« 2019年2月 | トップページ | 2019年4月 »

2019年3月

2019年3月31日 (日)

国立演芸場

国立演芸場が今年で開場から40年経つのだそうです。
正式名称は「国立演芸資料館」と言う。
金馬さんや柳昇さんや貞鳳さんが設立に尽力したのだそうです。
「作ってほしい」という運動をした人がいたのです。
そうすると「なぜ国が演芸場を運営しなければいけないのか?」という反対論とか慎重論が出て、「国立演芸場」という名目では通らなかったわけなんですね。「国立演芸資料館」なら通ったんでしょう。(私はそのように聞いております)
都内には先に落語の定席が4軒ありましたから、よく設立されたなあと思います。
「民間で出来ることは国はやらない」って、ずっと言われていますから。
国立能楽堂や国立文楽劇場より先に建ったのがすごいと思う。
でも複雑な舞台機構とか必要ないですし、あまりお金がかかっていないと思う。

出来た当初、ビートたけしさんが怒っていた。国立劇場の裏手になんか建てやがって、って。演芸を馬鹿にしてるって。
確かに設計がひどい感じがする。

私が平成7年に日本芸術文化振興会に就職した時、最初に配属されたのが国立演芸場でした。
歌舞伎や文楽が好きだと言って就職しているのに、なぜ演芸場に配属なのかと思ってガッカリしました。
その後、演芸に夢中になっていた時期もあった。
いま、演芸熱がちょっと回帰している感じ。

就職する前から国立劇場には何度も行っていたのですが、国立演芸場には一度も入ったことがなかった。建物の前は何度も通ったけれど、入っていはいけない雰囲気だったから。
建物の前を何度も通っても、興味がなければ入らないと思う。
たとえば毎日皇居マラソンをしていて、国立劇場を毎日眺めている人でも、興味がなければ中には入らないと思う。

国立演芸場の1階は、チケットを持っていなくても入れるのです。
正式には演芸資料館なので、資料展示室があって、演芸関係の資料を展示しています。タダで入れます。
でも入る人はあまりいないと思う。
国立劇場に歌舞伎を見に来たお客様とか、国立演芸場には寄らないと思う。
入りづらい雰囲気の建物だから。何もアピールしていませんし。

昔は1階に図書閲覧室がありました。演芸資料館なので。
でも今はありません。お金がなくて維持できなくなったんですね。
(演芸関係の図書は、伝統芸能情報館で閲覧できます)

私が就職する直前まで、ロビーには大きな提灯がぶら下がっていました。それが演芸場らしい雰囲気を醸していたのだと思いますが、なくなってしまいました。

私が働いていた頃は、主催公演では有料のプログラムを販売していましたが、今は無料で配布しています。昔のプログラムは、寄稿があったり似顔絵が載っていたりしました。それだけのパワーがあったんですね。

国の演芸場ということで、しがらみがないので、立川流や圓楽一門も出演します。
それから上方の人も出ますね。予算的になかなか呼べないみたいですけど。

談志師匠は国立演芸場で独演会をしていましたね。貸し劇場ですけどね。好きな小屋だったんじゃないですか。フラっと公演を見に来ることもありましたねえ。

照明設備とか音響設備は、すごく充実していると思う。そういうものの導入に熱意を燃やした職員がいたから。
そういうことに熱意を持つ人って、少ないんですよね。普通は。仕事が増えるわけですから。

小屋のサイズは、演芸にはベストという感じがする。
建物の周辺の寂しい雰囲気が寂しい。

国立劇場の運営について、なぜ国が歌舞伎の公演をしなくてはいけないのか?ということは、もうずっと言われ続けているのですが、国立演芸場の運営について疑問が呈されるのはこれまで聞いたことがないですね。

トーハク

トーハク(東博、東京国立博物館)の本館の収蔵品展って、どうしてあんなに駄目なんでしょうかねえ?浮世絵の展示は、まあまあ良いのではないかと思うのですが、他はほとんど駄目ですね。
特に酷いのが「仏教の美術」ですよ。経典の展示ケースの蛍光灯がずっとチカチカしているんですよ。もう何年もずっとそう。解説も全然足りていません。
それから「宮廷の美術」で展示されている古筆が、左から右へ見ていく導線になっているのが最悪です。あり得ぬ導線です。古筆にとって死活問題です。そして、翻刻くらい全作品に付けたらどうなんでしょう。
トーハクは作品のことを馬鹿にしてるんじゃないかと思って行くたびに腹が立つ。
印籠の展示なんて、作品が全然見えないもの。
1階の「漆工」の部屋は、照明が暗くて、ずっと変な音がしていて、陰気で、せっかくの美しい作品が全然美しくない。作品の金色が金色に見えなくて、黄土色に見える。なぜあのような、暗闇の中で蝋燭の光で見ているような不自然な照明なのか、全く理解に苦しむ。
そして全体的に、作品が遠い。いま展示されている古筆の「村雲切」なんて、肉眼では何も見えない。どういうつもりで展示しているのだろう?
とにかくトーハクは作品への愛が感じられない。
作品解説で書かれていることが肉眼で確かめられないくらい作品が遠い。
「上杉家伝来の能面・能装束」は、特別室の照明は綺麗だった。たんぽぽの唐織、芥子の唐織とか、牡丹唐草の狩衣など、本当に綺麗だった。ところが第9室は照明も作品の置き方も悪くて作品の魅力が全然出ていない。本当はもっと綺麗な作品のはずなのに。
トーハクは駄目なまま時が止まっている。

2019年3月28日 (木)

どうでえ、義公

3月の歌舞伎座で、『傀儡師』が上演されました。
私は1度も見たことのない演目だったので、楽しみにしていました。

筋書に掲載された出演者の聞き書きによりますと、今回の幸四郎さんの『傀儡師』は、坂東流の振付だったのだそうです。

十代目の三津五郎さんは『傀儡師』を踊ったことがあったのでしょうか?どうして私に『傀儡師』を見せてくれなかったのだろう。

『傀儡師』が上演されるのは、歌舞伎公演では平成3年以来だそうですが、国立劇場などの日本舞踊公演では、ときどき上演されています。踊りの上手い人でないと踊れないし、また下手な人が無理して踊る必要もない演目なので、「踊りの名人の証し」のようなものなのだと思います。

