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2019年9月 6日 (金)

あれこれ

◎このブログの周囲に表示されている広告は、私の意思とは無関係に表示されてしまうのですが、あまりに見苦しくて耐えられない。月額1400円くらいの料金を払うと広告を消すことができるプランも存在するのですが、金を払ってまで文章を書くかねえ?と考えてしまいます。(書いたら原稿料をもらえてもいいくらいなのに)
インターネット上の広告って、どうして汚らしいのでしょうかねえ?(このブログだけに限らず)

◎日本の外交能力の低さに驚きを禁じ得ない。

◎オリンピックの暑さ対策があまりにも悲惨。

◎学校における英語教育は、現在どのようになっているのでしょうか。私が学生の頃は、テキストが与えられ、手本を聞くこともなしに人前で読み上げることが求められ、かつ、分からないところは辞書を引きつつ意味を考えて日本語に訳すことが予習として課されていました。まるで暗号解読のような勉強方法でした。最初に答えを全部与えて、なるほどなるほどと思いながら、たくさん読んだり聞いたりしたほうが、英語が身につくのではないかと思うのです。漢詩と違って、英語のテキストは大した内容ではないので、考えても仕方がないのです。

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コメント

日本がますます孤立の方向に行く恐れを心配します。英語教育は、小学校で英会話をかなり力を入れてやる様ですよ。
ところで昨日9月6日(金)、オペラを観てきました。9/5~9/8にかけて藤原歌劇上演のロッシーニ作曲『ランスへの旅』です(at 新国立劇場オペラパレス)。この劇場に行ったのは、あれはいつだったでしょうか?随分前(2009年だったかな?)に、シェイクスピア劇『ヘンリー6世』を観た時以来でした。詳細は忘れましたが、9時間にも及ぶ上演だった記憶があります。それ以来一度も行っていません。オペラパレスに入ったのは今回が初めてです。上演前に折江監督による事前説明がある、ということなので急いで行ったのですが、間に合わず入場した時には終わりかけていました。遅れたのは自分が悪いのですが、兎角この劇場のアクセスの悪いことと言ったら腹が立つ程です。サントリーホールも決してアクセスはいい方ではありませんが腹が立ったことはない。初台駅からやっと建物に到着しても、お上りさんにはどこをどう行ったら良いのか分からない。建物の職員と思しき人に聴くと、少し戻って池の方に行けという。見たくもない広い人工池の周囲をぐるーと歩かされ、挙句は何段にも渡る低い階段を上ってどこまでも直進しそうになりました。でも途中で隠れて見えないエスカレーターを登るらしい。到着して一面ガラス張りのロビーから見下ろすと件の池が見えます。入口を逆サイドに設計して呉れればすぐ入れる様になったのにと愚痴の一つも言いたくなりました。あの池もあのスロープ階段も、美的効果を狙って設計したと推察されるのですが、個人的には全然美しいとは思われない。美術館ではないのだから、時間が限られて上演する舞台劇場なのだから、舞台を見に来る観客のことを、設計者はもう少し考慮してくれても良かったのにと思いました。
それはさて置き、今回のオペラは、フランス大革命後の王政復古で国王となる、シャルル10世の戴冠式(1825年)に纏わる話で、同年にロッシーニが作曲、戴冠式の翌月パリで初演したものです。フランス国王の戴冠式は代々、パリ東北東シャンパーニュ地方に位置する街ランスのノートルダム大聖堂で執り行われることが常でした(因みにナポレオンの戴冠式はパリのノートルダム大聖堂。英国はウエストミンスター寺院で代々行われる)。その戴冠式を見に行こうと欧州各国からフランスの温泉宿(オペラでは「金の百合亭」)に集まった宿泊客の繰り広げる人間模様(戴冠式見物の準備、宿泊人たちの愛憎劇etc.)が歌われ演じられるのです。ファウスト、オテロ、椿姫の様なヒーロ、ヒロインはおらず、複数(十数人)の登場人物の対等劇とも言えます。新国立劇場は主として前記した理由から余り行きたくない劇場だったのですが、今回金曜日の第二日目を聴きに行ったのには理由があります。
