていると感じることがある。

ところで!
私は今ちょっと、清元の『保名』に凝っているのです。
私が凝ると大変なんですよ、詞章の意味を調べちゃったりするんですから。
そして、昔の映像をいろいろ引っ張り出して見てみました。

私は国立劇場の職員なので、国立劇場の公演記録映像も見てみましたよ。
・14守田勘弥
・藤間勘紫恵
・2尾上菊之丞(現・墨雪)
私は墨雪ファンですし、墨雪さんの『保名』は確かに素晴らしいのですが、素踊りで、長袴を着けていなかったので、ちょっと魅力が半減・・・。
保名はやはり長袴でないとね~~。

あとは持っていた録画を見たのです。
・7中村芝翫
・5中村富十郎
・12市川團十郎
・5坂東八十助(のちの10三津五郎)
・片岡仁左衛門
・坂東玉三郎

あと、9海老蔵(のちの11團十郎)いわゆる海老様が、映画「絵島生島」の中で少しだけ踊っている映像も久しぶりに見てみましたが、あまりにも短くて、全然分からない。もう少し長く録画してくれれば良かったのに。

仁左衛門さんの『保名』は、他の人と振付がだいぶ異なりますね。

玉三郎さんの『保名』がもう素晴らしい!!しびれた。
清元も最高。
私は志佐雄さんの声が好きだった・・・。
よくぞ映像が残った!!神に感謝を捧げませう。

そして7芝翫さんの狂乱っぷりがすごい!!
他の人と全然違う。
この人だけすごい。
踊りであり、芝居である。

昔の『演劇界』に、6菊五郎と7芝翫の両方の『保名』を見た方が、
7芝翫の『保名』は6菊五郎の『保名』をよく伝えている、と書いている。

玉三郎さんの『保名』は6藤間勘十郎による振付であり、
6勘十郎は6菊五郎の系統の『保名』なのではないかと思うのですが、
これは7芝翫さんの『保名』と全然違う。
振りではなく、踊り方のアプローチが全然違う。

一体6菊五郎は、どのように『保名』を踊っていたのだろうか?
なぜ映像が残っていないのか!?く~~。
残っている数枚の写真から想像すると、
あまり顔で演技したりしない、
玉三郎さんに近いものを感じさせるのですが・・・。

7芝翫さんの保名の狂乱は、ちょっと糒庫の淀の方を髣髴とさせる。
つまり5歌右衛門的な感じ。

7芝翫さんの踊りを継ぐ人は誰もいない。
7芝翫さんの踊りは、どこからやってきたものなのだろう?

驚いたことに、私は玉三郎さんの『保名』も7芝翫さんの『保名』も生で見ているのだった。
きっとそれで人生のラッキーを使い果たしてしまったのに違いない。

もうあれだけの『保名』は見られないだろうという予感と、
ひょっとしたら菊之助さんか右近さんがもう一度最高の『保名』を見せてくださるのではないかという期待が、
相半ばする今日この頃であります。

2017年6月 4日 (日)

はじ

前川さん超カッコイイ~~。
安倍さん超みっともない~~。あれ恥ずかしくないのかな?
自分の恥は自分で見えないとか・・・?

読売日響がメシアン作曲の歌劇《アッシジの聖フランチェスコ》を上演するという。
ずいぶん力の入った公演ですし、オペラファンとしては見ておかなくてはいけないかな?と思ったのですが、発売初日にチェックしたら端の席しかなかったので、やめておきました。
この公演情報の中に、「重い皮膚病を患う人」という登場人物がテノールとして記載されているのです。重い皮膚病を患う人が、どうやって自分の人生を肯定するのだろうか?その心の推移にとても興味があったのですが、ちょっと検索してみたところ、「フランチェスコが勇気を持って触れると皮膚病が完治する」という奇跡が起こるのだそうな・・・。
奇跡の起こらない多くの人は、どうやって生きていくのだろう?
端の席しかなかったので、やめておきました・・・。

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