つぶやき

2018年9月13日 (木)

いろいろ

先日、能の『安宅』を見てきたのです。武田孝史〔たけだ・たかし〕さんの弁慶が、端正で素晴らしかったですね。能にはよく、シテがじっと動かず座ったまま時がひたすら過ぎていく場面がありますけれども、武田さんは座っているだけの場面でどうしてこんなに素晴らしいのだろうと思いました。
弁慶は頭に兜巾をつけているわけですが、明治の断髪令より前、たとえば江戸時代の能楽師は、弁慶を勤める時どのような髪型をしていたのでしょうかねえ?ふだん能楽師は髷を結っていたわけですよね。弁慶に髷は似つかわしくないですし、どうしていたのでしょう?

先日、玉川太福〔たまがわ・だいふく〕さんの浪曲『天保水滸伝』を聞いてきたのです。「鹿島の棒祭り」と「笹川の花会」でした。太福さんは、「浪曲界の若大将」なんて言われているみたいですけど、はるか期待以上に面白い口演でした。「利根の川風、袂に入れて、月に棹さす高瀬舟」なんて、もう最高ですね。最高。「名調子!」なんて声もかかっていましたが、高揚感といいますか、本当にうっとりするような唸りでしたよ。前回聞いた時は、そこまでとは思わなかったのですが、作品の名作度の違いですかねえ。
7月に講談の『天保水滸伝』を聞いたのですが、講談のほうはちょっと物語の場面設定の描写を端折り過ぎなのではないかと思いました。たとえば「鹿島の棒祭り」では、当日のお祭りらしさのようなものがあまり描かれていなかった気がするのです。

11月12日(月)に新宿の角筈区民ホールで、玉川奈々福さんと太福さんの姉弟会があるのですが、まだ良い席も残っているみたいですし、強力にオススメします。

オススメと言えば、今月の歌舞伎座・夜の部の中村吉右衛門さんの俊寛と、国立劇場小劇場・文楽公演の桐竹勘十郎さんの団七は、絶対に見逃さないでいただきたいんですよね。見て何をお感じになるか分かりませんが、とにかく間違いなく必ず見ておくべき舞台なのですから、強くオススメいたします。ぜひともよろしくお願いいたします。

2018年9月11日 (火)

訂正いたします

日本美術というものは不思議なもので、ある特定の時期・特定の場所にバーッと集まり、その展覧会が終了すると、もう見られない。
狩野一信の「五百羅漢図」も、伊藤若冲の「動植綵絵」も、あんなに素晴らしかったのに、もう二度と見られないのではないかとさえ思う。
千葉市美術館の入場者数記録を塗り替えた「田中一村展」で、こんなに素晴らしい画家を私は知らなかったのかと自分の不明を恥じたものですが、その後、田中一村の絵を見る機会が増えたかというと、そうでもない。
3年前に永青文庫で春画展が開催され、大変な話題となり、それを契機にタブー視されていた春画展が一気に解禁となるのではないか、という私の予測は外れて、春画を見る機会も不思議なくらい少ない。(少ないと言うか、ない?)

永青文庫の春画展で、「狐忠信と初音図」という肉筆画が展示されていました。
そのことを、このブログで話題にしたことがあります。

過去の記事1
過去の記事2

その記事の中で、狐忠信が押し倒している鎧姿の女性は静御前でしょうと私は書きましたが、やっぱり「佐藤忠信の妻」が正しいようですね。
と言いますのも、松尾芭蕉の『おくのほそ道』に、佐藤忠信の父親の旧館に芭蕉が立ち寄ったという件りがあるのです。
ものの本によりますと、佐藤継信・忠信兄弟が討ち死にした後、2人の妻は甲冑をつけて夫の母を慰めていたのだそうです。
与謝蕪村の描いた『奥の細道絵巻』には、2人の女性が鎧をつけて座っているところが描かれています。
ですから、春画の中の鎧の女性は、「本物の忠信」の妻であろうかと思われます。