この踊りは、人形遣いが人形を遣うという設定ですが、舞台上では人形遣い本人が人形の役を次々と踊るという複雑な構成になっています。内容は、世話物から「八百屋お七」、時代物から「源義経」が取り上げられています。そして詞章の上でクライマックスとなるのが「奇妙頂礼どら娘」と「どうでえ、義公」の2か所だと思うのです。非常に味わい深い表現ですが、観客にどの程度伝わっているのか、はなはだ心もとない。

「どうでえ、義公」は、出版された本によって「どうだえ義公」「どうだ義公」「どうで義公」など様々な書き方があるようですが、舞台上の清元は「どーでー、よしこー」というふうに言っています。
能の『船弁慶〔ふなべんけい〕』や、そこから派生した歌舞伎の『船弁慶』などで有名な知盛のせりふに「いかに、義経」というのがありますが、「どうでえ、義公」は「いかに、義経」を砕けた言い方で言っただけであり、内容は同じだと思います。
つまり「久しぶりだな、最近どう?」「どうしてる?」「How are you?」というような意味。
アメリカ人のことを「アメ公」と言ったり、警察官のことを「ポリ公」と言ったり、忠犬の名前が「ハチ公」だったりすることから分かるように、相手を小馬鹿にしたような言い方ですね。

この「どうでえ、義公」を、一体どんなふうに語るのかなと思っていたのですが、義経に対する知盛の恨みなんて全然感じさせない飄逸な表現でした。予測を裏切るというのか、こういうのが清元の醍醐味なんだなあと思いました。

2019年3月25日 (月)

あなただけよ

モーツァルトのオペラには、よく「恋愛の相手は誰でもいい」という柔軟な考えの人物が登場しますが、その一方で「この人でないと駄目」というような、意固地なキャラクターもオペラにはよく登場します。ウェルテルはその代表格。

新国の《ウェルテル》を見た人に感想を聞いたところ、「ウェルテルの気持ちが全く理解できない」という人がいました。「ソフィーのほうが可愛いのに」と言っていました。それを聞いて、きっとこの人は、「この人でないと駄目」という種類の恋をしたことがないのだろうと思いました。

別の人の感想では「シャルロットが許せない」というのがありました。「変に気を持たせるところが許せない」のだそうです。きっとこの人は、「この人でないと駄目」という種類の恋しかしたことがないのだろうと思いました。

シャルロットは、実はウェルテルのことが好きだったらしいけれど、現実には母親の決めた婚約者アルベールと結婚した。つまり「アルベールでないと駄目」というわけではなかった。母親が別の人を指定したら、別の人と結婚したのだろう。

結局、どちらが幸せなのだろう?

主人公の猛アタック

新国で《ウェルテル》を見ていて、主人公の押しの強さに改めて驚いたところです。
ほぼストーカーって言うのか・・・。
少しは相手のこと考えてるのかな?
すごく自分に自信がある感じですよね。
「彼女の母親が決めた婚約者さえいなければ」という設定でした?
(そんな話でしたっけ??)

先日、シアターオーブで「パリのアメリカ人」というミュージカルを見て来ました。
ジーン・ケリー主演の昔の同名映画とは、ずいぶん趣きの異なる内容でした。
パリに住んでいるアメリカ人の役を日本人が演じるという、なかなか想像力を必要とする作品。
しかし舞台というものは男が女を演じたり、女が男を演じたり、若者が老人を演じたり、要するに自分でない者の人生を生きるのが演技というもの。
でもパリらしさとかアメリカ人らしさは、今回の演技からはあまり感じられなかったですねえ。
アメリカ人らしさと言えば、主人公の押しの強さがアメリカを感じさせました。
好きな女性に猛アタック。
相手もその気があったからいいけれど、そうでなかったら大変ですね。
(そうでないことのほうが人生では多いのでは・・・)

「押しの強い主人公が、好きな女性に猛アタック」と言えば、「ニューヨーク・ニューヨーク」という映画がありました。
一応、ミュージカル映画に分類されるのでしょうか。
あまりの猛アタックに開いた口が塞がらない。
ところでこの映画、ライザ・ミネリの歌唱力が素晴らしいです。
私もいろいろなミュージカル映画を見ましたが、当然ながらオペラに比べるとだいぶ歌唱力が劣ります。
ミュージカルで「この歌手はすごい!」と私が思ったのは、ライザ・ミネリとネイサン・レインくらいですかね。
あとは「野郎どもと女たち」のマーロン・ブランドは総合的に上手いと思いました。
「ニューヨーク・ニューヨーク」は、とても切ない終わり方をするのですが、特典映像として「ハッピーエンド版」のテイクがDVDに収録されていました。「いやあ、この話でハッピーエンドはないだろう」と思いました。

私の好きなミュージカル映画に「スイート・チャリティ」というのがあるのですが、この作品はあんまり有名じゃないですね。
すごく悲しい結末なんですけど、このDVDもなぜか特典映像として「ハッピーエンド版」が入っているのです。
「そのハッピーエンドはあり得ないだろう」とツッコミを入れたくなるところですが、出資者を納得させるために撮影しなくちゃいけなかったんですかねえ?

2019年3月24日 (日)

老いたウェルテルの悩み

何だかもう、ウチのパソコンがそろそろ駄目みたい・・・。

先日、新国立劇場で《ウェルテル》を見てきたのです。
《ウェルテル》を見るのは3度目でした。
最初に見た時はとても小さな会場で、ピアノ伴奏形式でした。その公演の前後で原作小説も読みました。
2度目は新国で、ディミトリー・コルチャックがウェルテル役を歌った時です。こんな二枚目が叶わぬ恋で自殺をするのなら、世の不細工たちはどうやって生きていけばいいのだろうか、それを示すオペラこそが望まれているのではなかろうか・・・などと思いました。

拳銃で自殺する時に、胸を撃つ人って、いるものなのでしょうか?
拳銃で死ぬなら、やはり頭ではないでしょうか?苦しまずに死ねそうだもの。
死ぬことを決めてから、本当に死ぬまでの最短距離を狙うなら頭。胸ではない。
でも頭を撃ったらもう歌えない・・・。(オペラ的制約)

ウェルテルが胸を撃ってから死ぬまでの時間を計っていた人がいて、約15分だったそうです。
勘平さんだって、腹を切ってから死ぬまで長いじゃない?って言ったら、勘平は5分くらいだそうな。
塩谷判官でも10分くらいだって。
(切腹はなかなか死なないそうだから、別に不自然ではない)
ウェルテル長すぎじゃない?

