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2019年1月13日 (日)

必死のお願い

国立劇場の「5月文楽公演」の演目が発表になりました。『妹背山婦女庭訓〔いもせやま おんなていきん〕』の通し公演です。第1部と第2部に分けて上演されますが(別料金)、午前10時30分開演で午後9時終演予定、10時間以上の公演となります。

ここで、このブログをお読みいただいている方々に、私からお願いがあるのですが、5月文楽公演『妹背山婦女庭訓』は、どんなことがあっても絶対に見逃さないでいただきたいのです。そして、絶対に「通しで」見ていただきたい。
(時間がないとか、お金がないという理由で、「第2部だけ見る」という選択はあるかもしれませんが、「第1部だけ見る」というのはあり得ない選択です。話が尻切れトンボになりますので。)

私が初めて文楽を見たのは平成4年の『本朝廿四孝』、2度目が平成5年の『妹背山婦女庭訓』でした。自分でチケットを取ったのではなく、母親がチケットをくれたのでした。
私は貧乏学生で、見たい歌舞伎も満足に見られない状況でしたから、文楽のチケットを自分で買うことは考えたこともありませんでした。この2つの文楽公演を生で見られたことは、今でも感謝しています。

この時の『妹背山婦女庭訓』は本当に衝撃的なほど感動しました。こんなにすごい物語が日本にあったのかと驚きました。
「妹山背山の段」では、若い恋人が川越しに会話を交わす序盤から涙が止まらなくなり、そのあとずっと泣きっぱなし。体中の水分が全て涙になって流れ出るのではないかと思いました。見終わったらもう放心状態で、「カタルシスって、こういうことをいうんだなあ」と思ったものです。

「カタルシス」を実際に体験する機会というのは、そう度々あるものではないと思います。

この時の上演では、「妹山背山の段」は第1部で上演されました。今度の5月は、この段が第2部で上演されます。つまり、見せ場が第2部に集中しているのです。
そうすると第1部が売れなくなってしまうということで、平成5年の上演時は、話の順番を入れ替えて「妹山背山の段」を無理やり第1部に押し込んだわけなのです。でも研究者の方々からは原作からの改変を批判されていました。
今度の5月公演では、『妹背山婦女庭訓』が久々にやっと本来の姿を現すという記念碑的な公演となるでしょう。

文楽公演で、時代物の通し上演が減っていますけれども、やっぱり実現するのが大変なんですよね。お客様には分からないことでしょうけれども・・・。
平成5年の上演時とは、太夫の陣容もだいぶ変わり、この作品の本来の魅力をどの程度再現できるのかまるで予測がつきませんが、とにかく名作であり、貴重な機会なのですから、「絶対に見逃さないでいただきたい」と強くおすすめしておきます。

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2 文楽」カテゴリの記事

コメント

ふくきち様、年初から楽しい記事、うれしい情報をありがとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。

5月文楽通し公演万歳!必ず観ます。玉三郎さんのコンサートが5月なので、文楽と重ならないように休みをとらねばと思っていたところのお知らせでした。2日間は平日休みを計画します。

ところで先日ブログで書かれていた咲寿太夫さんの「あと30年生きるとして」について、私もふくきちさんと同じように、明日死ぬかもしれないのに、観るべきものは早く観ておかないと、の勢いで散財しておりますが、先月の文楽鑑賞教室で解説担当の玉翔さんが
「この世界では足10年左遣い10年と言われているのに、私は足を20年やっています、師匠になぜかと尋ねたら、寿命が延びたから
といわれました」と言ってらしたんですね。
咲寿太夫さんは足遣いではありませんけど、残り30年生きる自信があるというよりも、生きていく想定がないともうやってられないし、不安がよぎっても、死ぬなんて考えちゃいけない、と思っていらっしゃるのではないでしょうか。

ところで、国立劇場の古い文楽視聴資料はなぜ音声しかないものが多いのですか?もちろん太夫も三味線だけもよいのですが、
人形と合わせてみたいのです。
紋十郎さんの阿古屋は映像がありましたが、それより後に公演された、通しの朝顔話は欧州巡業帰朝記念として通しですのに、
最後の宿屋大井川のほうしか映像がありません。
実は上記阿古屋を観た時、サワリの箇所の映像が、阿古屋が半分、重忠は長袴だけ、という、何を観たらいいのかわからない映像になっていまして、もしやこれが人形遣いの皆さまの怒りをかい撮影できなくなったのでは、などと変な想像をしてしまいました。
歌舞伎資料では同時期でも音だけというのはあるのかもしれせんが、まだあたったことがありません。


国立劇場の記録映像は、ちゃんと残っていないケースがありますね。国立劇場は貧乏なので、記録録画を行わなかった公演も多いですし、記録していたのに部分的に欠損している場合もありますし、映像がカラーになったのは昭和52年からですからねえ。(私は昭和46年生まれですが、白黒テレビを見たことがありません)

・フィルムが高価で気軽に録画できなかった

初期の舞踊公演なんて、記録映像が残っていたらお宝だったと思いますけども・・・。

でも歌右衛門さんの玉手御前とか、玉三郎さんの八百屋のお七とか、「映像が残っていて良かった!」と思える公演もありますよ。先代芝翫さんの「娘道成寺」も、何種類か映像がありますが、国立の歌舞伎公演の映像がいいですね。

でも国立劇場の視聴覚室は雰囲気が暗いですよね・・・。


さっそくのご回答ありがとうございます、確かに昔はフィルムが高価で、家庭では8ミリでした。
習慣的にも記録として写真を撮ることはあっても毎回映像を撮るということはまず気楽に考えられないかもしれません。

歌右衛門さんの玉手御前はリスト済みです!記録では15日まで芝翫さんがなさっているようで、いずれにしましても観たいなと思っていたのですが、歌右衛門さんでしたか!
本作歌舞伎座版が松竹の懐かし堂企画で上映された時、いらしていた皆さまもあの凄みに圧倒されたようで、観終わった後ようやく聞こえてきた言葉が「凄かったね…」でした。

芝翫さんの道成寺、御情報ありがとうございます、これも観てみます。こういう芯からお上手な方がいなくなり、悲しいことですが、
玉三郎さんがお写しに励まれていらっしゃいますので、若手さんに期待をして観続けようとおもいます。


途中まで芝翫さんが代役で玉手御前を演じて、途中から歌右衛門さんが勤めたわけですが、記録映像は両方残っていたと思います。聞いた話では、この時、歌右衛門さんは骨折していたのに出演して、「藤雄さんの執念には誰もかなわない」と幕内で評判だったとか・・・(?)
どうしても国立の記録映像に自分の玉手を残したかったのではないでしょうか・・・(?)


え!お二人のを観ることができるんですね!なんともうれしい限りです。
骨折を忍ての、とはさすが。歌右衛門さんについての語りを聞くと、激しくてぎょっとすることがありますが、玉手御前という役柄にはその異様な執心がハマりましたね。
楽しみにお二人分鑑賞してまいります。
ありがとうございました!


国立劇場の視聴室や、東京文化会館の音楽資料室は、かなり楽しめますよね。時間があればですが・・・。

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