自分が気づかぬうちにブログに間違いを書いてしまう、ということが、これまでにもたくさんあったのでしょうねえ・・・。
私は、編集や経理の仕事をしてきて、「人間とはこんなに間違うものなのか」ということを、驚きとともにたくさん見てきました。
大学の教授ほどの人が、年号や人名などをボロボロ間違えたりするのです。なまじっか詳しく知っているだけに、自信があって、原典に当たらずに記憶で書いてしまい、そして間違っている。そのようなことがよくありました。
どんな人にも間違いはありますし、校正の手が入っていない原稿なんて、出版できないと思うのです。
しかしインターネットは校閲なしでポーンと発表できてしまい、気楽な恐ろしいメディアだなあと改めて思いました。

先日、中島みゆき様の「夜会」のことをこのブログに書きました。第3回の「KAN-TAN」は、能の「邯鄲」に着想を得たもの、と書きましたが、その時の公演パンフレットを見てみたら、『枕中記〔ちんちゅうき〕』が岩波文庫から転載されていました。能ではなく、中国の書物が元だったようです。公演当時、私は当然このパンフレットを読んでいたはずなのですが、どこかで勘違いしてしまったのですね・・・。
みゆきさんは、何かの記事で、邯鄲の話を学校で習った、先生の言っていることはおかしいと思った、と語っていたと記憶しています。
漢文の授業で習ったのでしょうか?
私は学校で邯鄲は習いませんでした。

ブログの間違いは自分で気づかないとずっと間違えたまま。嘘が広まってしまったらどうしよう・・・。

2018年9月 9日 (日)

おくのほそ道

わたくし、2年前の夏から、松尾芭蕉の『おくのほそ道』に心ひかれているのです。
以前は、その魅力がよく分からなかったんですね。ところが、夏の墓参りのために実家に帰省した際に、親の蔵書の中にに『おくのほそ道行』(森本哲郎:著、笹川弘三:写真)という本を見つけ、パラパラと読んでいるうちに、興味を持つようになったのです。
古文というものは大抵そうですが、本文だけを何度読んでいても、含意や背景が分からないと思うのです。でも、優れた解説書に出会って、そこが分かるとやっぱり面白いですよね。

芭蕉は、『おくのほそ道』の旅で、東北地方の歌枕を訪ね歩くわけですが、歌枕が激変していたのだそうです。東北の歌枕は、もともと歌人の頭の中で作り上げられた幻想の土地という側面があるにしても、すごく変化していたのだそうです。
そうしてその旅のあとに、「不易流行」ということを芭蕉は言い始めます。

不易流行とは、宇宙はたえず変化(流行)しながら、じつは不変(不易)であるという宇宙観でした。それは同時に自然観でもあり人生観でもあります。時の流れとともに花や鳥も移ろい、人も生まれて死んでゆく。その花や鳥や人も不易なるものが時とともに流行する姿なのです。
『松尾芭蕉 おくのほそ道』(長谷川櫂:著)より


芭蕉の言った「不易流行」は高校の古文で習いました。でもその時は何のことだか分かりませんでした。
これは、『方丈記』にある「ゆく河の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」と同じことだと思います。鴨長明のほうがだいぶ前ですが、芭蕉も同じことを言っています。それは普遍的な物事の捉え方であり、誰もが同じことに気づくわけですが、本当に実感として気づくタイミング、人生における時期というものは、人によって異なるでしょう。

去年の夏は、立石寺、最上川、象潟、酒田など、『おくのほそ道』の名所を訪ねてみました。まだ行ってみたいところがいろいろあります。芭蕉が実感した激変よりも更に激変していて驚きます。そして味わい深い。

2018年9月 5日 (水)

坂東玉三郎・越路吹雪を歌う

先月、茨城県つくば市にあるノバホールで、玉三郎さんのコンサートを聞いてきたのです。4月のNHKホールでのコンサートには行きませんでした。人事異動があったりして、人生が激変して、生きることだけで精一杯だったので・・・。
東京から離れた会場のほうが、舞台に近い席で見られるかなと思って、茨城県まで足を運んだのでした。

会場内は、「越路吹雪さんのファン」といった雰囲気の方が多かったでしょうか。
歌っている最中に喋ってしまうおばさんたちが前列にいて、やっぱり東京のほうが良かったかなと思いました。