しかもその間に「実は私も好きだったんです」みたいなハッピーエンド要素が盛り込まれていたりして・・・。
自殺はするけれど、神を否定はしない。
キリスト教では自殺は罪なのだそうですが、それは聖書に書かれているのでしょうか?
教会が勝手に言っているだけなのでしょうか?

日本では自殺は別に罪ではないでしょう。
お気の毒に、と思います。
でも死ぬ場所は選んでほしいですよね。

ウェルテルが死んだ本棚の部屋、あれはどこなのかと思ったら、ウェルテルの家の中らしい。
なぜ子供たちの歌声が聞こえてくるのだろう?

2019年3月18日 (月)

『傀儡師』あれこれ

今月の歌舞伎座で、清元の舞踊『傀儡師』が上演されています。私は平成4年から歌舞伎を見始めたのですが、『傀儡師』を見るのは今回が初めて。
個人的に、歌舞伎の公演では「この演目を見るのは今回が初めて」ということが大層少なくなってきているので、新鮮な心持ちがいたします。

『傀儡師』と言いますと、大和屋の踊りという印象が強いですが、松本流でも大事にしている曲なのだそうです。坂東流と松本流とでは、振付も演出も異なりますが、一番の違いは「唐子〔からこ〕が出るか出ないか」という点です。唐子というのは中国風の服装をした子供の人形(唐子人形)のことで、子役が演じます。先年亡くなられた十代目の三津五郎さんが、七代目三津五郎(曽祖父)に抱かれて初お目見得をしたのも、唐子の役でした。松本流では唐子は出さないそうです。(坂東流でも、大きな公演でないと出さないそうですが)
傀儡師の衣裳にもたいてい唐子が描かれています。

たくさんの役を1人で踊り分けるのですが、主題としては、世話物から「八百屋お七」、時代物から「源義経」の2つです。ボーッっと見ていると、何が行われているのか分からないうちに幕が閉まってしまいます。

『傀儡師』における「八百屋お七」は、歌舞伎でよく上演される人形振りの踊りとは全然違う物語です。
1.火事が起こって家が焼けてしまった
2.寺に避難した
3.寺の小姓・吉三郎に恋をした
4.やがて家が建て直ったので、家に帰ることになった
5.吉三郎に会えなくなった
6.もう一度火事になれば、また吉三郎に会えるだろうと思って、放火した
7.処刑された
そんな馬鹿な女が本当にいたの?と誰もが疑うわけですが、「私は信じますよ」というのが「奇妙頂礼どら娘」という詞章の意味だろうと思います。

弁長〔べんちょう〕という人物は、八百屋お七の物語に登場する定番の脇役ですが、『傀儡師』で描かれる弁長は、ちょぼくれ坊主となっています。ちょぼくれは浪曲の源流とも言われ、音楽に乗せていろいろな物語を語る大道芸ですね。
八百屋お七という人は、町の人々の噂の種であり、関心の的だったので、面白おかしく話をして人々から銭をもらう「事情通」がいたのでしょう。

ところで、あなたはお七を信じますか?そんな女が本当にいたのだという話を信じますか?実際にあった事件なのだそうですが・・・。(「八百屋お七」で検索してみてください)

2019年3月17日 (日)

清元『傀儡師』

今月の歌舞伎座で上演されている清元『傀儡師』の詞章解釈を載せておきます。

野原に一本だけ生えている薄〔すすき〕は、穂が出て初めて「ああ、これって薄だったんだなあ」と分かる。(穂が出ないと何の草だか分からない)
野辺の露のように、誰にも気づかれず短い間に消えていくものもあるが、一方でこの薄のように、時を経てようやく本性を表すものもある。
「恋草」という草を見たことありますか。幼い頃には知らなかった恋というものが、年を経てどのような花を咲かせ、どのような実がなるのか。
「筑波嶺〔つくばね〕の峰より落つるみなの川 恋ぞつもりて淵〔ふち〕となりぬる」という有名な和歌があるけれど、いいえ、淵ではありません。恋がつもると花嫁になるのです。画策して手順を踏んで仲人を頼み、めでたく祝言をし、女の仕事をこなし、彼女は三人の子宝に恵まれた。
長男は遊び人になってしまい、とても家督を継げそうにない。次男は反動からか堅物になり、もう少し愛想があればいいのにと思うけれど、親の思ったようには育たぬもの。でもこの子が家業を継ぐのだろう。三男はもう家の中にポジションがないので寺へ見習いに出した。器量が良いから、きっと寺でやっていけるだろう。

(このあとの詞章は、読めばだいたい分かるでしょう・・・)

2019年3月11日 (月)

手占

狂言で、「有名なのに見たことがない曲」がいろいろあるのですが、このところ「花子」を立て続けに見る機会に恵まれました。同じ曲でも、演じる人によって全然違う印象になるものですね。同じ家でもずいぶん違います。

きのう、「菌〔くさびら〕」を見てきました。「菌」を見るのは2度目でしたが、この曲もいろいろなやり方があるようです。「茸」と書くこともあります。
家の中にやたらキノコ(くさびら)が生えてきて困るので、山伏に祈り伏せてもらおうとしたところ、余計たくさん生えてくる、という愉快な作品です。
この山伏の祈祷の最初のほうで、「てうら」というのをするのです。私はハッとしました。『鎌倉三代記』の高綱の「物語」の場面で、吉右衛門さんの演じる高綱がしていた手の動きと同じだったのです。
漢字で書くと「手占」で、占いのやり方の1つだそうですが、高綱のセリフに出てくるわけではないので、ずっと何のことだか分からなかったのでした。名前が分からないと調べられないのですね。ただ何か、すごく怪しい雰囲気が漂い始める、ということだけがひしひしと伝わってきました。
「菌」の山伏のセリフで「手占」という言葉を知ったのですが、名前が分かるというのは、すごいことですね。

