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2019年6月

2019年6月26日 (水)

もうホタルは光らない

ココログがリニューアルされて、前よりかなり不便になりました。
ウチのパソコンも、経年劣化のため?調子が悪く、そろそろこのブログも潮時かと思っています。
(過去にも何度か潮時と思ったことがあった)

ヴェルディはピアンジー、
プッチーニはノン・ピアンジェレー。

私の話はあちこちに飛び、きっと読んでいても意味が分からないでしょう。

先日、MOA美術館の中にある能楽堂で、坂東玉三郎さんの地唄舞三題を拝見してきたのです。
「能舞台に立たせていただくのは誠におこがましく、僭越ではございますが」
「関東の役者が地唄舞を舞わせていただくのは、おこがましいことではございますが」
玉三郎さんは何度も「おこがましい」と仰り、玉三郎さんがおこがましいのならば、他に誰が出来るのでしょうかと不思議に思いました。

文楽の太夫が使う見台〔けんだい〕で、「鉄面皮〔てつめんぴ〕」という銘の付いたものがあります。今は豊竹咲太夫師匠がお持ちだと思いますが、見台の正面に「鉄面皮」と書かれている。字は「鐵」だった気もする。まだ子供の太夫が使う、ちょっと小ぶりな見台です。「鉄面皮」というのは、「おこがましくも」という意味だと咲太夫師匠は仰っていました。分かったような、分からないような、不思議な見台。

「おこがましいので、やりません」ではなく、「おこがましいのですが、やらせていただきます」というのが「鉄面皮」なんだなあと思ったのです。歌も、踊りも、芝居も、やりたい人だけがやるものだから、やりたければやるでしょう、おこがましくても。

「鉄面皮」の見台で語る太夫は出てこないのでしょうかねえ・・・。

熱海のMOA美術館の能楽堂は、暗転の時、かなり本格的に真っ暗になりました。
1日目に正面席から見た時は、本当に真っ暗でした。暗転の時に本当に真っ暗になる劇場って、あまり存在しないと思うんです。
ところが2日目に脇正面から見た時は、かすかな光が見えました。シーリングライトの白い光と、電源を落とした非常灯が壊れているわけではないことを示す緑色の小さな光。緑色の光は、ホタルがとまっているように見えました。
上演演目の「葵の上」の詞章に、ホタルが出てくるところがあり、頭の中をホタルが飛んで行った。

私は5歳くらいから25歳くらいまで、神奈川県南足柄市という田舎に住んでいました。小学校低学年の頃は、家のすぐそばでホタルが飛んでいました。川や用水路がコンクリート化されて、家の近所のホタルは数年後に絶滅しましたが、自転車で10分くらいの川辺は大学生くらいの時までホタルが飛んでいました。
その後、ホタルは全く見られなくなったのですが、何年か前に?ホタルを育てる運動が始まり、また見られるようになったと聞いていました。

熱海からの帰り、ひょっとしてホタルが見られる時期じゃないかな?と思って実家近くの夜の川辺を散歩してみたのですが、ホタルは見られませんでした。後で聞いたところ、ホタルを育てる運動はもうやっていないのだそうです。田んぼで消毒を使うからやっぱり無理なのだそうな。

先月、神田松之丞さんの『畔倉重四郎』を聞いた時、人を殺す場面でホタルが一斉にバッと飛び立つ描写がありました。けれど、ホタルは一斉に飛び立ったりしないと思うんですね。あまり機敏でなく、ゆっくりとしか飛べませんし。のんびりと気まぐれで、何を考えているのか全く分からない虫だと思う。(何を考えているのか分かる虫ってのもありませんが)

私は田舎育ちなので、野生の雉や狸も見たことがある・・・と思う。幼い時に。鳶が輪を描いて飛んでいるところも見たことがある・・・と思う。テレビで見た記憶と一緒になっているのかもしれない。
雁の群れが列を作って飛んで行くところは見たことがない・・・と思う。田の面に落ちる雁も見たことがない。雁が落ちるって、どういうものだろう?


2019年6月25日 (火)

四つの夢

先日、東京宝塚劇場に行ったわけなのです。
入口の左側に「キャトルレーヴ」という名前の売店があり、宝塚グッズを販売していました。チケットを持っていなくても入れる入口と、劇場ロビーから入れる入口があり、結構な広さでした。ブロマイド、ポストカード、大判写真、書籍、DVD、トップスターの名前入り小物など、いろいろ売っています。
そういうのって、出演者が専属だからできるのでしょう。

国立劇場のチケットが売れていなくて、もう本当にヤバくて立ち行かないとかで、入場料や貸し劇場以外の新しい収入源を見つけなくてはという話で、「グッズを作れ」という指令が出たことがありました。国立の博物館なんかは、グッズ販売ですごい収入を叩き出したりしているのだそうですよ。だけど歌舞伎に関係するグッズは松竹との兼ね合いで基本的に駄目だとか言われて、けれど売れるグッズを作れとかって言ってて、もう何なんですかそれは?と本当に困窮しましたねえ。
グッズを作っても売るスペースがない、在庫を置く倉庫もない、文楽の休憩時間は食事してトイレに行っただけでもう終了、これでどうやってグッズを売ればいいのだか?本当に困窮しましたねえ。

「キャトルレーヴ」という名前は、フランス語で「四つの夢」という意味で、まだ宝塚が4組だったころの名称をずっと使っているらしいです。なぜフランス語なのかと言うと、宝塚はフランスのレビューを取り入れているから。憧れのフランス。

パリに「クレイジーホース」というキャバレーがありますが、英語で「暴れ馬」という意味で(?)、なぜフランスなのに英語の名称なのかと言えば、創業者がアメリカのショーに憧れていたかららしい。

宝塚の化粧は、むかしに比べて少しナチュラルになったと思うのです。「そんなことない」と言う人もいますけど・・・。むかしは、まぶたが青で、唇が真っ赤で、地が白で、まるでフランス国旗みたいだな!と思っていました。作品にもよるそうですが、いまはそれほどでもない感じ。

宝塚が4組から5組になった時のことを覚えていますか?新しい組の名前は「虹組」だという予測が事前に出回って、でも結果は「宙組」だった。事前に予測されてしまうと採用されないものなんだなあ・・・と思ったものでした。つまり、先に言われてしまうと、「私が名付けました」という一番の喜びが消えてしまうわけですから。宙組より虹組のほうが良かったんじゃないかと私は思うんですけどね。

