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2018年1月

2018年1月21日 (日)

『京鹿子娘道成寺』詞章解釈「山尽くし」

歌舞伎座で『京鹿子娘道成寺』が上演されなくなって何年になるのでしょう・・・。

このブログでは、遠い昔、何回かにわたって『京鹿子娘道成寺』の詞章解釈を載せてきました。しかし、「鞠歌」「山尽くし(鞨鼓の踊り)」の部分はまだ書いておりませんでした。
この2つの場面は、「踊り地」に相当する部分でしょう。「踊り」の「地」、すなわち、「長唄はあくまで踊りのBGM」ということでしょう。「~尽くし」というのは、言葉遊びであり、あまりストーリー性を感じさせません。

謎の主人公・花子は、「私は白拍子です」と言って人前で踊りを披露するわけですから、白拍子の踊りを踊るのでしょう。
白拍子の舞というものは、『京鹿子娘道成寺』初演時より遥か昔に流行した舞で、初演時にはすでに消滅していて見られないものであったと思いますが、「男装した女性が舞う舞」ということは江戸時代の観客も知っていたのでしょう。
花子は男装はしていませんが、白拍子と名乗っているので、男性っぽい踊りを踊る場面があり、「金冠」と「山尽くし(鞨鼓の踊り)」の2箇所が男性っぽい踊りだと思うのです。
私の考えでは、鞨鼓というものは男性が打つものであり、あんまり女性が打ったりはしないと思うんです。
踊っているのは歌舞伎俳優という男性なのですが、演じている役は女性の役であり、その女性の役が男性っぽい踊りを踊るという、性別の重層性のようなものを感じさせる、非常に人工的・技巧的な、特殊な場面だと思います。

「山尽くし」の部分は、山の名前をたくさん織り込んだ言葉遊びの歌詞なので、分かるも分からないもない、といった感じですね。
しかし、私はずっと「歌の中山って何のことだろう?」と思っていたのです。
このあいだ、『竹田出雲並木宗輔浄瑠璃集』という本をパラパラと読んでおりましたところ、「新うすゆき物語 上巻」の脚注に「歌の中山清閑寺〔せいがんじ〕」の解説が書かれていました!!

歌の中山清閑寺〔せいがんじ〕
清閑寺は今は「せいかんじ」と澄む。京都市東山区山ノ内町にある真言宗智山派の寺。「歌の中山」は清閑寺から清水寺へ行く山道のあたりの通称。歌文に「歌の中山清閑寺」と言い連ね、清閑寺の雅称としても用いる。語源については寺記の伝説がある。
「歌の中山は滑谷道〔しるたにみち〕の北、清水より清閑寺へ行く路の西にあり。・・・清閑寺の寺記に云う、昔、この寺に真燕僧都という人あり。ある夕暮れ、門外にたたずみて行きかう人を見居たる折節、髪貌〔かたち〕めでたき女、ただ一人行くを見てたちまち染心おこりけれど
(綺麗な女が1人で歩いていたのですごく気になったけれど)、物いいかくべき便りなくて(話しかけるきっかけがなくて)、『清水への道はいずれぞ』と問いければ(知っているのに知らないふりをして清水寺への道を尋ねたところ)、女、『見るにだに まよふ心の はかなくて まことの道を いかでしるべき』(あなたは見ているだけでも煩悩だらけで頼りなくて、とても悟りを開けそうもないわね)といい捨て、やがて姿をみうしないけるとぞ。女は化人にて侍りけるにや。その歌よみし処をば歌の中山と云うとなん」(寛保元年序・謡曲拾葉抄・田村)

つまり、「歌の中山」は「山の名前」ではなくて、「名所の名前」なのであった!

2018年1月17日 (水)

玉藻前

このブログも、同じことばかり繰り返し書いているような感じですが・・・。

私は大学生の頃、歌舞伎研究会というサークルに所属していました。
歌舞伎研究会は多くの大学にありましたが、研究だけしている「研究校」と、自分たちで歌舞伎を演じてしまう「実演校」とがあり、私の行っていた法政大学は実演校でした。
集客の心配などせず、やりたい演目をやれば良いわけですが、いくつか制約がありました。
 
