5 2013年ニューヨーク・ヴェルディ・ツアー

2014年4月14日 (月)

横から鵺

※このブログは常時ネタバレ注意です。

昨年ニューヨークに行った際に、ブロードウェイミュージカル「スパイダーマン」を見たのです。ブロードウェイ史上最高額の製作費をかけたプロダクションだそうで、歌、踊り、ストーリーはそれほど印象的なものではなかったのですが、最後の高層ビルの舞台セットがすごかった。幕を閉めずに、客の目の前で、高層ビルがシャキーンと組みあがるんです。そのビルが、「舞台に垂直」ではなく、「舞台と水平」に立っている。舞台の手前側(客席に近いほう)がビルの屋上で、舞台の奥が地面になっている。つまり観客は、高層ビルを上から見下ろしているような視点になります。スピード感のあるワイヤーアクションが売り物で、スパイダーマンが客席上空をヒュンヒュン飛び回っていました。
最後に悪役が倒されて、高層ビルを真っ逆さまに落ちていくのですが、舞台の手前から奥へスーッと引きずられていく。面白い発想だなあと思いました。

その後、能の「鵺〔ぬえ〕」という曲を拝見したのですけれども、弓矢で射落とされた鵺(怪鳥)が落下する場面で、スパイダーマンの悪役と同じように舞台手前から奥へ向かって落下していって、あらら、日本でとっくにやっていることだったのねと感心しました。
事前に詞章を読んでいるときには、「鵺が落ちてくる」ものだと思っていたので、「鵺が落ちていく」という舞はちょっと衝撃的でしたね。

私はお能を見るとき大抵、正面席で見るのですが、脇正面から「鵺」を見たらどう見えるのか、というのを今度確かめたい。
「脇正面で見たらどう見えるか」ということが、確かめなくても分かるようになったら、それは「離見の見」というものかもしれない(?)
ついでに「殺生石」も脇正面からどう見えるのか確かめたい曲目です。

平成中村座の桜席に1度だけ座ったことがあります。舞台を真横から見る席。(能舞台を脇正面から見るような感じ?)
何度も見ている演目なのに、人物の立ち位置を平面的にしか覚えていなかったんだなあとショックを受けました。歌舞伎の舞台って、偉い人物が上手にいて、家臣が下手にいて、というように、横の位置関係は分かるのですが、縦の位置関係は身分で決まるんじゃないんですね。何で決まるのだろう。
平成中村座の桜席・・・、また座ることがあるのかなあ?

2014年4月 9日 (水)

英語で話しかけないで

私は、学生の頃、英語に全く興味がなかった。喋れるようになりたいと思ったことがなかった。

初めて1人で海外に行ったのは、たしか26歳の時。ニューヨーク。三大テノールの1人、ルチアーノ・パヴァロッティ出演のガラ・パフォーマンスを見るためでした。確実に喋れる英語は、友人から教えてもらった「May I have your autographplease?(サインしていただけますか)」の一言のみ。
※しかし、パヴァロッティにサインをもらうチャンスは訪れなかった。代わりに演出家フランコ・ゼッフィレッリにサインしてもらった。

体調不良のため(?)直前まで出演が危ぶまれていたパヴァロッティのガラ・パフォーマンスは、無事に上演された。私が客席に座っていると、隣の席の婆さんが話しかけてきた。もちろん英語で。
「あら、あなた、この冊子もらった?持ってないの?入口で配ってたわよ、もらって来なさいよ」
と言われ(←推定)、冊子をもらいに行くと、パヴァロッティのミニ写真集だった。無料配布なので、薄いモノクロの冊子だったけれど、見たことがないパヴァロッティの写真がいろいろ載っていた。
「もらってきました。教えていただいてありがとうございます。パヴァロッティの写真、ずいぶん古いのも載ってますね。これ、この写真、ヒゲがないじゃないですか!何と、ヒゲなしパヴァロッティですね!!」
と言おうと思ったけれど、一言も英語が出てこない・・・。ヒゲって何て言うんだったろう?ん~~、マンダム?
その後も婆さんは何回か話しかけてきたけれど、私が何も喋らないので、やがて諦めたらしい。