宝塚は、私がむかし見た時よりも、踊りが増えているように思いました。芝居の最中にも周りで踊っていて、誰が喋っているのか分からない、どこを見ればいいのか分からない、という場面が多かったです。声がスピーカーから聞こえてくるので、音が平面的で、どこで喋っているのか見つけるのが大変でした。個人競技から団体競技になったような印象でした。

私が文楽を見る時は、舞台と床と、常に焦点が2か所あるつもりで見ていますね。(そこに字幕が加わることもありますが)
でも芝居の焦点はたいてい1か所になるように演出するものだと思いますけどね。

イタリアのアレーナ・ディ・ヴェローナ(野外劇場)で、ゼッフィレッリ演出の《カルメン》を見た時、終幕のエスカミーリョ登場の場面は焦点が2か所あった。舞台の中央でスポットライトを浴びるエスカミーリョと、下手で関係なく踊る白馬。私は、音楽に合わせて踊る馬を初めて見た。エスカミーリョも見たい、踊る馬も見たい、ああ目が2つほしい、いや目はすでに2つ持っているんだった。
アレーナ・ディ・ヴェローナの《カルメン》は2種類の映像が販売されているけれど、どちらも馬は踊っていなかった・・・。
アレーナ・ディ・ヴェローナの公演って、その時のタイミングで、出演者の人数が変わったり、演出が変わったりしているのではないかと私は推測している。

2019年6月24日 (月)

えむ・おー・えー・びじゅつかん

先日、MOA美術館に行ってきたのです。
まだ子供の頃、小学校5年生くらいの時だと思いますが、開館直後のMOA美術館に行ったことがあります。尾形光琳の「紅白梅図屏風」を見たことと、黄金の茶室を見た記憶はあるのですが、美術館から海が見えたという記憶が全くありませんでした。延々と階段が続いていたような記憶があるのですが、海の記憶がない。記憶の残り方が自分で不思議でした。

「モア美術館」ではなく「エム・オー・エー美術館」と読むのですが、ずっと謎の名前でした。美術館の公式サイトにも、案内パンフレットにも、名前の由来が書かれていません。Museum of Art のことかなと思いましたが、それだと「美術館美術館」になってしまいます。(もっとも、「沖縄県立博物館・美術館」という建物が現実にありますので、あながち、あり得なくもない)
今回、行った時に受付の人に質問してみようかと思ったのですが、宗教的な由来の命名という可能性も高く、怖くて訊けませんでした。

今はインターネット時代なので、ちょっと検索してみたら、由来が出てきました。
創設者・岡田茂吉の名前を取って、Mokichi Okada Associationの略なのだそうです。

すごくお金のかかった建物でした。黄金の茶室も、何だかいかにも成金っぽい感じ。
宗教って、本当にお金が集まるんですね。
でも、手にしたお金を美術館の設立に使うのは、とても羨ましい。お金の使い方として最高に羨ましい。私も自分で好きに美術館を設計してみたいものです。憧れの夢ですね。

お金があっても、システィーナ礼拝堂のレプリカを作ったりするのはとても馬鹿馬鹿しい感じがします。よく思いつくよなと思う。だって別に信仰のためじゃないんですよね?お金があるのに才能がないのって本当に怖いことだなと思います。金持ちが金の使い方を知らないのは本当に寒いですね。

広島県にある耕三寺は、1度だけ行ったことがありますが、見事だと思いましたね。

MIHO MUSEUM にも、いつか行ってみたいと思っています。

2019年6月23日 (日)

劇場の客席あれこれ

このあいだ、二十数年ぶりに宝塚を見に日比谷へ行ったのです。考えてみたら、建て替え後はじめてでした。席は1階19列目だったのですが、すごく見やすかったんですね。客席が千鳥配置になっていて、「前の人の頭で舞台中央が見えない」ということがない感じ。1回しか行っていないので何とも言えませんが、舞台が見やすかった。そんなところにも、宝塚が人気の理由があるのではないかと思いました。

「せっかく見に行ったのに舞台が見づらい」という残念な事態は、わりとよくあることです。私はチケットを取る時に舞台の見やすさをすごく気にしますね。他のことは我慢できても、舞台が見えないのは我慢できないので。

劇場を建てる時には、いろいろな制約があるのでしょうけれども、「舞台の見やすさ」について何も考えていない劇場があまりにも多いような気がします。

同じ演出の《トゥーランドット》を東京文化会館と新国立劇場とで続けて上演する、という公演が7月に行われます。新国立劇場の4回は完売ですが、東京文化会館は3回なのにだいぶ席が残っている状態です。(事前に予測できましたけどね)
最高ランクの席はどちらも32,400円なのですが、東京文化会館は1階席のほとんどが27,000円です。つまり東京文化会館のほうがチケットが安いのに、売れ残っている。
売れ方の違いは、やはり「見やすさの違い」ではないでしょうか。

劇場で「椅子に座って見る」という形式は江戸時代の日本にはなかったもので、新富座が一部に椅子席を導入したのが明治11年だそうです。歌舞伎座が椅子席を導入したのが大正13年。能楽堂にはじめて椅子席が導入されたのは大槻能楽堂の昭和10年だそうです。
今年2月に96歳で亡くなったドナルド・キーンが、戦後、初めて憧れの能を見た時「正座して見なければならないのがつらかった」と言っていました。(謡の英訳をアメリカで事前に読んで、いろいろ想像していたものと、現実の舞台は違っていたのだそうです。謡の詞章から「ドビュッシーみたいな音楽」を想像していたそうなw)

椅子席は歴史が浅い上に、日本人の体格が急激に変化したので、劇場の客席に不満を持つことが多いというわけですね。

花道のある劇場は、客席に傾斜をつけると花道が見えなくなってしまう関係で、客席にあまり段差がなく、必然的に舞台が見づらいのだそうです。「平土間」と言っていたくらいですから、段差がなかったものなんですね。むかしから見づらかったのでしょうかね?いやいや、むかしの劇場はずっと小さかったから、どうでしょうね。

千鳥配置にすると、団体客を入れる時に配券しづらくなる、という話も聞いたことがあります。(本当でしょうか?)


