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2019年1月15日 (火)

『慶安太平記』の評

神田松之丞さんの『慶安太平記』全19話・連続読み5日間公演に行ってきたわけなのです。

この『慶安太平記』は、今回の公演に合わせてネタを準備したのではなく、前座の頃から仕込んでおいたものなのだそうです。

ただ全部覚えたから、大好きだからといって、当時まだ前座だった松之丞には『慶安太平記』をかけられる高座がなかった。
「孤独な作業でした。全部覚えたって、やるところがない。それでも『一応、身体に入れとこう』と。浅草演芸ホールの開口一番で、時間前に上がって十七分もかけて「楠木不伝闇討ち」をやってみたり、いろいろ工夫しながら無理やりやってました。寄席の前座がやることじゃないかもしれない。でも、『慶安』の由井正雪のような大きな男の話をやっていると、せせこましい前座仕事なんて、やってられなくなるんですよ(笑)」(p51
神田松之丞:著『神田松之丞 講談入門』(河出書房新社)より

実際のところ、人気が出たからといって急に考え付いてやろうとしても、無理だと思います。1日2時間、5日間で計10時間の話を暗記するのはとても無理。落語と違って、固有名詞がたくさん登場するのです。戸村丹三郎、佐原重兵衛、牧野兵庫、柴田三郎兵衛、加藤市右衛門、奥村八郎右衛門・・・。それぞれに主君がいたり、親類がいたり、召使いがいたり。年号、地名、和歌、漢詩も登場します。私なんか、慣れ親しんだオペラ歌手の名前だってパッと出てこない時があるのに、講談は途切れなく次々に話を繋げていかなくてはならないし、常人にはとても無理。つまり登場人物全員と家族になるとか友達になるとか同僚になるとかいう感覚まで持っていかないと、語れないと思います。

松之丞 ・・・その頃「点取り」という稽古のやり方があったと聞いているのですが。
貞水 そう、点取りだったよ。
松之丞 私は、点取りというやり方をまったく知らない世代なんですが、どういうふうにやるものなのですか。
貞水 点取りっていうのはね、要するに書く物を持って前に座ってりゃいい。で、教えてくれる人が何か喋ってくれる。喋ってくれる最中に分からないことがあっても、それを遮って「今のは何ですか」とは聞かないよな。だから喋ってることをそのまま書くの。何を書くかと言うと、まず年号、人の名前、土地の名前、あるいは登場人物が移動した距離がどのくらいとか。こういうことは間違えちゃいけない。これは落語との違いだね。
松之丞 固有名詞ということですね。
貞水 うん、講釈師は「講釈の先生」って呼ばれるぐらいだから、人の名前などは間違えちゃいけない。(p223224
神田松之丞:著『神田松之丞 講談入門』(河出書房新社)より

芸能評論家の矢野誠一さんが、朝日新聞に『慶安太平記』初日の評を載せたのですが、これを松之丞さんがラジオですごく怒っていました。怒り心頭なんだそうです。(松之丞さんは常に怒り心頭)
酷評されたということなんですけれども、その記事を読んでみると貶〔けな〕しているというほどでもない?とか、むしろ全体の論調としては褒めているのでは?とか、ラジオ用に大袈裟に言っているのでは?という感想がネット上で見受けられました。

しかし、矢野誠一さんの評は、根本のところがおかしいと私は思うのです。今回の『慶安太平記』は、講談の世界に久々に大器が現れた、というような公演じゃないのです。
かつて存在し、長らく途絶えていた伝説の物語が、やっと姿を現したという画期的な出来事だったんです。他の公演と同列に論じてほしくないのです。何十年もやる人がいなかったんですから。A日程に通ったおそらく全員が『慶安太平記』連続読みを初めて体験したという、伝統芸能の世界では滅多に起こらない奇跡的な現象だった。
それはもちろん完璧ではなかったし、特に1話目は出来が良くなかったし、全編に亘って言い間違いがありました。でも今この人1人しか出来ないことをやっているのだし、ここが駄目だったとか、変だったとか、どうでもいいわけなんです。松之丞さんだけのことじゃなくて、「講談にはまだそれだけの力があった」という歓喜の公演だったわけ。

彼女の声は第一幕のカバレッタではずれた。反カラス派は喉を鳴らし、ブーイングを浴びせる者もいた。親カラス派は彼女を援護した。私たちの大半はひたすら彼女が続けてくれるよう祈った。勇気をふり絞って彼女は歌い続けた。悲しいことに、声がはずれることなど大した問題ではないと悟らない愚か者がいた。私は激怒した。この馬鹿どもは、些細なきずはあっても彼女のノルマは最も偉大な解釈であり、確実に現代最高の歌唱だと理解出来ないのだろうか。(p347
フランコ・ゼッフィレッリ:著、木村博江:訳『ゼッフィレッリ自伝』より