2019年3月10日 (日)

京鹿子娘道成寺

5月の歌舞伎座で、『京鹿子娘道成寺』が上演されます。これは新しい歌舞伎座で初めての上演となります。福助さんの歌右衛門襲名で上演されるはずだったのが、流れてしまい、誰が踊ることになるのかなと思っていました。福助さんのご子息の児太郎さんが踊るのか、鷹之資さんが二十歳になった時に富十郎を襲名して踊るのか、などと考えていましたが、菊之助さんが踊るそうですね。

こんなに長く『娘道成寺』が上演されなかったのは、初めてのことではないでしょうか。まるで時が止まってしまったかのようでした。止まっていた時が、また動き始めるんですね。

『娘道成寺』は何度も見てきましたが、ずっと歌詞の意味が分かりませんでした。部分部分の単語の意味は分かっても、全体として意味が分からない。
ところがある時、突然、歌詞の意味が分かったのです。これは私にとって、たいへん衝撃的な出来事でした。

2010年に書いた記事を、少し手直しして、ここに再掲載しておきます。

『京鹿子娘道成寺』「道行〔みちゆき〕

〔つき〕は程〔ほど〕なく入汐〔いりしお〕の 煙〔けむり〕〔み〕ち来る小松原〔こまつばら〕 急ぐとすれど振袖〔ふりそで〕の びらり帽子〔ぼうし〕のふわふわと
しどけなりふり ああ恥ずかしや 縁
〔えん〕を結ぶの神ならで 花の御山〔みやま〕へ物好〔ものず〕き参り 味な娘〔むすめ〕と人ごとに 笑わば笑え浜千鳥〔はまちどり〕
君と寝〔ぬ〕る夜〔よ〕の後朝〔きぬぎぬ〕を 思えば憎〔にく〕や暁〔あかつき〕の 鐘も砕けよ撞木〔しゅもく〕も折れよ さりとてはさりとては 縁〔えん〕の柵〔しがらみ〕せきとめて
恋をする身は浜辺
〔はまべ〕の千鳥〔ちどり〕〔よ〕ごと夜ごとに袖〔そで〕〔しぼ〕る しょんがえ 可愛〔かあい〕可愛と引きしめて しょんがえ 交わす枕のかねごとも
〔た〕の面〔も〕に落つる雁〔かり〕の声〔こえ〕 ただ我〔われ〕をのみ追い来るかと 科〔とが〕なき鐘を恨〔うら〕みしも この罪科〔つみとが〕の数々〔かずかず〕を 読めども尽〔つ〕きじ真砂路〔まさごじ〕 急ぐ心〔こころ〕は花〔はな〕早き 道成寺にこそ着きにけり 道成寺にこそ着きにけり

上に記したのは、現行の竹本の詞章です。むかしは、家ごとに異なる曲を使ったそうです。十代目の三津五郎さんは常磐津で踊りました。しかし現在、大抵は上記の竹本の詞章で上演されます。

そもそも『京鹿子娘道成寺』は、『男伊達初買曽我
〔おとこだてはつかいそが〕』という長い芝居の、最後の部分の舞踊です。「法界坊〔ほうかいぼう〕」と同じ構成ですね。最後の部分だけ舞踊になっているのです。その前の芝居の部分は、残念ながら台本が残っていません。初演時の役名は、清姫ではなく「よこぶえ(横笛)」でした。しかしおそらく、清姫と同じように、鐘に恨みを残して死んだことは間違いないでしょう。何らかの形で鐘を恨みながら死んだことは間違いない。

初演時(宝暦期)の芝居は、ロングラン形式でした。客が入る限り上演し続けるわけです。千秋楽が決まっていない。終わる時は、みんなが見飽きた時。次の芝居には、何か別のものを上演しなくては客が入りません。清姫の話はみんな既に知っているので、別の話、横笛という新しいヒロインが登場します。残っている資料によりますと、初代中村富十郎が演じる横笛は、前の幕で身分の高い人に横恋慕して、嫉妬のあまり無茶をするので、殺されてしまいます。その亡霊が現れて踊るのが『京鹿子娘道成寺』です。

前の幕で殺されたはずの富十郎が出てきて踊り始める、「あれは何て言う役だい?」「さあ…?」観客には、彼女が何者なのか、よく分かっていません。

ところで、この「道行」の部分は、初演時の正本
〔しょうほん〕が残っています。現行の詞章と見比べると、かなり変化していることが分かります。
(正本をチェックしようと思ったのですが、そんなことをしていると、いつまで経っても記事が書けないので、文学部出身にもあるまじき孫引き!間違っていても怒らないで!!)