しかし、日本の劇場で一番見づらいのは、やはり能舞台ではないでしょうか?全然見えない能楽堂がありますよね。橋掛かりが見えるようにするために傾斜がつけられないのでしょうか?
松濤にあった前の観世能楽堂は、かなり舞台が見やすかったんですけどね・・・。

国立能楽堂ショーケース

国立能楽堂で7月下旬に「国立能楽堂ショーケース」という公演が行われます。国立能楽堂の主催公演は、発売後すぐに完売となることが多いのですが、この「ショーケース」はたくさん売れ残っているんです・・・。
国立能楽堂が「ショーケース」と銘打って公演を行うのは今回が初めてではないと思いますが、ちらしにSHOWCASEと書いてあったり、英語で書いてある部分も多いので、外国人向けの公演だろうと私は思っていたのです。
ところが特に外国人向けというわけではないみたい。日本語・英語・中国語・韓国語で字幕が出るので、外国人の方も楽しめると思いますが、大島輝久さんの解説はたぶん日本語だけで行われると思います。大島さんの解説が字幕でどのように出るのか出ないのか、外国人も大島さんの解説を楽しめるのかどうか、私にもちょっと分からない。
国立能楽堂では、毎年6月に「能楽鑑賞教室」を行っているのですが、学生団体でほとんど売れてしまうんです。「ショーケース」は、内容としては「能楽鑑賞教室」に近いものなのではないかと思います。観客の対象が学生ではなく一般向けになっているのではないでしょうか。(職員である私にもよく分からない)

国立能楽堂ショーケース
・能・狂言の初心者(日本人)に最適の公演

・国立ならではの激安価格
・短めで動きの多めな演目
・厳選された出演者

・(外国人でもわりと楽しめます)

開演前・休憩時・終演後にロビーでの「体験コーナー」というのが付いているのですが、別に強制ではないので、やりたい人だけどうぞ~。7月25日は「能装束体験」が出来るそうで、最高にインスタ映えしそう~。
正面席はすでに売り切れですが、席の位置の好みというものは、人によって全く異なり、見ているうちにだんだん分かってくるものですし、最初はどこの席でもいいのではないでしょうか。何と言っても驚きの激安価格ですから。まずは1度見てみなくては始まりません。
解説の大島輝久さんは、頭が良くて、ちょっと変わっていて、カッコいいので超おすすめです~。
日本人に生まれて1度も能・狂言を見たことがないなんて、あり得なくないですか?
すごくお得な公演ですので、まだ能・狂言を見たことがない方は、ぜひこの機会に見てくださいね~。この内容で、こんな値段で見られることは、滅多にないです。

2019年6月22日 (土)

ボローニャ歌劇場『リゴレット』

オーチャードホールで、ボローニャ歌劇場の来日公演《リゴレット》を見てきました。

セルソ・アルベロのマントヴァ公爵を見るのは、これが2度目でした。数年前にヴェネツィアのフェニーチェ歌劇場で見たことがあります。フェニーチェ歌劇場は《リゴレット》を初演した栄光の劇場だけあって、オーケストラや合唱の演奏が実に細やかでしたね。今日の指揮者マッテオ・ベルトラーミは、それとはまた違った魅力があり、なかなか私好みの演奏でした。アルベロはもともと好きなテノールなのですが、フェニーチェ歌劇場で見た時よりも表現力が格段に深まっていて、たいへん素晴らしい歌唱でした。さすが伊達に太ってないと言いますか、驚異の肺活量で、輝く高音を持っていて、パヴァロッティの録音よりすごいんじゃないかなと思います。学生に化けられるほど若くないし、マッダレーナが「アポロみたい」と口にするような容姿はもとより持ち合わせていないわけですが、そういうことは全く気になりませんでした。とにかくすごい!この人の歌をもっと聞きたい。

リゴレットを歌ったアルベルト・ガザーレも良い声で、すごい声量でしたねえ。名人芸でしたね。演技力も秀でていました。
ジルダ役のデジレ・ランカトーレは、繊細なピアニッシモが美しかった。
リゴレットとジルダの二重唱でBIS(ビス、聞きどころを特別に2回歌う)がありました。客席も大興奮。すごかった。イタリア文化の精髄を見た感じ。

とにかく名演で、私は第一幕からもう涙腺がゆるんでいました。あんまり美しいと涙が出るんです。自分の感受性に自分で驚く。
普段はそれほど感動もしない四重唱にも興奮しました。マッダレーナの声が深い。日本人歌手には無理そう。

スパラフチーレの声も深かった。
字幕では「スパラフチーレ」ではなく「スパラフチール」と出ていた?

リゴレットは「娘が天国へ行けるように、俺が地獄へ落ちても」といつも神様にお祈りしていたようですが、だったら幕切れにリゴレットの願いは叶えられたのではないかなあと思いました。

日曜日にもう一度上演されますが、時間のある方は絶対に見に行ったほうがいいと思います。絶対おすすめです。

2019年6月20日 (木)

宝塚歌劇『オーシャンズ11』

東京宝塚劇場で『オーシャンズ11』を見てきました。
私は兵庫の宝塚大劇場には行ったことがないのですが、東京宝塚劇場はこれが3度目でした。1度目は涼風真世主演の『PUCK』、2度目はよく覚えていない『ブラック・ジャック』です。もう30年近く前のことでしょうか。時の過ぎるのは早いものです。光陰矢のごとし。
職場の若い者Sがここ1~2年、宝塚にハマっていて、今回チケットを取ってくれました。宝塚の公演はずっと好調続きで、チケットを取るのが大変らしいです。

久しぶりに見たわけですが、宝塚もずいぶん印象が変わりましたね。まず化粧のどぎつさが和らいだように思います。もちろん演目によって違うのでしょうが、ちらしなどの印刷物をいろいろ見比べても、マイルドな感じになっています。

