8 映画

2008年7月23日 (水)

「外科室」坂東玉三郎監督作品

●坂東玉三郎初監督作品「外科室」を見ました。むかしテレビで放送されたのを録画してあったんです。2作目「夢の女」の告知を兼ねていたらしく、玉三郎、吉永小百合、樹木希林の鼎談も一緒に映っていました。「夢の女」はモノクロだったんですね…。見ている人が色をつける、と玉三郎さんが仰っていました。

●で「外科室」ですが、とにかく躑躅が綺麗でした。それから加藤雅也さん、吉永小百合さんが信じられないほどの美男美女で、綺麗な人は人間の種類が違うのね~と思ったことでした。

●原作とセリフが異なる部分があって、そのこと自体は別にいいのですが、「それは夫人、いくらなんでも些少はお痛みあそばしましょうから、爪をお取りあそばすとは違いますよ」というセリフはカットしては駄目だと思いました。「刀を取る先生は、高峰様だろうね!」というセリフは、その応えとして出てくるセリフだと思う。あと、躑躅の場面で夫人たちの噂話をする若い男2人の会話、途中で話し手が原作と入れ替わっていて、意味が通じなくなっている。それからラスト、「語を寄す、天下の宗教家、渠ら二人は罪悪ありて、天に行くことを得ざるべきか」、この1行が泉鏡花の1番言いたかったことだと思うんです。谷崎潤一郎の『春琴抄』も、1番重要なのはラストの1行だと思う。これらは地の文なので、演劇には翻案できません。地の文も芸に含む文楽なら翻案できるけれど、普通の演劇にはならないでしょう。映画は「ナレーション」という形で地の文を取り込むことができます。だから、この映画でもそうするのかな…と思っていたら、「眠っているお爺さんに話しかける」という形になっていて、問いかけというよりもつぶやきみたいな、淡い感じになっていました。小説とはずいぶんと趣きが異なりますね。

●私の好きな「その声、その呼吸〔いき〕、その姿、その声、その呼吸、その姿」っていう文章は、映画化できないのですよね…。

●カメオ出演って言うんですか、今の仁左衛門さんや勘三郎さんも出演していました。扇雀さんも出ていたらしいのですが、分かりませんでした。勘三郎さん演じる役が箏を弾きながら歌うのですが、その声が何と玉三郎さんの歌声!普通に邦楽家としてやっていけそうな美声。でも喋る場面は勘三郎さんのあの声なのでした。どういう役なんだか…。

●あの短い小説を読んで「映画化してみたい」と思うのが、ちょっと不思議。もう映画館で上映されることはないのでしょうかね…。

●あの躑躅を実際に見てみたい。

2008年2月 3日 (日)

マリア・カラス最後の恋

映画の感想

「マリア・カラス最後の恋」

2008年2月3日(日)

●マリア・カラスに興味のない人にとっては面白くも何ともない映画であり、カラス・ファンにとっては「ヲイヲイ」とツッコミどころ満載の映画でした。事実と違う部分がたくさんあって、フィクションなのはいいとしても、面白い方向へ作り変えてくれないとねえ…。

●オペラ上演の場面も何箇所かあったのですが、歌声はカラスの録音じゃなかったんですね(予告編で前もって知っていたことですが)。何か特別な意図があるのかなと思っていたのですが、単に「音源を使わせてもらえなかった」ってだけなのではないかという気がします。だって脚本が面白くない~。オチがなくって、プツッて終了。「これで終わりなの?本当に?」と目が点になりました。

●キャリアの終盤の描写で、高音に失敗したカラスが、もう1度歌い直す場面がありました。「高音を失敗して歌い直したカラス」というエピソードは伝記でも読んだことがありますが、本当なのでしょうか。カラスの伝記というのは、どこまで本当なのか計りかねる部分がありますね。

●カラスとオナシスが喧嘩して、激しく罵り合う場面がありました。カラスは気性の激しい人だったらしく、若い頃は喧嘩で物を投げたりとか、蹴っ飛ばしたりしてたそうですね。

●むかし新聞記事で読んだことがあるのですが、日本の子どもの声は、だんだん音域が下がってきているそうです。特に都会の子どもは、大きな声で叫んだりしないので、声が小さく、低くなっているのだとか。気性が激しくて、子どものころギャーギャー叫んだりしないと、大人になってからもデカイ声が出ないのではないでしょうか。よく分からないけれど。歌舞伎俳優でも、若い人はなぜか押し並べて声が小さいですね。生まれ育った国・時代によって声が違うっていうことが、あるのでしょうかね。

●カラスの録音って、いま次々と著作隣接権が切れてきてるはずなんです。CMとかドラマなんかにもっと利用されるんじゃないかと私は思っていたのですが、全然使われないですね…。すごい訴求力なのに。10年くらい前、私は「カラスの録音の著作権切れで世界中にオペラブームがやってくる!」と大予想していたのですが、見事にハズレてしまいました。EMIって、そういうものを、どのくらいコントロールできるのかな~?