〔つき〕は程〔ほど〕なく入汐〔いりしお〕の 煙〔けむり〕〔み〕ち来る小松原〔こまつばら〕 急ぐとすれど恋風〔こいかぜ〕の 振袖〔ふりそで〕重く吹きたまり びらり帽子〔ぼうし〕のふわふわと
しどけなりふり おお恥ずかしや 縁
〔えん〕を祈りの神ならで 鐘の供養〔くよう〕へ物好〔ものず〕き参り 味な娘〔むすめ〕と人ごとに 笑わば笑え百千鳥〔ももちどり〕
君と寝〔ね〕し夜〔よ〕の後朝〔きぬぎぬ〕の 飽〔あ〕かぬ別れの悲しさを 思えば憎〔にく〕や世の中の 鐘も砕けよ撞木〔しゅもく〕も折れよ さりとてはさりとては 縁〔えん〕の柵〔しがらみ〕せきとめて 恋を知らざる鐘つきの 情〔なさ〕けないぞや恨〔うら〕めしと 忘るる暇〔ひま〕も涙川〔なみだがわ〕 恋の氷〔こおり〕に閉じられて 身を切り砕く憂き思い
恋をする身は浜辺
〔はまべ〕の千鳥〔ちどり〕〔よ〕ごと夜ごとに袖〔そで〕〔しぼ〕る しょんがえ 君に逢〔お〕う夜〔よ〕は梢〔こずえ〕の烏〔からす〕 可愛〔かあい〕可愛と引きしめて しょんがえ 交わす枕のかねごとに
〔また〕の御見〔ごげん〕はいつかはと 心〔こころ〕〔づ〕くしの年月〔としつき〕は 門〔かど〕に松〔まつ〕立つ旦〔あした〕より 梅〔うめ〕が香〔か〕〔にお〕う窓の内〔うち〕 桜も散りて早苗〔さなえ〕とる 蛍〔ほたる〕の夕〔ゆう〕べ五月雨〔さみだれ〕に 蚊遣〔かや〕りふすぶる軒〔のき〕のつま 秋風〔あきかぜ〕そよとおとずれて 田〔た〕の面〔も〕に落つる雁〔かり〕の声〔こえ〕〔げ〕に月〔つき〕ならば十三夜〔じゅうさんや〕 菊の下露〔したつゆ〕濡れ初〔そ〕めて 妻恋〔つまこ〕いかぬる小牡鹿〔さおじか〕や 鴛鴦〔おし〕の衾〔ふすま〕の薄氷〔うすこおり〕 これみな恋の色〔いろ〕と香〔か〕に 語り明かさぬ夜半〔よわ〕もなし 別れ惜〔お〕しめど暁〔あかつき〕の 鐘〔かね〕〔は〕や鳴りて鳥〔とり〕の声〔こえ〕 ただ我〔われ〕をのみ追い来るかと 科〔とが〕なき鐘を恨〔うら〕みにし この罪科〔つみとが〕の数々〔かずかず〕は 読むとも尽〔つ〕きぬ真砂路〔まさごじ〕 急ぐ心〔こころ〕かまだ暮れぬ 日高〔ひだか〕の寺にぞ着きにける

現行の詞章は、カットが多くて、意味が取りにくくなっています。正本の詞章を解釈してみましょう。

問1.彼女はなぜ急いでいるのか。
答1.急がないと、鐘が鳴ってしまうから。
問2.急いでいるのに、なぜ歩きづらい服装をしているのか。
答2.鐘供養のお祝いの場に相応しい、お洒落な格好をしていたいから。

「娘道成寺」に関する資料を読んでいますと、「どうすれば急いでいるように見えるか」という口伝
〔くでん〕はよく紹介されているのですが、「なぜ急いでいるのか」という口伝は載っていません。それを考えるのが個々の俳優の仕事であり、また観客の楽しみでもあります。「急いでいる」というのは、詞章に書かれているのですから、間違いのないところです。「なぜ急いでいるのか」それは詞章には書かれていない。そこを考えるのが「行間を読む」ということです。何を想像しても良いのです。数学と違って、間違いということはありません。

「いま何時なのか」時間を知る方法は、何通りかあるだろうと思います。汐が満ちてきたから何時ごろ、月があの方角なら何時ごろ・・・など。しかし、汐を読んだり月を読んだりするのには、相応の知識が必要です。彼女には、そのような知識がありません。鐘が鳴らない限り、まだ、時刻になっていないのです。時刻の狭間に永遠に漂う女。

こんなお洒落した姿で恥ずかしい。私くらいの年ごろの女だったら、恋愛成就祈願のお参りにでも行きそうなものだけれど、私がこれから行くところは、鐘ができたお祝いの会なの。物好きな女だなって、笑いたいなら笑えばいいわ。

百千鳥〔ももちどり〕」というのは、初代富十郎のライバルである初代瀬川菊之丞の踊った『百千鳥娘道成寺〔ももちどりむすめどうじょうじ〕』への当てつけです。「笑う人がいても、鳥が鳴いているのと同じ、私は気にしないわ」という花子の描写と、「先行の人気舞踊『百千鳥娘道成寺』なんて気にしないよ」という富十郎の描写が重ねられています。

好きなあの人と一緒に寝た日の朝、まだ一緒にいたいのに、別れの時刻を知らせる鐘が鳴って、あの人が帰っていく。世界中の鐘も撞木も壊れてしまえばいいのに。2人の縁を邪魔する鐘、そして鐘を鳴らすお坊さんが恨めしい。

恋を知らざる鐘つき」というのは、僧侶〔そうりょ〕のことです。僧侶は女人禁制なので、恋を知らないわけです。自分が恋を知らないから、そんな無慈悲なこと(=別れの時刻を知らせる鐘をつく)ができるのだろう、恨めしい、という描写です。

むかしは鐘の音で時刻を知ったのですが、現代の感覚と違って、5分や10分くらい平気でズレていただろうと思うんです。そのあたりは、鐘をつく僧侶に全部任されていたわけです。規則正しい生活をして、「これがこうなったら何時」と把握できる知識もあり、自分たちで時刻を作り出していた。鐘が鳴らないと、町の人々は何時だか分からない。任せてしまったら、自分では分からない。まして恋をして、好きな男と一緒にいる女だったら、鐘さえ鳴らなければ時間は止まったまま。鐘さえ鳴らなければ。

恋をする身は浜辺の千鳥 夜ごと夜ごとに袖絞る しょんがえ」というのは、「謎かけ」です。「Aとかけまして、Bと解きます、その心はCでございます」というやつです。AとBは一見すると何も関係ないように思えるけれど、Cという共通点がある。AとBは、かけ離れているほどいいし、Cは、ABそれぞれの核心を突く事柄がいい。「その心は」と言う前に「C」が思い浮かんでしまうようでは、いい謎かけとは言えません。「恋をする身とかけまして、浜辺の千鳥と解きます、その心は、夜ごとに袖を絞ります」という謎かけの歌となっています。「袖を絞る」と言ったら、それは「恋のために泣いて、拭いた袖が涙で濡れて、絞ったらビショビショ出てきたわ」という誇張表現です。むかしからの定番表現。「袖が濡れる」「袖を絞る」と言ったら「恋の涙」に決まっているのです。そういう和歌がたくさんあるので、聞いたらすぐにピンとくるものなのです。
「わが袖は 潮干〔しおひ〕に見えぬ 沖〔おき〕の石の 人こそ知らね 乾〔かわ〕く間〔ま〕もなし」私の袖は、潮が引いたときでさえ見えない沖の石と同じで、人の知らぬところでずっと濡れている…百人一首にも採られた二条院讃岐〔にじょういんのさぬき〕の歌です。「濡れた袖」という定番表現に、「沖の石」という意外性をぶつけています。これも謎かけの一種だと思います。
浜辺の千鳥はいつも羽が濡れている、私の濡れた袖と同じね、と謎かけしているわけです。