そして、踊りが進化しているようでした。踊りの場面がすごく多くて、ずっと踊っている状態でしたね。EXILEや乃木坂46みたいに、大勢で踊っていると、それだけでパワーがありますし、時代の流行なのでしょうかね。テレビを見てるとグループで踊っているアイドルが多いですよね。1人で歌っている人のほうが少ないみたい。「私はあなたのことが好き」という歌を大勢で踊りながら歌う感覚が私にはよく分からないんですけど。
先月、職場の若い者Fが、東大の五月祭に出演するというので本郷に行ってきたのです。すごい人出で驚きました。若い者Fの出番の1つ前に、乃木坂46のコピーサークル?が出演していました。その「コピー」というのが、歌のコピーではなく、踊りのコピーだったんです(歌は録音を流しただけ)。コピーと言ったら音楽を再現することだと思っていたので、ちょっと驚きました。
最近の若い人は学校でダンスが必修科目だそうですし、ダンス教室に通う子も結構いるようですし、全体的に踊りが進化しているのでしょうね。
大勢で踊っていると、それだけですごいと思わせることができるんですね。
『オーシャンズ11』なんて、振付師が6名も名を連ねています。
全員が同じ振付だったり、いくつかのグループごとに違う振付だったり、すごく細かくなってますね。

宝塚はミュージカルなので、ポップスと違って、1人の気持ちを大勢で一緒に歌うようなことはありませんでした。

そして、LEDの照明は宝塚に合っているような気がしました。

最後のほうにラインダンスがあったのですが、あれだけのラインダンスが見られるのは今や世界的にも珍しいのではないでしょうか?だいたい他の国だとダンサーの体格がバラバラになってしまうでしょう。ラインダンスと言っても、単純に片足ずつ上げるというのではなく、上げるたびに足の角度が微妙に変わっていて、それが横一列に揃っていて、しかもだんだん前に迫ってくる、という壮観なものでした。

パンフレットやグッズなどの販売物、ロビーの様子、印刷物や映像、公式サイトなども含めて、良く組織されているものだなあと感心いたしました。国立劇場も少しは見習えばいいのに。

顔とか名前とか全然覚えられないんですよね。って言うか名前が読めないです。
歌舞伎を初めて見た人も「顔と名前が覚えられないよね」なんて言ってるのかな?と思いました・・・。

2019年6月19日 (水)

フランコ・ゼッフィレッリ永遠の謎

オペラ演出家のフランコ・ゼッフィレッリがお亡くなりになりました。オリヴィア・ハッセー主演の映画『ロミオとジュリエット』の監督としても知られています。
平成10年1月の新国立劇場開場記念公演《アイーダ》を見て、私はゼッフィレッリに心酔して、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場までその演出作品を見に行きました。

ところで私はむかし、パヴァロッティのメトロポリタン歌劇場デビュー30周年記念ガラパフォーマンスの時、終演後のディナーに出席したことがあるのです。ディナー付きのチケットしか残っていなかったので、高額だったけれど仕方なく出席したのでした。ところがパヴァロッティにはガードマンがついていて、全く近寄れなかった。一緒に写真を撮って、出来ればサインをもらって・・・と事前に妄想していた夢ははかなく消えました。そのディナーの時に、パヴァロッティの近くのテーブルに座っていて、無防備だったゼッフィレッリにサインをもらいました。新国立劇場の《アイーダ》のプログラムを出してサインを頼むと、「これは何だ?東京のアイーダ?君は日本から来たのか?」とゼッフィレッリは驚き、いろいろ話しかけてくれたけれど、私は「サインしてください」しか喋れなかったのでした。右手で私の左頬を撫でてくれたのを覚えています。「真の友情を込めて」と英語で書き添えたサインをいただきました。
ゼッフィレッリがなぜパヴァロッティのディナーパーティーに出席していたのかと言うと、翌日がゼッフィレッリ新演出の《椿姫》の初日だったからです。ストラータス主演の映画版《椿姫》とは全然違う演出でした。

ゼッフィレッリの《椿姫》の舞台は本当に見事なものでした。第2幕で、下手の日光が夕暮れに暗く沈んでいくと、暖炉の赤い光が上手に浮かび上がってくるというように、舞台美術が時間の推移を語っていました。時の移ろいを感じさせる照明は、最近のオペラではなかなか見かけませんね。フローラの夜会は、ちょっとケバくて、映画版よりもいかがわしい雰囲気でした。アルフレードが札束を投げつけた後は、写実を離れて、照明が幻想的に彩られたのでした。

ゼッフィレッリは何年か前に現役を引退して隠居生活をしていたはずですが、去年、アレーナ・ディ・ヴェローナで《椿姫》を演出したらしいのです。詳しいことはよく分からないけれど、今夏もその《椿姫》が上演されるというのでヴェローナまで行こうかと思ったのですが、知ったのがあまりに遅かったので、諦めたところでした。

ゼッフィレッリはメトロポリタン歌劇場で《椿姫》を2回演出していると思うのですが、1回目の時の映像がテレビで流れたことがあるという噂をかなり前に聞きました。誰か持っている人がいないか、私はずいぶん大勢の人に尋ねたものでした。しかし、メトロポリタン歌劇場の公式サイトに掲載されたゼッフィレッリ追悼文によると、ゼッフィレッリがメトで演出したプロダクションは11作品で、そのうち3作品は映像化されていない、1つは《アントニーとクレオパトラ》、あとの2つは《椿姫》ということでした。《アントニーとクレオパトラ》は、メトが現在の位置に移転した時の開場記念公演でしたが、大失敗して公演中止になったもの。収録されなかったのも仕方がない。けれど《椿姫》はなぜ収録されなかったのだろう?ストラータスの映画版だけを残したかったのだろうかと思うけれど、ブッセートの《椿姫》はDVD化されている。ブッセートよりメトのほうが断然ゴージャスだったのに。永遠の謎です。

2019年6月17日 (月)

MOA美術館

熱海にあるMOA美術館に行ってきました。
6月15日(土)、16日(日)と2日間にわたり、美術館内の能楽堂で玉三郎さんの舞踊公演があったのです。
(地唄三題)
私の席は、1日目は正面席(真正面)から、2日目は脇正面(真横)から見るという、誠に貴重な機会でした。
能楽堂は地唄舞にぴったりの親密な空間で、また大変良いお席で拝見することができ、本当に感激しました。
演目は『口上』『雪』『葵の上』『鐘ヶ岬』でした。

『口上』は2日で内容がだいぶ異なりましたが、2日目に「命ある限り、一つ一つの舞台を誠実に勤めていくことが、私の責務であると存じております」というようなお言葉がありました。私が歌舞伎を見始めたのは平成4年からですが、その頃の玉三郎さんは、「女形が年を取っても舞台に出るのは厳しいものがある」と仰っていたような記憶があり、惜しまれているうちに舞台を退いてしまわれるのではないかと、何となしに思っておりました。
「日本の古典がいつまでも続きますようご支援を」というようなお言葉もありました。
日本の伝統芸能がいつまで続くのか、どのように伝承されていくのか、甚だ心もとないことですね。

