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2019年3月 2日 (土)

AIロボットとオペラ

きのう、新国立劇場の記者会見に行ってきたのです。正面入口から入って、よくウェルカムフラワーとかクリスマスツリーが置いてあるあたりで行われました。
2020年の夏、オリンピックとパラリンピックの間の期間に、新国立劇場で「AIロボットが登場する新作オペラ」が上演されるのだそうです。100人くらいの子供合唱団が登場して、AIロボットと交信するというような内容で、台本はすでに出来上がっているとのことでした。でも内容は秘密だとかで、タイトルさえ発表されませんでした。
台本は、オペラを書くのは3作目だという島田雅彦さん。作曲は渋谷慶一郎さんだそうです。
渋谷さんは、初音ミクによるボーカロイドオペラ《THE END》を作曲した方です。《THE END》は、オーチャードホールやパリ・シャトレ座で上演されて話題になりましたが、私は見ませんでした。
新国の新作オペラに登場するAIロボットは、新国の新作オペラのために開発されたものではなく、別のプロジェクトですでに開発が進められていたもので、「オルタ3」という名前が付いています。(「オルタさん」ではなく「オルタスリー」です)
新国より先にオルタ3が登場する《Scary Beauty》というオペラがもう出来上がっていて、この3月にドイツで上演されるのだそうです。
きのうの記者会見では、《Scary Beauty》をごく短くアレンジした作品(?)が実演されました。中劇場へ向かう階段に、数十名のオーケストラが並び、渋谷慶一郎さんがピアノの演奏。そして、最前列中央にオルタ3がセットされていて、後ろを向いて指揮をするのです。オルタ3の指揮に合わせてオケが演奏を始めると、しばらくしてからオルタ3がこちら側を向き、指揮をしながら歌い始めたのでした。
近寄って見たわけではありませんが、オルタ3は台に固定されているので、前後左右には動きません。でも上下に体を揺すりながら、両手で指揮をしていました。そして、さまざまな色の照明が当たっていました。
新国の新作オペラは、まだ作曲されていないので、どんな作品になるのか分かりませんが、オルタ3が出演することは確定だそうです。
オルタ3は、いかにもロボットという風貌で、いかにもロボットという動きをして、いかにも電子音という声で歌いました。(「歌いました」と言っても、どこから音が出ているのかよく分かりませんでしたけれど)
私は、もっと人間に近いロボットが出てくるのかと予想していたのですが、逆に「ロボットらしさ」がないと、ロボットが登場する意味がないのかもしれません。わざとロボットらしく作ってあるようでした。
そして曲調はオペラというよりポップスという感じで、歌詞は全く聞き取れませんでした。

この手のロボットと言ってすぐ思い浮かぶのは、「米朝アインドロイド」です。上方落語の桂米朝の録音に合わせて、ロボットが動くというものでした。「どこまで米朝に似せられるか」という明確な方向性がありました。

「アンドロイド」と言うと「人間そっくり」、「ロボット」と言うと「そうとは限らない」という印象がありますが、どうなのでしょうか。

ユーミンの歌は、そのうちユーミンロボットが歌うようになるっていう話があるじゃないですか。旦那の松任谷正隆さんは、機械をプログラミングして何でも好きな音を出せるらしいですよ。楽器がなくても楽器の音が出せるし、楽器以外の音も作れちゃう。ユーミンの声はもともとSFっぽいと言うか、本当にロボットが歌う時代が来るんじゃないかと思う。本人より上手いかもしれない。そしてAIがユーミンの新曲を発表して、コンサートもロボットでやりそうな気がする。

AIロボットが歌うオペラと聞いて、私はオルタ3とは全く別なものを想像していたんです。映画『フィフス・エレメント』でインヴァ・ムーラが歌った、ルチアの変奏曲みたいなイメージです。よく知りませんが、あれは人間の声を電気的に細工しているのではありませんか。
音程を変えたり、音色を変えたり、機械で声を加工できる時代です。
つまりロボットには、「私はこの音は出せません」という声域の制約がないのでしょうから、ソプラノの音域からバスの音域まで1人で歌うことが出来るでしょう。そして、どんなに細かい音符でも、半音階スケールでも、3連符の連続でも、トリルでも、正確無比に歌い切ることが出来るでしょう。
そのような、人間には出来ない技術を持ったロボットに合わせて特別に作曲されたオペラなら、誰も聞いたことのないオペラが出来上がるでしょう。
そういうものを想像していたのですが、どうやら違うみたいでした・・・。

