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2018年9月13日 (木)

実方の続き

先日このブログで、藤中将実方の逸話を記しました。その逸話を知った時、私はたいへん衝撃を受け、気の毒な人だと思ったのですが、実際はそれほど気の毒な人ではありませんでした。百人一首に採られた「かくとだにえやはいぶきのさしも草さしも知らじな燃ゆる思ひを」の作者が実方なのだそうです。百人一首に入ったら、それだけでもずいぶんな果報者と言えるでしょう。私もこの和歌は昔から知っていましたが、作者の人生なんて気にしたこともなくて、「熊谷陣屋」と結びつかなかったんですね。

そして実方は舞の名手でもあり、上賀茂神社の臨時祭で舞人に選ばれ、御手洗川に映った自分の美貌にしばし見とれた、という伝説も残っています。美形でモテモテだったんだそうですよ。自分の美貌に見とれるなんていう経験を私もしてみたいものだなあ。

そして、実方の死後だいぶ経ってから、西行が弔いの歌を詠んでいます。
「朽ちもせぬその名ばかりをとどめおきて枯れ野の薄〔すすき〕かたみにぞ見る」
・・・あの西行に歌を詠んでもらったら、実方だって成仏するのじゃなかろうか?

実方は、死んだあと雀になって都へ帰ったと言われていますが、この雀は藤原氏の寄宿舎であった勧学院で息絶え、そこに塚が築かれたそうです。この塚は「雀塚」として、勧学院の後身である更雀寺〔きょうじゃくじ〕に今も残されているそうな。(京都市左京区)

そして実方の墓は宮城県名取市に現存しています。松尾芭蕉がこの墓に行こうとしてたどり着けず、句を残しました。
「笠島〔かさしま〕はいづこ五月〔さつき〕のぬかり道〔みち〕」

そして『実方』という能も存在し、長く上演されていなかったのですが、平成5年に復曲されました。ワキは西行で、シテの実方が賀茂の祭りの舞を再現する、という内容。『阿古屋松〔あこやのまつ〕』という能もあり、こちらも先年、およそ580年ぶりに復曲されたのですが、陸奥の歌枕を探し回る実方が塩釜明神の助けにより最後の1つ「阿古屋の松」の場所を知るという内容です。

こんなに手厚く弔われているのですから、羨ましいくらいです。

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