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コメント

朝日の夕刊記事(2019.1.10.文化面)見てみました。50年というとすごい空白ですね、普通だとコメントを依頼されても辞退するぐらいの。その間その芸能を全く観ていないのですから。ふくきちさんがむきになるのも当然です。文化欄は「日経」の夕刊が結構いいですよ。優れた論者に依頼していることが多いです。
ところで昨日土曜日、映画「私は、マリア・カラス」を観てきました(2019.1.19.10:50~ at Le Cinema)。昨年から上映されているのは知っていたのですが、なかなか観に行けなくて、このまま上映期間が終わってしまうのでは?(これまでぐずぐずして見逃した映画が結構あるので)と思って、都合をつけて渋谷まで行ってきました。会場はほとんど年配者ばかり二分の一位の入りだったでしょうか。映画は、カラスの歌声を各処にちりばめ、秘蔵映像やインタヴューを進める形で進行し、檜舞台での活躍と私生活の愛憎入り乱れる姿をえぐり出している。カラスと言えども生身の人間なのだから、超人やロボットでないのだから、体調が悪い時も有りますよ。しかしソプラノ歌手の体調不良が「声」そのものの時は深刻。最初から中止とか延期にすれば良かったのに。途中公演中止は最悪の事態です。それもローマ歌劇場とMETで二回もやらかしたのでは非難の声も上がるでしょう。恐らく責任感と自信の非常に強い人だったのでしょう。インタヴューでカラスが「たんに気管支炎なのだから」と言う陰にはまた元通り歌える声に完全回復するという自信が窺える。最初から代役を立てることには不安があったのかも知れない。代役に主役の座を取られる不安もあったでしょう、テバルディーのケースの様に。(公演延期という方法はあまり聞かないですね。もろもろのスケジュールが合わなくなってしまうからでしょうか。)しかし10年間程の最盛期とはいえ、大歌劇場であれだけの大活躍をしたのだから史上最強のディーヴァの名をほしいままにしたのも理解できます。それにしても同じ歌手でも歌い方が変わるものなのですね。ふくきちさんも昨年“グルベローヴァのルチアは、昔の録音を聞くと歌い方に変な癖があってあまり好きじゃなかったのですが、途中からずいぶん歌い方が変わりましたね”と書いていますが、カラスも最盛期を過ぎ、独特の声の質と響きが変わって来た様に思います。最盛期の歌より、再起を図ったコンサートツアーでの(多分ロンドンリサイタルだと思いますが)哀愁を帯びて切々と歌うノルマの『清らかな女神よ』を見た時には、思わず拍手と歓声を上げたいくらいでした。終了が1時近く、2時間の長い映画でしたが見た甲斐が有りました。
 その後文化村のレストランで昼食をとりデパ地下の珈琲屋さんでコーヒータイムのあと若干のショッピングとウインドショッピングをしていたら、デパート一階で何やら大きな歌声がするので、行ってみたところ「グッチ」と「エルメス」の店舗の間の通路で椿姫の乾杯の歌を歌っている。周りは結構な人だかり。パンフレットを貰って見たら、二期会オペラ「金閣寺」の前宣伝のイベントでした。出場歌手4人が歌っているとのこと。ソプラノ林正子さん、テノール高田正人さんのデュエットの後、メッゾの郷家暁子さんのカルメン、それにバリトンの与那城敬さんが加わってデュエット、最後に四人で四重唱(いずれも伴奏石野真穂さん)と短時間(20~30分かな?)ではありましたが、ミニコンサートを思いがけず聴けて得した感じがしました。それにしても日本人歌手もレベルが随分上がっていますね。二三メートルの至近距離からの歌声は大劇場で聴く声とは全く違った迫力が有りました。オペラのそもそもの始まりや大昔の西欧のサロンオペラでは、貴族や王侯などが至近距離で観劇したのでしょうから、こんな聴こえ方だったのかな?クラッシック界の人も「SHIBUYA 109」前広場や地下鉄広場でミニコンサートをやれないのかな?(5月の有楽町での音楽祭ではそれに近いことをやっていたみたい。)クラシックストリートオペラミュージュシャンはいないのかな?思い切って街に飛びこみ活動して、街の人に浸透しファン層を広げていくことなど無理ですかね?パリの地下鉄ではオペラ座の元主力ソプラノだった人が歌っていたり、日本では「ゆず」「いきものがかり」「YUI」などの例がある様ですが。


大道芸でオペラアリアを歌っている人は見たことがないですね~。いたら楽しそうですけど、どれくらい人が集まりますかねえ。

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