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3 オペラあれこれ」カテゴリの記事

コメント

十年以上も前に、ウイル・スミス主演の映画「アイ,ロボット」を観た事がありますが、ロボットが怒りの感情まで持つようになるのです。AIが進歩すると、オペラもロボットが歌う時代が来るかも知れないとは考えたくもないですね。 ところで6日、水曜日の夜「アンジェラ・ゲオロギュー&トマス・ハンプソンコンサート2019.3.6.19h~@サントリーホール大ホール)」に行って来ました。前回の投稿時点では、ゲオロギューのコンサートは都合が悪く聴きに行く予定はなかったのですが(3/2付記事『アクセス解析』に投稿した3/4付hukkatsコメント参照)、何とか都合が付いたので行ってきました。冒頭はオーケストラ東フィルによるグノーの「ファウスト」の一曲、前回も書きましたが、グノーの曲はいいですね。好きです。(昨日3/8 自宅送付の英国オペラ「ファウスト」情報では、マルグリート役予定のSonya Yonchevaがレイチェル・ウイリス=ソレンセンという歌手に変更になったとのことです。まだチケット販売前ですが、今売れっ子のYonchevaを聴きたくてチケットを買おうとしていた聴衆は多いと思います。まさかチケット販売後グリゴーロも来ないということはないでしょうね。販売後、目玉歌手が変更になってもチケット価格は変わらない。商品の価値が変われば価格が変わるのは世界のマーケットの常識なのに、この業界はいったいどうなっているのでしょう?(このやり方って、不当表示防止法で禁ずる「不当表示(優良誤認表示)」には該当する恐れはないの?) 次にハンプソン(以下Hと略記)の歌唱が始まった。往時ときめいたバリトン歌手としての高名さは知っていましたが、今回初めて聴きました。歌い始めるやいなや、ホールに響き渡る大声量でマスネの一曲を歌い“これは本物だな”と日本の歌手にはないものを感じた。次にゲオロギュー(以下Gと略記)が登場、巷間噂に聞く器量良しと一目で分かる。歌は立ち上がりの曲を聴いても心に響いてこない。二曲目(歌う順を変更か?)のカルメン、ハバネラも、これまでいろいろな歌手を聴いて頭にある曲のイメージからずれている。こりゃ不調かな?と疑問が湧く(でも会場からはブラボーの声が飛びました。熱烈なファンか?)。Hは変わらず素晴らしい声で二曲目マクベスを歌い喝采を浴びる。自分も大きな拍手。前半最終曲はH&Gの二重唱、ベルディ「シモン・ボッカネラ」の一曲。この掛け合いでやっとGはHに引きずられる様に調子がUP、見事な歌唱を見せた。思わず大拍手。これらのアリアの間にオーケストラによるヴェルディの「シチリアの晩鐘」序曲の演奏。東フィルは弦のアンサンブルも管との調和も良く仲々バランスがいいですね。こうしたコンサートには欠かせないオケとなっているみたい。先月の東京音楽コン優勝者コンサートも、1月の藤原歌劇椿姫も、昨年のネトレプコのコンサートも、また一昨日行ったコンサートの時も東フィルをバックとした演奏会に遭遇しています(このオケと混同しやすいのですが「東京交響楽団」というのが別にありますね。金閣寺の時、カルッツ川崎での秋山さん指揮、チャイコフスキーP協奏曲1~3番の時など。)
 プログラム後半は、先ず管弦楽による「オテロ」から組曲の演奏。バレー等の舞曲の幾つか(7曲?)の集まり。ベルディにしては軽妙なメルヘンティックな異国情緒溢れる曲集、あの暗く重々しいレクイムと同じ人が作曲したとは思えない位です。続くHのオテロからのアリアの次に「トスカ」から「歌に生き愛に生き」をGが熱唱。この時初めてGの真価が発揮された。会場から大拍手と歓声。本人も満足な様子。第二部後半はミュージカルから五曲、おやっと思ったのですがここからGもHもマイクを使用、大音量をホール一杯に響かせた。少々失望。だって二人共オペラ歌手ですよ。いくらミュージカル曲とは言ったって、一万人も収容する会場でないんだから、地声で歌って下さいよ。そこまででエネルギーが消耗してしまって、楽な声出しをしていると邪推したくもなります。特にHは後半(第Ⅱ部)半ばまで立派な声を響かせていたのだからミュージカルとは言え、マイク無しでも十分歌えたはずです。マイクを通したら音が大き過ぎて耳にガンガン響き雑音に近くなってしまった。最終曲のオペレッタの曲もマイクでデュエット、最近あまり聴かないのですが、オペレッタってマイク常用でしたっけ?ミュージカル他演歌、ポップス、ロック等々、マイク常用であることは知っています。まさかオペラでもマイク使用が増えているのではないでしょうね?えー私だけが知らない?そんナー!! それでは、過去から連綿と続くクラシック声楽の伝統とそこの高みを目指して日夜切磋琢磨する学徒の血のにじむ様な努力が、電子器具(マイク、アンプ、スピ-カーetc.)の使用によって無に帰してしまうではないですか。オペラ歌手の力量だけの勝負ではなくなってしまうからです。アンコールで歌った三曲、①プッチーニ:オペラ『ジャンニ・スキッキ』より「私のお父さん」(G)②コール・ポーター:ナイト・アンド・デイ(H)③ディ・クルティス:オー・ソレ・ミオ(G&H)でもマイクを使用したように見えた。③でなんかHが余り歌ったことがないのか忘れてしまったのか、楽譜を見ながら歌っても音がズレる箇所が多く「一体どうしたの?」と叫びたい位でした。という訳で、かなり失望したコンサートであったのですが、考えようによっては、『クラシックオペラでは、マイクを使用した方が良いのか悪いのか』という問題提起をして呉れて考える契機となったことが収穫とも言えます。