・子役が出ない演目
 
・場面転換がない演目
 
・「登場人物の人数」が「部員数の都合」と合致する演目
その上で、「綺麗な衣裳が着られる演目」が候補に挙がってまいります。
『玉藻前曦袂』の三段目「道春館」も上演候補に挙がったことがありました。
(『玉藻前曦袂』の三段目は「玉三〔たまさん〕」などと略称で呼ばれることもありますが、幕内では「外題を略称で言うのは下品なことである」とされております)
やはり振袖を着たい人が多いわけなので、「道春館」はぴったりの演目だったのですね。
(結果として上演されたのは「熊谷陣屋」でした)

私は、「『道春館』を生で見たい」という希望をずっと持っておりましたが、文楽では見ることができました。歌舞伎では見られなさそう。

「玉藻前は、なぜ玉藻前という名前なのか?」というのがずっと不思議だったのです。
「玉」というのは「宝石」とか「美しい」という意味でしょうから、「玉」の「藻」で「珊瑚」になるのかな?と思っていました。
ところが辞書を引きますと、玉藻は「藻の美称」であって、「美しい藻」のことではないらしい。

玉藻
たまも
水中に生える藻の古称で、特定の藻種をさす語ではない。「玉」は美称。『万葉集』に詠まれている「今日(けふ)もかも沖つ玉藻は白波の八重(やえ)折るが上(え)に乱れてあるらむ」(巻7)や「水底(みなそこ)に生(お)ふる玉藻の生ひ出(い)でずよしこのころはかくて通はむ」(巻11)などの玉藻はホンダワラをさすと考えられる。ホンダワラ類の体枝上にはたくさんの小形うきぶくろがあり、これによって玉藻の語が生まれたとも解されるが、なかには淡水域の水草と解される場合もあり、語の由来ははっきりしない。たとえば「勝鹿(かつしか)の真間(まま)の入江にうちなびく玉藻刈りけむ手児名(てこな)し思ほゆ」(巻3)の玉藻は、海草のアマモか汽水草のイトモ、エビモなどをさすと考えられる。
なお、タマモと片仮名表記する場合は淡水産緑藻植物のChaetophora elegans Agandhをさす。これは冷たい水域に産し、鮮緑色、寒天質の小塊状体となる。大きさは1センチメートル以内と小さいため、注意しないとみつけにくい。[新崎盛敏]
日本大百科全書(ニッポニカ)

私は藻を美しいと思ったことがない。
藻って美しいでしょうか?
水の中に生えている草ですよね、草。花じゃないですよね。
いくら美称で呼んでも草は草。
なぜこれを、帝を惑わす絶世の美女の名前にしたのだろうか?

その長年の疑問が、今朝、突然解けたのです。
「玉藻前」というのは、藻のことを言っているのではなく、「水底深く揺れる藻が見えるくらいに水が澄んでいる」という「透き通った状態」をさした命名なのではないでしょうか。
そうに違いないと思う。

それがなぜ今朝突然分かったのかが分からない。

2018年1月13日 (土)

太夫の目

私が初めて歌舞伎を見たのは平成4年4月、大学2年の時でした。2年の時に友人に誘われて歌舞伎研究会(通称かぶけん)に入ったのでした。当時、いろいろな大学に歌舞伎研究会がありました。しかし、私が入っていた法政大学の歌舞伎研究会は、人が集まらなくて数年前に廃部となってしまいました。今の歌舞伎座の切符は高額すぎて、学生は歌舞伎を見られないのでしょう。3階B席は私が学生の頃の倍の価格になっています。なぜ値上がりしたのかというと、
・歌舞伎座は建て替えによって3階の席数が大幅に減った
という以外に、出演者や裏方の待遇が変わってきた、ということがあるでしょう。昔は楽屋に寝泊まりしていた人もいたそうですが、今はそういうことはありませんし、宿泊となれば1人1部屋。昔は大勢で相部屋だったのですから。地方巡業の時は地位に関係なくバスで集団移動していたそうですが、今は個別。
(1度変わったものが、再び昔のように戻せるのかどうか私には分かりませんが、今後どうするのでしょうね・・・)

私の在籍時、歌舞伎研究会は、4学年で20人弱いましたかねえ。
その中には、「本当は歌舞伎よりも文楽のほうが好き」という人も数人いましたよ。
(文楽研究会は存在しなかった)
そして、「人形は見ないで床だけ見てる」という人もいました。
私も、文楽を見始めてしばらくは、舞台より床のほうを見ることが多かった。
文楽の様々な要素の中で、私を最も魅了したのは断然、太夫だったのです。
太夫は神様みたいだった。だって神業を見せてくれたから。