君に逢う夜は梢の烏 可愛可愛と引きしめて しょんがえ」これも謎かけです。梢の烏が「カアー、カアー」と鳴いているのと、恋人が「可愛い可愛い」と抱き寄せるのと、かあかあ同じだねと言っています。

『正札付根元草摺
〔しょうふだつきこんげんくさずり〕』という踊りがありますが、朝比奈〔あさひな〕が突然、遊女の踊りを踊り始めますね。なぜだか分かりますか。朝比奈と遊女と、「行こうとする男を引き止める」という点が同じだからです。「朝比奈とかけまして」「遊女と解きます」「その心は、行こうとする男を引き止める」という洒落なのです。AとBは遠いほどいいのです。CはABの1番大事な点を突いていなくてはいけません。(朝比奈を舞鶴〔まいづる〕に変更して踊る場合がありますが、洒落が弱まります。)
踊っている人物は朝比奈なのか遊女なのか?と言われれば、それは朝比奈に決まっています。踊っている内容は朝比奈のことなのか遊女のことなのか?と言われれば、それは遊女のことに決まっています。

同じ構造によって、横笛(現行では清姫)の亡霊は、遊女の踊りを踊るのです。踊っているのは生娘なのか白拍子なのか?と言われれば、生娘に決まっています。前の幕で死んだ富十郎が出てきて踊っているのですから。しかし、踊っている内容は生娘なのか遊女なのかと言われれば、それは遊女だと思うのです。「娘道成寺」の詞章を読んでいて、娘と解釈できる箇所は一箇所もないと私は思います。全て遊女の詞章です。でも踊っているのは娘なのです。だから「道成寺」なのでした。「生娘の清姫とかけまして」「白拍子の花子と解きます」「その心は、鐘に恨みがございます」という洒落です。生娘の清姫と白拍子の花子は別の人間なのですが、「鐘を恨んでいる」という共通点により、合体するのです。

これは、和歌の掛詞
〔かけことば〕から派生した、作劇の修辞なのではないかと思います。和歌を舞台用に立体化した、とでも言うのでしょうか。日常会話では使わない、舞台の上だけの、美のテクニックです。「関の扉」で、小町桜の精が遊女として登場するのも、「小町桜とかけまして」「遊女と解きます」「その心は、生まれた土地を遠く離れて」という洒落だと思います。

「娘道成寺」は、どの部分でも抜き差し自由、などと言われることがありますけれども、とんでもない話です。眼目(クドキ)をカットする人はいないでしょう。また、カットしたら意味が通らなくなる部分はカットしてはいけません。すなわち道行はカットできません。白拍子である花子が鐘に恨みを持っている理由は、道行でしか示されていないからです。清姫が鐘を恨んでいることは、観客全員が知っています。横笛は清姫のヴァリエーションですから、清姫を知っていれば問題ありません。しかし花子のことは、ここでしか説明されていないのです。六世歌右衛門も、歌舞伎舞踊として上演するなら道行はカットすべきでない、と常々主張していました。九代目福助襲名披露のとき、「娘道成寺」を歌右衛門が監修しましたが、「山尽くし」の後半と「ただ頼め」をカットし、道行を上演しました。それは一見、変則的な形態に見えますが、詞章の意味を考えたら納得のいく処理と言えます。「山尽くし」は、踊りとしては面白いけれど、カットしても詞章の意味は通ります。道行をカットしたら意味が通りません。道行をカットしたら、洒落にならない。

枕を交わした後、約束として、「次に会えるのはいつ?」と聞いてみるけれど・・・ここで彼女の心は、1年の四季をめぐっていきます。好きな人に会えない時間が長く感じられる、という気持ちを誇張して表現しているのです。むかしから「一日千秋」などと言いまして、時間の感覚は状況によって激変するのです。恋をしたことのある人なら分かりますね。

ただ我をのみ追い来るかと」・・・追い来るのは鐘の音であって、雁の声ではありません。
我をのみ」・・・遊女でなければ、好きな人とずっと一緒にいられるのに、どうして私にだけ別れがやってくるの?

罪のないものを恨んでしまう自分の愚かさ、罪の数々、それは分かっているけれど、…こうしてやって来てしまうのでした。道成寺は、現在の和歌山県日高郡
〔ひだかぐん〕にあるお寺です。

筆も及ばぬ

私も何度か海外旅行をしたことがありますけれども、たいていはオペラを見るのが主目的の旅でした。オペラは夜なので、昼間は観光をするわけですが、美術館や教会をめぐることが多いです。

ドイツのベルリン旅行でも美術館に行きましたが、ヨーロッパの他の都市と比べると、著名と言えるような美術館がありません。
私が行ったベルリンの美術館では、草間彌生展が行われていて、私はこの時はじめて草間彌生の存在を知ったのでした。なんでドイツに行って日本人画家の作品を見る羽目になったのだろうと思ったものでした。

ドイツで有名な画家というと、デューラーとクラナッハくらいでしょうか?肖像画家はたくさんいるようですが・・・。

ドイツにはこんなに美しい音楽が溢れているのに、美術はパッとしないんだなあとその時に思ったのでした。

本屋で実際に手に取って、綺麗だなあと思って買った写真集が何冊かあります。そのうちの3冊が期せずして同じ三好和義さんというカメラマンの写真集でした。『楽園全集』という本では、南の島の写真が集められ、タヒチの写真も入っています。
それで思ったのですが、ゴーギャンの絵は全く南国の色を再現できていない気がするのです。もちろん、写真のように見たままを再現するだけが絵画ではありませんし、ゴーギャンにはゴーギャンなりの美しさがあるでしょうけれども、「実際のタヒチはこんな色じゃないなあ」と私は感じたのでした。

