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2019年4月15日 (月)

ベルベットなイースター

能の謡は丁寧な解説本が出ていますが、歌舞伎や文楽はそのような解説が少なくて、意味の分からない部分がたくさんあるものです。
年を取って、分からなかったところが分かるようになる、という嬉しい体験もありましたが、「誰か教えてくれたらいいのに」とか、「いっそ作者に直接質問できたら良かったのに」なんて思う時もあります。

しかし、たとえ作者と同時代に生きていたとしても、質問するチャンスはなさそうな気がするし、そのような好機があったとしても、作者は教えてくれないんじゃないかなという気もする。

私は現在47歳ですが、高校1年の時からユーミンの歌をよく聞くのです。ずっと「ベルベット・イースター」の意味が分からなかった。せっかく同時代に生きているのだし、ユーミンに直接質問できたらいいのにと思うのですが、ユーミンと話す機会って、ないじゃないですか。(才覚があったら自分でチャンスを作り出せるものなのでしょうか?)

ユーミンは『ルージュの伝言』という本を出したことがあって、そこにこう書かれています。

七九年の七月に『OLIVE』が出て、十二月に『悲しいほどお天気』。これ、いいタイトルでしょう。好きなの、自分でも『OLIVE』はジャケットが気に入ってて『悲しいほどお天気』はタイトルが気に入ってるの。どういう意味ですかって、つくったころはよく聞かれたんだけど、答えられないよね。どういう意味ですかって聞くような記者って、記者やってらんないんじゃないかって思うよ。それぐらいいちいち聞くんだよね。(p.177)
『ルージュの伝言』松任谷由実:著

この本はたしか高校生の頃に読んで、歌の意味というのは自分で考えなくてはいけないのだなと思いました。「悲しいほどお天気って、どういう意味ですか」なんて聞く人は馬鹿じゃないかって私も思ったからです。

自分の考えと、作者が詞を書いた時の想いとが違っていても仕方ないではありませんか。だって別の人間だもの。

「ベルベット・イースター」は、ただ待っているだけでは永遠に意味が分からないと思う。もっと能動的にならないと。

「ベルベット」というのは、布の種類を表す言葉ですよね。そこから「なめらかな」という意味で使われることもあります。
この歌の中でベルベットが使われる可能性としては、カーテンや毛布が考えられます。カーテンは主人公の部屋を包むものだし、毛布だとすれば主人公自身を包むもの。いずれにしても、こういうことではないでしょうか。イエス・キリストは死んだ3日後に石棺(せきかん、せっかん、石のひつぎのこと)の中から復活したけれど、この主人公はベルベットの中から復活したわけです。と言っても、もちろんこの主人公が死んでいたわけではありません。まるで死んでいるみたいだなってずっと思っていたのです。けれどある時、自分が生きている意義みたいなものが自分で分かったわけ。つまり「セカンド・バースデイ」ということですね。

毎年1回やってくる復活祭とは別の、自分だけの復活祭を、自分で名付けたのでしょう。

イエス・キリストには「復活」の前に「受難」の苦しみがあり、この主人公にもきっと苦しみがあっただろうと思うのですが、ユーミンにとってその苦しみは「過ぎ去ったもの」であり、描きたいのは「ラー、ラララ」と歌いながら出かけて行く朝の景色なのであり、だから「その景色への行き方」は、聞いている人が自分自身で考えないと永遠に分からない。

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コメント

パリノートルダム大聖堂が焼けるなんて!!建築の詳細は知らなくて石造りだとばかり思っていました。故に燃える筈がないと。ところが上部の屋根構造には、多くの木材が使われていたのですね。そこまでは見なかった。ニュースで速報を見た時、またテロかと思いましたが、そうではないみたい。12、13世紀に造られ長い歴史を誇る聖堂でどっしりとした存在感(ミラノでもケルンでもウィーンでもどこでも大聖堂はどっしりしていますが、パリのは特に安定感、安心感を感じた)、いろいろ懐かしく思い出されます。今回の火事で中にある様々な物はセーヌを挟んで北側の市役所に避難させたようですが、かって革命時にはセーヌを挟んで西南西にあるクリュニュー美術館に彫刻類を避難させ、それが今も展示されています。(クリュニューのタペストリーは大きくて素晴らしい。)またその界隈はソルボンヌをはじめとしたパリ大学群が集まっている。従って学生がつねに行き来し、パンテオン(霊廟)の前には多くの学生が腰をおろしたりたむろしている。少し南に下がるとキュリー記念館(博物館)があり、来訪者ノートに自分の名前を書きながら、「極寒のパリの冬で暖房もなく実験をし続けたのは非常に大変だっただろうな。ノーベル賞に輝いた、しかも二度も輝いたのは、神の思し召しかな」などと思った記憶が蘇りました。 かなり以前(二十年以上も前)に買ったマショーの「La Messe de Nostre Dame」のCDを聴きながらこれを書いています。焼死者が出なかったのは不幸中の幸いです。「Agnus dei」では qui tollis peccta mundi miserere nobis (神の子羊よ、この世の罪を除き給え、哀れみ給え…hukkats訳)と続き、コーラスが繰り返されます。これから修復の動きが本格化するでしょうから、神様もきっと許してくれることでしょう。この受難が早く復活につながることを祈ります。5月の連休のラフォルジュルネではマショーのミサ曲も演奏されるのでチケットはすでに買っておきましたが、聴き方が違ってきますね、こんな事件があると。


本当に、あのような建物が火災に見舞われるなんて、驚きですね。
ヴェネツィアのフェニーチェ歌劇場も改修工事中の失火で焼失したのでしたね。あれは焼失したことより再建されたことに驚きました。

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