« 狂言「釣狐」 | トップページ | 《チェネレントラ》フェスティバルホール »

2018年5月16日 (水)

よもやま

テレビ番組で以前、坂東玉三郎さんと松任谷由実さんが対談していたのです。
お2人はバブル時代の舞台というものを自身で体現し、また世界的に好景気だった頃の優れた興行というものもいろいろご存じなのです。玉三郎さんが、世界的に経済が低迷してきていて昔のような華やかな舞台はもう2度と見られないと思って寂しい、というようなことを仰いますと、ユーミンは、

例えば大震災の後には、牛乳パックに活けたタンポポの花でも美しいと思ったりすることがあった。何気ないものをキラキラ輝く美しいものに変えるのが私たち芸術家の仕事だと思う、

というような話をされていました。
そのように言われますと、私たち日本人は「簡素な美しさ」とか「お金がなくても美しく」ということがもともと得意なのではないかという気もするのです。

最近、さまざまな場所で、池や噴水の水が止められているのを目にします。造った時には維持できると思ったものが、時代を経て維持できなくなってしまったのですね。
それは読みが甘かったわけですが、仕方のないことですから諦めなくてはいけません。水が止まっても見た目に不自然でないような手を早急に打つことが大事。
貧しいのは別に恥ずかしいことではありません。
逆に、貧しいのに借金して金を使ってしまうのは恥ずかしいことです。

政治がこのような状況になっても、まだ安倍内閣を支持する人が3~4割いると言われます。あのようなみっともない不正内閣を支持する人がなぜそれほど多く存在するのか?
私の職場のことで言えば、民主党政権時代は「事業仕分け」によって他団体と合併しそうになったり、現実に人員を削られたりしました。ところが自民党に戻ったら職場にすごく人が増えました。高齢者採用とか有期の事務員とかアルバイトの人々が。でもそれは国の借金によって雇われているのだと思うのです。かと言ってその人々を削られると事業が回らないのです。

お金はないけれど今までと同じ水準の仕事を維持しろ、というのは無理な話です。
「お金があるからこそ始めたこと」を削っていけばいいと思うのです。
「バブルだったから始めたこと」をやめればいいと思います。
「一旦始めたものはやめられない」というのでは今後の社会が成り立ちません。
やめる順番を適切に判断できる人というのが現在求められているリーダーなのではないでしょうか?

« 狂言「釣狐」 | トップページ | 《チェネレントラ》フェスティバルホール »

つぶやき」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。

(ウェブ上には掲載しません)

« 狂言「釣狐」 | トップページ | 《チェネレントラ》フェスティバルホール »

2018年5月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
無料ブログはココログ