今年三月に下旬に『第1回ベルカントオペラフェスティバルinジャパン』が一週間程、昭和音大を舞台に行われたのでした。その一環としての「ベルカント・コンサート(3/22)」を聴いた時、前半、若手の歌手の卵たちの歌の後、後半に3/22に演じられるオペラ『フランチェスカ・ダ・リミエの主演予定者がゲスト出演して歌った冒頭に、どういう訳か今回の出演者「光岡暁恵」さんがゲストで歌ったのでした。その時ドニゼッティの「ルチア」から“香炉はくゆり”を歌いましたが、相当な技巧を駆使し、綺麗な声でコロラトゥーラソプラノのだいご味を十分に発揮していました。最後の高い音もしっかり綺麗に力強く出ており、その歌声がとても良かったので(3/23投稿のhukkatsコメント参照)印象深く記憶に残っていて、機会があれば一度光岡さんの出る演奏会に行きたいと思っていたのでした。今回のオペラではローマの女流詩人コリンナ役で歌い、ハープの優雅な音を伴奏にアリア「皆さんの心に友情愛があまねく広がることを望みます」としっとりと、しっかりしたコロラチューラで歌い上げると大きな拍手と歓声が沸き上がりました。やはり期待に違わぬソプラノでした。最後の宿泊者が各国代表として国関係の歌を歌う場面でも、コリンナはシャルル10世の賛歌を即興詩で歌うのですが、ここも光岡さんは朗々と見事に歌い切りました。歌い終わると同時に大きな拍手が鳴ると思っていたのでしたが、その間も無くオケが間髪を入れないで次の曲を鳴らしたので、拍手の機会は有りませんでした。あそこでは指揮者は観客の反つに気を利かせて一瞬待つべきでは?光岡さんに敢えて要望するとしたら、もっと迫力も付けて下さいという事です。世界のDivaに伍して戦っていくには、声の力の基となる体力増強が必要ではないでしょうか。あくまでも個人的見解ですが。その他の演奏は、直後に歌われる十四重唱がこのオペラで非常に有名な個所です。これはあくまでも私個人の受留めですが、過去に観た幾つかの映像の十四重唱のイメージに比し、雑然混沌とした感じを受けました。重唱の中でソロも含みながら合唱的要素も加わって他に類を見ない壮大な重唱となる場面の筈ですけれど残念、すっきりとした良い出来とは言えなかった。印象に残る重唱とは言え難いですね。重唱を合わせる練習は何回もやったのでしょうけれど。合唱指導者の意見も聞いた方が参考になるかも知れません。その他感じたことは、総じて男性歌手も女性歌手も超絶技巧のパート、早口言葉のパートがいま一つ明快な表現になっていないような気がしました。あともう一点、ロシーニのオペラの喜劇性(笑いを誘う点)の表現に更なる工夫がいるのではないでしょうか。昔NHKで放映されたスカラ座のケースですと、最終場面で、国王たちが隊列を組んで(この場合はオペラの舞台で用意されている祝賀会場)に向かう隊列(20人程度はいたでしょうか?)が、おそらくミラノDuomoで戴冠式を挙げたという設定なのか、Prada本店も入るGalleriaを通過してスカラ座広場に至り、スカラ座前の道路(交通量の多い通りです)を横切ってオペラ会場に行進したのです。でも交通止めには出来ないのでしょうから、信号待ちや何かと時間がズレて舞台で待つオペラに合わせる必要からか、急ぎ足になったり少しズッコケ気味の隊列になったり、それがかえってロッシーニのオペラらしい雰囲気を醸し出していました。ウィーン歌劇場の上演でも外からの隊列が舞台に上がる設定でした。今回はこの様な演出は有りませんでした。その他バレーやパントマイムやら猿のぬいぐるみを着て喜劇性を表現し笑いを誘っているケースも有ります。歌手の演技でもっと喜劇性を表せたら観客も大いに沸くことでしょう(6月22日に観たボローニャ歌劇場の『セビリアの理髪師』では結構笑いを誘っていました)。
ついでにもう一つ、コリンナに恋心を抱くイギリスの軍人シドニー卿が、花束が飾られたコリンナのいない家の前で、座り込みながら花ビラを一つ一つちぎって恋心が伝わらない切ない気持ちを表していましたが、このやり方は男性向けでないですね。女性が何か、特に恋など占う時に「愛してる、愛してない、愛している…」などとやる方法です。男はやらない。因みに、来週、英国ロイヤルオペラの「ファウスト」公演が東京で有りますが、「ファウスト」の第3幕で、ファウストの愛するMargueriteがマーガレットの花びらを一枚一枚引き抜いてファウストの愛を占う場面が有りますよ。
いずれにせよ今回のオペラ上演は、我が国の令和天皇の事実上の戴冠式とも言われる、10月22日の「即位礼正殿の儀」の時節柄、世界各地の招待国から代表が集まるので、それに因んだタイムリーなオペラとも言えそうです。


新国は初台の立地が不便だという話をよく聞くのですが、サントリーホール、オーチャードホール、紀尾井ホール、すみだトリフォニーホール、東京文化会館、どこもそれなりに不便と言えば不便なのではないかと思いますけれど・・・。
建物の設計は本当に酷いですね。

《ランスへの旅》は、私もこの土日に拝見しました!

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