私が玉三郎さんの舞踊を能舞台で拝見するのは、今回が初めてではありませんでした。ちょっと当時の記録が出てこないのですが、たしか熱田神宮能楽殿という今は存在しない能舞台で、地唄『鐘ヶ岬』の素踊りを見ました。玉三郎さんの『鐘ヶ岬』はその時初めて拝見し、「衣裳付きだったら良かったのに」と思いましたが、女形の素踊りは大変珍しく、今にして思えば貴重な体験でした。笛の藤舎名生さんとの共演だったと思います。
玉三郎さんの舞踊は6枚のDVDになっていますが、この中で私が1番好きなのは「舞踊集3」に収録された『鐘ヶ岬』なのです。もう生で見たくて見たくて、玉三郎さんの『鐘ヶ岬』を見るために、鳥取まで行ったこともあります。特に引き抜きは息を飲む美しさで、『京鹿子娘道成寺』のパッと変わる引き抜きとはまた違った感じの、スッと変わる引き抜きです。『鐘ヶ岬』は「パッ」ではなく「スッ」とか「フワリ」なのです。今回、玉雪さんによる引き抜きを真横から見ることができました。

能でよく「離見の見」ということを言いますけれども、正面席から見たら何がどう見えていて、脇正面から見たら何が見えて何が見えないのか、脳内でマルチアングルな画面がシミュレーションできる状態のことなのかなと思いました。

今回の公演で私が最も感動したのは『葵の上』でした。『葵の上』は建て替え直前の御園座で拝見したことがありますが、今回は照明がものすごく良かったんです。最初、照明を真っ暗にして、ゆっくり明るくなっていき、いつの間にか六条御息所が座っている。そして最後に、御息所の白い着付が打掛の陰に隠れていって、照明がゆっくり消えていく。もう背筋も凍るほどに完璧。・・・と思ったら、客席からまさかのフライング拍手が!最後の三味線の一音が全く聞こえませんでした。みんな、なぜそんなに急いで拍手をしたがるんでしょうかね?2日とも、そうでした。曲の終わりを分からない人たちが見ているのかと思ってガッカリしました。しかし、それがために六条御息所の想念がずっと消えずに残っているような不思議な感覚にとらわれました。

地方の富山清琴さんも、素晴らしい唄声でした。この会場ならスピーカーはいらないのではないかと思いましたが、多少、拡声していました。『鐘ヶ岬』では、箏の清仁さんも唄う場面がありました。


目付柱とワキ柱は外されていました。口上も舞も正面席に向けて上演され、能舞台だから何かを変えるというようなことはなかったと思います。良い踊りはどこから見ても絵になるのだと感じました。

2019年6月15日 (土)

燦ノ会

先日、喜多流の中堅能楽師による公演「燦ノ会」に行ってきました。(6月1日)
「燦」という字は、「燦然と」「燦々と」などの言葉でお馴染みなので読めますが、「読めるけれど書けない」という部類ですね。こういう難しい漢字を会の名前に付けてしまうところがカッコいいではありませんか。志が高い感じがして。でも客がついてこられるのかな。

囃子がやたら気合いが入っていて、橋掛かりのシテの謡が全く聞き取れないんですよね・・・。歌舞伎でも「三味線の音でせりふが全然聞こえない!」という時がありますけれども、全体としての配分、音量のバランスを取れないものなんですかね?

能は『弱法師』と『昭君』が上演されました。前から言っていますけれども、能の場合、1曲だけ単独で上演するよりも、2曲、3曲と組み合わせて上演することによって、公演全体としての独特なテーマが見えてきたり、単独では目立たなかった側面に光が当たったりすることがあるものです。能だけに限りませんが、舞台の上演時間がだんだん短くなっていく傾向にあるのは残念なことです。

今回の公演では、「伝わる」「伝わらない」とはどういうことなのか、考えさせられました。
公演当日に無料配布された番組のあらすじに「高安通俊は他人の讒言を信じて我が子の俊徳丸を家から追い出してしまいますが、後悔の念にかられ天王寺にて七日間の施しを行います」と書かれていました。この「他人の讒言」とは、一説に「後妻の讒言」とされているそうですが、「讒言」とは「事実と異なる悪口を言って他人を貶めること」でしょう。後妻よりも父親のほうが息子について詳しく知っていて良さそうなのに、この父親には息子のことが分からないんですね。
どうでもいいですけど私は大学受験の時に「讒」って漢字を覚えていましたよ。これが書けないと日本史の試験で受からないんですから。今はもう書けないし、もう一度覚えようという気力もありませんが・・・。
「後悔の念にかられ」→「七日間の施しを行います」のつながりが現代人に理解できるでしょうか。私は分かりますけどね。ふふん。

俊徳丸は家を出た後に盲目となってしまいますが、西に沈んでいく太陽を観ずる「日想観」の場面があります。目が見えないのに見えるって、どういう心の仕組みなのでしょうかね。
子供の頃の風景が見えたり、むかし旅行に行った先の風景が見えたりすることは、誰にでもあると思いますけどね。
超能力でも何でもなく、普通のことですね。

私が『弱法師』を見るのは今回が初めてではありませんでしたが、詞章に「仏法最初の天王寺」とあって、「日本最初」じゃなくて「仏法最初」なんだと思ってびっくりしました。ここの詞章は「日本の仏法の最初」という意味かなとも思いましたが、前後の流れから言って、あくまで「日本が仏法の最初」と言っているように思えたのです。つまり、極楽浄土がはるか西にあるとして、「全ての人を苦しみから救いたい」という願いがあるならば、その思いは必然的に東へ伸びていき、東の最果ての国までやっとたどり着いた、伝わった、仏法の念願が届いた、その喜びが「仏法最初」という言葉に表されているのでしょう。日本にたどり着くまで、仏法は仏法と言えなかった。

『昭君』では、事実が間違って伝わっていました。美しいのに美しくないと伝わって、そんなこともあるんですね。逆はよくありそうだけれど・・・。
絵は描いた人の考えが入るから別な顔になってしまうけれど、鏡はそのまま映るんですねえ。本人の実際の顔よりも本人らしく。



2019年6月13日 (木)

永遠をお望みですか

祈っても駄目なものは駄目だと、人は何歳になったら気がつくのだろう。
見えざる手を待つよりも自分の手で何かを始めたほうが何ぼか早そうなものなのに。

ピンカートンは、日本式に結婚したつもりだった。
蝶々さんは、アメリカ式に結婚したつもりだった。
アメリカ式と言うよりも、キリスト教式に結婚したつもりだった?
しかし実際に行われたのは神前の結婚式だったようだ。(「神官」という役が登場する)
蝶々さんは事前にキリスト教に改宗したのに、なぜ神前で結婚式を挙げたのだろう?

