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2018年9月11日 (火)

訂正いたします

日本美術というものは不思議なもので、ある特定の時期・特定の場所にバーッと集まり、その展覧会が終了すると、もう見られない。
狩野一信の「五百羅漢図」も、伊藤若冲の「動植綵絵」も、あんなに素晴らしかったのに、もう二度と見られないのではないかとさえ思う。
千葉市美術館の入場者数記録を塗り替えた「田中一村展」で、こんなに素晴らしい画家を私は知らなかったのかと自分の不明を恥じたものですが、その後、田中一村の絵を見る機会が増えたかというと、そうでもない。
3年前に永青文庫で春画展が開催され、大変な話題となり、それを契機にタブー視されていた春画展が一気に解禁となるのではないか、という私の予測は外れて、春画を見る機会も不思議なくらい少ない。(少ないと言うか、ない?)

永青文庫の春画展で、「狐忠信と初音図」という肉筆画が展示されていました。
そのことを、このブログで話題にしたことがあります。

過去の記事1
過去の記事2

その記事の中で、狐忠信が押し倒している鎧姿の女性は静御前でしょうと私は書きましたが、やっぱり「佐藤忠信の妻」が正しいようですね。
と言いますのも、松尾芭蕉の『おくのほそ道』に、佐藤忠信の父親の旧館に芭蕉が立ち寄ったという件りがあるのです。
ものの本によりますと、佐藤継信・忠信兄弟が討ち死にした後、2人の妻は甲冑をつけて夫の母を慰めていたのだそうです。
与謝蕪村の描いた『奥の細道絵巻』には、2人の女性が鎧をつけて座っているところが描かれています。
ですから、春画の中の鎧の女性は、「本物の忠信」の妻であろうかと思われます。

自分が気づかぬうちにブログに間違いを書いてしまう、ということが、これまでにもたくさんあったのでしょうねえ・・・。
私は、編集や経理の仕事をしてきて、「人間とはこんなに間違うものなのか」ということを、驚きとともにたくさん見てきました。
大学の教授ほどの人が、年号や人名などをボロボロ間違えたりするのです。なまじっか詳しく知っているだけに、自信があって、原典に当たらずに記憶で書いてしまい、そして間違っている。そのようなことがよくありました。
どんな人にも間違いはありますし、校正の手が入っていない原稿なんて、出版できないと思うのです。
しかしインターネットは校閲なしでポーンと発表できてしまい、気楽な恐ろしいメディアだなあと改めて思いました。

先日、中島みゆき様の「夜会」のことをこのブログに書きました。第3回の「KAN-TAN」は、能の「邯鄲」に着想を得たもの、と書きましたが、その時の公演パンフレットを見てみたら、『枕中記〔ちんちゅうき〕』が岩波文庫から転載されていました。能ではなく、中国の書物が元だったようです。公演当時、私は当然このパンフレットを読んでいたはずなのですが、どこかで勘違いしてしまったのですね・・・。
みゆきさんは、何かの記事で、邯鄲の話を学校で習った、先生の言っていることはおかしいと思った、と語っていたと記憶しています。
漢文の授業で習ったのでしょうか?
私は学校で邯鄲は習いませんでした。

ブログの間違いは自分で気づかないとずっと間違えたまま。嘘が広まってしまったらどうしよう・・・。

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コメント

たとえ噂が広がってもブログ読ませていただきます!
間違うのはしかたがないことです、しかも膨大な情報量です。気がついたときにすぐに訂正なさるのがなにより素晴らしいですね、訂正することができるだけの探求をされている証拠!
今後もつぶやきやつぼやきを楽しみにしております。


まあ、こんな奇特なお方がいらっしゃるとは、恐縮です・・・。
いつもお読みくださり、ありがとうございます。

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