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2017年7月31日 (月)

衣裳負けしないように

きのう、玉三郎さんのディナーショーで、「ひとりぼっちのローマの泉」という歌を聞いたのです。ネットで検索すると「ひとりぼっちの愛の泉」と引っかかるのですが、玉三郎さんは「ひとりぼっちのローマの泉」と言っていたと思います。そして、そのタイトルのほうが歌の内容に相応しいように思います。世界中の恋人たちがここにやって来て、異国の言葉で愛を囁き、再び二人でここに来ようと約束する、そうして私はひとりぼっちでそれを眺めている・・・というような内容の、とても洒落た歌でした。

玉三郎さんが初めて人前で歌ったのは、およそ30年前、衣裳負けしないようにと言ってミンクの毛皮のコートを買ってくれた人のために、年末の帝国ホテルの奥の方で歌ったのが最初と仰っていました。
玉三郎さんのトークの中で「衣裳負け」という言葉を聞いて、私はこの言葉を初めて聞いたような、いや遠い昔から知っていたような、不思議な気持ちがしました。
美しい衣裳には、それに相応しい芸格が必要。
玉三郎さんは、美しい衣裳を着ることに、すごく執着心があった人だと思う。自分の稼いだお金を衣裳の製作につぎ込み、またパトロネージュしてくれる人もいたのでしょうね。私はフランコ・ゼッフィレッリ演出の豪華なオペラが好きなのですが、舞台衣裳の美しさは玉三郎さんのほうが数段上でしょう。図案、配色、織り、染め、刺繍、箔、他の興行では衣裳にあれだけの手間をかけられない。持っているお金や時間や才能をもっと別のことに使ってしまう。日本にはちょうど玉三郎さんのキャリアと重なるように「バブル経済」というものがありましたから、歴史上でも稀有な美を私は見ていたのじゃないかと思ったのです。

以前、玉三郎さんの衣裳をガラス越しながらも間近で見られる展示があって、政岡や富姫の衣裳を見た時は本当に衝撃的な美しさでした。
美しい衣裳を着るための努力と、その衣裳に見合うだけの芸を積み重ねてこられたのでしょうね・・・。

毛皮のコートを着てヴェネツィアのゴンドラに乗る感覚が飛び過ぎていて私にはよく分かりませんが~~。

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コメント

ふくきちさん、大変ご無沙汰しております。お変わりないでしょうか?2011年の大地震、津波、原発事故以来直接的な被害は受けなくとも心の傷も含め、間接的に大きな打撃を受けました。キリストの復活に倣いせめてバンドルネームでもと以前のhyoroからhukkatsに衣替えしましたが、その後の社会の変化(世界情勢の不安定化)自身の変化(加齢、病気)などにより、以前の様な日常生活には戻っておりません(ヨーロッパはとても怖くて行けません。アメリカ然り、ロシアもあぶない、先月家内の親せきが訪露してエルミタージュを見ていたら、爆破情報があって館外に避難誘導されたそうです)。
でもそうした中でもふくきちさんの生真面目で一途なブログをいつも楽しみに拝見しておりました。有難う御座います。今後とも是非長く続けて下さいね。
ところで一昨日(H29.10.3)アンナ・ネトレプを聴いて来ました(at タケミツメモリアル)。彼女の歌は昨年は聴きに行けず2010年の文化会館での「マノン」以来でした(2011年の「ラボエーム」のミミは原発事故の影響かフリットリになってしまいましたので)。これまで彼女独特の音質ながら素晴らしい歌いまわしを聴き(ややぶしつけな表現をすれば)将来の「大型成長株」の予感がしたものでした。(それに若くて綺麗でしたからね)今回は舞台左の齧り付き(いわば花道最前列)の席でしたので、登壇してくる歌手と目が合う位置でよく観察もでき歌もビンビン響いてきました。(真ん前のステージ奥に打楽器が入った曲の時は、オケがもううるさい程でしたが。)曲目はすべてオペラ曲でリサイタルではなくコンサートなので、S.Anna Netrebkoの他にT. Yusif Eyvazov(ネトレプコのご主人)、Br. Elchin Azizov(ゲスト出演)の三人の独唱、二重唱、三重唱、間奏曲から構成されています。一言感想として、Tは尻上がりに調子が出て後半の「Andorea Chénier」のアリアで全開となり、大きな拍手と歓声を浴びていました。Br.は音質も声量もバリトンとして申し分なく聞いていて安心、心地良くまだ40代とお見受けしましたので、これからが楽しみです。ただロシアを中心に活躍している様なので聞く機会は少ないかも知れません。オケは東フィルCond:Mikhail Tatarnikov目の前のVn.群の澄んだアンサンブルが卓越して聞こえました。特に数え切れない程聴いたことのある「La traviata」前奏曲は死を予感させるフィナーレまでの指揮者の誘導が巧みだった。打楽器群が加わると座席の位置のせいか耳をつんざく様な爆発的迫力が耳、体躯を過ぎりました。その他、Tri. Hp. が印象的。
 さてネトレプコさんです。大柄の赤いバラの花を複数あしらった白い衣装をまとい登壇した印象は、若い頃の様なスリム間は無くやや小太り気味(一時太ったと話題になった頃程ではないですが)、金髪(?)ですごくエネルギッシュの感有り、いきなり「Macbeth」のアリアを力一杯歌い切り、第一曲目から館内の大喝采を受けました。小生も思わず興奮して叫んでしまっていた。とにかく巷間噂さされていた通りの安定した高音の伸びと大きな声量は、若き日の独特な音質の彼女には無かったその後の大進歩ですね。大Diva, 大Prima donna の出現でしょうか。二曲目の「Aida」のアリアは葛藤の気持ちを抑制のきいた歌声で見事に歌いあげテクニカルな進歩も見られる。プログラム後半では、黒っぽい絹の様な衣装をはおり、細かな花柄(ウフィッツ美術館所蔵の「La Primavera」中フローラの衣装の如きルネサンス調類似の花柄)があしらわれている。オペラでも今後ハイブランドの一流デザイナーの衣装進出が為されていく予感もします。一方「Turandot」では、舞台正面二階balcony席(学友協会Groser Saal のOrgelbalkon の如き席)のパイプオルガンの前に現れた姫が、一階席中央通路の求婚者Calafと謎問答をする趣向、他の曲での舞台袖からの歌声の趣向、オケがスタートしてタイムラグの後歌いながら登場する趣向、デュエット等での演技などなど舞台表現にも優れた工夫が見られた。最後に鳴りやまない拍手と歓声のあとのアンコールを期待していたが、一曲も無しで肩すかしされた奇異な感がしました。しかしこれは会場を出て成程それもそのはずと納得、すぐにサイン会に移るということなのでした。聴衆は先を争って並びあっという間に長蛇の列、恐らく二百人かそれ以上並んだのです。小生も恥ずかしながら列に加わり終演後1時間位並んで四人(指揮者、歌手三人)のサインを頂きました。ついでにこの機会にと、意を決して、ネトレプコさんに「ティバルディを超える偉大なアーティストになって下さい」と僭越ながら声を掛けた次第でした。以上長くなりましたがご報告まで。


ネトレプコのレポートありがとうございます。
あんなに高額なのに、行かれたのですね・・・。
私は、特にネトレプコ・ファンではないので、行きませんでした。あまり高額だと諦めてしまいます。
昔を振り返ると、たとえ高額でもあのとき行っておけばよかった・・・という公演もいくつかありますけれども。グルベローヴァのツェルビネッタは生で聞いてみたかったですねえ。

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