蝶々さんは、なぜ永遠の愛を信じていたのでしょうか?

日本の結婚は宗教と結びついていないですよね。
花嫁が着たいのが着物かドレスかで選ぶみたいな?

イタリア人の結婚は宗教と結びついているので、離婚できないんだそうですよ。
法律的には離婚できるけれど、宗教的に離婚できないのだそうな。
教会で永遠の愛を誓ってしまっているために。
(最近はわりとさばけてきたらしいですが)

誓い。誓い・・・。裁判の前に、聖書の上に手を置くみたいな?

去年、職場の若い者の結婚式に参列したのです。
結婚式場の中にチャペル?があって、西洋人の神父さんがカタコトの日本語で式を取り仕切っていました。
「健やかなる時も、そでない時も」
「富める時も、そでない時も」
「そうでない時」ではなく「そでない時」と言っていた。
高師直みたいだなと思った。
2人は愛を誓い合った。
そばで日本人の歌手が「私を泣かせてください」の替え歌を歌っていた。(「ジョイアなんとか」って・・・)
声楽家にはこんな仕事もあるのかと思った。
後日、神父さんから事前に結婚の心構えを説明されたのか新婦に尋ねたところ、何も聞いていないと言っていました。

去年の暮れに、『別冊カドカワ』という小型のムック本が発売されました。「総力特集 新世代歌舞伎」というので購入してみたのです。そこに、こんなことが書かれていました。

(前略)
種之助 僕は結婚するつもりないけど。
新 悟 へぇ~。
種之助 死ぬときに一人は嫌だけど、今のところは結婚なんて全然したくない。もちろん、愛する人がいる人生は楽しいと思いますよ。でも、それだって別に結婚っていう形にしなくてもいいんじゃないですか? あんなの、紙に名前を書くかどうかだけじゃない。
新 悟 自由だねえ。
種之助 結婚しないと守られない愛なんていらなくない?
新 悟 そんなことはないでしょう。
(後略)p92

そんなことがあるか、ないか、どちらでしょう?
もう愛していなくなっても、まだ夫婦でいたいものでしょうか。

2019年6月11日 (火)

右や左の旦那様

オペラは、同じ作品でも、いろいろな演出がなされます。
時代設定を原作から変更して現代に設定する、ということも頻繁に行われます。
時代を現代に移すと「分かりやすくなる」「共感しやすくなる」と盛んに言われますが、それは作品によると思うんですね。
《蝶々夫人》は現代には置き換えられないと思うんです。
あれが現代の物語だったら、「シングルマザーで生きていけばいいのでは?」と誰もが考えて、話が成立しなくなってしまうでしょう。
女性が自立して生活していくことが非常に困難な時代だったからこそ、成立する話でしょう。
それは物語の前提ですよね。前提が理解できないと、話が分からないですよね。

新国立劇場で今月上演された《蝶々夫人》のプログラムに、
「芸者に戻るなら死んだほうがまし」と切々と訴える(アリア「お前を抱いて母さんは」)。p15
と書かれていますが、「芸者」ではなく、「乞食になるなら死んだほうがまし」と蝶々さんは言っていると私は思うのです。蝶々さんは外界と絶縁してきたので、もう芸者には戻れません。

よもやま

私もサラリーマンですから、スーツを買うことがあるわけなのです。
これまで利用していた店の商品が、急激に変化していて、化学繊維の配合率がすごく高くなっています。
化繊だから駄目・・・というわけではないのですが、パッと見てテカテカで、いかにも安っぽい感じ。「この店はもう使えない」と思いました。
では別の店で・・・と思うと、値段がすごく高くなってしまう。
スーツだけではなく、靴下なども化繊100%の商品が増えています。

ここ数年で、衣と食の質が急激に低下しているようですね。あまりに急激で戸惑うくらい。

国立劇場のホームページが酷い

先日、国立劇場の邦楽公演を鑑賞したのです。三味線を1人で弾き語りする繊細な音色が素晴らしくて、国立劇場の小劇場は良い音響だなあ、邦楽の公演に最適だなあと思っていたところ、下手〔しもて〕の壁の向こう側を台車が走る大きな音がガラガラと響き、小劇場っていつも必ず台車の音がするよなあとゲンナリいたしました。売店の商品を納入する台車だと思うのですが、台車を新しくするだけで音をさせなく出来ると思うのですが、これまでも改善されなかったし、これからも改善されないでしょう。

このあいだ、国立劇場の大劇場で歌舞伎を見ていたら、場内案内係の座っているパイプ椅子が、ずっとギシギシと音をさせていました。これからも改善されないでしょう。

ここのところ、国立劇場のホームページが酷いという話をずっとしているのですが、9月の声明公演の情報が掲載されたので、ぜひ見ていただきたいのです。何の宣伝文句も説明もない状態です。
・いろいろ種類がある声明の中で、今回の萬福寺がどのような特徴を持っているのか。
・普段は、どのような機会に、どのような場所で演奏されているのか。
・今回出演するのは、どのような人たちなのか。
そのような、公演情報を掲載するにあたって当然紹介されるべき事柄に全く触れられていない。
お寺や出演者の写真もない。今どき、宣伝用の動画くらい見られてもいいのに。

これは速報の告知にすぎず、この後に情報が追加されていくのではないか?とお思いになるかもしれませんが、この後はちらしのPDFが張り付けられるだけなのです。(たぶん)

もう十数年間、ずっとこのスタイル。評価とか評議とか繰り返していても、何も改善されないんです。一体どうなっているのでしょう?