姿月あさとさんと真琴つばささんが出演して3人で順番に、時には一緒に歌ったのですが、歌の合間のお喋りも洒落ていました。

真琴つばささんが歌った「ラストダンスは私に」は、ちょっと踊りながら、少し演技しながら歌っていて、たいへん素晴らしく、越路吹雪さんの舞台ってこんなふうだったんじゃないかなと思いました。
でも踊ったり演技したりしながら歌ったのはその1曲だけだったようです。

玉三郎さんはあまり動いたり演技したりしない歌唱でした。
大竹しのぶさんも「愛の讃歌」を歌う時にあまり演技しないですね。
演技するのは美輪さまくらいですかね・・・。
(美輪さまは岩谷さんの訳詞では歌いませんが)

私は2011年の赤坂BLITZでのコンサートも行きましたし、昨年の帝国ホテルでのコンサートも行きましたが、玉三郎さんはだんだん歌がうまくなってきているようですね。私がこんなことを書くのもおこがましい感じですが・・・。

ロビーで、越路吹雪さんの幻のCD「世界の恋人たち」が販売されていたので、購入してみました。いま聞いているところです。

関係ありませんが、「恋人たち」を「恋人達」と書くな、「たち」を「達」と書くのは間違いだ、と私は高校生のころ小論文の先生に厳しく注意されたことがありました。

2018年9月 2日 (日)

ヴェネツィアの女はみんなそうしたもの

そして結局のところ、デズデモーナは本当に貞淑な妻だったのでしょうか?

『ゼッフィレッリ自伝』フランコ・ゼッフィレッリ:著、木村博江:訳より
映画に出来てオペラに出来ないことの一つが、容姿の点では不的確な歌手を口だけ動かす俳優と置き換えることだ。主役にこの方法を使えば観客はだまされたと思うかもしれないが、脇役にはこの方法を採っても良いのではないかと考えた。「オテロ」では、オテロの嫉妬を掻き立てるためにイヤーゴに使われる若い士官、カシオがその好例である。カシオはオテロに疑いを抱かせるほど若い美男でなくてはならない。私のイメージするカシオはおそらくデズデモーナの幼馴染みの若いヴェネツィア貴族だ。だからこそ彼女は彼を何度も必死でかばい、夫に最悪の妄想を抱かせるのだ。デズデモーナとカシオのような上流階級の若く呑気なヴェネツィア人たちは、かなり簡単に肉体関係を結んだであろう。冗談や遊びの感覚が強く、彼らにとっては何でもない。しかし完全にキリスト教の教育を受けたオテロにとっては、それは堪え難いことだった。私はカシオにイタリア貴族の若者、プリンス・ウルバノ・バルベリーニを選んだ。彼はその名が示すように公爵や皇太子の子孫で、先祖には法王も混じっていた。彼もまたデズデモーナと同じように金髪で、二人の外見的な類似が、一層オテロとの対照を強めた。p592

シェイクスピアの戯曲『オセロー』を(日本語訳ながらも)読んだり、芝居で見たり、オペラ《オテロ》を見たりしておりますと、デズデモーナは貞淑であったのに「誤解から」殺されてしまったと思うわけですが、実際には彼女はカシオと寝ていたのかもしれない。ヴェネツィアとは、そういう街だったから。
もしそうであるとするならば、死にゆくオセローは美しい幻想を抱いて死んでいけるから幸せだったのかもしれない。やっぱり妻は貞淑であったのだという美しい幻想。
寝たのか?寝ていないのか?それは誰にも分からない。(この世のことは全て冗談)

2018年9月 1日 (土)

幸福な時間は短い。あとは待合室

お年を召した方はあまり感じないらしいのですが、国立劇場ってどうしてこんなにみすぼらしいのかと私は思うのです。駅からの導線が裏さびれた感じがします。特に永田町から歩いてくると、鉄条網を見ながら正面に回らなくてはなりません。前庭の黒アスファルトも安っぽい印象を与えています。