私は不思議なんですけれども、最近の若い太夫さんは、ずっと下を向いて語っている人が多いですね。(多いというか、全員?)
昔は絶対にそんなことはなかったのです。特に住太夫師匠なんて「客は自分を見に来ている」と思っていたに違いありません。文楽を撮影するカメラマンは、住太夫師匠の写真をたくさん撮っていたと思います。住太夫師匠は、カメラマンを魅了する人だった。
床本なんて見なくても、詞章は全部暗記しているわけでしょう。なぜずっと床本を見ているのか分からない・・・。
太夫の写真を撮影しても、使えない写真ばかりですよ。
浪曲師だって講談師だって、もっと見栄えがすると思いますけど・・・。

四代目の越路太夫さんが、こんなことを語っておられます。
古靭太夫〔ルビ:うちのししょう〕と同じ位好きでよう聞かしてもろたん土佐太夫〔てんがちゃやの〕師匠でね。これが物凄い目でね、鷹のような鋭さの。古靭太夫〔うちのししょう〕の目もよく利いていたが、近眼ですから、大きい目の割には正面切ってにらむようなことはあまりなかった。そこへいくと土佐太夫師匠は、こわい目遣いでした。
子供の僕がそう感じていた、それだけのことです。ただこれを、古靭太夫〔うちのししょう〕や駒太夫師匠との違いとしてはとらえていた。
昭和三年六月、『忠臣蔵』が建った時も、土佐太夫師匠の『勘平切腹〔かんぺいせっぷく〕』を、聞くというより、小幕〔こまく〕へまわって目を見てたんですね。人形が出入りする下手〔しもて〕の小幕。御簾内〔みすうち〕だと頭のてっぺんしか見えんから。
そしたらね、えらいこと聞いた。人形の先代栄三〔えいざ〕さんが、勘平を遣ってるんだが、これがね、「南さんやと腹切らざるを得ん」と言われたんですよ。南さんというたら土佐太夫師匠の本名ね。
郷右衛門〔ごうえもん〕の「左程〔さほど〕の事のわきまへなき汝〔なんじ〕にてはなかりしが、いかなる天魔が見入〔みいれ〕し」の言い方で、これね、一言も勘平に腹切れとは言ってませんよ、だけど、この言い方でね、たまりかねて勘平は腹を切るんですね。勘平を持っている栄三さんが、そういう思いになると話してはるのを聞いた。
次の日からも毎日じっと見てると、これを目でも表現してはるんですよ、土佐太夫師匠。このあとの文句は「するどき眼〔まなこ〕に涙をうかめ」、ね、あとからこういう文句があるが、この説明になってから鋭い目をしても遅い、先に鋭い目をしといたのが、ここで利いてくる、結果たまりかねて勘平が腹を切る、口で言うてしもたらこんだけやが、これをしからば、目で演出して、鋭い目で言うて、そう聞こえるかというと、そうではない。栄三さんとて、太夫の目見て遣うわけやなし。お客さんも。そうじゃなく、
すぐれた言い方は、自然に目にも出てくるということで、目だけで芝居なんか出来ませんよ。素浄瑠璃〔すじょうるり〕なんかの時には、ある程度、顔や目で芸することもありますけどね。
(高木浩志:著『文楽に親しむ』より)


「顔で見せる」というような側面が、今はごっそり消滅してしまった感じがするのです。

私はわりと、技芸員のインタビューに同席させていただく機会があるのですが、咲太夫師匠は、詞章のこの箇所で視線をここに持って行け、ということを若い時に教わった、と仰っていました。そういう口伝は、どこへ行ってしまったのでしょう・・・?

2018年1月10日 (水)

オン・マイ・オウン

私は、テレビって見ないんです。あんまり面白い事やってないですよね。地デジ化のタイミングで見なくなった。世の人々がテレビを見ている間に、私は仕事をしているわけなんです。編集の仕事は家でもできるので。

最近「働き方改革」なんていうことが盛んに言われますが、要するに「これまで払っていたような残業代は払えなくなった」という意味でしょう。何ですか、私の働き方が悪いから変えろっていう意味なんですか?
残業を減らしたかったら、仕事を減らしていただかなくては。

残業ね、残業。減らす気になれば、いくらでも減らせるんじゃないですか。しなければいいのでしょう。現に、働いていない人はいるわけですし。

テレビはほぼ見ていないのですが、旅行でホテルに泊まった時と、帰省した時には見るのです。
年末年始は、お笑い番組を見ますね。何組もの芸人が、ひたすらネタだけやり続ける番組。さすがによく準備されているから、面白いですよね。でも今回は新しい芸人が出てこなかったかな。