帰国後、英語習得への情熱がにわかに芽生え、しばらくの間、ちょっと勉強するようになりました。
それで、喋れるようにはならないのだけれど、多少は聞き取れるようになった。
METライブビューイングでルネ・フレミングが喋っていることなんて、結構聞き取れているのではないかと思う。
しかしそれは、日本語字幕を見ながら聞いているので、ただ分かった気になっているだけかもしれない。

海外旅行をしていると、知らない外国人から話しかけられることがある。

フィレンツェに旅行に行った時、見たいものがたくさんあるのに時間が限られていて、私はちょっと焦っていた。でも絵はじっくり見たい。
憧れのウフィツィ美術館で、カラヴァッジョの有名なバッカスの絵を見ていたら、突然知らないお兄さんが話しかけてきた。もちろん英語で。
何でも、彼はロシア人で、日本に対する憧れがあり、いつか京都に行ってみたいと言う。ここで彼のことを仮にイワンと名づけよう。そうですか、私もいつかエルミタージュ美術館に行ってみたいと思ってるんですよ。ああ、そう言われると嬉しいですね、エルミタージュは、ここ(ウフィツィ美術館)みたいに自由に見られなくて、いろいろ制約がありますけれど、でも良い美術館ですよ。・・・と、最初のうちは当たり障りのない普通の会話が交わされたのですが、どうした弾みか、ある瞬間に話が急展開し、ボボリ庭園とヴェルサイユ宮殿の類似点と相違点についてイワンは滔々と自説を語り始め(←推定)、ごめんなさい、聞き取れてないの、あなたの言っていることは全く聞き取れていないの、どうして分からないのかなあ、けれどイワンは止まらない。カラヴァッジョの前で、いったい何分間、話していたのだろう。貴重な時間が刻々と過ぎていく。曖昧な微笑みを浮かべて話を聞き続ける不思議な日本人ふくきち。
翌朝、フラ・アンジェリコの「受胎告知」を見るためにサン・マルコ美術館に行きますと、何とイワンが歩いているではありませんか!私は思わず身を隠してしまいました。ごめんよイワン。
※サン・マルコ美術館は他の観光施設よりも朝早く開館し、ヴェッキオ宮殿は他の観光施設よりも夕方遅く閉館するため、マニアが集まりやすい。

何だろう、英語くらい喋れて当然だと思っているのだろうか。なまじ頑張って少し分かったような反応をしてしまうのが悪いのか。

去年、ニューヨークのメトロポリタン歌劇場でオペラの開演を待っておりますと、隣の席にやって来たお兄さんが「やあ、こんなに良い席だとは思わなかったなあ!」などと独り言を言っているので、嫌な予感がしたのだけれど、案の定いろいろ私に話しかけてきました。もちろん英語で。幸い、あまり込み入った話にはなりませんでしたが・・・。何でも彼は1か月ほど前にメトにやって来て、指揮者ロリン・マゼールのアシスタントをしているらしい。ここで仮に彼をロリンと名づけよう。ロリンは、私がわざわざ東京からオペラを見るためにニューヨークへ来ていることに感心し、ひょっとして歌手ですか?などと訊き、何かにつけ私に話しかけてくるのだった。だから、喋れないんだってば。
終演後、ロリンは私の名前を訊いてきた。どうせ覚えられないくせに、聞いてどうするんだろう。訊かれたのでこちらもロリンの名前を訊ねてみたが、複雑すぎて全く聞き取れない。一体この人は何人なのだろう。待てよ、この若い青年が、いつか超有名な指揮者になったりする可能性も、ないとは言えない。そこで私は、記念としてロリンにサインしてもらうことにした。例のフレーズを使って。
が、もらったサインは、全く読めないものであった・・・。
ごめんロリン、君はずっとロリンのままだ。