言葉の消費
インターネットというものが世に出始めた頃と、私がオペラに興味を持った時は、ちょうど同じ時期でした。
全ての公演を見ることは不可能で、自分が見られるものは限られていますから、気になっていたけれど見られなかった公演の情報をインターネットから得られるのは便利。知らなかったことをいろいろ教わる場でもあります。
オペラでも歌舞伎でも、まずは「掲示板」というものがあり、書籍として流通するような話題ではない噂話とか、小ネタ、マニアックな知識、さまざまな感想というものが書き込まれ、誰かが疑問を投げかければ、それに回答を与える人もいました。かなり流行っていました。有益な情報を得ることもありました。
が、掲示板は完全に終了したように見受けられます。
そのような公開討論のような場のほかに、「ホームページ」「ブログ」などで、個人の感想や考えを書き込む人もいました。
が、それらは人数が減ったのに加えて、検索しても引っかからなくなったと思います。
「mixi」「Facebook」に書き込む人もいます。
が、ログインしなければ読めないところに書かれた感想や意見には、私はあまり興味がない。世間の興味の対象が「話」から「人」に移ったように感じました。
最近は「Twitter」で呟く人が増えました。検索にも引っかかり、私も読んでみることがあります。
が、文章が短い。文章と言うか、本当に鳥のさえずりのようで、単語で喋っているみたいな感じですね。
海老蔵さんのブログは、形式はブログですけれども、中身はほとんどTwitterなのではないかと思う・・・。
ネット上の文章が、どんどん短くなってきている気がするのです。そしてすぐ消えていく。
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確かにTwitterの「単語」の連なりでは、正確に自分の考えをコミュニケエイトするのは難しいでしょうね。会話であれば、語調、表情、目つき、身振り手振り等、他の情報で補えるのですが、文字で読む場合はいろいろ解釈が成り立ち、誤解や曲解のもととなってしまうと思われます。
さて昨日の日曜日、前橋汀子さんのヴァイオリンリサイタルを聴いて来ました(8/25 日13:00~『前橋汀子のバッハ無伴奏』@みなとみらいホール)。彼女のご高名はかねてより存じ上げていたのですが、これまで一度も直かに聴く機会が有りませんでした。今回は「J.S.バッハ:無伴奏ソナタ&パルティータ全曲」演奏会というので、あの偉大なバッハの比較的若い時代、まだ宗教音楽家として活動する以前の名曲たちを、纏まって聴ける絶好の機会だと思って、大分以前にチケットを取って置きました。当日みなとみらいホールの大ホールは7~8割方が埋まり、観客のほとんどが年配の人々でしたが、事前のホワイエでも休憩時間中でも相当な熱気が感じられました。無伴奏のソナタとパルティータはそれぞれ三曲あり、公演前半は、ソナタ1番、パルティータ1番、ソナタ3番、後半がソナタ2番、パルティータ3番、パルティータ2番の都合六曲、休憩を挟んで3時間近い長丁場の演奏でした。当初1番から3番までソナタとパルティータを交互に弾くのかと想像していましたが、プログラムを見て成程と感心させられる演奏の順番でした。曲によって演奏時間が長いもの(約36分)もあれば短いもの(約16分)も有りますので、前半と後半にバランスよく時間配分することが必要です。それから演奏会全体としての起伏、盛り上がりを考える必要が有るでしょう。また奏者自身の演奏し易い順番もあるでしょう。様々な要因を熟慮した結果の曲順ではなかろうかと思われました。舞台に登場した奏者は、ふんわりとしたデザインの唐紅色の鮮やかなドレスに身を包み、古希を過ぎているとはとても見えない50歳代とも言ってよい程の若々しい姿でした。丁寧な挨拶もそこそこに、1番のソナタを間髪を置かず弾き始めました。聴いていて感じたことは次の1番のパルティータもそうなのですが、若いヴァイオリニストの様な力任せに弾く音とは異なった、かなり熟成した良い意味で枯れた音である様な気がしました。『気がした』というのは失礼、実は途中でうとうと寝てしまったからです(連日の暑さと疲れからでしょうか?)きっと好きなバッハの調べが心地良かったからでしょう。それにしてもプログラム解説を読むと、複数楽器の合奏の如き重音、フーガの連なり等々超絶技巧を駆使する演奏は、大変難しいものだろうなと想像に難くありません。時には体を前に折り曲げ、時には弦に弓を叩きつけるが如き運弓法でそれらを軽々と弾きこなし、真一文字に引き締めた口元には、奏者の強い意思と長年の不断の鍛錬の跡、不屈の精神が感じ取られました。前半は相当難しい曲が多かったと思われます。20分の休憩のあと後半プログラムが開始しました。いつも思うのですけれど、このホールは1階の通路構造上のせいか、休憩時に人の移動が余りスムーズにいかないのです。今回、1階の比較的前方の席でしたが、トイレに到着するまでノロノロ牛歩の歩みで相当時間がとられました。トイレ後ドリンク1杯買い求め急いで飲んでも、もう休憩タイムズ、アップ。女性の長蛇の列はまだ相当続いていました。ホールの構造改造など余程のことが無いと出来ないでしょうから。さて後半はソナタ2番から開始。この曲は前半とうって変わって音も伸びやで大変安定感のある演奏に感じられ個人的には一番良かった。次のパルティ-タ3番には人口に膾炙した有名な曲が含まれており、ガボットなど比較的易しい旋律でしかも聴く人の心に滲みこむ旋律、これ一つとってみても後世のどんな作曲家の旋律創作にも負けず劣らぬ大発明と言えるのではなかろうかとさえ思われ、(これが1720年の35歳の作としたら、65歳で亡くなる1750年まで)バッハはその後30年にも渡って作曲活動を続けて傑作を量産し続けたのですからこれは奇跡というか、もう人間わざではないですね。多くの人が知っているガボットのこの調べを、音の強弱、長短を僅かに他の演奏家とは違った前橋流の表現で弾き、3番を弾き終わると同時に会場は前半にはなかった大きな拍手で包まれた。次曲パルティ-タ3番、その次のパルティータ2番と進んでも、安定した演奏と熟成された奏法は冴えわたり、益々会場は興奮の度合いと大きな拍手のうねりとなって、終演後もそれは続き、奏者は何回もステージに現れて満足そうに微笑まれながら上下左右、前後の客席に挨拶を送っていました。さすが‘名にし負う’日本の代表的演奏家の演奏でした。
<追記>これらの曲を若手だったらどう弾くのか非常に興味があります。今度若手のヴァイオリニストが同じBachの六曲の連続演奏会をするのであれば是非聴きに行きたい。例えばこれまで聴いたことのある若手、関朋岳さん、大関万結さん、新井里桜さん、辻彩菜さん、松田里奈さん他、誰かリサイタルやらないですかね?
投稿: hukkats | 2019年8月26日 (月) 20時57分
バッハの無伴奏と言いますと、チェロは聞いたことがありますが、ヴァイオリンは聞いたことがありませんでした。
前橋さん、ちょっと検索してみましたが、驚異的にお若いですね!
投稿: ふくきち | 2019年8月29日 (木) 21時36分