私が日本芸術文化振興会に就職したのは、平成7年のことでした。そして平成8年が国立劇場30周年記念でした。その時、上の人から、国立劇場は40年たったら建て替えられるのだと聞きました。もともとそんなに長く使えるように作っていないのだそうです。私は「ああ良かった」と思いました。
海外の劇場はもっと格段に長く建物を使っているのに不思議だとは思いましたが、実際、50年たった今、雨漏りがしたり、異臭がしたり、冷暖房が十分でなかったりしています。
建物は配管から先に駄目になっていくのだそうで、上下水道や空調の配管がもう限界とのことです。
今度の東京オリンピック前に建て替えを完了するという話もあったのですが、オリンピック終了後に延期となりました。
そしてオリンピックが終了したら解体に取り掛かる予定でしたが、それもさらに延期になりました。
建て替え時期は白紙の状態となりました。
とにかく文部科学省は国立競技場の建て替えで悲惨な目にあったわけで、誰もやりたくないみたいです。
国立競技場ほどの世論の後押しもないですし・・・。
建て替えは必要ないという意見も根強くあるみたいです。
日本の国立劇場は世界一みすぼらしい国立劇場と私は思っているんです。
西洋の歌劇場のようにキラキラである必要はありませんし、それは誰も望んでいないと思いますが、ちょっと快適なホテルと同じくらいの美しさはあっても良いのではないかと思うのです。
国立劇場の裏手のスロープは出来た当初からデコボコでしたし、伝統芸能情報館は建った直後から壁にヒビが入っていました。
日本の公共建築は押しなべて非常にレベルが低いと感じています。
建て替えるのなら組織に新しい役割を加えるべきだという意見も聞かれるのですが、今やっていることさえ満足に出来ていないのに、新しいことなんて難しいと思います。
劇場として当然のことをまず今ちゃんとやってほしいのです。
例えば、12月にDiscover BUNRAKUという外国人向けの公演が行われるのですが、英語の公演情報をインターネット上で見つけるのは難しいと思います。国立劇場ホームページの英語版サイトは、誰も公演情報を見つけられないと思います。この公演がどのような公演なのかという説明もあらすじも何もない。
いま、文楽の研修生を募集している期間なのですが、その情報もホームページで見つけづらい。そしてカリキュラムや講師も紹介されていない。文楽研修生の募集は日本の伝統芸能にとって決定的に重要な事柄であるにもかかわらず。
新国立劇場の会報ジ・アトレはオールカラーなのに、国立劇場の会報あぜくらはオール白黒。この差は何なのでしょうか?
暗い材料しか思い浮かびませんね・・・。

2018年8月28日 (火)

ロンドンの「ハムレット」

ロンドンで上演された「ハムレット」の舞台の映像が、先日池袋の映画館で上映されたので、見て来たわけなのです。
登場人物のうち2人を黒人が演じていました。
役柄はもちろん白人の役なのですが、黒人が演じているのです。
現代のロンドンでは、それが普通なのでしょうね。

黒人さんが演じていた役は、
・レアティーズ(オフィーリアの兄)
・ローゼンクランツかギルデンスターンのどちらか
の2役。こういう配役って、どうやって決めるんでしょうね。だってハムレットやオフィーリアの役は回ってこないわけですよね。その脇役度の匙加減がすごいなと思ったんです。
そして、ローゼンクランツとギルデンスターンは、どちらがどちらか分からない。(見分けられたらきっとシェイクスピア通)

マクベス

こんばんは、でんこちゃんです!うそです。
日本は3度も原子力で悲惨な目にあって、何かに呪われているのでしょうか?
最近、日本人ってこんなに馬鹿だったんだなあと思うことが多くて。
そう思いませんか?

私は、テレビってほとんど見ないんです。それでもたまに見たい番組があると、親に録画しておいてもらって、実家に帰省した時に見るのです。(自宅では録画できるようになっていない)
先日、帰省した際にたまっていた録画を見たのですが、ある番組の中で、玉三郎さんがむかし演じたマクベス夫人の舞台映像が少しだけ流れました。私が大学生の頃、NHKのBSで玉三郎さん演じるマクベス夫人の「夢遊の場」が流れたことがあるのですが、それとは別の短い場面でした。
ああ、絶対に全編録画されているはずなのに、なぜ全編見られないのだろう!上演当時テレビで放映したのだろうに。
玉三郎さんのマクベス夫人の断片的な映像、あれがこれまで私の見たシェイクスピアで一番面白いと思った舞台です。