●雪の夜とはいえ、観客が少なくて、早々に終了してしまいそう。だって面白くないんだもん…。

2007年6月16日 (土)

「ゴッドファーザー」通し

「ゴッドファーザー」 通し

2007年6月16日(土) Bunkamura ル・シネマ1

●このブログにも一応「映画」というカテゴリを設けていますが、私は映画をほとんど見ません。この1年を振り返ってみても、自分で驚くほど見ていない。もちろん「見たい」という気持ちはあるのですが、なかなか余裕がなくて…。しかし、生きているからには絶対に見ておきたい映画というものも確実にあります。「ゴッドファーザー」はその1つでした。映画館で見ることが出来て良かったと思います。

●3部作を1日で見て大変疲れました。朝10時30分から夜9時20分まで。入れ替えの時間が計1時間35分あるとはいえ、重い内容ですし、非常にハードでした。「こんな大作を1度に見るものじゃないな」と思ったり、「1度に見たからこそ良かった面もあったな」と思ったり。

●いまさら私が「ゴッドファーザー」の感想を書いても仕方ない気がしますが、自分の備忘録も兼ねて、いくつか書いてみます。まだ見たことがない方は読まないでくださいね。

●マーロン・ブランドの英語は全く聞き取れませんでした。あれを聞き取れるアメリカ人はすごいと思いました。

●3つの作品を比べると、本当に同じ人が監督したのだろうかと思うくらい雰囲気が違いました。物語の時代背景の変化も大きいのですが、それとは別に、作品の質感がそれぞれ違うように感じました。しかし、パート1のノリで最後まで突っ走られたら、私にはちょっと耐えられなかったかも。(パート1という言い方はしませんが、他に書きようがないので…。)

●もう、パート1はドキドキしっぱなしで、特にマイケルが単身で敵地に乗り込んで行く場面なんて、私の心臓はこれ以上は耐えられないよ~~って感じでした。ずっと「次は誰が死ぬんだろう…」ってビクビク。人間には、いろんな死に方があるのですね。

●パート1を見終えた時は、「さすが不朽の名作、素晴らしい!」と思ったのですが、パート2が始まったら、それほど面白くない…。途中で、「ひょっとしてこれは、壮大な蛇足なのではないだろうか」なんて思ってしまいました。もちろん、ビトがイタリアからアメリカに渡った経緯なんかは面白かったけれど、もし、このパート2が1作目だったとしたら、続きを見たいとは思わなかったかも。

●でも、パート3まで見たら「帳尻が合った」という気がしました。

●しかし、パート3のエンドロールに出てくるラブソングは、本当に蛇足だと思いました。でも、監督が一番やりたかったのはそのラブソングなのかも…などと思って最後まで聞きました。

●プログラムが販売されていなくて残念でした。(代わりに「RENT」のプログラムを買ってきました。日本語字幕が掲載されていた!)

●ニーノ・ロータの音楽は、ときどきプッチーニの《トゥーランドット》みたくなるのでした。

●《カヴァレリア・ルスティカーナ》は、うまく取り入れられていたとは思いますが、順番を入れ替えたりするのはいいとしても、「その曲の終わらせ方はないんじゃないの?」と思いました。しかし、それにしてもカヴァレリアの間奏曲のパワーはすごいですね。あと、エンドロールにゼッフィレッリの名前が出ていましたが、ゼッフィレッリのプロダクションだったのかな…?

The Godfatherというタイトルが出てくるとき、先頭にMARIO PUZO’Sって付いてたんですね。原作・脚色がマリオ・プーゾという人なんですね。普通、そんなクレジット表記はしないと思うんですけど、一体どういう人なんだろう。どの程度が想像で書いている作品なのか…。

●マーロン・ブランドとアル・パチーノの「年齢の変化」の描写力は素晴らしいと思いました。

●子どもの頃には気にしたことがなかったのですが、「人間って年を取って、こういうふうに変化していくのね」っていう実例をいくつも見るようになり、ちょっと怖い。

●今回は特に、予告編の中にたまたま「おばさんになったクラウディア・カルディナーレ」が登場して、衝撃的だった。あした新国で《ばらの騎士》を見るのが怖い。

●パート2、パート3の終わり方が寂しくて…。人生とか運命とか親の影響力とか、いろいろ考えてしまいました。寂しい。

2007年5月28日 (月)

「ゴッド・ファーザー」ぶっ通し!