三好和義さんの『楽園全集』には、沖縄の風景写真も入っています。ハワイ、モルディブ、タヒチ、マーシャル諸島などの南国写真が並ぶなかにパッと沖縄の写真が混じっていて、区別がつかないくらい美しいのです。

日本は島国で海に囲まれており、海は季節や天気や時刻によって様々な表情を見せると言いつつも、たいていの日本の海はそんなに綺麗じゃないと感じます。写真に撮りたいと思うほどじゃないことが多いです。
ところが沖縄の海の青さ美しさときたら、タヒチの写真と並べられても分からないほどです。
その希少な美しい海を破壊してアメリカ軍に基地として献上してしまう感覚が分からないではありませんか。「こういう理由でどうしてもそれが必要です」という説明もない。

沖縄県立博物館・美術館に行ってきたのです。比較的新しい建物でしたが、美術館に展示されている作品も戦後のものばかりで、江戸時代や明治・大正あたりの作品が全然展示されていませんでした。沖縄は染色の豊かな文化がありますし、絵画もいろいろな作品があるのだろうな、私が知らないだけなのかなと思っていたのですが、県立の美術館に展示されていないのですから、あまり存在しないのではないでしょうか。

毎日毎日、美しい風景に囲まれていると、それを絵画の中にとどめておく必要もないのかなあと思いました。

南国の美しさを絵画で表現するのは、技術的な難易度が非常に高そうですね。
童謡『浦島太郎』で、竜宮城のことを「絵にもかけない美しさ」と歌っていますが、「美しすぎるものは絵にかけない」ってことは、きっとありますよねえ。

田中一村〔たなかいっそん〕は栃木に生まれ、東京や千葉にも住んでいましたが、昭和33年(1955)、数え年51歳の時に奄美大島に移り住み、日本画の技法によって奄美の絵画を多数、残しました。当時、沖縄はアメリカに占領されており、移り住むことのできる日本最南端が奄美大島(鹿児島県)だったそうです。

田中一村の「アダンの海辺」は、南国の美しさを描くことに成功した数少ない絵画の1つだと思います。以前、千葉市美術館で「田中一村展」が開催された時、たくさんの展示作品の最後にこの絵が飾られていて、その展示構成も素晴らしかったのですが、私はこの「アダンの海辺」を見て、描かれた海の向こうに神がいるということを本当に感じたのでした。

2019年3月 5日 (火)

『天保水滸伝』バスツアー

『天保水滸伝』のゆかりの地を訪ねるバスツアーに参加してきました。
去年、「赤坂で浪曲」という会で2か月に1度、玉川太福さんが『天保水滸伝』をなさったのですが、公演のあいだに話の流れで急にバスツアーをやることになったのです。
バスツアー。
もう20年くらい前でしょうか、林家たい平さんと温泉に行くバスツアーに参加したことがあります。その時は、行きたいという友人がいたので2人で参加したのですが、今回は1人で参加してきました。「1人じゃ行けない」なんて言っていると、どこにも行けなくなってしまいます。(1人で参加している方も結構いました)
バス1台が満席、46人のツアーでした。

2019年3月3日(日)
8時30分 東京駅出発
・延命寺(繁蔵の墓、平手造酒の碑、勢力富五郎の碑)見学
・諏訪神社(繁蔵建立の野見宿禰碑など)見学
・天保水滸伝遺品館を見学
・割烹旅館・鯉屋で昼食
・旧十一屋にて「笹川の花会」公演(出演:玉川太福・玉川みね子)
・繁蔵最後の地の碑に立ち寄り
・イチゴ狩り体験
・鹿島神宮に参拝
19時頃 東京駅着

東庄町〔とうのしょうまち〕は、「天保水滸伝」「相撲」「イチゴ狩り」「澪つくし(NHK朝ドラ)」などで有名なようでした。観光ガイドのお爺さんたちが「天保水滸伝」の解説をしてくださいました。

遺品館は、浮世絵の複製が展示してあったり、本物と贋物が混ざっている様子でしたが、「十一屋の看板」「平手造酒愛用の槍」「繁蔵の合羽」など、興味深いものがありました。

そして眼目、『天保水滸伝』の「笹川の花会」を、実際に花会が行われた場所で聞くというのは、たいへん感動的な体験でした。(建物は新しくなっているそうですが)
太福さんは、私が初めて聞いた時(平成27年12月)よりも確実に上手くなっていますね。最後の「まず」の調子が低くて終わり方がちょっと尻すぼみな感じだなあといつも思いますけど・・・。例えば三代目の玉川勝太郎さんが「まず」って言うと、会場中が日本晴れといった雰囲気で満たされて、「日本一!」と声を掛けたくなるような華やかさがあったように思いますが、まあ芸風の違いですかねえ。

カメラを持っていくのを忘れてしまったのは痛恨事でした。

バスツアーだったのでバスに乗っている時間が長かったのですが、私のすぐ後ろの席の男性2人(どちらも60代半ば)が初対面ですっかり意気投合したらしく、ずっと演芸やら歌舞伎やら年金やらの話で盛り上がっていました。私はそんなに耳が良くないのですが、大きな声だったからみんな聞こえてしまいました。すごくマニアックな感じで、紙切りの林家正楽さんに自分が注文して切ってもらった作品をスマホの画像でお互いに見せ合ったりしていました。それも1作品じゃなくて、いくつも。「ゆく年くる年」と注文して切ってもらったというのがどんな作品だったのか私も気になったけれど、「見せてください」とは言えませんでした。「これは二楽さんので」とか、ずっと2人で盛り上がっていました。
片方の人が、「東京は見たいものが多すぎる」「チケット取りが大変」と言っていました。しょっちゅう落語とか歌舞伎を見に行っていて、何も見ない日(休館日と言っていた)は月に2日くらいだけだって。1日に何公演もハシゴすることもあって、家族はもう諦めているそうな。
「能狂言」「タカラヅカ」「小劇場」にもはまりかけたけれど、はまらないように注意したって言っていましたね。「そういうのは沼だから」「はまらないようにしないと」って。
沼ね、沼。東京にはいろんな沼がございます。東京だけね。選んでから、はまらないと。