2018年8月26日 (日)

夏/夜/夢

今日、新国立劇場で、JAPON dance project 2018 × 新国立劇場バレエ団『Summer/Night/Dream』という公演を見て来ました。フランス語と英語と日本語がごちゃ混ぜになった公演。こういうのを「グローバル」って言うんですかねえ。
新国立劇場のホームページを見ていると、だんだん日本語より英語のほうが主になってきていて、READ MOREだのBUY TICKETSだのダンス・アーカイヴだのDANCE to the Futureだの、ローマ字とカタカナが溢れ、そのうち全部英語表記になるんじゃないかと思うんです。まあ、もともと日本の芸能じゃないですし、日本はアメリカの植民地みたいなものですから、仕方がないですね。

新国立劇場は、ずっと「現代舞踊」と表記していたジャンルを、最近「ダンス」って表記するようになったんですね。しかし「バレエ」と「ダンス」を併記するのって、おかしくないんですかね?バレエはダンスの中に含まれる概念ではないのでしょうか?バレエ&ダンスセット券とか、同列に並べるのはおかしいと思うんですけど。欧米でもそういう表記なんですかね?

新国立劇場は、演劇のことをずっと「PLAY」と表記していたのですが、最近「DRAMA」に変えたんですね。DRAMAのほうが適切な表記だということが判明したらしいのです。自分で適切かどうか判断できない言葉を無理して使う必要はないのでは?

今日見たダンス公演は生演奏ではなく録音を使っていました。現代舞踊はたいてい録音を使いますよね。打楽器やピアノは録音でもそれなりに聞けるのですが、擦弦楽器は音が全然良くないですね。ときどき不快でさえあります。録音と生演奏が同じ音になってしまうと生演奏の必要性が著しく薄れてしまうので、意図的に悪い音にしているのでしょうか?ちっとも進歩しないですよね。

そう言えば、横浜のそごう美術館で現在「フェルメール展」が開催されているのですが、展示作品37点が全て複製画なのだそうです。複製画で美術展が開催できるものなんですね。私は見に行っていないのですが、油絵の複製画は、すぐに複製画だと分かってしまうと思うんですけどねえ。

そう言えば、なんば駅の地下街に、有名な油絵の複製画がいくつも飾ってあって、大阪ってダサい街だなあって思ったことがありました。

2018年8月17日 (金)

世界バレエフェスティバル

先日まで東京文化会館で世界バレエフェスティバルが開催されていましたが、そのAプログラム、Bプログラム、Sasaki Galaに行ってきました。(各1回)

世界バレエフェスティバルといえば、3年に1度の豪華な公演ということで、観客がすごく集中して行儀よく見ているというイメージだったのですが、今回は客の質がかなり低下しているように感じました。客席で飲み食いする人がいるし、上演中に喋る人がいるし、ケータイは鳴るし、すごい咳の音がしていました。幕切れの静寂にも咳、とにかく咳だらけでした。いくら休憩中のトイレが混むからといって、カーテンコールの前に席を立つのは、出演者に対する礼儀としてどうなのかと思いました。美しいものを見ている甲斐がないと言うか・・・。

Bプログラムのピアノの音響が本当に酷かったですね・・・。
録音が流れているのだと思っていたら、終わったところで舞台袖からピアニストが挨拶に出てきて驚きました。

Aプログラムでは、アッツォーニとリアブコの「ドン・ジュアン」と、ジルベールとガニオの「マノン」が素晴らしかった。
Bプログラムでは、フェリとゴメスの「オネーギン」、そして「ドン・キホーテ」のシムキンの驚異的な跳躍に感動しました。
Sasaki Galaでは、コジョカル、コボー、ホールバーグの「マルグリットとアルマン」が本当に美しかった。また「ドン・キホーテ」のロホの回転が見事でした。ボッレとガニオの「プルースト」、サラファーノフ、シムキン、カマルゴの「アー・ユー・アズ・ビッグ・アズ・ミー?」も豪華配役で楽しかったですね。
全体的には、コジョカルとゴメスが特別に輝いていたように思います。

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