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2018年7月10日 (火)

星は2度かがやく

トスカはカヴァラドッシのことを「マリオ」と呼び、「カヴァラドッシ」と呼ぶ場面はありません。しかしカヴァラドッシはトスカのことを「フローリア」とも「トスカ」とも呼び、どちらかと言えば「トスカ」と呼ぶことが多い。それは、トスカが著名な歌手という設定だからなのでしょうか??

先日、新国立劇場で《トスカ》を見て来ました。指揮のテンポ設定がちょっと風変わりな感じでした。それで、第3幕のカヴァラドッシのアリア「星は光りぬ」で、拍手が起こらなかったんですね。それは、指揮者のテンポ設定によるものなのか、歌手の歌い方によるものなのか、今回の客層によるものなのか、ちょっと判然としない。
第2幕のトスカのアリア「歌に生き、恋に生き」が、それまでの緊迫したドラマの流れを止めてしまうので、作曲者によりカットを検討されたことがあると聞きます。今回の上演で「歌に生き、恋に生き」では拍手が起こっていました。マリア・カラスのトスカでは、このアリアの後に拍手が起こらないことがありました。拍手が出来る雰囲気ではなかったらしい。
「星は光りぬ」のほうは、「このアリアのためにドラマが中断される」などと言われるのを聞いたことがない。
1967年1月27日の《トスカ》の録音(パルマでのライヴ)では、フランコ・コレッリの「星は光りぬ」に拍手が鳴り止まず、「ビス!(もう1度歌って!)」と叫ぶ熱狂的な観客の声が記録されています。
オペラでは、客のアンコールによってアリアが2回演奏されるということが稀にあって、私の体験ですと、フアン・ディエゴ・フローレスが《連隊の娘》のアリアを2回歌いましたし、アントニーノ・シラグーザが《ラ・チェネレントラ》のアリアを2回歌いました。それは観客にとって本当に特別な感動体験です。
マリア・カラスは、何と、ルチアの「狂乱の場」を2回歌ったことがあるそうな(録音が残っていたと思います)。
でもコレッリは、どんなに長く拍手が続こうとも、「星は光りぬ」を繰り返すことはしなかった。そう言えば、指揮者のリッカルド・ムーティは、アリアの繰り返しは悪い慣習であるという発言をしていたような気がする(うろ覚えですみません)。
客が歌手に対してアリアの繰り返しを要求するような熱狂的な舞台というものは、まだ存在するものなのでしょうか?
ところで、「星は光りぬ」が2回繰り返された映像を私は見たことがあります。ルチアーノ・パヴァロッティがローマ歌劇場で歌った《トスカ》です。私の記憶では、あまりにも長く続く熱狂的な拍手に、ついにパヴァロッティは「ニヤリ」と満足の笑みを浮かべ、もう1度同じアリアを歌うのでした。私はパヴァロッティのファンなのですが、しかし、その「ニヤリ」は場面にそぐわないように思ったものでした。このローマ歌劇場の映像は、非常に優れた演奏であったと記憶していますが(トスカはライナ・カバイヴァンスカ)、なぜかDVD化されなかったのではないかと思います。なぜでしょう?

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