ところどころ、紅白も見たんです。今の歌って、歌詞の半分くらいが英語になってるんですね。歌っている人は英語を話せる人たちなんでしょうか?むかし「CAN YOU CELEBRATE?」という曲が流行った時、英語圏の人に通じない英語だって話題になったことがありましたけど・・・。

さて、オペラの世界では、1986年に藤原歌劇団が舞台に字幕を付け始めてから、徐々に原語上演が増えてきて、現在では日本語訳詞上演は極めて稀という状態になりました。一方ミュージカルは、ほとんどの作品が英語であるにもかかわらず(私たちが長年勉強し続けている身近な原語の英語であるにもかかわらず)、日本語訳詞上演が多い。「多い」というよりも、日本人が上演する場合は100%、日本語訳詞上演ではないでしょうか?なぜミュージカルは原語上演に移行しないのでしょう。

ミュージカルの日本語訳詞上演。
日本語を知らない人がカタコトの日本語で必死に歌っているように聞こえるんですよね・・・。
「道に迷えば見つけてくれるわ」「だけど道はある」「川もただの川」
不可解な日本語が続々登場。

なぜミュージカルは原語で上演されないのか?
それは、客が子供だからでしょう。
子供は字幕を追えませんからね。

よくシャンソンを歌っていた越路吹雪さんは、日本語訳詞にこだわってフランス語での歌唱に興味がなかったそうですが、フランス語で聞きたかったらピアフを聞けば良いわけで、日本語でなければ存在意義を失ってしまったのではないか、という気もします。

日本人が英語でミュージカルを歌う未来はちょっと想像できませんね。
日本人オペラ歌手は原語で歌っているのに。

シアターオーブができて、海外のカンパニーの来日公演が増え、ミュージカルの原語上演が増えている気がします。
しかし、『レ・ミゼラブル』や『ライオンキング』など、人気のある作品ほど、今後も原語上演は望めないでしょうね。日本人が日本語訳詞上演をしているうちは、海外のカンパニーは来ないでしょうから。

私は根がマニアックな体質なので、『レ・ミゼラブル』のエポニーヌが歌う「オン・マイ・オウン」をいろいろ聞き比べてみたわけなのです。
原語を読んでから日本語訳詞の歌を何度も聞いていると、ヘンテコな日本語もだんだん気にならなくなってくる感じ。
英語、日本語関係なく、たくさん聞いたのですが、泣けるon my ownは本田美奈子さんのこの映像だけですね~。
  ↓
https://www.youtube.com/watch?v=TJ5Q3d_FECY


この映像は、羽田健太郎(ハネケン)さんのピアノも本当に美しい。前奏の部分だけでも、速度や強弱が細かく変化しているのが分かる。そして、とてもゆっくり歌い出し、途中からテンポを速め、またゆっくりに戻っている。
本田美奈子さんは、声の音色を変化させて歌っていますね。この歌はかなり幼い恋の歌だから、あどけない感じで歌い始めて、歌詞の内容に合わせて強い調子に変わっていき、最後に戻っている。
こういう繊細な「変化」というものを、ミュージカルの舞台ではなかなか出せないみたいなんですよね。「縁などない」の後、こんなに長く沈黙できないですよね舞台では。
映画版でエポニーヌ役を射止めたサマンサ・バークスは、映画ではとても丁寧に演劇的に歌っていると思うけれど、その他のステージではすごく単調な印象。

youtube
に昆夏美さんの「オン・マイ・オウン」も出ていて、うまいとは思うのですが、美人すぎてかえって嫌味に見えると言いますか、いやアナタには近い将来素敵な人が現れると思うよ、という気分でござる。
それにしても昆さんは日本人としては驚異的な閲覧数ですな・・・。


2018年1月 8日 (月)

ミュージカル

最近、ミュージカルの映像をいろいろ見ているんです。
他にも読書したり美術館に行ったりしたいのですが、なかなか時間が取れません。読書はとても時間がかかるけれど、映像は決まった時間で必ず終わってくれるし。
仕事で活字ばかり見ているのに、趣味でも文字を追うのは気詰まりな感じですし。

世の中には是非とも見ておくべき名作がいろいろあるけれど、多すぎて、その全てを味わうのは不可能。私は劇場に勤めているのだし、何か演劇に関係するものに重点を置いたほうがいいかな~~と思うのです。
ミュージカル映画はたいてい製作にお金をかけていて、見応えがあります。また同じ作品で、舞台版の映像と映画版との「見せ方の違い」を比べるのも楽しい。

このあいだ、『ロッキー・ホラー・ショー』を見て、あまりの馬鹿さ加減に衝撃を受けました。イギリス人がこんなに馬鹿だったなんて?大ショック!!
という話を友人にしたら、「イギリスって、もともとそういう国でしょう」と言わました。そうだった?

