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2018年9月27日 (木)

寺子屋

森下文化センターで、靖太夫さんと錦糸さんの「寺子屋」を聞いてきました。
どうでもいいですが、森下文化センターの公式サイトに掲載されている地図では森下文化センターにはたどり着けないと思う・・・。

「寺子屋」を一段まるまる語るのではなく、合間に解説を入れながら、いくつかに区切って演奏されました。かなりカットが入っていて、松王丸の泣き笑いが省略されてビックリでした・・・。
演奏後に質問を受け付けていたので、なぜ泣き笑いがカットなのか訊こうかと思ったのですが、国立劇場の職員がそんなことを質問しては悪いかと思って黙っていました。何か言うに言われぬ切ない事情があったのかもしれませんし・・・。誰か代わりに質問してくれる人はいないかと思いましたが、いませんでした。ひょとして質問があったら演奏してくれるのではないかと期待したのですが・・・。

やっさんが「寺子屋」を一段語るのは、いつのことになるのやら・・・。

それで、今日の会とは直接関係のない話ですが、
太夫だったら「寺子屋」だの「太十」なんて語れて当たり前だと思うじゃないですか。
でも若い太夫がそのような名作を語る機会は少ない。
人前で語りたいという欲望がないのかと不思議に思うわけなのですが、師匠から教わらないと語れないのだそうですよ。だから本人の意思より師匠の意向が大きいのだそうです。
それから、どんなに意欲があっても、自分で素浄瑠璃の会を主催することはなかなか難しいと聞きます。上演に向けて稽古すること以外に、会場を押さえたり、宣伝したり、切符をさばいたり、なかなか出来ないのだそうです。
逆に言えば、そういうことをやってくれる人がいれば、語ってくれるみたいですけどね。

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