私は今、いろんなジャンルの公演を月に15公演くらい見ていますかねえ。編集企画室で働いていた時は、そんなに見られませんでしたけどね。これから、もう少し減らそうかなと思っているのですが、好きな道なもので、なかなか減らないですね。

国立劇場に就職したら、ずっと芝居の話ばっかりしているのだろうと就職前には想像していたのですが、職員は意外と芝居を見ていないんですね。
何かこう、日本の伝統芸能のために自分が役に立っているという充実感がないんですよねえ。


2019年3月 2日 (土)

アクセス解析(地域別)

このブログはアクセス解析が出来るようになっているのですが、それによると1日あたり100人くらいしか読んでいないんですよ。それでもブログとしては多い部類らしいんですが、あまりに少なくてビックリしてしまう。まあしかし、多かろうと少なかろうと、お金が入ってくるわけでなし、関係ないんですけどね。解析の精度はどの程度なのでしょうかねえ?

訪問者の地域別の割合はこんな感じです。
(昨年4月から今年2月までの解析)
東京都26.9%
神奈川県11.3%
大阪府8.5%
埼玉県5%
愛知県5%
北海道4.2%
静岡県3.5%
兵庫県3%
千葉県2.8%
京都府2.5%
奈良県2.3%
山形県2%

舞台のことばかり書いているので都市部に集中していますが、意外なところからも読まれているんですね・・・。

AIロボットとオペラ

きのう、新国立劇場の記者会見に行ってきたのです。正面入口から入って、よくウェルカムフラワーとかクリスマスツリーが置いてあるあたりで行われました。
2020年の夏、オリンピックとパラリンピックの間の期間に、新国立劇場で「AIロボットが登場する新作オペラ」が上演されるのだそうです。100人くらいの子供合唱団が登場して、AIロボットと交信するというような内容で、台本はすでに出来上がっているとのことでした。でも内容は秘密だとかで、タイトルさえ発表されませんでした。
台本は、オペラを書くのは3作目だという島田雅彦さん。作曲は渋谷慶一郎さんだそうです。
渋谷さんは、初音ミクによるボーカロイドオペラ《THE END》を作曲した方です。《THE END》は、オーチャードホールやパリ・シャトレ座で上演されて話題になりましたが、私は見ませんでした。
新国の新作オペラに登場するAIロボットは、新国の新作オペラのために開発されたものではなく、別のプロジェクトですでに開発が進められていたもので、「オルタ3」という名前が付いています。(「オルタさん」ではなく「オルタスリー」です)
新国より先にオルタ3が登場する《Scary Beauty》というオペラがもう出来上がっていて、この3月にドイツで上演されるのだそうです。
きのうの記者会見では、《Scary Beauty》をごく短くアレンジした作品(?)が実演されました。中劇場へ向かう階段に、数十名のオーケストラが並び、渋谷慶一郎さんがピアノの演奏。そして、最前列中央にオルタ3がセットされていて、後ろを向いて指揮をするのです。オルタ3の指揮に合わせてオケが演奏を始めると、しばらくしてからオルタ3がこちら側を向き、指揮をしながら歌い始めたのでした。
近寄って見たわけではありませんが、オルタ3は台に固定されているので、前後左右には動きません。でも上下に体を揺すりながら、両手で指揮をしていました。そして、さまざまな色の照明が当たっていました。
新国の新作オペラは、まだ作曲されていないので、どんな作品になるのか分かりませんが、オルタ3が出演することは確定だそうです。
オルタ3は、いかにもロボットという風貌で、いかにもロボットという動きをして、いかにも電子音という声で歌いました。(「歌いました」と言っても、どこから音が出ているのかよく分かりませんでしたけれど)
私は、もっと人間に近いロボットが出てくるのかと予想していたのですが、逆に「ロボットらしさ」がないと、ロボットが登場する意味がないのかもしれません。わざとロボットらしく作ってあるようでした。
そして曲調はオペラというよりポップスという感じで、歌詞は全く聞き取れませんでした。

この手のロボットと言ってすぐ思い浮かぶのは、「米朝アインドロイド」です。上方落語の桂米朝の録音に合わせて、ロボットが動くというものでした。「どこまで米朝に似せられるか」という明確な方向性がありました。

「アンドロイド」と言うと「人間そっくり」、「ロボット」と言うと「そうとは限らない」という印象がありますが、どうなのでしょうか。

ユーミンの歌は、そのうちユーミンロボットが歌うようになるっていう話があるじゃないですか。旦那の松任谷正隆さんは、機械をプログラミングして何でも好きな音を出せるらしいですよ。楽器がなくても楽器の音が出せるし、楽器以外の音も作れちゃう。ユーミンの声はもともとSFっぽいと言うか、本当にロボットが歌う時代が来るんじゃないかと思う。本人より上手いかもしれない。そしてAIがユーミンの新曲を発表して、コンサートもロボットでやりそうな気がする。

AIロボットが歌うオペラと聞いて、私はオルタ3とは全く別なものを想像していたんです。映画『フィフス・エレメント』でインヴァ・ムーラが歌った、ルチアの変奏曲みたいなイメージです。よく知りませんが、あれは人間の声を電気的に細工しているのではありませんか。
音程を変えたり、音色を変えたり、機械で声を加工できる時代です。
つまりロボットには、「私はこの音は出せません」という声域の制約がないのでしょうから、ソプラノの音域からバスの音域まで1人で歌うことが出来るでしょう。そして、どんなに細かい音符でも、半音階スケールでも、3連符の連続でも、トリルでも、正確無比に歌い切ることが出来るでしょう。
そのような、人間には出来ない技術を持ったロボットに合わせて特別に作曲されたオペラなら、誰も聞いたことのないオペラが出来上がるでしょう。
そういうものを想像していたのですが、どうやら違うみたいでした・・・。

« 2019年2月 | トップページ | 2019年4月 »