6月歌舞伎鑑賞教室

国立劇場の歌舞伎鑑賞教室を見ました。(6月9日)
予想していたより面白い公演でした。
お舟は、数ある娘役の中でも大役ですが、これを1日2回も演じるパワーはすごいですね。

鑑賞教室なので最初に解説が付いているのですが、普段は解説なしでいきなり見ているわけですよね。改めて考えてみれば、『神霊矢口渡』をいきなり見るのって、かなりハードルが高い感じですね~。

本公演でも、そのうち解説付きで歌舞伎を上演する時代が来るんですかねえ・・・。

2019年6月 9日 (日)

笛田博昭&ヴィンチェンツォ・スカレーラ リサイタル

新百合ヶ丘のテアトロ・ジーリオ・ショウワで行われた「笛田博昭&ヴィンチェンツォ・スカレーラ リサイタル」に行ってきました。(6月9日)
笛田さん、カッコよかった~。今が一番のってる年頃でしょうか。
収録が入っていて、BSで放送されるそうです。

字幕があったのが良かったです。トスティの歌曲「アマランタの4つのカンツォーネ」は字幕がなかったら全然分からなかった。
舞台の奥にはイタリアの住宅?の写真がずっと投影されていました。

《ラ・ファヴォリータ》のアリアで高音をバッチリ決めて、輝いてましたね。

全体的に悲劇的な雰囲気の曲が多くて、笛田さんってこういう歌が好きなのか~と、ちょっと意外な感じがしました。(まあオペラはたいてい悲劇ですが・・・)

終演後にサインをもらって、握手してもらいました!

日本音楽の流れ

国立劇場小劇場で行われた「日本音楽の流れⅢ-三味線-」に行ってきました。(6月8日)
私のお目当ては義太夫の『ひらかな盛衰記』「逆櫓の段」でしたが、その他の曲も含めて全体的によく練られた構成で、良い企画でした。津軽三味線はもっと大きく取り上げてほしかった気がしますが、盛りだくさんな内容でしたから、仕方ありませんね・・・。

私の後ろの席のジジイとババアが、「逆櫓」のあいだ声をあげてゲラゲラ笑っていて、ゲンナリでした。「笑っちゃうくらいすごい」ということらしいんですけど、本当に迷惑でした。
でも織太夫さんと藤蔵さんの演奏は良かったです。すごい迫力でした。

津軽三味線の山中信人さんは、短い演奏でしたが、驚きのヴィルトゥオーゾでした。他の公演も行ってみようかな~。

せっかくこれだけの企画をやっているのに、全然宣伝していないし、「この公演はこんなに素晴らしい公演でした」というような終了後のアピールもないし(たぶん)、国立劇場の宣伝体制は一体どうなっているのでしょうかね。
ホームページなんて、曲目と出演者名くらいしか書いていないんですよ。新作委嘱をしているのに、作曲家の紹介さえ載っていない。
「国立劇場が総力をあげて三味線の歴史を紹介します」「出演者には現代最高の布陣を揃えました」「それぞれの三味線の特徴を存分に味わっていただける番組です」などの宣伝文句が一切ない。曲目と出演者名だけ。
というようなことを私が言いますと、きっと「完売したから宣伝は不要」とか「ちらしが張り付けてあるじゃないの」などと反論されちゃうんですよ。売れている公演を「こんなにすごい公演です」とアピールすることが、劇場に関心を持っていただくために最も有効な手段だと私は思いますけどね。
ちらしのPDFを開いて文字を読む人って存在するものなんですか?ちらしと同じ素材を使ってウェブデザインを組むだけでも、だいぶ違うんじゃないかと思います。国立劇場のホームページは、あまりにも酷すぎて話になりません。

2019年6月 8日 (土)

美女桜

Royal Operaのことを日本語で「英国王立歌劇場」と表記した場合、Royal Operaのことを何も知らない人に対しても「イギリスの王立の歌劇場」ということが伝わるじゃないですか。ところが「英国ロイヤル・オペラ」と表記しますと、それが建物のことを言っているのやらオペラの作品のことを言っているのやら団体のことを言っているのやら、知らない人には何も通じなくなってしまうでしょう。さらに「メトロポリタン・オペラ」の場合、都市部で上演されているオペラのことなのかな?都会的なオペラ?と考える人もいると思います。「それくらい分かるだろう」というのは勝手な思い込みで、「意味が分からない」「私には関係ない」「見ない」という人は存外いらっしゃると思います。知っている人同士で話すぶんには何でもいいけれど。

そのむかし、藤原歌劇団のボスであった藤原義江が、マスネ作曲の《マノン》を上演する際、タイトルを《娼婦マノン》にした、という話を聞いたことがあります。マノンを知らない人にも何とかして興味を持ってもらいたいという一心だったのでしょう。

《蝶々夫人》の有名なアリア「ある晴れた日に」の中に出てくる「verbena」という単語を、字幕などで「バーベナ」と翻訳しているケースを見かけるのですが、バーベナをすでに知っている少数の人にしか伝わりませんし、「美女桜」と翻訳したほうが聴衆もアリアの内容を理解できると思うのです。ピンカートンが蝶々さんのことを実際には「バーベナ」と呼んでいたのか「ビジョザクラ」と呼んでいたのかは歌詞からは分かりませんが、たとえ「バーベナ」と呼んでいたにせよ、日本語で美女桜という名前だから「バーベナ」と呼んだのは間違いのないところです。

マダマ・ブッテルフライ

新国立劇場で上演中の《蝶々夫人》を見てきました。
日本人ソプラノによる蝶々さんと、アメリカ人テノールによるピンカートンの組み合わせは、なかなか貴重な機会だったのではないでしょうか?ピンカートンを歌ったスティーヴン・コステロは、いかにもアメリカ人という感じの容姿で、役にはまっていました。オペラよりミュージカルが似合いそう。Stephenの表記がスティーヴンになる仕組みがよく分からない。

スズキがとても良かった。

指揮のドナート・レンツェッティは、ジャーンと鳴らすべきところで鳴らしていたので、気持ち良かった。むかし古今亭志ん朝が「客は行きたがっているのだから行かせてやらなければ駄目だ」と言っていたのを思い出した。
でもそういうのって良い悪いではなく結局は好き嫌いというだけのことだと思う。
そこで好みの話をさせていただけば、栗山さんの演出は私の好みではない。花が落ち葉に見えるのを始めとして、全体的に美しさや華やかさに欠けると思う。アメリカを象徴するものとして星条旗を出す感覚もよく分からない。馬鹿にされている感じがする。


2019年6月 3日 (月)