先日、『プロデューサーズ』というミュージカル映画を見たのです。
失敗して早期に打ち切ったにもかかわらず収益を上げているミュージカルの興行が存在する、という事実に気づいたプロデューサー(ブロードウェイ・ミュージカルの)が、予め確実に失敗することが自分で分かっていれば逆に巨額の富を手に出来ると思いつき、最悪の脚本を、最悪の演出によって舞台にかける、という内容。その「最悪の舞台」というのが本当に最悪で、よくこんなの舞台で上演できたなあとしばし呆然。(この作品は映画になる前にブロードウェイで舞台上演されていた)

私も「下品なものの面白さ」を分からぬでもないし、別にいいんですけれども、何もここまで下品にしなくても、面白いものって作れそうなものなのでは?「面白い」イコール「下品」だとでも言わんばかりの下品さ。どこか私の知らないところで「世界下品コンテスト」でも行われていて、熾烈なデッドヒートがなされているのではないか?と疑うほどに、どれもこれも下品。

ミュージカルって、たいてい「下品」か「子供向け」のどちらかだよね、という話を友人としたのです。『マイ・フェア・レディ』のように、下品でも子供向けでもない「大人のミュージカル」も存在するけれど、数が少ない。『オペラ座の怪人』、『サウンド・オブ・ミュージック』は下品ではないけれど、子供向けですよね。「エンジェル・オブ・ミュージック」「ドレミの歌」・・・明らかに子供向けね、子供向け。大人が童心に帰って楽しむだけの内容は持っている、とは思いますが・・・。

そう言えば昔、ドイツのオペレッタの映像をいくつか見た時にも、何て下品なんだろうと思ったことがありました。
ミュージカルって、オペレッタの流れを汲んでますよね・・・。

ミュージカル界だって、何も下品な作品ばかり作りたいわけではないのでしょうが、音楽劇としては後発だから、良い脚本は先にオペラに取られちゃってるんですね、きっと。例えば『セビリャの理髪師』なんか素材としてはミュージカルに向いていそうだけれど、やろうと思ったらロッシーニより良い音楽を作らなくちゃいけなくって、そんなのは絶対に無理なのです。

ミュージカル映画『プロデューサーズ』は、ミュージカル版の『ハムレット』の舞台が興行的に大失敗する場面から始まる。良い小説、良い戯曲が必ずしも良いミュージカルになるとは限らない。良い脚本は、それほどたくさんあるわけではない。だから早い者勝ち。

ヴィクトル・ユゴーの小説だったら、『リゴレット(王様はお楽しみ)』はオペラに先に取られてしまって、でも『レ・ミゼラブル』は残っていたわけです。なぜ残っていたのかというと、オペラは革命される側の人々が作っていたから、革命する側の話には手を付けなかったのでしょう。ロッシーニは復古王政のシャルル10世の戴冠を賛美するオペラを書いているし、馬車に乗っている時に怒れる民衆に取り囲まれた恐怖の体験もあったそうな。ミュージカルは逆の「革命する側」で、だから盗人とか娼婦とか安宿の汚い亭主とかが出てくることになるのですね・・・。
(ユゴーはなぜ両方の世界を書けたのだろう?)

Do we fight for the right
To a night at the opera now


オペラって、「金持ちの腐敗の象徴」だったんですよね。
ソプラノ歌手が毛皮を着て劇場入りする際に、民衆から卵を投げつけられたっていう話も聞いたことがありますね。(たしかライナ・カバイヴァンスカが自分の体験談として笑いながら話していた)

『オペラ座の怪人』を見ていると、オペラ座を物語の舞台としていながら、オペラという旧態的な芸術を蔑視しているような箇所が見受けられますね。クリスティーヌの歌唱力では、パリ・オペラ座で成功することは難しいと私は思うのだけれど・・・。
・・・・・・。

別に、ミュージカルは私も好きですけどね・・・。

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