3 オペラあれこれ

2019年3月25日 (月)

あなただけよ

モーツァルトのオペラには、よく「恋愛の相手は誰でもいい」という柔軟な考えの人物が登場しますが、その一方で「この人でないと駄目」というような、意固地なキャラクターもオペラにはよく登場します。ウェルテルはその代表格。

新国の《ウェルテル》を見た人に感想を聞いたところ、「ウェルテルの気持ちが全く理解できない」という人がいました。「ソフィーのほうが可愛いのに」と言っていました。それを聞いて、きっとこの人は、「この人でないと駄目」という種類の恋をしたことがないのだろうと思いました。

別の人の感想では「シャルロットが許せない」というのがありました。「変に気を持たせるところが許せない」のだそうです。きっとこの人は、「この人でないと駄目」という種類の恋しかしたことがないのだろうと思いました。

シャルロットは、実はウェルテルのことが好きだったらしいけれど、現実には母親の決めた婚約者アルベールと結婚した。つまり「アルベールでないと駄目」というわけではなかった。母親が別の人を指定したら、別の人と結婚したのだろう。

結局、どちらが幸せなのだろう?

主人公の猛アタック

新国で《ウェルテル》を見ていて、主人公の押しの強さに改めて驚いたところです。
ほぼストーカーって言うのか・・・。
少しは相手のこと考えてるのかな?
すごく自分に自信がある感じですよね。
「彼女の母親が決めた婚約者さえいなければ」という設定でした?
(そんな話でしたっけ??)

先日、シアターオーブで「パリのアメリカ人」というミュージカルを見て来ました。
ジーン・ケリー主演の昔の同名映画とは、ずいぶん趣きの異なる内容でした。
パリに住んでいるアメリカ人の役を日本人が演じるという、なかなか想像力を必要とする作品。
しかし舞台というものは男が女を演じたり、女が男を演じたり、若者が老人を演じたり、要するに自分でない者の人生を生きるのが演技というもの。
でもパリらしさとかアメリカ人らしさは、今回の演技からはあまり感じられなかったですねえ。
アメリカ人らしさと言えば、主人公の押しの強さがアメリカを感じさせました。
好きな女性に猛アタック。
相手もその気があったからいいけれど、そうでなかったら大変ですね。
(そうでないことのほうが人生では多いのでは・・・)

「押しの強い主人公が、好きな女性に猛アタック」と言えば、「ニューヨーク・ニューヨーク」という映画がありました。
一応、ミュージカル映画に分類されるのでしょうか。
あまりの猛アタックに開いた口が塞がらない。
ところでこの映画、ライザ・ミネリの歌唱力が素晴らしいです。
私もいろいろなミュージカル映画を見ましたが、当然ながらオペラに比べるとだいぶ歌唱力が劣ります。
ミュージカルで「この歌手はすごい!」と私が思ったのは、ライザ・ミネリとネイサン・レインくらいですかね。
あとは「野郎どもと女たち」のマーロン・ブランドは総合的に上手いと思いました。
「ニューヨーク・ニューヨーク」は、とても切ない終わり方をするのですが、特典映像として「ハッピーエンド版」のテイクがDVDに収録されていました。「いやあ、この話でハッピーエンドはないだろう」と思いました。

私の好きなミュージカル映画に「スイート・チャリティ」というのがあるのですが、この作品はあんまり有名じゃないですね。
すごく悲しい結末なんですけど、このDVDもなぜか特典映像として「ハッピーエンド版」が入っているのです。
「そのハッピーエンドはあり得ないだろう」とツッコミを入れたくなるところですが、出資者を納得させるために撮影しなくちゃいけなかったんですかねえ?

2019年3月24日 (日)

老いたウェルテルの悩み

何だかもう、ウチのパソコンがそろそろ駄目みたい・・・。

先日、新国立劇場で《ウェルテル》を見てきたのです。
《ウェルテル》を見るのは3度目でした。
最初に見た時はとても小さな会場で、ピアノ伴奏形式でした。その公演の前後で原作小説も読みました。
2度目は新国で、ディミトリー・コルチャックがウェルテル役を歌った時です。こんな二枚目が叶わぬ恋で自殺をするのなら、世の不細工たちはどうやって生きていけばいいのだろうか、それを示すオペラこそが望まれているのではなかろうか・・・などと思いました。

拳銃で自殺する時に、胸を撃つ人って、いるものなのでしょうか?
拳銃で死ぬなら、やはり頭ではないでしょうか?苦しまずに死ねそうだもの。
死ぬことを決めてから、本当に死ぬまでの最短距離を狙うなら頭。胸ではない。
でも頭を撃ったらもう歌えない・・・。(オペラ的制約)

ウェルテルが胸を撃ってから死ぬまでの時間を計っていた人がいて、約15分だったそうです。
勘平さんだって、腹を切ってから死ぬまで長いじゃない?って言ったら、勘平は5分くらいだそうな。
塩谷判官でも10分くらいだって。
(切腹はなかなか死なないそうだから、別に不自然ではない)
ウェルテル長すぎじゃない?