オフシアター歌舞伎その2

オフシアター歌舞伎『女殺油地獄』を見てきたわけなのですが、その話の続きです。
考えてみれば、歌舞伎町にはむかし新宿コマ劇場があって「コマ歌舞伎」なるものを上演していたのでした。いま上演されているような歌舞伎とは少し違うものだったかもしれませんが・・・。だから歌舞伎町で歌舞伎が上演されるのは今回が初めてではないですね。

『女殺』と言えば、今の仁左衛門さんの当たり役で、獅童さんもかつて仁左衛門さんの指導を受けたそうですが、今回の上演では台本も書き直され、新しい演出で舞台にかかりました。
これまでの見慣れた舞台と違ったところと言いますと、まず「春の野崎参り」というような風情は、ほとんど表現されていませんでしたね。書割や大道具が全くない舞台でしたし、筋と直接的な関係がない「風情」などというものは、描くことが難しいものなのかもしれません。

荒川良々さんが演じた二役は、役が大きくなっていました。豊嶋屋七左衛門は、家族をとても愛している感じが出ていましたし、白稲荷法印は、怪しい感じが出ていました。

見ているうちに、与兵衛やお吉が白塗りをしていることが不思議に思えてきました。




オフシアター歌舞伎

中村獅童さんが中心となって行われた「オフシアター歌舞伎」に行ってきました(5月28日)

歌舞伎が上演されるなんて想像したこともない2つの会場で、同じ配役で『女殺油地獄』が続けて上演されましたが、私は後半の新宿FACEのほうを拝見しました。会場は歌舞伎町のビルの7階にありました。昔はリキッドルームというライブハウスだったそうで、現在はプロレスの興行などが打たれています。歌舞伎町で歌舞伎が上演されたのは初めてのことでしょうか?

普段はプロレス会場だけあって、舞台は四方から客席に囲まれています。ちょっと能舞台のような空間ですが、舞台には屋根も柱もありません。客席はパイプ椅子です。私は南の席を取りました。客席の横幅がとても狭いです。役者は小まめに立ち位置を変えて、どの席にも芝居が届くように工夫していました。ある役者の顔がすごく良く見える場面と、見えない場面とがあり、それが頻繁に入れ替わる感じでした。見え方にムラがある会場でした。

開演前には舞台が白い幕で取り囲まれていて、そこに映像が流されていました。波とか泡とか歌舞伎町の町とか新聞記事とかがコラージュされているような映像でした。そして、ピロピローとかキュルキュルーみたいな電子音が流れていました。しかし芝居が始まると、映像を用いたり電子音楽を使うような場面は一切ありませんでした。
衣裳も普通の『女殺』という印象で、ちらしの写真のような飛んだ衣裳ではありませんでした。与兵衛の借金を取り立てにやって来る役を赤堀雅秋さんが演じていましたが、この人だけ衣裳の様式が違っているように見えました。(赤堀さんは自毛で髷を結っていた?)
ちょっとエコーがかかった竹本の音楽が時折スピーカーから流れていました。

90分で『女殺』が上演できるのかなと疑問でしたが、実際は休憩なしで2時間くらいやっていました。しかも見たことのない場面まで挿入され、かつ「逮夜」まで上演されました。

獅童さんは、貧乏ゆすりをしたり、歌舞伎座ではやらないような独自の不良像を造形していました。獅童さん以外の方も含めて、全体的に本気モードと言いますか、絶叫系の演技が多かったような気がしますね。
殺しの場面はすごく暗い照明で、糊を溶いた水を流すようなことはなく、ハアハアという役者の息遣いが聞こえてきました。お吉の海老反りは北東の方角に向けてなされました。

いろいろな方角に向けて演技をしていましたが、重要な演技は北東か南東に向けて行われることが多く、東が正面という扱いだったようです。終演時のお辞儀も最初は東でした。

赤堀さんが脚本を書いたそうで、分かりやすい言葉に言い替えたり、ちょっとした笑いが入ったりしていましたが、それほど極端な改変はありませんでした。

母の述懐が短くなっていて、「根性の直る薬には、母が生き肝を煎じて飲ませと言う医者あらば、身を八つ裂きも厭わねども」というセリフはカットされていました。文楽で上演されると私はよく泣くくだりですけれども、現代の客には大仰に映るのかもしれません。そこが面白いのにね。

最後の場面で与兵衛が「南無阿弥陀仏」と唱えます。今回の公演では、七左衛門への当てつけのように「南無阿弥陀仏」と言っていました。
私の考えでは、与兵衛のこの「南無阿弥陀仏」は、自分が助かりたいと思って口にしている言葉なのです。「誰でも救ってあげます」「悪人でも救ってあげます」というのが「南無阿弥陀仏」の力であり、それを自分が本気で信じられたら本当に救われるわけでしょう。救われると本気で信じたら救われますよね。死ぬ時に「私は救われる」と信じられたら、救われたのと同じ。
「この上まだ救われるつもりなの?」「こんな悪人でも救われてしまうの?」「それでいいの?」と最後に観客に思わせて宙ぶらりんな気持ちにさせるところに、『女殺油地獄』の醍醐味があると私は思うのです。

全体的に獅童さんの情熱が感じられる公演でした。





2019年6月 2日 (日)

坂東玉三郎「世界のうた」

日生劇場で行われた玉三郎さんのコンサートに行ってきました。(5月28日)

着替えのあいだに1度だけミラーボールが出てきましたが、着替えた衣裳がキラキラと光っていて、玉三郎さん本人がミラーボールみたいでした。

ピアノ、管弦楽、そして後半にはコーラスが入っていました。
「マック・ザ・ナイフ」は動きながら歌っていましたが、ほかの曲はわりとしっとり歌っていましたね。バラードがお好きなのだそうです。

歌う前に、それぞれの曲に関する短いお話がありました。越路吹雪さんが歌っていた「人生は歌だけ」という曲をお歌いになる前のお話は、たしか「私の人生は舞台だけだったとも言えます」「今日お越しの皆さまには、何があるのでしょうか」「たくさんある方もいらっしゃるのでしょうか、羨ましいですね」というようなものでした。
「人生は歌だけ」と言う時、その歌は「聞く歌」ではなく「歌う歌」でしょう。そして、その歌を聞いてくれる人がいるのでしょう。
振り返れば、私には何もない。転職して、何か別な仕事をしようかと近年よく考えるのです。



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