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2019年2月25日 (月)

区別つきますか?

あれは1年ほど前のことでした。
(この記事は1年前に書こうと思ったのですが、書く時間がなかったのです)

当時、私は国立劇場の編集企画室で働いておりました。昔は「編集係」という名称だったと思うのですが、いつからか「編集企画室」となった部署です。係の名前を変えたがる権力者がいるらしく、だんだん覚えにくい名前になっていく傾向があるようです。

同じ係に、就職して1年ほどの新人さんがいました。1年目の人に伝統芸能のプログラムの編集業務をさせるというのも、すごい職場だなあといつも思います。

その新人さんから尋ねられたのです。「柳川さん、長唄と清元って区別つきますか?」って。その方は、実際に聞いてみて、区別がつかなったそうなんです。
見分け方として、よく「肩衣の色が違う」とか「見台が違う」などと言われますが、新人さんが知りたいのはそういうことではなく、あくまでも音楽としての違いが分からなかったということなのです。
・長唄は「唄い物」、清元は「語り物」であり、「語り物」にはストーリーがある
・清元のほうが全体的に声域が高い
・三味線の音色が明確に違う
などと説明しましたが、聞いて分からなかったものは仕方がない・・・。

私が歌舞伎を見始めた頃は、歌舞伎で演奏される音楽について、大学のサークル(歌舞伎研究会)の先輩が説明してくれましたし、「この演目で使われる音楽は●●」というように演目とセットで自然に覚えていきました。第一、その頃は志寿太夫さんが活躍していたのですから、清元と言えば志寿太夫であり、間違えようがなかったのです。

このあいだ、就職して10年くらい経つ方から「義太夫と長唄の区別がよく分からない」と言われて、非常に驚きました。

「清元節」「常磐津節」「義太夫節」というように、語り物には名称の後ろに「節」が付きますけれども、この「節」というのが何なのか考えてみますと、「真っ直ぐでない」という意味ではないでしょうか。竹で言えば、真っ直ぐなところと、曲がっているところがあり、曲がっているところが「節」です。つまり、語り物は旋律がくねくね曲がっているわけです。

日本の音曲には楽譜がありません。三味線には譜がありますけれども、声には楽譜がない。楽譜に書き起こせないくらいに複雑だからだと思います。浪花節の形容で「まるでチョウチョが舞うような」というのを聞いたことがありますが、予測できないくらいヒラヒラと細かく変化し続けて、音を「点から点」で表現しているのではないので採譜できないのです。

竹本住太夫師匠が、よく「私は不器用で、覚えが悪くて」と仰っていました。楽譜に書けないくらい複雑なものを、耳で聞いて全部覚えなくてはいけないわけです。

鶴澤清介師匠にインタビューをさせていただいたことがあるのですが、最近の若い太夫の浄瑠璃は唱歌みたいだと仰っていました。手本を手本のとおりに聞き取る能力がないのだそうです。頭の中で勝手に簡略化してしまう。まるで音符から音符へと辿っていくように簡略化。

つまり、聞き取るだけのことでも、能力が必要とされるわけです。能力がないと聞き取れないのです。

現代人は先に西洋音楽に接するので、音楽というのは点と点をつないでゆくものだと思い込んでいるのではないでしょうか。西洋音楽では、1つの音符から次の音符へ移る時は基本的に「レガート(滑らかにつなぐ)」であり、他のつなぎ方には、たかだか「ポルタメント」「ポルタート」「グリッサンド」「スタッカート」くらいの変化しかありません。

百年に一度の声と言われた伝説のオペラ歌手マリア・カラスは、
ベルカントとは歌い方です。それは訓練であり、歌う方法、歌へのアプローチです。単に音に触れるだけでは絶対にいけません。例えば、レガートとは「すべること」ではなくて、レガートなのです。レガート、ポルタート、ポルタメント等には区別があり、数千の表現があります。何年も声をコントロールして、そうしたことができるようにする。ベルカントとはまさしく訓練なのです。
と言っています。音符に書かれていないことを表現できたことで、マリア・カラスは歴史に名を残したのだと思います。(「単に音に触れるだけ」とは、「楽譜に書かれたとおりに歌っているだけ」という意味でしょう)
そして、ベルカントについて説明する時、音と音とのつなぎ方について言及している点がたいへん興味深いところです。

昔は歌謡曲にさえ節があったものですが、日本の音曲からだんだん節が消えてきているように感じます。人間業とは思われない、まるで魔法を聞いているような声の魅力が。特徴がなくなってきたと言うのでしょうか。

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