しかもその間に「実は私も好きだったんです」みたいなハッピーエンド要素が盛り込まれていたりして・・・。
自殺はするけれど、神を否定はしない。
キリスト教では自殺は罪なのだそうですが、それは聖書に書かれているのでしょうか?
教会が勝手に言っているだけなのでしょうか?

日本では自殺は別に罪ではないでしょう。
お気の毒に、と思います。
でも死ぬ場所は選んでほしいですよね。

ウェルテルが死んだ本棚の部屋、あれはどこなのかと思ったら、ウェルテルの家の中らしい。
なぜ子供たちの歌声が聞こえてくるのだろう?

2019年3月 2日 (土)

AIロボットとオペラ

きのう、新国立劇場の記者会見に行ってきたのです。正面入口から入って、よくウェルカムフラワーとかクリスマスツリーが置いてあるあたりで行われました。
2020年の夏、オリンピックとパラリンピックの間の期間に、新国立劇場で「AIロボットが登場する新作オペラ」が上演されるのだそうです。100人くらいの子供合唱団が登場して、AIロボットと交信するというような内容で、台本はすでに出来上がっているとのことでした。でも内容は秘密だとかで、タイトルさえ発表されませんでした。
台本は、オペラを書くのは3作目だという島田雅彦さん。作曲は渋谷慶一郎さんだそうです。
渋谷さんは、初音ミクによるボーカロイドオペラ《THE END》を作曲した方です。《THE END》は、オーチャードホールやパリ・シャトレ座で上演されて話題になりましたが、私は見ませんでした。
新国の新作オペラに登場するAIロボットは、新国の新作オペラのために開発されたものではなく、別のプロジェクトですでに開発が進められていたもので、「オルタ3」という名前が付いています。(「オルタさん」ではなく「オルタスリー」です)
新国より先にオルタ3が登場する《Scary Beauty》というオペラがもう出来上がっていて、この3月にドイツで上演されるのだそうです。
きのうの記者会見では、《Scary Beauty》をごく短くアレンジした作品(?)が実演されました。中劇場へ向かう階段に、数十名のオーケストラが並び、渋谷慶一郎さんがピアノの演奏。そして、最前列中央にオルタ3がセットされていて、後ろを向いて指揮をするのです。オルタ3の指揮に合わせてオケが演奏を始めると、しばらくしてからオルタ3がこちら側を向き、指揮をしながら歌い始めたのでした。
近寄って見たわけではありませんが、オルタ3は台に固定されているので、前後左右には動きません。でも上下に体を揺すりながら、両手で指揮をしていました。そして、さまざまな色の照明が当たっていました。
新国の新作オペラは、まだ作曲されていないので、どんな作品になるのか分かりませんが、オルタ3が出演することは確定だそうです。
オルタ3は、いかにもロボットという風貌で、いかにもロボットという動きをして、いかにも電子音という声で歌いました。(「歌いました」と言っても、どこから音が出ているのかよく分かりませんでしたけれど)
私は、もっと人間に近いロボットが出てくるのかと予想していたのですが、逆に「ロボットらしさ」がないと、ロボットが登場する意味がないのかもしれません。わざとロボットらしく作ってあるようでした。
そして曲調はオペラというよりポップスという感じで、歌詞は全く聞き取れませんでした。

この手のロボットと言ってすぐ思い浮かぶのは、「米朝アインドロイド」です。上方落語の桂米朝の録音に合わせて、ロボットが動くというものでした。「どこまで米朝に似せられるか」という明確な方向性がありました。

「アンドロイド」と言うと「人間そっくり」、「ロボット」と言うと「そうとは限らない」という印象がありますが、どうなのでしょうか。

ユーミンの歌は、そのうちユーミンロボットが歌うようになるっていう話があるじゃないですか。旦那の松任谷正隆さんは、機械をプログラミングして何でも好きな音を出せるらしいですよ。楽器がなくても楽器の音が出せるし、楽器以外の音も作れちゃう。ユーミンの声はもともとSFっぽいと言うか、本当にロボットが歌う時代が来るんじゃないかと思う。本人より上手いかもしれない。そしてAIがユーミンの新曲を発表して、コンサートもロボットでやりそうな気がする。

