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2019年3月18日 (月)

『傀儡師』あれこれ

今月の歌舞伎座で、清元の舞踊『傀儡師』が上演されています。私は平成4年から歌舞伎を見始めたのですが、『傀儡師』を見るのは今回が初めて。
個人的に、歌舞伎の公演では「この演目を見るのは今回が初めて」ということが大層少なくなってきているので、新鮮な心持ちがいたします。

『傀儡師』と言いますと、大和屋の踊りという印象が強いですが、松本流でも大事にしている曲なのだそうです。坂東流と松本流とでは、振付も演出も異なりますが、一番の違いは「唐子〔からこ〕が出るか出ないか」という点です。唐子というのは中国風の服装をした子供の人形(唐子人形)のことで、子役が演じます。先年亡くなられた十代目の三津五郎さんが、七代目三津五郎(曽祖父)に抱かれて初お目見得をしたのも、唐子の役でした。松本流では唐子は出さないそうです。(坂東流でも、大きな公演でないと出さないそうですが)
傀儡師の衣裳にもたいてい唐子が描かれています。

たくさんの役を1人で踊り分けるのですが、主題としては、世話物から「八百屋お七」、時代物から「源義経」の2つです。ボーッっと見ていると、何が行われているのか分からないうちに幕が閉まってしまいます。

『傀儡師』における「八百屋お七」は、歌舞伎でよく上演される人形振りの踊りとは全然違う物語です。
1.火事が起こって家が焼けてしまった
2.寺に避難した
3.寺の小姓・吉三郎に恋をした
4.やがて家が建て直ったので、家に帰ることになった
5.吉三郎に会えなくなった
6.もう一度火事になれば、また吉三郎に会えるだろうと思って、放火した
7.処刑された
そんな馬鹿な女が本当にいたの?と誰もが疑うわけですが、「私は信じますよ」というのが「奇妙頂礼どら娘」という詞章の意味だろうと思います。

弁長〔べんちょう〕という人物は、八百屋お七の物語に登場する定番の脇役ですが、『傀儡師』で描かれる弁長は、ちょぼくれ坊主となっています。ちょぼくれは浪曲の源流とも言われ、音楽に乗せていろいろな物語を語る大道芸ですね。
八百屋お七という人は、町の人々の噂の種であり、関心の的だったので、面白おかしく話をして人々から銭をもらう「事情通」がいたのでしょう。

ところで、あなたはお七を信じますか?そんな女が本当にいたのだという話を信じますか?実際にあった事件なのだそうですが・・・。(「八百屋お七」で検索してみてください)

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