●渋谷Bunkamuraのル・シネマで、「ゴッド・ファーザー」3作品の一挙上映があるというので、チケットを取ってみました(1度も見たことないんです)。1日通し券、朝10時30分から夜9時すぎまで(!)。体力的に大丈夫なんだろうかと心配ですが、通し券も結構売れているみたいで、同士がいるんだから大丈夫でしょう、きっと。

●オペラも、感動できればいいんですけれども、感動できなかったら何も残らないですし、ギャンブルみたいなものだよなぁと思うんですね。ある程度は予想して行くわけですが、ハズレも多い。映画だったら値段が安いのでハズレても許せるような気が。最近、全然映画を見ていない…。当然見ておくべき名画でも、見ていない作品がいっぱいあります。今後は、もう少し映画も見るようにしようかな。

2006年5月14日 (日)

「哀愁」

英語の勉強も兼ねて、映画の対訳本を読むようにしているのですが、今回はヴィヴィアン・リーとロバート・テイラーの名画「哀愁」。先にDVDを観て、後から対訳を読みました。美男美女、いいですねぇ。

シンプルな筋立てながら、観終わった後まで尾を引く悲しみ。WATERLOO BRIDGEという原題を「哀愁」としたセンスも優れています。

対訳を読んだら、ああ、本当にいい作品だなあ、と改めて思いました。

他人を騙すのと同じように、自分をも騙すことができる。でも、心の底では、そんなことをしても仕方がないことを知っている…。

マイラのことを思い、ただ悲しく、電車の中で泣いてしまいました(少し)。

しかし、ラッキーチャーム(お守り)がビリケンっていうのは、ムムム。なんかビリケンっていうと、大阪なイメージで…。それから、日本公開後の一時期、キャンドルライト・クラブを真似た店が流行ったという解説にも驚きました。

2006年5月 4日 (木)

戦場のアリア

愛するナタリー・デセイとロランド・ヴィラゾンの歌声が流れるというので、行ってきました「戦場のアリア」。シネスイッチ銀座は、4時40分ころスタートという時間帯のせいもあってか、立ち見が出るほどの盛況(私は映画で立ち見なんて絶対イヤですけど…)。

第一次大戦下で、スコットランド軍・フランス軍・ドイツ軍が入り乱れるのですが、事前に全く予備知識を仕入れていなかったので、おバカの私としては「えーっと、どこと、どこが戦ってるんだっけ…?」という有様(情けない…)。

英語・フランス語・ドイツ語の違いくらいは分かりますし、帽子の色とか顔立ちで「この人は○○人」というのが判別できるようになっていると思うのですが、相手の国の言葉で喋る場面も多いみたいで、戸惑いました。それと私には、イギリス人とフランス人の顔立ちを見分ける能力がないらしい。ドイツ人はパッとドイツ人って分かるんですけどね。

ソプラノ歌手がクリスマス・イヴに戦場を訪れて歌う場面では、「いよいよです!」「これから歌います!!」「この場面です!!!」というような感じで、プリマ・ドンナのための場面設定が整えられていました。その盛り上がり方は、ちょっとノルマとかトゥーランドットの登場みたいな、「お膳立て整いました!」という雰囲気。いいですね(いえ、その前にも歌う場面あるんですけどね)。

戦場で平和の歌を歌うというシチュエーションが、何となく「清らかな女神よ」を想起させます。そう思うと、あのアリアって、すごい設定ですよね。(デセイは将来「清らかな女神よ」を歌ったりするのかな…。)

もちろん吹き替えなのですが、デセイとヴィラゾンの歌声が流れる場面では、ほとんどずっと泣いていました。悲しいとかっていうのではないんです。よく分からないのですが、やはり歌声の持つ力に泣かされたんですかね。特別な歌声…。同じ状況下で歌っても、あの歌声でなければ、ああいうふうにはならないでしょう?

帰りの電車の中でプログラムを読んでいたら、「火薬庫」「サラエボ事件」なんていう言葉が出てきて、「そういえば習ったよな…」と思ったのですが、もう自分の教養のなさにはガッカリです。興味を持ったときに勉強しなければ!

でも、予備知識なしで行った方が楽しめる作品だと思います。

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