AIロボットが歌うオペラと聞いて、私はオルタ3とは全く別なものを想像していたんです。映画『フィフス・エレメント』でインヴァ・ムーラが歌った、ルチアの変奏曲みたいなイメージです。よく知りませんが、あれは人間の声を電気的に細工しているのではありませんか。
音程を変えたり、音色を変えたり、機械で声を加工できる時代です。
つまりロボットには、「私はこの音は出せません」という声域の制約がないのでしょうから、ソプラノの音域からバスの音域まで1人で歌うことが出来るでしょう。そして、どんなに細かい音符でも、半音階スケールでも、3連符の連続でも、トリルでも、正確無比に歌い切ることが出来るでしょう。
そのような、人間には出来ない技術を持ったロボットに合わせて特別に作曲されたオペラなら、誰も聞いたことのないオペラが出来上がるでしょう。
そういうものを想像していたのですが、どうやら違うみたいでした・・・。

2019年2月25日 (月)

ダブル高田

新国立劇場の《紫苑物語》で主役を歌った髙田智宏さん。プロフィールを読んでいて、あれ?この人、新国のオペラ研修所出身だと思っていたのに、・・・違っていた。何でそんな思い違いをしたのだろう。

と不思議に思っていたら、同時期に上演されていた二期会の《金閣寺》に高田さんが出ていた。この人、《紫苑物語》と《金閣寺》に掛け持ち出演してた!?と驚いてよく見たら、高田智士さんという、似た名前の別の人だった。そして、こちらの方がオペラ研修所出身だった。

顔があまりに似ていて区別がつかない・・・。

(私は《金閣寺》は見ていません)

2019年2月18日 (月)

オペラ公演の男性率

新国立劇場で、日本製の新作オペラ《紫苑物語》が初演されました。
パラパラとプログラムをめくっていたら、スタッフの男性率がすごく高くて、ちょっと驚きました。歌手なら圧倒的にソプラノが多いはずなのに、オペラの世界って意外と男性社会なのかなと思いました。

2019年2月 5日 (火)

紅海で溺れるファラオ

先日、仕事で読んでいた書類に、堀内康雄さんの名前が載っていたのです。
ああ堀内さんはいい声だったなあ、好きだったなあ、最近はどうしているのかな?と思ってちょっと検索してみたところ、「
Web バリトン 堀内康雄」というサイトがありました。

その中の「フォトギャラリー」を見ていると、「営業マン時代」という写真が掲載されており、そうそう堀内さんってサラリーマンからオペラ歌手に転身されたんでしたね。

下のほうに「Questo Mar Rosso...」というタイトルで、堀内さんがマルチェッロを演じた時の写真が掲載されているのですが、油絵の前でポーズを取っている、その油絵がまさに「ファラオが紅海で溺れているところ」なんです。この小道具、たいてい絵が反対側を向いていて見えないのですが、こんなに精巧に描かれた小道具は珍しいですね。この公演のために誰かが描いたのでしょうか?すごい!こういう小道具を用意する情熱が最高ですね!

マルチェッロは、急に思いついたようにファラオを海に溺れさせるわけですが、もともと、どういう絵を描くつもりだったのでしょう?
改めて考えてみると、これは「出エジプト記」を描いた絵ですね。モーゼが割れた海を渡って脱出するスペクタクルな場面は、映画や舞台映像では見たことがありますが、油絵ではあまり見た記憶がありません。モチーフが壮大すぎるからでしょうか?それも「渡る前」「渡っている最中」の絵なら分かりますが、「モーゼが渡ったあとファラオが溺れるところ」を描こうと思いつくのは、やっぱり寒さの腹いせなのでしょうねえ。

堀内さんのマルチェッロの写真、かっこいいなあ。2006年、名古屋の公演みたいですね。

2018年11月28日 (水)

マントヴァ公の心付け

《トスカ》の第3幕で、カヴァラドッシが看守に指輪を渡すじゃないですか。トスカへ手紙を届けてくれる報酬として。指輪をそういうふうに使う場合がある、というのは子供の頃に聞いたことがあった気がしますが、いざという時にこの指輪に相当するものを身に着けているというのは重要なことだなあと思いました。