ゲオルギューは、ちょうど私がオペラを見始めた頃にすごく話題になっていた歌手でしたが、生では《椿姫》を見たくらいです。
ハンプソンは、2013年にニューヨークで《オテッロ》のイヤーゴを見ましたが、その時すでに、かなりくたびれた感じでした・・・。


二期会とびわ湖ホールは長い間PAでかなりの増音をしてきましたが、二期会は最近は控え目ですね。「もしかして、PAなしで上演しているのだろうか」と感じる時もあります。

オケピットの壁の裏側に菱形の薄いマイクがセットされていれば、PA使用です。マイクを舞台の前側の端にセットしたり、装置に仕込む場合もありますが。


最近は拡声の技術も発達して、いろいろなところにマイクが付けられるみたいですね。
やり過ぎは興ざめですよね。


先日の日曜日(2019.3.10.21h~)NHK Eテレで放映していたウィーン・フィル、シェーンブルンコンサート(2018.5.31.シェーンブルン宮殿庭園でのコンサート)を録画しておいたものを数日後に観ました。この宮殿は部屋が多ことでも有名でマリアテレジアが別荘として愛用し、モーツアルトが招聘された際、宮殿の一室でマリーアントワネットに求婚したという逸話があります。(このありそうもない結婚話を若し受けていたら断頭台の露と消えることもなかったかも知れませんが?)ウィーン・フィルはワレリー・ゲルギェフの指揮で「ウィリアムテル序曲」「運命の力序曲」や「カヴァレリア・ルステカーナ間奏曲」を演奏、その他この日の目玉、ネトレプコが「私は神の卑しいしもべ」「恋に生き愛に生き」「私のお父さん」などを歌っていました。一昨年10月にタケミツホールで聴いた半年くらい後ですから、来日時とそれ程変わりなく、同じ太り具合(ややさらに貫禄がついたかな?)、同じ表情、同じ伸びのある素晴らしい声で歌っていたのを見ながら、‘ウィーン・フィルとネトレプコの組合せのプラチナチケットは日本だったら幾らするのだろう?’などと考えながら、一昨年の来日公演のことを思い出していました(2017.7/31付記事「衣装負けしないように」に投稿した10/5付hukkatsコメント参照)。そしてふと思ったのですが、この録画ってウィーンの会場で映像を撮りマイクで拾った音を録音し、その音源をNHKが電磁処理して各家庭に電波発信したものをさらに自分で受信、録画しスピーカーで再生しているのだということでした。当たり前のことですが。録音した音楽ソフトを聴く時は皆、歌手の声をマイクで拾って再生しているのです。それを聴いて歌がどうだったとか何とか言っている。先の投稿(3/2付記事「AIロボットとオペラ」に投稿した3/9付hukkatsコメント)で“オペラ歌手のマイク使用は如何なものなのか?”などと大上段に振り被った言い方をしましたが、今の時代、マイク使用云々など問題にする人はいないのかも知れません。本来の声とは何なのか?分からない時代になっています。同じ歌手が歌ってもホールの音の響きによって随分違って聴こえるでしょうし、音響学的分析をすれば、座席により音の周波数分布が全部異なってくるかも知れない。録音する場合のマイクロフォンをどこの位置に置くか技術者は苦心惨憺している様です。昨年10月森ビルに観に行った「ストラディヴァリウス300年目のキセキ展」で、ストバリの音を楽器の演奏から録音し三つの場所(ストバリ製作工房内、ヴェルサイユ宮殿内、旧ゲヴァントハウス内)で聴いた場合どのような調べになるか、先端の音響技術を駆使して作成したヴァーチャル音をイヤホンで聴ける体験コーナーがありましたが、その担当の専門技術者4人のトークセッションでは、“スーパーコンピュータを使えば、ヴァーチャル演奏音の精度はもっと高まる”といった趣旨のことを言っていました。基本的音質を変えないで、ホールの音響的欠点を増幅器を使って穴埋めすることや音量UPすることは、オペラ演奏でも許容される範囲内かも知れませんが、ふくきちさんの言うように、やりすぎは問題ありでしょう。“過ぎたるは及ばざるが如し”です。それにしても、上記のストバリ展で神尾さんの奏でる曲を至近距離で聴いた音色は素晴らしかった。


会場の大きさによって、マイク使用も仕方のない場合もあるでしょうけれど、演者本人が「使いたい」と思っているのか、「なるべく使いたくない」と思っているのかで、ずいぶん違うのだろうなあと思います。
「声が大きい」というのは、それだけですごいことですからね。

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