初めて《リゴレット》を見た時だったと思うのですが、乳母だか家政婦だか、ジョヴァンナにマントヴァ公がお金を渡す場面があったのです。ジルダと2人きりにしてもらう報酬として。私は「世の中に、そんな金の使い方があったのか」と大変驚きました。ジョヴァンナはリゴレットに雇われていて、さっきまでジルダを守ると何度も約束していたのに、それは口先だけで、いかにも好色そうな若者に手を貸してしまうのです。そうしないとドラマが進展しないので仕方のないことなのですが、本当に恐ろしいと思ったものでした。

2018年11月27日 (火)

リゴレット

今日はボローニャ歌劇場来日公演の先行発売日でした。

ちょっと《リゴレット》が続きますね。
・今月 金沢歌劇座
・来年4月 東京・春・音楽祭(演奏会形式・抜粋上演)
・来年6月 ボローニャ歌劇場来日公演
・再来年2月 藤原歌劇団

こうして《リゴレット》の公演を並べますと、劇場名だったり、団体名だったり、音楽祭だったりと、日本のオペラの興行形態は実にさまざまですね。

春祭の「抜粋上演」というのが謎ですね~。パンフレットに合唱が記載されていないので、合唱が出る部分がカットされるのでしょうか?予算の都合?

このブログでは再三書いていると思いますが、
1966年11月19日ライヴ録音 テアトロ・コムナーレ(フィレンツェ)
指揮:カルロ・マリア・ジュリーニ
マントヴァ公爵:ルチアーノ・パヴァロッティ
リゴレット:コスタス・パスカリス
ジルダ:レナータ・スコット
レーベル:ARKADIA

この《リゴレット》の録音は本当に素晴らしいので、ぜひご一聴をおすすめいたします。もう信じられないくらいの名演です。

《リゴレット》という作品は、創作の過程で《呪い》というタイトルにすることが検討されていたそうです。モンテローネ伯爵は、マントヴァ公爵とリゴレットの2人に対して呪いをかけるのですが、マントヴァ公爵は平然としていて、リゴレットだけが呪いにかかってしまう。
それはなぜなのかと言うと、ジルダがマントヴァ公爵への呪いを防いだからですね。
呪いよりも、人間の行動のほうが強いんですね。
呪いと反対のその行動に名前が付いていないのはなぜなのでしょう?

呪われたら人間の運勢は急降下すると思うんですね。
でも、それを防ぐ手立てというものも、存在すると思うのです。
日本の「累〔かさね〕伝説」では、祐天上人〔ゆうてんしょうにん〕の祈祷によって怨霊の解脱ということが起こります。
あとは「陰徳を積む」というのも有効だと思います。「陽徳」でも構いませんが・・・。
「困っている人への寄付」「喜捨」なんていうのが、思いのほか力を持っているのではないでしょうか。つまり、逆の力を集めればいいわけですから。

2018年10月18日 (木)

中古

私はなんでこんなに狭い部屋に住んでいるのだろう、とよく思うのです。
まあ、新宿区に住んでいるので、仕方がないのかもしれません。
その前は小金井市に住んでいたのですが、東日本大震災の後、職場に少しでも近いところに住みたいという強い欲求が出て、新宿区にしてしまったのです。
部屋が狭すぎて、物をしまう空間がないため、物に埋もれています。

オペラのDVDを売りに出そうかと考えました。
中古CD屋はよく利用するのですが、買うほうばかりで、これまで売るという経験がありませんでした。
買うのは高いけれど、売るのはどうせ二束三文だから、もったいないと思ってずっと所持していました。
とりあえず、試しに1度売ってみようと思って、もう2度と見ないことが確実なDVDを2枚持って家を出ました。

ところが、新宿のディスクユニオンがビルごとなくなっていたのです!!
工事中の壁の貼り紙を見たら、隣の紀伊国屋書店の8階に移転したらしい。
行ってみたら、オペラのコーナーはかなり狭くなっていました。
クラシックのジャンルは、LPのスペースが大きくなっていて、CDは少ししかない感じ。
中古CDはAmazonで買う人が多いだろうけれど、LPは郵送に向いていないから、店舗に足を運んで買う人が多いのでしょうか。
LPは扱いづらいし、ノイズが入りやすいし、どこがいいのでしょうかねえ・・・。
(大きなお世話ですが)

オペラのDVDのコーナーはどこかな?と思ったら、DVDは別の店舗に移転したのだそうで、歩いて行ける近くの場所(大塚家具のそば)でしたが、ずいぶんと不便ですね・・・。
普通の映画のDVDなどと一緒に売られていて、オペラなんて全然存在感なし・・・。

結局、売らずに帰ってきてしまいました・・・。

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